きっかけは些細なことだった。黒白と紅白が御用達にしている古道具屋を偶々尋ねたところで、それを見つけたのだ。
まともに使ったのは、もう大分昔だろうことは思い出せる一冊のスケッチブック、そして鉛筆。子供の頃、外で遊ぶことが多かった少女にとって、それは授業位でしか使ったことが無い代物だった。古道具屋の店主が何かを言う前に、東風谷早苗はそれを店主に差しだしていた。
何かを、描いてみたかったのだ。
1,紅白黒
古道具屋から意気揚々と引き上げてきた早苗は、分社の様子を見に紅白巫女の住んでいる神社へ足を向けた。そこでは暑さに辟易している巫女とその相棒の魔法使いが、仲良く縁側でとろけていた。そんな様子を見て、思わず早苗は吹き出してしまう。
何か用かと巫女が尋ねる。早苗は二人から少し距離を開けて縁側に座り、二人がとろけているこの景色を書いていいかと尋ねた。巫女はあからさまにげんなりとしていた顔をさらに歪めていたが、黒白魔法使いが面白そうだと言ったことで、流れは決まってしまった。巫女は一言息を吐くとどうぞご自由にと、手をひらひらと振る。
早苗自身、そこまで力を入れて描く気は無かった。元々絵を描くということ自体が久しぶりであったし、絵心などと言うのも持ち合わせていなかったからだ。だが、一度線を引き始めると、そのようなことは頭から消えていった。二人は暑いだのなんだのと言いながら身体を動かしてしまう。それでも構わなかった。全てを残そうとは考えていなかったから。
出来上がったスケッチは、ラフではあったが、二人の少女が縁側でだれていることを表すには充分だった。巫女と魔法使いが覗き込む。巫女は短時間にしてはよく出来てると珍しく早苗を褒め、魔法使いは逆にもっと時間をかけてもよかったんだぞと不満顔だった。それがまた対照的で、早苗はまたも吹き出すのだった。
2,鴉天狗の羽休め
巫女の神社で一緒に昼食を作った後早苗は帰路についていた。外の世界を経験している早苗にとって、幻想郷の夏はまだ過ごしやすい方であった。
帰って夕飯の仕込みなどをしていれば、まだ暑い時期ではあっても、あっという間に日が落ちる。今日の夕餉をどうしようかと考えていると、見知った顔を眼下の川で見つけた。ふわりと降り立ち、早苗が挨拶すると、挨拶された天狗は破顔した。
何をしているのかと早苗が問う。天狗は沢に足をつけながら、羽休めですよと返した。先ほどまで幻想郷の各地を飛び回っていたらしい。中々ネタが無くてね、とため息を吐く姿は普段の記者然とした態度ではなく、もっと砕けている。それが素であることを早苗は知っていた。
早苗は、天狗にスケッチをしてもよいかと尋ねた。天狗はいきなりのことで最初こそぽかんとしていたが、早苗の言葉を理解すると、別に構わないわと返した。天狗は手に持っていた本を広げ、そのまま喋らなくなった。好きに描けということなのだろう、早苗は有難く、鴉天狗の横姿をスケッチしていく。
目の前で本を読みふけっている天狗は、それこそ千年を生きる大妖怪なのだと、知り合いの河童から聞いたことがあった。そんな天狗の横顔は、耳が尖っていることを除けば、人間と変わらない。まるで本当の人間から翼が生えているようにも見え、それがまるで見てはいけないものを見ているようにも感じられた。そんな早苗の視線に気が付いたのか天狗は視線をこちらに向ける。その整った顔立ちに、不意に見とれ、早苗は視線をスケッチブックに落としながら、描く速度を上げるのであった。
スケッチブックに落ちる影の位置が変わる頃、早苗はスケッチを完成させた。ただ沢山に線を引いただけのものであったが、鴉天狗に見せると、笑顔でよく描けていると言ってくれた。その一瞬をつかれて、フラッシュが早苗の視界を覆う。天狗はいつの間にかトレードマークであるカメラをその手に持っていた。
興味深い時間をありがとう。そう言い残して、鴉天狗は日が沈み始めた空へと駆けていった。そして早苗も夕餉の支度があることを思い出し、空を駆けるのだった。
