あらかじめ、注意書きです。この話のわた古明地さとりはちょっとおかしいですが、あくまで架空のさとりであることをご了承ください。また、古明地こいしは出てきません。
私は古明地さとり。古明地家のさとりさんだ。地霊殿の主として長い間君臨している。そしてその生活が始まったのと同じぐらいの時期に妹のこいしは私のそばからいなくなってしまった。……ええ、ちょっとはっきりしないのだけど、たぶん同じぐらいの時期だったと思うけど、どうだったかしら、ねえ、こいし?
人生の初めの頃は確かにこいしと一緒にいた。成長するに連れ、私は気にしていなかったことだけど、彼女にとっては生きるのにつらいことが多かったようで、まるであの子は……私と真逆のような存在になってしまった。いや、最初からそうだったのかもしれない。心を読める能力を、私は読める能力として使っていたが、彼女は見えてしまう能力と思っていたらしい。らしいというより、まあ、世の中の色々なことに傷ついていたことは知っていたんですけども。
ごめんなさい、こいし。私がもっとあなたの心の傷をちゃんと癒やしてあげられていたら。自分が全然傷ついてないばっかりにあまりにも鈍感になってしまっていたみたい。私ってちょっと変わってるのかしら? それともあなたが変わっているの? こいしの能力は無意識の能力になって私ですら意識していないとわからなくなるようになってしまった。
朝起きて、身だしなみを整えてから用意されていた食事をとる。こいし、あなたは何が食べたい? 卵を食べる? サラダもあるけど……あなたは野菜ばかり食べてたものねえ。私も肉はどっちかというと好きな方じゃなかったけど。でもお肉やお魚の料理もよく作っている。ペットたちだって肉しか食べない子も多いしね。
「さとり様、考え事してないで早く食べてください」
火焔猫燐がエプロンをしたまま「もう!」と言わんばかりにこちらを見ている。
「ああ、今日はお燐が片付け当番だったかしら。私は食べるのが遅いのよ、知ってるでしょ。それに、そろそろこいしが戻ってくるような気がするから」
「さとり様、こいし様が戻ってくるっていつも言ってますよね」
「いつも言ってないと忘れちゃうし見失っちゃうのよね。もう習慣だと思って諦めてちょうだい」
「そりゃあ、私もこいし様に気がつけるように気をつけたいですけど……」
主思いなお燐といえど、私ほどにはこいし狂いにはなれない様子。いや、それは、私がおかしいだけで、お燐ぐらいですごく忠猫といって間違いない。ねえ、こいしこいしこいしこいし。
「いるんでしょ? こいし。ほら、そこに」
私は脈絡もなく椅子から立ち上がって身構え、パッと何もない空間に手を伸ばし掴みかかる。だが、どうやらいないようだった。
「さとり様」
その様子を見てお燐が涙ぐむ。
「おいたわしや、ですか。同情しなくていいですよ。別に私は猫みたいな……なんとか現象でやってるわけじゃないんですから。実在の妹を捕まえようとしてるだけです。ああ、フェレンゲルシュターデン現象ですっけ?」
「いや、そんな現象私は知りませんよ……」
こいしのことはさておきテレビを見ることにした。テレビというのは、別にブラウン管の画面に電波を受信してみるあのテレビではない。今日はネズミを抱えて私の膝で眠らせた。眠ったら動物も夢を見る。それを私が見る。他人の夢というのは案外面白い。小動物の夢なんか質が悪いと思うかもしれないけど、実際には彼が生きてきた以上のものが見られる。おそらくは種族の記憶というものが混線してきているのだと私は考えている。行ったことがないはずの、ジャングルとかサバンナとか、そういったものが見えるからだ。それに、単にこの地霊殿をうろうろしてるだけの映像でも、視点が小さいから大冒険に見えるのだ。時々おかしな未確認飛行物体が飛んでいるのとかが見えたりもする。ねえこいし、一緒に見ましょうこいし。面白いですよ。ちょっと目を開けるだけでいいんです。どう? だめか。こいし、いないのかな? おーい。おーいおーい、こいしー。おーいおーい。
