「――黄金郷?」
白と黒の衣服に身を包んだ普通の魔法使い――霧雨魔理沙は、目をぱちくりとさせる。
ここは妖怪専門の八目鰻の屋台。妖怪専門とは言え、女将が妖怪なので結果的にそうなっているだけであり、魔理沙のような普通の人間も極稀に訪れる。
ここ最近、魔理沙は魔法の実験などに行き詰まっていた。家の中に居てもクリエイティブな発想が出るわけでもないため、誰か話のできるヤツが一人くらい捕まるだろうとアテを付けて、独りでフラリと飲みに来ていたのだった。何もアイデアが出ない時は、普段とは異なることをするに限る。
その判断は、正解だったと言える。
「そう、黄金郷です。」
魔理沙の目の前には黒髪ショートカットに赤い烏帽子を身に着けた烏天狗の少女、射命丸文が居た。彼女は職業新聞記者であり、よくあるステレオタイプのマスコミの例に漏れず、色んなところからそこそこ煙たがられている。ただ、オフで会う分にはそんなに問題がある性格をしているわけではないと魔理沙は思っている。(全く問題がないとは言わない。)
普段であれば単なる胡散臭いだけのパパラッチか勧誘が鬱陶しい新聞記者でしかないが、暇つぶしや普段とは違う活動を見つけるためには最適な相手だったと言える。この機会を逃す手はないと思い、魔理沙は文からおもしろネタを引きずり出していた。
文から聞いていたのは、幻想郷に黄金郷がある、という噂話だった。
「これが不思議な話でしてー…。秋にだけ浮かび上がるって言うんですよ、黄金郷。ちょうどこのくらいの時期に。わりと昔からある話なんですけど。あと、別の話で夏にも小さい黄金郷が浮かび上がるって言う言い伝えがあって…。」
季節は秋。とは言え、幻想郷はわりと山なので寒くなるのが早い。ぼちぼち山は銀杏も色づいて久しく、空気は肌寒くなり、いつまでも半袖小僧のような格好をしているわけにはいかないような時期に来ていた。そんな季節なのに、魔理沙の目の前のブン屋は相変わらずの超々ミニスカートだ。文曰く「乙女のファッションは暑さや寒さなんて関係ありません」とのことだったが、つまるところ寒いのは寒いらしく、わりと無理して今のスタイルを貫いているらしかった。まあ、魔理沙からするとそれはわりとどうでもいいことだった。文のふとももにはあまり興味がない。(全く興味がないとは言わない。)
「昔から、ねえ…。お前結構長生きしてるだろ?見たことないのかよ。」
魔理沙は酒をあおりながら文に訊く。文は見た目こそ少女のそれとは言え、曲がりなりにも妖怪だ。烏天狗の中でもめちゃくちゃ若造らしいが、それでも少なくとも六十年以上は生きている。その文が見たことがないと言うのは、確かに少し不思議だ。黄金郷というくらいなのだから、そんなものが現れたら結構目立つと思うのだが。
「お恥ずかしながら…。私も毎年探しちゃ居るんですが。」
文があはは…と笑いながら頬をかいた。
――なるほど、少し面白いかもしれない。
情報を武器とし、自らの脚で積極的にそれを稼ぐ射命丸文が見つけられていない黄金郷。こいつは暇つぶしにも、クリエイティブなアイデアを得るにもいいチャンスだろう。
「よし、探してみるか。」
魔理沙はすっと席から立ち上がる。
「…今からですか?」
「んなわけあるかい。明日からだな。」
文が冗談めかして訊くと、魔理沙は鼻で笑った。
「じゃあな、文。面白い情報ありがとさん!!」
魔理沙は自身の愛用の箒に乗り、勢いよく空へと飛び去っていった。
取り残された文は、先程まで魔理沙が座っていた空席を見つめる。何か違和感がある。
数秒考えた文は、ふと顔を上げた。同じ鳥科の、屋台の女将と目があう。
そして、その瞬間違和感の正体に気がついた。
「…あいつ、お代を私に押し付けやがった…。」
翌日。
飲み代を文に押し付けることに成功した魔理沙は、自身が住む魔法の森に立つ一軒家に訪れていた。ここには同じ魔法使いの友人が住んでいる。その友人は魔理沙とそう年は変わらないが、正真正銘の「種族・魔法使い」であることが唯一決定的に違うところだった。
「嫌よ、面倒くさい。」
ゆっくりと紅茶を飲みながら、魔理沙の友人――と言ったら本人は怒るだろうが――のアリス・マーガトロイドは魔理沙の誘いを即座に断った。
秋にのみ浮かび上がる黄金郷。確かに面白い話かもしれないが、そういう探索や冒険は自身の役割ではない。よくわからない初見の場所へ向かうのは巫女や普通の魔法使い、メイド、半人半霊の剣士、風祝の役割で、どちらかと言えば自分は後からそこへ観光に行くタイプだ。アリスはそんなことを考えながら、紅茶のおかわりを魔理沙のカップに注ぐ。
「霊夢でも誘えばいいじゃない。黄金なんて言ったら喜んで食いつくでしょ。」
アリスは魔理沙の古い友人の名前を口にした。霊夢――巫女の博麗霊夢は、金に少しばかりがめついところがあった。自身が運営している神社の賽銭箱は閑古鳥が鳴きっぱなしであるので、仕方がないのかもしれない。ただ、魔理沙が言うには「そんなにあいつ貧乏しとらんぞ」とのことだった。そんな霊夢であれば、黄金などの儲け話になりそうな話にはすぐに食いついてきそうではないか。アリスは、魔理沙が何故霊夢ではなく自分を誘うのかと思っていた。
「…霊夢なんか連れてったら、折角見つかった黄金郷は更地になっちまうぜ。」
魔理沙が紅茶に口をつけながらふっと笑うと、対照にアリスははあ、と息をつく。
「いくら霊夢でも全部は持っていけないでしょ…。」
「それに…。」
「それに?」
何かを言いたそうな魔理沙に対してアリスが聞き返すと、魔理沙は続きを言うのを少しためらう様子を見せながら、続けた。
「私はアリス、お前がいい。私はお前と探しに行きたいんだ。明けない永い夜にも、地底から霊が噴き出したあの時もずっと付き合ってくれた、お前がいい。他の誰でもない、お前と一緒にやりたいんだ。」
魔理沙は普段は見せないような真剣な眼差しで、アリスを見つめる。
――全く、こいつは。
あまりに真剣な魔理沙の様子にアリスは一瞬あっけに取られたが、すぐに言葉のひとつひとつの意味を理解し、顔を紅くさせる。
「ば、ばかじゃないの…?そんなこと言ったって、私は…。まあ、あんたがどうしてもって言うなら…その、付き合ってあげなくもないけど!」
アリスは昨今となっては絶滅危惧種とも言えるような典型的な『デレ』を発揮し、魔理沙のお願いを承諾するようなことを口にする。
――ちょろすぎる…。
一方の魔理沙はあまりのアリスの扱いやすさに、心の中で苦笑していた。ここ数年の付き合いでアリスの扱いには慣れているため、思いつきで口からアリスが落ちそうな出任せを吐いていたが、こんなに効果があるとは思っていなかった。(全くの出任せとは言わない。)
いずれにせよ、アリスがパートナーであることは魔理沙にとって好都合だった。お互いのことを(出任せで制御できる程度には)それなりによく分かっているつもりだし、何度も死線を一緒にくぐり抜けてきた仲だ。魔理沙は言わないでいたが、もしかしたら途轍もない危険が伴わないとも限らないのだ。そうなった時、一番連携して戦える相棒が一緒のほうが心強い。そう考えると、魔理沙の相棒は霊夢ではなく、幾度となく連携をしてきたアリスになるのであった。