3,人里にいた銀のメイド
次の日も、早苗は家事を早々に片付けると人里へと下りてきていた。日中こそ暑さで蕩けそうにもなるが、朝晩はまだひんやりとしている。その、まるで人間が活動するような気温の変遷がまた、早苗は好きだった。
最近、人里に新しくできた団子屋へと足を運んでいた。日陰を探していたというのもあったが、それは理由の三割ほどであった。流石に舌鼓をうつ客たちを描こうなどとは思っていなかったが、見知った顔がいたのだ。こちらを発見した銀のメイドは、可愛らしく団子を咥えたまま、ほにょほにょと言葉を漏らした。意外とこのメイドがマイペースなのは、幻想郷に来てから随分と後になって知ったことだった。
早苗はそんな天然メイド、十六夜咲夜にスケッチをしてもいいかと尋ねた。咲夜は怪訝な顔のままに、一体どういうことかと尋ねる。ただ、描きたかったのだと早苗が正直に言うと、咲夜はくすりと笑って席を立った。駄目だったかと視線をスケッチブックに落とすと、そこには咲夜が書いたのであろう、早苗自身の自画像が書かれていた。
視線を上げる。そこにメイドの姿は無く、ただ皿と空いた串だけがあった。
4,半人半霊の気持ち
咲夜にしてやられたと里をうろついていると、辻斬り庭師に出会った。聞くと里に住む子どもたちと、ちゃんばらごっこをしていたらしい。面倒だと言葉を吐くわりに、その顔は緩んでいたが、そこを指摘するのは無粋だと早苗は苦笑いを返す。
妖夢は、そんな早苗が普段は持っていないスケッチブックに興味を示した。なんとはなしに、描きましょうかと尋ねると、妖夢は真面目な顔でお願いしますと返す。だがその実、後ろでふよふよとしていた半霊はぐるんぐるんと跳ねまわっていた。
妖夢が構えを取り、早苗はその近くに腰を落ち着けて、スケッチブックに鉛筆を走らせる。太陽はそろそろ沈みそうで、少し急がなくてはいけないなあなどと考えていると、妖夢が口を開いた。思い出した、と言った。何を思い出したのか。鉛筆の速度は緩めずに早苗は聞き返す。妖夢もまた構えを微動だにすることなく、祖父のことを、と答えた。
昔、妖夢も祖父の似顔絵を描いたことがあったという。自分なりに必死に描いた絵を、祖父は大層喜んで受け取ってくれたらしい。普段から厳めしい顔を崩さない祖父の、意外な一面を見たと。そして、その時描いた絵が、とっても下手くそだったことを思い出したと。
早苗は、妖夢の後姿を描いていた。正面ではなかったのは、妖夢が構えた時に、後姿の方が画になったからだ。ただ、きっと今妖夢は笑顔でいるのだろう。半霊が、妖夢の周りをくるんくるんと飛び回っていたからだ。
ラフな絵ではあったが、完成したものを妖夢に見せる。互いにそろそろ家路に着かなくてはならない時間になっていた。早苗の絵を妖夢はじいっと見ていたが、ばっと顔を上げると、微笑んだ。いい絵だと。
5,家族
夏の到来を感じる暑さのある日、八坂神奈子は縁側で絵を描く早苗の姿を見た。後ろに回っても気が付かないほど、早苗は集中している。風景でも描いているのだろうかと後ろからこっそりと盗み見る。鉛筆だけで描かれたそこにあったのは、並んだ机に窓に切り取られた空。何度か早苗についていったこともあるために分かる。教室の絵だった。
神奈子の気配に気が付いた早苗は、肩を大きく跳ね上げて吃驚しましたと柔らかく抗議した。眉尻を下げながら謝る神奈子は、どうして教室を描いているのかと、そのまま早苗に尋ねた。もしかしたら、何かマイナスな感情を抱いているのではないかと、そう思ったのだ。
早苗はそんな神奈子の胸中を知ってか知らずか、特に理由は無いと返した。玄関戸を叩く音が聞こえる。早苗は神奈子の横を通り過ぎ、はあいと大きな声を上げながら、玄関へと向かっていった。
縁側に置かれたスケッチブック。神奈子はそれを手に取り、一枚一枚と捲り始めた。そこにあったのは、幻想郷を早苗なりに写した、沢山のスケッチ。それを見て、神奈子は身体の奥からなんとも言えない感情が沸き上がるのを感じた。
