「よー! 香霖元気にしてるかー!」
バァンと勢いよく香霖堂の扉を空けた。しかしいつもの香霖の皮肉のような言葉がない。しかもカウンターを見ると香霖と眼鏡をかけていない菫子があたふたと何かを探しているような状況だった。
「……二人とも何しているんだ?」
怪訝に思って私は声をかける。流石にここまで慌てているのを見るのも不自然だったから。
「ああ、魔理沙か……」
気の抜けたような香霖の声。
「あっ、魔理沙さんこんにちは」
菫子は眼鏡がないとなんか腑抜けたように見えるな。大分失礼だとは思うけども。いや、流石に悪いか。
「何をそんなに慌てているんだよ。とりあえず落ち着こうぜ」
慌てたままでは話も聞けないからな。
「私の眼鏡が……眼鏡がそのまま動いて……」
「菫子、何を言っているんだ?」
香霖曰く。菫子が普段使っている眼鏡が何処かにいったそうだ。
普通に物を無くしたなら私は笑って一緒に探すのだけれども。
「魔法の森に降り立ったと思ったら何故かいきなり眼鏡に手足が生えてどこかに行ったの……眼鏡が無くて全然前が見えなかったから香霖堂まで来るの大変だったけれど……ねえ! 眼鏡を一緒に捕まえて!」
はあ。物に手足が生えたと。それなら鈴奈庵であったことに似ているが、恐らく今回のは菫子の眼鏡だけがなったんだろう。いつも被っている帽子やマントはそのままみたいだから。何故に眼鏡にピンポイントで来たのだろうか。
「うーん。ちょっと心当たりのあるからまずはそこに行ってから探してみようか」
一応、関係ないとは思うが小鈴に聞いてみよう。私と菫子は香霖堂から出ていった。ちなみに菫子は前が見えないみたいなので私の箒の後ろに乗せた。
***
「えっ、百鬼夜行絵巻を開いたかですか?」
鈴奈庵に着くやいなや私は絵巻を開いたが聞く。小鈴は挙動不審なので開いていると思う。絵巻と言う言葉を聞いた時点でこちらから目を逸らしたからな。
「ああ、開いたか? 菫子の眼鏡がどっかに行ったみたいなんだ。前みたいに影響しているかどうかの確認がしたくてな」
「ヒライテイマセンヨ」
……こりゃ開いたな。
「えーと、その絵巻?を開いたら何か不具合とかあるんですか?」
菫子が気になったのか話してくる。
「あ、菫子さんいたんですね」
なぜ気がつかなかった。隣にいたのにな。挙動不審になりすぎだろう。
「久しぶり小鈴ちゃん。最近来れなくてごめんねー」
「ありゃ、知り合ってたのか」
小鈴がやっとこちらをみて話す。そうして菫子が話す。
「里の中で知り合ったの。私が手品と称して見世物をしていた時にね」
菫子がそんなことをしていたなんてな。興味無さそうなのに。
「どうも面白かったんです。子供たちと一緒に見てました!」
話がズレたな。
「それで絵巻だっけか。簡単に言うとあれを開くと妖怪が増えるんだな。それで食器に足が生えて付喪神になりかけていたことがあったからそれを疑ってる」
詳細の説明はめんどくさいから簡潔に言う。そんなことがあったのかと目を丸くする菫子。
「イヤダナア……ワタシハヒラケテイマセンヨ」
また片言になる小鈴。バレバレだってば。
「おおっと、霊夢に言って絵巻を封印してもらってもいいんだぜ? それか阿求に言ってしこたま怒られるか?」
脅したくは無いがこうでもしないと隠すだろう。原因究明の時に隠されては困るのだ……
「ごめんなさい、絵巻を開けました。お願いですから二人には言わないでください」
速攻、椅子に座った状態のまま机に額を付けて謝っている小鈴。
価値ある物を読みたい気持ちは分かるが付喪神を増やしてくれたら困る。
「いつ開けた?」
「一週間前です……」
……ふむ。一週間前で菫子が幻想郷に入ってきた時があったのか?その時に影響を受けたのか?