――あんまり意識していなかったけど、私のことをよく分かってくれるのはこいつだ。
魔理沙はふとそんな事を考えた直後、自分自身が考えたことを反芻して顔を紅くする。ベタなラブコメのようなことをやっているのは、自分自身も同じかもしれない。あまりアリスのことを笑えたものではないようだ。
「よーし、じゃあ決まりだな。」
魔理沙は気持ちを切り替えるように言い、ティーカップを置いて伸びをした。
アリスは椅子から立ち上がり、いそいそとティーセットの片付けをしながら魔理沙に問いかける。
「すぐに出るのはいいけど、アテはあるのかしら?」
「ない。」
魔理沙がきっぱりと言い放つ。
――こいつは。
アリスが少し嫌そうな顔をすると、それを見た魔理沙はすぐににっと笑った。
「お前となら、とこでもいいさ。」
「…よくもまあ、ぽんぽんと歯の浮くような台詞が出てきますこと。」
魔理沙の笑顔に笑顔で応えながら、アリスは少し意地悪な切り返しをした。
「よしよし、いつもの私たちっぽくなってきたな。それじゃあ、早速行きますかね。」
魔理沙はアリスの対応に満足そうに頷く。
二人は他愛のないやり取りを繰り返しながら支度を済ませて、表へと繰り出した。
「…こうやって出かけるの、久しぶりだな。」
魔理沙は箒の後ろにアリスを乗せ、ゆっくりと低空飛行する。魔理沙は箒がないと飛べない。これは、彼女が「魔法使いは箒に乗るもんだ」と認識しているためである。アリスは箒がなくても飛べるのだが、無駄な魔力消費を抑えるために後ろに乗せてもらっていた。
「…そうね。もう少し高く、速く飛べないのかしら?あなた速度が自慢なんじゃなかったの?」
アリスが注文を入れと、魔理沙は困ったように答えた。
「出来なくはないが、二人乗りだと危ないんだよ…。このくらいの高さなら落ちても全然死なんし、速度的にも大丈夫だ。焦る旅じゃあないから、無駄話しながらじっくり行こうぜ。」
「『私とお話していたい』としか聞こえませんけどー?」
魔理沙の答えにアリスは鼻で笑った。出任せで適当(全くの適当とは言わない)こいたことへのお返しなのか、今度はアリスが攻めてくる。
「あーあー、そうだな。私はお前のことが大好きなんですよ。」
「はいはい。そりゃどーも。」
魔理沙が照れ隠しのようにいい加減に答えると、アリスは魔理沙に一杯食わせたことに満足したようで、上機嫌になった。
「…本当にあると思う?黄金郷。」
アリスが訊くと、魔理沙は大きく頷いた。
「私はあると思っているぜ。なにせこの国はかつて西欧で『黄金の国ジパング』って呼ばれたくらいだからな。忘れ去られたものが流れ着く幻想郷にも、黄金郷のひとつやふたつあるだろ。」
「ふーん、でもジパングって実際に確認した伝承じゃなかったような――。」
そこまで言って、「なるほど」とアリスは自分自身で納得した。魔理沙の言っていることは最もかもしれない。幻想郷に流れ着くものは、存在を忘れ去られたもの、否定されたもの。言い換えれば、幻想郷は外の世界の『墓場』である。そういう意味では、否定された伝承として、幻想郷内の黄金郷の実在は十分に可能性があるだろう。
そうこうしているうちに、魔理沙が目指していた場所にたどり着いた。
「…よし、目的地に着いたぜ。」
寺だ。
まごうことなき、寺。
仏像が祀られ、仏教への出家者が暮らしながら、修行を行う場所。
「…命蓮寺じゃない…。黄金郷はどうしたのよ。」
アリスが呆れたように言うと、魔理沙は首を横に振った。
幻想郷で最も大きな人里の少し外れに位置する寺、命蓮寺。普段は住職とその弟子たちが人妖の共生を信じながら仏門の修行に明け暮れている場所である。表向きの顔はそういう場所なのだが、この寺がここに立っている本来の目的は、宗教戦争的には仏教の敵となる道教関連施設がこの寺のちょうど真下に埋もれており、その封印である。そういう目的でここに立ったはずなのであるが、結果的にそれは逆効果であり、道教関連の親玉を復活させてしまった経緯がある。今や幻想郷の宗教事情はエルサレム並に複雑だ。
そんな寺の門戸をくぐり、魔理沙はどんどん歩みを進めていく。
「いやいや、いるじゃないか。ここには名うてのダウザーと、財宝を集めるありがた~い毘沙門天の化身が。」
「そんなあったか~いみたいに言っても…。」
魔理沙に置いていかれまいと付いていくアリスが文字でしか伝わらないネタを口にする間に、魔理沙は堂々と寺の奥へと進んでいく。
「それに、名うてのダウザーは普段はここに居ないんでしょ?」
「そうよ。」
どんどん進んでいく魔理沙へアリスが投げかけたら、別の声が答えた。アリスがそちらを向くと同時に、魔理沙も声の主の方へと向き直る。
白いセーラー服に身を包み、肩には不釣り合いなほど巨大な錨を担ぎ上げた少女。
寺に住まう船幽霊、村紗水蜜だ。
「ナズは普段はこっちには居ないわ。当たるなら無縁塚のほうへ行くといい。」
「…今日都合よくこっちに来ていたりは?」
「あるわけないでしょ。人生、そううまく行かないモンよ。」
魔理沙が訊くと、また村紗とは別の声が答えた。声を聞いた魔理沙はすかさず叫ぶ。
「新手のスタンド使いか!」
「入道使いよ。新手でもないし何よスタンドって。」
雲居一輪。彼女は、妖怪だらけのこの寺で、住職を除けばほぼ唯一まとも(?)に修行僧をやっている身だ。とは言え、その彼女も人間ではなく妖怪なのだが…。
「入道使いでも人形遣いでもいい。寅丸いるかな?」
「よくないでしょ、あんたその人形遣いと一緒に来てるの忘れてない…?今日は寅丸もナズのところに行ってる。今日は珍しく殆ど人が居ないの。帰った帰った。」
扱いを悪くされた一輪は嫌そうにしっしっと手を振る。
魔理沙が探しに来ていたのは、毘沙門天の弟子である寅丸星と、その監視役のナズーリンだった。星は財宝を集める特性を持っており、ナズーリンはダウジングを得意としている。何かと財に縁のあるふたりなので、もしかしたら情報を持っているのではないかと思ってここに来た次第であった。
目的がないのではここに居ても仕方がない。これが異変解決中ならば、とりあえず出会った者は全員シバき倒していくことに定評のある魔理沙であるが、今回はそういうことはなしにして、アリスと共に素直に寺を後にした。
「…と言うのがあらすじよ。」
「そうか――なるほどね。」
アリスが一通り説明を終え、ネズミ耳の少女――ナズーリンは気取ったように頷いた。その隣には、虎柄頭が特徴的な寅丸星の姿もある。
ここは無縁塚の近くにある、ナズーリンが拠点としている小屋だ。
