四月、宇佐見蓮子は酉京都大学に二十一歳で入学した。
同級生たちと比べて数年遅い入学となっているが、その事実は誰にも知られてはいけない。なぜなら彼女は一度、大学への進学資格を放棄した人間だからだ。
選民思想が大手を振っている科学世紀において大学とは選ばれた一部の者しか進学が許されない場所だ。そして一度その資格を放棄した者には二度とその機会は与えられない。だから彼女が日本の最高学府たるこの大学にいることは本来ならありえないことだ。
彼女はとある仕事のためにこの大学に入学することとなった。
そもそもなぜこんなことになったのか、何の仕事のためにこんなところにいるのか、それを知るためには同時に彼女の身の上も知ることになるだろう。
蓮子が高校三年生の時の話、彼女は酉京都大学への進学する権利が与えられた。
家族や友人たちに祝福されたし、校長から表彰を受ける一歩手前まで話が進んでいた。しかし彼女はこれを放棄した。放棄した理由は「進学してもやりたいことがないから」という科学世紀の尺度では考えられないものだった。
大学に進学する権利が与えられる者は全国の高校生の約四割から五ほど割でその中から酉京都大学に進学できる者はさらに絞られる。大学に進学できるだけでも能力が高い選ばれた人間で動かす科学世紀の社会においては将来が約束されたようなものだ。その中でも酉京都大学となれば何かしらのトップかそれに近いポストに就くことができるだろう。
卒業後の彼女は何か面白い仕事はないかと探した結果、探偵という仕事に行きついた。
科学世紀において探偵業は意外にも需要が高い。その理由は選民思想にある。
今の日本はかつてあった少子高齢化によって発生した人口減少によって発生するリスクを選民性によって回避することに成功した。その結果として勤勉で能力の高い選ばれた者たちを中心に社会を形成している。そのような社会情勢において選ばれなかった者たちは公的機関の利用などに制限がかかる。この制限には警察も含まれており、選ばれなかった者が被害届を出しても受理されないことなど珍しくない。そこで探偵が警察に代わりにそのような案件を請け負っているというのが現状だ。
もちろん従来の浮気調査なども依頼されることもある。
当然のことではあるが、日本が選民性を布いたことは国際的な批判が多く、国としての評価は大きく下がったことは周知の事実だ。
蓮子は勤め先の探偵事務所の所長、森近に新しい案件を任せたいと呼び出されていた。
生体認証でドアを開けると軽快なベルが鳴る音が彼女を迎え入れた。
普段なら事務員がいるはずだが今日はおらず、森近が来客用の応接セットに腰を掛けていた。
森近は本人曰く、地毛らしい短い白髪に黒縁の眼鏡をかけた三十代の男性だ。仕事用の紺色のスーツを着ている。
彼に正面のソファに座るように促され、彼女は腰を下ろすととある資料が手渡された。それは二週間ほど前に行われた模試の結果だった。文系科目は平均程度で理系科目は群を抜いており、全国トップクラスの成績だった。
「数年、勉強から離れていてこの成績なんて、君の全盛期はどんなだったのか気になるところではあるね」
彼はそうコメントするものの大して驚いている様子はない。わかっていたという風だ。
「当然じゃないですか。数年前までは現役の女子高生だったんですよ」
彼女は得意げに笑い返す。
「現役の高校生でもこの成績を出せるかどうかはあやしくはあるがね。資格は十分のようだ。それでは仕事の話をしよう」
彼はとある女性の画像が張り付けられた履歴書のような書類を彼女に渡す。
受け取った書類に書かれている女性の名前はマエリベリー・ハーン。癖のある金髪が肩の辺りまで伸び、きれいな碧眼をしている。さながら人形のように整った顔立ちをしており、かわいいというより美しいタイプの美人だ。年齢は今年で十九歳と蓮子よりも二つ下で酉京都大学に留学予定の外国人のようだ。
「今どき日本への留学生なんて珍しいですね。この子が何かしたんですか?それとも何かするんですか?」
「彼女が何かをするのか、したのかはわからない。もしかしたらこれから何か起こすのかもしれないね。君に頼みたいのはその子の監視だ。酉京都大学に入学してね」
彼はそう言って酉京都大学のパンフレットを机に置いた。
「質の悪い冗談だと思うかもしれないがこれは正式な依頼なんだ。君の戸籍を確認してみるといい。もう手をまわしているはずだ」
彼女は携帯端末でいつでも確認することができる自分の戸籍情報を確認する。そこには一度放棄したはずの酉京都大学への進学が再び許可されていた。
彼女は乾いた笑いをこぼす。
「森近さん、いったい何をしたんですか?あなたにそんな権力があったなんて知りませんでしたよ」
彼女は冗談めかして彼に尋ねる。
それに対して彼は肩をすくめて答える。
「まさか、僕にそんな権力はないよ。全て依頼者が手をまわしたことだ」
「この依頼、大丈夫なんですか?依頼者が何者か分かったものじゃないですよ」
森近はその通りだとため息をつく。
「まさかうちにこんな依頼が来るなんてね。依頼者について調べてはいるが匿名のメールでの依頼で手がかりが少なくて難航している。それにこんなことができる権力者からの依頼を断ったら何をされるか分かったものじゃない。だから君の意思に一任しようと思う」
彼の疲れた表情からよく調べていたことが伺える。目元にはまだ落ち切っていない薄いくまを確認することもできる。
彼女がもし断ったら?と尋ねると彼は腹を括ろうと答えた。
「わかりました、その案件受けましょう。こんな私を雇ってくれた恩もありますし、それに免じてということで」
それを聞いた彼はほっとしたような表情を見せた。
「今回の案件、数百万単位の依頼料が振り込まれている上に依頼人の素性がわからない。十分に気をつけてくれ。何が起きても不思議じゃない」
彼はそう言いながら誓約書を出した。
誓約書の内容はこうだ。
一、期間はマエリベリー・ハーンが大学を卒業するまでの間。彼女が大学院に進学する又は留年するようなことがあればその期間を延長する。
二、ターゲットに接触し、友好的に接すること。
三、在学期間中に発生する費用に関しては学費や生活費、交際費も含めて全て依頼者から経費として支払われる。
四、在学期間中は事務所側から一定の給料が支払われる。
五、週に一回、ターゲットであるマエリベリー・ハーンの動向を調査日誌という形にまとめて所長にメールにて提出すること。この内容と同じものを依頼人に提出される。
六、調査日誌には嘘偽りなく、全ての内容と記録すること。
この六つを守ることが書かれた誓約書にサインした。
このような理由があって酉京都大学に裏口入学を果たした蓮子だった。
食堂でミートソーススパゲティを購入し、マエリベリーの姿を探す。
彼女は窓際の二人掛けの席に座っており、正面の席が空いていた。
今までの仕事で身に着けたさりげなく人に近づく技術を持って自然にマエリベリーの正面の席に座る。
コツは下手に様子をうかがわす、思い切りよく臨むことだ。
マエリベリーは正面に座ってきた蓮子をちらりと見るが特に気に留める様子はなく、サンドウィッチをかじりながら携帯端末を眺めている。
