Coolier - 新生・東方創想話

宇佐見探偵2 

2019/07/27 17:18:39
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 現在は七月五日水曜日。
 入学から三か月が経過し、今の生活にも慣れてきたころだ。
 蓮子は在庫が切れてしまった日用品を買いに霧雨雑貨店に来ていた。
 当初はインターネットで買ってしまおうと考えていたが領収書を切ったりする都合上、知り合いの店を使ってほしいということでこの店を利用している。
 霧雨雑貨店は食料品や日用品主に取り扱っている個人商店で小中学校が終わる時間になると駄菓子を買いに来る子供たちで賑わっている。
 この店を経営しているのは霧雨魔理沙という五十代の女性だ。この人の面倒見が良く、話しやすい人柄も子供たちで賑わう要因の一つかもしれない。
 子供たちで賑わう店先を抜け、店内に入る。
 奥には広めのカウンターがあり、魔理沙が子供たちと楽しそうに談笑している。
 蓮子はトイレットペーパーやレトルト食品など必要な物を持ってきた大きめの手提げに入れていく。
 科学世紀では小型のRFタグというICがつけられたブレスレットを着用し、商品を手に取る際に荷台に取り付けられた小型の機械とRFタグの間で無線通信を行うことで誰が何を手に取ったか監視し、店を出ることで自動決済されるようになっている。この技術が普及したことにより現金はほとんど使われなくなり、レジスターは店先からほとんどなくなってしまった。
 本来ならさっさと店を出て買い物を終わらせるのだが、彼女はカウンターへと向かう。
 「どうも霧雨さん。調子はどうですか?」
 魔理沙は子供たちに少し待ってくれと言いこちらを向く。
 「蓮子じゃないか。少し腰が痛くくらいで健康そのものだぜ」
 それは何よりですと言いながら蓮子はカウンターに備え付けてあるICリーダーにブレスレットをかざす。こうすることで設定してある人物へと購入情報を送ることができ、決済することができる。
 蓮子の場合は森近に購入情報が送信され、それが領収証の代わりとなる。
 買い物が済んで子供たちを交えながら談笑していると、外が騒がしくなった。そして何人もの子供たちを後ろに連れた癖のない短い金髪の異国情緒漂う女性が入ってきた。
 彼女の名前はアリス・マーガトロイド。二十代後半から三十代前半くらいに見える女性で、京都の町ではそれなりに有名な人形師で依頼を受けて公演をしたり、人形を売ったりしている。彼女はたまにこの店に来ては人形劇を行っていて、魔理沙とは旧知の仲らしい。
 彼女は翻訳機を必要としない流暢な日本語で魔理沙と蓮子に挨拶をする。
 魔理沙はもうそんな時間かと言ってカウンターを片付け始める。
 アリスはその間に両手に持っていた革製の茶色いアタッシュケースのような鞄を開け、何体かの人形や小道具などを取り出し、カウンター上に人形劇のセットを手際よく組み立てている。
 この人形劇は魔理沙が語り手でアリスが語りに合わせて人形を操ることで進行する。人形劇の舞台は人間と妖怪と神が共存し、魔法などの不思議な力が存在する『郷』と呼ばれる場所でそこで起きた異変と呼ばれる大きな事件を解決するまでが語られる。
 物語の視点は常に白黒の魔法使いで進行し、最終的に紅白の巫女が事件を解決するのがいつもの流れだ。
 二人の準備が終わると魔理沙が一回、指を鳴らす。
 「今日、私が話すのは、突如、郷を襲った終わらない夜、永夜異変だ」
 そうして二人よって織りなされる幻想的で超常的な物語が始まった。

