「妹紅さん。私お酒が飲みたい」
「……は?」
わたくし宇佐見菫子、人生初の呑みの誘いというのをやってみました。
*********************************
「――あ~、つまりあれか。みんな宴会で酒飲んでるのに自分だけジュースなのが気にいらないってわけか」
「う~、そうなんだけど……そうじゃないっていうか……」
いや、まごうこと無くその通りであった。
発端は幻想郷で何回目かに参加した宴会でのこと。
それまでは宴会に参加してもお酒は飲まずに断っていたけど、みんなが楽しそうに飲んでみるのを見ててお酒というものに興味が湧いてきたころ。レイムッチに『それ、ちょっと飲ませてよ』なんておねだりしてた時だったか。
『あれ、高校生ってことは未成年ですよね? お酒飲んでいいんですか? 未成年の飲酒は法律で禁止されているんじゃ?』
たまたま同じ宴会に参加してたサナエちゃんのその一言で周りの態度は一変(特にレイムッチとカセンちゃんの変わりようったら)した。一度は宴会への参加禁止なんて話まで膨れ上がったのだが、色々あって何とか『お酒を飲まないことを絶対の条件』として何とか出禁だけは回避したわけなのだが……。
「そりゃあさあ、私だって最初は別にお酒なんて興味なかったし、なんなら何でみんなしてあんな体にも頭にも悪そうな飲み物を好き好んで飲んでるのか理解できなかったけどさ」
「ヒドイ言い草だな」
「でもさ、みんな楽しそうにお酒飲んでるのに自分だけジュースって、ありえなくない!? しかも何よ、『外のルール、アンタの世界のルールで酒が禁止されてるなら飲ませる訳にはいかない』って! みんなどいつもこいつも10代前半みたいな見た目してお酒ガボガボ飲んでるのに私だけダメって、そんなの納得出来るわけないじゃない!」
「分かった、分かったから……。な? ちょっと落ち着けよ」
宴会での鬱憤を爆発させた私を、苦笑いでなだめる妹紅さん。
「まあ、その、何だ。酒が飲みたいのは分かった」
「それじゃあ連れていってくれるの!?」
「しかしだな。何で私なんだ。人里に呑み屋なんて少なくないし、魔理沙とか、あの辺とでも一緒にいけばいいじゃないか」
「ああ、うん。それも考えたんだけどさ」
正直言って、人里の呑み屋には入り辛い。あんな酒癖の悪いオッサンが集まってるような場所に、例え誰かと一緒でもうら若き乙女が入る度胸なんてないし、どうやら人里でも明文化されてこそいないけど子供がお酒を飲むことは敬遠されてる(未成年飲酒禁止! というよりは「ガキは帰ってママのパイパイでも吸ってな」的なニュアンスっぽい)し、そして何より……。
「巡り巡って霊夢の耳にでも入ったら大目玉……ってか?」
「またそうやって言い辛いことをズバッと言う……」
「それで私というわけか。しかし私に頼んできたってことは、それだけ口が堅いって信用されてるってことでいいのかな」
「それもあるけどさ……」
妹紅さんともお話したかった、と素直にそんな言葉を言えるような人間なら、私はきっと学校でボッチなんてやってないと思う。
「安心しなって。他の奴には黙っといてやるさ」
「うん、……そうしてくれると助かる」
「構わんさ。それじゃあ行くか。いい店を知ってるんだ。うまい酒と料理をひっそりと楽しむのにピッタリな、行きつけの店をな」
いきなりのお願いにも関わらず嫌がるそぶりすらみせず快諾して手を差し出すその男らしい姿に、思わず胸が高鳴ってしまった。いや、妹紅さんは女性だけど。
八目鰻の夜店。
人里から出て少し離れた、人通りの少ない夜道に構える小さな屋台。
『~~♪ ~♪♪』
妹紅さんに連れられるまま二人で夜の幻想郷を歩いていると、どこからか不思議な歌声が聞こえてきた。
