あれはまだ幻想入りしてないんだろうか。
東風谷早苗は不意に思い出し、家族でもある神様二人にそう尋ねてみた。
「さあ、知らないなぁ。そのうち来るんじゃないのかな」
という感じの答えが帰ってきて、早苗はそれに形だけ納得したが、内心はまったく未練たらたらで、それを探してみようと思った。それならまず行くべきは香霖堂であろう。
「そんなのは来てないと思うけどなぁ」
とそこの店主は答えた。
「こんな感じのぬいぐるみで、全然かわいくないやつなんですけど、ないですか」
早苗は説明したが、やはり店主に心当たりがない。
「なんなら裏にいろいろ置いてあるから、見てくるといいよ」
早苗はその言葉に甘えて早速その裏とかいう場所へ行った。実に興味深い、味わいのあるような物が山のようにあったのだが、目的のものはないようだった。
気落ちするでもない様子で早苗が戻ってきた。店主の森近霖之助は椅子に腰掛けて自分の仕事をしていたが、ちらと早苗を見て、「どうだったかな」と尋ねた。
「いやぁ、なかったですね。もっと面白そうなのはすごくいろいろあったんですが」
「ふむ、じゃあどうする?」
「どうしましょう」
それで会話が止まってなにやら気まずいような空気が流れた。霖之助もどうしてあげたものかわからない。早苗はもうおいとまするつもりではいたが、何も買わずに出ていっていいものかどうか。迷ったが、この場では立ち去ることにした。
「あの、また来ますね。覗きに来ます。ありがとうございました」
「ああ、そうかい。お茶も出さずに悪かったね。まあ今度はなにか買ってくれよ」
などと言ってひとりで霖之助は笑った。
ぬいぐるみではないが、人形に詳しいアリスなら何か知っているかもしれない。すべてのがらくたがあの店に集まってくるわけでもないはずだ。
(といっても、あんなものをアリスさんが持ってるとは思えないけど……)
などと考えながらも、早苗はアリスの家へ飛んでいった。幸いアリスは在宅で、早苗のノックに応えて不審そうに出てきた。お互い、そんなに付き合いがあるわけではない。実は……と早々に早苗が話を切り出そうとすると、「とりあえず中に入って」とアリスが促した。
通された部屋のソファに座ると、とても柔らかかった。いっぺんにくつろいだ気持ちになった早苗が、部屋とその住人をちらちら見ると、その瞬間のどこを切り取ってもかわいさがあふれてて、それだけでほんとに幻想郷に来られてよかったなぁと思ったりもする。
「それで、どんな人形なの」
スカートを整え座りながら、アリスは聞いた。
「人形っていうか、ぬいぐるみなんですけど、どう言ったらいいか……とある人気のあるキャラクターがいるんですよ。そしてもうひとつ人気のあるキャラクターがいるんです」
言って早苗はその何らかの2つを両手にそれぞれ持っているかのような仕草をした。「うん」とアリスが頷きその両の手を交互に見た。
「それをただ単に混ぜたんです」
早苗はその手を合わせ、その架空物体を押しつぶした。
「へ?」
「人気のあるもの同士を混ぜれば売れるだろうっていう、偽物商品なんです。インチキです。パチモンってやつなんですよ!」
「ええ……」アリスは呆れた顔をした。「まあなんとなくはわかったけど、そんなのがほしいの?」
「ほしいわけじゃないんです! ただ、探してるんです」
「探してる? 例えば絵にでも描いてくれれば作ってあげることもできるけど、そういうわけでもないのね?」
「いやぁ……そこまでほしいわけではないので……」
少し奥歯に引っかかるような早苗には珍しく明快ではない言い方だった。アリスには人の心がよくわからなくて、不思議には思ってかわいらしく首を傾げたが、それだけだった。
「それじゃああまり長居するのもあれなんで、失礼しますね」
早苗は立ち上がった。
「雨が降りそうよ、大丈夫?」
アリスは窓を見て心配そうに尋ねたが、大丈夫ですと早苗は元気に答えた。
「私は晴れ女ですから!」
もう夕方になる頃、早苗が博麗神社についたらちょうど雨が降ってきた。危ないところだったな、と彼女は思った。運はあるようだ。早苗は神社裏手の戸を開けた。
「あら、早苗じゃない?」
ひょこっと霊夢が低い位置から顔を出した。早苗はうながされる前にもう玄関から入って、霊夢がくつろいでいた居間に上がり込んだ。霊夢は何か言おうとした様子だったが、めんどくさくなったのか、やめた。
「……お茶でも出そうか」
「いや霊夢さん、それより聞いてください」
立ち上がりかけた霊夢を押し止めるように言い、早苗は座卓の向かい側に座って手を乗せた。霊夢が何を答えるでもないうちに、早苗は話を続けた。
「私、今日はぬいぐるみを探してたんです。昔持ってたぬいぐるみで、昔っていうのは外の世界にいた時のことなんですけど、まあ何年か前までは持ってましたよ。長いこと家にあったんで、もともといつからあったか憶えてないぐらいなんですけどね。もしかしたらなんかの景品だったのかもしれませんし、誰かにもらったのかも」
「じゃあ、お気に入りだったってわけ?」
「いいえ、いいえ決してそんなことはありません!」
「……よくわからないわ」
とはいえ早苗がよくわからないことを言うのは割といつものことだったので、霊夢は聞き流し半分で座布団の毛玉をいじったりしていた。
「持ってたのはただ単に捨てる理由もなかっただけというか、あえて捨てるという気すら思い浮かばないほどにどうでもよかったんですよ、はっきりいうと。それで幻想郷入りする時には一緒に来ることもなかったんですね」
