氷精は、氷を依代に顕現している。
自然の象徴は自然が無ければそこに顕れる事は無く。
氷無くして、氷精は現世に姿を顕せないのである。
氷が溶けても新たな氷があれば、氷精はまた姿を顕す。
記憶は全て無くしてしまうが、新たな氷精として生まれ変わる事ができるのだ。
雪女は、そんな氷精を大層気に入っていた。
遥か昔より、雪女は愛に溢れた存在であった。
故に、氷無くして存在を保てぬ氷精の為に、雪女は洞窟の中に大きな大きな氷を作り出した。
その洞窟は雪女が夏に避暑地として用意した場所であり、その氷ができてから、氷精は季節問わず外に姿を見せるようになった。
氷精は馬鹿なので、自分がどうして夏でも姿を保っていられるのかを知らない。
けれど雪女は、そんな馬鹿が好きだった。
氷精は、人にチルノと名を名乗った。
この事で氷精はチルノという存在に固定され、人々がその名を忘れ去る時まで氷精は記憶を失えど形を失えど、チルノという存在に戻ることになり。
雪女はそこで初めて、“チルノ”に接触した。
「初めまして」
「誰だおまえ!」
「…あの頃と全然違うのね」
遠い過去の氷精を思い出し、雪女は微笑む。
少女の氷精を前に、雪女は愛を感じていた。
「よろしく」
「おう!」
時は過ぎ、雪女と氷精は幻想郷に足を踏み入れる。
雪女は新たな洞窟に今までの氷をそのまま移し、溶けないように管理していた。
長い時の中で雪女と氷精は仲を深め、やがて氷精は雪女に好意を寄せた。
雪女はあの頃と同じね、などと呟きながら、氷精の好意を受け止める。
子供らしい純粋な好意も、雪女は愛していた。
更に幾年が過ぎ、とある夏。
凄まじい酷暑の中で、雪女は凍えるような冷たさの皮膚が溶ける激痛に耐え、小さな氷を握りしめていた。
住んでいた洞窟は蒸すような暑さにより、氷精の依代となっていた氷は全て溶けてしまった。
掌の中の小さな小さな氷を残して。
雪女は目の前で不安そうな小さな氷精に微笑んだ。
氷のような手は溶けるように形を崩し、包んでいた氷は指の隙間から水へと姿を変えて流れ落ちていく。
この氷が溶ければ、氷精と積み上げた記憶は全て無くなってしまう。
新たに彼女を生み出すことはできるが、その依代となる氷はこの氷では無いのだから。
この掌の中にある氷の妖精と、新しい氷の妖精は、同じだが違う存在なのである。
“この氷精”が、私を覚えているこの氷精がまだ存在できますように。
願わくば手指に包まれた氷が、ほんの一瞬でも溶け切ってしまう事を遅らせますように───
雪女は、自分を愛してくれた氷精を愛していたのである。
やがて、腕は完全に形を失い、拾い上げる事も出来ぬ氷が、雪女の目の前で徐々に溶けていった。
氷精は諦めたように少女の細い腕で雪女の顔を抱き締め、小さく呟いた。
「ありがとう」
氷精を抱き締め返す事も叶わず、溶け掛けの雪女は静かに泣いた。
そこにはもう、氷精はいなかった。
雪女を愛していた氷精も。
雪女が愛していた氷精も。
長い長い時間を掛けて築き上げた関係も、先程まで目の前にあった氷とは同じく、溶けて無くなってしまったのである。
そんな夏も過ぎ、やがて冬はやってくる。
「“初めまして”、氷精さん」
「…?誰だおまえ!」
「私はレティ。レティ・ホワイトロックよ」
雪女の住う洞窟の中には、大きな氷があった。
雪女は、愛に溢れた妖怪である。
自然の象徴は自然が無ければそこに顕れる事は無く。
氷無くして、氷精は現世に姿を顕せないのである。
氷が溶けても新たな氷があれば、氷精はまた姿を顕す。
記憶は全て無くしてしまうが、新たな氷精として生まれ変わる事ができるのだ。
雪女は、そんな氷精を大層気に入っていた。
遥か昔より、雪女は愛に溢れた存在であった。
故に、氷無くして存在を保てぬ氷精の為に、雪女は洞窟の中に大きな大きな氷を作り出した。
その洞窟は雪女が夏に避暑地として用意した場所であり、その氷ができてから、氷精は季節問わず外に姿を見せるようになった。
氷精は馬鹿なので、自分がどうして夏でも姿を保っていられるのかを知らない。
けれど雪女は、そんな馬鹿が好きだった。
氷精は、人にチルノと名を名乗った。
この事で氷精はチルノという存在に固定され、人々がその名を忘れ去る時まで氷精は記憶を失えど形を失えど、チルノという存在に戻ることになり。
雪女はそこで初めて、“チルノ”に接触した。
「初めまして」
「誰だおまえ!」
「…あの頃と全然違うのね」
遠い過去の氷精を思い出し、雪女は微笑む。
少女の氷精を前に、雪女は愛を感じていた。
「よろしく」
「おう!」
時は過ぎ、雪女と氷精は幻想郷に足を踏み入れる。
雪女は新たな洞窟に今までの氷をそのまま移し、溶けないように管理していた。
長い時の中で雪女と氷精は仲を深め、やがて氷精は雪女に好意を寄せた。
雪女はあの頃と同じね、などと呟きながら、氷精の好意を受け止める。
子供らしい純粋な好意も、雪女は愛していた。
更に幾年が過ぎ、とある夏。
凄まじい酷暑の中で、雪女は凍えるような冷たさの皮膚が溶ける激痛に耐え、小さな氷を握りしめていた。
住んでいた洞窟は蒸すような暑さにより、氷精の依代となっていた氷は全て溶けてしまった。
掌の中の小さな小さな氷を残して。
雪女は目の前で不安そうな小さな氷精に微笑んだ。
氷のような手は溶けるように形を崩し、包んでいた氷は指の隙間から水へと姿を変えて流れ落ちていく。
この氷が溶ければ、氷精と積み上げた記憶は全て無くなってしまう。
新たに彼女を生み出すことはできるが、その依代となる氷はこの氷では無いのだから。
この掌の中にある氷の妖精と、新しい氷の妖精は、同じだが違う存在なのである。
“この氷精”が、私を覚えているこの氷精がまだ存在できますように。
願わくば手指に包まれた氷が、ほんの一瞬でも溶け切ってしまう事を遅らせますように───
雪女は、自分を愛してくれた氷精を愛していたのである。
やがて、腕は完全に形を失い、拾い上げる事も出来ぬ氷が、雪女の目の前で徐々に溶けていった。
氷精は諦めたように少女の細い腕で雪女の顔を抱き締め、小さく呟いた。
「ありがとう」
氷精を抱き締め返す事も叶わず、溶け掛けの雪女は静かに泣いた。
そこにはもう、氷精はいなかった。
雪女を愛していた氷精も。
雪女が愛していた氷精も。
長い長い時間を掛けて築き上げた関係も、先程まで目の前にあった氷とは同じく、溶けて無くなってしまったのである。
そんな夏も過ぎ、やがて冬はやってくる。
「“初めまして”、氷精さん」
「…?誰だおまえ!」
「私はレティ。レティ・ホワイトロックよ」
雪女の住う洞窟の中には、大きな氷があった。
雪女は、愛に溢れた妖怪である。
お見事でした。
このレティさんはきっと、新しい氷精もまた、同じように愛するのでしょうね。
レティとチルノが一緒だった瞬間瞬間をもっと見てみたい