蓮子はフォークでパスタとソースが絡むように混ぜながらマエリベリーに話しかけた。
「今年の一年生に美人な留学生がいるって話を聞いたんだけどあなたのことよね。マエリベリー・ハーンさん」
話しかけられたマエリベリーはサンドウィッチをかじるのをやめ、蓮子を物珍し気に見る。
「驚いたわ。あなた、私の名前を噛まずに発音できるのね。日本人には発音しにくいみたいなんだけど」
蓮子は耳元に装着している小型の翻訳機からの音声ではなく彼女の口から流暢な日本語が発せられたことに心底驚いた。まるで何年も日本で生活していたかのような完璧な発音だ。
「あなたも流暢な日本語ね。私の名前は宇佐見蓮子、よろしくね」
仕事柄ポーカーフェイスになれているお陰で驚きを表情に出すことなく会話の継続を試みる。それに対して彼女は興味なさげによろしくとだけ言って携帯端末に視線を戻そうとする。
せっかく興味を引いたのに手放してたまるかと話を続ける。
「ハーンさんは知らないかもしれないけどあなた、有名人なのよ。このご時世で留学生なんて珍しいし、それに相当な美人ときた。話題性抜群ね」
実際に有名かどうかは知らないが、これだけ目立つ見た目なら印象には残りやすいはずだ。嘘はついてないだろう。
彼女はちらりと蓮子を見たのちに携帯端末に視線を戻す。
「そうだったのね、それは知らなかったわ。それであなたは私のことを見に来たというわけね」
彼女は努めて事務的に返答する。
蓮子に興味を示していないことが手に取るようにわかる。
「そういうことになるわね。私はかわいい女の子が好きなのよ。あなたもその例外じゃないわ。だからこうしてお近づきになりに来たわけ」
でまかせでもいいからとりあえず気を引くようなことを言う。会話を続けることが友好的に接する第一歩だ。
彼女は同性愛には興味がないのと返答すると蓮子はとんだ勘違いだわと首を振って見せた。
こうしてマエリベリーと接触する日々が始まった。
昼休みには彼女の向かいの席に座り、世間話をする。その他にも大学内で見かけたときには必ず声をかける。
彼女の時間割を調べ、毎週同じ時間に会うようにするなどストーカーじみた行為を繰り返した。
本人もストーカーじみていることは自覚しているが、これも仕事の一環だと割り切って久しい。
最初は適当にあしらわれている感じだったが、根負けしたのか挨拶すれば会釈する程度ではあるが反応が返ってくるようになった。
昼休みの世間話では決まった蓮子から話始めるが最初のように興味なさげではなく、蓮子を見て会話してくれるようになったし、いくらかこちらの話に興味を持ってくれているようだ。
蓮子から見た彼女の第一印象は物静かな美人で人付き合いが上手なほうではないという印象だった。しかし最近では人見知りをする人で慣れている人であれば気軽に話せる人なのではないかと印象が変わってきた。
ある日の昼休み、いつも通り彼女の向かい側に座る。
最近では同じ学科の友人たちを振り切るのにも手慣れてきたものだ。
いつもなら蓮子から話始めるのだが、今日は彼女のほうから話しかけてきた。
「宇佐見さんって私が見かけるときはいつも友人と一緒にいるけど、昼休みの時だけはなぜ、一人で私のところに来ているのかしら?」
初めて彼女が蓮子に興味を持った。これを逃さない手はない。
そうね、と肘をついて少し口元を触る仕草の後に言葉を返した。
「私のみ立てではハーンさんが人見知りしそうな人だからこうして一人で来ているわ。それにね……」
蓮子は口ごもり彼女の眼を見て、もたちぶるようにわざと口ごもる。
彼女の表情がどうかしたのかと言いたげなものに変わった辺りで続きを言葉にする。
「あなたとの貴重な時間を誰にも邪魔されたくなかったからよ」
彼女はその言葉を聞くと顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
蓮子もかなり恥ずかしかったが、表情に出すことはない。
「そんなこと、恥ずかしげもなく言えたわね。そういうのを日本では厚顔無恥と言うのではなくて」
彼女はそう言いながらクスと笑った。
蓮子が半ば告白のような言葉を送ってからマエリベリー・ハーンの態度は変化を見せた。
まず二人は連絡先を交換した。そして講義がない日には相変わらずの観光都市である京都市内を一緒に観光したり、喫茶店でお茶をするようになった。
これは大きな収穫だ。今まで書くことがあまりなかった調査日誌の内容が濃くなったし、彼女といつでも連絡を取ることができるようになったことで仕事も捗るというものだ。
蓮子のことを受け入れてくれたのか一緒にいると以前より笑うようになったし、あちらから話を振ってくることも多くなった。そのおかげで彼女の趣味や好きなものや嫌いなものなどを知る機会も得ることができた。
彼女は蓮子に対して一歩引いたような感触がある。何か後ろめたいことがあるというより、これ以上は踏み込まないという一線を引いているようなそんな感覚。
そんなことを考えながら今日の講義を終え、教室を出てクラブハウス棟を目指す。
これからクラブハウス棟で境界研究部の見学及び説明会がある。
科学世紀では数十年前に東京を襲った大規模な霊的災害以降、かつてはオカルトだと言われていた現象が結界省の主導の元、境界研究という名目でその対象になっている。研究の成果なのか神隠しは無意識のうちに境界を踏み越えてしまった結果発生する事象であることが公となり、境界が不安定な場所が全国に点在していることも分かった。そのような場所は立ち入り禁止区域となり、例外なく境界に直接干渉することを世間一般では境界暴きと呼び、その行為を法律で禁じられ厳罰が課せられるようになった。
結界省とは内閣府直属の組織の一つで全国に点在する境界の管理、調査、研究補助を行っている組織だ。一般国民ではほとんど関わる機会はなく、調べてみても公開されている情報は少ないために実態をつかめない。噂では神隠しに遭った国民の救助、境界暴きをした人物の拘束などを行っているらしい。
蓮子もこの手の話は大好物で境界研究に興味があった。良さそうならハーンさんを誘ってこの部に所属するのも悪くない。そうすれば仕事もいくらか楽になるだろうし、彼女にもう一歩踏み込むことができかもしれない。
クラブハウス棟1階の角部屋、そこに境界研究部はあった。
ドアを開けるともすでに何人か見学に来たと思われる人が何人おり、その人たちは壁に貼ってある研究に関する資料や高性能なコンピュータや何かの計器の画面をのぞき込んでいた。
入口近くの壁にはプロジェクタで投影するためのスクリーンが用意されており、その前で何かを話し込んでいる人がいる。これからの説明会について話し合っているに違いない。
周囲を気にしながら壁に貼られている研究資料を見る。そこには境界が不安定な土地で行われたフィールドワークの内容が写真と共にまとめられてた。他にもコンピュータなどの機械による間接的な干渉によって撮影に成功した不鮮明な風化した神社の画像が貼られている。