「なあ菫子。お前一週間前に里に来てたか?」
「一週間前? そう言えば私、里にいたわ……」
眼鏡がないからか顔をしかめながら言っている。
「もしかするとだけどそれが影響受けたのかもな。とりあえず博麗神社に行ってみるか?」
アテはないがとりあえず聞いてみるしかない。
「魔理沙さん、お願いします! 霊夢さんには言わないでください!」
必死に頼み込んでくる。脅しただけだし、それに無闇やたらに言う意味もない。
「大丈夫、言わないさ。ほら菫子行くぞ」
「ちょっと魔理沙さん、いきなり手を引かないで」
私たち二人は小鈴に別れを告げて博麗神社に向かった。
***
「菫子、降りるぞ。気をつけろよ」
「分かりました」
博麗神社上空。自分だけなら境内に飛び降りるのだが後ろに人が乗っている状態では流石にゆっくり降りる。
トン、と降りると菫子は慣れない箒の飛行で平衡感覚を失ったのかフラリと転げそうになる。
「おっと」
左手を取って転げそうになるのを防ぐ。
「ありがとう」
姿勢を戻して歩き出す菫子。
「魔理沙、何してんのよ」
社務所の縁側から声がかかった。顔はしかめっ面だったが気にしないことにした。
「霊夢、菫子の眼鏡って歩いているの見てないか?」
「私の赤の眼鏡を見てませんかね?」
霊夢は少し考えるような仕草をする。
「また厄介事かしら? しかも歩いているって前に言っていたことじゃない。小鈴ちゃんが何かしたのかしら」
お得意の勘が冴えている。霊夢は厄介事には直ぐに対処するから……自分に不利益はこうむりたくないと思っているのだろうか。もしかするとそんなことは考えていないかもしれないが。
「霊夢さん、いつもかけている眼鏡を見たら教えてください。眼鏡がないと前が見えなくて」
「ここには来ないとは思うけども、見たら言うわね。目が悪いって大変なのね」
「前が本当に見えないです……眼鏡どこに行ったの……」
博麗神社でも見つからなかったからかしょんぼりする菫子。
「まだ二つしか見てないから他のところにもあるかもしれないな。そう落ち込むなよ」
ポンポンと私は菫子の肩を叩く。
次はどこに行こうか。紅魔館に行ってパチュリーにでも相談してみるかな。追い出されそうな気もするけれど。
「ほら次行くぞ。こういう時は動くのがいいさ」
「魔理沙、厄介事を持ち込まないでね」
物凄く気だるそうに言われる。
「私がいつ厄介事事なんて持ってきた?」
ニシシ、と笑って箒を用意して菫子を乗せる。
「いつも持ってくるでしょうがー!」
プンスコと怒っている顔が想像できる。
「はっはっはー! 知らないなー!」
ビュンと私は空を駆けた。
後ろで速さに驚く菫子。
「ああ、悪いな」
「いや別に良いんですけども。霊夢さんと仲良いですね」
ある程度高いところに来たため、空をゆっくりと移動しながら話す。
「あいつとは腐れ縁みたいなものだからな。一緒にいててたのしいぜ」
「ふーん……私はよく分からないけれど……」
少しだけつまらなさそうな返事。私は飛ぶことに集中した。
「あっ」
霧の湖にはいった所で菫子が何かを言った。
「ん?どうした?」
「リアルで呼ばれた、と言うか叩き起されそう」
そう言った途端に菫子は消えた。
は? 待って堕ちる!!!
「うわぁぁぁぁぁあ!?」
二人分を乗せていた箒は重心を失い、湖に真っ逆さまに堕ちる。いきなりのことすぎて舵取りも出来ずに私は水面と激突した。
……ちくしょう……痛い……
水の中から脱出してとりあえず一回家に帰ろうと思った。菫子の野郎……いきなり消えるのはやめてくれ……
~*~*~
私は母親に叩き起された。寝ている時にいきなり起こすのはやめてと言っているのに。
「菫子! お友達来てるわよ」
……友達? そんな人いたかな。私が起こした異変からは学校でも交流をするようにはしたけれども、そんなに仲が良いなんて思ってもいない。むしろ私は一人でいい。その根本的な考えは変わっていない。
「菫子! 待たせているんだから早く来なさい」
いつの間にか私の二階の部屋から降りていたお母さんから大きな声で呼ばれる。これ以上呼ばれるのも嫌だからとりあえず出よう。当たり障りの無い話をして幻想郷に行こう。そう思って私は眼鏡をかけようと……したが、そうだ無かったんだ。自分の付けているものが幻想郷に移動するのは便利なのか面倒なのか、本当に分からない。