 時刻は午後七時五分三十秒。
 物語が終わり、二人がお辞儀をすると拍手が巻き起こる。
 見物客たちは何かしらの買い物をして帰っていき、夕食時ということもあり店にはすっかり客がいなくなってしまった。
 「お疲れ様です。今日も面白い劇でした」
 蓮子は劇の片づけをしている二人に話しかけると二人そろってそれは良かったと返す。
 「魔理沙さんに質問なのですが、登場人物に名前がついていないのはなぜですか?紫のスキマ妖怪、七色の人形遣い、桃色の姫、白銀の従者、紅の吸血鬼、白のメイドとかネーミングセンスはあるのに」
 彼女はそうだなと目だけが下を向き、少し考えたのちに面倒だし、こっちのほうが覚えやすいからだと答えた。
 蓮子には彼女の発言が真実ではないことがわかった。
 アリスが何かを察したのか誤魔化せてないわよと横やりを入れながら代わりに質問に答える。
 「彼女たちには名前があるけどそれをその都度に出していると無駄に時間がかかってしまうのよ。それに実在の人物をモデルにしているからちょっとね」
 そう言ってちらりと魔理沙のほうに目をやる。
 魔理沙も彼女の発言を肯定して、誤魔化そうとしたことを謝る。
 蓮子は気にしていませんよと返し、次に劇を行う予定を聞いて部屋に帰ることにした。
 魔理沙とアリスは笑顔で彼女を見送った。

 七月八日土曜日午後一時十五分。
 霧雨雑貨店で人形劇を見てから三日が経ったある日、森近から蓮子に連絡があった。
 内容は酉京都大学の学生が一週間ほど前から連絡を途絶えているから探してほしいとのことだった。
 報酬は別件として支払われるそうだ。
 管轄エリア外なのに断らないとは何か事情があるのだろうか。
 承知した旨のメッセージを返すとすぐにメールで対象の個人情報が送られてきた。
 対象は女性で名前を稗田阿礼、年齢二十一歳。
 外見は特徴的で地毛なのだろうか癖のない耳が隠れるくらいまで伸びた紫色の髪に白い花の飾りをつけている。顔立ちは日本人のものなのに肌は白く、あまり健康的ではなさそうだ。
 このほかにも現住所や所属学部、所属研究室などが資料にまとめられていた。
 蓮子は断れない理由に検討がついた。きっと稗田からの依頼だからだろう。
 稗田は東京に大きな屋敷を持つ資産家の一族だ。たしか古事記の作成に関わった人物として知られる稗田阿礼という男性を先祖としているらしい。またこの名が有名になったのは数十年前に東京を襲った霊的災害以降のことらしく、境界研究に大きく関わっていて結界省から何か援助を受けているのではないかなどの根も葉もないうわさがある。
 とりあえず現住所に行ってみることにした。
 稗田が連絡を取ることができないほどに体調を崩している可能性だってある考えられるのだ。
 彼女は大学近くの学生向けのマンションに住んでいた。
 ベランダ側に回り込み、洗濯物が干されているかどうか確認すると干されていなかった。
 今日の天気は気持ちの良い快晴で洗濯物を干すなら絶好の日だろう。
 蓮子は嫌な予感を覚えつつ、彼女が住む部屋へと向かった。
 エレベーターに乗り、彼女が住む三〇三号室に着いた。
 扉に鍵穴などはなく、最新鋭の生体認証によるオートロックのようだ。
 インターホンを押して少し待ってみるが誰かが応答する様子はない。
 何回かインターホンを押してみるが良い結果を得ることはできない。
 ご近所付き合いがあるかもしれないと隣の三〇四号室のインターホンを押す。そうすると男性の声で応答が返ってくる。
 彼女の友人だと嘘をつきつつ連絡が取れないこととインターホンを押しても反応がないことを説明し、心配気に声のトーンを落としつつ聞くと難なく情報を引き出すことができた。
 彼の話によると一週間ほど前にドアの開く音がした切り、隣から物音がしなくなったらしい。きっと部屋に帰っていないんじゃないかとのことだった。
 本格的な調査が必要になるなとため息をつきながら同じ学科の友人に講義の出席を代わりに取っておいてほしいとのメッセージを送った。
 