コンピュータの画面にはコマンドプロンプトと呼ばれる黒いウィンドウでプログラムが動いていることが確認できた。説明によると京都市内の怪しい場所に仕掛けられた『境界がどの程度安定しているかを表す数値』である境度を計器からインターネット経由で観測された数値を取得し、異常が検知されるとアラームが鳴る仕組みらしい。
説明会が始めるまで部室を見て回って時間を潰していると入口のドアが開き、マエリベリーが入室した。彼女は部屋を見渡し、蓮子を見つけて小さく手を振ってから壁に貼ってある資料のほうを見に行った。
蓮子は好都合だとゆっくりと彼女に近づく。彼女が見ている資料には不鮮明な画像がまとめられていた。人による手入れがされていないどこかも森や朽ちたしめ縄が張られた神社の本殿、絶滅したとされているニホンオオカミだと注釈が入った画像など一般人ではまずお目にかかることがないものばかりだ
ハーンさんも興味あるんだ、と話しかける。
彼女から返ってきたのは少し不明瞭さが残る肯定だった。
蓮子はそこから一歩踏み込もうと話をつづけようとするが、それを読まれているかのようにマエリベリーは蓮子のほうを向いてあなたはどうなのと質問を返す。
「私は幼いころにおばあちゃんから聞いた話が忘れられなくてね。境界の向こう側の景色をこの目で見れれば、なんて思うわ」
それを聞いた彼女は訝しげな顔をする。
「それじゃあ、あなたのおばあ様は境界の向こう側を知っているのかしら?」
そうね、と言って携帯端末を取り出し、いくつか画像を見せる。その画像は科学世紀では滅多に見られない木製の家屋に和装の人々が歩く街並みや大きな湖の湖畔にたたずむ深紅の洋館、目に見えるほど濃密な胞子のようなものが空中を舞う森だった。
「この画像はおばあちゃんが私にくれた境界の向こう側の画像なの。おばあちゃんが言うには境界の向こう側の景色を当時の携帯端末で撮影したものなんだって」
マエリベリー・ハーンはその画像を見て蓮子にも聞き取れない小さな声で「本物だわ」と呟いた。
彼女は蓮子の肩を掴み、蓮子の眼をしっかりと見据える。
ハーンさんの目はいつになく真剣で私に何かを見出そうとしているように見えた。
蓮子もその真意を探るべく、しっかりと彼女を見る。
最初は何かを探るかのように蓮子を見ていた。
次第に肩を掴むが少し震えだし、恐怖か動揺しているようだと思う。
彼女は一体、私から何を感じ取ったというのだ。自分の高い洞察力が恨めしい。何を思っているかがわかっても何を考えているかはわからないのだ。
彼女は自分の手の震えに気づいたのか慌てて手を放し、数歩後退り、ひねり出すかのような小さな声で蓮子におばあ様は今どうしているのと問う。
「もう十年以上前に亡くなったわ」
彼女はそれを聞くと蓮子から表情が見えないくらいに俯き、ごめんなさいと一言だけ残し部屋から出て行ってしまった。
本来ならここで追いかけるべきなのかもしれないが今の彼女ではとてもその気にはなれなかった。
彼女が俯く瞬間、口角が上がった気がするのだ。人の口角が上がるときそれは笑う時だ。それは何からくるものなのか、今の彼女にはわからなかった。
あれから数日が経った。
マエリベリーはあれ以来、蓮子の前に姿を現さなくなっていた。
彼女が出ている講義まで運ぶが出席している様子はなく、昼休みの食堂も探したがやはり見つからなかった。
メッセージを送っても返信はない。
彼女の住所を知らない以上、蓮子からコンタクトを取る手段は失われてしまった。こうなってしまってはあちらからコンタクトを取ってくるのを待つか住所を調べるしかない。
現状を打破する策を持たない蓮子は最後に目にした彼女についてのことについて考えていた。
彼女は何らかの形で境界に関わっているのかもしれない。根拠はおばあちゃんからもらった画像を見せた後の反応だ。画像に写っている何か、それか画像自体が彼女にとって衝撃的なものであったに違いない。何度見直しても私には良い風景が写されている画像にしか見えない。
仮に彼女が境界に関りがある人物だとして、何者なのかが重要だ。何らかの手段を持って境界暴きを行っているのであればこの国では立派な罪人になってしまう。でもそう考えれば日本に留学する理由も納得することができる。
とりあえず今私がやるべきことはどうにかして彼女とコンタクトを取って仕事を再開することだ。
蓮子の思考を遮るように携帯端末の通知音が鳴る。まさかと携帯端末を確認するとマエリベリーからのメッセージを受信していた。メッセージの内容は京都市内の住所と午後十時に来てほしいとのことだった。
今の時間を確認するために窓の外を見る。現在の時刻は午後八時十五分四十三秒。
これから夕飯を済ませて、シャワーを浴びてから行きたいからそろそろ準備をしなくてはならない。
彼女は物心ついたころから持っているこの力のことを便利ではあるが、他人知られるべきではないと考えている。気味が悪いと思うだろうし、人間は異質なものを受け入れられない生き物なのだ。
蓮子は夜空を見る。現在は五月十四日金曜日午後十時ジャスト。場所は自宅。
指定された場所は少し広めの空き地だった。かつては神社が建っていたのだろうか、朱色の塗装がところどころ剥がれてしまっている薄汚れた少々不気味な鳥居が残されている。この鳥居のせいなのか周りには民家が少ない。
マエリベリーはその鳥居の前にいた。彼女はいつもと変わりなく、紫色の長袖のワンピースのような服に白いふんわりとした帽子を被っている。
「こんばんわ、宇佐見さん。こないだは取り乱しちゃってごめんなさい」
「大丈夫、気にしてないから。それよりもこんな時間にこんな場所で何かあるのかしら?」
当然の疑問をぶつける。こんな何もない場所で何をしようというのだ。
「当然の質問ね。今日ここでこれから面白いことが起きるのよ。それをあなたに見せるために呼んだの。夜分遅くに申し訳ないわ」
彼女はそう言って怪しく微笑む。どこか胡散臭く、何かを企んでいるようなそんな笑み。
それじゃあ次は私の番と蓮子に質問を投げかける。
「あなた、得体のしれない何かを持っているわね。それは何?」
蓮子は言葉を失ってしまう。
得体のしれない何かと言われれば心当たりは一つしかない。彼女の前で自分の能力を出さないように気を使っていたのになぜか勘づかれてしまった。
ここで黙ってはいけない。会話を続けなくては。
「何のことかしら?私はこの通り何も持っていないわ」
そう言って両手を開いて相手に見せる。
マエリベリー・ハーンは誤魔化すのが下手ねと言いながら蓮子に近づき、左手で蓮子の片手を取る。
「鳥居がどういうものなのかに関しては諸説あるけれど、鳥居というものは神域と俗界を分ける境界としての役割を担っているの。そしてその二つをつなげる門でもあるわ」
彼女はそう言って右手を鳥居の真下に向かって伸ばす。
彼女の指から何もない空間に上下の線が走る。そして完成したジグソーパズルが崩れるかのように鳥居に区切られた空間が壊れ、真っ黒な空間が出現した。
目の前で起きた現象に理解が追い付かず呆けている蓮子をマエリベリー・ハーンは黒い空間の中に放り込む。蓮子は抵抗することができずに黒い空間に飲み込まれてしまった。