私はトタトタと階段を降りて玄関へ。
「何かしら?」
「あっ、宇佐見さん。教室に忘れ物してたから……」
それでわざわざ届けに来たのか。仲良くもないところによく来るね……
「ありがとう……」
心底面倒だ。早く帰ってくれないか。そんなことを思いながら紙袋を渡されて受け取る。
「宇佐見さん、また学校で話そうね!」
そう言うとその子は玄関から出ていった。
……なんでだろうな。目が見えないからどの子か分からなかった。流石に眼鏡があって見えているのなら分かったとは思うけど。
「もう一回行こっか……眼鏡探さなきゃ……」
さっさと部屋に戻って私は幻想郷に行くために眠った。
***
現実で眠りについたと思ったらいきなり上空に投げ出された。
「うわっ!? ちょっ……!?」
バタバタしながらも無理矢理飛ぶ。とりあえず骨折とかはしたくないのでふわりと降りたてるくらいまでに減速した。
落ち着いたので周りを見ると。見渡す限りの竹。視界はぼんやりとしているが触った感じが竹だった。ここは迷いの竹林か。魔理沙さんと合流したいけれども……ここから出ないことには合流も出来ない。妹紅さんに会うことが出来れはここから出られるとは思うのだけれど。
「どうしようかな」
独り言のように話す。こうしていればどうにかなるような感じがしたから。根本的な解決にはなっていないけれども。
前が見えないけれど歩くかな。仕方ないから無理矢理空を飛ぶか、どちらかだ。確実に行けるのは空を飛ぶこと。そう思ったのでボヤける視界でカサカサと竹の葉に突っ込んでいった。避けている様でぶつかる。鋭い竹の葉は私の顔を少し切っていく。地味に痛いのが気になる。
竹林の上空に出ることが出来た。何も見当たらないのでとりあえず里の方に飛んで行こう……
***
ああ、当てがない。魔理沙さんの家に行くのも大変だから鈴奈庵に行こう。小鈴ちゃんに話を聞いてみようかな。早く眼鏡が帰ってきてくれないか。
ガラガラと扉を開けて鈴奈庵に入る。
「いらっしゃいませ〜ってあれ? 菫子さん? 眼鏡見つかってないんですね」
「また探しに来たよ……ってそこに座っているのは誰かしら?」
いつも小鈴ちゃんが座っている所にいるのは紫のおかっぱ……の髪型をした女の子。大きめの花の髪飾りをしている。服は小鈴ちゃんと似たような服に、その上に緑色の羽織りをしている。
「初めまして。宇佐見菫子さん」
その人が私の名前を言ったものだから驚く。
「あれ、初対面のはずでは?」
「異変のことはかねがね聞いていましたから。会って話して見たいと思っていたんですよ。私は稗田阿求です。よろしくお願いしますね。前にちらりと見たことありますけれど眼鏡をかけていませんね」
自己紹介から流れるように眼鏡のことを話す阿求さん。初めて会うのに何故眼鏡のことを知っているのだろうか。
「もーあんたは。いきなり言ったら菫子さん驚いているじゃない」
小鈴ちゃんが阿求さんの近くに行きながら言う。
「小鈴が菫子さんの眼鏡のことどうなったと思うとかを聞くんだから本人が来ればそりゃあその話になるじゃない」
「それもそうだけど……」
話に置いてけぼりにされている。二人は仲が良いのだろうか、言い合いをしている。
こうやって話の外にされるのには慣れている。仲良くしたいなんて思わないけれども。少しは人を見てみよう、と思ったくせに結局見ることは出来ないんだから。
「……子さん、菫子さん? どうしました?」
飛んだ意識が小鈴ちゃんに声をかけられて戻る。
「ああ、ごめんなさい。少しだけぼおっとしてたわ……」
恐らく間抜けな顔をしているんだろうか。
「菫子さんの眼鏡はある妖怪が着けているのを見ましたよ」
阿求さんは聞き捨てならないことを言う。
「へっ!? どこですか!?」
思わず声を上げてしまう。ずっと見えないのは困りものだから早く帰ってきて欲しいのだ。
「ああ……命蓮寺の面霊気の付喪神、秦こころが赤い眼鏡をかけてお寺に向かっているのを見ましたね」
秦こころ……ってあのお面の子か!
「ありがとう阿求さん! 命蓮寺に行ってくる!」
グルっと後ろを向いて走り出そうとした。
「あっ、ちょっと待って……」
「ふぎゃ!」
ドンッ!