「ほら、あの赤提灯見えるか。あそこさ。あれが私の行きつけの店」
幻想郷じゃ当たり前だけど街灯もない夜の闇、そこにぽうっと浮かぶ赤提灯の灯りとタレの焼ける香り、そして何より変な歌詞の歌が聞こえてくるのが特徴的なこの屋台、八目鰻の夜店は、なんでも人妖問わず人気のお店なんだとか。
最も、人妖の人はレイムッチとかここにいる妹紅さんとか、そういうちょっと特殊な人って意味合いらしいけど。そして多分私もその一人に入ると思う。
「おっす、大将やってるかい?」
「あっ妹紅さん。いらっしゃい! というか私は大将じゃないしせめて女将でしょ!」
「あっはっは、失敬失敬。それと冷や一つ。」
私より先に暖簾をくぐって店員さん? と話し始める妹紅さん。
もともとこちとら学生で外食なんてめったにしない身。ましてやこういう屋台のお店に入るのは初めてだし、すごく緊張する。けどせっかく妹紅さんが紹介してくれたのに何もかも放り出して帰るなんてそれこそあり得ない。
私も妹紅さんの後に続いておずおずと暖簾をくぐる。
「……あら、あなた初めて? いらっしゃい、私の店へ。妹紅さん同席いいかしら?」
「構わないさ。というかそいつは私のツレだ」
「へえ、妹紅さんがツレだなんて、どういう風の吹きまわしかしら。というかツレられる人が妹紅さんにいたなんてちょっとびっくり」
「どういう意味だコラ」
こじんまりとした屋台の内装は、ドラマとか漫画とかでよく見るような、そんな屋台のイメージそのままだった。屋台のお店の中を見るのは初めてなはずなのに、どこか昭和っぽい懐かしさを感じてちょっと不思議な気分になる。
「あら、どうしたの? どうぞ、好きな席に座って」
目の前の店員さん……というにはあまりにも背丈が小さい少女に着席を促された。見たところ店員さんは彼女だけのようだ。私は椅子を引きながら思った疑問を率直に口にする。
「あなたがこの屋台の店員さん?」
「ええ。私はミスティア・ローレライ。この店の店主よ。ようこそ私のお店へ」
「こんな小さな子が一人でお店を切り盛りしてるなんて……。幻想郷にも児童労働の波が来ているのね。世知辛い……」
私にとっては文字通り夢のような素敵な世界だけど、それでもそこに人が住んでいて、社会が形成されているのなら、そういった社会問題が生まれるのも仕方のないことなのかもしれない。ましてや文化や技術のレベルで言えばあっちと比べると低いと言わざるを得ないこの幻想郷。遠い国の社会事情をテレビで聞いているのとは違う、すぐ隣にある現実の問題なのだ。
「え? ちょっと何で泣いてるの!? というか児童労働って何!? 私は立派な夜雀、妖怪よ! たかだか十数年しか生きてない人間ごときになんで児童扱いされなきゃいけないのよ!」
「ふうん。これがお酒ねぇ」
眼の前に置かれた小さなおちょこの中には、水のように透き通った液体が屋台の灯りを反射してキラキラしている。
正直、見た目には水と大差があるようには見えない。匂いは……宴会でさんざん嗅いだちょっと鼻に来るあの感じ、お酒独特のあの匂い。でも酒臭さみたいな嫌な感じはあんまりない。どうしてお酒自体のにおいは悪くないのに、お酒を飲んだ人のにおいはあんなことになるのか甚だ疑問である。
「どうした。酒が呑みたかったんだろ? 一口だけなんだ。一気に煽っちまいな」
妹紅さんが微笑みながら自分のおちょこにお酒を注いで、そしてそのまま自分でいれたお酒をグイっと飲み干した。
「……うん、上手い」
目を閉じてお酒の味を噛み締めるようなその仕草。本当、お酒を飲む人はみんな本当に美味しそうに飲むんだから。
「……ええい、ままよ!」
妹紅さんに倣って私もおちょこをグイっと煽って一気にお酒を飲んだ。
「うわっ! 何これ! 苦っ……辛い!?」
