魔法使いの婆が死んだ。
最初に気づいたのは見舞いに来た人形遣いだった。最近は腰が痛くて碌に動けないというので、その姿を笑いがてらによく見舞いに行っていた。森の中にある小さな屋敷。柔らかなベッドの上で、眠るように死んでいた。
「アタシが死ぬときゃあベッドの上さ。今までたんと善行を積んできたからな」
そんな魔法使いの婆の言葉を思い出して、人形遣いは哀しいとか、驚きとか、それよりも先に笑ってしまった。
魔法使いの婆が死んだことは、天狗達によってあっという間に方々に知れ渡った。死体は屈葬ではなく荼毘に付され、骨は弟子や友人たちの手によって大半が幻想郷中に撒かれ、残った骨は隙間妖怪によって星の海に流された。
魔法使いの婆はなんやかんやと歳を重ねていくうちに、様々な騒ぎに首を突っ込み、時には綺麗に話をつけ、また時には嵐のように滅茶苦茶にして去っていった。幻想郷で知らぬ者はあまりいない。そんな彼女の話をする人間も妖怪も、大体の者は思い出しては笑っていた。
別れが済んでからしばらく経って、様々な者が婆の家を訪れた。
最初にやってきたのは紅い館の使い魔だった。主である七曜の魔女の命で、貸していた本を取りにやってきたのだった。こじんまりとした屋敷の中は確かに乱雑ではあったが、汚さを感じることはなかった。
晩年、魔法使いは本を借りることが少なくなっていた。借りたとしても、きっちりと返すことが多かった。先々代のメイド長が亡くなってから、館に来る頻度も減った。だからか貸していた本の数は意外なほどに少なく、両手両足で事足りる程度の冊数だった。
本を風呂敷で包み、使い魔は館を後にした。森を飛び立つ前に振り返る。小さな館の扉から今にも元気な彼女が飛び出してきそうで、そのしわくちゃの顔を想像してくすりと笑った。
次にやってきたのは魔法使いの弟子たちだった。
魔法使いは生涯に何人もの弟子を取った。みなしごもいたし、才の無い者もいた。そんな者たちを魔法使いは叱り飛ばし、星を見せては分け隔てなく教えた。
弟子たちは年齢も性別も様々であったが、皆魔法使いを敬愛していた。雑貨や日用品を片付けながら、弟子たちは婆の思い出を語る。そのどれもが弟子たちにとっては共感できることであり、思い出話に花を咲かせながら屋敷を丁寧に片づけた。
片付けを終え、弟子たちは館の前で頭を下げた。その中でも最年少の弟子が、箒に跨ってドアから出てきそうだと言う。その言葉で、皆笑うのだった。
ある夕暮れにやってきたのは、人形遣いだった。
随分と小綺麗になった屋敷の中を見回り、魔法使いが愛用していた安楽椅子に腰を下ろした。
魔法使いは、歳をとってからはよくここで揺られていた。婆になっても忙しない部分があったが、そんな彼女を人形遣いは気に入っていた。彼女の在り様は、まさに人間だった。
誰もいない屋敷の中で、人形遣いは椅子に揺られる。窓から見えた西日が落ちて、夜空に星が輝いたころに、人形遣いは屋敷を後にした。椅子と共に思い出にも揺られ、その顔は微かに笑みを浮かべていた。
ある朝に魔法使いの屋敷にやってきたのは、兄貴分である半人半妖だった。
魔法使いは、大半の者の前ではよく笑っていた。代わりに半妖の前ではよく泣いた。
先々代の博麗の巫女が若くして逝った時も、愛していた亭主に先立たれた時も、自身の衰えを告白する時も。彼女は皆の前では泣かずに、半妖の前で泣いた。
半妖は、人形遣いと同じように安楽椅子に腰かけ、ただ一人、誰にも気づかれないように泣いた。ひとしきり泣いた後に、屋敷を後にした。魔法使いの一生を思い出す。半妖は、幸せだった。
ある時に、当代の博麗の巫女が屋敷を訪れた。
魔法使いは、婆になってもよく巫女に世話を焼きに博麗神社を訪れていた。巫女にとって、魔法使いはまさに祖母だったのだ。一緒に修行をし、料理を作り、弾幕勝負に興じた。当代の巫女は魔法使いの前でだけは、年相応の少女でいられた。
魔法使いは幸せだったのだろうか。幸せであってほしいと思いながら、思い出に浸った巫女は屋敷を後にする。訪れた理由の一つが願掛けだった。異変を解決するために、魔法使いの弟子と共に黒幕である現人神のもとへ向かうのだ。
当代の巫女はよく不愛想と言われているが、その心の内は魔法使いや、その親友であった巫女と同じように激情を秘めていた。
いってきますと呟いて、巫女は森から飛び立つのだった。
魔法使いの婆が死んだ。
この話には続きがある。魔法使いの魂が、三途の川を渡っていないというのだ。彼女の魂がどこへ消えたのか、それは誰にもわからない。この話を聞いた知り合いたちは、死んでからも落ち着かないやつだと様々な表情を浮かべた。
今でも屋敷の扉は鍵が開いている。いつかひょっこりと帰ってくるかもしれないと。
願わくば、私もそのように多くの人に思われながら死にたいものです。
慕われていたんでしょうね
思われることはよいことですね。
魔理沙が歩んだ人生が今でも幻想郷に息づいているように感じられました。
愛されてたんだなぁ
語られるエピソードがリアルタイムで描かれるような長編だったらもっと面白かったと思うけども
おいしいお菓子としては高級品