蓮子は気が付くと木製の手すりに寄り掛かる形で階段に座って眠っていた。
傍らに落ちていた白いリボンがまかれた中折れ帽を被り直し、周囲を見る。
彼女が座っていたのはどこかの神社の拝殿らしく目の前には賽銭箱があり、頭上には大きな注連縄がかけられている。拝殿の入り口の戸は閉められており、中を見ることはできない。また、マエリベリーの姿を確認することはできなかった。
彼女は服に着いた汚れをはたき落としながら立ち上がり、満月と星々が輝く夜空を見上げる。
現在は五月十四日金曜日午後十時半一五秒。場所は土地勘がない場所のようでどこかわからなかった。
時間から考えると二十分か三十分ほど眠っていたことになる。
ここがどこか確認するために携帯端末で現在地を取得しようとするがなぜか取得することができない。また時刻表示も現在の時刻とは異なる時間を表示している。
彼女はここがどこなのか知るためにまるで管理された様子のない荒れた境内を石畳に沿って歩く。
拝殿の中に入ろうとも考えたが、許可なく立ち入るのは罰当たりのような気がしてやめておくことにした。
彼女が歩く石畳には土埃がたまり、その外では雑草がところどころに生えてしまっている。また入口の鳥居のそばまで歩を進めるとこの神社はどこかの山頂にあることがわかった。この辺りには街灯がないらしく真っ暗で景色を見ることはできない。鳥居を出たところには二人か三人が並んで歩ける程度の石造りの階段が整備されており、その左右には木々が鬱蒼としている。
これらの景色は蓮子の好奇心を刺激するには十分なものだった。街灯一つ見えないこの地は彼女にとって非日常であり、幼い彼女が夢見た幻想の地なのかもしれない。
好奇心に駆られた彼女は足元を携帯端末のライト機能で照らしながら慎重に進む。
光源が手元の頼りない光と空からの月明かりだけの暗闇と彼女を囲む木々からの圧迫感が忘れ去られた新鮮な恐怖心を刺激する。
この階段が途中で途切れていて、道がなくなってしまったらどうしよう。
ハーンさんを見つければ元の場所に帰れるだろうか。
この闇の先には何が待ち受けているのだろうか。
彼女の中に恐怖、寂しさ、好奇心の三つの感情が複雑に絡み合う。
彼女は歩みを止めない。何かにとりつかれたかのように、何かを求めるかのようにただ階段を降り続ける。
階段をしばらく降りていると彼女は横道を見つける。その道は整備された道というより、けものみちのような人一人が歩けるくらいの草が生えていない道だ。
ここまで動物の気配はなかった。しかしけものみちがあるということはこの道を利用する中型または大型動物かまたは人間がいるということになる。
彼女は好奇心からその道を進むことにした。
木の根などに足を取られそうになりながら、歩きにくい道をしばらく進むと立派な木製の門が見えた。その門は開いており、奥には立派な純和風な屋敷が月明かりに照らされている。
門を超え、敷地内に入る。横開きの戸の辺りにはインターホンはなく、戸を叩いても大声で呼び掛けても人が出てくる様子はない。
蓮子がけものみちを引き返すか、まだ敷地内を探索するか悩んでいると携帯端末からメッセージを受信した通知音が鳴る。
メッセージはマエリベリーからで、内容は横開きの戸に対して右側に回り込んで庭に来てほしいとのことだった。さっき蓮子が大声を出したことで気が付いたようだ。
メッセージの通りに右側から回り込むと特に何もない広々とした庭があった。そして屋敷の縁側には黒猫を膝にのせて撫でているマエリベリーがいた。
黒猫は蓮子に気が付くと彼女の膝から降りてどこかに行ってしまった。
彼女も蓮子に気づき、話しかける。
「あのこ、いつもこの家にいるの。ここの主なのかもしれないわね。ところで境界の向こう側はどうだったかしら?」
彼女は蓮子に対し隣に座るように促しながら微笑みかける。まるであなたの見たかったものだったでしょうとでも言いたげに見える。
蓮子は彼女の隣に腰掛け、言葉を投げ返す。
「素晴らしい体験をさせてもらったわ。境界の向こう側だと言われて納得もできる。だとしたらあなたは何者なの、ハーンさん」
蓮子の神妙な面持ちを見た彼女は意外そうな顔をする。
「落ち着いているのね。あなたも似たような力を持っているからなのかしら?でもそんなことはどうでもいいの。私は本物を知るあなたにならこの力を見せてもいいと思ったのよ」
彼女は二人を照らす月を見上げながら告白を始める。
私は境界の揺らぎを見ることができる。それに触れれば向こう側に渡ることもできる。物心ついたころからこんなものを見て、何かわからなかったころには境界の向こう側に迷い込んで数日間行方不明だったこともあるわ。そんなことをしていたせいなのか、今の科学世紀と呼ばれる世の中には溶け込めなくて、浮いてしまった。だから私は考えた。私は本来、あちら側の住人なんじゃないかって。私の故郷は境界の向こう側にこそあるんじゃないかってね。だから日本に来たのよ。神仏や様々なオカルトが入り乱れる世界で最も境界が安定しない国なら何かヒントを得られると思ったわ。
彼女の告白が終わり、マエリベリー・ハーンが蓮子の目をしっかりと見据え、会話が再開される。
「一人での調査には限界があった。だから私は協力者が欲しかったのよ。そして私が選んだのがあなたなのよ、宇佐見さん。受け入れてくれるかしら?」
ハーンさんの眼差しは真剣そのもので嘘をついている様子はない。ちらりと彼女の手を見ると少し震えていることがわかる。
彼女にとっても勇気のいる告白だったのだろう。彼女の言う通り、その力は気味が悪いし受け入れ難いものだ。しかし彼女の告白から私と同じものを感じた。彼女のこの感情は私でなければ受け入れることはできないだろうとそう感じた。
探偵として、そして宇佐見蓮子としての答えは一つだ。
蓮子は彼女の手を取り、両手で優しく包み込む。
「こんなに震えちゃって、頑張ったのね。その誘いを受けることにするわ」
その言葉を聞いた彼女の手から感じる震えは次第に引いていき、表情も柔らかなものに変わっていく。
「そうと決まればハーンなんて呼び方はやめにしましょう。ファーストネームを略してメリーね」
メリーは「良い名前ね、蓮子」とほほ笑んだ。
森近は蓮子から届いた調査日誌を呼んで頭を抱えていた。
嘘偽りなく全てを記録することが誓約書に記載されている以上、報告するしかないがまさか境界破りが出てくるなんて。ある程度予想はしていたが考えられる限りの最悪の展開だ。
八雲紫、彼が初めてマエリベリー・ハーンの姿を見たとき思いついた人物の名前だ。その姿はあまりにも彼女に酷似している。
日誌に書かれている内容から考察するに彼女が境界に対して何かしらの影響を及ぼすことができることは間違えないだろう。
故に想像してしまう。郷が崩壊して数十年、消滅したと聞いている八雲紫がもしかしたらどこかで生きているのではないか。もしかしたら彼女自身が八雲紫なのか。その真偽はわからない。
この案件、やはり調べる必要がありそうだと、真夜中の一人きりのオフィスでため息をついた。