口の中に流し込まれたお酒に口の中を蹂躙され、その上喉を焼かれたような気分だった。思わずむせかえってしまう。
「何、お客さんお酒飲めないの? ちょっと妹紅さん、お酒が飲めない人に無理矢理飲ませるなんて、人が良くないわよ」
「いやコイツが呑みたいって……」
「弱いならそう言ってくれれば度数の低いヤツにしたのに……。お客さん、ほら水飲んで」
店員さんが入れてくれた水を、口元からこぼれるのもお構いなしに一気に飲み干す。
「……はぁ……ふう」
とりあえず落ち着いたけど、まだ口の中と喉にお酒の後味というか、焼かれたみたいなイガイガした感じが残ってる。
これがお酒……。なんかあんまり美味しくない、というのが率直な感想だった。よく『飲み続けると美味しさが分かる』というが、正直いくら飲み続けてもこれが美味しいと思える日が来る気がしない。世の大人達がこんなものを飲み続けてお酒に慣れたというのなら、なぜこんなものを慣れるまで飲み続けたのか理解に苦しむ。
「初めての酒はあんまりだったか」
「うん、……お酒ってあんまり美味しくないね」
「これは結構すっきりしてて飲みやすいほうだと思うんだがな……。まあ、元々酒を飲んだら駄目だったんだし、無理に飲む必要もないだろ」
「……ごめんなさい。せっかく連れてきてもらったのに」
「おいおい、謝ることないだろ。それに酒が飲めなくたってここの八目鰻は上手いんだ。飲めないなら食え食え。今日は私の奢りだ」
目の前でジュージューと音を立ててる八目鰻を見ながらそんなことを言われるとくぅとお腹がなる。そういえば今日は昼から何も食べていないし、ここまで来るのに結構あるいたなぁ、なんてことをふと思い出す。
「お客さん、もしかしてお酒飲むのこれが初めてなの?」
目の前でタレを滴らせてる八目鰻に釘付けになってると、店員さんが話しかけてきた。
「え、えっと。ええ」
「ふうん、そりゃあ初めてのお酒でこんなキツいの、飲めないわよ。ちょっとまって頂戴」
そうしてしばらくして、眼の前に出されたのはグラスに入ったオレンジ色の液体。鼻を近づけると柑橘系のさわやかな香りがする。
「……いくら私がお酒の飲めないからって、流石にオレンジジュースはひどくない? お子さま扱いし過ぎでしょ」
「いいから飲んでみてよ。私特性の配合なんだから」
オレンジジュースにブレンドも何も……なんて思いながらグラスに口をつける。
「……美味しい」
スーパーで売ってるような濃縮還元100%オレンジジュースとは何か違う。オレンジジュース特融の口と喉に絡むようなしつこい甘さがなく、スッキリとした甘さと、その中にほんのりとした苦みみたいなのを感じる。香りも鼻にスッと抜けるようなさわやかさがあって、普段のオレンジジュースなんかよりすごく飲みやすい。
「これってもしかして……、カクテルってやつ?」
「そう、さっきあなたが飲んでたお酒をオレンジで割ったの。どう? これなら飲みやすいでしょ?」
聞いたことある気がする。日本酒をオレンジで割ったカクテル。確かオレンジ・サキニーとかいう名前だったような。
「これ、本当にさっき飲んだお酒を使ってるの? 全然違うわね。さわやかですごく美味しい」
「それは良かったわ。砂糖はあんまり入れずにオレンジの甘さを引き出した、オレンジの味を楽しむための私特性カクテル。やっぱりいきなりキツいヤツを飲むより、こうやって飲みやすいの、好きなのから慣れていくのが一番よね。……はい、一緒に八目鰻もどうぞ♪」
目の前に出された八目鰻の串焼きは、皿の上でもまだジュウジュウと音を立てて表面の油を躍らせている。焼けたタレの香ばしい匂いがここまで漂ってきて、思わず口の中によだれが出てきてしまう。
手がタレで汚れるのもお構いなしに串を掴んでパクリ。レバーに近い濃い味が口の中いっぱいに広がった。
