Coolier - 新生・東方創想話

どこかに転がってそうなありふれた話

2019/10/19 23:37:59
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 少し肌寒い夜空の下を、少年は一人駆けていました。後ろを振り向くと、夜の人里を照らす灯りはもうずいぶんと遠くに見えます。

 きっかけは、些細な事。里の外に出たことも、父親と喧嘩をしたことも初めてでした。何もかもが嫌になって、涙で景色を歪めながら、少年は里を抜けだしたのです。

 朝になったら、母は何を思うだろうか。妹は、泣かないだろうか。

 夜空にはたくさんの星が瞬いていますが、少年の心を照らしてはくれません。勢い良く駆けていた足は段々と緩やかになり、ついにはその歩みを止めてしまいました。

 気が付くと、少年は森に迷い込んでいました。ここは一体どこなのか。ささやかながらも少年のことを照らしていた星の光も、もう届きません。

 怖い。少年は素直にそう思いました。 どれだけ目を凝らしても、闇は何をも映しません。虫たちの鳴き声は沢山聞こえるのに、とても静かに感じるのです。

 誰か、そう声を出そうとしても、喉の渇きと恐怖心で喉がひっつき、上手く声が出せません。

 自分は、何かとんでもない間違いをしてしまったのではないだろうか。大きい木の幹にもたれかかり、膝を抱えて少年は泣きました。







あらあら、人間なんて珍しい。どうしたの、こんな時間に


 最初に感じたのは、安堵でした。泣き顔を上げて少年は目を擦ります。こんな時間、闇夜にまぎれた輪郭なんてとても怖いはずなのに。その声は暖かく、そして優しいものに感じられたのでした。


人里の子よね坊や。迷子かしら?


 少しずつ、輪郭から闇がはがれていきます。そこにいたのは、先日豊穣祭で見たばかりの秋神様でした。秋神様は少年にではなく、別の誰かに語り掛けるように、どうしたのかと口を開きます。

 まるで魔法にかけられたように、少年は恐怖の心が解けていくのを感じたのです。喧嘩をしたこと。父親を憎いと思ったこと。里を飛び出してしまったこと。ぽろぽろと、幼い口から言葉が溢れてくるその様子を、秋神様は静かに頷きながら聞いています。

 気が付くと、少年はその手が暖かいものに包まれているのを感じました。その温もりはきっと手のような形をしていて、それが秋神様の掌であるということにも気がついたのです。

 繋いだ手に促されるように少年は立ち上がり、闇の濃い森の中を歩き始めました。その手はとても優しく、そしてほんの少し力強く、少年を引っ張っていきます。

 虫たちの鳴き声、木々のざわめき。風が奏でる微かな音。さっきまで何をも映さなかった闇に、恐怖はもうありません。働かない視界は少年の感覚を研ぎ澄まし、よりはっきりと鮮明に、夜の音を耳に運ぶ手伝いをしてくれるのです。


神様、どこへ行くのですか


 声が広がります。闇夜の中に吸い込まれたその声に、秋神様が返したのは言葉ではなく態度でした。繋いだ手が微かに弾んで、少年に応えます。

 空いているもう片方の腕を、秋神様はゆっくりと振ります。撫でるように一振りをする度に、木々がざわめきます。くるりと腕を回すと、今度は虫たちが鳴きます。秋神様はまるで語り合っているかのように、ゆっくりと腕を動かしました。

 足の裏から、地面の感触が無くなりました。前のめりになり、けれどその身体が転ばずに、優しく引っ張られます。秋神様の手につられて、少年もふわりと宙に浮かんでいたのです。

 森の木々に阻まれていた星の光が、少年を再び照らします。地面は随分と遠くなって、それでも少年の心には恐怖も、不安もありませんでした。


少し、ゆっくりしましょうか


 秋神様と一緒に、夜と朝の狭間を眺めます。空の黒は大分薄く引き伸ばされ、透き通る藍色になっています。星の光も、段々と弱くなっていきます。さっきまで自分が迷い込んでいた森は段々と輪郭を表し、自分が飛び出した里の姿も、遠くに見ることが出来ました。


すごいと思わない?


