Coolier - 新生・東方創想話

月と鼈

2019/07/29 09:31:58
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「鈴仙ちゃんさあ。別に、私じゃなくてもいいんじゃないの? こんなとこまでこないでも、もっといろいろ居るだろうに。夜中だぜ」

「……町でね、話を聞いたの。薬売りのとき、姉妹だったわ。仲の良さそうな姉妹。髪の色は違うけど、きっと、永遠にあのまんま……」

「へえ、それから?」

「妹の方がね、歩きながら煙草を吸っていたの。そろそろ短くなってきた頃にそれを見た姉がね、言うのよ、唐突に。『ねえほら、いまポイ捨てしようとしてるでしょ? でもさ、ここでそれをせずに、ゴミ箱まで我慢しようよ。私こんな言葉を聞いたの、なにか一つでも良いことがあれば続ける、なんにでも必ず背景がある、って!』そう言って、姉は妹のポイ捨てを止めようとしたのよ。みすぼらしい格好して、ぜんぜん、そんなこと言いそうに見えないのに。でも妹ときたら『知るかよ』とかなんとかいって、たじろぐ姉に冷たく言うのよ。『理屈じゃないのよ。誰が困るとか損するとか悲しむとか憤るとかじゃなくて、すこしでもそれを面倒に感じる私がいる。重要なのはそこなのよ』なんて。そんなことってあるかしら、姉も呆れて『じゃあ一生そのままだね』なんて言って。そしたらまたあの金ピカ……『言われなくても。ちなみに勘違いしてるかも知れないけど、あんたはスーパースターなんかじゃないよ』『それがなにさ』『あんたのことなんて誰も知らないんだから』『だから?』『あんたなんてそれと同じさ、今拾った吸殻と。誰も気にしない、誰も気付かない』……。『天人さまは気にかけてくれるけど』『それだって今となにも変わらない。あんたが目の前で消えちまったから、ただそれだけ。みなよ、吸殻、他にもたくさん落ちてるぜ。いいよ、拾うなよ。気付かなかっただろ?って、それが言いたいだけなんだから』……拾うな! ってさあ……」

「うーん。今日はそれで?」
「違うわ」
「じゃあどうしたよ」
「よくあることよ」
「よくあることって?」

「それは、……そう。自殺念慮と明日への希望、怒ることと叱ることの違い、不法投棄と法律遵守、家庭内暴力と恋心、ミルのサドマゾ、ストアのしじま、エピクロスのアタラクシア……グラム単位の畜肉と血統書付きの犬、要は兎と亀について」

「ピンとこないなあ」
「じゃあ逆に、よくあることって?」

「それは、その、月とかさあ。ほら、満ちては欠けて、欠けては満ちる。たまにちょっと、変になる」
「そんなの、永遠じゃないわ」
「そんな話だったかな」
「いいわよ、なんでも。こんなこと師匠や輝夜様に話したら笑われるもの」
「私は笑わないのか?」
「笑うの?」
「えー。笑うかも。だって、歳でいえばそう変わんないんじゃないの? 鈴仙ちゃんと私」
「年寄りはみんなそうやって、何年生きたかも忘れちゃうのよね。うらやましいわ」

「でもいま笑っただろ? 年寄りったって、若者の笑いのツボくらいは心得てるんだよ。私はあいつらほど老いちゃいないからね。……まあいいや、湖にでも行こうよ。……なんだよ、別にいいじゃないか。ずっとじゃない、逃げるわけじゃないんだから。こんな竹林のど真ん中に居たくないんだよ私は。そもそも、今日は湖に行くつもりだったんだ。歩きながらでも話はできるだろう? ほら、今日ならちょうど新月だぜ」

