Coolier - 新生・東方創想話

賽は投げられたまま

2019/08/29 23:30:53
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大地の底へと穿たれていた洞窟の風穴は、深くて暗くて温かく。
ぽっかりと空いた穴の底の岩盤に、潔く叩き付けられて(あるいは一生這い出せずに)あの子は平凡な死を迎えた。
おそらくは、打ちどころが悪かったのだろう。それ以上の見解は抱かない。顔見知りだからなんだというのだ。
あの子の死の事実に対して、何らかの感慨を抱いて嘆き悲しむの行為は、的外れだと思う。お門違いだと思う。正しくないと思う。いや、曖昧な言い方はやめよう。
あの子は死はれっきとした事実だ、葬儀を執り行ったのは他ならぬ私自身だし、そこまでは認めよう。けれど、私の中ではまだ殺していないし、私の中ではまだ生きている。

「遺書一枚したためておかなかったんだ、へえ、なんて軽率。魔法使いはこれだから、頭でっかちで実践は片手落ちなんだよ」
紅魔館の主は嘆息した。卓袱台越しに、陶器のカップをゆうゆう持ち上げながら、吐き捨てるように。しかし憎しみの類は一切込められていない。
「……心当たりがあるワケ?」
職務上の関心を埋めるために聞き返した。これでも一応、妖怪退治の看板をおろしたつもりはない。
「まあね。でも普通なら、少なくとも私の親友は、先を見越して準備くらいは済ませてるんじゃないかしら。転ばぬ先のあれを体現したような生物よ、ごく普通の平均的な魔法使いっていうのはね」
「アンタのとこにいる本の虫が普通?」
「パチェは魔法使い一般のうちに入らないよ。本人はそう思い込んで、一歩も譲らないだろうけど」
レミリアは言った。呆れを愛しさで包んだような遠い瞳を、私は見逃さなかったし、きっと、独り言だったのだろう。
無視を決め込もうとしたのに、目を逸らす前に蛇の目付きで睨まれた。当て付けのように口元を歪めて、微笑んでいる。
「貴方にとって、魔理沙は魔法使い一般だったかしら?」
「……いいえ、それ未満よ。取るに足らない人間一般だったわ」

数十分前の出来事。
昼下りの雲がしばらく停滞して、晴れ間が迷子になった頃、吸血鬼とその便利なメイドが突然神社に現れた。
手土産には羊羹と紅茶。咲夜は我が物顔でうちの厨房を占拠。外来の茶葉で紅茶を沸かして、これ見よがしに貴族の高慢を見せつけたかと思えば、お茶の準備だけして忽然と姿を消してしまった。
不釣り合いにも卓袱台の上に配膳された、陶器のカップに羊羹の皿は二人分の高待遇。またしても悪巧みの相談なら、ハイカラなお湯に口をつけてしまった時点で私の立場的敗北だが、そういう予定も特には無いように見える。

「羊羹食べないの? 折角咲夜が切ってくれたのに勿体無いわ」
フォークで串刺しにされた羊羹が、目の前で円を描きながら回っている。相手は吸血鬼だし、食べ物を粗末にするな、と口に出すのすら億劫だ。
「いらない」
きっぱり跳ね除けてから、持ち主不在の羊羹がレミリアの口に吸い込まれるまでのあいだには瞬きのいとますら無かった。
「そう? とっても美味しいのに残念。ところで、一応言っておくけれど貴方も、人間一般よ。何かしらお腹に詰めないと痩せる一方。悲しむのは結構だけれど、今はまだ死んでもらっては困るな」
「あんたに言われる筋合いも義理もない」
「人付き合いを極力遠ざけてきた貴方が、魔理沙の死を嘆く義理や筋合いがあるのかしら?」
「別にないわよ。義理も道理も約束も、私たちのあいだには無かったの。だから、今こうして考えてる」
「やっぱり何も判ってない。信頼は毒。毒にしかならない。信頼という通貨の本質を判っているからこそ、妖怪は皆それぞれの手段で夜を纏う」
「……野蛮さを正当化したところで、美しい花は咲かないわよ」
「砂漠に咲く薔薇も外の世界にはあるって言うし」
「付き合いきれないわ。そういうのはあんたの家人とやんなさい」
「五百年も生きてれば、色々雑になってくるんだよ」

あの子は嘘つきだった。嘘ばかりついていた。
竹林整備との名目で山に連れて行かれたかと思えば、たけのこ掘りのダシに利用された渋い体験もあったし、幻想郷一の花火を見せてやる、などと大見得を切っておきながら、ただ一瞬の打ち上げ爆弾を見せられて、期待した分裏切られたりもして。
一銭も信用なんて出来なかったし、実際問題、根っこのない信頼なんて一銭の得にもならなかった。あの子と共有した時間が、私にとっての毒。不良債権の山。

