Coolier - 新生・東方創想話

失われた首を求めて

2019/09/14 20:12:55
最終更新
サイズ
35.2KB
ページ数
1
閲覧数
1741
評価数
6/9
POINT
700
Rate
14.50

分類タグ

 三条は河原町通りにある喫茶店でパフェなどを食べていると、約束の時間の五分前にメリーはやってきた。
「蓮子、あんたそれなに食べてんの?」
「エビフライパフェよ。知らない?」
「知ってると思った?」
「案外いけるのよこれ。ひたすら甘い生クリームやアイスやフルーツの中に、熱々のエビフライの塩っ気とサクサクとした歯ごたえが絶妙にマッチしていて……」
「語らなくていいから」
「いいや、語らせてもらうわ。思い出してみて。お抹茶といえば苦いお茶に甘い和菓子、そしてなにより塩昆布! そう、このエビフライはまさに塩昆布の役割を果たしていると言っても過言ではないわ!」
「過言よ、間違いなく。それよりほら、我がサークルに相談事を持ち込んできた奇特な人を連れてきたわよ」
 そう言ってメリーは私の向かいの席に座ると、その人物とやらを呼び寄せた。
 果たして、店内へと入ってきたのは白の特攻服にフルフェイスのヘルメットといった出で立ちの男性だった。
 特攻服は背中に金の龍の刺繍と、あちこちに天上天下唯我独尊だの喧嘩上等だのと言った文言が刻まれた、気合の入ったものである。
 一方、ヘルメットは黒一色で、シールドも黒のスモークで中は見えない。
 男は軽く会釈をすると、どかっとメリーの隣に座った。
 店員が新しく二人分のメニュー表を持ってくる。
 店員の不審者を見る目がまとめて私たちに突き刺さるが、メリーは気にするそぶりも見せない。
 男に限ってはなにもわからない。
 メリーがアイスコーヒーを、男がジャンボパフェを指し示し、店員がいなくなってからメリーが話を切り出した。
「さて、彼は猪熊久郎くん。高校生で、京都の東側を縄張りにするチーム『鴨川青龍愚連隊』のリーダーをしているわ」
「へえ」
 猪熊くんは無言のままぺこりと頭を下げてお辞儀をした。
 ヘルメットのシールドに『(^ω^)』という顔文字が表示される。
 成りはともかくとして、一応礼儀はしっかりしている様子だ。
 が、そのフルフェイスのヘルメットはどうにかならんのか。
「で、その相談事って?」
 猪熊くんの代わりに、またしてもメリーが答える。
「少し前に、猪熊くんの鴨川青龍愚連隊が『嵐山白虎隊』っていう京都の西を縄張りにしているチームと衝突したの。そのすぐ後に猪熊くんが狙われちゃってね。道に細いピアノ線を張られたんですって」
「はぁ」
「猪熊くん」周囲をきょろきょろと見回したメリーは、こちらを伺う視線がないことを確認したのか、猪熊くんに耳打ちをした。
 すると猪熊くんは小さく頷き、それからそおっとヘルメットを持ち上げてみせた。
 果たして、そこにはなにもなかった。
 首から上がすっぱりと切断されていて、頸椎と食道や気道、それに肉の断面が綺麗に露呈している。
 血管はすでに塞がっていて出血はなく、気道の断面は呼吸のたびに小さくひくひくと痙攣し、その口は膨らんだり萎んだりしていた。
「もういいよ」メリーがそう囁くと、猪熊くんはふたたびヘルメットを被りなおした。
「……は?」
「とまあ、見ての通り、そのピアノ線のせいで首から上がズバッと……。けれど猪熊くん、違和感を感じずにそのまま走り去ったんですって。首から上がなくなったのは、家に帰ってから気がついたそうよ」
「………………」
「で、夜な夜な首を探してバイクを走らせているものだから首なしライダーなんて噂までたっちゃってね。そんなおり、流れで彼と勝負をすることになっちゃって。ほら、話したじゃない、首なしライダーとバイク勝負で勝ったって」
「ああ、そんな話もしてたわね……」
「それで猪熊くんに勝っちゃったら姐さんって懐かれちゃって、アハハ……」
 メリーは苦笑して見せたが、まんざらでもなさそうな様子だった。
「で、私がオカルトサークルなんてやってるものだから、これもなにかの縁と相談を持ちかけられたってわけ」
「その相談っていうのは、なくなった首を探してくれ、的な……?」
「そ。首なしライダーに依頼されるなんて、オカルトサークル冥利に尽きると思わない?」
 嬉しそうなメリーから視線を猪熊くんに移す。
 猪熊くんは幾分か緊張した様子で、かしこまった風に膝に手を置いて座っている。
「首なしライダー……っていうのは、実は結構昔からある都市伝説でもあるのよ。内容も概ね同じ、道路に張られたピアノ線で首から上を失ったライダーは、しかしそのまま走り去って行く。それから夜な夜な、亡霊となった首なしライダーはその道路を彷徨い走る。失った首を取り戻すためか、あるいはその犯人を見つけ出すためか……」
「猪熊くんの場合は後者ね」
「成立については諸説あるわ。暴走族退治のために道路に張ったロープでバイクが転倒するという事故だとか、『マッドストーン』という映画でまさにピアノ線でライダーの首を刎ねるシーンがあって、そこから広まったとか、黒いヘルメットが夜間に見ると首なしライダーに見えたとかね」
「でも、猪熊くんは現にこうして存在しているわ。都市伝説とは違うわよ」
「わかってる。でも、オカルトの考えでいくなら、噂に影がさすだとか、そういった可能性だって無くはないわ。古くは妖怪だって、結局は人間の恐怖心だとか解明されていない現象、錯覚に肉付けして生み出されたものじゃない?」
「猪熊くんがそうだって言うの?」
「可能性の話よ。都市伝説と符合する点が多いのも気になるしね。さてと……」
 私は改めて猪熊くんに向き直ると、彼にいくつかの質問を試みた。
「まず……今の猪熊くんには頭がないけれど、見たり聞いたりといったことはできるのかしら? それに相当する器官は失われているはずだけど……」
『ヽ(*´∀`)』
 猪熊くんは小さく頷いて見せたが、無言のままだった。
「けれど、喋ることはできない?」
『ヽ(*´∀`)』
 肯定。
 ……その顔文字は肯定なのか?