 秋神様の問いに、少年は首をかしげました。そんな様子を見て、秋神様は微笑むのです。


見ててごらんなさい


 秋神様が指を指した先。先ほどまでうずくまって泣いていた森が、山の向こうからの朝日で、少しずつ照らされていきます。


うわあ!


 照らされた森は、その鮮やかな緑を保ちながら、それよりもなお鮮やかな赤や黄色に染まり始めていたのです。秋神様はその瞳を山の向こうに向けて、目を細めます。


夏から秋へ。この時期にしか見られない狭間の景色。夏の揺らめきが、冬の煌めきへ移ろっていく。この空も、森の木々たちも、そしてもちろん、私も、君も。

神様も?
 
ええ。移ろわないものは無いの、例え神様でもね。


 秋神様の横顔を見て、少年は胸の奥がきゅうっとなりました。寺子屋の先生や親に怒られる時にも似たようなキモチになりましたが、今回のは、少しだけ痛みを感じたのです。


さあ、坊やも帰りましょうか。みんな、きっと心配しているわ。


 もし、出会ってすぐに言われたのなら、少年はそんなことないと言い返したのかもしれません。ですが、秋神様の言葉は少年のきゅうっとした胸にすっと染み込んだのです。







 太陽はもう大分とその姿を現しています。肌寒い空気に、じんわりと温もりが通います。繋いだ手を放さぬままに、秋神様と少年は秋晴れの空をゆったりと飛んでいきます。


神様


 人里まであと少しというところで、少年は口を開きました。秋神様はどうしたのかと視線を向けますが、少年の言葉は続かず、その口はもごもごと動くばかりです。ゆっくりと地面に降りると、秋神様は繋いでいた手を放し、両腕で少年を抱きしめました。


大丈夫


 色々と、聞きたいことがありました。ですが少年にはそれが一体何なのか、上手くまとめる力がありませんでした。それでも、秋神様の一言で少年の胸の内は確かに救われたのです。

 里に戻ると、大人たちが騒ぎ始めました。秋神様が大人たちと話しているのをぼうっと眺めていると、少年は不意に誰かに抱きしめられました。忘れるはずもありません。父の腕でした。

 父は何度も謝りながら、何度も少年を抱きしめます。母親も、妹も泣いていました。秋神様をちらりと見ます。静かに、ゆっくりと頷くのが見えました。


ごめんなさい


 こうして、少年のたった一夜の冒険は幕を閉じました。







 幾度かの季節が廻りました。、少年は時には真面目に勉強をし、時には妹を見ながら畑仕事に精を出し、そして時には喧嘩もしたりしながら日々を精一杯生きています。

 妹神と一緒に里に下りてきた秋神様を見ることはありましたが、自分が小さかった頃と、その姿は全く変わっていません。

 今年も、風が鋭さを帯びるようになり、山々の葉は一日一日と黄金と紅に染まっています。背丈も心も大きくなった青年は、まだ朝日も昇らぬ時間に目を覚ますと、山を眺めます。きっと、今日も幻想郷の朝日を空のどこかで眺めているのでしょう。山の景色は、昨日とは変わっていたのですから。

 あの時幻想郷の自然を眺めていた秋神様の横顔を思い出しては、胸の奥に感じた疼きを呼び起こすのです。秋神様は何を考えていたのかと。もしかしたら、理解できないのかもしれません。だって神様なのですから。

 夏と冬の狭間の季節。夜空と朝日の狭間を、秋神様は今日も揺蕩います。移ろう心を持ちながら、移ろわぬ身体のままで。

 

最近朝が寒いので。みなさんもお体にはお気を付けください。

最後に、この作品を読んで下さった方に感謝を。ありがとうございました。

 
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
2.100サク_ウマ削除
相変わらず、綺麗で素敵な話を書くなあ、と感嘆しきりです。短いながらも情景が目に浮かぶようで、見事だと思います。良かったです。
3.90名前が無い程度の能力削除
静葉のお姉ちゃん感がとってもよかったです
4.100終身削除
綺麗な風景に目を奪われたり秋神様が何を考えているのか測りかねて言葉が出てこなかったりと子供らしく豊かで感動の振り幅が大きそうな少年の心情が描写からよく伝わってくるようで印象に残りました やり取りや少年の気持ちから暖かい気持ちになれて良かったです