小鈴ちゃんの静止も虚しく私は誰かとぶつかった。
「いてて……おい菫子、少しは前を見ろよ」
倒れて人は見えなかったが声で分かった。魔理沙さんだった。
「いや、急いでいたんで……」
「急いでいるからって前見えてないのにこんな風に転けたらどうするんだよ」
私が立ち上がったと同時に魔理沙さんは私にデコピンをした。
「痛っ!」
思いの外強かった。おでこがジンジンする。
「乗りかかった船だし、私も着いていくよ。こころに話しを聞きに行こう。阿求ありがとな」
魔理沙さんと合流も出来て、情報もくれた小鈴ちゃんと阿求さんに感謝。
「いえいえ。お礼には及びません。もし異変解決したのならまた話を聞かせてくださいな」
「本当に阿求はそればっかだな……」
小鈴ちゃんのツッコミ。
「小鈴に言われたくないわ」
即座に阿求さんは反撃していた。
***
ザッザッと里の中を歩いていく。
「そういや、消えてから戻って来たらどこに出たんだ?」
魔理沙さんは聞いてくる。
「迷いの竹林の上空に出ましたね。いきなり落ちてびっくりしました」
「ほお……どこに出るとか分からないんだな」
私にも謎なので答えようがない。
「分かったら良いんですけどね。分からないのでいつも落ちたり、水の中に入っていたり、色々災難に会います」
「……体壊すなよ」
「ええ、壊しませんよ。ありがとうございます」
そろそろ命蓮寺につきそうだ……
門から寺の中に入ると御堂の中に沢山の人がいた。
「説法しているんだな」
何かと言うことを聞こうとしたら魔理沙さんは独り言のように呟いていた。
「こころさんが出てくるまで待ちますか……」
説法をされている部屋の縁側で私たちは座って待った。
ざわざわと説法を聞き終わった人たちが部屋から出てくる。
「こころはどこだ……」
私と魔理沙さんは人だかりの中でキョロキョロと辺りを見る。
「むむっ、この眼鏡の持ち主ではないか」
こころさんが私たちの後ろから話しかけてくる。
後ろを振り向くと私の赤い眼鏡をかけているではないか。阿求さんの言うことは本当だったんだ……!
それと眼鏡には手足は生えていなかった。
「眼鏡を返してくれないかしら」
「嫌だ」
えっ。なんでそこでそう言うのか。
「この眼鏡は最近持ち主に手酷く扱われてあなたの元に戻るのを嫌がっている。なら我々は物の味方になるぞ。だから返さない」
頭に浮いている面が般若に変わった。
「ならあなたに勝てば眼鏡は返してもらえるのかしら?」
嫌がるというのならば無理矢理取り返すまで。前は見えないけどどうにかなると思う。
「ふん、我々に勝てるかな!」
こころさんは薙刀を取り出して、私たちは激突した。
~*~*~
あーあ、あいつら堂内で肉弾戦始めやがった。聖の怒りを食らっても知らないぞ。
二人の攻撃が当たらないように空を飛びながら思う。
と言うかそもそも菫子は眼鏡に何をしたんだか。そのくだりが本当につまらなかったら一緒に探した意味は半分消えるようなものだ。
「こころちゃん、本気で戦ってるわね」
隣にふわふわと飛ぶは古明地こいし。
「お、久しぶりこいし。あの二人どっちが勝つと思う?」
「お久しぶり魔理沙。どーだろうねえ、菫子さんも本気そうだから分かんないや」
手を頭に組みながら寝転ぶように飛んでいるこいし。
「おいおいだらしないぞ。どっちが勝とうとも私には関係ないがな……まあ菫子が勝ってくれると嬉しいかな」
「魔理沙はお姉ちゃんじゃないんだからー。ふーん、そう思うんだね。私はとりあえず帰るね」
そう言ってこいしは消えた。行動が速いことで。
「こらっ! あなた達! 何をしているのですか!」
あ、聖が怒った。死なない程度に二人のみぞおちに拳を入れている。痛そうだ。
そうして二人は聖の前で正座をして、しこたま怒られていた。
***
「あー……酷い目にあったわ」
菫子はみぞおちを擦りながら里を歩く。探しに探した眼鏡はちゃんと返してもらうことが出来たのでしっかりとかけている。
「それは堂内で暴れたからだろ? 自業自得じゃないか」
「ぐっ、確かにそうだけども……って、魔理沙さんは見てただけじゃない!」
ヒュウと口笛を吹いて他所を向いた。
「だってなあ。私は一緒に探していただけだしな。返ってきたからいいじゃないか」
「……まあいいわ……ちゃんと返ってきただけ……」
『物は大切に使ってやってくれ。どんな物にも意思がある。だから酷い目に合わせないで』