 とりあえず、この時点で彼の存在はだいぶオカルト寄りに定義付けられることになる。
「ちょっと失礼するわね」
 そう言って私は身を乗り出して、猪熊くんのヘルメットを軽く持ち上げた。
『∑(゚Д゚)』
 猪熊くんはなにやら慌てふためいた様子でしどろもどろし始めたが、無視して彼の首の断面を見つめる。
 当たり前ながら脳幹は残っていない。
 頭部は完全に失われているので、マイクのようにはいかないだろう。
「マイクって?」メリーが呟く。
「首なし鶏のマイク。首を刎ねられた後に十八ヶ月も生存していた鶏よ。一九四五年にアメリカのコロラド州フルータという場所で、農家のロイドとクララの夫婦が屠殺を行なっていた際に、首を刎ねられてなお生きていた鶏がいたの。それがマイク。マイクは凝固した血が頚動脈を止血していて、さらに脳幹と片耳が残っていたから、普通に歩いたり餌をついばむ動作や羽繕いの動作をしたりしたそうよ」
「猪熊くんと名前が似てるわね」そう言ってメリーはころころ笑ったが、猪熊くんはどう反応したらいいかわからない様子で、
『( ͡° ͜ʖ ͡°)』
後頭部(ヘルメットのだが)を掻いていた。
「脳死した人間が手や足を動かすことがあって、ラザロ徴候っていうんだけど、脳幹に生きている細胞が存在すると起きるらしいわ。けれども、猪熊くんは完全に脳幹も失われているから、残念ながらこれには該当しないわね」
 それから、ふたたび観察に戻る。
 綺麗なサーモンピンクの断面がそこにある。
 血管は塞がっていてすでに出血はない。
 ただ、ぬらぬらと光る肉の断面がある。
「………………」
 私は猪熊くんのヘルメットを元に戻すと、改めて椅子に深々と座った。
『(*´ω`*)』
 猪熊くんは心底安心した様子で、ヘルメットの位置を微調整している。
「さて、まず彼は頭部が完全に失われていて、にも関わらず視覚や聴覚は機能している。これはまず科学的にはありえない現象で、つまるところ彼は首なし鶏のマイクのような科学的に説明できる存在ではないことの証明となったわ」
「つまり、いよいよ私たちの本領が発揮する領域の話ってわけね?」
「そう、つまりこれはオカルトの話になるわ。そうなると、候補としてあげられるのはまず首なしライダーになるわね」
 都市伝説の首なしライダーと猪熊くんとは符合する点も多く、一見すると猪熊くんこそその都市伝説によって生まれた存在……もしくは、都市伝説によって生まれた物語に人生を運命付けられた存在のように思える。
「でも不思議なんだけど、首なしライダーの話は昔からあるのよね? 猪熊くんが発祥というわけではないのに、猪熊くんがその都市伝説だっていうのは、どういうことなのかしら?」
「メリー……そんな初歩的な話を……まあいいわ。猪熊くんへの説明も兼ねて、改めてレクチャーするわね」
「普段はこんな優良オカルトサークルの真似事みたいなことしないんだから、仕方ないじゃない……」ぷっくりと頬を膨らませながら、けれども聴く姿勢を見せるメリーと猪熊くんに、私は説明を始めた。
「まず、都市伝説という概念を広めたアメリカの民俗学者、ジャン・ハロルド・ブルンヴァンいわく、都市伝説は『民間説話』の下位分類に値する『伝説』、普通の人々の間に語られ、信じられる『口承の歴史』であるとされているわ。嘘や誤報や噂話や事実に尾ひれ背びれがついて全く別物になってしまった話、そういったものが事実であるかのように人から人へ語られ、やがてその出どころもわからぬまま定着する。それがメディアに面白おかしく取り上げられたり、または事実として報道されたり、あるいはインターネット上……特に大型匿名掲示板やSNSで拡散、伝言ゲーム的に変質し、急速に広まっていく。ある意味、都市伝説は進化しながら人から人へと媒介していく、巨大な生き物のようなものね」
「ふんふん、なんとなくわかってきた」
『(( _ _ ))..zzzZZ』
「こら、寝ないの猪熊くん。とまあ、簡単にだけどこれは民俗学的な話。で、それがどうオカルトな領域に入っていくのかというと、噂に影が差す、といった言葉の通り、その都市伝説が大勢の人の中で具体的な形を持って意識の中に共有された結果、現実にそれが肉体を持ってしまうの。言ってしまえば現代の妖怪みたいなものよ。メリーさんとか口裂け女とか、確かに妖怪っぽさがあるじゃない?」
「えっ? 私?」
「違うわよ。私メリーさん、今あなたの後ろにいるの、ってやつよ。まあそういう、現代が舞台の怪談噺みたいな面もあるけれど、都市伝説はそういう怪談じみた領域に囚われない、とにかく様々な顔を持っているわ。話を戻すわね。かつての妖怪は人々の理解の外にある現象や、克服できない恐怖が形を持って生まれたものだけど、都市伝説は事実として広まった歴史によって生まれた存在なの。そうした都市伝説たちは決して怪異じみたものばかりではなく、例えば口裂け女は口が耳元まで裂けていて、身長は二メートル近くあって、百メートルを六秒で走る驚くべき身体能力を持った女性だけれど、妖怪ではないわ」
「いや、妖怪でしょ」
「いいえ、明らかに人間離れしているけれど、人間なのよ。なぜなら妖怪として広まっていないから。口が裂けてて身長二メートルで百メートルを六秒で走る妖怪がいる、なんて話、いまどき子供だって信じないわ。そんな話じゃ新聞だって記事にしないし、都市伝説として広まらない。あくまで口裂け女は、整形手術で失敗して口が裂けてしまった人間の女性なのよ。だから、人間として生まれた口裂け女には、人間としての歴史が与えられているの。いつ、どこで、誰から生まれた、なんという名前で、どこに住んでいて、どういった経緯で今現在噂されているその形に至ったのか……という詳細なプロフィールが存在するのよ」