 七月十一日火曜日
 三日間の調査の結果、彼女に関するいくつかのことがわかった。
 彼女は境界研究部の活動以外でも個人的に調査をしているらしい。
 彼女の人間関係は概ね良好で誰かに恨まれているや友人間のトラブルなどもなく、素行も良く教授や教員などからも良い印象を持っている。
 成績も彼女が所属する文学科の中ではトップの成績で一度見たものは忘れないとさえ言われる超人的な記憶力とそれに伴う膨大な知識量を誇っているそうだ。
 蓮子の印象は文武両道で誰からも好かれる天才肌といったところだろう。だからこそ失踪する理由なんて一つしか考えられない。
 彼女は境界に関する何かに巻き込まれ、神隠しに遭ってしまったのだ。そうとしか考えられない。
 普通の探偵ならこの時点で調書をまとめて結界省に相談してくださいと投げるところだが、これは良い機会に恵まれたと考えるべきだろう。
 蓮子はマエリベリーに連絡を取り、境界の向こう側の調査を兼ねて稗田の捜索を行うことにした。
 
 七月十一日火曜日午後九時三十分二十一秒
 秘封倶楽部の二人は稗田の住むマンションの前に集まっていた。
 蓮子はマエリベリーに自分が探偵であること以外の事情を説明し、あくまでも秘封倶楽部の活動の一環ということにした。
 マエリベリーからは昼休みに会えなくて寂しかったと当初では考えられないようなお言葉を頂戴することができて嬉しい限りではあったが、そこに触れたら話が長くなりそうだから保留とした。
 この調査のために彼女の足取りを元に作成した失踪した日に通ったと思われる道を二人でたどることになっている。
 道中にマエリベリーが気になるものを見つけたら蓮子に伝えることになっている。
 道中、適当な世間話をしながら歩く。
 「このマップよくできてるけど、講義をさぼってこんなのを作ってたの?」
 「こんなのって、そりゃないわよ。これを作るの割と苦労したんだから」
 彼女は冗談めかして大げさに言う。
 マエリベリーがお疲れ様と形式的なねぎらいの後に話を続ける。
 「でもこの彼女が訪れている場所に覚えがあるのよね。なんだったかしら」
 「それはきっと、境界研究部が計器を設置している場所だからじゃないかしら。きっと計器に異常がないか見回っていたのかもしれないわね」
 説明を受けた彼女は何か納得がいかない様子だ。
 「それっておかしくないかしら。計器は境界研究部がコンピュータでモニタリングしてたはずよ。だとしたら何か異常が起きたらわかりそうなものだわ」
 たしかにその通りだ。
 別な理由があったのだろうか。
 現状ではいくら考えても結論は出ない。
 かもしれないわねと話を終わらせ、別な話題へと切り替える。
 人形劇の話や課題が多いことやあの教授の講義が面白くないなどの愚痴、マエリベリーの夢の話などの世間話が進む。
 稗田が最後に目撃された場所に着いた。そこは何の変哲もない住宅街の一角で夜遅いこともあり、物音はほとんどなく、静まり返っていた。
 マエリベリーがあそこおかしいわと蓮子の肩を叩きながら指をさす。
 蓮子の目には特に何もない壁に見えるが彼女の目元に触れるとそこに黒い裂け目のようなものが見えるのがわかった。
 これも彼女の能力の一つで彼女の目元に触れることで視界を共有するという学者もびっくりの超能力である。
 「あれは境界の揺らぎね。とても不安定だわ。あれに触れてしまったから神隠しに遭ったのかもしれないわね」
 目当てのものを見つけた蓮子はにやりと笑う。
 「さあ、行きましょう。メリーと一緒ならこっちに帰ってこれるわ」
 「そうね、蓮子。あなたと一緒ならそんな気がするわ」
 マエリベリーが裂け目に触れるとそれは大きくなり二人を飲み込んだ。