「おお……」
なんというか、普通のウナギとは全然違う。前に現実で食べたウナギの蒲焼は淡泊な身の味を濃いタレが引き立てるみたいな感じだったが、これは八目鰻の身のクセの強い味をタレがうまく調和させてるような、そんな感じ。要するにすごく美味しい。
一息でそのまま串一本食べきって、グラスを傾ける。
「はふぅ……」
あれだけ口の中に残っていたタレの濃い後味がきれいさっぱりなくなり、後に残ったのはオレンジのさわやかな酸味と甘味。
ああ、なんて幸せな気分。食事にお酒があるというのはそれだけでこうも人を幸福にするものなのだろうか。あんな頻繁に宴会を開いてみんな酔いつぶれるまでお酒を飲む理由が今ならよくわかる。だってこんなに楽しいんだもの。健康がどうとかルールがどうとか、そんなものどうでもよくなるくらい、楽しいんだから。
「おいおい、一人で全部食べる気か? 私にも一本くれよ」
「ああ、ごめんごめん」
「心配しなくても八目鰻はいっぱいあるからね~♪」
「やった! じゃあ店員さん、八目鰻と、あとカクテル追加で!」
「ふふっ。すっかりお酒にはまっちゃったみたいね。じゃあ今度はこの前紅魔館からワインを仕入れたから、それとリンゴで……」
そうして幻想郷の片隅で、賑やかに夜は更けていった。
翌朝。
ベッドの上で頭を抱えて唸る女子高生の図が、そこにはあった。
「あうー……。頭痛い」
屋台であれから何杯飲んだかすら曖昧だけど。
この頭痛と吐気と倦怠感を戒めを破った代償として決して忘れないよう、この言葉と一緒に胸に刻むことにした。
「もう二度とお酒なんか飲まないんだから!!!」
「……は?」
わたくし宇佐見菫子、人生初の呑みの誘いというのをやってみました。
*********************************
「――あ~、つまりあれか。みんな宴会で酒飲んでるのに自分だけジュースなのが気にいらないってわけか」
「う~、そうなんだけど……そうじゃないっていうか……」
いや、まごうこと無くその通りであった。
発端は幻想郷で何回目かに参加した宴会でのこと。
それまでは宴会に参加してもお酒は飲まずに断っていたけど、みんなが楽しそうに飲んでみるのを見ててお酒というものに興味が湧いてきたころ。レイムッチに『それ、ちょっと飲ませてよ』なんておねだりしてた時だったか。
『あれ、高校生ってことは未成年ですよね? お酒飲んでいいんですか? 未成年の飲酒は法律で禁止されているんじゃ?』
たまたま同じ宴会に参加してたサナエちゃんのその一言で周りの態度は一変(特にレイムッチとカセンちゃんの変わりようったら)した。一度は宴会への参加禁止なんて話まで膨れ上がったのだが、色々あって何とか『お酒を飲まないことを絶対の条件』として何とか出禁だけは回避したわけなのだが……。
「そりゃあさあ、私だって最初は別にお酒なんて興味なかったし、なんなら何でみんなしてあんな体にも頭にも悪そうな飲み物を好き好んで飲んでるのか理解できなかったけどさ」
「ヒドイ言い草だな」
「でもさ、みんな楽しそうにお酒飲んでるのに自分だけジュースって、ありえなくない!? しかも何よ、『外のルール、アンタの世界のルールで酒が禁止されてるなら飲ませる訳にはいかない』って! みんなどいつもこいつも10代前半みたいな見た目してお酒ガボガボ飲んでるのに私だけダメって、そんなの納得出来るわけないじゃない!」
「分かった、分かったから……。な? ちょっと落ち着けよ」
宴会での鬱憤を爆発させた私を、苦笑いでなだめる妹紅さん。
「まあ、その、何だ。酒が飲みたいのは分かった」
「それじゃあ連れていってくれるの!?」