「つまりそれは、猪熊くんが猪熊くんであるように……?」
「そう。猪熊くんは普通に父親と母親の間に生まれて、普通に生家で育ち、学校に通って、暴走族のリーダーを張っていて、抗争の末に首を落とし、そうして今現在、やっと普通の人間から首なしライダーという都市伝説として、完成したのよ。つまり、都市伝説という物語に人生を運命付けられた、というわけね」
 話し終えると、メリーは愕然とした顔で視線を私から猪熊くんに移した。
 その瞳は揺れていた。
「そんな……でも、それってあんまりじゃ……。だって、猪熊くんは普通の人間で、普通に生きていたのに、ある日突然そんな、勝手に……」
「でも、人生ってそういうものでしょう? それに、その『勝手』って、誰の勝手? それは……言ってしまえば、この世の理の勝手よ。神の悪戯、なんて表現だとなんだか詩的だけれど、つまりはそういうことなの。この世界がそうある以上、そのルールの下において彼がそうなってしまったのは仕方のない、本当に仕方のないことなのよ」
「………………」メリーはショックを受けた様子で、じっと膝の上に置いた自分の握りこぶしを見つめていた。
 そして猪熊くんはというと、告げられた自分の正体に絶望していた……。
『(́◉◞౪◟◉)』
 ということは全然なく、むしろなにがなんだかわかっていない様子で、ヘルメットの頭を傾げていた。
 あ、こいつ私の説明をなんも理解してないな。
「ま、まあまあメリー、そう落ち込まないで。これはあくまで猪熊くんが都市伝説だった場合の話。というのも、猪熊くんが首なしライダーであるには、どうしても払拭しきれない一つの疑問点が存在するのよ」
「疑問点?」メリーまで首を傾げてみせる。
「メリー、首なしライダーの伝説の話、ちゃんと聴いてた? 首を失ったライダーは夜な夜な首を探し求めて彷徨い走るのよ。……亡霊となってね」
「……あっ」
「そう。都市伝説における首なしライダーは人間だけど、それが完成された先の末路はまごう事なき亡霊なのよ。けれども、猪熊くんは亡霊じゃない。首を失った後もこうして普通に生きているわ」
「でも……それじゃあ、猪熊くんは一体……?」
「……メリー、デュラハンって知っているかしら」
「………………」私の言葉に、メリーは目を点にした。
「……妖怪じゃない!」
「デュラハンは妖精よ」
「そういう問題じゃなくて!」
「いや、それよりもスリーピー・ホロウの方が最適かしら」
「どっちも同じよ! 猪熊くんは人間じゃない!」
「いきなり首がないのに生きてて目見えて耳も聞こえるようなの連れてきて、人間だと主張する方がどうかしてると思うわ。それに言ったじゃない。彼はオカルトの領域の存在だって。オカルトで、都市伝説でもなくて、しかもライダーで、となると、首なし騎士デュラハンかスリーピー・ホロウくらいしか該当しないわよ」
 変化球で首なし騎馬武者なんてのもあるけど、と付け足すと、メリーは深々とため息をついた。
 しかし、私だってなにも突拍子もなくそんなことを言っているわけではない。
「例えば猪熊くんが不死者であるとしましょう。となれば首を刎ねられても生きていることに説明がつくけれど、首がないのに見たり聞いたりできることへの答えがないわ。では何故、猪熊くんは首がないのにものを見聞きすることができるのか。そしてそもそも何故生きていられるのか。それは彼が最初から首のない存在だからよ」
「待って、首ならあったわよ。猪熊くん」
 メリーが促すと、猪熊くんは頷いて、それからヘルメットのうなじのあたりに手を触れた。
 猪熊くんのヘルメットのシールドに半透明の映像が浮かび上がり、直後に私の網膜ディスプレイにもウィンドウが表示された。
『猪熊久郎さんからシェアリング申請が来ています』
 許可をすると、視界が一瞬瞬き、それから猪熊くんは右手をこちらへと差し出してきた。
 その手にしてあるARの写真データを受け取ると、それは改造バイクの前に立つ青年の写真だった。
 青年は金髪をオールバックに決めており、その服装は白くバッキバキに決まった特攻服で……うん、そうだね、猪熊くんの服装だね。
「これが生前の猪熊くんかぁ……」
「死んでないわよ」メリーがジト目をこちらに向けて言った。
「イケメンね」
「そう! そうなのよ!」メリーが食いついた。
「猪熊くんたら結構なイケメンで、しかも女の子にあまりなれていないから耐性がないみたいで、そこがまたかわいいのよね!」
 そう言って、猪熊くんの腕を胸の前に抱きしめるメリー。
『(//∇//)』
 驚き腕を引き抜こうと慌てる猪熊くんに、確かにかわいいと思いつつ、メリーは年下のしかもこういう子が趣味だったのかと一人頷く。
「しかしまあ、そうなるとデュラハンよりスリーピー・ホロウの可能性が高まったわね。あ、猪熊くんは知らないだろうから説明するけれど、スリーピー・ホロウはアメリカのニューヨーク近郊で語り継がれている伝説、またはそれを元にした小説ね。時は開拓時代、ドイツからアメリカに渡ってきた残虐な騎士は、首を刎ねられて死んでしまったの。けれども首なし騎士として復活、ニューヨーク近郊を光る目を持つ馬でもって彷徨い、犠牲者を求めているの。重要なのは首なし騎士として復活した、という点ね。首なし騎士という存在になった時点で、やはり亡霊と化した首なしライダーとは異なるし、猪熊くんにも当てはまる。つまり、猪熊くんは普通の人間であったのだけれど、ピアノ線によって首を刎ねられ死亡。しかし首なし騎士、もとい首なしライダー……これだと都市伝説と被るわね。ええと、首なし暴走族として復活し、こうして今現在に至るわけね」
「………………」