自分たちは、早苗に無理を強いているのではないのだろうか。常日頃、神奈子と諏訪子が思っていることであった。人によっては過保護だと思うかもしれない、だが大切な家族なのだ。そしてそんな家族が哀しい思いをせぬように、二柱の神は沢山のことを早苗と共に行ってきた。それでも、早苗の心の内を知ることは出来なかった。
捲った先に、自分と諏訪子の寝顔を描いたものがあった。
時間の関係かラフな絵も随分と多い中、この絵は随分と丁寧に描かれている。つまりはそれだけ起きなかったのであろう。そういえば先日朝まで山の者たちと懇親の意を込めて飲み明かしていたことを思い出した。家に帰って早苗の出した味噌汁を飲んだところまでは憶えているが、その後は気が付いたら夕方になっていた。神なのに酔いつぶれるとは何事かと早苗にこってりと絞られたのだが、その時のものに違いなかった。
居間にいる諏訪子に手招きをし、スケッチを見せる。普段は飄々としている諏訪子であるが、絵を見て浮かべたその笑顔には、確かに柔らかな感情が浮かんでいた。
しかしアンタ不細工な寝顔だねえと、間髪入れずに諏訪子が煽る。それが開戦の合図だとばかりに神奈子はスケッチブックを元の場所にそっと戻すと、早苗が戻るまで居間で諏訪子と取っ組み合うのだった。
きっかけは、些細な事。古道具屋で見たスケッチブック。外の世界だとか、幻想郷だとか、この中では関係がない。ここに描かれる絵は早苗にとって幻想の車窓であり、感動の一瞬であり、思い出の墓であったから。いつしかスケッチブックは、彼女にとって旅の扉になっていた。
丁度天に上る太陽のように、夏もいよいよ暑さを増していた。いってきますと、早苗は神社を後にする。今日は何を残そうか。誰もいなくなった境内に、蝉の声だけが響いていた。
まともに使ったのは、もう大分昔だろうことは思い出せる一冊のスケッチブック、そして鉛筆。子供の頃、外で遊ぶことが多かった少女にとって、それは授業位でしか使ったことが無い代物だった。古道具屋の店主が何かを言う前に、東風谷早苗はそれを店主に差しだしていた。
何かを、描いてみたかったのだ。
1,紅白黒
古道具屋から意気揚々と引き上げてきた早苗は、分社の様子を見に紅白巫女の住んでいる神社へ足を向けた。そこでは暑さに辟易している巫女とその相棒の魔法使いが、仲良く縁側でとろけていた。そんな様子を見て、思わず早苗は吹き出してしまう。
何か用かと巫女が尋ねる。早苗は二人から少し距離を開けて縁側に座り、二人がとろけているこの景色を書いていいかと尋ねた。巫女はあからさまにげんなりとしていた顔をさらに歪めていたが、黒白魔法使いが面白そうだと言ったことで、流れは決まってしまった。巫女は一言息を吐くとどうぞご自由にと、手をひらひらと振る。
早苗自身、そこまで力を入れて描く気は無かった。元々絵を描くということ自体が久しぶりであったし、絵心などと言うのも持ち合わせていなかったからだ。だが、一度線を引き始めると、そのようなことは頭から消えていった。二人は暑いだのなんだのと言いながら身体を動かしてしまう。それでも構わなかった。全てを残そうとは考えていなかったから。
出来上がったスケッチは、ラフではあったが、二人の少女が縁側でだれていることを表すには充分だった。巫女と魔法使いが覗き込む。巫女は短時間にしてはよく出来てると珍しく早苗を褒め、魔法使いは逆にもっと時間をかけてもよかったんだぞと不満顔だった。それがまた対照的で、早苗はまたも吹き出すのだった。
2,鴉天狗の羽休め
巫女の神社で一緒に昼食を作った後早苗は帰路についていた。外の世界を経験している早苗にとって、幻想郷の夏はまだ過ごしやすい方であった。
帰って夕飯の仕込みなどをしていれば、まだ暑い時期ではあっても、あっという間に日が落ちる。今日の夕餉をどうしようかと考えていると、見知った顔を眼下の川で見つけた。ふわりと降り立ち、早苗が挨拶すると、挨拶された天狗は破顔した。
