今日、私のペットが死んだ。
もう80歳にもなる老齢のインコだった。
私の周りには100を越えるペットが居る。
たったその内の1つが死んだに過ぎない。
私はその事実をただ漠然と受け入れていた。
インコの名前はお澄と言った。
とても透き通った美しい声のインコだった。
私がはじめてペットにした子だった。
私が地霊殿に住み始めるよりも前、森の中で傷ついたあの子を保護したのが始まりだった。
お澄はボロボロになった羽を小さく震わせながら弱々しい声できょうきょう鳴いていた。
私はそんなお澄の姿を見て哀れだと思った。
生物は弱いものから死んでいく。ましてや人に飼い慣らされた動物など、この冷酷な自然の前にはなすすべなどない。
一生を籠の中で全うすれば良かったものを。
愚かにも与えられた世界を飛び出した者の末路がこれだ。
私はそんな矮小な存在に同情はしない。
弱者は弱者のまま、惨めに力尽きるのが摂理である。
それを救いたいと思うのは強者の驕りである。
弱者はそれを望んではいない。
だからこれは私のエゴだ。
飼い主に裏切られて、自然に突き放されて、世界に見放された弱者が、その身を傷つけながらも尚、生きたいと願うのは何故か。
これほどまでに冷たい世界に対し、その惰弱な身は何を求めるのか。
私はその丸い瞳が何を見ているのか知りたくなった。
私がお澄を連れ帰ってから1ヶ月程になるとお澄は目に見えて元気になった。
部屋の中をバタバタとせわしなく飛び回ったり、ふと私の肩にとまったかと思ったらまた部屋の中を飛び回ったり。
飛べる喜びを噛み締めるかのように一日中飛び回っていた。
私はその様子を日がなぼぅっと眺めていた。
お澄は何かの目的があって飛んでいるわけではない。
ただ飛んでいるだけで満たされる。
それがお澄だった。
私はその在り方そのものが理解できなかった。
楽しい、嬉しい、気持ちいい。
お澄の心はそんなことばかりだった。
生を謳歌するその姿が何か異質なもののように思えて仕方なかった。
お澄は自分のことしか考えていなかった。
お澄は誰にも媚び諂うことはしなかった。
私から餌をもらえなくなくなった瞬間に死が確定してしまうというにも関わらず、お澄はただその一瞬一瞬を生きていた。
1年過ぎる頃には、お澄は私と共に外に出るようになっていた。
私の肩にちょこんととまって、開けた青空の下でまぶしそうに太陽を見上げていた。
それでもお澄は私の肩から飛び立とうとはしなかった。
私の耳元にその頭をこすりつけるだけだった。
こそばゆいそれに私は指の腹で撫でることで応じた。
私が撫でる度に満足げに目を細めて、きょう、と一つ鳴くのだ。
誰も教えず、誰も求めていなかったその行動を、妹はいたく喜んだ。
かわいい、かわいいと言って妹はよく撫でてはお澄を鳴かせていた。
お澄もまた、十分そうに目を細めていた。
それでもお澄は妹にも私にも媚びることはなかった。
ただ、楽しいと。
その思いのみで目を細めていた。
私は一度、何故そんなに楽しいと思えるのかと尋ねたことがある。
だが、お澄は不思議そうに首を傾げて、楽しいから、と答えた。
その単純極まる思考に私は目眩がした。
何とも理解しがたいものである。
私はここで遂に思い至った。
お澄は何も考えてはいないのだと。
快不快でしか考えていないのだと。
少なくとも不快はない。
全て私が管理しているのだから、ありようない。
そうであるのならば、快の感情しか表さないのも無理はないのかもしれない。
私はもうお澄に対して何かを思うことを放棄した。
お澄が何も考えていないのであれば、私が深く考えても無駄である。
お澄が弱々しくも生きたいと願ったのは、それがお澄であったからなのだ。
それを私が理解しよういうのは無理なことである。
私は私であり彼女ではないのだから。
私はふわふわとしたお澄の頭を撫でながらそう思った。
そうしてお澄が死ぬ1日前。
昔と変わらずお澄は私の部屋を飛び回っていた。
楽しい、楽しい、と。
昔と変わらぬ綺麗な透き通った美しい声を響かせて。
きょう、きょう、と。
その様子を私はぼぅっと眺めていた。
ああ、実に楽しそうだ、と。
私は少し苦笑した。
何年、何十年経ってもお澄は変わらないのだな、と。
私は何か変わっただろうか。
世界は未だに弱者に冷たいままだ。
自然は未だに弱者に厳しいままだ。
まぶしい太陽の輝く青空にはもう出会えない地の奥底。
これは、きっと私に対しての鳥籠のようなものだろう。