共同墓地、無縁塚。ここは結界の綻びが最も発生しやすく、冥界や三途の川、果てには幻想郷の外部とも繋がりやすい、最も危険な地域である。ただ、そういう特殊な場所であるからなのか、何か特殊なものが埋まっているとナズーリンは考えて、この近辺に小屋を立てて生活をしていた。今のところは埋まっているのは死体ばかりであり、見つかるものも何の役にも立ちそうにないものしかないようだが。
「黄金郷、ですか。私も噂話には聞いたことがありますが――。」
星は困ったような顔で首を横に振った。
「見たことはないです。それに、黄金郷なんて規模の大きそうなものは集めようにも集められませんし…。」
「私のダウジングにも引っかかったことはないな。黄金郷って言うからにはそれなりの規模だろうし、レア度は低いかもしれないけど、そんなものがあったら間違いなく私が把握出来ているだろうし…。…金の量が異常に少ないのか、魔術的な防壁で遮断されているのか、はたまたモノじゃないのか…。」
ナズーリンも腕を組んだまま首を捻った。
「モノじゃないって何よ。」
アリスが怪訝な顔をナズーリンに向けた。アリスに見つめられるナズーリンはその疑問が出てくることを想定していたように続ける。
「いや、とりあえず言ってみただけさ。ダウジングに引っかからない概念物を上げると、例えば魔法的な現象の可能性もあるってことさ。」
「ああ、なるほどね。」
ナズーリンは黄金をお宝として認めているため、流石にそんな塊のような金がある場所があれば、必ず分かるのだと言う。結局、今の段階でナズーリンが黄金郷を見つけられていないということは、よくある「通常の黄金郷」のようなものではない可能性が高いのだそうだ。とは言え、どこかの寺のように金箔貼りであっても多少の反応は認められる。それもないということは、ダウジングが魔術的に遮断されるような場所か、それ自体が魔法のような現象で引き起こされる幻のようなものである可能性が高い。
アリスが納得したように頷くと、それまで黙って話を聞いていた魔理沙は呆れたように息をついた。
「お前ら役に立たないなぁ。まあ、ネズミのダウジングは元より当てにしていないが。」
「…キミはお願いをしに来たのか、喧嘩をしにきたのかどっちなんだ?」
アリスの態度に反し、非常に態度の悪い魔理沙に対して苛立ちを覚えたナズーリンは少しの怒りを込めて吐き捨てたが、魔理沙はどこ吹く風と言った体だ。
「だってガラクタしか拾えていないんだろ?直感力もダウジング能力も大したモンとは思えんぜ。」
「よしわかった、喧嘩をしに来たなら表にでてくれ。相手になろう。ご主人が。」
「え、私が戦うんですか?」
魔理沙に挑発され、苛立ちがピークに達したナズーリンは笑いながら星のほうを指差した。指を差された星は突如巻き込まれ、きょとんとしている。いきなり不条理に戦わされるような話を振られても同様せずに平然としていられるのは普段の修行の賜物か、はたまた慣れっこになってしまったのか。
「当然だろう。私が戦って魔理沙に勝てるわけがない。」
「ナズーリン…言ってることは正論かもしれないけど、ものすごく悲しくなりませんか?」
星がげんなりしたようにつぶやいた。確かにナズーリンはあまり強力な妖怪ではない。これでも彼女は毘沙門天直下の部下なのだが、戦いに関しては完全に専門外なので仕方がないのかもしれないが、いくらなんでもその毘沙門天の代理人たる星に完全におまかせと言うのも如何なものだろうか。
「ま、まあ。落ち着いて。とりあえずふたりとも情報は持っていないのね?」
アリスが宥めるように言うと、ナズーリンは静かに頷いた。
「ああ、申し訳ないが現時点では役に立てそうになくてね。…しかし面白そうだな。私も探してみようかな。」
「ああ、先に見つけたらこそっと教えてくれ。頼むぜ。」
魔理沙がそう言うと、ナズーリンはふっと笑った。
「そうだね、キミの態度次第では考えてあげるよ。」
命蓮寺、無縁塚と完全に無駄足になってしまったが、仕方ない。元々アテのないところからのスタートなのだから。
魔理沙とアリスは次の場所を目指して無縁塚を離れた。
それからしばらくして。
日にちをわけながら各地を歩き回ったり、二人乗りの箒で低空飛行したり。二人は転々と動き回ってみたが、それらしい場所は見つけられていなかった。普段はあまり近づかない鈴蘭の群生地やひまわりが大量に咲き誇る太陽の畑、迷いの竹林の奥地、果てには妖怪の山の麓まで調べてみたが、それらしい場所も情報も何もなかった。これはもう冥界や地獄、彼岸のような異界に存在していると考えるのが妥当かと考えるほど見つからないでいた。
そんな中、唯一手がかりという手がかりが得られた件があった。たまたま神社の付近をふらふら彷徨っていたら、不良天人…比那名居天子と出会ったのだ。天子にも件の話をすると、驚くことに、彼女はさしたる興味もなさそうに「そうか。私はその噂を知っているよ。秋にのみ浮かぶ黄金郷を見たことがある。」と言ったのだ。魔理沙とアリスはついに手がかりを得られたと喜んだが、詳細を聞こうとしても「そういうのは自分で見つけるから面白いんだろう?ヒントもあげないよ。」と意地悪されてしまった。嘘は言っていないとのことで、これが唯一のヒントとなっていた。
「…ターゲットを変えたほうが良さそうだな。」
箒で飛びながら、魔理沙がつぶやいた。魔理沙の箒の後ろに乗り、落ちないように魔理沙にしがみつくアリスが応える。
「具体的には?」
「ナズが言っていただろ。モノ的なものじゃなくて、魔術的な現象かシャットアウトされているような場所にターゲットを絞り込んだほうがいいってことだ。」
魔理沙はそう言ったが、これは非常に厄介なことでもあった。魔術的な現象であるならばとっくに見つかっているように思える。仮に魔術の発動条件が特殊中の特殊だったとしても、文の言うように昔からある話なら、なおさら多くの人妖が知っていてもおかしくはないのだ。そうなると、今度は普段は外界からシャットアウトされていて認知できないような施設だということになる。例えば、地下に行かないと見つけられないような旧都の地霊殿や、それこそ夢殿大祀廟――寺の下の施設――のように「何かが埋まっている」程度にしか感知できない場所だと、そういったものの探索手段を持たない魔理沙やアリスでは発見は困難を極めるだろう。
「あとは……反則技がないわけでもないが……。」
もう一つアイデアを持っているらしかった魔理沙は、それを言い切る前に言葉を濁す。魔理沙のもうひとつのアイデアに考えが及ばないアリスは、首をかしげた。
「どうしたの?」
「…紫や隠岐奈に聞いてしまう、という手がだな…。」
アリスは頭を抱える。魔理沙が言い澱んだ理由もわかった。今の幻想郷を創った妖怪の賢者たち。スキマ妖怪の八雲紫。そして究極の絶対秘神・摩多羅隠岐奈。なるほど、確かに彼女であれば幻想郷にある程度隠れている施設や不可解な現象も把握している可能性が高いだろう。確かに自分たちで探す過程においては反則技のひとつと言えよう。