「あっ、さとり様」
ずかずかとなんの気なしに入ってきた霊烏路空が私を見つけてびっくりしている。
「なんですかお空。さとり様はいつも賢そうだなぁ……ですか。その通りですと言いたいところですが、そうでもないですよ」
「どうして?」
「そろそろこいしが来そうな気がしているんです。けど、なかなか捕まえられなくて」
「そうなんだ。こいし様が……」
「それはまた面倒な時のさとり様に当たっちゃったな、ですか。悪かったですね。別にいいですよ。あなたには絡みませんから」
「それはそれで寂しい」
「なら一緒にこいしを呼びましょう。さあ、現れなさいこいし、いでよこいし。ベントラー、ベントラー!」
「いきなり何を言い出すの?」
「動揺しすぎですよ、お空。これは冗談です。こいしじゃなくてUFOを呼ぶ呪文でしたね」
「UFOって何ですか」
「えっ、知らない? しばらく前に幻想郷でもいっぱい飛んでたみたいですけど。お空の場合は本当に知らないのか忘れたのかよくわかりませんね……」
まあ、いいか。お空と余計な話をしていたおかげで眠っていたネズミもいつの間にか逃げてしまっていた。いけない。危機感を覚えた私は改めてこいしのことを思い出す。こいしこいしこいしいるのいないの。実は今いたけどもう帰っちゃったとかだったらどうしよう。帰ってくるべき家はここなのよこいし。
頭が煮えてきたので外に出て散歩を始めた。私が最近よく行くし今日も向かったのは撞球場。色んな連中がビリヤードをやっている。何が面白いかっていうと、彼ら色んなことを考えてあの球に当ててああやって飛ばしてああやって落とそうとか、色々計画は立てているけど、全然その通りにいかないこと。あの人達本当に下手だから。でもその必死さがおかしくて、おかしくて笑ってしまう。そうすると彼らはとても嫌そうな顔をするし実際帰ってほしいとか思ってる。まあそれを見て私は満足して帰りますけどね。お姉ちゃんはやらないのかですって? 私がやるわけないじゃないですか。こいし。こいしいる? こいしがやるなら私も見るよ。絶対笑わないし。楽しいからやりましょうよ、こいし。私はやらないけど。
そんな挙動不審な私を見た野良妖怪(雌)が隣の同じようなのとひそひそ話をしている。声は聞こえないけど、視力がいいので心は見える。
「見てよ、あの地霊殿の妖怪、今日は一段と変というか、どうしたんだろう?」
「ああ、あれはたまにああなるんだよ。理由はよくわからないけど、妹がいるとかなんとか」
「へえ、妹さんなんていたんだ。でも見たことも聞いたこともなかったな。あれが姉じゃ大変だろうな……」
彼女たちのやり取りはいつも私に笑われていることへの反感が多分に入っている。あと私自身で嫌味に脚色している。とにかくそれで本来聞こえない言葉に勝手に不愉快に感じた私は撞球場の隅を歩いて近づいていった。横切らなかったのは、ちょっとだけ遠慮した。
「あなた、私の噂は余計なお世話ですよ。特に妹のことは関係ないじゃないですか?」
「あら、ごめんなさい。悪気があったわけじゃないんだけど、配慮が足りなかったですわ」
「いいんですよ。でも、この件は弾幕ごっこで勝負をつけましょう。こいしも弾幕ごっこは好きですから、寄ってくるかもしれません」
「えっ、弾幕ごっこはいいけど、こんな狭いところでやるの?」
スペルカード。想起『母親』!