 猪熊くんは少し考え込む様子で小さく俯いていたが、やがてヘルメットのシールドに
『(^∀^)』
と表示されたので、まあ、多分大丈夫だろう。
 ともすれば首なし暴走族という存在に喜んですらいる可能性もある。
 なんというか、暴走族のヘッドを勤めている割に無邪気な子である。
『˚✧₊⁎❝᷀ົཽ≀ˍ̮ ❝᷀ົཽ⁎⁺˳✧༚』
「もうわけわかんないわよ。ま、そういうわけで、猪熊くんの正体についてはだいたいわかったわね。もちろん、これは私の知識と照らし合わせた上で導き出された仮定に過ぎないわ。実は全くの新種のなにかかもしれないし、そういうのに関してはもうどうしようもないから、ひとまず現状はこれで収めておきましょう」
「それじゃあ、いよいよ猪熊くんの首の行方よね」
「それはまあ、犯人に聞けばいいでしょ」
「犯人?」メリーが首を傾げた。
「嵐山白虎隊って連中にやられたんでしょ? だったらその実行犯を突き止めればいいじゃない。もちろん、暴走族のヘッドともあろう人が、地道に調査なんてトロいことしないわよね?」
 そう尋ねると、猪熊くんは頷いてみせた。
『(๑•̀ㅂ•́)و✧』
「さ、行くわよ」そう言って立ち上がると、メリーが言った。
「どこへ?」
「決まってるじゃない。カチコミよ!」
 そう言って歩き出す私とすれ違うように、パフェとアイスコーヒーをトレイに載せた店員がメリー達の元へとやってくると、それぞれをテーブルへと置いて去っていった。
「とりあえず、これ飲んでからね」
『☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』
 そう言ってアイスコーヒーを飲み始めるメリーと、シールドを上げてパフェを食べ始める猪熊くんに、私はいそいそと元の席に戻るのだった。
 ……猪熊くん、どうやって食べてるの?


 夜中である。
 すっかり夜の帳が下り、人気の少なくなった京都の街。
 御池通りの東側、鴨川にかかる御池大橋の上には、何十台という改造バイクの集団が、車線も無視して集まっていた。
 ギラギラと光るヘッドライトに、爆音を吹かすマフラー。
 誰もが特攻服に身を包んでいる、その光景は異様であった。
 その集団の真ん中に、猪熊くんはいた。
 ヘルメットは被っていない。
 金髪のオールバックに、口には黒いマスクをつけ、バッキバキの白い特攻服を決めて、バイクに跨っている。
 やがて、猪熊くんが何十台というバイクの音にも負けない声量で叫んだ。
『手前ら! ここ最近はずっと嵐山の白猫どもに舐められっぱなしだったが、そのまま大人しくしている俺じゃねえ! 今日こそあのクソ猫どもをぶっ潰して、京都の天下が誰のモンかをわからせてやるぞ!』
 猪熊くんの口上に湧き上がる鴨川青龍愚連隊のみんな。
 雄叫びをあげ、エンジンを吹かし、クラクションを鳴らし、熱気も最高潮に達したところで、猪熊くんは自慢のバイクを走らせた。
 そのあとを続くように、何十台というバイクが御池通りを西に走る様は圧巻の一言に尽きた。
「でもその中に混じりたいかどうかは別問題よ! なんで私まで!」
 そんな私の叫び声は、すぐ目の前のメリーにしか届かなかった。
「乗りかかった船でしょう、シャキッと気張りなさいよ、蓮子!」
 猪熊くんのバイクのすぐ後ろ、明らかに場違いなベスパでもって追いかけるのは、運転手であるメリーとその背中に抱きつくように後ろに座る私である。
 どうしてこうなったのか、その経緯を説明しよう。
 カフェを出たあと、私とメリーと猪熊くんは、私たちの通う大学へと向かった。
 メリーは自分のベスパに乗り、私は猪熊くんのバイクの後ろに乗ることになった。
 初めて異性の背中にしがみつく機会が、まさか特攻服を着た年下の族のリーダーで、しかも首なしライダーときたもんだ。
 まったく、オカルトサークル冥利に尽きる話だ。
 そうして、百万遍交差点近くの北門から侵入した私たちは、サークル棟の地下二階にあるオカルトサークル『こんにゃく』の部屋の前までやってきた。
「ねえ蓮子、ここのどこがオカルトサークルなの?」
「この『こんにゃく』ってサークルは、より恐怖感を与えられるこんにゃくを生み出すことを目的としたサークルなの。ほら、お化け屋敷であるじゃない、糸に吊るしたこんにゃくで脅かすやつ」
「今日日、学園祭のお化け屋敷だってこんにゃくで脅かしたりしないわっひゃあああっ!」
 唐突に叫び声をあげたメリー。
『((((;゚Д゚)))))))』続けて猪熊くんも体を大きく飛び跳ねさせた。
 はたして、二人の背後には木の釣竿みたいなものからこんにゃくをぶらさげた女性が、得意げな顔をして立っていた。
「なに今の! なんかこう、首筋にこの世のものとは思えない、まるで井戸の底から這いずり出てきた悪霊に舐められたみたいな感触が!」
『。゚(゚´Д`゚)゚。』
「ご理解いただけましたか? これが我がサークルが全力を上げて作り上げた、もっとも恐怖の感情を引き出せるこんにゃくです!」
「背後から不意打ちを食らえばプリンでだって驚くわよ!」
「以前にもそう言われたことがあり、試しにプリンで試したことがありますが……あれはだめです。糸で吊るすことができないのです」
「あ、そう……」
「それより、我がサークルになにかご用でしょうか。あ、立ち話もなんですので、どうぞ中へ」
 女性が扉を開け、促されるままに三人で室内へと入る。
 果たして、部屋の中ではメガネをかけた青年がゴム手袋をしてこんにゃく芋を切っていた。
 青年がこちらを見て少し驚いた顔をした。
「あれ、君は確か秘封倶楽部の……」
「お久しぶり、部長さん。ちょっといいかしら。頼みごとがあって……」