 蓮子が目を覚ますと目に入ったのは竹から生えた細い枝の隙間から見えたきれいな満月だった。
 現在は七月十一日午後十時三十分、現在位置は土地勘がないため不明。
 「月がきれいだ」
 そんな言葉が口を伝ってこぼれ出た。
 愛の告白かしら、とマエリベリーが彼女を覗き込んだ。
 マエリベリーの存在に気づいていなかった彼女は心底驚き、膝枕をされていた事実に気が付く。
 蓮子は転がるように彼女の膝から落ちる。
 彼女は大げさねと言いながら立ち上がろうとする蓮子に黒い中折れ帽を渡す。
 彼女はそれをどうもと受け取り、お返しに足がしびれて一人では立ち上がりづらいであろうマエリベリーに手を貸した。
 マエリベリーはその手を取り、紳士的ねと言いながら立ち上がる。
 それに対して蓮子は左手に持っている中折れ帽を軽く右胸に当てながらお辞儀をする。
 「淑女に対して当然の振る舞いですわ」
 目のあった二人は少し、笑い合った。
 二人は整備されている様子のないどこかの竹林にいる。
 地面からは竹以外の植物も伸び放題になっており少々歩きづらい。また周囲は似たような景色が続き、方向感覚が失われてしまいそうだ。
 マエリベリーにここがどこかわかるか聞いてみるが首を横に振られてしまう。
 適当に歩くのも手の一つだが、こんな場所では同じ場所を延々と回っていても気づける手段がない。
 何かいい手段はないだろうかと考えているとマエリベリーが持ってきていた手提げから何かを取り出した。それは十メートル程度の長さのロープだ。
 蓮子はそれを見てピンときた。
 手ごろな竹に結び付けてそれを持って進むのだ。そうすれば同じところを周る心配はなし、元居た位置に帰ってくることができる。
 なぜそんなものを持っているのかたずねると「境界の向こう側では何が起きるかわからないから」ということらしい。
 幼いころからあちら側に迷い込んでいる人物が言うと妙に説得力がある。
 ほかにもプラスチックハンマーに軽量な合金製の杭などこれからサバイバルにでも行くのかという装備だった。
 何はともあれ二人は歩きにくい竹林を適当な世間話をしながら慎重に進む。
 「こんな竹林だと日本のおとぎ話を思い出すわね。たしかThe Tale of the Bamboo Cutterだっけ?」
 マエリベリーは流暢な英語交じりに話す。
 「竹取物語ね。おじいさんが輝く竹を割ったら中から女の子が出てくるやつ。世界で最初に創作されたSF小説なんて言われているわね」
 たしかにそうね、と言い、月を見上げながらつぶやく。
 「月には何かあるんじゃないかしら。私たちの知らない何か」
 「どうかしらね。月だって今では開発がだいぶ進んでいるし、境界関係で何かあったらニュースになるんじゃない」
 マエリベリーは彼女に微笑みかける。
 「現代の技術では境界を正確に観測できないわ。できるのは私だけ」
 彼女はそう言って自分の眼を指さす。その言葉は彼女の経歴を考えると自虐的にも聞こえるが、彼女の表情からは好奇心や期待が読み取れた。
 それじゃあいつかは月に行くみたいねと言うともちろんと返ってくる。
 「メリーに付き合うって決めた以上、私も月に行くのは確定ね。お金を貯めて卒業までに行けるといいわね」
 マエリベリーは嘘偽りなく嬉しそうにほほ笑んだ。
 彼女にとってはこう言ってくるれ友人は貴重なのかもしれない。
 依頼人に要請すれば月になど簡単に行けるだろう。しかし今はその時ではない。
 二人は出会ったばかりでその関係性は浅い。だからこそ今は彼女との仲を深めることが重要なのだ。
 予備のローブを繋ぎながらしばらく歩いたところで道を見つけた。その道は左右に伸びており、どっちを見ても似たような景色が続いている。
 蓮子は何となく右に進もうとするが、マエリベリーは左に行きたいと言うのでジャンケンをした結果、左に進むことになった。
 理由を聞くが特に理由はないがなんとなく左側に進まないと気持ち悪いかららしい。
 二人は道沿いに歩く。
 暗い中に目が慣れてきたおかげで周囲の様子がわかるようになってきた。
 周囲は竹に囲まれているほかによく見ると様々な植物が自生していることがわかる。また虫の声の他にかすかに動物の気配がする。それは白く素早いウサギだと気が付いた。
 延々と景色が変わらない竹林にウサギ、さっき話した竹取物語ときて、こないだの人形劇を連想した。
 あの人形劇では竹林の奥に月人が住む秘匿されたお屋敷があって、そこに月で大罪を犯した永遠の姫がいるのだ。そして白黒の魔法使いたちが姫の従者であるの永遠の薬師を倒している間に紅白の巫女が永遠の姫を倒すんだっけ。それから……。
 蓮子が人形劇の内容と思い出していると道中にあばら家を見つけた。
 それの前には手ごろな高さの燭台が置いてあり、火がついている。
 中に人がいることは明らかだ。
 中に阿礼がいるかもしれないとあばら家に近づくと戸が開き、一人の少女が姿を見せた。