「いやああそれはやめて!」
「あら残念。あなたのお母さんの顔を見てみたかったのに……」
宣言するだけで野良妖怪は一発で降参した。勝負が早すぎるとこいしが出てくる暇がないんじゃないだろうか。やることもなくなったので私はその場を立ち去った。
それほど歩きたくなかったので、近くの喫茶店に入ってコーヒーを飲んだ。眠れなくなりやすいからあまり夜は飲まないが、いつも暗い地底とはいえまだ寝るには早い時間帯だ。私は砂糖とミルクをいっぱい入れて飲む。黒くて透き通ったコーヒーにミルクを入れた瞬間、白い煙のように動くのを見るのは好きだ。ただそれはほんの僅かの時間で、完全に茶色になったコーヒーは美しくはないが、甘い。こいしはどうしてただろうか。こいしはそもそもあまり飲まなかったような気がする。あの子はいつも元気だったから、眠気を覚ましたりする必要もなかったのかもしれない。起きてるうちは一生懸命走り回って、眠くなったら寝る、本当に子供のようだったから。さあ、お姉ちゃんだって今ならまだ起きられる。ずっと遊んであげられるから、出てきなさいこいし。こいしいないの? いないの? こいし?
さすがの私といえど、何時間もその店にいるわけにはいかない。やむなく放浪することになった。そもそも、この地底に行くべきところがそんなにない、こいしが面白がるようなものが少ないのかもしれない。どうだろうか? そのせいで帰ってこないのだとしたら……でもいったい何を作ればいいんだろう。地上の幻想郷が色んな人達が多すぎて面白すぎて帰ってくる気になれないのはわからないでもない。でも私は地霊殿の主で地底にいる方がいい。となるともう、幻想郷を滅ぼすしかない! ……だが、それはまだ当分先にしておきましょう。お空も似たようなことをしようとして痛い目にあいましたし。……っていうより私、お空と同レベルの発想になりかけたのかしら? 若干ショックだわ……いや、お空に失礼ね……。そもそも、あれはあの神様達がいけない。こいしはあの神社にも入り浸っているみたいだし……そんなの、妬ましいわ……。
いない間にこいしが戻ってきてることも考えられた。外でたまたま会う確率を考えたのと、逆に私がいないからこそ実は家に戻ってくるんじゃないかという発想もあって、そのフェイントであえて外にでかけたわけですが、もういいだろうと地霊殿に戻ることにした。帰ったけどやはりこいしはいなかった。いや、まだわからない。敷地内を探してみよう。ネズミさん達にも聞いてみるとしましょう。
廊下の角を曲がるたびにこいし!と呼びかけて何かに掴みかかる。が、だめだ。空を切るばかり。お空にも間違えてしがみついてしまった。この子は……まったく体だけは大きく成長したものね。
「さとり様は成長しないの?」
お空が無邪気というか悪く言うとアホの子のような表情で聞いてくる。私は真面目な顔をしてそれに答える。
「いいですか、お空。人には聞いてはいけない、触れてはいけない部分というのがあるんですよ」
「へー……」
感心しているお空をその場に置き捨てて私はまた自分の奇行を続けた。こいし、こいしこいし。
「さあ、お風呂に入ろうかな。覗かれたらお姉ちゃん困っちゃうな。でも一緒に入るのも悪くないかもね」
言いながら普通にお風呂場に来た。ここ地霊殿は温泉が引かれていて、場所もかなり広く取ってあって象が入っても大丈夫、なぐらい広い。
「さ、まずは湯船に浸かる前に体を洗ってあげましょう、頭も洗いますからね。私の前に座って、こいし。シャンプーハットを乗せましょうね」
私はこいしのためのそれを手に取って、何もない空間に置いた。ぽとりと落ちた。
だめだった。今日はこいしは来なかった。来るような気がしていたんだけど。ベッドに潜り込みながら今日のことを思い出した。これだけこいしのことばかり意識して動き回ってたのに……残念です。私がこれほど動くのはめったにないことだったのに。予感がしていたのに。まあ、どれだけ頑張っても、いないものは仕方がないことでしょう。それにしても……かなり恥ずかしかった気がします。冷静に考えたらだめだとは思いつつも、こうしてベッドに入ると色々と考えてしまいます。だめ、だめ。これじゃまた眠れなくなる。いつも眠るのは苦手なんですけど。こいしがいた頃はこうじゃなかった。一緒に隣に寝てたらすぐに眠れていたのに。ひとりだとだめなのかなぁ。そうだ、こいしを数えながら寝るとしましょうか。こいしが一匹、こいしが二匹、あ、人だった。こいしが三人……すやぁ。
私は古明地さとり。古明地家のさとりさんだ。地霊殿の主として長い間君臨している。そしてその生活が始まったのと同じぐらいの時期に妹のこいしは私のそばからいなくなってしまった。……ええ、ちょっとはっきりしないのだけど、たぶん同じぐらいの時期だったと思うけど、どうだったかしら、ねえ、こいし?