何をしているのかと早苗が問う。天狗は沢に足をつけながら、羽休めですよと返した。先ほどまで幻想郷の各地を飛び回っていたらしい。中々ネタが無くてね、とため息を吐く姿は普段の記者然とした態度ではなく、もっと砕けている。それが素であることを早苗は知っていた。
早苗は、天狗にスケッチをしてもよいかと尋ねた。天狗はいきなりのことで最初こそぽかんとしていたが、早苗の言葉を理解すると、別に構わないわと返した。天狗は手に持っていた本を広げ、そのまま喋らなくなった。好きに描けということなのだろう、早苗は有難く、鴉天狗の横姿をスケッチしていく。
目の前で本を読みふけっている天狗は、それこそ千年を生きる大妖怪なのだと、知り合いの河童から聞いたことがあった。そんな天狗の横顔は、耳が尖っていることを除けば、人間と変わらない。まるで本当の人間から翼が生えているようにも見え、それがまるで見てはいけないものを見ているようにも感じられた。そんな早苗の視線に気が付いたのか天狗は視線をこちらに向ける。その整った顔立ちに、不意に見とれ、早苗は視線をスケッチブックに落としながら、描く速度を上げるのであった。
スケッチブックに落ちる影の位置が変わる頃、早苗はスケッチを完成させた。ただ沢山に線を引いただけのものであったが、鴉天狗に見せると、笑顔でよく描けていると言ってくれた。その一瞬をつかれて、フラッシュが早苗の視界を覆う。天狗はいつの間にかトレードマークであるカメラをその手に持っていた。
興味深い時間をありがとう。そう言い残して、鴉天狗は日が沈み始めた空へと駆けていった。そして早苗も夕餉の支度があることを思い出し、空を駆けるのだった。
3,人里にいた銀のメイド
次の日も、早苗は家事を早々に片付けると人里へと下りてきていた。日中こそ暑さで蕩けそうにもなるが、朝晩はまだひんやりとしている。その、まるで人間が活動するような気温の変遷がまた、早苗は好きだった。
最近、人里に新しくできた団子屋へと足を運んでいた。日陰を探していたというのもあったが、それは理由の三割ほどであった。流石に舌鼓をうつ客たちを描こうなどとは思っていなかったが、見知った顔がいたのだ。こちらを発見した銀のメイドは、可愛らしく団子を咥えたまま、ほにょほにょと言葉を漏らした。意外とこのメイドがマイペースなのは、幻想郷に来てから随分と後になって知ったことだった。
早苗はそんな天然メイド、十六夜咲夜にスケッチをしてもいいかと尋ねた。咲夜は怪訝な顔のままに、一体どういうことかと尋ねる。ただ、描きたかったのだと早苗が正直に言うと、咲夜はくすりと笑って席を立った。駄目だったかと視線をスケッチブックに落とすと、そこには咲夜が書いたのであろう、早苗自身の自画像が書かれていた。
視線を上げる。そこにメイドの姿は無く、ただ皿と空いた串だけがあった。
4,半人半霊の気持ち
咲夜にしてやられたと里をうろついていると、辻斬り庭師に出会った。聞くと里に住む子どもたちと、ちゃんばらごっこをしていたらしい。面倒だと言葉を吐くわりに、その顔は緩んでいたが、そこを指摘するのは無粋だと早苗は苦笑いを返す。
妖夢は、そんな早苗が普段は持っていないスケッチブックに興味を示した。なんとはなしに、描きましょうかと尋ねると、妖夢は真面目な顔でお願いしますと返す。だがその実、後ろでふよふよとしていた半霊はぐるんぐるんと跳ねまわっていた。
妖夢が構えを取り、早苗はその近くに腰を落ち着けて、スケッチブックに鉛筆を走らせる。太陽はそろそろ沈みそうで、少し急がなくてはいけないなあなどと考えていると、妖夢が口を開いた。思い出した、と言った。何を思い出したのか。鉛筆の速度は緩めずに早苗は聞き返す。妖夢もまた構えを微動だにすることなく、祖父のことを、と答えた。
昔、妖夢も祖父の似顔絵を描いたことがあったという。自分なりに必死に描いた絵を、祖父は大層喜んで受け取ってくれたらしい。普段から厳めしい顔を崩さない祖父の、意外な一面を見たと。そして、その時描いた絵が、とっても下手くそだったことを思い出したと。