菫子がこころに言われた言葉。付喪神の言葉だからか納得して眼鏡を返してもらっていた。
「ちゃんと大切に使ってあげようって思ったわ」
「それがいいさ。それじゃあ私は帰る。菫子も気をつけろよ」
ふわりと私は箒にまたがる。
「魔理沙さんありがとう」
「おう。じゃあな」
私は魔法の森に進路を取った。
~*~*~
今日は眼鏡を失くしたことから色々なことがあった。知り合いの人も初めて会う人も、紳士に対応してくれた。本当にありがたい事だとは、思う。
物は大切にしようと思えた。イライラして眼鏡を投げるのをやめようと思う。今更かもしれないけれども。
「もう逃げないでね」
目にかかった眼鏡に言う。
私は気が付かない。カタリ、と動いたものたちがいたということを。
バァンと勢いよく香霖堂の扉を空けた。しかしいつもの香霖の皮肉のような言葉がない。しかもカウンターを見ると香霖と眼鏡をかけていない菫子があたふたと何かを探しているような状況だった。
「……二人とも何しているんだ?」
怪訝に思って私は声をかける。流石にここまで慌てているのを見るのも不自然だったから。
「ああ、魔理沙か……」
気の抜けたような香霖の声。
「あっ、魔理沙さんこんにちは」
菫子は眼鏡がないとなんか腑抜けたように見えるな。大分失礼だとは思うけども。いや、流石に悪いか。
「何をそんなに慌てているんだよ。とりあえず落ち着こうぜ」
慌てたままでは話も聞けないからな。
「私の眼鏡が……眼鏡がそのまま動いて……」
「菫子、何を言っているんだ?」
香霖曰く。菫子が普段使っている眼鏡が何処かにいったそうだ。
普通に物を無くしたなら私は笑って一緒に探すのだけれども。
「魔法の森に降り立ったと思ったら何故かいきなり眼鏡に手足が生えてどこかに行ったの……眼鏡が無くて全然前が見えなかったから香霖堂まで来るの大変だったけれど……ねえ! 眼鏡を一緒に捕まえて!」
はあ。物に手足が生えたと。それなら鈴奈庵であったことに似ているが、恐らく今回のは菫子の眼鏡だけがなったんだろう。いつも被っている帽子やマントはそのままみたいだから。何故に眼鏡にピンポイントで来たのだろうか。
「うーん。ちょっと心当たりのあるからまずはそこに行ってから探してみようか」
一応、関係ないとは思うが小鈴に聞いてみよう。私と菫子は香霖堂から出ていった。ちなみに菫子は前が見えないみたいなので私の箒の後ろに乗せた。
***
「えっ、百鬼夜行絵巻を開いたかですか?」
鈴奈庵に着くやいなや私は絵巻を開いたが聞く。小鈴は挙動不審なので開いていると思う。絵巻と言う言葉を聞いた時点でこちらから目を逸らしたからな。
「ああ、開いたか? 菫子の眼鏡がどっかに行ったみたいなんだ。前みたいに影響しているかどうかの確認がしたくてな」
「ヒライテイマセンヨ」
……こりゃ開いたな。
「えーと、その絵巻?を開いたら何か不具合とかあるんですか?」
菫子が気になったのか話してくる。
「あ、菫子さんいたんですね」
なぜ気がつかなかった。隣にいたのにな。挙動不審になりすぎだろう。
「久しぶり小鈴ちゃん。最近来れなくてごめんねー」
「ありゃ、知り合ってたのか」
小鈴がやっとこちらをみて話す。そうして菫子が話す。
「里の中で知り合ったの。私が手品と称して見世物をしていた時にね」
菫子がそんなことをしていたなんてな。興味無さそうなのに。
「どうも面白かったんです。子供たちと一緒に見てました!」
話がズレたな。
「それで絵巻だっけか。簡単に言うとあれを開くと妖怪が増えるんだな。それで食器に足が生えて付喪神になりかけていたことがあったからそれを疑ってる」
詳細の説明はめんどくさいから簡潔に言う。そんなことがあったのかと目を丸くする菫子。
「イヤダナア……ワタシハヒラケテイマセンヨ」
また片言になる小鈴。バレバレだってば。
「おおっと、霊夢に言って絵巻を封印してもらってもいいんだぜ? それか阿求に言ってしこたま怒られるか?」
脅したくは無いがこうでもしないと隠すだろう。原因究明の時に隠されては困るのだ……
「ごめんなさい、絵巻を開けました。お願いですから二人には言わないでください」
速攻、椅子に座った状態のまま机に額を付けて謝っている小鈴。
価値ある物を読みたい気持ちは分かるが付喪神を増やしてくれたら困る。
「いつ開けた?」
「一週間前です……」
……ふむ。一週間前で菫子が幻想郷に入ってきた時があったのか?その時に影響を受けたのか?
