Coolier - 新生・東方創想話

心の理論

2019/07/09 03:50:44
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 あっ、久しぶり!
 元気にしてたかな?

 えっ、もしかして私のこと覚えてないの!?
 一緒におままごとやったり、ヒーローごっこしたじゃん! あ、それとかお馬さんごっことか!
 私下になってお部屋の中散歩したじゃない! 結構疲れたんだからね!

 覚えてない……みたいだね。

 ……そっ、か。そうだよね。
 貴方も、もう大人になったんだね。
 うーん……じゃあ『初めまして』の方がいいのかなぁ。でも私にとっては全然『初めまして』じゃないからなぁ。

 まっ、いっか。
 えーと、それじゃあ『人間』さん。一つ、世間話ってのをやってみない?

 貴方は『心の理論』って知ってる?
『心の理論』ってね、「自分と相手は違う存在なんだ!」「これこれこういう場面だったら自分はこうするけれど、相手はどうするんだろう?」ってことを考えられるようになるってことを言うんだって。
 聞いたことないかな? 
 サリーって女の子が自分の大切な人形をかごの中に入れておいたんだけど、アンって女の子がサリーのいない間に戸棚の中に人形をしまっちゃいました。さあ、サリーは帰ってきた時に人形をどこから探すでしょうってやつなんだけど。

 ……普通に考えたらわかるわけないよね。
 だって私は私だし、サリーはサリーなんだもん。最初っから戸棚を探すかもしれないし、かごから探すかもしれない。はたまた別の場所を探すかも。
 他人の考えることなんてわかるわけないよ。

 ……昔はね、自分じゃない存在の考えることなんて手に取るようにわかったんだ。でもね、疲れちゃったの。
 貴方はこんなことを感じたことはない?
「こんなことをしたら相手はどう思うだろうか」とか「何をしたら相手は喜ぶんだろうか。怒るんだろうか。悲しむんだろうか」とか考えてるうちに自分が何なのかわからなくなるって感覚。

 自分が自分のようで自分じゃなくなる感覚。
 心がねじ曲げられてしまいそうになる感覚。

 それがね、考えるまでもなく直接流れ込んでくる。

 歓喜も。
 悲愴も。
 憤怒も。
 愉悦も。
 苦痛も。

 延々と、流れ込んでくるの。
 もう、疲れちゃったんだ。
 だから私は心を読むことをやめたの。

 心を読むことをやめたら世界がガラッと変わったわ。
 なんて静寂で、なんて美しくて、なんて孤独なんだろう! ってね。
 だって自分が自分らしく、ありのままで存在できる空間が遂にできたんだもの!

 お姉ちゃんはね、何度も何度も「心を読む能力を手放すなんてもったいない! 最高の能力なのに!」って言ってくるけど、そんなの知ったことじゃないわ。
 誰にも冒されることのないこの世界がどんなに素晴らしいものか、お姉ちゃんは知らないのよ。
 自分ですら意識しない無意識の行動の積み重ねこそが、真に自分らしい行動だっていつ気付くのかなぁ。





 ……でもね、たまーに。本当にたまーーに「ああ、心が読めたらなぁ」って思うことはあるよ。

 だって、こうして一緒にいるのに話ができないのはきっと『寂しい』ってことなんだろうから。
 私の妹とやらに会ったんですか。
 そう、「昔は心を読めた」と言ったんですね。

 ……唐突な話ですが、貴方は『心の理論』というものをご存知ですか?
 あら、知っているのね。……いえ、少しだけ意外だったの。

 『心の理論』は、他者に対する対人認知の能力によって発達すると考えられているわ。
 そうね、対人認知能力っていうのは簡単に言うと自分と他人を区別したり、他人を見分ける能力よ。
 あの人はAさん、この人はBさん……みたいなことを繰り返した結果、『心の理論』が獲得できるという訳ね。

 例えば貴方の両親が帰省した時に祖父のことを「お父さん」と呼んだ時、貴方は「お父さん? お祖父ちゃんじゃないの?」と思うことはないでしょう?
 あの人は自分にとっては祖父に当たるけれど、両親にとっては父に当たる存在で、両親の頭の中では祖父ではなく父として認識されているんだ。ということが理解できているから。
 これが『心の理論』を獲得した状態という訳。

 でも子供の場合はそうじゃない。
「お祖父ちゃんはお父さんじゃないよ」と言うケースはままあるわ。
『心の理論』が無いから、両親にとってもあの人物は祖父であるはずだと認識している。
 だって自分にとってはそうだから。

 さて、ようやく話を本筋に戻しましょう。
 一つはっきり言わなければならないことがありますが。

 私に妹など存在しません。

 それは貴方の『心の理論』が掻き乱された結果生じた『虚構の存在』です。
 貴方は貴方自身の妄想をあたかも誰か別の第三者から言われたかのように錯覚したに過ぎません。

 貴方は貴方よ。

 だから、気にすることなく忘れてしまいなさい。
上条怜祇
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100大豆まめ削除
うおおなるほど。
タグも消されてるのはそういう…
こいしちゃんマジイマジナリーフレンド
3.100サク_ウマ削除
流石の構築でした。お見事でした。
4.100ヘンプ削除
絶句……とても素晴らしいです。
5.100イド削除
タグが消されてて、絶句しました。めっちゃ良かったです。
6.100名前が無い程度の能力削除
あの子、名前すら出てない
9.100スベスベマンジュウガニ削除
こういう種類のアイデア、好き。
12.100南条削除
面白かったです
考えるほどにちょっと怖くなってしまう話でした
13.100こしょ削除
いるのかいないのかという不安さが読んでてもすごくかきたてられる感じがしました
14.100雪月楓削除
これはいいですね
16.100名前が無い程度の能力削除
うわぁ……
19.100終身削除
自分を見失ったままそれを埋めてた共感まで閉じたしまったせいで空っぽになってしまったんでしょうか 心の理論を使う気も使わせる気もない相手との対話って考えてみると恐ろしいものですね 思わず自分を疑ってしまうような内側からくる恐怖を感じました