同級生たちと比べて数年遅い入学となっているが、その事実は誰にも知られてはいけない。なぜなら彼女は一度、大学への進学資格を放棄した人間だからだ。
選民思想が大手を振っている科学世紀において大学とは選ばれた一部の者しか進学が許されない場所だ。そして一度その資格を放棄した者には二度とその機会は与えられない。だから彼女が日本の最高学府たるこの大学にいることは本来ならありえないことだ。
彼女はとある仕事のためにこの大学に入学することとなった。
そもそもなぜこんなことになったのか、何の仕事のためにこんなところにいるのか、それを知るためには同時に彼女の身の上も知ることになるだろう。
蓮子が高校三年生の時の話、彼女は酉京都大学への進学する権利が与えられた。
家族や友人たちに祝福されたし、校長から表彰を受ける一歩手前まで話が進んでいた。しかし彼女はこれを放棄した。放棄した理由は「進学してもやりたいことがないから」という科学世紀の尺度では考えられないものだった。
大学に進学する権利が与えられる者は全国の高校生の約四割から五ほど割でその中から酉京都大学に進学できる者はさらに絞られる。大学に進学できるだけでも能力が高い選ばれた人間で動かす科学世紀の社会においては将来が約束されたようなものだ。その中でも酉京都大学となれば何かしらのトップかそれに近いポストに就くことができるだろう。
卒業後の彼女は何か面白い仕事はないかと探した結果、探偵という仕事に行きついた。
科学世紀において探偵業は意外にも需要が高い。その理由は選民思想にある。
今の日本はかつてあった少子高齢化によって発生した人口減少によって発生するリスクを選民性によって回避することに成功した。その結果として勤勉で能力の高い選ばれた者たちを中心に社会を形成している。そのような社会情勢において選ばれなかった者たちは公的機関の利用などに制限がかかる。この制限には警察も含まれており、選ばれなかった者が被害届を出しても受理されないことなど珍しくない。そこで探偵が警察に代わりにそのような案件を請け負っているというのが現状だ。
もちろん従来の浮気調査なども依頼されることもある。
当然のことではあるが、日本が選民性を布いたことは国際的な批判が多く、国としての評価は大きく下がったことは周知の事実だ。
蓮子は勤め先の探偵事務所の所長、森近に新しい案件を任せたいと呼び出されていた。
生体認証でドアを開けると軽快なベルが鳴る音が彼女を迎え入れた。
普段なら事務員がいるはずだが今日はおらず、森近が来客用の応接セットに腰を掛けていた。
森近は本人曰く、地毛らしい短い白髪に黒縁の眼鏡をかけた三十代の男性だ。仕事用の紺色のスーツを着ている。
彼に正面のソファに座るように促され、彼女は腰を下ろすととある資料が手渡された。それは二週間ほど前に行われた模試の結果だった。文系科目は平均程度で理系科目は群を抜いており、全国トップクラスの成績だった。
「数年、勉強から離れていてこの成績なんて、君の全盛期はどんなだったのか気になるところではあるね」
彼はそうコメントするものの大して驚いている様子はない。わかっていたという風だ。
「当然じゃないですか。数年前までは現役の女子高生だったんですよ」
彼女は得意げに笑い返す。
「現役の高校生でもこの成績を出せるかどうかはあやしくはあるがね。資格は十分のようだ。それでは仕事の話をしよう」
彼はとある女性の画像が張り付けられた履歴書のような書類を彼女に渡す。
受け取った書類に書かれている女性の名前はマエリベリー・ハーン。癖のある金髪が肩の辺りまで伸び、きれいな碧眼をしている。さながら人形のように整った顔立ちをしており、かわいいというより美しいタイプの美人だ。年齢は今年で十九歳と蓮子よりも二つ下で酉京都大学に留学予定の外国人のようだ。
「今どき日本への留学生なんて珍しいですね。この子が何かしたんですか?それとも何かするんですか?」
「彼女が何かをするのか、したのかはわからない。もしかしたらこれから何か起こすのかもしれないね。君に頼みたいのはその子の監視だ。酉京都大学に入学してね」
彼はそう言って酉京都大学のパンフレットを机に置いた。
「質の悪い冗談だと思うかもしれないがこれは正式な依頼なんだ。君の戸籍を確認してみるといい。もう手をまわしているはずだ」
彼女は携帯端末でいつでも確認することができる自分の戸籍情報を確認する。そこには一度放棄したはずの酉京都大学への進学が再び許可されていた。
彼女は乾いた笑いをこぼす。
「森近さん、いったい何をしたんですか?あなたにそんな権力があったなんて知りませんでしたよ」
彼女は冗談めかして彼に尋ねる。
それに対して彼は肩をすくめて答える。
「まさか、僕にそんな権力はないよ。全て依頼者が手をまわしたことだ」
「この依頼、大丈夫なんですか?依頼者が何者か分かったものじゃないですよ」
森近はその通りだとため息をつく。
「まさかうちにこんな依頼が来るなんてね。依頼者について調べてはいるが匿名のメールでの依頼で手がかりが少なくて難航している。それにこんなことができる権力者からの依頼を断ったら何をされるか分かったものじゃない。だから君の意思に一任しようと思う」
彼の疲れた表情からよく調べていたことが伺える。目元にはまだ落ち切っていない薄いくまを確認することもできる。
彼女がもし断ったら?と尋ねると彼は腹を括ろうと答えた。
「わかりました、その案件受けましょう。こんな私を雇ってくれた恩もありますし、それに免じてということで」
それを聞いた彼はほっとしたような表情を見せた。
「今回の案件、数百万単位の依頼料が振り込まれている上に依頼人の素性がわからない。十分に気をつけてくれ。何が起きても不思議じゃない」
彼はそう言いながら誓約書を出した。
誓約書の内容はこうだ。
一、期間はマエリベリー・ハーンが大学を卒業するまでの間。彼女が大学院に進学する又は留年するようなことがあればその期間を延長する。
二、ターゲットに接触し、友好的に接すること。
三、在学期間中に発生する費用に関しては学費や生活費、交際費も含めて全て依頼者から経費として支払われる。
四、在学期間中は事務所側から一定の給料が支払われる。
五、週に一回、ターゲットであるマエリベリー・ハーンの動向を調査日誌という形にまとめて所長にメールにて提出すること。この内容と同じものを依頼人に提出される。
六、調査日誌には嘘偽りなく、全ての内容と記録すること。
この六つを守ることが書かれた誓約書にサインした。
このような理由があって酉京都大学に裏口入学を果たした蓮子だった。
食堂でミートソーススパゲティを購入し、マエリベリーの姿を探す。
彼女は窓際の二人掛けの席に座っており、正面の席が空いていた。
今までの仕事で身に着けたさりげなく人に近づく技術を持って自然にマエリベリーの正面の席に座る。
コツは下手に様子をうかがわす、思い切りよく臨むことだ。
マエリベリーは正面に座ってきた蓮子をちらりと見るが特に気に留める様子はなく、サンドウィッチをかじりながら携帯端末を眺めている。