 蓮子とマエリベリーがあばら家を見つける少し前、それの中では火によって得られる僅かな光の元で藤原妹紅と稗田阿礼の二人が将棋を指していた。
 阿礼が妹紅の元で世話になるようになってからどちらかが眠たくなるまでこうしているのだ。
 現在五局目で、二人の戦績は二勝二敗の全くの五分。
 現在の盤面は阿礼のほうが有利だが気が抜けない状況だ。
 妹紅が一手を打ち、阿礼に手番が渡る。そして阿礼が一手を打ち、妹紅に手番が渡る。
 駒を置くパチン、パチンという心地良い音がその空間を支配する。
 妹紅が自分の手を打つと戦況を変える一手だったのだろうか、阿礼は顔をしかめる。
 彼女はそんな顔するなよと笑う。
 「そういえば、お前が言っていた探し物は見つかったのか?」
 阿礼は見つかりましたよ、と答えつつ旧稗田邸に保管されていた『幻想郷縁起』を見る。
 彼女は東京で十代目御阿礼の子として生まれた。
 阿礼という名前は10という数字の一の位にあたる0と十進法にちなんだものだ。そして最初の名前でもある。
 物心ついた彼女には『幻想郷縁起』の編纂をしなくてはという使命感があった。しかし彼女の周りの人間は言うのだ。
 「それはもうやらなくていい。もう終わったことなのだ」と。
 それ故に彼女は歴代のどの御阿礼の子よりも自由で郷では得ることのできない知識も得ることができた。
 彼女は運が良かったのだろう。しかし刷り込まれた呪いのようなその使命から目をそらすことができなかった。
 せめて、今までの私たちが生きていた土地を御阿礼の子としてではなく一人の人間として知りたかったのだ。
 彼女は物思いにふけりながら次の一手を打つ。
 妹紅は次の一手を考えながらも会話を続ける。
 「それは良かった。それじゃあこれからどうするつもりなんだ?私としてはお前が暇つぶしの相手になってくれるならここにいてくれてもいいけどな」
 パチンと次の手を打つ。
 「まだあまり考えていませんが、それもいいかもしれません」
 彼女は片手で上唇の上辺りを撫でつつ、次の手を打つ。
 彼女から何か感じるものがあったのか、妹紅は好きにしなと言って次の手を打った。
 二人はしばらくの間、無言で一手、一手を慎重に打ち続ける。
 妹紅が王手と言いつつ会心の一手を打つと立ち上がり足音を殺して入口のほうに向かう。
 阿礼がどうかしたのですかとたずねると彼女は言葉を返す。
 「今晩はここまでだ。次の夜までゆっくり次の一手を考えておいてくれ」
 彼女は戸を開けた。
 