だが、それと同時に非常にリスクの高い行為でもあった。基本的に彼女らはお願いをすればなんでも叶えてくれはするのだが、その代償として要求されるものが途轍もない無理難題だったりする可能性があるのだ。わりかし魔理沙とは仲の良い隠岐奈であれば『美味い酒をもってこい』くらいで済むかもしれないが、最悪『二童子に変わってお前らが働け』くらい言ってくるかもしれない。紫に至ってはその時その時の機嫌で要求するものがかなり変わるため、こちらも最悪ケースを想定すると『不良天人・比那名居天子の首を取ってこい』と言いだすことは十分に考えられる。
「…それはやめておきましょうか。」
アリスは最悪の可能性を考えた後、首を横に振ってぽつりとつぶやいた。
「…もしくはものの見方を変えるかだなぁ。黄金郷ってのはもしかしたら比喩なのかも…。」
魔理沙がそう言うと、アリスはふふっと笑った。
「実は案外私たちがもう黄金郷の一部に住んでる、みたいなオチだったりしてね。なにせ黄金の国ジパングですもの。」
「はっはー。そういうのも悪くないけどな。ただ、確証が得られんなーそれは。」
魔理沙が笑う。
一旦、帰宅して情報を整理するべきだろう。魔理沙とアリスは魔理沙の住まいへと引き返し、これまで歩いてきた情報を整理し始めた。
「可能性の話も含めて、情報を整理して残りの可能性を推定するか。」
まず、現実的に黄金が山積みになっているような場所ではなさそうであった。そういう場所があるなら、昔から生きている連中の誰か一人くらい知っていてもおかしくはない。ということは、別の見方をしないと見えてこない場所である線が高い。
次に考えられるのは魔術的な現象の線だ。文の情報によると、黄金郷は秋にだけ浮かび上がると言うが、もうひとつ余談的に付いていた話がある。黄金郷は、小規模ながら夏場にも浮かび上がるらしいのだ。何故このふたつの季節なのか、もしかしたらそれが何かの術法の発動条件になっているのかもしれないが、いずれにせよこれは重要な手かがりと言えよう。
最後に、普段は外界からシャットアウトされている場所に上記までの要素が隠されている場合だ。この場合はもはやお手上げと言える。
「あとやっていないことは――そういやまだ幻想郷を俯瞰では見ていないな。」
情報を整理していた魔理沙とは対照的に、アリスはずっと何かを考えているようだった。その目は謎を見つめる目ではなく、もう少しで謎が解けそうな光を宿していた。そんな様子のアリスに、魔理沙は言葉を投げかける。
「アリス?まさか何か――。」
魔理沙がそこまで言った瞬間、アリスが勢いよく立ち上がった。
「魔理沙。私、わかったかもしれない。黄金郷の謎。」
「ええ、ほんとか!?教えてくれ!」
魔理沙が驚きに声を上げるよりも速く、アリスが外出の準備を始める。
「魔理沙!確認するためにあなたの協力が必要!」
「なんだなんだ、説明してくれ!」
普段は見せないような強引さで、アリスは魔理沙の腕を引っ張って表へと飛び出す。
「箒で思いっきり高く飛んで!!」
「あ、ああ。危ないからある程度覚悟しろよ!」
急かされた魔理沙は箒に自身とアリスを乗せ、勢いよく空へと登っていく。
「おい、どのくらい高く飛べばいいんだー!?」
「天界に近付くくらいまで高く登って!私の予想が正しければ、色々な人に出会ってきた中で天子だけが知っているっていうのは、そこからじゃないと見えないような規模のものだってことなのよ!たぶん!」
上昇の勢いで風を切る音が大きく、自然と二人の声も大きくなる。魔理沙は箒から魔力を放ち、加速を続ける。
上る、登る、昇る。
冥界への門や天界、妖怪の山の頂と同じくらいの高さへと差し掛かろうと言うところで、アリスが指示を出す。
「魔理沙、この辺で止めて!」
「オッケー!」
二人を載せた箒は徐々に減速し、空中で静止した。
――かなり高くまで登った。久しぶりだ。
魔理沙はそんなことを考えながら、下に広がる幻想郷へと目をやった。
「…あ。」
眼下に広がるのは、秋の風物詩。
銀杏、色葉椛、また銀杏。
山が、道が、紅、黄、黄緑に染まる。
何より目を引くのは、黄色に染まりきった銀杏。
幻想郷の至る場所に生えた銀杏と椛が、世界という世界を黄色に染め上げていた。
普段は意識していなかった美しい黄金色に、魔理沙は息を飲む。
その様子はまるで――。
「…黄金郷…。」
あまりの美しさに気を取られていた魔理沙が、ぽつりと呟く。
――これが、答えか。
「…秋にしか浮かび上がらないわけだわ。幻想郷全体が『黄金郷』なんだもの。」
自身が考えて組み立てた全ての謎解きの結果に、アリスが満足そうに笑う。
「お前の予想、合ってたな。」
「ええ。天子に話を聞いた後から、薄々こういうことなんじゃないかって思っていたけど、こんなに綺麗に黄金色に見えるのね。」
銀杏をベースとした黄金色に、時折アクセントに椛の紅葉が交じる。なんとも言えない美しさに、二人はしばらく無言でその風景を眺めていた。
しばらくして、魔理沙が何かに合点が言ったように喋り出す。
「あ、じゃあ夏場にだけ浮かぶ小規模な黄金郷ってのは――。」
「太陽の畑の向日葵、のことだと思うわ。」
「あーあれも黄色だもんな。なるほどなぁー。」
黄金郷の謎は解けた。
なるほど、天から俯瞰的に幻想郷を眺められる天子だけが知っていたことも、秋にのみ浮かび上がるというのも、この答えであれば全て納得がいく。
名残惜しいが、徐々に箒の高度を下げて、二人は下界へと戻り始めた。
「また、来年見に来ますか。」
帰り道で魔理沙がそう言うと、アリスは頷いた。
「ええ、二人で。」
その夜。
「魔理沙、久しぶり。黄金郷見つかったの?」
「…ああ、見つけたぜ。」
八目鰻の屋台で、魔理沙はまた文と飲んでいた。今度はアリスも一緒だ。
「む、詳しく教えてもらっていいですか?飲み代押し付けた代わりに!」
「これは教えないぜ。自分で見つけるから面白いんだろう?お代は払う、アリスが。」
「いやなんで私が払うのよ!」
「じゃあアリスさんから聞き出しましょうか。」
文がアリスにすっと近付くと、アリスは手を払う。
「私だって言わないわよ。自分で見つけなさい。」
「ええー。」
文とアリスがやりとりをしている間、魔理沙は一人で考え事をする。
――かつて、この国は黄金の国ジパングと呼ばれたことがあった。
それは、もしかして今回の件のように、黄金色に染まった植物を見たことがなかった西洋人の勘違いだったのではないだろうか。あの風景を初めて見た者であれば、勘違いをしても何らおかしくない美しさであった。何から何まで黄金である、と。
きっとそういうことだろうと一人納得した魔理沙は、過去の冒険者たちと同じロマンを追い求め、その足跡をなぞったようなこの数日間に大きい満足感を覚えていた。明日からは、行き詰まっていた研究や実験も上手く行くような気がしている。やっぱり、気分転換は大事だ。
久しぶりに充足感を覚えた魔理沙は、気持ちよく酒を一気に煽って締めとした。