蓮子はフォークでパスタとソースが絡むように混ぜながらマエリベリーに話しかけた。
「今年の一年生に美人な留学生がいるって話を聞いたんだけどあなたのことよね。マエリベリー・ハーンさん」
話しかけられたマエリベリーはサンドウィッチをかじるのをやめ、蓮子を物珍し気に見る。
「驚いたわ。あなた、私の名前を噛まずに発音できるのね。日本人には発音しにくいみたいなんだけど」
蓮子は耳元に装着している小型の翻訳機からの音声ではなく彼女の口から流暢な日本語が発せられたことに心底驚いた。まるで何年も日本で生活していたかのような完璧な発音だ。
「あなたも流暢な日本語ね。私の名前は宇佐見蓮子、よろしくね」
仕事柄ポーカーフェイスになれているお陰で驚きを表情に出すことなく会話の継続を試みる。それに対して彼女は興味なさげによろしくとだけ言って携帯端末に視線を戻そうとする。
せっかく興味を引いたのに手放してたまるかと話を続ける。
「ハーンさんは知らないかもしれないけどあなた、有名人なのよ。このご時世で留学生なんて珍しいし、それに相当な美人ときた。話題性抜群ね」
実際に有名かどうかは知らないが、これだけ目立つ見た目なら印象には残りやすいはずだ。嘘はついてないだろう。
彼女はちらりと蓮子を見たのちに携帯端末に視線を戻す。
「そうだったのね、それは知らなかったわ。それであなたは私のことを見に来たというわけね」
彼女は努めて事務的に返答する。
蓮子に興味を示していないことが手に取るようにわかる。
「そういうことになるわね。私はかわいい女の子が好きなのよ。あなたもその例外じゃないわ。だからこうしてお近づきになりに来たわけ」
でまかせでもいいからとりあえず気を引くようなことを言う。会話を続けることが友好的に接する第一歩だ。
彼女は同性愛には興味がないのと返答すると蓮子はとんだ勘違いだわと首を振って見せた。
こうしてマエリベリーと接触する日々が始まった。
昼休みには彼女の向かいの席に座り、世間話をする。その他にも大学内で見かけたときには必ず声をかける。
彼女の時間割を調べ、毎週同じ時間に会うようにするなどストーカーじみた行為を繰り返した。
本人もストーカーじみていることは自覚しているが、これも仕事の一環だと割り切って久しい。
最初は適当にあしらわれている感じだったが、根負けしたのか挨拶すれば会釈する程度ではあるが反応が返ってくるようになった。
昼休みの世間話では決まった蓮子から話始めるが最初のように興味なさげではなく、蓮子を見て会話してくれるようになったし、いくらかこちらの話に興味を持ってくれているようだ。
蓮子から見た彼女の第一印象は物静かな美人で人付き合いが上手なほうではないという印象だった。しかし最近では人見知りをする人で慣れている人であれば気軽に話せる人なのではないかと印象が変わってきた。
ある日の昼休み、いつも通り彼女の向かい側に座る。
最近では同じ学科の友人たちを振り切るのにも手慣れてきたものだ。
いつもなら蓮子から話始めるのだが、今日は彼女のほうから話しかけてきた。
「宇佐見さんって私が見かけるときはいつも友人と一緒にいるけど、昼休みの時だけはなぜ、一人で私のところに来ているのかしら?」
初めて彼女が蓮子に興味を持った。これを逃さない手はない。
そうね、と肘をついて少し口元を触る仕草の後に言葉を返した。
「私のみ立てではハーンさんが人見知りしそうな人だからこうして一人で来ているわ。それにね……」
蓮子は口ごもり彼女の眼を見て、もたちぶるようにわざと口ごもる。
彼女の表情がどうかしたのかと言いたげなものに変わった辺りで続きを言葉にする。
「あなたとの貴重な時間を誰にも邪魔されたくなかったからよ」
彼女はその言葉を聞くと顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
蓮子もかなり恥ずかしかったが、表情に出すことはない。
「そんなこと、恥ずかしげもなく言えたわね。そういうのを日本では厚顔無恥と言うのではなくて」
彼女はそう言いながらクスと笑った。
蓮子が半ば告白のような言葉を送ってからマエリベリー・ハーンの態度は変化を見せた。
まず二人は連絡先を交換した。そして講義がない日には相変わらずの観光都市である京都市内を一緒に観光したり、喫茶店でお茶をするようになった。
これは大きな収穫だ。今まで書くことがあまりなかった調査日誌の内容が濃くなったし、彼女といつでも連絡を取ることができるようになったことで仕事も捗るというものだ。
蓮子のことを受け入れてくれたのか一緒にいると以前より笑うようになったし、あちらから話を振ってくることも多くなった。そのおかげで彼女の趣味や好きなものや嫌いなものなどを知る機会も得ることができた。
彼女は蓮子に対して一歩引いたような感触がある。何か後ろめたいことがあるというより、これ以上は踏み込まないという一線を引いているようなそんな感覚。
そんなことを考えながら今日の講義を終え、教室を出てクラブハウス棟を目指す。
これからクラブハウス棟で境界研究部の見学及び説明会がある。
科学世紀では数十年前に東京を襲った大規模な霊的災害以降、かつてはオカルトだと言われていた現象が結界省の主導の元、境界研究という名目でその対象になっている。研究の成果なのか神隠しは無意識のうちに境界を踏み越えてしまった結果発生する事象であることが公となり、境界が不安定な場所が全国に点在していることも分かった。そのような場所は立ち入り禁止区域となり、例外なく境界に直接干渉することを世間一般では境界暴きと呼び、その行為を法律で禁じられ厳罰が課せられるようになった。
結界省とは内閣府直属の組織の一つで全国に点在する境界の管理、調査、研究補助を行っている組織だ。一般国民ではほとんど関わる機会はなく、調べてみても公開されている情報は少ないために実態をつかめない。噂では神隠しに遭った国民の救助、境界暴きをした人物の拘束などを行っているらしい。
蓮子もこの手の話は大好物で境界研究に興味があった。良さそうならハーンさんを誘ってこの部に所属するのも悪くない。そうすれば仕事もいくらか楽になるだろうし、彼女にもう一歩踏み込むことができかもしれない。
クラブハウス棟1階の角部屋、そこに境界研究部はあった。
ドアを開けるともすでに何人か見学に来たと思われる人が何人おり、その人たちは壁に貼ってある研究に関する資料や高性能なコンピュータや何かの計器の画面をのぞき込んでいた。
入口近くの壁にはプロジェクタで投影するためのスクリーンが用意されており、その前で何かを話し込んでいる人がいる。これからの説明会について話し合っているに違いない。
周囲を気にしながら壁に貼られている研究資料を見る。そこには境界が不安定な土地で行われたフィールドワークの内容が写真と共にまとめられてた。他にもコンピュータなどの機械による間接的な干渉によって撮影に成功した不鮮明な風化した神社の画像が貼られている。