人生の初めの頃は確かにこいしと一緒にいた。成長するに連れ、私は気にしていなかったことだけど、彼女にとっては生きるのにつらいことが多かったようで、まるであの子は……私と真逆のような存在になってしまった。いや、最初からそうだったのかもしれない。心を読める能力を、私は読める能力として使っていたが、彼女は見えてしまう能力と思っていたらしい。らしいというより、まあ、世の中の色々なことに傷ついていたことは知っていたんですけども。
ごめんなさい、こいし。私がもっとあなたの心の傷をちゃんと癒やしてあげられていたら。自分が全然傷ついてないばっかりにあまりにも鈍感になってしまっていたみたい。私ってちょっと変わってるのかしら? それともあなたが変わっているの? こいしの能力は無意識の能力になって私ですら意識していないとわからなくなるようになってしまった。
朝起きて、身だしなみを整えてから用意されていた食事をとる。こいし、あなたは何が食べたい? 卵を食べる? サラダもあるけど……あなたは野菜ばかり食べてたものねえ。私も肉はどっちかというと好きな方じゃなかったけど。でもお肉やお魚の料理もよく作っている。ペットたちだって肉しか食べない子も多いしね。
「さとり様、考え事してないで早く食べてください」
火焔猫燐がエプロンをしたまま「もう!」と言わんばかりにこちらを見ている。
「ああ、今日はお燐が片付け当番だったかしら。私は食べるのが遅いのよ、知ってるでしょ。それに、そろそろこいしが戻ってくるような気がするから」
「さとり様、こいし様が戻ってくるっていつも言ってますよね」
「いつも言ってないと忘れちゃうし見失っちゃうのよね。もう習慣だと思って諦めてちょうだい」
「そりゃあ、私もこいし様に気がつけるように気をつけたいですけど……」
主思いなお燐といえど、私ほどにはこいし狂いにはなれない様子。いや、それは、私がおかしいだけで、お燐ぐらいですごく忠猫といって間違いない。ねえ、こいしこいしこいしこいし。
「いるんでしょ? こいし。ほら、そこに」
私は脈絡もなく椅子から立ち上がって身構え、パッと何もない空間に手を伸ばし掴みかかる。だが、どうやらいないようだった。
「さとり様」
その様子を見てお燐が涙ぐむ。
「おいたわしや、ですか。同情しなくていいですよ。別に私は猫みたいな……なんとか現象でやってるわけじゃないんですから。実在の妹を捕まえようとしてるだけです。ああ、フェレンゲルシュターデン現象ですっけ?」
「いや、そんな現象私は知りませんよ……」
こいしのことはさておきテレビを見ることにした。テレビというのは、別にブラウン管の画面に電波を受信してみるあのテレビではない。今日はネズミを抱えて私の膝で眠らせた。眠ったら動物も夢を見る。それを私が見る。他人の夢というのは案外面白い。小動物の夢なんか質が悪いと思うかもしれないけど、実際には彼が生きてきた以上のものが見られる。おそらくは種族の記憶というものが混線してきているのだと私は考えている。行ったことがないはずの、ジャングルとかサバンナとか、そういったものが見えるからだ。それに、単にこの地霊殿をうろうろしてるだけの映像でも、視点が小さいから大冒険に見えるのだ。時々おかしな未確認飛行物体が飛んでいるのとかが見えたりもする。ねえこいし、一緒に見ましょうこいし。面白いですよ。ちょっと目を開けるだけでいいんです。どう? だめか。こいし、いないのかな? おーい。おーいおーい、こいしー。おーいおーい。
「あっ、さとり様」
ずかずかとなんの気なしに入ってきた霊烏路空が私を見つけてびっくりしている。
「なんですかお空。さとり様はいつも賢そうだなぁ……ですか。その通りですと言いたいところですが、そうでもないですよ」
「どうして?」
「そろそろこいしが来そうな気がしているんです。けど、なかなか捕まえられなくて」
「そうなんだ。こいし様が……」
「それはまた面倒な時のさとり様に当たっちゃったな、ですか。悪かったですね。別にいいですよ。あなたには絡みませんから」