白と黒の衣服に身を包んだ普通の魔法使い――霧雨魔理沙は、目をぱちくりとさせる。
ここは妖怪専門の八目鰻の屋台。妖怪専門とは言え、女将が妖怪なので結果的にそうなっているだけであり、魔理沙のような普通の人間も極稀に訪れる。
ここ最近、魔理沙は魔法の実験などに行き詰まっていた。家の中に居てもクリエイティブな発想が出るわけでもないため、誰か話のできるヤツが一人くらい捕まるだろうとアテを付けて、独りでフラリと飲みに来ていたのだった。何もアイデアが出ない時は、普段とは異なることをするに限る。
その判断は、正解だったと言える。
「そう、黄金郷です。」
魔理沙の目の前には黒髪ショートカットに赤い烏帽子を身に着けた烏天狗の少女、射命丸文が居た。彼女は職業新聞記者であり、よくあるステレオタイプのマスコミの例に漏れず、色んなところからそこそこ煙たがられている。ただ、オフで会う分にはそんなに問題がある性格をしているわけではないと魔理沙は思っている。(全く問題がないとは言わない。)
普段であれば単なる胡散臭いだけのパパラッチか勧誘が鬱陶しい新聞記者でしかないが、暇つぶしや普段とは違う活動を見つけるためには最適な相手だったと言える。この機会を逃す手はないと思い、魔理沙は文からおもしろネタを引きずり出していた。
文から聞いていたのは、幻想郷に黄金郷がある、という噂話だった。
「これが不思議な話でしてー…。秋にだけ浮かび上がるって言うんですよ、黄金郷。ちょうどこのくらいの時期に。わりと昔からある話なんですけど。あと、別の話で夏にも小さい黄金郷が浮かび上がるって言う言い伝えがあって…。」
季節は秋。とは言え、幻想郷はわりと山なので寒くなるのが早い。ぼちぼち山は銀杏も色づいて久しく、空気は肌寒くなり、いつまでも半袖小僧のような格好をしているわけにはいかないような時期に来ていた。そんな季節なのに、魔理沙の目の前のブン屋は相変わらずの超々ミニスカートだ。文曰く「乙女のファッションは暑さや寒さなんて関係ありません」とのことだったが、つまるところ寒いのは寒いらしく、わりと無理して今のスタイルを貫いているらしかった。まあ、魔理沙からするとそれはわりとどうでもいいことだった。文のふとももにはあまり興味がない。(全く興味がないとは言わない。)
「昔から、ねえ…。お前結構長生きしてるだろ?見たことないのかよ。」
魔理沙は酒をあおりながら文に訊く。文は見た目こそ少女のそれとは言え、曲がりなりにも妖怪だ。烏天狗の中でもめちゃくちゃ若造らしいが、それでも少なくとも六十年以上は生きている。その文が見たことがないと言うのは、確かに少し不思議だ。黄金郷というくらいなのだから、そんなものが現れたら結構目立つと思うのだが。
「お恥ずかしながら…。私も毎年探しちゃ居るんですが。」
文があはは…と笑いながら頬をかいた。
――なるほど、少し面白いかもしれない。
情報を武器とし、自らの脚で積極的にそれを稼ぐ射命丸文が見つけられていない黄金郷。こいつは暇つぶしにも、クリエイティブなアイデアを得るにもいいチャンスだろう。
「よし、探してみるか。」
魔理沙はすっと席から立ち上がる。
「…今からですか?」
「んなわけあるかい。明日からだな。」
文が冗談めかして訊くと、魔理沙は鼻で笑った。
「じゃあな、文。面白い情報ありがとさん!!」
魔理沙は自身の愛用の箒に乗り、勢いよく空へと飛び去っていった。
取り残された文は、先程まで魔理沙が座っていた空席を見つめる。何か違和感がある。
数秒考えた文は、ふと顔を上げた。同じ鳥科の、屋台の女将と目があう。
そして、その瞬間違和感の正体に気がついた。
「…あいつ、お代を私に押し付けやがった…。」
翌日。
飲み代を文に押し付けることに成功した魔理沙は、自身が住む魔法の森に立つ一軒家に訪れていた。ここには同じ魔法使いの友人が住んでいる。その友人は魔理沙とそう年は変わらないが、正真正銘の「種族・魔法使い」であることが唯一決定的に違うところだった。
「嫌よ、面倒くさい。」
ゆっくりと紅茶を飲みながら、魔理沙の友人――と言ったら本人は怒るだろうが――のアリス・マーガトロイドは魔理沙の誘いを即座に断った。
秋にのみ浮かび上がる黄金郷。確かに面白い話かもしれないが、そういう探索や冒険は自身の役割ではない。よくわからない初見の場所へ向かうのは巫女や普通の魔法使い、メイド、半人半霊の剣士、風祝の役割で、どちらかと言えば自分は後からそこへ観光に行くタイプだ。アリスはそんなことを考えながら、紅茶のおかわりを魔理沙のカップに注ぐ。
「霊夢でも誘えばいいじゃない。黄金なんて言ったら喜んで食いつくでしょ。」
アリスは魔理沙の古い友人の名前を口にした。霊夢――巫女の博麗霊夢は、金に少しばかりがめついところがあった。自身が運営している神社の賽銭箱は閑古鳥が鳴きっぱなしであるので、仕方がないのかもしれない。ただ、魔理沙が言うには「そんなにあいつ貧乏しとらんぞ」とのことだった。そんな霊夢であれば、黄金などの儲け話になりそうな話にはすぐに食いついてきそうではないか。アリスは、魔理沙が何故霊夢ではなく自分を誘うのかと思っていた。
「…霊夢なんか連れてったら、折角見つかった黄金郷は更地になっちまうぜ。」
魔理沙が紅茶に口をつけながらふっと笑うと、対照にアリスははあ、と息をつく。
「いくら霊夢でも全部は持っていけないでしょ…。」
「それに…。」
「それに?」
何かを言いたそうな魔理沙に対してアリスが聞き返すと、魔理沙は続きを言うのを少しためらう様子を見せながら、続けた。
「私はアリス、お前がいい。私はお前と探しに行きたいんだ。明けない永い夜にも、地底から霊が噴き出したあの時もずっと付き合ってくれた、お前がいい。他の誰でもない、お前と一緒にやりたいんだ。」
魔理沙は普段は見せないような真剣な眼差しで、アリスを見つめる。
――全く、こいつは。
あまりに真剣な魔理沙の様子にアリスは一瞬あっけに取られたが、すぐに言葉のひとつひとつの意味を理解し、顔を紅くさせる。
「ば、ばかじゃないの…?そんなこと言ったって、私は…。まあ、あんたがどうしてもって言うなら…その、付き合ってあげなくもないけど!」
アリスは昨今となっては絶滅危惧種とも言えるような典型的な『デレ』を発揮し、魔理沙のお願いを承諾するようなことを口にする。
――ちょろすぎる…。
一方の魔理沙はあまりのアリスの扱いやすさに、心の中で苦笑していた。ここ数年の付き合いでアリスの扱いには慣れているため、思いつきで口からアリスが落ちそうな出任せを吐いていたが、こんなに効果があるとは思っていなかった。(全くの出任せとは言わない。)
いずれにせよ、アリスがパートナーであることは魔理沙にとって好都合だった。お互いのことを(出任せで制御できる程度には)それなりによく分かっているつもりだし、何度も死線を一緒にくぐり抜けてきた仲だ。魔理沙は言わないでいたが、もしかしたら途轍もない危険が伴わないとも限らないのだ。そうなった時、一番連携して戦える相棒が一緒のほうが心強い。そう考えると、魔理沙の相棒は霊夢ではなく、幾度となく連携をしてきたアリスになるのであった。