「ああ、構わないよ。まま、座って。中之条くん、お茶とこんにゃくを頼む」
「はい、部長」そう言ってこんにゃくがぶら下がった竿を持っていた女性、中之条さんは、緑茶の入った湯のみと味噌田楽とこんにゃくゼリーをテーブルの上へと置いた。
 私たち三人は長机の前のパイプ椅子に座り、改めて室内を見回した。
 天井から吊り下げられている数種類のこんにゃくに、壁に貼られた『こんにゃく芋の取り扱い注意事項四十七ヶ条』と筆で書かれた紙、広辞苑ほどある分厚さの『こんにゃくの歴史』、八巻、十八巻、二十一巻が抜けている『こんにゃく物語集』全三十一巻などが収められた本棚、棚の上にはコニャックの瓶、温石石、日本初の英日翻訳専用機『やまと』のプラモデル、全国各地の印鑰(いんにゃく)神社の御朱印を網羅した御朱印帳、十一月祭にて販売した歴代こんにゃくパッケージ一覧などなど、なかなかの雑多具合であった。
「それで、お願いというのは?」部長さんはこんにゃく芋を一口大に切りながら尋ねた。
「ええ、というのもほとんど彼女へのお願いみたいなものなのだけど……」そう言ってお盆を持つ中之条さんに視線を向ける。
「へ? 私ですか?」目を丸くする中之条さん。
 私は頷いてみせた。
「去年の十一月祭であなたが作った精巧なこんにゃくの3Dモデル、その腕を買って是非ともお願いしたいのだけれど」
 私は猪熊くんの顔写真を彼女に渡した。
「わ、イケメン」
『( ̄+ー ̄)』
「猪熊くんうるさい。えっと、彼の顔の3Dデータが欲しいの。3Dプリンタで出力するためにね」
「この人の顔を……ですか」
「ええ。お願いできるかしら。なんなら、そのデータを元にこんにゃくを作ってくれても構わないわ」
『∑(゚Д゚)』
「……いいでしょう。明日、また来てください。本物のこんにゃくをお見せいたします」
「よろしくね。あとそのキャラなに?」
 部屋を出ると、空気だったメリーが疑問を投げかけた。
「猪熊くんの顔の3Dデータって、なにをするつもりなの?」
「猪熊くんがこのままじゃ、族をまとめるのも大変でしょう? だからダミーの頭を作るのよ」
「ははーん、なるほど。ちなみにその3Dプリンタで出力した現物、私にも……」
「さて、それじゃあ明日のこの時間にふたたびこの場所に集合! 解散!」
『(*´ω`*)ノシ』
「えっ、ちょっと! 適当すぎない?」
 そして次の日、ふたたび『こんにゃく』の部室に訪れた私たちの前に、猪熊くんの頭は鎮座していた。
 写真と見比べても寸分違わぬ精巧な作りで、やはり中之条さんの腕は確かなものだったと自分の慧眼ぶりを褒めてやりたいくらいである。
「どうですか! 渾身の作です!」
「すごい! まるで本物みたいだわ!」そう言って猪熊くんの頭を持ち上げようとするメリー。
 そんな彼女の手の中から、猪熊くんの頭はぷるんと揺れてにゅるんと逃げ出した。
「ぎゃあ! なにこれ!」
「何を隠そう、この頭はこんにゃくでできているのです! どうですか、我がサークルが最先端技術を駆使して作り上げた、3Dこんにゃくプリンターの力は!」
「それはいいから普通の方の頭を頂戴」
「部長! 今年の十一月祭はこんにゃくで作った折田先生像でいきましょう!」
 その後もこんにゃく談義に熱が入る二人を放置して、私たちは普通な方の猪熊くんの頭を入手し、部室を後にした。
 次に向かったのはオカルトサークル『うすきみ』の部室だった。
「ここは?」今度は背後に気をつけながら、メリーが尋ねた。
「ここはある意味、正統派のオカルトサークルね。昔は自称霊能力者ばかりのダメダメなサークルだったけれど、今では本物のオカルト的能力を有したメンバーだけで構成された、ごく普通のサークルよ」
「なんだ、なら安心ね」
「で、今回用があるのはブードゥー教の秘術使いの子よ」
「ブードゥー教の秘術」
「ま、とにかく入りましょ」
 そう言って『うすきみ』の部室の扉を開ける。
 中はいたって普通の部屋で、棚や本棚には様々なオカルトグッズが並んでおり、なんとも微笑ましいくらいに普通のオカルトサークルである。
 あの『こんにゃく』の混沌ぶりを目の当たりにした後だからか、メリーも猪熊くんもどこがほっとした様子だ。
「いらっしゃい。あら、あなたは……」そこにいたのは霊界と通信ができる能力を持つ女性部員で、今は確か部長だったか。
 彼女がこのサークルの改革を進め、ダメダメサークルを模範的優良オカルトサークルに昇華させた張本人だった。
「久しぶりね。ちょっとお邪魔するわね」
「構わないけど、どうかしたの?」私の後ろにいる猪熊くんの頭を手にしたメリーと、猪熊くんの存在を気にした様子の部長。
 いやまあ、当然といえば当然か。
「いやあ、ちょっとブードゥー教の秘術使いのあの子に用があって……いる?」
「ああ、彼女ならそこに」そう言って部長が指差した先は、部室の棚の上だった。
 そこには赤毛に青い服を着た外国製の男の子の人形が座っていて、メリーはそれを不思議そうに手にとってみせた。
「ねえ、この人形がその、ブードゥー教の秘術使い……なの?」
『ええ、その通りよ』
「ひゃああああ!」突然喋り出した人形に、メリーは思わずその人形を放り投げた。
 果たして、人形は華麗にテーブルの上へ着地すると、鬼のような形相でもってメリーを睨みつけた。
『いきなり投げ出すなんて酷いことするわね。ゆっくり殺してやろうかしら……』
「ひいいいいいいい」
『……なーんて、冗談よ。別に殺しゃしないわ。私は殺人鬼じゃないのだから』
 そう言ってころころ笑う人形に、メリーはすっかり怯えた様子で猪熊くんの背後に隠れてしまい、猪熊くんも猪熊くんで、
『( ͡° ͜ʖ ͡°)』
待ってその顔文字間違えてない?