 戸を開けてあばら家の中から出てき少女は藤原妹紅だった。
 腰の辺りまで伸びる特徴的な白髪に半袖の白いシャツに赤いモンペを着ていた。
 目は赤く、肌は白い、そのくせ顔立ちは日本人のそれである。
 蓮子は少女を見て表情に出さなかったが驚いた。
 それに対してマエリベリーにはそんな様子は見られない。
 彼女はこのような奇妙なものを見慣れているのかもしれない。
 二人を見た妹紅はあからさまに嫌そうな顔をする。
 「今更何の用だ?私には心当たりがないんだがな」
 身に覚えがない蓮子はマエリベリーに目をやるがこちらも身に覚えがないようで首を振っている。
 「見に覚えがないって顔だな。とぼけるならまずはその目立つ見た目を変えてから出直し来るんだな」
 妹紅はあきれた様子でマエリベリーを指さす。
 指をさされた彼女はいたって冷静に反論する。
 「それは人違いね。私の名前はマエリベリー・ハーン。私たちは人を探しに外から来ただけの人間だわ。あなたは八雲紫さんと間違えてるんじゃない?」
 妹紅が興味深そうな表情をして会話を続けようとするが、それを遮るようにあばら家の中から「それは興味深いですね」という声と共に阿礼が姿を見せた。
 「よろしければ中でゆっくり話しませんか。どうでしょう、妹紅さん」
 彼女は妹紅にそう微笑みかけると少し考えたのちにまあいいかと二人にあばら家の中に入るように促してきた。
 目的の阿礼を見つけた蓮子はマエリベリーの手を取り、あばら家の中に入っていった。
 あばら家の中は最低限の整理整頓がされているように見えるが実際のところは物自体の数が少なく、それらが木製の棚に規則性なく収められていた。
 妹紅は二人分の座布団を用意し、そこに座らせる。
 妹紅と阿礼も二人と向かい合うように座布団を布いて、座る。
 「外から来たというのも気になりますが、まずは誰を探しに来たのから聞きましょうか。お話してもらえませんか」
 それは私からと自らの名を名乗りつつ、蓮子が探偵としての依頼であることは伏せて、あくまでも興味本位に阿礼を探しに来たことを告げる。それと同時にマエリベリーから許可を取って彼女の能力のことも話した。
 阿礼は特に驚いた様子もなく話を続ける。
 「なるほど、外から来たというのはそういうことですか。一度に二つの疑問が解決しました。私の知識にはありませんが怪力乱神があるのですからそのくらいできる人間がいても不思議ではないでしょう」
 それでは次です、と別な話題に映る。
 「ハーンさん、あなたが言っていた八雲紫さんとはどのようなご関係ですか?よろしければ教えてください」
 話題が切り替わった途端に冷静を装ってはいるが、目の色が変わり、彼女にとって重要なことなのがわかる。
 妹紅もこの話題には興味を持っている様子だ。
 「私と八雲紫さんとの関係はよくわからないわ。私もこっち側に来た時にたびたびその人に間違えられるだけなんだもの」