「それはそれで寂しい」
「なら一緒にこいしを呼びましょう。さあ、現れなさいこいし、いでよこいし。ベントラー、ベントラー!」
「いきなり何を言い出すの?」
「動揺しすぎですよ、お空。これは冗談です。こいしじゃなくてUFOを呼ぶ呪文でしたね」
「UFOって何ですか」
「えっ、知らない? しばらく前に幻想郷でもいっぱい飛んでたみたいですけど。お空の場合は本当に知らないのか忘れたのかよくわかりませんね……」
まあ、いいか。お空と余計な話をしていたおかげで眠っていたネズミもいつの間にか逃げてしまっていた。いけない。危機感を覚えた私は改めてこいしのことを思い出す。こいしこいしこいしいるのいないの。実は今いたけどもう帰っちゃったとかだったらどうしよう。帰ってくるべき家はここなのよこいし。
頭が煮えてきたので外に出て散歩を始めた。私が最近よく行くし今日も向かったのは撞球場。色んな連中がビリヤードをやっている。何が面白いかっていうと、彼ら色んなことを考えてあの球に当ててああやって飛ばしてああやって落とそうとか、色々計画は立てているけど、全然その通りにいかないこと。あの人達本当に下手だから。でもその必死さがおかしくて、おかしくて笑ってしまう。そうすると彼らはとても嫌そうな顔をするし実際帰ってほしいとか思ってる。まあそれを見て私は満足して帰りますけどね。お姉ちゃんはやらないのかですって? 私がやるわけないじゃないですか。こいし。こいしいる? こいしがやるなら私も見るよ。絶対笑わないし。楽しいからやりましょうよ、こいし。私はやらないけど。
そんな挙動不審な私を見た野良妖怪(雌)が隣の同じようなのとひそひそ話をしている。声は聞こえないけど、視力がいいので心は見える。
「見てよ、あの地霊殿の妖怪、今日は一段と変というか、どうしたんだろう?」
「ああ、あれはたまにああなるんだよ。理由はよくわからないけど、妹がいるとかなんとか」
「へえ、妹さんなんていたんだ。でも見たことも聞いたこともなかったな。あれが姉じゃ大変だろうな……」
彼女たちのやり取りはいつも私に笑われていることへの反感が多分に入っている。あと私自身で嫌味に脚色している。とにかくそれで本来聞こえない言葉に勝手に不愉快に感じた私は撞球場の隅を歩いて近づいていった。横切らなかったのは、ちょっとだけ遠慮した。
「あなた、私の噂は余計なお世話ですよ。特に妹のことは関係ないじゃないですか?」
「あら、ごめんなさい。悪気があったわけじゃないんだけど、配慮が足りなかったですわ」
「いいんですよ。でも、この件は弾幕ごっこで勝負をつけましょう。こいしも弾幕ごっこは好きですから、寄ってくるかもしれません」
「えっ、弾幕ごっこはいいけど、こんな狭いところでやるの?」
スペルカード。想起『母親』!
「いやああそれはやめて!」
「あら残念。あなたのお母さんの顔を見てみたかったのに……」
宣言するだけで野良妖怪は一発で降参した。勝負が早すぎるとこいしが出てくる暇がないんじゃないだろうか。やることもなくなったので私はその場を立ち去った。
それほど歩きたくなかったので、近くの喫茶店に入ってコーヒーを飲んだ。眠れなくなりやすいからあまり夜は飲まないが、いつも暗い地底とはいえまだ寝るには早い時間帯だ。私は砂糖とミルクをいっぱい入れて飲む。黒くて透き通ったコーヒーにミルクを入れた瞬間、白い煙のように動くのを見るのは好きだ。ただそれはほんの僅かの時間で、完全に茶色になったコーヒーは美しくはないが、甘い。こいしはどうしてただろうか。こいしはそもそもあまり飲まなかったような気がする。あの子はいつも元気だったから、眠気を覚ましたりする必要もなかったのかもしれない。起きてるうちは一生懸命走り回って、眠くなったら寝る、本当に子供のようだったから。さあ、お姉ちゃんだって今ならまだ起きられる。ずっと遊んであげられるから、出てきなさいこいし。こいしいないの? いないの? こいし?