「なあ菫子。お前一週間前に里に来てたか?」
「一週間前? そう言えば私、里にいたわ……」
眼鏡がないからか顔をしかめながら言っている。
「もしかするとだけどそれが影響受けたのかもな。とりあえず博麗神社に行ってみるか?」
アテはないがとりあえず聞いてみるしかない。
「魔理沙さん、お願いします! 霊夢さんには言わないでください!」
必死に頼み込んでくる。脅しただけだし、それに無闇やたらに言う意味もない。
「大丈夫、言わないさ。ほら菫子行くぞ」
「ちょっと魔理沙さん、いきなり手を引かないで」
私たち二人は小鈴に別れを告げて博麗神社に向かった。
***
「菫子、降りるぞ。気をつけろよ」
「分かりました」
博麗神社上空。自分だけなら境内に飛び降りるのだが後ろに人が乗っている状態では流石にゆっくり降りる。
トン、と降りると菫子は慣れない箒の飛行で平衡感覚を失ったのかフラリと転げそうになる。
「おっと」
左手を取って転げそうになるのを防ぐ。
「ありがとう」
姿勢を戻して歩き出す菫子。
「魔理沙、何してんのよ」
社務所の縁側から声がかかった。顔はしかめっ面だったが気にしないことにした。
「霊夢、菫子の眼鏡って歩いているの見てないか?」
「私の赤の眼鏡を見てませんかね?」
霊夢は少し考えるような仕草をする。
「また厄介事かしら? しかも歩いているって前に言っていたことじゃない。小鈴ちゃんが何かしたのかしら」
お得意の勘が冴えている。霊夢は厄介事には直ぐに対処するから……自分に不利益はこうむりたくないと思っているのだろうか。もしかするとそんなことは考えていないかもしれないが。
「霊夢さん、いつもかけている眼鏡を見たら教えてください。眼鏡がないと前が見えなくて」
「ここには来ないとは思うけども、見たら言うわね。目が悪いって大変なのね」
「前が本当に見えないです……眼鏡どこに行ったの……」
博麗神社でも見つからなかったからかしょんぼりする菫子。
「まだ二つしか見てないから他のところにもあるかもしれないな。そう落ち込むなよ」
ポンポンと私は菫子の肩を叩く。
次はどこに行こうか。紅魔館に行ってパチュリーにでも相談してみるかな。追い出されそうな気もするけれど。
「ほら次行くぞ。こういう時は動くのがいいさ」
「魔理沙、厄介事を持ち込まないでね」
物凄く気だるそうに言われる。
「私がいつ厄介事事なんて持ってきた?」
ニシシ、と笑って箒を用意して菫子を乗せる。
「いつも持ってくるでしょうがー!」
プンスコと怒っている顔が想像できる。
「はっはっはー! 知らないなー!」
ビュンと私は空を駆けた。
後ろで速さに驚く菫子。
「ああ、悪いな」
「いや別に良いんですけども。霊夢さんと仲良いですね」
ある程度高いところに来たため、空をゆっくりと移動しながら話す。
「あいつとは腐れ縁みたいなものだからな。一緒にいててたのしいぜ」
「ふーん……私はよく分からないけれど……」
少しだけつまらなさそうな返事。私は飛ぶことに集中した。
「あっ」
霧の湖にはいった所で菫子が何かを言った。
「ん?どうした?」
「リアルで呼ばれた、と言うか叩き起されそう」
そう言った途端に菫子は消えた。
は? 待って堕ちる!!!
「うわぁぁぁぁぁあ!?」
二人分を乗せていた箒は重心を失い、湖に真っ逆さまに堕ちる。いきなりのことすぎて舵取りも出来ずに私は水面と激突した。
……ちくしょう……痛い……
水の中から脱出してとりあえず一回家に帰ろうと思った。菫子の野郎……いきなり消えるのはやめてくれ……
~*~*~
私は母親に叩き起された。寝ている時にいきなり起こすのはやめてと言っているのに。
「菫子! お友達来てるわよ」
……友達? そんな人いたかな。私が起こした異変からは学校でも交流をするようにはしたけれども、そんなに仲が良いなんて思ってもいない。むしろ私は一人でいい。その根本的な考えは変わっていない。
「菫子! 待たせているんだから早く来なさい」
いつの間にか私の二階の部屋から降りていたお母さんから大きな声で呼ばれる。これ以上呼ばれるのも嫌だからとりあえず出よう。当たり障りの無い話をして幻想郷に行こう。そう思って私は眼鏡をかけようと……したが、そうだ無かったんだ。自分の付けているものが幻想郷に移動するのは便利なのか面倒なのか、本当に分からない。
私はトタトタと階段を降りて玄関へ。
「何かしら?」
「あっ、宇佐見さん。教室に忘れ物してたから……」
それでわざわざ届けに来たのか。仲良くもないところによく来るね……
「ありがとう……」
心底面倒だ。早く帰ってくれないか。そんなことを思いながら紙袋を渡されて受け取る。
「宇佐見さん、また学校で話そうね!」
そう言うとその子は玄関から出ていった。
……なんでだろうな。目が見えないからどの子か分からなかった。流石に眼鏡があって見えているのなら分かったとは思うけど。
「もう一回行こっか……眼鏡探さなきゃ……」
さっさと部屋に戻って私は幻想郷に行くために眠った。
***
現実で眠りについたと思ったらいきなり上空に投げ出された。
「うわっ!? ちょっ……!?」
バタバタしながらも無理矢理飛ぶ。とりあえず骨折とかはしたくないのでふわりと降りたてるくらいまでに減速した。