 「なんだ、他人の空似かよ。驚かすなよ」
 妹紅はそう言って脱力した様子を見せる。
 阿礼もとりあえず納得した様子である。
 「私からのお話は終わりです。あなたたちから何かあれば答えられる範囲で答えますよ」
 彼女がそう言うと蓮子が手を挙げて質問な投げかける。
 「さっきから話に出てくる八雲紫とはどんな人ですか?」
 彼女は訝しげな表情で「なぜ、知りたいのですか?」と返す。
 「こちら側のことを何も知らない私はあなたたちの会話に全くついていくことができなかったけど、八雲紫が阿礼さんたちとメリーにとって何かしらの因縁がある人物だと思ったからね。あれだけ気にしていて知らないなんてことはないでしょ」
 それを聞いた彼女は驚いたような表情をする。
 「侮っていたわけではありませんが、たったこれだけの会話でそれだけのことを見出すとは良い洞察力の持ち主ですね。彼女のことについてお話ししましょう」
 阿礼が八雲紫について語ろうとしたとき、妹紅がそれを制した。
 「悪いが話はここまでだ。続きは後で話しな。客が来たみたいだ。お前らも来い」
 そう言って彼女は外へ出て行った。
 三人は妹紅に言われた通りに外に出る。
 外では妹紅と一人の少女が少し距離を置いて対峙していた。
 その少女は長いのであろう黒い髪を赤いリボンで結っており、上下に分かれた巫女服を連想するような紅白の服を着ていた。
 蓮子はその少女に人形劇に出てきた紅白の巫女を連想した。
 「随分と久しぶりじゃないか。何の用だ?」
 「あんたもわかってるでしょう。後ろにいる金髪と白黒に用事があるのよ。ついでに稗田にもね」
 「そんなことだろうと思ってたよ。でもただで渡すわけにはいかないな。久しぶりに骨のあるやつと会えたんだ、一勝負しないか。私に勝てたらこいつらをくれてやるよ」
 紅白の巫女はやれやれと肩をすくめる。
 「あんたが私に勝てると思ってるの?時間稼ぎなのは見え透いてるのよ。でも、その提案に乗ってあげようじゃない。たまに骨のあるやつと勝負しないと体がなまってしまうわ」
 二人が剣呑な空気を漂わせている中、阿礼はここにいては危険だから逃げようと提案した。
 蓮子たちはその提案を受け入れ、阿礼を先頭に道沿いに走り出す。
 走り出したのとほぼ同時に三人の背後から服が燃えてしまうのではないかと思うほどの熱気が放たれ、蓮子は思わず振り返った。
 妹紅が空中で浮かんでおり、赤く透明な炎が全身を包んでいる。そして彼女の背後には炎で形作られた首なしの不死鳥がいた。そして彼女の肉体は燃え尽き、首なしの不死鳥が紅白の巫女に襲い掛かった。
 蓮子は永夜異変と名付けられた人形劇で魔理沙が語っていた描写を思い出した。
 「白き不死鳥は自らの体を自らの炎を持って燃やし尽くす。不老不死でありつつ炎を操る彼女にしかできない破壊と再生が織りなす至高の弾幕。その名はパゼストバイフェニックス。」