さすがの私といえど、何時間もその店にいるわけにはいかない。やむなく放浪することになった。そもそも、この地底に行くべきところがそんなにない、こいしが面白がるようなものが少ないのかもしれない。どうだろうか? そのせいで帰ってこないのだとしたら……でもいったい何を作ればいいんだろう。地上の幻想郷が色んな人達が多すぎて面白すぎて帰ってくる気になれないのはわからないでもない。でも私は地霊殿の主で地底にいる方がいい。となるともう、幻想郷を滅ぼすしかない! ……だが、それはまだ当分先にしておきましょう。お空も似たようなことをしようとして痛い目にあいましたし。……っていうより私、お空と同レベルの発想になりかけたのかしら? 若干ショックだわ……いや、お空に失礼ね……。そもそも、あれはあの神様達がいけない。こいしはあの神社にも入り浸っているみたいだし……そんなの、妬ましいわ……。
いない間にこいしが戻ってきてることも考えられた。外でたまたま会う確率を考えたのと、逆に私がいないからこそ実は家に戻ってくるんじゃないかという発想もあって、そのフェイントであえて外にでかけたわけですが、もういいだろうと地霊殿に戻ることにした。帰ったけどやはりこいしはいなかった。いや、まだわからない。敷地内を探してみよう。ネズミさん達にも聞いてみるとしましょう。
廊下の角を曲がるたびにこいし!と呼びかけて何かに掴みかかる。が、だめだ。空を切るばかり。お空にも間違えてしがみついてしまった。この子は……まったく体だけは大きく成長したものね。
「さとり様は成長しないの?」
お空が無邪気というか悪く言うとアホの子のような表情で聞いてくる。私は真面目な顔をしてそれに答える。
「いいですか、お空。人には聞いてはいけない、触れてはいけない部分というのがあるんですよ」
「へー……」
感心しているお空をその場に置き捨てて私はまた自分の奇行を続けた。こいし、こいしこいし。
「さあ、お風呂に入ろうかな。覗かれたらお姉ちゃん困っちゃうな。でも一緒に入るのも悪くないかもね」
言いながら普通にお風呂場に来た。ここ地霊殿は温泉が引かれていて、場所もかなり広く取ってあって象が入っても大丈夫、なぐらい広い。
「さ、まずは湯船に浸かる前に体を洗ってあげましょう、頭も洗いますからね。私の前に座って、こいし。シャンプーハットを乗せましょうね」
私はこいしのためのそれを手に取って、何もない空間に置いた。ぽとりと落ちた。
だめだった。今日はこいしは来なかった。来るような気がしていたんだけど。ベッドに潜り込みながら今日のことを思い出した。これだけこいしのことばかり意識して動き回ってたのに……残念です。私がこれほど動くのはめったにないことだったのに。予感がしていたのに。まあ、どれだけ頑張っても、いないものは仕方がないことでしょう。それにしても……かなり恥ずかしかった気がします。冷静に考えたらだめだとは思いつつも、こうしてベッドに入ると色々と考えてしまいます。だめ、だめ。これじゃまた眠れなくなる。いつも眠るのは苦手なんですけど。こいしがいた頃はこうじゃなかった。一緒に隣に寝てたらすぐに眠れていたのに。ひとりだとだめなのかなぁ。そうだ、こいしを数えながら寝るとしましょうか。こいしが一匹、こいしが二匹、あ、人だった。こいしが三人……すやぁ。
古明地こいしというのが本当に居るのかどうかも怪しくなってくる
とち狂ってるお姉ちゃんがよかったです
こいしちゃん以上に奔放な奴でした
後からこんなこと言うのはあれですが書いた私も考えてなかった色んなことを書いてもらえて私自身も読んでて面白いです。
大感謝です