   ※

「なにも、わざわざ出て行くことないじゃない。今まで楽しくやってきたんだし、これからだって、おんなじようにやっていけるはずなのよ。だって、昨日と比べて何一つとして変わってないじゃない。あたしからみたばんきちゃんは、昨日のままのばんきちゃんよ。いいえ、先週だって、先月だって、去年だっていいわ。なにも変わってない。いつものばんきちゃんじゃない。そんなに、難しく考えることないわ。煙草屋のおばあちゃんも、あの、横町のおじいちゃんも悲しむわ。ばんきちゃんが出て行ったら、おばあちゃんは誰にハイライトをあげればいいの。おじいちゃんは誰と将棋をさせばいいの。せめて、あの二人が亡くなるまではいたらどうかしら。なにも急ぐこともないじゃない。ばんきちゃんはどうせ妖怪よ。出て行こうが出ていかまいが、妖怪なんだから。それに、この下宿のおじちゃんに未納の家賃はどうするつもりよ。あたし、立て替えてあげたりしないわよ、絶対。ばんきちゃんと違って里で働くなんて器用なこと、あたしにはできないんだから。そうよ、お店はどうするのよ。ばんきちゃんがいなくなったら、うーん。困るんじゃないかな、みんな。あの娘とも仲良くやってたんでしょうに。急にいなくなっちゃったら寂しがるわよ。なに、関係ないって。関係ないことないじゃない。他人のあたしでさえ知ってるのよ、酔うといつも話すくせに、よくもまあそんなことが言えるわね。それに、あの娘が関係ないんだったらあたしはなによ。あなた草の根妖怪ネットワークにいくら誘っても入らないんだから。それでも何回もいっしょに飲んで、姫のところに遊びに行って、夏なんかはずっと、ほとんど一緒に暮らしてたくらいのあたしはなんなのよ。まさか他人とは言わせないわよ、そんな薄情な話、通用するもんですか。だけどもへったくれもないわよ、やんなっちゃう。だいたい、ばんきちゃん極端よ。まずどうしてそうなったかも知らないけど、急に、里では生きていかれない、なんて言い出して。だからって、ここから出て行くことはないじゃない。里から離れて暮らせばいいわ。そうよ、あたしの家だっていいわ。見知った場所が嫌だっていうんなら、もっと離れたところで暮らせばいいのよ。結局アレでしょう。あなた、ここで暮らすことに飽きただけなのよ。里のどこに行っても知り合いがいて、買い出しをすれば声をかけられて、人気のない公園に行けば子供たちに見つかって、そりゃあ息苦しくもなるわよ。ぐちゃぐちゃするわよ。それにもし、あたしや姫のこともそのぐちゃぐちゃのなかの一つと思ってるなら、しばらく会わないようにしたっていいわ。とにかくばんきちゃん、あなた極端よ。考え直しなさい。あたし、よく知ってるわ。目先の衝動に駆られて動いたって、ろくな結果になりゃしないって。せいぜい恥ずかしい思い出がひとつ増えるだけだって。あなただってわかってるくせに、またおんなじこと繰り返すんだなぁ。なんでかしらね。でもなんとなく思うわ、あたし。ばんきちゃんってきっと、どこに行ってもばんきちゃんって呼ばれるんだなあって。もし仮に、あなたがここを出て行くとするわ。そして、そうね。外の世界、よくわからない高い建物がたくさん建って、ごちゃごちゃしてて、そんなごちゃごちゃしてる場所の隅の方、ちょうど、この下宿みたいなところであなたは暮らすの。だってそうでしょう。あなた、妖怪なんだから。それを差し引いても、とてもじゃないけど広いところではやっていけないわよ、ばんきちゃんは。そんなことって、そんなことあるでしょうに。この灰皿に積もってるタバコはなに。そこに散らばってる将棋の本はなによ。こんなに部屋を汚して、家賃も払わないのにどうしてここにいられてるのよ。どこに行ってもおんなじよ、あなたそうやって、いろんな人に甘えて生きていくんだわ。いいえ、やめられるわけないわよ。やめたらあなた死んじゃうもの。じゃあいまさら人を食べられるわけ。無理よ、絶対。ねえ、どうして難しい方を選ぶ必要があるの。ばんきちゃんなんてろくろ首でしょう、飛頭蛮でしょう。人間とおんなじご飯食べて生きていけるなら、そんなにしあわせなことってないわ。そうよ、あなたしあわせなのよ。それをどうして、そんなに不幸な顔をするわけ。ずるいわ、ずるい。姫なんてあんなに人懐っこいのにずっと一人で、それでもあんなに明るく笑うのに。あなたずるいわ、ずるい。そういうのをきっと、卑怯とか、卑劣とかっていうんでしょうね。ああ、違うわ、その、ええと。ごめんね、あたし、ばんきちゃんを引き止めにきたの、元気付けようと思ってきたのよ。そうだ、湖に行きましょうよ。いいじゃない! ここでじっとしてるのと変わらないんだから! ただ場所が変わるだけよ、寒くなったら帰ればいいし。ずっとじゃない、逃げるわけじゃないんだから。それにね、今日ならちょうど、新月なのよ。……え? 新月は昨日? な、なによ詳しいじゃない。あーっ、笑ってくれちゃって! ……もう、なんでもいいからほら、すこしだけ、お外でましょうよ。……ええ。じゃあほら、さっさと立って! 行くわよ、ほら!」

   ※

「いやあ、でもよかったよ。今回は顔見た瞬間、もうダメかと思った」
「そもそもそんなに落ち込んでませんでしたし。気のせいですよ、大げさ!」
「そんなことないだろ。だって、ついさっきようやく敬語が戻ってきたんだぜ? 大げさってこたぁ……」
「ああ、もう。恥ずかしいから蒸し返さないでくださいよう」
「いやあ、でもほんと……」
「なんですか?」

「ほんとに、よかったと思うよ。元気になってくれてさ。なんだろうね、鈴仙ちゃんだからとか、そういう話じゃなくてさ。きっと、誰でもいいんだけどね。なんていうんだろ、こういうとき、こういうときなんだよ。こういう、よかった! ってときに、私はね、死ねるよって思うんだ。ほんとさ」

「……それじゃあんまり、さっきと変わんないじゃないですか」
「そうだね、変わんない。ほら、月がでてるよ。わかるかなあ。月もさ、大差ないんだよ。鈴仙ちゃんとさあ……」
「そんなことありませんって。私なんかとアレじゃぜんぜん……」
「でも、嬉しかった。女苑がこんなとこ連れてきてくれるなんて」
「……またあの女のところに戻るんじゃ意味ないわよ」
「だけど、ありがとね」
「知らないわ。もう二度と連れてきたりなんかしてやらないから」
こだい
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コメント



0.50簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
影狼の長い科白がドストエフスキーっぽくてざわざわしました。かなり好きです。
2.90奇声を発する程度の能力削除
良いですね、面白かったです
3.100サク_ウマ削除
こいつらほんとめんどくさいな……という気分になりました。でもこういうの結構好きです。
4.100モブ削除
映画のワンシーンみたいな感じを受けました。会話だけで表現できているのが凄いです。面白かったです
6.100終身削除
地の文で名指しされなくても女苑の苛立ちとか影狼のうろたえている感じとか確かに形として伝わってくるものがあってよかったです どことなく静かで素朴な感じの空気感もあって幻想郷の1日を感じました