Coolier - 新生・東方創想話

冷えた手指

2019/10/18 16:49:12
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氷精は、氷を依代に顕現している。

自然の象徴は自然が無ければそこに顕れる事は無く。
氷無くして、氷精は現世に姿を顕せないのである。


氷が溶けても新たな氷があれば、氷精はまた姿を顕す。
記憶は全て無くしてしまうが、新たな氷精として生まれ変わる事ができるのだ。


雪女は、そんな氷精を大層気に入っていた。
遥か昔より、雪女は愛に溢れた存在であった。
故に、氷無くして存在を保てぬ氷精の為に、雪女は洞窟の中に大きな大きな氷を作り出した。
その洞窟は雪女が夏に避暑地として用意した場所であり、その氷ができてから、氷精は季節問わず外に姿を見せるようになった。


氷精は馬鹿なので、自分がどうして夏でも姿を保っていられるのかを知らない。
けれど雪女は、そんな馬鹿が好きだった。


氷精は、人にチルノと名を名乗った。
この事で氷精はチルノという存在に固定され、人々がその名を忘れ去る時まで氷精は記憶を失えど形を失えど、チルノという存在に戻ることになり。
雪女はそこで初めて、“チルノ”に接触した。


「初めまして」
「誰だおまえ!」
「…あの頃と全然違うのね」


遠い過去の氷精を思い出し、雪女は微笑む。
少女の氷精を前に、雪女は愛を感じていた。


「よろしく」
「おう!」


時は過ぎ、雪女と氷精は幻想郷に足を踏み入れる。
雪女は新たな洞窟に今までの氷をそのまま移し、溶けないように管理していた。

長い時の中で雪女と氷精は仲を深め、やがて氷精は雪女に好意を寄せた。
雪女はあの頃と同じね、などと呟きながら、氷精の好意を受け止める。
子供らしい純粋な好意も、雪女は愛していた。


更に幾年が過ぎ、とある夏。
凄まじい酷暑の中で、雪女は凍えるような冷たさの皮膚が溶ける激痛に耐え、小さな氷を握りしめていた。

住んでいた洞窟は蒸すような暑さにより、氷精の依代となっていた氷は全て溶けてしまった。

掌の中の小さな小さな氷を残して。

雪女は目の前で不安そうな小さな氷精に微笑んだ。
氷のような手は溶けるように形を崩し、包んでいた氷は指の隙間から水へと姿を変えて流れ落ちていく。

この氷が溶ければ、氷精と積み上げた記憶は全て無くなってしまう。
新たに彼女を生み出すことはできるが、その依代となる氷はこの氷では無いのだから。

この掌の中にある氷の妖精と、新しい氷の妖精は、同じだが違う存在なのである。

“この氷精”が、私を覚えているこの氷精がまだ存在できますように。
願わくば手指に包まれた氷が、ほんの一瞬でも溶け切ってしまう事を遅らせますように───

雪女は、自分を愛してくれた氷精を愛していたのである。
やがて、腕は完全に形を失い、拾い上げる事も出来ぬ氷が、雪女の目の前で徐々に溶けていった。

氷精は諦めたように少女の細い腕で雪女の顔を抱き締め、小さく呟いた。

「ありがとう」

氷精を抱き締め返す事も叶わず、溶け掛けの雪女は静かに泣いた。
そこにはもう、氷精はいなかった。

雪女を愛していた氷精も。
雪女が愛していた氷精も。
長い長い時間を掛けて築き上げた関係も、先程まで目の前にあった氷とは同じく、溶けて無くなってしまったのである。

そんな夏も過ぎ、やがて冬はやってくる。


「“初めまして”、氷精さん」
「…?誰だおまえ!」
「私はレティ。レティ・ホワイトロックよ」


雪女の住う洞窟の中には、大きな氷があった。

雪女は、愛に溢れた妖怪である。
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コメント



0.90簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
とても良かったです
2.100サク_ウマ削除
純愛だ!!!
お見事でした。
3.80大豆まめ削除
氷のように透き通った純度の高い崇高な愛を見た。
このレティさんはきっと、新しい氷精もまた、同じように愛するのでしょうね。
6.80名前が無い程度の能力削除
とても切なくて綺麗な話だと思います
レティとチルノが一緒だった瞬間瞬間をもっと見てみたい
7.100終身削除
記憶をなくしてもありのままを何も言わずに受け止めるレティの無償の優しさが素敵でした 一人一人を大切にして0から始めて消える時も向き合っているようなレティが良かったです