私はこの世界から抜け出そうとは思わない。
私は生きたいとは願わない。
私は死にたいとも願わない。
ただ、この与えられた世界で過ごすのみだ。
お澄、もしあなたが私だったら、あなたはどうするのかしらね。
何も考えずに、ただ、この世界の外を目指すのかしら。
いえ、もしかしたらあなたにとってはどんな世界という鳥籠も小さすぎるのかもしれない。
誰にも、何にも縛られずにあの青空の向こうへ飛んでいくのでしょうね。
それがあなただものね、お澄。
今日、私のペットが死んだ。
何も憂いることもなく、満足げな表情で逝った。
その亡骸を前にした私に対し、ペットのうちの一匹であるお燐が近づいてきた。
生き物はいずれ死ぬのよ、と私は彼女にそう伝えた。
お燐はただ静かに、はい、とだけ答えた。
死んだ者はもう何も考えてない。
快も不快も表さない。
もうこの世とは何の橋がかりもない。
私は死者に同情はしない。
死者はただ地に還り世界から忘れ去られる。
それを追悼することは生者の独善である。
死者はそれを望んではいない。
だからこれは私のエゴだ。
死の直前まで自分らしく生きて、誰に媚びるでもなく、何に諂うでもなく、ただその一瞬の生を全うしたのは何故か。
何も変わらぬ世界の中で、お澄は何を見出したのだろうか。
その閉ざされた丸い目には私がどう映っていたのだろうか。
私は隣に立ったお燐の手を握ってぽつりと言った。
お澄は、私のペットで幸せだったのかしら。
お澄は応えるはずもない。彼女にはもう私の声は届かないのだから。
幸せだったと思いますよ。
代わりのつもりにお燐が答えた。
だから、もう泣かないでください、さとり様。
笑顔で、送り出してあげましょう。
お燐は私の目を拭いながら語った。
馬鹿ね、お燐。死者は何も願わない。ただ、そこに在るのみよ。
ええ、だからこれは……私のエゴね。
羽ばたきなさい、お澄。全ての鳥籠を抜け出して、あなたの目指す場所へ行くために。
私は人差し指の腹でお澄の頭を一つ撫でた。
お澄はもう、きょう、とは鳴かなかった。
全く、死んでも媚びないのね、あなたは。
私は口の端を少しだけ持ち上げて、もう一つ頭を撫でた。
もう80歳にもなる老齢のインコだった。
私の周りには100を越えるペットが居る。
たったその内の1つが死んだに過ぎない。
私はその事実をただ漠然と受け入れていた。
インコの名前はお澄と言った。
とても透き通った美しい声のインコだった。
私がはじめてペットにした子だった。
私が地霊殿に住み始めるよりも前、森の中で傷ついたあの子を保護したのが始まりだった。
お澄はボロボロになった羽を小さく震わせながら弱々しい声できょうきょう鳴いていた。
私はそんなお澄の姿を見て哀れだと思った。
生物は弱いものから死んでいく。ましてや人に飼い慣らされた動物など、この冷酷な自然の前にはなすすべなどない。
一生を籠の中で全うすれば良かったものを。
愚かにも与えられた世界を飛び出した者の末路がこれだ。
私はそんな矮小な存在に同情はしない。
弱者は弱者のまま、惨めに力尽きるのが摂理である。
それを救いたいと思うのは強者の驕りである。
弱者はそれを望んではいない。
だからこれは私のエゴだ。
飼い主に裏切られて、自然に突き放されて、世界に見放された弱者が、その身を傷つけながらも尚、生きたいと願うのは何故か。
これほどまでに冷たい世界に対し、その惰弱な身は何を求めるのか。
私はその丸い瞳が何を見ているのか知りたくなった。
私がお澄を連れ帰ってから1ヶ月程になるとお澄は目に見えて元気になった。
部屋の中をバタバタとせわしなく飛び回ったり、ふと私の肩にとまったかと思ったらまた部屋の中を飛び回ったり。
飛べる喜びを噛み締めるかのように一日中飛び回っていた。
私はその様子を日がなぼぅっと眺めていた。
お澄は何かの目的があって飛んでいるわけではない。
ただ飛んでいるだけで満たされる。
それがお澄だった。
私はその在り方そのものが理解できなかった。
楽しい、嬉しい、気持ちいい。
お澄の心はそんなことばかりだった。
生を謳歌するその姿が何か異質なもののように思えて仕方なかった。
お澄は自分のことしか考えていなかった。
お澄は誰にも媚び諂うことはしなかった。
私から餌をもらえなくなくなった瞬間に死が確定してしまうというにも関わらず、お澄はただその一瞬一瞬を生きていた。
1年過ぎる頃には、お澄は私と共に外に出るようになっていた。
