「速き風よ、光とともに解放されよ」
と河城にとりは言っていた。
「ターイラー・ターザンメ・ウォウアリフ・イェーター」
とにとりは唱えていた。
その意味が“速き風よ、光とともに開放されよ”だ。
「どこの国の言葉?」
「それは知らない」
どこの国の言葉だろう。英語とは思えない。ギリシア語だろうか。ヘブライ語だろうか。意外と古代の日本語だったりするのだろうか。
その言葉はTIL-TO-WA-IT氏が地下でターイラー・ターザンメ・ウォウアリフ・イェーターと唱えると、光とともに速き風が解放されたことに由来するんだ。そうにとりは教えてくれた。
にとりが一ヶ月まえに告白された。相手は私と同じ烏天狗だ。
「ことわったから」
とにとりは妖怪の山の居酒屋で言っていた。
「相手には申しわけないけど……私はひとりで機械いじりをしているほうが好きだから」
ことがそれで済めばよかったのに。と私は考える。
TIL-TO-WA-IT氏が言うところの“光とともに解放された速き風”は爆発の比喩なんだ。そうにとりは笑っていた。
紅魔館、いくつぶんだろうか?
その天狗は、ことわられても、ことわられても、しつこく告白しつづけたんだ。
しかたがないのでにとりは 「分かったよ、最速の天狗になれたらめおとになってもよろしいですよ」 と追いはらった。そう彼女は説明した。
その天狗は昼夜を問わず、山の上空を全力で周回しまくった。私より速くなれると信じていたのだろう。
私はそのさまを嘲笑した。
昨日までは。
私は今日、山の上空を全力で周回している。
光とともに速き風が解放されると、勝負が一瞬で決まるんだ。そうにとりは興奮していた。
本当に慢心していたと思う。私より速い生命体を、最近は見ていなかったから。
「まさか本当に文より速くなるなんてね」
とにとりは足を川に入れて涼みながら言っていた。
「どうするの、めおとになるの」
「なるしかないね、約束だから」
「ごめんなさい」
「どうして文が謝るの?」
にとりがその条件をだしたのは。
私を光とともに解放された速き風だと信用してくれたのだと思う。
その条件は乗りこえられないと。
それなのに私はにとりを失望させた。
本当にはずかしいやつだと思うよ。
にとり、取られるし。最速、取られるし。
本当になさけないやつだと思うよ。
私は山の上空を全力で周回している。
にとりと姫海棠はたてが下から私を眺めている。
私の目は血ばしって、すべてが細かに見えてくる。ふたりの顔がよく見える。楓の葉の脈までよく見える。
にとりは心配そうに私を見ている。
はたてはにやつきながらシャッターを私に向けている。
いやなやつだと思う。あの化石のようなシャッターに写らないためにも。
私は山の上空を全力で周回している。
TIL-TO-WA-IT氏はにこやかなほほえみの老人なんだよ。そうにとりは語っていた。
いま山の中心の気圧はどうなっているのだろう。
私が光とともに解放される速き風を取りもどしたら、台風ができるだろうか。
じつのところ私が最速になったのは、妖怪の基準で言うところ、最近のことでしかない。
以前の私は趣味もなく、だらだらと日々を乗りきっていた。河童が山にカメラを持ちこんで、すべてが変わってしまったのだ。
なんとなくカメラに興味が湧いて、河童の里に私は向かった。
「天狗さまがなんのようでしょうか」
とにとりは初対面の私に怯えていた。
「カメラのことを知りたいの」
と私が言ったら、にとりは目を輝かせた。
カメラ、安値で売ってくれるし。
カメラ、たのしいし。
カメラ、趣味になったし。
カメラ、たのしいし。
私は雨の日も風の日もシャッターを切った。
そんなふうに使っていると、カメラはすぐに壊れてしまった。
ああ……怒られるな。と怯えながらにとりにカメラを見せたら。
「うわあ、すごいなあ、うれしいなあ。私の作ったカメラ、そんなになるまで、使ってくれたんだ」
にとり、目をきらきらとさせるし。
そのきらきらが見たくて。毎日、毎日、毎日、毎日……シャッターを切って。写真の現像も口実に、一日の終わりに誰よりも速くにとりのところに向かっていたら、私は最速になっていた。
にとり、よろこぶし。褒めてくれるし。敬語も抜けるし。笑顔を向けるし。
私は傲慢な性格のために、ほほえまれることがなかったから。
惚れるよなあ……あれは。
そんな関係で満足したフリをしていると。
にとり、取られるし。最速、取られるし。
私は朝から山の上空を全力で周回している。ついに夕方になってしまった
本当にはずかしいやつだと思うよ。
こんなの口にしなくても、告白しているようなものだった。
本当になさけないやつだと思うよ。
翼に力がはいらない。
TIL-TO-WA-IT氏が光とともに速き風を解放すると、誰も生きのこれないんだよ。そうにとりは悲しんでいた。
翼に力がはいらない。本当に、もう止まってしまいそう……。
「文! 速き風を光とともに解放して!」
とにとりが叫んでくれている。
そんなふうに言われると。
光とともに解放された速き風になるしかないよなあ……これは。
まさに今。私はぐんぐん、ぐんぐんと光とともに解放された速き風へと成長している。
都合がよすぎると思うよ。
それでも。
にとり、取られたくないし。最速、取られたくないし。
私は……光とともに解放された速き風に成る。
そうすると。
速すぎた!