――あんまり意識していなかったけど、私のことをよく分かってくれるのはこいつだ。
魔理沙はふとそんな事を考えた直後、自分自身が考えたことを反芻して顔を紅くする。ベタなラブコメのようなことをやっているのは、自分自身も同じかもしれない。あまりアリスのことを笑えたものではないようだ。
「よーし、じゃあ決まりだな。」
魔理沙は気持ちを切り替えるように言い、ティーカップを置いて伸びをした。
アリスは椅子から立ち上がり、いそいそとティーセットの片付けをしながら魔理沙に問いかける。
「すぐに出るのはいいけど、アテはあるのかしら?」
「ない。」
魔理沙がきっぱりと言い放つ。
――こいつは。
アリスが少し嫌そうな顔をすると、それを見た魔理沙はすぐににっと笑った。
「お前となら、とこでもいいさ。」
「…よくもまあ、ぽんぽんと歯の浮くような台詞が出てきますこと。」
魔理沙の笑顔に笑顔で応えながら、アリスは少し意地悪な切り返しをした。
「よしよし、いつもの私たちっぽくなってきたな。それじゃあ、早速行きますかね。」
魔理沙はアリスの対応に満足そうに頷く。
二人は他愛のないやり取りを繰り返しながら支度を済ませて、表へと繰り出した。
「…こうやって出かけるの、久しぶりだな。」
魔理沙は箒の後ろにアリスを乗せ、ゆっくりと低空飛行する。魔理沙は箒がないと飛べない。これは、彼女が「魔法使いは箒に乗るもんだ」と認識しているためである。アリスは箒がなくても飛べるのだが、無駄な魔力消費を抑えるために後ろに乗せてもらっていた。
「…そうね。もう少し高く、速く飛べないのかしら?あなた速度が自慢なんじゃなかったの?」
アリスが注文を入れと、魔理沙は困ったように答えた。
「出来なくはないが、二人乗りだと危ないんだよ…。このくらいの高さなら落ちても全然死なんし、速度的にも大丈夫だ。焦る旅じゃあないから、無駄話しながらじっくり行こうぜ。」
「『私とお話していたい』としか聞こえませんけどー?」
魔理沙の答えにアリスは鼻で笑った。出任せで適当(全くの適当とは言わない)こいたことへのお返しなのか、今度はアリスが攻めてくる。
「あーあー、そうだな。私はお前のことが大好きなんですよ。」
「はいはい。そりゃどーも。」
魔理沙が照れ隠しのようにいい加減に答えると、アリスは魔理沙に一杯食わせたことに満足したようで、上機嫌になった。
「…本当にあると思う?黄金郷。」
アリスが訊くと、魔理沙は大きく頷いた。
「私はあると思っているぜ。なにせこの国はかつて西欧で『黄金の国ジパング』って呼ばれたくらいだからな。忘れ去られたものが流れ着く幻想郷にも、黄金郷のひとつやふたつあるだろ。」
「ふーん、でもジパングって実際に確認した伝承じゃなかったような――。」
そこまで言って、「なるほど」とアリスは自分自身で納得した。魔理沙の言っていることは最もかもしれない。幻想郷に流れ着くものは、存在を忘れ去られたもの、否定されたもの。言い換えれば、幻想郷は外の世界の『墓場』である。そういう意味では、否定された伝承として、幻想郷内の黄金郷の実在は十分に可能性があるだろう。
そうこうしているうちに、魔理沙が目指していた場所にたどり着いた。
「…よし、目的地に着いたぜ。」
寺だ。
まごうことなき、寺。
仏像が祀られ、仏教への出家者が暮らしながら、修行を行う場所。
「…命蓮寺じゃない…。黄金郷はどうしたのよ。」
アリスが呆れたように言うと、魔理沙は首を横に振った。
幻想郷で最も大きな人里の少し外れに位置する寺、命蓮寺。普段は住職とその弟子たちが人妖の共生を信じながら仏門の修行に明け暮れている場所である。表向きの顔はそういう場所なのだが、この寺がここに立っている本来の目的は、宗教戦争的には仏教の敵となる道教関連施設がこの寺のちょうど真下に埋もれており、その封印である。そういう目的でここに立ったはずなのであるが、結果的にそれは逆効果であり、道教関連の親玉を復活させてしまった経緯がある。今や幻想郷の宗教事情はエルサレム並に複雑だ。
そんな寺の門戸をくぐり、魔理沙はどんどん歩みを進めていく。
「いやいや、いるじゃないか。ここには名うてのダウザーと、財宝を集めるありがた~い毘沙門天の化身が。」
「そんなあったか~いみたいに言っても…。」
魔理沙に置いていかれまいと付いていくアリスが文字でしか伝わらないネタを口にする間に、魔理沙は堂々と寺の奥へと進んでいく。
「それに、名うてのダウザーは普段はここに居ないんでしょ?」
「そうよ。」
どんどん進んでいく魔理沙へアリスが投げかけたら、別の声が答えた。アリスがそちらを向くと同時に、魔理沙も声の主の方へと向き直る。
白いセーラー服に身を包み、肩には不釣り合いなほど巨大な錨を担ぎ上げた少女。
寺に住まう船幽霊、村紗水蜜だ。
「ナズは普段はこっちには居ないわ。当たるなら無縁塚のほうへ行くといい。」
「…今日都合よくこっちに来ていたりは?」
「あるわけないでしょ。人生、そううまく行かないモンよ。」
魔理沙が訊くと、また村紗とは別の声が答えた。声を聞いた魔理沙はすかさず叫ぶ。
「新手のスタンド使いか!」
「入道使いよ。新手でもないし何よスタンドって。」
雲居一輪。彼女は、妖怪だらけのこの寺で、住職を除けばほぼ唯一まとも(?)に修行僧をやっている身だ。とは言え、その彼女も人間ではなく妖怪なのだが…。
「入道使いでも人形遣いでもいい。寅丸いるかな?」
「よくないでしょ、あんたその人形遣いと一緒に来てるの忘れてない…?今日は寅丸もナズのところに行ってる。今日は珍しく殆ど人が居ないの。帰った帰った。」
扱いを悪くされた一輪は嫌そうにしっしっと手を振る。
魔理沙が探しに来ていたのは、毘沙門天の弟子である寅丸星と、その監視役のナズーリンだった。星は財宝を集める特性を持っており、ナズーリンはダウジングを得意としている。何かと財に縁のあるふたりなので、もしかしたら情報を持っているのではないかと思ってここに来た次第であった。
目的がないのではここに居ても仕方がない。これが異変解決中ならば、とりあえず出会った者は全員シバき倒していくことに定評のある魔理沙であるが、今回はそういうことはなしにして、アリスと共に素直に寺を後にした。
「…と言うのがあらすじよ。」
「そうか――なるほどね。」
アリスが一通り説明を終え、ネズミ耳の少女――ナズーリンは気取ったように頷いた。その隣には、虎柄頭が特徴的な寅丸星の姿もある。
ここは無縁塚の近くにある、ナズーリンが拠点としている小屋だ。
共同墓地、無縁塚。ここは結界の綻びが最も発生しやすく、冥界や三途の川、果てには幻想郷の外部とも繋がりやすい、最も危険な地域である。ただ、そういう特殊な場所であるからなのか、何か特殊なものが埋まっているとナズーリンは考えて、この近辺に小屋を立てて生活をしていた。今のところは埋まっているのは死体ばかりであり、見つかるものも何の役にも立ちそうにないものしかないようだが。