早苗は、妖夢の後姿を描いていた。正面ではなかったのは、妖夢が構えた時に、後姿の方が画になったからだ。ただ、きっと今妖夢は笑顔でいるのだろう。半霊が、妖夢の周りをくるんくるんと飛び回っていたからだ。
ラフな絵ではあったが、完成したものを妖夢に見せる。互いにそろそろ家路に着かなくてはならない時間になっていた。早苗の絵を妖夢はじいっと見ていたが、ばっと顔を上げると、微笑んだ。いい絵だと。
5,家族
夏の到来を感じる暑さのある日、八坂神奈子は縁側で絵を描く早苗の姿を見た。後ろに回っても気が付かないほど、早苗は集中している。風景でも描いているのだろうかと後ろからこっそりと盗み見る。鉛筆だけで描かれたそこにあったのは、並んだ机に窓に切り取られた空。何度か早苗についていったこともあるために分かる。教室の絵だった。
神奈子の気配に気が付いた早苗は、肩を大きく跳ね上げて吃驚しましたと柔らかく抗議した。眉尻を下げながら謝る神奈子は、どうして教室を描いているのかと、そのまま早苗に尋ねた。もしかしたら、何かマイナスな感情を抱いているのではないかと、そう思ったのだ。
早苗はそんな神奈子の胸中を知ってか知らずか、特に理由は無いと返した。玄関戸を叩く音が聞こえる。早苗は神奈子の横を通り過ぎ、はあいと大きな声を上げながら、玄関へと向かっていった。
縁側に置かれたスケッチブック。神奈子はそれを手に取り、一枚一枚と捲り始めた。そこにあったのは、幻想郷を早苗なりに写した、沢山のスケッチ。それを見て、神奈子は身体の奥からなんとも言えない感情が沸き上がるのを感じた。
自分たちは、早苗に無理を強いているのではないのだろうか。常日頃、神奈子と諏訪子が思っていることであった。人によっては過保護だと思うかもしれない、だが大切な家族なのだ。そしてそんな家族が哀しい思いをせぬように、二柱の神は沢山のことを早苗と共に行ってきた。それでも、早苗の心の内を知ることは出来なかった。
捲った先に、自分と諏訪子の寝顔を描いたものがあった。
時間の関係かラフな絵も随分と多い中、この絵は随分と丁寧に描かれている。つまりはそれだけ起きなかったのであろう。そういえば先日朝まで山の者たちと懇親の意を込めて飲み明かしていたことを思い出した。家に帰って早苗の出した味噌汁を飲んだところまでは憶えているが、その後は気が付いたら夕方になっていた。神なのに酔いつぶれるとは何事かと早苗にこってりと絞られたのだが、その時のものに違いなかった。
居間にいる諏訪子に手招きをし、スケッチを見せる。普段は飄々としている諏訪子であるが、絵を見て浮かべたその笑顔には、確かに柔らかな感情が浮かんでいた。
しかしアンタ不細工な寝顔だねえと、間髪入れずに諏訪子が煽る。それが開戦の合図だとばかりに神奈子はスケッチブックを元の場所にそっと戻すと、早苗が戻るまで居間で諏訪子と取っ組み合うのだった。
きっかけは、些細な事。古道具屋で見たスケッチブック。外の世界だとか、幻想郷だとか、この中では関係がない。ここに描かれる絵は早苗にとって幻想の車窓であり、感動の一瞬であり、思い出の墓であったから。いつしかスケッチブックは、彼女にとって旅の扉になっていた。
丁度天に上る太陽のように、夏もいよいよ暑さを増していた。いってきますと、早苗は神社を後にする。今日は何を残そうか。誰もいなくなった境内に、蝉の声だけが響いていた。
面白かったです
私も趣味で絵を描くので、楽しく読むことが出来ました
咲夜さんはさすが瀟洒やね
その人たちの人なりが出ていてとても好きです。
自画像というのは作者自身を描いた絵のことですので、「咲夜が書いたのであろう、早苗自身の自画像」という表現はおかしいと思います。
シーンごとの絵面が素晴らしく、まさに早苗にとっての夏のできごとといった雰囲気でした
妖夢の半霊が犬のしっぽみたいでかわいらしかったです
今は冬ですが、夏のだるい風を感じます