空間、歪むし。
爆発、起こるし。
台風、できるし。
紅魔館、よっつぶんくらいかな。
これこそ“速き風よ、光とともに解放されよ”だ。
山の楓葉が吹きとんだ。
楓葉は輪になり周りを巡る。
にとりが風で空に飛ばされている。
私の目は血ばしって、すべてが細かに見えていたから。
にとりが私にほほえんでいると分かったんだ。
夕日を映す水色の瞳はふたつの色をにじませながら。
満面の笑顔を向けてくれる。
山の上空を全力で周回している場合ではない。私はにとりのほうに反転した。
急転回で翼はべきべきにへしおれる。それでも私は、にとりを受けとめられたんだ。
しかし、よく考えると。
にとり、飛べるし。
めおとになろう! と言いたいけれども、はずかしくて言えなかった。
なので代わりに。
「にとりを取られるなんていやだから! 私のほうが光とともに解放された速き風なんだから絶対に!」
口、走るし。
めおとになろう。と言うよりはずかしいと気がついた。
まあ、よいでしょう!
にとり、抱きしめてくれるし。
私も両手とべきべきにへしおれた翼で抱きしめてあげた。
この瞬間をはたては翌日の朝刊に載せている。
写真、取られてるし。その記事は光とともに解放された速き風よりも早かった。
はたて……絶対……記事だけさきに作ってたよなあ。
私は。
私は光とともに解放された速き風。
光とともに速き風は解放される。
「速き風よ、光とともに解放されよ」
とにとりは言っていた。
と河城にとりは言っていた。
「ターイラー・ターザンメ・ウォウアリフ・イェーター」
とにとりは唱えていた。
その意味が“速き風よ、光とともに開放されよ”だ。
「どこの国の言葉?」
「それは知らない」
どこの国の言葉だろう。英語とは思えない。ギリシア語だろうか。ヘブライ語だろうか。意外と古代の日本語だったりするのだろうか。
その言葉はTIL-TO-WA-IT氏が地下でターイラー・ターザンメ・ウォウアリフ・イェーターと唱えると、光とともに速き風が解放されたことに由来するんだ。そうにとりは教えてくれた。
にとりが一ヶ月まえに告白された。相手は私と同じ烏天狗だ。
「ことわったから」
とにとりは妖怪の山の居酒屋で言っていた。
「相手には申しわけないけど……私はひとりで機械いじりをしているほうが好きだから」
ことがそれで済めばよかったのに。と私は考える。
TIL-TO-WA-IT氏が言うところの“光とともに解放された速き風”は爆発の比喩なんだ。そうにとりは笑っていた。
紅魔館、いくつぶんだろうか?