「黄金郷、ですか。私も噂話には聞いたことがありますが――。」
星は困ったような顔で首を横に振った。
「見たことはないです。それに、黄金郷なんて規模の大きそうなものは集めようにも集められませんし…。」
「私のダウジングにも引っかかったことはないな。黄金郷って言うからにはそれなりの規模だろうし、レア度は低いかもしれないけど、そんなものがあったら間違いなく私が把握出来ているだろうし…。…金の量が異常に少ないのか、魔術的な防壁で遮断されているのか、はたまたモノじゃないのか…。」
ナズーリンも腕を組んだまま首を捻った。
「モノじゃないって何よ。」
アリスが怪訝な顔をナズーリンに向けた。アリスに見つめられるナズーリンはその疑問が出てくることを想定していたように続ける。
「いや、とりあえず言ってみただけさ。ダウジングに引っかからない概念物を上げると、例えば魔法的な現象の可能性もあるってことさ。」
「ああ、なるほどね。」
ナズーリンは黄金をお宝として認めているため、流石にそんな塊のような金がある場所があれば、必ず分かるのだと言う。結局、今の段階でナズーリンが黄金郷を見つけられていないということは、よくある「通常の黄金郷」のようなものではない可能性が高いのだそうだ。とは言え、どこかの寺のように金箔貼りであっても多少の反応は認められる。それもないということは、ダウジングが魔術的に遮断されるような場所か、それ自体が魔法のような現象で引き起こされる幻のようなものである可能性が高い。
アリスが納得したように頷くと、それまで黙って話を聞いていた魔理沙は呆れたように息をついた。
「お前ら役に立たないなぁ。まあ、ネズミのダウジングは元より当てにしていないが。」
「…キミはお願いをしに来たのか、喧嘩をしにきたのかどっちなんだ?」
アリスの態度に反し、非常に態度の悪い魔理沙に対して苛立ちを覚えたナズーリンは少しの怒りを込めて吐き捨てたが、魔理沙はどこ吹く風と言った体だ。
「だってガラクタしか拾えていないんだろ?直感力もダウジング能力も大したモンとは思えんぜ。」
「よしわかった、喧嘩をしに来たなら表にでてくれ。相手になろう。ご主人が。」
「え、私が戦うんですか?」
魔理沙に挑発され、苛立ちがピークに達したナズーリンは笑いながら星のほうを指差した。指を差された星は突如巻き込まれ、きょとんとしている。いきなり不条理に戦わされるような話を振られても同様せずに平然としていられるのは普段の修行の賜物か、はたまた慣れっこになってしまったのか。
「当然だろう。私が戦って魔理沙に勝てるわけがない。」
「ナズーリン…言ってることは正論かもしれないけど、ものすごく悲しくなりませんか?」
星がげんなりしたようにつぶやいた。確かにナズーリンはあまり強力な妖怪ではない。これでも彼女は毘沙門天直下の部下なのだが、戦いに関しては完全に専門外なので仕方がないのかもしれないが、いくらなんでもその毘沙門天の代理人たる星に完全におまかせと言うのも如何なものだろうか。
「ま、まあ。落ち着いて。とりあえずふたりとも情報は持っていないのね?」
アリスが宥めるように言うと、ナズーリンは静かに頷いた。
「ああ、申し訳ないが現時点では役に立てそうになくてね。…しかし面白そうだな。私も探してみようかな。」
「ああ、先に見つけたらこそっと教えてくれ。頼むぜ。」
魔理沙がそう言うと、ナズーリンはふっと笑った。
「そうだね、キミの態度次第では考えてあげるよ。」
命蓮寺、無縁塚と完全に無駄足になってしまったが、仕方ない。元々アテのないところからのスタートなのだから。
魔理沙とアリスは次の場所を目指して無縁塚を離れた。
それからしばらくして。
日にちをわけながら各地を歩き回ったり、二人乗りの箒で低空飛行したり。二人は転々と動き回ってみたが、それらしい場所は見つけられていなかった。普段はあまり近づかない鈴蘭の群生地やひまわりが大量に咲き誇る太陽の畑、迷いの竹林の奥地、果てには妖怪の山の麓まで調べてみたが、それらしい場所も情報も何もなかった。これはもう冥界や地獄、彼岸のような異界に存在していると考えるのが妥当かと考えるほど見つからないでいた。
そんな中、唯一手がかりという手がかりが得られた件があった。たまたま神社の付近をふらふら彷徨っていたら、不良天人…比那名居天子と出会ったのだ。天子にも件の話をすると、驚くことに、彼女はさしたる興味もなさそうに「そうか。私はその噂を知っているよ。秋にのみ浮かぶ黄金郷を見たことがある。」と言ったのだ。魔理沙とアリスはついに手がかりを得られたと喜んだが、詳細を聞こうとしても「そういうのは自分で見つけるから面白いんだろう?ヒントもあげないよ。」と意地悪されてしまった。嘘は言っていないとのことで、これが唯一のヒントとなっていた。
「…ターゲットを変えたほうが良さそうだな。」
箒で飛びながら、魔理沙がつぶやいた。魔理沙の箒の後ろに乗り、落ちないように魔理沙にしがみつくアリスが応える。
「具体的には?」
「ナズが言っていただろ。モノ的なものじゃなくて、魔術的な現象かシャットアウトされているような場所にターゲットを絞り込んだほうがいいってことだ。」
魔理沙はそう言ったが、これは非常に厄介なことでもあった。魔術的な現象であるならばとっくに見つかっているように思える。仮に魔術の発動条件が特殊中の特殊だったとしても、文の言うように昔からある話なら、なおさら多くの人妖が知っていてもおかしくはないのだ。そうなると、今度は普段は外界からシャットアウトされていて認知できないような施設だということになる。例えば、地下に行かないと見つけられないような旧都の地霊殿や、それこそ夢殿大祀廟――寺の下の施設――のように「何かが埋まっている」程度にしか感知できない場所だと、そういったものの探索手段を持たない魔理沙やアリスでは発見は困難を極めるだろう。
「あとは……反則技がないわけでもないが……。」
もう一つアイデアを持っているらしかった魔理沙は、それを言い切る前に言葉を濁す。魔理沙のもうひとつのアイデアに考えが及ばないアリスは、首をかしげた。
「どうしたの?」
「…紫や隠岐奈に聞いてしまう、という手がだな…。」
アリスは頭を抱える。魔理沙が言い澱んだ理由もわかった。今の幻想郷を創った妖怪の賢者たち。スキマ妖怪の八雲紫。そして究極の絶対秘神・摩多羅隠岐奈。なるほど、確かに彼女であれば幻想郷にある程度隠れている施設や不可解な現象も把握している可能性が高いだろう。確かに自分たちで探す過程においては反則技のひとつと言えよう。