落ち着いたので周りを見ると。見渡す限りの竹。視界はぼんやりとしているが触った感じが竹だった。ここは迷いの竹林か。魔理沙さんと合流したいけれども……ここから出ないことには合流も出来ない。妹紅さんに会うことが出来れはここから出られるとは思うのだけれど。
「どうしようかな」
独り言のように話す。こうしていればどうにかなるような感じがしたから。根本的な解決にはなっていないけれども。
前が見えないけれど歩くかな。仕方ないから無理矢理空を飛ぶか、どちらかだ。確実に行けるのは空を飛ぶこと。そう思ったのでボヤける視界でカサカサと竹の葉に突っ込んでいった。避けている様でぶつかる。鋭い竹の葉は私の顔を少し切っていく。地味に痛いのが気になる。
竹林の上空に出ることが出来た。何も見当たらないのでとりあえず里の方に飛んで行こう……
***
ああ、当てがない。魔理沙さんの家に行くのも大変だから鈴奈庵に行こう。小鈴ちゃんに話を聞いてみようかな。早く眼鏡が帰ってきてくれないか。
ガラガラと扉を開けて鈴奈庵に入る。
「いらっしゃいませ〜ってあれ? 菫子さん? 眼鏡見つかってないんですね」
「また探しに来たよ……ってそこに座っているのは誰かしら?」
いつも小鈴ちゃんが座っている所にいるのは紫のおかっぱ……の髪型をした女の子。大きめの花の髪飾りをしている。服は小鈴ちゃんと似たような服に、その上に緑色の羽織りをしている。
「初めまして。宇佐見菫子さん」
その人が私の名前を言ったものだから驚く。
「あれ、初対面のはずでは?」
「異変のことはかねがね聞いていましたから。会って話して見たいと思っていたんですよ。私は稗田阿求です。よろしくお願いしますね。前にちらりと見たことありますけれど眼鏡をかけていませんね」
自己紹介から流れるように眼鏡のことを話す阿求さん。初めて会うのに何故眼鏡のことを知っているのだろうか。
「もーあんたは。いきなり言ったら菫子さん驚いているじゃない」
小鈴ちゃんが阿求さんの近くに行きながら言う。
「小鈴が菫子さんの眼鏡のことどうなったと思うとかを聞くんだから本人が来ればそりゃあその話になるじゃない」
「それもそうだけど……」
話に置いてけぼりにされている。二人は仲が良いのだろうか、言い合いをしている。
こうやって話の外にされるのには慣れている。仲良くしたいなんて思わないけれども。少しは人を見てみよう、と思ったくせに結局見ることは出来ないんだから。
「……子さん、菫子さん? どうしました?」
飛んだ意識が小鈴ちゃんに声をかけられて戻る。
「ああ、ごめんなさい。少しだけぼおっとしてたわ……」
恐らく間抜けな顔をしているんだろうか。
「菫子さんの眼鏡はある妖怪が着けているのを見ましたよ」
阿求さんは聞き捨てならないことを言う。
「へっ!? どこですか!?」
思わず声を上げてしまう。ずっと見えないのは困りものだから早く帰ってきて欲しいのだ。
「ああ……命蓮寺の面霊気の付喪神、秦こころが赤い眼鏡をかけてお寺に向かっているのを見ましたね」
秦こころ……ってあのお面の子か!
「ありがとう阿求さん! 命蓮寺に行ってくる!」
グルっと後ろを向いて走り出そうとした。
「あっ、ちょっと待って……」
「ふぎゃ!」
ドンッ!
小鈴ちゃんの静止も虚しく私は誰かとぶつかった。
「いてて……おい菫子、少しは前を見ろよ」
倒れて人は見えなかったが声で分かった。魔理沙さんだった。
「いや、急いでいたんで……」
「急いでいるからって前見えてないのにこんな風に転けたらどうするんだよ」
私が立ち上がったと同時に魔理沙さんは私にデコピンをした。
「痛っ!」
思いの外強かった。おでこがジンジンする。
「乗りかかった船だし、私も着いていくよ。こころに話しを聞きに行こう。阿求ありがとな」
魔理沙さんと合流も出来て、情報もくれた小鈴ちゃんと阿求さんに感謝。
「いえいえ。お礼には及びません。もし異変解決したのならまた話を聞かせてくださいな」
「本当に阿求はそればっかだな……」
小鈴ちゃんのツッコミ。
「小鈴に言われたくないわ」
即座に阿求さんは反撃していた。
***
ザッザッと里の中を歩いていく。
「そういや、消えてから戻って来たらどこに出たんだ?」
魔理沙さんは聞いてくる。
「迷いの竹林の上空に出ましたね。いきなり落ちてびっくりしました」
「ほお……どこに出るとか分からないんだな」
私にも謎なので答えようがない。
「分かったら良いんですけどね。分からないのでいつも落ちたり、水の中に入っていたり、色々災難に会います」
「……体壊すなよ」
「ええ、壊しませんよ。ありがとうございます」
そろそろ命蓮寺につきそうだ……
門から寺の中に入ると御堂の中に沢山の人がいた。
「説法しているんだな」
何かと言うことを聞こうとしたら魔理沙さんは独り言のように呟いていた。
「こころさんが出てくるまで待ちますか……」
説法をされている部屋の縁側で私たちは座って待った。
ざわざわと説法を聞き終わった人たちが部屋から出てくる。
「こころはどこだ……」
私と魔理沙さんは人だかりの中でキョロキョロと辺りを見る。
「むむっ、この眼鏡の持ち主ではないか」
こころさんが私たちの後ろから話しかけてくる。
後ろを振り向くと私の赤い眼鏡をかけているではないか。阿求さんの言うことは本当だったんだ……!
