「私今日死ぬよ」
先々代の博麗霊夢が死んで数十年ばかり経った頃、霧雨魔理沙は私にそう言った。そんな要因があったとは幾ばくか思案しても全く思わなかった。いつも湿度の低い爽やかな夏のような奴だった。何かに付けて魔理沙を食べたがっていた私にそれを言うのは、つまりそういうことなのだろうと思った。土産に苺を持っていた魔理沙は、いつものようなにこやかな顔ではなかった。昼の森の暗がりで涼んでいた私の前に現れて、開口一番の事だった。
「なんで」
「寿命だ」
「はぁ?」
「霧雨魔理沙は寿命で死ぬんだ。理屈じゃない」
「ふうん。どこでどうやって死ぬつもり」
「今ここで。お前私を食え」
「待って、性急すぎる。昨日私とあなたが何をしてたか覚えてる?」
「線香花火で遊んだ」
「そのもう数日前は」
「霊夢と萃香と4人で徹麻した」
「その数週間前は」
「暇だったから二人で紅魔館を荒らしに行った」
「ほら、何の前触れもない。その紅魔館の主でもあるまいし、そうか、やっと来たのか霧雨魔理沙、さあ早くその首をこっちに差し出せとかならないでしょ」
「でももう決めたことだ」
「決めたって?」
「ごちゃごちゃうるさいな。別にお前じゃなくてもいい。本当にレミリアの処にいくのでも、一人で死ぬのでも」
「わかった。まって。明日。明日でいい?」
「明日?今日何かするのか?」
「違う。あなたが明日まで私に付き合うんだよ。それくらいの我がままは許してくれるでしょ」
「別にいいけど」
「じゃあ今から屋台でも行こ」
「ああ、ルーミア。明日だぜ。約束だ」
魔理沙はさっきまでの冷たい顔が嘘のように、いつもの愛想を振りまいた。それに何の違和感も抱けないことに、寧ろ体のこわばる思いをした。屋台でミスティアに魔理沙が死ぬことにしたらしいと話したら、少し驚いていたものの、しかしそういうこともあるのかもしれないなという態度だった。私が魔理沙を食べること自体は悪くない。ただ腑に落ちないという感情が勝ち過ぎていた。これで魔理沙を食べたとしても、それは何か私の中に目障りで重いものを残す結果になるだろうと思った。魔理沙が死ぬ理由に思い当たる節は無かった。それでも何かあるとすればそれは先々代の霊夢の死であったかもしれない。奴は何かの病気で、闘病の末普通に死んだ。そこそこいい歳だったしあれが彼女の寿命だったのだろうと思う。寿命。霧雨魔理沙は完全な魔法使いになる事に成功していた。外見上の年齢は私と比べてもそう変わらないようなものだった。霊夢が死んだ時、魔理沙は普通に悲しんで普通に泣いて、普通に弔って普通に向き合い、普通に立ち直っていた。これが例えば、魔理沙はその時涙一つ流さず、次の日からいつも通りの様子だったというならば、これはその時の清算が今頃になって漸く表れたのかもしれぬと邪推も出来たが、少なくとも私個人の考えとしてはそのような理由ではないのではないかと思った。いや。わからない。それが理由なのかもしれない。人間の事なんて所詮理解できるはずもない。人間同士ですら理解なんてそうできる物じゃない。あるのは許容か、拒絶だけだ。どちらも理解とは程遠い。
「今の博麗は不満なの」
「いや。霊夢と違ってあいつは良い奴だ。ちょっと良い奴すぎてつまらん処もあるけど。悪乗りにも付き合いがいいし私は好きだよ。というか、あいつは博麗霊夢って名前だけど霊夢と同じな必要はないし、私もあいつを霊夢の代わりだなんて思ったことはないよ。あいつはあいつだ」
「はあ。あなたはそういう奴よね」
「そうだよ、知ってるだろ」
「それはそれとして、霊夢のことは引きずってるの?」
「そうだな。正直・・・ずっと引きずってるかもな」
この質問にそれ以上答えが返って来ることはなかった。魔理沙は酒をぐびりと煽った。昔、『あの』霊夢がまだ生きていた頃、私と魔理沙はここまでつるむ仲ではなかった。霊夢は私に魔理沙をよろしくと言ったことがあった。まだ若く、ピンピンしていた頃に。それも魔理沙の前で。霊夢が死んだのち、魔理沙は多分それを覚えていたし、私もそれを覚えていた。なんとなく。ただなんとなくのことだった。あの時、私達は二人とも『私が居なくなった後もよろしくね』という意味なのだろうと、自然に受け取っていた。今、魔理沙が死ぬ段になって考えるとあれは一体何だったのかと考えさせられる。
「他の奴にはちゃんと言ったの」
「いいや、誰にも。遺書は書いてある」
「もしかしてミスティアに喋ったのまずかった?」
「別に。死んだ後のことは興味ないし」
「遺書は書いてあるのに?」
「遺書は書いてあるのに」
「なんて書いたの」
「教えない。お前は読むな」
「ナニソレ」
「良いんだよ。今お前に死ぬって言ってるんだからお前に遺書はいらないだろ」
