Coolier - 新生・東方創想話

色と強さは無関係

2019/07/05 15:54:55
最終更新
サイズ
10.64KB
ページ数
1
閲覧数
1463
評価数
9/10
POINT
930
Rate
17.36

分類タグ

 橙は八雲紫の式である八雲藍のそのまた式である。外見は普通の人間の子供のようで、実際妖怪としては子供なのだが、それでも見た目よりは長生きしているし、変わったところとして猫の耳が生えている。橙は化け猫の妖怪であって、猫らしくふらふらしていて普段どこに住んでいるのか他の人にはよくわからないが、マヨヒガと言われる隠れたすみかがどこかにあるのだという。そこに建っている、置き忘れられたような廃屋には橙以外にも猫がたくさんいてまさに猫屋敷の体をなしているのだそうだ。猫好きな人にとっては天国というところかもしれないが、現実はそんなに綺麗でもなく、まったく彼らは好き放題やっているので、なかなか他の生き物がそこに入り込むことも難しい。ネズミや虫は取り尽くされてしまっていて、いったい何を食べているのか、あまり考えたくないような気がする。
 そういうことを心配して八雲藍がたまに橙に声をかけることもある。
「橙、ちゃんとご飯は食べているか。猫たちを飢え死にさせていないか? 冬はどうしているんだ?」
 まさに冬にでもなるとその主人の八雲紫が冬眠することも多く、そうなると藍がわりと自由になって余計なところに気を回しだして比較的うるさくなってくる。それが橙としては不自由だなという気持ちもあったが、現実問題として橙に時々手の余る大勢の猫たちの面倒を見てくれるのでそれはありがたいことだった。猫たちにとっても橙の主人である藍だけは特別なのである。橙には別に自分がマヨヒガの大将という意識もないしそもそも仲間とか群れとかいう気分すらないが、それでも友達であるのは確かだったから、猫たちが野垂れ死にするのを見たくはない。
 とまでいうと暗い話のようではあるが、そういう藍の援助のおかげもあって結構気楽に温かく生活できているのであった。
「毛を染めたいんだ」
 などと橙は猫たちと話をする。猫はよくわからぬままにゃーと鳴いた。
「似合うと思う?」
 と重ねて尋ねるが、猫は我関せぬとそっぽを向いている。
 こんなのはいつものことで、橙も答えを求めていない。橙の方だって猫たちが何か話しかけても聞いちゃいない。単に一緒にいるだけだ。

 普通の猫よりはるかに頭の回転が速い橙だが寿命も長いゆえに結局のんびりとして、ちょっとわがままな性格になってしまった。たまに猫以外の妖怪も訪ねてきて一緒に弾幕ごっこを遊ぶこともある。生まれついた瞬発力は相当で、不思議なもので特に日常的に訓練しているわけでもないのにその能力が衰えることもない。猫を背中から空中に放り投げても必ず綺麗に足から着地するというが、そういうしなやかさみたいなものは妖怪仲間の中でも特に強かった。
 長生きできた猫だけが化け猫になるというが、橙を見てもそういう年寄りという印象はまったくない。妖怪としてはまだまだ子供だということだろうか。これから何年生きるのかわからないが(妖怪という存在に生きていると呼ぶのが適切かどうかは難しいところだが)例えば橙の主人である八雲藍はすでに何千年も生きているという話を橙は聞いたことがある。それでもまだ八雲藍は年寄りにも見えない、それどころか……まさに妖狐、人をたぶらかすと言われるその妖艶さが浮世離れしたと表現したくなるほどにあるようでもあり、またある瞬間にはまだ十代の少女のようですらあった。さて、さらに恐ろしい話だが、その橙から見て絶対的な強さを持つ八雲藍にはさらに上の八雲紫という主人がいるのだが……橙はあまり会ったことがない。藍と同じ家に住んでいるはずだが、いつも不在だったり寝てたりすることが多いようだ。
 ただ、八雲の名を冠する彼女たちには見たまんますぐにわかる共通点があり、それはどちらも眩しいほどの金髪というのである。そこが橙にはちょっとばかり憧れと劣等感のないまぜになった気持ちを胸のうちに思い起こさせる。橙の髪は濃い茶色であった。