私の肩にちょこんととまって、開けた青空の下でまぶしそうに太陽を見上げていた。
それでもお澄は私の肩から飛び立とうとはしなかった。
私の耳元にその頭をこすりつけるだけだった。
こそばゆいそれに私は指の腹で撫でることで応じた。
私が撫でる度に満足げに目を細めて、きょう、と一つ鳴くのだ。
誰も教えず、誰も求めていなかったその行動を、妹はいたく喜んだ。
かわいい、かわいいと言って妹はよく撫でてはお澄を鳴かせていた。
お澄もまた、十分そうに目を細めていた。
それでもお澄は妹にも私にも媚びることはなかった。
ただ、楽しいと。
その思いのみで目を細めていた。
私は一度、何故そんなに楽しいと思えるのかと尋ねたことがある。
だが、お澄は不思議そうに首を傾げて、楽しいから、と答えた。
その単純極まる思考に私は目眩がした。
何とも理解しがたいものである。
私はここで遂に思い至った。
お澄は何も考えてはいないのだと。
快不快でしか考えていないのだと。
少なくとも不快はない。
全て私が管理しているのだから、ありようない。
そうであるのならば、快の感情しか表さないのも無理はないのかもしれない。
私はもうお澄に対して何かを思うことを放棄した。
お澄が何も考えていないのであれば、私が深く考えても無駄である。
お澄が弱々しくも生きたいと願ったのは、それがお澄であったからなのだ。
それを私が理解しよういうのは無理なことである。
私は私であり彼女ではないのだから。
私はふわふわとしたお澄の頭を撫でながらそう思った。
そうしてお澄が死ぬ1日前。
昔と変わらずお澄は私の部屋を飛び回っていた。
楽しい、楽しい、と。
昔と変わらぬ綺麗な透き通った美しい声を響かせて。
きょう、きょう、と。
その様子を私はぼぅっと眺めていた。
ああ、実に楽しそうだ、と。
私は少し苦笑した。
何年、何十年経ってもお澄は変わらないのだな、と。
私は何か変わっただろうか。
世界は未だに弱者に冷たいままだ。
自然は未だに弱者に厳しいままだ。
まぶしい太陽の輝く青空にはもう出会えない地の奥底。
これは、きっと私に対しての鳥籠のようなものだろう。
私はこの世界から抜け出そうとは思わない。
私は生きたいとは願わない。
私は死にたいとも願わない。
ただ、この与えられた世界で過ごすのみだ。
お澄、もしあなたが私だったら、あなたはどうするのかしらね。
何も考えずに、ただ、この世界の外を目指すのかしら。
いえ、もしかしたらあなたにとってはどんな世界という鳥籠も小さすぎるのかもしれない。
誰にも、何にも縛られずにあの青空の向こうへ飛んでいくのでしょうね。
それがあなただものね、お澄。
今日、私のペットが死んだ。
何も憂いることもなく、満足げな表情で逝った。
その亡骸を前にした私に対し、ペットのうちの一匹であるお燐が近づいてきた。
生き物はいずれ死ぬのよ、と私は彼女にそう伝えた。
お燐はただ静かに、はい、とだけ答えた。
死んだ者はもう何も考えてない。
快も不快も表さない。
もうこの世とは何の橋がかりもない。
私は死者に同情はしない。
死者はただ地に還り世界から忘れ去られる。
それを追悼することは生者の独善である。
死者はそれを望んではいない。
だからこれは私のエゴだ。
死の直前まで自分らしく生きて、誰に媚びるでもなく、何に諂うでもなく、ただその一瞬の生を全うしたのは何故か。
何も変わらぬ世界の中で、お澄は何を見出したのだろうか。
その閉ざされた丸い目には私がどう映っていたのだろうか。
私は隣に立ったお燐の手を握ってぽつりと言った。
お澄は、私のペットで幸せだったのかしら。
お澄は応えるはずもない。彼女にはもう私の声は届かないのだから。
幸せだったと思いますよ。
代わりのつもりにお燐が答えた。
だから、もう泣かないでください、さとり様。
笑顔で、送り出してあげましょう。
お燐は私の目を拭いながら語った。
馬鹿ね、お燐。死者は何も願わない。ただ、そこに在るのみよ。
ええ、だからこれは……私のエゴね。
羽ばたきなさい、お澄。全ての鳥籠を抜け出して、あなたの目指す場所へ行くために。
私は人差し指の腹でお澄の頭を一つ撫でた。
お澄はもう、きょう、とは鳴かなかった。
全く、死んでも媚びないのね、あなたは。
私は口の端を少しだけ持ち上げて、もう一つ頭を撫でた。
さとり様、どうか……
世界を楽しんで逝ったペットが印象に残りました
閻魔に恋の報告をしていたやつと同一人物とは思えませんでした