だが、それと同時に非常にリスクの高い行為でもあった。基本的に彼女らはお願いをすればなんでも叶えてくれはするのだが、その代償として要求されるものが途轍もない無理難題だったりする可能性があるのだ。わりかし魔理沙とは仲の良い隠岐奈であれば『美味い酒をもってこい』くらいで済むかもしれないが、最悪『二童子に変わってお前らが働け』くらい言ってくるかもしれない。紫に至ってはその時その時の機嫌で要求するものがかなり変わるため、こちらも最悪ケースを想定すると『不良天人・比那名居天子の首を取ってこい』と言いだすことは十分に考えられる。
「…それはやめておきましょうか。」
アリスは最悪の可能性を考えた後、首を横に振ってぽつりとつぶやいた。
「…もしくはものの見方を変えるかだなぁ。黄金郷ってのはもしかしたら比喩なのかも…。」
魔理沙がそう言うと、アリスはふふっと笑った。
「実は案外私たちがもう黄金郷の一部に住んでる、みたいなオチだったりしてね。なにせ黄金の国ジパングですもの。」
「はっはー。そういうのも悪くないけどな。ただ、確証が得られんなーそれは。」
魔理沙が笑う。
一旦、帰宅して情報を整理するべきだろう。魔理沙とアリスは魔理沙の住まいへと引き返し、これまで歩いてきた情報を整理し始めた。
「可能性の話も含めて、情報を整理して残りの可能性を推定するか。」
まず、現実的に黄金が山積みになっているような場所ではなさそうであった。そういう場所があるなら、昔から生きている連中の誰か一人くらい知っていてもおかしくはない。ということは、別の見方をしないと見えてこない場所である線が高い。
次に考えられるのは魔術的な現象の線だ。文の情報によると、黄金郷は秋にだけ浮かび上がると言うが、もうひとつ余談的に付いていた話がある。黄金郷は、小規模ながら夏場にも浮かび上がるらしいのだ。何故このふたつの季節なのか、もしかしたらそれが何かの術法の発動条件になっているのかもしれないが、いずれにせよこれは重要な手かがりと言えよう。
最後に、普段は外界からシャットアウトされている場所に上記までの要素が隠されている場合だ。この場合はもはやお手上げと言える。
「あとやっていないことは――そういやまだ幻想郷を俯瞰では見ていないな。」
情報を整理していた魔理沙とは対照的に、アリスはずっと何かを考えているようだった。その目は謎を見つめる目ではなく、もう少しで謎が解けそうな光を宿していた。そんな様子のアリスに、魔理沙は言葉を投げかける。
「アリス?まさか何か――。」
魔理沙がそこまで言った瞬間、アリスが勢いよく立ち上がった。
「魔理沙。私、わかったかもしれない。黄金郷の謎。」
「ええ、ほんとか!?教えてくれ!」
魔理沙が驚きに声を上げるよりも速く、アリスが外出の準備を始める。
「魔理沙!確認するためにあなたの協力が必要!」
「なんだなんだ、説明してくれ!」
普段は見せないような強引さで、アリスは魔理沙の腕を引っ張って表へと飛び出す。
「箒で思いっきり高く飛んで!!」
「あ、ああ。危ないからある程度覚悟しろよ!」
急かされた魔理沙は箒に自身とアリスを乗せ、勢いよく空へと登っていく。
「おい、どのくらい高く飛べばいいんだー!?」
「天界に近付くくらいまで高く登って!私の予想が正しければ、色々な人に出会ってきた中で天子だけが知っているっていうのは、そこからじゃないと見えないような規模のものだってことなのよ!たぶん!」
上昇の勢いで風を切る音が大きく、自然と二人の声も大きくなる。魔理沙は箒から魔力を放ち、加速を続ける。
上る、登る、昇る。
冥界への門や天界、妖怪の山の頂と同じくらいの高さへと差し掛かろうと言うところで、アリスが指示を出す。
「魔理沙、この辺で止めて!」
「オッケー!」
二人を載せた箒は徐々に減速し、空中で静止した。
――かなり高くまで登った。久しぶりだ。
魔理沙はそんなことを考えながら、下に広がる幻想郷へと目をやった。
「…あ。」
眼下に広がるのは、秋の風物詩。
銀杏、色葉椛、また銀杏。
山が、道が、紅、黄、黄緑に染まる。
何より目を引くのは、黄色に染まりきった銀杏。
幻想郷の至る場所に生えた銀杏と椛が、世界という世界を黄色に染め上げていた。
普段は意識していなかった美しい黄金色に、魔理沙は息を飲む。
その様子はまるで――。
「…黄金郷…。」
あまりの美しさに気を取られていた魔理沙が、ぽつりと呟く。
――これが、答えか。
「…秋にしか浮かび上がらないわけだわ。幻想郷全体が『黄金郷』なんだもの。」
自身が考えて組み立てた全ての謎解きの結果に、アリスが満足そうに笑う。
「お前の予想、合ってたな。」
「ええ。天子に話を聞いた後から、薄々こういうことなんじゃないかって思っていたけど、こんなに綺麗に黄金色に見えるのね。」
銀杏をベースとした黄金色に、時折アクセントに椛の紅葉が交じる。なんとも言えない美しさに、二人はしばらく無言でその風景を眺めていた。
しばらくして、魔理沙が何かに合点が言ったように喋り出す。
「あ、じゃあ夏場にだけ浮かぶ小規模な黄金郷ってのは――。」
「太陽の畑の向日葵、のことだと思うわ。」
「あーあれも黄色だもんな。なるほどなぁー。」
黄金郷の謎は解けた。
なるほど、天から俯瞰的に幻想郷を眺められる天子だけが知っていたことも、秋にのみ浮かび上がるというのも、この答えであれば全て納得がいく。
名残惜しいが、徐々に箒の高度を下げて、二人は下界へと戻り始めた。
「また、来年見に来ますか。」
帰り道で魔理沙がそう言うと、アリスは頷いた。
「ええ、二人で。」
その夜。
「魔理沙、久しぶり。黄金郷見つかったの?」
「…ああ、見つけたぜ。」
八目鰻の屋台で、魔理沙はまた文と飲んでいた。今度はアリスも一緒だ。
「む、詳しく教えてもらっていいですか?飲み代押し付けた代わりに!」
「これは教えないぜ。自分で見つけるから面白いんだろう?お代は払う、アリスが。」
「いやなんで私が払うのよ!」
「じゃあアリスさんから聞き出しましょうか。」
文がアリスにすっと近付くと、アリスは手を払う。
「私だって言わないわよ。自分で見つけなさい。」
「ええー。」
文とアリスがやりとりをしている間、魔理沙は一人で考え事をする。
――かつて、この国は黄金の国ジパングと呼ばれたことがあった。
それは、もしかして今回の件のように、黄金色に染まった植物を見たことがなかった西洋人の勘違いだったのではないだろうか。あの風景を初めて見た者であれば、勘違いをしても何らおかしくない美しさであった。何から何まで黄金である、と。
きっとそういうことだろうと一人納得した魔理沙は、過去の冒険者たちと同じロマンを追い求め、その足跡をなぞったようなこの数日間に大きい満足感を覚えていた。明日からは、行き詰まっていた研究や実験も上手く行くような気がしている。やっぱり、気分転換は大事だ。
久しぶりに充足感を覚えた魔理沙は、気持ちよく酒を一気に煽って締めとした。
小気味良い会話の応酬もよかったです。
黄金郷のインパクトがちょっと弱かったかなぁとは思いました