コンピュータの画面にはコマンドプロンプトと呼ばれる黒いウィンドウでプログラムが動いていることが確認できた。説明によると京都市内の怪しい場所に仕掛けられた『境界がどの程度安定しているかを表す数値』である境度を計器からインターネット経由で観測された数値を取得し、異常が検知されるとアラームが鳴る仕組みらしい。
説明会が始めるまで部室を見て回って時間を潰していると入口のドアが開き、マエリベリーが入室した。彼女は部屋を見渡し、蓮子を見つけて小さく手を振ってから壁に貼ってある資料のほうを見に行った。
蓮子は好都合だとゆっくりと彼女に近づく。彼女が見ている資料には不鮮明な画像がまとめられていた。人による手入れがされていないどこかも森や朽ちたしめ縄が張られた神社の本殿、絶滅したとされているニホンオオカミだと注釈が入った画像など一般人ではまずお目にかかることがないものばかりだ
ハーンさんも興味あるんだ、と話しかける。
彼女から返ってきたのは少し不明瞭さが残る肯定だった。
蓮子はそこから一歩踏み込もうと話をつづけようとするが、それを読まれているかのようにマエリベリーは蓮子のほうを向いてあなたはどうなのと質問を返す。
「私は幼いころにおばあちゃんから聞いた話が忘れられなくてね。境界の向こう側の景色をこの目で見れれば、なんて思うわ」
それを聞いた彼女は訝しげな顔をする。
「それじゃあ、あなたのおばあ様は境界の向こう側を知っているのかしら?」
そうね、と言って携帯端末を取り出し、いくつか画像を見せる。その画像は科学世紀では滅多に見られない木製の家屋に和装の人々が歩く街並みや大きな湖の湖畔にたたずむ深紅の洋館、目に見えるほど濃密な胞子のようなものが空中を舞う森だった。
「この画像はおばあちゃんが私にくれた境界の向こう側の画像なの。おばあちゃんが言うには境界の向こう側の景色を当時の携帯端末で撮影したものなんだって」
マエリベリー・ハーンはその画像を見て蓮子にも聞き取れない小さな声で「本物だわ」と呟いた。
彼女は蓮子の肩を掴み、蓮子の眼をしっかりと見据える。
ハーンさんの目はいつになく真剣で私に何かを見出そうとしているように見えた。
蓮子もその真意を探るべく、しっかりと彼女を見る。
最初は何かを探るかのように蓮子を見ていた。
次第に肩を掴むが少し震えだし、恐怖か動揺しているようだと思う。
彼女は一体、私から何を感じ取ったというのだ。自分の高い洞察力が恨めしい。何を思っているかがわかっても何を考えているかはわからないのだ。
彼女は自分の手の震えに気づいたのか慌てて手を放し、数歩後退り、ひねり出すかのような小さな声で蓮子におばあ様は今どうしているのと問う。
「もう十年以上前に亡くなったわ」
彼女はそれを聞くと蓮子から表情が見えないくらいに俯き、ごめんなさいと一言だけ残し部屋から出て行ってしまった。
本来ならここで追いかけるべきなのかもしれないが今の彼女ではとてもその気にはなれなかった。
彼女が俯く瞬間、口角が上がった気がするのだ。人の口角が上がるときそれは笑う時だ。それは何からくるものなのか、今の彼女にはわからなかった。
あれから数日が経った。
マエリベリーはあれ以来、蓮子の前に姿を現さなくなっていた。
彼女が出ている講義まで運ぶが出席している様子はなく、昼休みの食堂も探したがやはり見つからなかった。
メッセージを送っても返信はない。
彼女の住所を知らない以上、蓮子からコンタクトを取る手段は失われてしまった。こうなってしまってはあちらからコンタクトを取ってくるのを待つか住所を調べるしかない。
現状を打破する策を持たない蓮子は最後に目にした彼女についてのことについて考えていた。
彼女は何らかの形で境界に関わっているのかもしれない。根拠はおばあちゃんからもらった画像を見せた後の反応だ。画像に写っている何か、それか画像自体が彼女にとって衝撃的なものであったに違いない。何度見直しても私には良い風景が写されている画像にしか見えない。
仮に彼女が境界に関りがある人物だとして、何者なのかが重要だ。何らかの手段を持って境界暴きを行っているのであればこの国では立派な罪人になってしまう。でもそう考えれば日本に留学する理由も納得することができる。
とりあえず今私がやるべきことはどうにかして彼女とコンタクトを取って仕事を再開することだ。
蓮子の思考を遮るように携帯端末の通知音が鳴る。まさかと携帯端末を確認するとマエリベリーからのメッセージを受信していた。メッセージの内容は京都市内の住所と午後十時に来てほしいとのことだった。
今の時間を確認するために窓の外を見る。現在の時刻は午後八時十五分四十三秒。
これから夕飯を済ませて、シャワーを浴びてから行きたいからそろそろ準備をしなくてはならない。
彼女は物心ついたころから持っているこの力のことを便利ではあるが、他人知られるべきではないと考えている。気味が悪いと思うだろうし、人間は異質なものを受け入れられない生き物なのだ。
蓮子は夜空を見る。現在は五月十四日金曜日午後十時ジャスト。場所は自宅。
指定された場所は少し広めの空き地だった。かつては神社が建っていたのだろうか、朱色の塗装がところどころ剥がれてしまっている薄汚れた少々不気味な鳥居が残されている。この鳥居のせいなのか周りには民家が少ない。
マエリベリーはその鳥居の前にいた。彼女はいつもと変わりなく、紫色の長袖のワンピースのような服に白いふんわりとした帽子を被っている。
「こんばんわ、宇佐見さん。こないだは取り乱しちゃってごめんなさい」
「大丈夫、気にしてないから。それよりもこんな時間にこんな場所で何かあるのかしら?」
当然の疑問をぶつける。こんな何もない場所で何をしようというのだ。
「当然の質問ね。今日ここでこれから面白いことが起きるのよ。それをあなたに見せるために呼んだの。夜分遅くに申し訳ないわ」
彼女はそう言って怪しく微笑む。どこか胡散臭く、何かを企んでいるようなそんな笑み。
それじゃあ次は私の番と蓮子に質問を投げかける。
「あなた、得体のしれない何かを持っているわね。それは何?」
蓮子は言葉を失ってしまう。
得体のしれない何かと言われれば心当たりは一つしかない。彼女の前で自分の能力を出さないように気を使っていたのになぜか勘づかれてしまった。
ここで黙ってはいけない。会話を続けなくては。
「何のことかしら?私はこの通り何も持っていないわ」
そう言って両手を開いて相手に見せる。
マエリベリー・ハーンは誤魔化すのが下手ねと言いながら蓮子に近づき、左手で蓮子の片手を取る。
「鳥居がどういうものなのかに関しては諸説あるけれど、鳥居というものは神域と俗界を分ける境界としての役割を担っているの。そしてその二つをつなげる門でもあるわ」
彼女はそう言って右手を鳥居の真下に向かって伸ばす。
彼女の指から何もない空間に上下の線が走る。そして完成したジグソーパズルが崩れるかのように鳥居に区切られた空間が壊れ、真っ黒な空間が出現した。
目の前で起きた現象に理解が追い付かず呆けている蓮子をマエリベリー・ハーンは黒い空間の中に放り込む。蓮子は抵抗することができずに黒い空間に飲み込まれてしまった。