 髪を染めるというのはすぐできるわけではない。その辺の散髪屋に入って金髪にといえばやってくれるなんてものではなかった。せいぜい見た目を気にする老人が白髪を黒に染めるぐらいのもので、それ以外で髪を染めるなんて発想が幻想郷にはまだなかったのである。だが、妖怪たちは不思議なもので自然と色とりどりの髪の色をしている。それぞれ固有の性質を表しているようでもあり、そうでもないようでもある。
 人間でいうと、霧雨魔理沙は金色の髪だが、あれは地毛なのだろうか。魔理沙はなにしろ魔法使いだから、魔法で色を変えている可能性が高い。昔は違う色だったと証言するものもいるが、その話を持ち出すと魔理沙が妙に嫌がって魔法が飛んでくるのであまり知られていない話である。橙はそんなこともちろん知らないが、まあそれはいい。
 橙の考えだと、妖怪は位が上がると髪とか、妖気の色が金になるのだということになっている。それはあくまで橙が、尊敬する八雲藍を観察して勝手に考えているだけで、実際どうなのかは知らない。いったい、髪を染めたから位が上がるのか、位が上がると色が変わるのか、それともただ藍に近づきたいだけなのか、橙にもそれがごちゃごちゃしてきてよくわからなくなってきたので、とりあえずその藍様に会いに行こうと思った。

 彼女たちが住むのがどこなのかというのは実はよくわからない。わからなさでいえばマヨヒガ以上かもしれず、例えばトトロの寝床みたいに、同じ道を通っても行けたり行けなかったりそもそも道があったりなかったりする。ただ、橙は特別で、彼女が行きたいと願った場合は必ず叶えられる。
 そういうわけで八雲紫と藍の家に到着した。紫はやはり不在のようだった。藍はいたが、どう見ても忙しそうにしている。座敷に座って難しい計算をしているようだ。
 橙にはその内容はよくわからないが、幻想郷を維持するために必要なとても大事なことをしていることはわかっている。お手伝いをしたいという思いはあるものの、そのために勉強したいかとなるとちょっと別問題のようで、普段藍には、「橙はまだこういうのは考えなくてもいいから、友達と遊んでおいで」などと言われて喜んで本当に遊んでたりする。そんな感じの、要はまだ子供ということだった。

 そんな橙が藍の横隣に正座して、早速切り出した。
「藍様、髪を染めたいです」
「えっ!」
 思わず藍は筆を動かす手を止め、橙の方に向き直った。
「ちぇ……ちぇん? どうしたんだ急に。何か悩み事でもあるのか?」
「紫様や藍様みたいになりたいんです! 私もおふたりみたいに、金色の、大妖怪に!」
「えっ? ああ、そういうことか……」
 藍はしげしげと、まじめな顔をして正座している橙を眺めた上で、自然と笑顔になって、言った。
「橙はかわいいからそのままでいいと思うよ」
「話をそらさないでください!」
 ぷんぷん怒ってる姿もかわいい、と藍は思ったがその言葉は口に押し込んだ。
「まあ、考え直しておくれよ。それに、まじめな話、髪の色を変えたって私のようにはなれないからね。というより色は全然関係ないよ。毎日勉強を続けるしかないんだよ。でも、橙は全然急ぐ必要ないんだから、のんびり気長にやればいいさ」
「……私は……急ぎたいん……です……」
 抗弁はしたものの、結局藍に説得されて、ひとまず納得の形でその場を辞することになった。本当は全然まだまだ不満はあるが、あまりしつこく言って藍に迷惑になるのもそれは本意ではなかった。らんさまはいつだって忙しそうだ、と橙は感じていたし実際そうだった。紫が仕事を与えすぎているのかもしれないが、紫は紫でいつもなにやら忙しくしているようでちょっとどころではなく得体が知れない。ただもちろん橙は彼女を尊敬し、畏怖している。圧倒的な格の違いというのは、けものだからこそ余計にわかる部分が、あるのかもしれなかった。