「しかしだな。何で私なんだ。人里に呑み屋なんて少なくないし、魔理沙とか、あの辺とでも一緒にいけばいいじゃないか」
「ああ、うん。それも考えたんだけどさ」
正直言って、人里の呑み屋には入り辛い。あんな酒癖の悪いオッサンが集まってるような場所に、例え誰かと一緒でもうら若き乙女が入る度胸なんてないし、どうやら人里でも明文化されてこそいないけど子供がお酒を飲むことは敬遠されてる(未成年飲酒禁止! というよりは「ガキは帰ってママのパイパイでも吸ってな」的なニュアンスっぽい)し、そして何より……。
「巡り巡って霊夢の耳にでも入ったら大目玉……ってか?」
「またそうやって言い辛いことをズバッと言う……」
「それで私というわけか。しかし私に頼んできたってことは、それだけ口が堅いって信用されてるってことでいいのかな」
「それもあるけどさ……」
妹紅さんともお話したかった、と素直にそんな言葉を言えるような人間なら、私はきっと学校でボッチなんてやってないと思う。
「安心しなって。他の奴には黙っといてやるさ」
「うん、……そうしてくれると助かる」
「構わんさ。それじゃあ行くか。いい店を知ってるんだ。うまい酒と料理をひっそりと楽しむのにピッタリな、行きつけの店をな」
いきなりのお願いにも関わらず嫌がるそぶりすらみせず快諾して手を差し出すその男らしい姿に、思わず胸が高鳴ってしまった。いや、妹紅さんは女性だけど。
八目鰻の夜店。
人里から出て少し離れた、人通りの少ない夜道に構える小さな屋台。
『~~♪ ~♪♪』
妹紅さんに連れられるまま二人で夜の幻想郷を歩いていると、どこからか不思議な歌声が聞こえてきた。
「ほら、あの赤提灯見えるか。あそこさ。あれが私の行きつけの店」
幻想郷じゃ当たり前だけど街灯もない夜の闇、そこにぽうっと浮かぶ赤提灯の灯りとタレの焼ける香り、そして何より変な歌詞の歌が聞こえてくるのが特徴的なこの屋台、八目鰻の夜店は、なんでも人妖問わず人気のお店なんだとか。
最も、人妖の人はレイムッチとかここにいる妹紅さんとか、そういうちょっと特殊な人って意味合いらしいけど。そして多分私もその一人に入ると思う。
「おっす、大将やってるかい?」
「あっ妹紅さん。いらっしゃい! というか私は大将じゃないしせめて女将でしょ!」
「あっはっは、失敬失敬。それと冷や一つ。」
私より先に暖簾をくぐって店員さん? と話し始める妹紅さん。
もともとこちとら学生で外食なんてめったにしない身。ましてやこういう屋台のお店に入るのは初めてだし、すごく緊張する。けどせっかく妹紅さんが紹介してくれたのに何もかも放り出して帰るなんてそれこそあり得ない。
私も妹紅さんの後に続いておずおずと暖簾をくぐる。
「……あら、あなた初めて? いらっしゃい、私の店へ。妹紅さん同席いいかしら?」
「構わないさ。というかそいつは私のツレだ」
「へえ、妹紅さんがツレだなんて、どういう風の吹きまわしかしら。というかツレられる人が妹紅さんにいたなんてちょっとびっくり」
「どういう意味だコラ」
こじんまりとした屋台の内装は、ドラマとか漫画とかでよく見るような、そんな屋台のイメージそのままだった。屋台のお店の中を見るのは初めてなはずなのに、どこか昭和っぽい懐かしさを感じてちょっと不思議な気分になる。
「あら、どうしたの? どうぞ、好きな席に座って」
目の前の店員さん……というにはあまりにも背丈が小さい少女に着席を促された。見たところ店員さんは彼女だけのようだ。私は椅子を引きながら思った疑問を率直に口にする。
「あなたがこの屋台の店員さん?」
「ええ。私はミスティア・ローレライ。この店の店主よ。ようこそ私のお店へ」
「こんな小さな子が一人でお店を切り盛りしてるなんて……。幻想郷にも児童労働の波が来ているのね。世知辛い……」