「それで、何で私に」
「あー。その、まあ。お前になら、と思って」
わかっていた。それでも聞いたのは、それでもその言葉が欲しかったからだった。最期の時を任されること、私の咀嚼を受け入れてもらえることに快感と幸福を得る為だった。そこそこの付き合いで、今や私は魔理沙が好きで好きで仕方ないが、わからない事がある。なぜ私だったのか。森の魔法使いの相棒でもよかった。赤い館の図書館女でもいい。工学に明るいあの河童でも。花の大妖怪もいたな。古道具屋の銀髪店主とかいうのも。あの変な髪の色した寺の尼でも良かった。少なくとも、どいつもこいつも私よりはずっと良かった。人を喰う私なんかよりは。
「寿命が来たってのはなんなの」
「あれはあんまり良い表現じゃなかったかもな。とっくに私は死んでたって気付いたんだよ」
「生きてるってぇ、ほらほら」
「ちょおっ、やめっは、はははは」
泥酔の線を何とか踏み越えずに済むかと言った処で魔理沙の家に二人で帰った。魔理沙は速やかに自分のベッドで寝た。寝息を立てている顔はいつも通りに映る。頬を撫でてやると幸せそうに見えた。少しそういう気になって服を脱がせたら目を覚まして、
「なあ、食えってそういう意味じゃない」
と言われた。なし崩し的に朝になって、明日来たじゃんと思いつつも、眠気が勝って二人で寝た。起きた時もう日が沈むという処だった。少し後に起きた魔理沙の顔を見た時、ああやっぱこいつは死ぬんだな、と私は思った。食べるの忘れてた苺を二人で食べて、ぼけぼけだらだらと服を着て外に出て、特に喋るあてもなく森の中を歩いた。空気が夕方から夜に変わって音の通り抜ける感じがした。
「それで、死ぬんだね」
「ああ」
「じゃあ殺すけど、最後に何か言いたい事とかある?」
「初めてが全部お前になるとは思ってなかった」
「あっそ」
「お前は私に最後に言っておきたい事はあるか?聞いてやるけど」
「・・・あなたはここまで良く生きたよ。私はあなたの死を心から祝福する」
「ありがとう」
そして爪の一欠片も零すことの無いように気を使って口に運んだのをよく覚えている。
魔理沙の家に行って遺書を読んだ。
誰とだ?
やっぱ霊夢とだろうな。
溜息が漏れた。
あー、くそ。
残飯の後処理でもさせられたような気分だ。
先々代の博麗霊夢が死んで数十年ばかり経った頃、霧雨魔理沙は私にそう言った。そんな要因があったとは幾ばくか思案しても全く思わなかった。いつも湿度の低い爽やかな夏のような奴だった。何かに付けて魔理沙を食べたがっていた私にそれを言うのは、つまりそういうことなのだろうと思った。土産に苺を持っていた魔理沙は、いつものようなにこやかな顔ではなかった。昼の森の暗がりで涼んでいた私の前に現れて、開口一番の事だった。
「なんで」
「寿命だ」
「はぁ?」
「霧雨魔理沙は寿命で死ぬんだ。理屈じゃない」
「ふうん。どこでどうやって死ぬつもり」
「今ここで。お前私を食え」
「待って、性急すぎる。昨日私とあなたが何をしてたか覚えてる?」
「線香花火で遊んだ」
「そのもう数日前は」
「霊夢と萃香と4人で徹麻した」
「その数週間前は」
「暇だったから二人で紅魔館を荒らしに行った」
「ほら、何の前触れもない。その紅魔館の主でもあるまいし、そうか、やっと来たのか霧雨魔理沙、さあ早くその首をこっちに差し出せとかならないでしょ」
「でももう決めたことだ」
「決めたって?」
「ごちゃごちゃうるさいな。別にお前じゃなくてもいい。本当にレミリアの処にいくのでも、一人で死ぬのでも」
「わかった。まって。明日。明日でいい?」
「明日?今日何かするのか?」
「違う。あなたが明日まで私に付き合うんだよ。それくらいの我がままは許してくれるでしょ」
「別にいいけど」
「じゃあ今から屋台でも行こ」
「ああ、ルーミア。明日だぜ。約束だ」
魔理沙はさっきまでの冷たい顔が嘘のように、いつもの愛想を振りまいた。それに何の違和感も抱けないことに、寧ろ体のこわばる思いをした。屋台でミスティアに魔理沙が死ぬことにしたらしいと話したら、少し驚いていたものの、しかしそういうこともあるのかもしれないなという態度だった。私が魔理沙を食べること自体は悪くない。ただ腑に落ちないという感情が勝ち過ぎていた。これで魔理沙を食べたとしても、それは何か私の中に目障りで重いものを残す結果になるだろうと思った。魔理沙が死ぬ理由に思い当たる節は無かった。それでも何かあるとすればそれは先々代の霊夢の死であったかもしれない。奴は何かの病気で、闘病の末普通に死んだ。そこそこいい歳だったしあれが彼女の寿命だったのだろうと思う。寿命。霧雨魔理沙は完全な魔法使いになる事に成功していた。外見上の年齢は私と比べてもそう変わらないようなものだった。霊夢が死んだ時、魔理沙は普通に悲しんで普通に泣いて、普通に弔って普通に向き合い、普通に立ち直っていた。これが例えば、魔理沙はその時涙一つ流さず、次の日からいつも通りの様子だったというならば、これはその時の清算が今頃になって漸く表れたのかもしれぬと邪推も出来たが、少なくとも私個人の考えとしてはそのような理由ではないのではないかと思った。いや。わからない。それが理由なのかもしれない。人間の事なんて所詮理解できるはずもない。人間同士ですら理解なんてそうできる物じゃない。あるのは許容か、拒絶だけだ。どちらも理解とは程遠い。
