Coolier - 新生・東方創想話

音楽

2019/08/05 07:25:57
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 丑三つ時かな。私は夜の町を歩いている。夜といってもそれは閑散とした夜で、きらびやかな都会の喧騒や駅前のいやらしさとは違う、本当にただただ閑散としていて、そう、永遠にどこまでも続いているんじゃないかと思うような夜を、歩いている。歩くに至った経緯というのは考えるまでもない。考えるまでもないと言うよりは、形容する言葉をもっていないだけで、ともすれば、足が勝手に動いたとただそれだけの話だ。私が歩くこの町というのはいわゆる街路というやつで、時化た木造住居の中にはちらほらと、お父さんが必死に稼いで働いて構えた新居もちらほらとある。建物の一つ一つは低いが不思議なことに空は狭い。それでも、本当に遠くのほうに月が見えるよ。肉眼で見た月のしょぼさっていうのは言うまでもないから、そんなときには月と鼈なんて言葉を持ち出して端的な絶望感を明るい部屋の中でかみしめて、眠れない人もいるんじゃないかと私は思う。
 だからやっぱり案の定、眠れないカーテンの隙間から漏れる部屋の明かりっていうのがたくさんあって、私はそのカーテンの向こうの眠れない人たちにわかってるよって言ってあげたい。あんたがどれだけの苦悩を持っていても、ともすれば半分発狂をして、それでまた普通になってを繰り返すうちに朝になることを私は知っているし、きっと君の家に請求書を届けに来る郵便配達のお兄さんも、それをわかってるんじゃないかな。私はね、あんたはそれでいいと思うよ。あんたそれで素晴らしいと思うよ。だって私もわかってるからさ。それに加えて、きっと眠って朝が来て、目が覚めたならあんた普通になってるから、その時に昨夜の自分の半狂乱を思い出してはにかんだりするんだよ。それって本当に素晴らしくて愛らしいことだと私は思うんだ、私は。何が言いたいかと言えば、本当に、まぁ、明けない夜はないなんて言葉になるのかな。ほら、そうこうしないうちに夜もだんだんと白んできた。だから、そのうちに郵便配達のお兄さんが来るよ。そしたらさ、手を振ってやってやったらいいよ。あんただけじゃなくて配達のお兄さんだってさ。でも不毛だよね。私はそういった軒先に立って、窓から漏れるカーテンに遮られたら小さな灯りを眺めながら、立ち止まることもなくそれを考えることしかできない。念動力でもってあんたの頭に直接私の気持ちを流し込めたらなって思うけど、それは恥ずかしいし、ともすれば、なんらかの犯罪になるかもしれないから、やらないよ。でもね、わかってるから。大丈夫だから。私はね、そう思うよ。
 この街は海が近いから、海沿いのコンビニっていうのはやたらと虫が多いんだな。地を這うのや空を飛ぶのや、まぁ、どれもそこまでの害のある虫と言うわけでは無いけど、どうしてかやたらとでかい。それは明確な恐怖だったはずなんだけど、今では何か愛着に近い感情が湧いてくるんだ。とはいえもちろんいまだって、怯えながら、踏まないように、彼らの営みの邪魔をしないように、コンビニエンスストアのドアを念動力でもって開けせしめたり、するんだけどね。でもきっと、私はホットスナックが好きだなぁ。唐揚げとかコロッケとかメンチカツとか、そういうんじゃなくて、エルだかファミだか、ようわからんチキンが好きだ。迷った時は何も考えずにレジまで行ってそれを頼むよ。今だってそうしたし、きっとこれからだって、そうなんだと思うよ。
 私はコンビニで購入したそれらを公園で食べようと思ったんだけれど、昔よく遊んだ北公園や中央公園というのは、いま歩くにはすこし遠くて、結局、家に帰ることにした。帰途の道中道すがら、本当に、なんだろうね。そこまでお金持ちじゃない家っていうのかな。木造の住居に、本当に小さい庭があって、その中に二、三の鳥かごがあるんだ。かごというよりはケースなんだけど、たしかな名称はわからない。ただ、その小さな庭は赤土だったよ。その例のケースと言うのはみすぼらしい格子が開け放たれていて、鶏が、その小さな庭にいたんだよ。ひょこひょこ歩いていて、クックって、私には発音しにくい声で、喉を鳴らしてた。その鶏っていうのが私は好きでさ。いや、今まではそんなに好きでもなんでもなかったんだけどね。やつがね、いたずらに羽をばたつかせるんだよ。空に向かって羽をばたつかせてるだけなんだよ。それが本当に素晴らしくて滑稽で、なんというか、希望みたいに思った。この日出ずることのない国でもって、私はそれを愛せる気がしたんだよ。この国の、いろんなダサい文化も愛せるような気がしたんだ。明日、明日にしたって、私は愛せるような気がした。
 そうして家に着く頃には私はすごく普通な、人間然とした人間になっていたけれど、カーテン側のソファーに座って、ただ何も考えずにぼんやりとしていたら、なんだかとても本当に、満ち足りたような気持ちになった。カーテンから差し込む陽光は、家を出た頃に比べるともちろんずいぶん強くなっていたから、部屋の中の舞う埃を薄っぺらい直方でもって、照らすんだなぁ。私はその、部屋に差し込む陽の光でもって照らされた埃というのが、以前からずっと大好きなんだよ。今だって相変わらず好きなままなんだけど、どういうわけだろうね。たしかに優しく私を蝕んでいく睡魔があるのに、なんだかそれに従わずに、ずっとこのまま永遠に、永遠にこうしてぼんやりとしていられればいいなと思った。眠るたびに私が訪れる夢の世界が、なんだか今は必要ないような、そんな気がした。それは今の私の精神状態でもってそこへ行くのが不釣り合いだとか、本当にこれからの生涯必要ないとか、そういう湿っぽい話じゃなくて、ただじっと、じっとしていたいと、それが今の私の幸福なんだって、そう思ったよ。
 例のカーテンの向こうの彼も、もう眠ってしまっただろうか。郵便配達のお兄さんも仕事を終えて、家に帰って眠ってしまっただろうか。でも大丈夫だよ。あんたらの昨日は私にとって、まだ今日だから。あんたらの知らない幻想郷なんて行かずに、できる限り、このままでいようと思うからさ。
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コメント



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2.100モブ削除
ぱっと見ると明るい作品のように感じるのに、多分これは緩慢な自殺をしているのではないかと思えるような刹那的なものを感じました。きっとまだ惰眠の素晴らしさを知らない董子は若いのだなあと思います。
3.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
4.100ヘンプ削除
なんだろう、ものすごく儚く感じました。
5.100南条削除
面白かったです
作品を開いた瞬間画面が文字で埋まっててうわっと思いはしましたが、読み進めていくうちに夢中になってしまいました。
6.90封筒おとした削除
退廃的というのでしょうか
読んでてなんとなく寂しくなりますね……
8.100終身削除
少し遠いところからまるで空を飛んで見下ろしているみたいな視点の中にけれども確かな暖かさがあるような印象を受けました 向こう側の奇々怪々にもこちら側の日常にも満たされているような途方もない幸せを感じました