私にとっては文字通り夢のような素敵な世界だけど、それでもそこに人が住んでいて、社会が形成されているのなら、そういった社会問題が生まれるのも仕方のないことなのかもしれない。ましてや文化や技術のレベルで言えばあっちと比べると低いと言わざるを得ないこの幻想郷。遠い国の社会事情をテレビで聞いているのとは違う、すぐ隣にある現実の問題なのだ。
「え? ちょっと何で泣いてるの!? というか児童労働って何!? 私は立派な夜雀、妖怪よ! たかだか十数年しか生きてない人間ごときになんで児童扱いされなきゃいけないのよ!」
「ふうん。これがお酒ねぇ」
眼の前に置かれた小さなおちょこの中には、水のように透き通った液体が屋台の灯りを反射してキラキラしている。
正直、見た目には水と大差があるようには見えない。匂いは……宴会でさんざん嗅いだちょっと鼻に来るあの感じ、お酒独特のあの匂い。でも酒臭さみたいな嫌な感じはあんまりない。どうしてお酒自体のにおいは悪くないのに、お酒を飲んだ人のにおいはあんなことになるのか甚だ疑問である。
「どうした。酒が呑みたかったんだろ? 一口だけなんだ。一気に煽っちまいな」
妹紅さんが微笑みながら自分のおちょこにお酒を注いで、そしてそのまま自分でいれたお酒をグイっと飲み干した。
「……うん、上手い」
目を閉じてお酒の味を噛み締めるようなその仕草。本当、お酒を飲む人はみんな本当に美味しそうに飲むんだから。
「……ええい、ままよ!」
妹紅さんに倣って私もおちょこをグイっと煽って一気にお酒を飲んだ。
「うわっ! 何これ! 苦っ……辛い!?」
口の中に流し込まれたお酒に口の中を蹂躙され、その上喉を焼かれたような気分だった。思わずむせかえってしまう。
「何、お客さんお酒飲めないの? ちょっと妹紅さん、お酒が飲めない人に無理矢理飲ませるなんて、人が良くないわよ」
「いやコイツが呑みたいって……」
「弱いならそう言ってくれれば度数の低いヤツにしたのに……。お客さん、ほら水飲んで」
店員さんが入れてくれた水を、口元からこぼれるのもお構いなしに一気に飲み干す。
「……はぁ……ふう」
とりあえず落ち着いたけど、まだ口の中と喉にお酒の後味というか、焼かれたみたいなイガイガした感じが残ってる。
これがお酒……。なんかあんまり美味しくない、というのが率直な感想だった。よく『飲み続けると美味しさが分かる』というが、正直いくら飲み続けてもこれが美味しいと思える日が来る気がしない。世の大人達がこんなものを飲み続けてお酒に慣れたというのなら、なぜこんなものを慣れるまで飲み続けたのか理解に苦しむ。
「初めての酒はあんまりだったか」
「うん、……お酒ってあんまり美味しくないね」
「これは結構すっきりしてて飲みやすいほうだと思うんだがな……。まあ、元々酒を飲んだら駄目だったんだし、無理に飲む必要もないだろ」
「……ごめんなさい。せっかく連れてきてもらったのに」
「おいおい、謝ることないだろ。それに酒が飲めなくたってここの八目鰻は上手いんだ。飲めないなら食え食え。今日は私の奢りだ」
目の前でジュージューと音を立ててる八目鰻を見ながらそんなことを言われるとくぅとお腹がなる。そういえば今日は昼から何も食べていないし、ここまで来るのに結構あるいたなぁ、なんてことをふと思い出す。
「お客さん、もしかしてお酒飲むのこれが初めてなの?」
目の前でタレを滴らせてる八目鰻に釘付けになってると、店員さんが話しかけてきた。
「え、えっと。ええ」
「ふうん、そりゃあ初めてのお酒でこんなキツいの、飲めないわよ。ちょっとまって頂戴」
そうしてしばらくして、眼の前に出されたのはグラスに入ったオレンジ色の液体。鼻を近づけると柑橘系のさわやかな香りがする。