その天狗は、ことわられても、ことわられても、しつこく告白しつづけたんだ。
しかたがないのでにとりは 「分かったよ、最速の天狗になれたらめおとになってもよろしいですよ」 と追いはらった。そう彼女は説明した。
その天狗は昼夜を問わず、山の上空を全力で周回しまくった。私より速くなれると信じていたのだろう。
私はそのさまを嘲笑した。
昨日までは。
私は今日、山の上空を全力で周回している。
光とともに速き風が解放されると、勝負が一瞬で決まるんだ。そうにとりは興奮していた。
本当に慢心していたと思う。私より速い生命体を、最近は見ていなかったから。
「まさか本当に文より速くなるなんてね」
とにとりは足を川に入れて涼みながら言っていた。
「どうするの、めおとになるの」
「なるしかないね、約束だから」
「ごめんなさい」
「どうして文が謝るの?」
にとりがその条件をだしたのは。
私を光とともに解放された速き風だと信用してくれたのだと思う。
その条件は乗りこえられないと。
それなのに私はにとりを失望させた。
本当にはずかしいやつだと思うよ。
にとり、取られるし。最速、取られるし。
本当になさけないやつだと思うよ。
私は山の上空を全力で周回している。
にとりと姫海棠はたてが下から私を眺めている。
私の目は血ばしって、すべてが細かに見えてくる。ふたりの顔がよく見える。楓の葉の脈までよく見える。
にとりは心配そうに私を見ている。
はたてはにやつきながらシャッターを私に向けている。
いやなやつだと思う。あの化石のようなシャッターに写らないためにも。
私は山の上空を全力で周回している。
TIL-TO-WA-IT氏はにこやかなほほえみの老人なんだよ。そうにとりは語っていた。
いま山の中心の気圧はどうなっているのだろう。
私が光とともに解放される速き風を取りもどしたら、台風ができるだろうか。
じつのところ私が最速になったのは、妖怪の基準で言うところ、最近のことでしかない。
以前の私は趣味もなく、だらだらと日々を乗りきっていた。河童が山にカメラを持ちこんで、すべてが変わってしまったのだ。
なんとなくカメラに興味が湧いて、河童の里に私は向かった。
「天狗さまがなんのようでしょうか」
とにとりは初対面の私に怯えていた。
「カメラのことを知りたいの」
と私が言ったら、にとりは目を輝かせた。
カメラ、安値で売ってくれるし。
カメラ、たのしいし。
カメラ、趣味になったし。
カメラ、たのしいし。
私は雨の日も風の日もシャッターを切った。
そんなふうに使っていると、カメラはすぐに壊れてしまった。
ああ……怒られるな。と怯えながらにとりにカメラを見せたら。
「うわあ、すごいなあ、うれしいなあ。私の作ったカメラ、そんなになるまで、使ってくれたんだ」
にとり、目をきらきらとさせるし。
そのきらきらが見たくて。毎日、毎日、毎日、毎日……シャッターを切って。写真の現像も口実に、一日の終わりに誰よりも速くにとりのところに向かっていたら、私は最速になっていた。
にとり、よろこぶし。褒めてくれるし。敬語も抜けるし。笑顔を向けるし。
私は傲慢な性格のために、ほほえまれることがなかったから。
惚れるよなあ……あれは。
そんな関係で満足したフリをしていると。
にとり、取られるし。最速、取られるし。
私は朝から山の上空を全力で周回している。ついに夕方になってしまった
本当にはずかしいやつだと思うよ。
こんなの口にしなくても、告白しているようなものだった。
本当になさけないやつだと思うよ。
翼に力がはいらない。
TIL-TO-WA-IT氏が光とともに速き風を解放すると、誰も生きのこれないんだよ。そうにとりは悲しんでいた。
翼に力がはいらない。本当に、もう止まってしまいそう……。
「文! 速き風を光とともに解放して!」
とにとりが叫んでくれている。
そんなふうに言われると。
光とともに解放された速き風になるしかないよなあ……これは。
まさに今。私はぐんぐん、ぐんぐんと光とともに解放された速き風へと成長している。
都合がよすぎると思うよ。
それでも。
にとり、取られたくないし。最速、取られたくないし。
私は……光とともに解放された速き風に成る。
そうすると。
速すぎた!
空間、歪むし。
爆発、起こるし。
台風、できるし。
紅魔館、よっつぶんくらいかな。
これこそ“速き風よ、光とともに解放されよ”だ。
山の楓葉が吹きとんだ。
楓葉は輪になり周りを巡る。
にとりが風で空に飛ばされている。
私の目は血ばしって、すべてが細かに見えていたから。
にとりが私にほほえんでいると分かったんだ。
夕日を映す水色の瞳はふたつの色をにじませながら。
満面の笑顔を向けてくれる。
山の上空を全力で周回している場合ではない。私はにとりのほうに反転した。
急転回で翼はべきべきにへしおれる。それでも私は、にとりを受けとめられたんだ。
しかし、よく考えると。
にとり、飛べるし。
めおとになろう! と言いたいけれども、はずかしくて言えなかった。
なので代わりに。
「にとりを取られるなんていやだから! 私のほうが光とともに解放された速き風なんだから絶対に!」
口、走るし。
めおとになろう。と言うよりはずかしいと気がついた。
まあ、よいでしょう!
にとり、抱きしめてくれるし。
私も両手とべきべきにへしおれた翼で抱きしめてあげた。
この瞬間をはたては翌日の朝刊に載せている。
写真、取られてるし。その記事は光とともに解放された速き風よりも早かった。
はたて……絶対……記事だけさきに作ってたよなあ。
私は。
私は光とともに解放された速き風。
光とともに速き風は解放される。
「速き風よ、光とともに解放されよ」
とにとりは言っていた。
かわいくて小難しさが少し憎らしくてとてもよかったです
文が悶々としてるのが良かったです。
あっさりした展開が潔くてよかったです
感情描写の冗長さがとても心地良かったです
取り戻せてよかったなぁ
にとりもはたてもなんだかんだ文を信頼してる感じがいいなぁと思いました