 妹紅は仰向けに倒れていた。
 紅白の巫女に敗北したのだ。
 紅白の巫女は彼女を覗き込み、意識があることを確認してから話しかける。
 「あいつら捕まえるの手伝いなさいと言いたいところだけど、その様子じゃしばらく動けそうにないわね」
 「ああ、そうだな。久しぶりの完敗で動けそうにないな。プリズムリバー三姉妹の曲を聞きたい気分だ」
 「まあいいわ。特に力のない人間くらいならあんたの手なんて借りなくても捕まえられるわ」
 それを聞いた妹紅は鼻で笑う。
 「それはどうだろうな。外見も能力も似ているやつにあいつの面影がある宇佐見と名乗る女。一筋縄じゃいかないんじゃないか」
 紅白の巫女はため息をつく。
 「紫に稗田、宇佐見まで出てくるなんて面倒なことこの上ないわ。次に向かう場所は永遠亭ね」
 紅白の巫女はそういうとどこかに飛んで行ってしまった。
 「どいつもこいつも変わっちまったな。変わらないのは私と何人かくらいか」
 そう自虐的な悪態をついた。
 
 蓮子、マエリベリー、阿礼の三人が逃げた先は竹林の奥の開けた場所に建てられている屋敷、永遠亭だった。
 マエリベリーによるとこの建物から変な感じがするからもしかしたら中に境界の揺らぎがあるかもしれない。あればそこから帰ることができるとのことだったので永遠亭内を探索することになった。
 永遠亭の内部は床が抜けていたり、一部が倒壊しているなどは見られないがクモの巣が張っていたり床に埃がたまっていることから管理人などがいないことがうかがえる。
 境界が見えるマエリベリーを先頭に永遠に続くんじゃないかと思うほど長い廊下の探索をしている途中に蓮子は阿礼にしか聞こえないくらいの声で話しかけた。
 「私はとある理由により、稗田さんを連れて帰らないといけないのよ。あちらに帰った後でお時間あるかしら?」
 阿礼はじっと蓮子を見た後に何かに納得したのか言葉を返した。
 「なるほど、あなたが稗田の使いですか。使うよりも稗田が依頼した探偵さんといったところでしょうか」
 蓮子はご明察ですと返す。
 「ということは彼女も探偵さんかしら。科学世紀で霊能探偵なんてずいぶんと奇抜ね」
 「いえ、彼女は関係ないわ。ただ協力してもらっているだけ」
 協力ね、と呟きマエリベリーに目を向ける。
 「それはあくまでも秘封倶楽部としての活動の一環としてよね。あなたの事情を伝えずにだなんて悪い人ね」
 耳が痛い蓮子は言葉を返さずに帽子を深く被る。
 「まあいいです。残念ながらあなたの希望に応じることはできません。私は最初から帰るつもりがないからです」
 彼女の予想外の言葉に目を見開く。
 「驚きましたよね。私は元々こちら側の人間なのです。だから私はあなたたちと共に帰ることはできません。ですからこれを」
 そう言って彼女は蓮子の手を取り、自らの携帯端末を握らせる。
 「ロックは解除してあるのでこれを出せばあなたの役目は終わるはずです。それとこれを」
 次に差し出してきたのは古い本だった。その本には達筆な文字で『幻想郷縁起』と書かれている。
 「これからも彼女と共にこういうことをするのであれば、きっと役に立つはずです」
 蓮子は彼女から受け取ったそれらをハンドバックにしまう。
 「一つだけ聞かせて。あなたがこちらに残る理由は本当にそれだけなの?」
 「私は稗田阿礼としてやり残したことを果たさなくてはなりません。それに妹紅との勝負も中途半端になってしまいます。あの子ならいくらでも待ってくれると思いますが十分に待ち続けたあの子をこれ以上待たせるのは酷というものです」
 彼女はそう言って微笑んで見せた。
 
 あの後、境界の揺らぎが見つかり、阿礼を残して二人で帰った。
 マエリベリーは彼女を残すことに反対したが説得されて渋々であったが了承した。
 マエリベリーはあちら側取り残されることの寂しさを知っているから反対したのだろう。
 阿礼が妹紅の元に帰ろうと永遠亭を出るとその入り口で三人を追ってきた紅白の巫女と出会った。
 「あんた一人ところを見るとあいつらは出て行ったのね」
 「そうです。私一人じゃいくらあなたでも捕まえることはできないでしょう?」
 全くその通りだわと少し悔しそうな顔をする。
 「それであんたはこれからどうするの?妹紅のところで世話になるのかしら?」
 「そうなると思います。でもあの小屋で二人暮らしでは手狭だから人里の稗田邸を改修してそこに住もうと思います」
 好きにするといいわと言うと紅白の巫女はどこかへ飛んで行ってしまった。
 あの子と暮らすなんて千年振りかしら。
 彼女は想像を膨らませながら妹紅のいるあばら家へとあるき出した。
 彼女はその責務から解放されても幻想郷に縛られ続けるのだった。
稗田阿礼が藤原不比等と同一視されている説と藤原妹紅が藤原不比等と血縁関係であるという説を押した結果がこの話です。
前回、前々回とコメントしていただいた方ありがとうございます。
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https://twitter.com/waz_woz

http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/225/1567268648
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コメント



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1.90モブ削除
ここから話がどう転がっていくのか、気になります。面白かったです。

※誤字報告(違っていたらごめんなさい)
とぼけるならまずはその目立つ見た目を変えてから出直し来るんだな→出直して?
それでは次です、と別な話題に映る→移る
2.100終身削除
阿礼(阿求?)が外の世界に乗り出してきた理由とか今の幻想郷の状態とかがとても気になりますね 戦闘カットが少し残念な気もしたけどその分テンポが良くなって作品全体の落ち着いた感じも損なわれなくてよかったのかなと思いました