「どどど、どうなってるの蓮子!」
「ああ、あれ? ブードゥー教の秘術よ」
 私の答えに、納得がいかないといった顔をするメリー。
 しかしブードゥー教の秘術はブードゥー教の秘術なので仕方ない。
 私は人形の方へ振り返った。
「さて、あなたも久しぶりね、玲理ちゃん」
『久しぶり、蓮子。それで私に用事ってなにかしら? 私これから安藤とデートの約束があるのだけれど』
「安藤?」誰だったかと首を傾げていると、部長が恥ずかしそうに玲理を抱き上げた。
「デートって言うのやめてください」
『いいじゃない別に。それに、私の秘密を教えてあげたんだから、ね……あなたの体を私にちょうだいよ、安藤……』
「あげません! それよりほら、ちゃんとお客さんの対応をしてください!」
『ふーんだ、安藤のいじわる』
 部長……安藤にふたたび机の上へと戻された玲理は、改めて私たちに向き直った。
『それで? ブードゥー教の秘術なんか使って、なにがしたいの?』
「これなんだけど……」
 私はメリーから猪熊くんの頭を受け取り、机の上に置いた。
『イケメンね』
「イケメン……ですね」
『(๑•̀ㅂ•́)و✧』
「黙りなさい猪熊くん。この頭は彼……猪熊くんのものを再現したものなの。これを玲理のブードゥー教の秘術で、ちょっと彼の頭につけて欲しいのよ」
 そう言って、私は猪熊くんのヘルメットを取り外した。
 驚き目を見開く二人。
 しかし、さすがは模範的優良オカルトサークルのメンバー、すぐに気を取り直すと、わかったわ、と言って頷いた。
『詳しくは聞かないでおくわ。オカルトサークルにとってむやみな詮索はご法度、だものね。それじゃあ、祭壇を用意するわね』
 そう言って、玲理は机から飛び降りると本棚の前へと向かい、一冊の雑誌を取り出した。
「なにそれ」
『月間ムーの二〇一五年十月号よ。これにブードゥー魔術を安全に使える特別付録が付いてるの』
 それは手のひらに収まるくらいの四枚のプレートで、それぞれ異なる紋章が描かれていた。
 その紋章はヴェヴェと呼ばれる精霊シンボルで、ブードゥー教における代表的な精霊『ダムバラー・ウェド(Dambala We`do)』『エジリ・フレーダ(Erzulie Fre'da)』『オグン(Ogoun)』『レグバ(Legba)』を表している。
『案外使えるのよ。さ、まずは机の上を清めて。はいアルコールティッシュ』
「清めるって、そんなんでいいの?」アルコールティッシュを受け取り、机を拭きながらメリーが呟いた。
「お清めによく使われるのは酒だったり、塩だったり、ファブリーズだったり、どれも除菌効果のあるでしょう? もしかしたら、昔はそういう菌とかいった見えないものを悪霊として認識していて、だからこそお清めに使われるようになったのかもしれないわね」
『そういうことよ。さて、清め終わったわね。そしたら次は度数の強いお酒』
「スピリタスでいいかしら」懐から取り出して言う。
「なんで持ってるのよ……」
「乙女の嗜みかしら?」
『あとお香』
「あ、それならお線香があるわよ」安藤が棚から取り出す。
「じゃ、それ貰うわね」受け取り、火をつける。
「ぎゃあ! スピリタスに引火した!」メリーが悲鳴をあげた。
『((((;゚Д゚)))))))』
 そうして、瓶の口から火を噴くスピリタスとお線香を机の上に置き、ヴェヴェを置く。
 すっかり疲れ果てた私たちをよそに、玲理は儀式を始めた。
『猪熊くんはこっちに来て。はい、ヘルメットは外して、頭を持って。そう、頭の位置に置くように』
 頭を両手で持って、首の上に置くようにして支える猪熊くん。
 それから玲理はまずレグバに祈りの言葉を捧げ、それからブードゥー教の秘術である呪文を唱えた。
『アデ・ボク・デンベラ』
 途端、雨など降っていない、曇り空ですらない窓の外を稲光とともに雷鳴が轟き、部屋を震わせた。
 かと思うと、まるで何事もなかったかのように、部屋の中も外も元の姿に戻っていた。
 ただ一人、猪熊くんだけは、緊張した表情でただじっと経過を待っていた。
 ……この時点で、すでに儀式は成功していることに、彼は気づいていないようだ。
『……儀式は終わったわ。成功よ』
『えっ、これで終わり……なのか?』猪熊くんが驚いた様子で呟く。
『ええ。猪熊くんの魂は今、本来の肉体とその作り物の頭、その両方に宿ったわ。これでその頭はもう猪熊くんの物。猪熊くん自身よ』
『いや、でもなんかその、実感ってえのが……』
「猪熊くん猪熊くん、声、声」
 メリーが猪熊くんの肩をちょんちょんと突いて言った。
『声……? あっ……ああっ!』
 ようやく気づいたらしい猪熊くんが叫び声をあげる。
 その拍子に猪熊くんの作り物の首がぽろりと地面に転がり落ちる。
『痛ぇ!』
「ああもう、あくまで魂を繋げただけだってば。さ、あとはメリー、よろしく」
「へ? 私?」
「最近、境界を操れるようになってきたんでしょ? ほら、繋げて繋げて」
「せ、接着剤扱い……」
 ぶーぶー不平を垂れながらも、猪熊くんの体と作り物の首の境界を繋ぎ合わせるメリー。
 それが終わると、今度は恐る恐るといった様子で、猪熊くんは自分の顔をペタペタとまさぐり始めた。
『ほ、ほんとだ……ほんとに顔になってやがる……。おお、これがブーブー教の秘術ってやつか!』
『ブードゥー教ね』