「貴方にとっては縁遠い世界の話かもしれないけど、ねえ、霊夢?」わざとらしく親しみを込めて、吸血鬼は私の名前を指定する。「人間と違って、自然界の生き物は無駄なことはしない。必要のないことには手を出さない」
私の分の羊羹にフォ―クを突き刺しながら、レミリアは言った。矛盾した行動を間近にしながらのご高説を素直に受け取れるほど、私は人間が出来ていない。
「あんたは自然界の生き物図鑑に載ってないのよね」
「食欲の秋。人間と妖怪は別口だよ」
「へえ、意外ね。全ての行動に意味があるとかないとか、そういう与太をいつ聞かされるのかと思って、こっちは身構えていたのだけど」
私は生まれてこの方、十字架めいた救いの神とやらに会ったことがない。妖怪退治が仕事である以上、一度も見ていないモノは存在しないモノとして扱う方針。
「全ての行動に意味がなければ、貴方が困るんじゃないのかしら?」
「別に。魔理沙が転落死の末路を迎えたのは偶然の産物。騒ぐようなことじゃないわ」
「その年で現実主義? 同情ならいくらでも分けてあげられるけど、つまらない大人になるわよ」
「私はただ、あの子の死を納得して受け入れたいだけ」
「受け入れる態度とは言い難いな。偶然を必然に変えられなかった人間は星にはなれない。魔理沙の死は、これから先の未来で誰にも見つけてもらえない。数十年後の幻想郷に、あいつを覚えている人間は誰もいない」
こいつは何が言いたいのだろう。私は魔理沙の友人でも家族でもないから、喧嘩の叩き売りをされても冷たいまま。二束三文で売られていたって、魔理沙のために悲しんだり泣いたりはしない。
「……誰もじゃないわ。私が覚えているもの」
だからこれは、私の中で魔理沙を生かし続けるための反論だ。筋は通っていないだろう。
そして、吸血鬼は嘲笑うでもなく、無表情に抗うかのように微笑んだ。
「死に向かうために、生きていたことを?」

多分、特別ではなかったのだと思う。
多分、特別でありたかったのだと思う。
あの子が懸命に生きてきた十数年を守る術が判らない。
あの子が掴みかけていた特別な魔法を、生かし続ける手段が判らない。
喋れない本人が望んでいなくても。喋れない本人がそっとしておいてほしいと願っても。
魔理沙の幻想が死ぬことは許されない。

重い目蓋を持ち上げる。話し込んでいたら疲弊して、どうやら眠りに落ちてしまったらしい。
部屋に入り込む影は、すっかり闇色だった。目を凝らしてみれば、暗がりの中に浮かび上がる、まだ幼い少女の顔。紅い瞳。そのおとがいを指でなぞって、輪郭を確かめる。特段驚くことはない、妖怪の時間だった。

「……偶然その場に居合わせたモノたちの鮮やかさを、心の檻にずっと閉じ込めておくというのはね、とても骨が折れることなんだ」
まるで経験者みたいな口ぶりね。
わざわざ尋ねるまでもなく、彼女は五百年の悠久を吐き出した。
「私には耐えられなかった。だから、もう一方の私を宝石箱に閉じ込めて、堅牢に鍵をかけた。狂ってしまう前に」
他人事のように語る彼女の歴史は、彼女だけのモノだ。
はじめから今に至るまでの出来事を、寝物語に聞かせてもらうのもまた一興だけれど。
老人の話を最期まで聞いてやれるほど私は気が長くもないし、期待どおりの相槌を打ってやれるほどの親切心も切らしている。
そのかわり、教えてあげようと思う。約束をしようと思う。あの子は証拠を残せなかったから。

「それでも私は、あの子が生きていた事実を見失なわないために生きるの」

ただ、それだけのために。今度は彼女と私が生きているかぎり、一方的な約束が続いていく。続かせる。

「もし辛くなったら声を掛けて」

死ねない身体にしてあげるから。
いつにない優しさで、紅い瞳は囁いた。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
cobolan
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コメント



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1.100サク_ウマ削除
こういう雰囲気というか関係性、結構好きです
2.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
3.100ヘンプ削除
題名と、お話と。とてもよかったです。
賽は投げられたまま、というのがまた、とても良い……
4.80ルミ海苔削除
いいお話でした。
5.90封筒おとした削除
会話が素敵でした
6.100南条削除
面白かったです
なんだかんだ言いながら魔理沙のことを特別扱いしているように感じられました。
7.90小野秋隆削除
関係性の虜になりそう
10.100名前が無い程度の能力削除
良かったです
11.100終身削除
泣いたり言葉に出したりはしないけど痩せていく身体が人目にも分かるような悲しみ方をする霊夢のイメージがすごくハマってたと思います そんな霊夢を嘲けるようなレミリアの慈悲の与え方も不思議な圧力があって強烈でした