それと眼鏡には手足は生えていなかった。
「眼鏡を返してくれないかしら」
「嫌だ」
えっ。なんでそこでそう言うのか。
「この眼鏡は最近持ち主に手酷く扱われてあなたの元に戻るのを嫌がっている。なら我々は物の味方になるぞ。だから返さない」
頭に浮いている面が般若に変わった。
「ならあなたに勝てば眼鏡は返してもらえるのかしら?」
嫌がるというのならば無理矢理取り返すまで。前は見えないけどどうにかなると思う。
「ふん、我々に勝てるかな!」
こころさんは薙刀を取り出して、私たちは激突した。
~*~*~
あーあ、あいつら堂内で肉弾戦始めやがった。聖の怒りを食らっても知らないぞ。
二人の攻撃が当たらないように空を飛びながら思う。
と言うかそもそも菫子は眼鏡に何をしたんだか。そのくだりが本当につまらなかったら一緒に探した意味は半分消えるようなものだ。
「こころちゃん、本気で戦ってるわね」
隣にふわふわと飛ぶは古明地こいし。
「お、久しぶりこいし。あの二人どっちが勝つと思う?」
「お久しぶり魔理沙。どーだろうねえ、菫子さんも本気そうだから分かんないや」
手を頭に組みながら寝転ぶように飛んでいるこいし。
「おいおいだらしないぞ。どっちが勝とうとも私には関係ないがな……まあ菫子が勝ってくれると嬉しいかな」
「魔理沙はお姉ちゃんじゃないんだからー。ふーん、そう思うんだね。私はとりあえず帰るね」
そう言ってこいしは消えた。行動が速いことで。
「こらっ! あなた達! 何をしているのですか!」
あ、聖が怒った。死なない程度に二人のみぞおちに拳を入れている。痛そうだ。
そうして二人は聖の前で正座をして、しこたま怒られていた。
***
「あー……酷い目にあったわ」
菫子はみぞおちを擦りながら里を歩く。探しに探した眼鏡はちゃんと返してもらうことが出来たのでしっかりとかけている。
「それは堂内で暴れたからだろ? 自業自得じゃないか」
「ぐっ、確かにそうだけども……って、魔理沙さんは見てただけじゃない!」
ヒュウと口笛を吹いて他所を向いた。
「だってなあ。私は一緒に探していただけだしな。返ってきたからいいじゃないか」
「……まあいいわ……ちゃんと返ってきただけ……」
『物は大切に使ってやってくれ。どんな物にも意思がある。だから酷い目に合わせないで』
菫子がこころに言われた言葉。付喪神の言葉だからか納得して眼鏡を返してもらっていた。
「ちゃんと大切に使ってあげようって思ったわ」
「それがいいさ。それじゃあ私は帰る。菫子も気をつけろよ」
ふわりと私は箒にまたがる。
「魔理沙さんありがとう」
「おう。じゃあな」
私は魔法の森に進路を取った。
~*~*~
今日は眼鏡を失くしたことから色々なことがあった。知り合いの人も初めて会う人も、紳士に対応してくれた。本当にありがたい事だとは、思う。
物は大切にしようと思えた。イライラして眼鏡を投げるのをやめようと思う。今更かもしれないけれども。
「もう逃げないでね」
目にかかった眼鏡に言う。
私は気が付かない。カタリ、と動いたものたちがいたということを。
ただ、気になる事が二、三。
先ず、殆ど前が見えていない筈の菫子が何故阿求の見た目に関する描写をしっかりしていたのか。声など、視覚以外の情報を多目にした方が良いと思います
次に、物が動く→百鬼夜行絵巻→小鈴という流れは良いと思いましたが、輝針城(異変)→針妙丸という流れもアリだったのではないかと。
全て私の私的な意見ですので、多少間違ってしまった所もあると思いますが、直したらもっと良くなると思います。
偉そうに長文すみませんでした。
失ってはじめてわかる眼鏡の大切さ
原作の絡めかたいいですね