 まだ明るいうちで橙が空をふらふら飛んでいると、そよ風に乗って音楽が流れてきた。橙の耳が先に動き、首もすぐその音源の方角を突き止めた。
(なんだろう、これは、聞いたことがある。プリズムリバーの演奏かな?)
 プリズムリバーは三姉妹の音楽団である。橙も彼女たちの演奏を観に行ったことがある。人が多いのと、それがすごく一体感を持って盛り上がって賑やかなのが橙には合わなかった。どちらかというと静かでのびのびできる方が好きなようだ。歌が好きな妖怪の友達が行きたいというから、それで一緒に行っただけだった。だけどその時の感じと違って、今聴こえてくる音はずいぶん音色がくっきりと、綺麗に聴こえてくるような気がした。
 林の中でひとつ頭が出ている程度の大きな木があり、彼女たち三人揃ってその根っこで音合わせをしているようだった。まだ日は高いが陰になって涼し気な風が吹く中で、心地よさそうに音を鳴らしている姿は惹かれるものがあった。橙は音もなく地面に降り立って、ただあまり近づきはせず少し距離をとったところでそれに見惚れてしまっていた。
 一段落したところで、薄い水色の髪をした次女のメルランが橙の姿に気が付き、手をふって声をかけた。
「橙ちゃん、じゃない? おーい、こっちにおいでよ」
 気づかれた瞬間、橙は本能的にとっさに姿を隠してしまっていたが、別に隠れる必要はなかったと思い返し、気恥ずかしそうに姿を現した。
「こ、こんにちは……」
「こんにちは。橙、今日はなんだか浮かない顔してるね。悪いことでもあった?」三女のリリカが尋ねた。
 橙はうまく答えられず、曖昧に笑ってごまかした。
 彼女たちはかなり社交的なので、楽団とか関係なしに、橙も顔を合わせれば挨拶程度の会話はする。八雲紫の顔が意外と広く、そっちのつながりもあってか、初めて会った時にはいきなり名前を言い当てられて、驚いたものだった。その上、聞いてた通りかわいいねとか言われてしまって。
 姉妹の中で長女のルナサだけはあまり言葉はかわさないが、なんとなく雰囲気のいい人で、何か落ち着くというか、いてくれるだけで安心するという感じがする。そしてそのおかげで逃げそびれてしまった。
 彼女たちはそれぞれバイオリン、トランペット、キーボードを使っている。
「私たち練習してたんだー、また今度、ライブをやるから。まだもうちょっとやるからよかったら見てて」とメルランが言った。
 まるで借りてきた猫のようにおとなしい橙を適当に座らせて、彼女たちは演奏を続けた。ひたすらに盛り上げるでもなく静かというでもなく、上がる勢いを押し留めている、というような曲だった。その雰囲気のままじわじわと曲が進んでいき、最後に一気に爆発して、終わった。
 聞き惚れていた橙が数テンポ遅れて感嘆の声と共に手をぱちぱちと叩いた。
「すごく良かったです。なんだか感動しちゃいました」
 彼女たちはそれを聞くと、お互いを見て笑いあった。
「あはは、やっぱり、観客がいてくれたら張り合いがあっていいよね」