「……いくら私がお酒の飲めないからって、流石にオレンジジュースはひどくない? お子さま扱いし過ぎでしょ」
「いいから飲んでみてよ。私特性の配合なんだから」
オレンジジュースにブレンドも何も……なんて思いながらグラスに口をつける。
「……美味しい」
スーパーで売ってるような濃縮還元100%オレンジジュースとは何か違う。オレンジジュース特融の口と喉に絡むようなしつこい甘さがなく、スッキリとした甘さと、その中にほんのりとした苦みみたいなのを感じる。香りも鼻にスッと抜けるようなさわやかさがあって、普段のオレンジジュースなんかよりすごく飲みやすい。
「これってもしかして……、カクテルってやつ?」
「そう、さっきあなたが飲んでたお酒をオレンジで割ったの。どう? これなら飲みやすいでしょ?」
聞いたことある気がする。日本酒をオレンジで割ったカクテル。確かオレンジ・サキニーとかいう名前だったような。
「これ、本当にさっき飲んだお酒を使ってるの? 全然違うわね。さわやかですごく美味しい」
「それは良かったわ。砂糖はあんまり入れずにオレンジの甘さを引き出した、オレンジの味を楽しむための私特性カクテル。やっぱりいきなりキツいヤツを飲むより、こうやって飲みやすいの、好きなのから慣れていくのが一番よね。……はい、一緒に八目鰻もどうぞ♪」
目の前に出された八目鰻の串焼きは、皿の上でもまだジュウジュウと音を立てて表面の油を躍らせている。焼けたタレの香ばしい匂いがここまで漂ってきて、思わず口の中によだれが出てきてしまう。
手がタレで汚れるのもお構いなしに串を掴んでパクリ。レバーに近い濃い味が口の中いっぱいに広がった。
「おお……」
なんというか、普通のウナギとは全然違う。前に現実で食べたウナギの蒲焼は淡泊な身の味を濃いタレが引き立てるみたいな感じだったが、これは八目鰻の身のクセの強い味をタレがうまく調和させてるような、そんな感じ。要するにすごく美味しい。
一息でそのまま串一本食べきって、グラスを傾ける。
「はふぅ……」
あれだけ口の中に残っていたタレの濃い後味がきれいさっぱりなくなり、後に残ったのはオレンジのさわやかな酸味と甘味。
ああ、なんて幸せな気分。食事にお酒があるというのはそれだけでこうも人を幸福にするものなのだろうか。あんな頻繁に宴会を開いてみんな酔いつぶれるまでお酒を飲む理由が今ならよくわかる。だってこんなに楽しいんだもの。健康がどうとかルールがどうとか、そんなものどうでもよくなるくらい、楽しいんだから。
「おいおい、一人で全部食べる気か? 私にも一本くれよ」
「ああ、ごめんごめん」
「心配しなくても八目鰻はいっぱいあるからね~♪」
「やった! じゃあ店員さん、八目鰻と、あとカクテル追加で!」
「ふふっ。すっかりお酒にはまっちゃったみたいね。じゃあ今度はこの前紅魔館からワインを仕入れたから、それとリンゴで……」
そうして幻想郷の片隅で、賑やかに夜は更けていった。
翌朝。
ベッドの上で頭を抱えて唸る女子高生の図が、そこにはあった。
「あうー……。頭痛い」
屋台であれから何杯飲んだかすら曖昧だけど。
この頭痛と吐気と倦怠感を戒めを破った代償として決して忘れないよう、この言葉と一緒に胸に刻むことにした。
「もう二度とお酒なんか飲まないんだから!!!」
終始和やかな雰囲気で良かったです。楽しめました。
背伸びしたくなる年頃の董子がかわいらしかったです
八目鰻もおいしそうでした
終始和やかで良かったです
菫子も学校上がりの一杯なら感想も変わる……かも?
この飲みっぷり、きっと彼女なら立派な呑兵衛になれることでしょう。
コミカルで楽しく読めるよいお話でした。
妹紅の気をつかなさもお気に入りです。