「今の博麗は不満なの」
「いや。霊夢と違ってあいつは良い奴だ。ちょっと良い奴すぎてつまらん処もあるけど。悪乗りにも付き合いがいいし私は好きだよ。というか、あいつは博麗霊夢って名前だけど霊夢と同じな必要はないし、私もあいつを霊夢の代わりだなんて思ったことはないよ。あいつはあいつだ」
「はあ。あなたはそういう奴よね」
「そうだよ、知ってるだろ」
「それはそれとして、霊夢のことは引きずってるの?」
「そうだな。正直・・・ずっと引きずってるかもな」
この質問にそれ以上答えが返って来ることはなかった。魔理沙は酒をぐびりと煽った。昔、『あの』霊夢がまだ生きていた頃、私と魔理沙はここまでつるむ仲ではなかった。霊夢は私に魔理沙をよろしくと言ったことがあった。まだ若く、ピンピンしていた頃に。それも魔理沙の前で。霊夢が死んだのち、魔理沙は多分それを覚えていたし、私もそれを覚えていた。なんとなく。ただなんとなくのことだった。あの時、私達は二人とも『私が居なくなった後もよろしくね』という意味なのだろうと、自然に受け取っていた。今、魔理沙が死ぬ段になって考えるとあれは一体何だったのかと考えさせられる。
「他の奴にはちゃんと言ったの」
「いいや、誰にも。遺書は書いてある」
「もしかしてミスティアに喋ったのまずかった?」
「別に。死んだ後のことは興味ないし」
「遺書は書いてあるのに?」
「遺書は書いてあるのに」
「なんて書いたの」
「教えない。お前は読むな」
「ナニソレ」
「良いんだよ。今お前に死ぬって言ってるんだからお前に遺書はいらないだろ」
「それで、何で私に」
「あー。その、まあ。お前になら、と思って」
わかっていた。それでも聞いたのは、それでもその言葉が欲しかったからだった。最期の時を任されること、私の咀嚼を受け入れてもらえることに快感と幸福を得る為だった。そこそこの付き合いで、今や私は魔理沙が好きで好きで仕方ないが、わからない事がある。なぜ私だったのか。森の魔法使いの相棒でもよかった。赤い館の図書館女でもいい。工学に明るいあの河童でも。花の大妖怪もいたな。古道具屋の銀髪店主とかいうのも。あの変な髪の色した寺の尼でも良かった。少なくとも、どいつもこいつも私よりはずっと良かった。人を喰う私なんかよりは。
「寿命が来たってのはなんなの」
「あれはあんまり良い表現じゃなかったかもな。とっくに私は死んでたって気付いたんだよ」
「生きてるってぇ、ほらほら」
「ちょおっ、やめっは、はははは」
泥酔の線を何とか踏み越えずに済むかと言った処で魔理沙の家に二人で帰った。魔理沙は速やかに自分のベッドで寝た。寝息を立てている顔はいつも通りに映る。頬を撫でてやると幸せそうに見えた。少しそういう気になって服を脱がせたら目を覚まして、
「なあ、食えってそういう意味じゃない」
と言われた。なし崩し的に朝になって、明日来たじゃんと思いつつも、眠気が勝って二人で寝た。起きた時もう日が沈むという処だった。少し後に起きた魔理沙の顔を見た時、ああやっぱこいつは死ぬんだな、と私は思った。食べるの忘れてた苺を二人で食べて、ぼけぼけだらだらと服を着て外に出て、特に喋るあてもなく森の中を歩いた。空気が夕方から夜に変わって音の通り抜ける感じがした。
「それで、死ぬんだね」
「ああ」
「じゃあ殺すけど、最後に何か言いたい事とかある?」
「初めてが全部お前になるとは思ってなかった」
「あっそ」
「お前は私に最後に言っておきたい事はあるか?聞いてやるけど」
「・・・あなたはここまで良く生きたよ。私はあなたの死を心から祝福する」
「ありがとう」
そして爪の一欠片も零すことの無いように気を使って口に運んだのをよく覚えている。
魔理沙の家に行って遺書を読んだ。
誰とだ?
やっぱ霊夢とだろうな。
溜息が漏れた。
あー、くそ。
残飯の後処理でもさせられたような気分だ。
気だるくてそっけない、でもちゃんと友達やってるルーミアが素敵で、あーこのコンビいいなあって思いました。すき。
ただルーミアの性格はたいへん好きです。非常に良い雰囲気でした。