蓮子は気が付くと木製の手すりに寄り掛かる形で階段に座って眠っていた。
傍らに落ちていた白いリボンがまかれた中折れ帽を被り直し、周囲を見る。
彼女が座っていたのはどこかの神社の拝殿らしく目の前には賽銭箱があり、頭上には大きな注連縄がかけられている。拝殿の入り口の戸は閉められており、中を見ることはできない。また、マエリベリーの姿を確認することはできなかった。
彼女は服に着いた汚れをはたき落としながら立ち上がり、満月と星々が輝く夜空を見上げる。
現在は五月十四日金曜日午後十時半一五秒。場所は土地勘がない場所のようでどこかわからなかった。
時間から考えると二十分か三十分ほど眠っていたことになる。
ここがどこか確認するために携帯端末で現在地を取得しようとするがなぜか取得することができない。また時刻表示も現在の時刻とは異なる時間を表示している。
彼女はここがどこなのか知るためにまるで管理された様子のない荒れた境内を石畳に沿って歩く。
拝殿の中に入ろうとも考えたが、許可なく立ち入るのは罰当たりのような気がしてやめておくことにした。
彼女が歩く石畳には土埃がたまり、その外では雑草がところどころに生えてしまっている。また入口の鳥居のそばまで歩を進めるとこの神社はどこかの山頂にあることがわかった。この辺りには街灯がないらしく真っ暗で景色を見ることはできない。鳥居を出たところには二人か三人が並んで歩ける程度の石造りの階段が整備されており、その左右には木々が鬱蒼としている。
これらの景色は蓮子の好奇心を刺激するには十分なものだった。街灯一つ見えないこの地は彼女にとって非日常であり、幼い彼女が夢見た幻想の地なのかもしれない。
好奇心に駆られた彼女は足元を携帯端末のライト機能で照らしながら慎重に進む。
光源が手元の頼りない光と空からの月明かりだけの暗闇と彼女を囲む木々からの圧迫感が忘れ去られた新鮮な恐怖心を刺激する。
この階段が途中で途切れていて、道がなくなってしまったらどうしよう。
ハーンさんを見つければ元の場所に帰れるだろうか。
この闇の先には何が待ち受けているのだろうか。
彼女の中に恐怖、寂しさ、好奇心の三つの感情が複雑に絡み合う。
彼女は歩みを止めない。何かにとりつかれたかのように、何かを求めるかのようにただ階段を降り続ける。
階段をしばらく降りていると彼女は横道を見つける。その道は整備された道というより、けものみちのような人一人が歩けるくらいの草が生えていない道だ。
ここまで動物の気配はなかった。しかしけものみちがあるということはこの道を利用する中型または大型動物かまたは人間がいるということになる。
彼女は好奇心からその道を進むことにした。
木の根などに足を取られそうになりながら、歩きにくい道をしばらく進むと立派な木製の門が見えた。その門は開いており、奥には立派な純和風な屋敷が月明かりに照らされている。
門を超え、敷地内に入る。横開きの戸の辺りにはインターホンはなく、戸を叩いても大声で呼び掛けても人が出てくる様子はない。
蓮子がけものみちを引き返すか、まだ敷地内を探索するか悩んでいると携帯端末からメッセージを受信した通知音が鳴る。
メッセージはマエリベリーからで、内容は横開きの戸に対して右側に回り込んで庭に来てほしいとのことだった。さっき蓮子が大声を出したことで気が付いたようだ。
メッセージの通りに右側から回り込むと特に何もない広々とした庭があった。そして屋敷の縁側には黒猫を膝にのせて撫でているマエリベリーがいた。
黒猫は蓮子に気が付くと彼女の膝から降りてどこかに行ってしまった。
彼女も蓮子に気づき、話しかける。
「あのこ、いつもこの家にいるの。ここの主なのかもしれないわね。ところで境界の向こう側はどうだったかしら?」
彼女は蓮子に対し隣に座るように促しながら微笑みかける。まるであなたの見たかったものだったでしょうとでも言いたげに見える。
蓮子は彼女の隣に腰掛け、言葉を投げ返す。
「素晴らしい体験をさせてもらったわ。境界の向こう側だと言われて納得もできる。だとしたらあなたは何者なの、ハーンさん」
蓮子の神妙な面持ちを見た彼女は意外そうな顔をする。
「落ち着いているのね。あなたも似たような力を持っているからなのかしら?でもそんなことはどうでもいいの。私は本物を知るあなたにならこの力を見せてもいいと思ったのよ」
彼女は二人を照らす月を見上げながら告白を始める。
私は境界の揺らぎを見ることができる。それに触れれば向こう側に渡ることもできる。物心ついたころからこんなものを見て、何かわからなかったころには境界の向こう側に迷い込んで数日間行方不明だったこともあるわ。そんなことをしていたせいなのか、今の科学世紀と呼ばれる世の中には溶け込めなくて、浮いてしまった。だから私は考えた。私は本来、あちら側の住人なんじゃないかって。私の故郷は境界の向こう側にこそあるんじゃないかってね。だから日本に来たのよ。神仏や様々なオカルトが入り乱れる世界で最も境界が安定しない国なら何かヒントを得られると思ったわ。
彼女の告白が終わり、マエリベリー・ハーンが蓮子の目をしっかりと見据え、会話が再開される。
「一人での調査には限界があった。だから私は協力者が欲しかったのよ。そして私が選んだのがあなたなのよ、宇佐見さん。受け入れてくれるかしら?」
ハーンさんの眼差しは真剣そのもので嘘をついている様子はない。ちらりと彼女の手を見ると少し震えていることがわかる。
彼女にとっても勇気のいる告白だったのだろう。彼女の言う通り、その力は気味が悪いし受け入れ難いものだ。しかし彼女の告白から私と同じものを感じた。彼女のこの感情は私でなければ受け入れることはできないだろうとそう感じた。
探偵として、そして宇佐見蓮子としての答えは一つだ。
蓮子は彼女の手を取り、両手で優しく包み込む。
「こんなに震えちゃって、頑張ったのね。その誘いを受けることにするわ」
その言葉を聞いた彼女の手から感じる震えは次第に引いていき、表情も柔らかなものに変わっていく。
「そうと決まればハーンなんて呼び方はやめにしましょう。ファーストネームを略してメリーね」
メリーは「良い名前ね、蓮子」とほほ笑んだ。
森近は蓮子から届いた調査日誌を呼んで頭を抱えていた。
嘘偽りなく全てを記録することが誓約書に記載されている以上、報告するしかないがまさか境界破りが出てくるなんて。ある程度予想はしていたが考えられる限りの最悪の展開だ。
八雲紫、彼が初めてマエリベリー・ハーンの姿を見たとき思いついた人物の名前だ。その姿はあまりにも彼女に酷似している。
日誌に書かれている内容から考察するに彼女が境界に対して何かしらの影響を及ぼすことができることは間違えないだろう。
故に想像してしまう。郷が崩壊して数十年、消滅したと聞いている八雲紫がもしかしたらどこかで生きているのではないか。もしかしたら彼女自身が八雲紫なのか。その真偽はわからない。
この案件、やはり調べる必要がありそうだと、真夜中の一人きりのオフィスでため息をついた。
森近さん、本人だったとは…
続編も期待しております
次回にも期待