『おおお、恩にきるぜ玲理姐さん! それに後藤姐さん、蓮子姐さん、メリー姐さん! これでやっと奴らにカチコミができらぁ……!』
 それからはもう早かった。
 仮初めの顔を取り戻した猪熊くんはすぐさま鴨川青龍愚連隊を収集、そうしてその日の夜には嵐山白虎隊へのカチコミが決行されることになり、メリーもそこに参戦、私も巻き込まれることとなったのだ。
 さて、嵐山白虎隊と名乗るからには、彼らのアジトは嵐山にある。
 道のりはおよそ九キロほど。
 だいたい二十分くらいメリーの背中にしがみつき続け、エンジン音とクラクションの音ですっかり耳が馬鹿になってきた頃に、鴨川青龍愚連隊のみんなはようやく渡月橋のふもとまでやってきた。
 そして、渡月橋の向こう側、嵐山公園に見えるヘッドライトの集団こそ、他でもない嵐山白虎隊のみんなであった。
 渡月橋前に集まる青龍のみんなと、こちらの存在に気づいて公園から渡月橋前へと集まりだす白虎のみんな。
 青龍と白虎が渡月橋を挟んで睨み合う形になり、その中に秘封倶楽部は紛れ込んでいた。
 おかしいな。
 帰りたいな。
 どうしてこうなったのかな。
『ッしゃあ! 行くぞ手前らァ! 虎狩りじゃあッ!』
「うおおおおおおおッ!」
 猪熊くんの怒号とともに、両者は動き出し、渡月橋の真ん中で衝突した。
 それからのことはあまり思い出したくない。
 人が飛んだり飛ばされたり、バイクが飛んだり飛ばされたり、人が落ちたり落とされたり、そんな中を圧倒的なパワーで暴れまくる猪熊くんと、恐るべきハンドルさばきで相手をとことん自滅に追い込むメリーと、そんな彼女の後ろで無理やり持たされた鉄パイプを手に、半ば自暴自棄にすれ違う輩を殴り続けたのが私である。
 ああ、いまだ手のひらに残る、人を思い切り殴打したときの生々しい感触よ……。
 あんな風に……あんな風になるんだね……。
 思い出すだけで身震いがするというのに、メリーは明朗快活としていて、まるで風呂上がりのごとくさっぱりと気持ちの良さそうな顔をしていた。
 猪熊くんと隣り合って笑っている姿を見て、私はげんなりした。
「メリー……あんた、族に向いてるわよ……」
『メリー姐さんさえよければ、ウチは大歓迎ッスよ!』
「えっ、ええー? そう? そうかな? えへへへへ……ど、どうしよっかなー……?」
「……まあいいわ。それで、頭の在り処はわかった?」
『ハイっす! それなんすけど……』
 嵐山白虎隊を潰しヘッドを問い詰めたところ、ヘッドは猪熊くんに大変ビビっている様子で、猪熊くんの生首を確認したあと、嵐山モンキーパーク近くの山中に埋めさせたことを何度もどもりながら説明した。
『したらその頭ァ掘り返してこいや!』
 猪熊くんが怒号をあげると、ヘッドは埋めさせた張本人を捕まえて驚くべき速さで嵐山モンキーパークの入口へと走っていった。
 それからほどなくして、土だらけのヘルメットを抱えたヘッドが帰ってきたので、それを受け取り見てみると、ヘルメットの中には猪熊くんの頭がすっぽりと収まっていた。
 猪熊くんの体の方が首なし騎士として復活したからなのか、腐ったり干からびたりすることもなく、まるで今すぐにでも動き出しそうなくらい、綺麗なままだった。
「イケメンね」
「ほんとイケメンだわ」
『や、やめてくださいっす、お二人とも……』
 首なしのままだったらきっとヘルメットに
『(//∇//)』
とでも表示していたであろうくらい、猪熊くんの顔は真っ赤に染まっていた。
 ところで、自分の首を求めて彷徨う首なし騎士が、ようやっと追い求めていた首へと辿り着いたら、一体どうなるのかと密かに楽しみにしていたのであるが、果たして猪熊くんの頭はパチリと目を見開き、驚いた表情とともに「うわっ!」『うわっ!』と猪熊くんの声が二重に響くのだった。
「えっ、なんすかこれ! 首が喋ってるっすよ!」
『えっ、なんすかこれ! 首が喋ってるっすよ!』
「なるほどねー」私は猪熊くんから首を受け取り、まじまじと観察した。
 手の中の猪熊くんと、目の前に立つ猪熊くんの両方の顔が真っ赤に染まり、あわあわとし始めた。
 かわいいか。
「いやあ、亡霊だった場合、失った首を取り戻したらそのまま成仏するのがまあ、普通よね。けれども首なし騎士の場合はどうなのかって疑問だったのよ。まさかこうなるとはね……。さて、それじゃあ今日のところはお開きで、明日にまた大学に集合ね」
「なんで?」
「どうしてすか?」
『どうしてすか?』
「うるさっ。今の猪熊くんについている頭は作り物だから、もっかいブードゥー教の秘術でもって魂を外してもらわなきゃ。そのうちその作り物の頭から魂が抜け出せなくなるわよ」
 そう言って猪熊くんに頭を返すと、猪熊くんは恐ろしげな顔を二つさせるのだった。


 あれから少し経って、我らが母校が今年も無事に十一月祭を開催する季節になった。
 頭のおかしなキャッチコピーを大きく掲げ、巨大なタテカンを大学敷地外の周囲を囲うように設置しては、大学に撤去されてを繰り返すいたちごっこも始まっている。
 時計台広場のある正門の反対側、吉田南構内の総人広場には、こんにゃくによって作られた折田先生像が鎮座しており、そのずしっとした質感はなかなかに壮観である。
 傍らには注意書きの看板も設置されており、
『‪折田彦市先生は、難解な製造過程でこんにゃく芋の毒抜きに尽力し、京大に低カロリーな学風を築くために多大な功績を残した人です。 どうかこの像を美味しく食べてください。‬グンマー国』