 あとで橙は木の上にあったプリズムリバーの家に招待された。椅子に座って淹れてもらったお茶を飲み、一息ついた。
「それで、私は藍様みたいになりたくて、でも外見とかも、私だけ八雲家と違うから、私ってもらわれた子なので……それで……」
「なるほどねえ」
「でも、皆さんも姉妹なのに髪の色が違いますね?」
「ははっ、私達は幽霊だもんね。進化論とか遺伝の法則とか関係ないから。でも橙だって同じでしょ? 大事なのは心のつながりなのよ」リリカが妙に胸を張って言った。「思えば私と橙って髪の色もなんとなく似てるし末っ子だし、立場は同じかもしれないわね。ルナサお姉ちゃんは金髪だし」
 橙が思わずルナサの顔や髪をじっくり見つめてしまった。
「いやいや、色が同じなだけでしょ……」
 ルナサはほんの少し照れた様子でそう小声で言った。リリカがそれに構わず言葉を続ける。
「私達の音楽は、力が劣ってるとか優れてるとかじゃないんだよ。そりゃお姉ちゃんはめっちゃくちゃうまいけど、一人だと自分の好きなようにやっちゃって、そしたら演奏を聞いてる人の頭がおかしくなっちゃうんだ。大事なのは三人のハーモニーなんだよ。でもこれも練習を続けているうちにだんだん個性が出て、そしたら不思議なんだけど、個性が出たら逆にお互いが必要なことがわかってきたんだ。まあ、私達のことはともかく、何回も言われてるだろうけど、橙も急ぐ必要はないと思うよ。だってまだ生まれてそんなに経ってないでしょ? あの人たち何千年も生きてるのよ、はっきりいって、バケモンよ。私達から見てもね!」
 褒めてるのかなんなのかというところだが、畏敬の念も強く感じるので橙も聞いててあまり悪い気はしないし、その言葉もよくわかるような気がした。不思議なことに同じ内容を藍に言われるよりもかえってすんなり受け入れられるような気がしたのだ。そんなところでメルランが横槍を入れた。
「でも、今の話でいうと、姉さんが紫さんで、リリカが橙ちゃんで、私が藍さんってことなのね。なんだか嬉しいわ。だってすっごい美人だし、大人の女性って感じだもん」
 とは言うものの、彼女は外見的にあまり藍と似ているところはなくて、むしろ印象としては正反対にも見えるのだが、それを本人もわかってて言っていたからみんなでつられて笑ってしまった。
いったいこれは面白いのか、筋は通っているか、わかりやすいか、キャラにらしさが出ているかとか、ずいぶん悩みますが、
でもどうか悩んだ分いいものになっていてくれと……願わくば!
あとだいたいがこの話だけの個人的な設定ですが特にマヨヒガについてはほとんど想像で実際の設定とはたぶん違いがあります……。
https://twitter.com/kosyoko1
こしょ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.50簡易評価
1.100こだい削除
よかったです。自分はあまり感想を書くのが得意ではないのですが、なんというか。色調が全体的に落ち着いていて、ところどころのかわいらしさがそれにマッチしているように思いました。なにより文体がすごく好みでした。以上です
2.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良くお話も面白かったです
3.100サク_ウマ削除
物語の起伏としては薄味だとは思いますが、その分語りの文章が大変に魅力的で、それが全体としての味わいを深めているように思います。
楽しめました。良かったです。
4.無評価こしょ削除
得意でなくても書いてくれてとてもありがとうございます。
どれも何よりも嬉しいお褒めの言葉です。
ちょっと悩みながらもどうにか作って投稿できてほんとよかったって思えます……。
5.90大豆まめ削除
優しくて丁寧な筆運びがとても好きです
橙や、ゆっくり大きくなるんだよ
6.100ヘンプ削除
橙のひたむきさがとても良かったです。
最後の四人がとても可愛かったです!
7.100上条怜祇削除
文章もお話もとてもかわいいものだと思いました
8.100やまじゅん削除
地の文が三人称視点で進むのに、口語が含まれるのは気になりましたが、それ以外とても良かったです。
橙が精神的な未熟さと、それを理解して成長を望む姿が眩しく感じました。
9.100南条削除
面白かったです
藍の役に立ちたいと願う健気な橙がかわいらしくてよかったです。
自分なりにこうしたらいいんじゃないかと悩む姿も、わからなかったら人に聞くとばかりに藍に相談に行く真摯さも、藍に諭されてしょげながらも最後は自分なりの答えを見出すところも素晴らしかったです。
10.100終身削除
橙に憧れと同時に不満から少しの反抗心もあって藍様の言葉足らずというか気持ち足らずで伝わらないものをどこか探してる悩みの感じがなんというかいじらしさがあって良かったと思いました
成長途中で吸収しなければいけないものがまだまだ沢山ある感じがとても可愛いらしかったです