との言葉を間に受けたからなのか、それとも単に阿呆だからなのか、すでに折田先生像はその一部がスプーンか何かでえぐられた跡だとか、誰がつけたのか齧ったような跡も見受けられた。
 試しに私も齧ってみたところ、こんにゃくとは思えぬ類まれなる味わいに、思わず二口目を……と思ったところでメリーに止められてしまった。
「なにやってんのよ、あんた……」
「いやあ、想像以上に美味しくて。あとで『こんにゃく』によって買っていきましょう。あら……」
 見ると、メリーの隣には猪熊くんが立っていて、私と目が合うと深々と頭を下げてお辞儀をした。
 猪熊くんは金色だった髪を黒く染め直し、その上で短めにカットしていた。
 服装も白の特攻服から、少しやんちゃさが残るものの一般的な服装に身を包んでいる。
 びっくりのイメチェンで、正統派イケメンにジョブチェンジしていた。
「かっこよくなったわね」
「うす、ありがとうございます、蓮子姐さん」
「話し方は相変わらずなのね」
「彼、鴨川青龍愚連隊のリーダーの座を明け渡して、真面目に高校に通うことにしたんですって」
「うす。一年留年することになりましたけど、この大学に通うためっすから」そう言って猪熊くんははにかんだ。
 あのサークル活動風景を見た上でその選択に至ったのであれば、なかなかの才能の持ち主というか……おそらく、この学校には合っているだろう。
 先輩から言えることは一つ、「まあ、うん。がんばって」である。
「入学したらぜひうちのサークルに遊びに来てね。待ってるから」そう言って猪熊くんの腕に抱きつくメリー。
 イメチェンはしてもやはり女性への耐性がないからか、猪熊くんは顔を真っ赤に染め上げる。
 正統派イケメンと化した猪熊くんなら、女性人気も今後うなぎ登りであろうに、これからの彼の苦労を考えると涙も禁じ得ない。
 せいぜい彼には女の子たちにもみくちゃにされて少しずつ慣れてもらうことにしよう。
「ところで、頭の調子はどうかしら?」ともすれば悪口のような発言となってしまったが、猪熊くんは微笑みながら頷いた。
「それでしたら、ええ。なんの問題もありません。すっかり元どおりっすよ」
 そう言って首をさする猪熊くん。
 つなぎ目ひとつない、綺麗な首がそこにある。
 作り物の首を魂も物理的にも取り外し、それから本物の猪熊くんの頭をメリーの能力で繋ぎ合わせると、猪熊くんはすっかりと元どおりになった。
 あくまでも、うわべだけは元どおりになったのだ。
 どんなに一度切り離されてしまった頭を元にくっつけたとしても、それが一度は離れてしまったことに変わりはない。
 そして、離れた状態にもかかわらず、猪熊くんの頭がまるで繋がっている時と同じみたいに動き出したことも、紛れもない事実なのだ。
 つまるところ、猪熊くんは人間には戻れなかった。
 限りなく人間に近い見た目をした、人間ではない存在となってしまったのだ。
 そのことに、責任を感じないといえば嘘になる。
 受けた依頼はあくまでも失われた首を取り出すことであり、それが元に戻ったのであれば、彼が人間であろうとなかろうと私たちには関係のないことだ。
 けれども、やはり元の人間に戻せてあげられるならば、と思わなくもない。
 だが、猪熊くんがそのことで私たちを責めるわけでもなく、また気に病むわけでもなく、こうして元に戻ったと喜んでくれるのであれば……。
「……まあ、ともかく良かったわ。実は、玲理があれからブードゥー教の秘術による後遺症が出てないかって心配してたのよ」
「えっ、なんすか後遺症って! 聞いてないっすよ!」
「出てないならよかったわ。安心安心。はいこの話はおしまい!」
「ちょ、気になるんすけど! 蓮子姐さん!?」
 もし、彼がまたこの場所にやってくるのであれば、その時はまた話を聞いてあげることにしよう。
 それが私にとっての最大限のアフターサービスだ。
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.150簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白く楽しめました
5.90名前が無い程度の能力削除
とても楽しく読めるエンターテイメントでした。
一つはっきりとわかる影響元がありますね……
6.70名前が無い程度の能力削除
序盤はかなり重かったけど、そこからはさくさく読めてとても楽しかった。
登場人物の変人っぷりがいいですね。
7.100終身削除
暴走族の背中に捕まって殴り倒したりぶっ飛んだことをやってはっちゃけまくって自由を謳歌している秘封は見ててなんだか元気をもらえていいですね… 暴走族のカシラがなんだか常識人に見えてくるような不思議空間になんとも言えない魅力が詰まっていたと思います
8.100Actadust削除
シュールでコメディなのに、無駄にオカルトのディティールが細かいのが一層笑えるww
面白かったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
変人だらけの賑やかな世界で蓮子もメリーもイキイキと動き、とても楽しく読めました。
オカルティックな話としてもしっかりしていて、ただバカな話にとどまらない手腕がお見事です。