「私はその幻想郷に入るっていうのしたことがないからよくわからないけど、選んで持ってこれるものなの」
「ええ、それは……当時は私もよくわからなかったし、その辺の仕組みは考えると頭がおかしくなりそうなので聞かないでください」
「あ、そう」
こほん、と早苗は発音し、一方的な話を続けた。
「だけども、私はあの変なぬいぐるみを持ってこなかったことは全然後悔してないんです。何度も言うようですけど心底どうでもよかったですから」
というと早苗は一度深く息を吸って吐いた。雨の音が静かに鳴っている。
「ただ、私は、悔しいんです。どっちかというと。だって、あんなゲテモノ、持ってるのは私ぐらいのものだって思っていたんです。それなのに、あいつ、まだ幻想入りしてないんですよ! あんなものが、あんなくだらないパクリでしかないものが! かわいくもなんともないのに!」
一気に言うと、早苗は急になぜか感情が激しく昂ぶって、泣き始めた。なおも言葉を続ける。
「私だって幻想入りしたのに。だっていうのに、あんなのはまだ人に忘れられてないなんて! まだ誰かが好きでいるとでもいうの? どうして……どうしてなんでしょう」
霊夢はそうした彼女の話をじっと黙って聞いていた。聞いてはいたが、本音のところ、早苗が何を言ってるのかよくわからなくて、まったくめんどくさい子だなぁとは内心思った。
雨がやまなかったので早苗は結局そのまま博麗神社に泊まった。翌朝は晴れて諏訪子が迎えに来た。帰る時はもう笑顔だった。
東風谷早苗は不意に思い出し、家族でもある神様二人にそう尋ねてみた。
「さあ、知らないなぁ。そのうち来るんじゃないのかな」
という感じの答えが帰ってきて、早苗はそれに形だけ納得したが、内心はまったく未練たらたらで、それを探してみようと思った。それならまず行くべきは香霖堂であろう。
「そんなのは来てないと思うけどなぁ」
とそこの店主は答えた。
「こんな感じのぬいぐるみで、全然かわいくないやつなんですけど、ないですか」
早苗は説明したが、やはり店主に心当たりがない。
「なんなら裏にいろいろ置いてあるから、見てくるといいよ」
早苗はその言葉に甘えて早速その裏とかいう場所へ行った。実に興味深い、味わいのあるような物が山のようにあったのだが、目的のものはないようだった。
気落ちするでもない様子で早苗が戻ってきた。店主の森近霖之助は椅子に腰掛けて自分の仕事をしていたが、ちらと早苗を見て、「どうだったかな」と尋ねた。
「いやぁ、なかったですね。もっと面白そうなのはすごくいろいろあったんですが」
「ふむ、じゃあどうする?」
「どうしましょう」
それで会話が止まってなにやら気まずいような空気が流れた。霖之助もどうしてあげたものかわからない。早苗はもうおいとまするつもりではいたが、何も買わずに出ていっていいものかどうか。迷ったが、この場では立ち去ることにした。
「あの、また来ますね。覗きに来ます。ありがとうございました」
「ああ、そうかい。お茶も出さずに悪かったね。まあ今度はなにか買ってくれよ」
などと言ってひとりで霖之助は笑った。
ぬいぐるみではないが、人形に詳しいアリスなら何か知っているかもしれない。すべてのがらくたがあの店に集まってくるわけでもないはずだ。
(といっても、あんなものをアリスさんが持ってるとは思えないけど……)
などと考えながらも、早苗はアリスの家へ飛んでいった。幸いアリスは在宅で、早苗のノックに応えて不審そうに出てきた。お互い、そんなに付き合いがあるわけではない。実は……と早々に早苗が話を切り出そうとすると、「とりあえず中に入って」とアリスが促した。
通された部屋のソファに座ると、とても柔らかかった。いっぺんにくつろいだ気持ちになった早苗が、部屋とその住人をちらちら見ると、その瞬間のどこを切り取ってもかわいさがあふれてて、それだけでほんとに幻想郷に来られてよかったなぁと思ったりもする。
「それで、どんな人形なの」
スカートを整え座りながら、アリスは聞いた。
「人形っていうか、ぬいぐるみなんですけど、どう言ったらいいか……とある人気のあるキャラクターがいるんですよ。そしてもうひとつ人気のあるキャラクターがいるんです」
言って早苗はその何らかの2つを両手にそれぞれ持っているかのような仕草をした。「うん」とアリスが頷きその両の手を交互に見た。
「それをただ単に混ぜたんです」
早苗はその手を合わせ、その架空物体を押しつぶした。
「へ?」
「人気のあるもの同士を混ぜれば売れるだろうっていう、偽物商品なんです。インチキです。パチモンってやつなんですよ!」
「ええ……」アリスは呆れた顔をした。「まあなんとなくはわかったけど、そんなのがほしいの?」
「ほしいわけじゃないんです! ただ、探してるんです」
「探してる? 例えば絵にでも描いてくれれば作ってあげることもできるけど、そういうわけでもないのね?」
「いやぁ……そこまでほしいわけではないので……」
少し奥歯に引っかかるような早苗には珍しく明快ではない言い方だった。アリスには人の心がよくわからなくて、不思議には思ってかわいらしく首を傾げたが、それだけだった。
「それじゃああまり長居するのもあれなんで、失礼しますね」
早苗は立ち上がった。
「雨が降りそうよ、大丈夫?」
アリスは窓を見て心配そうに尋ねたが、大丈夫ですと早苗は元気に答えた。
「私は晴れ女ですから!」
もう夕方になる頃、早苗が博麗神社についたらちょうど雨が降ってきた。危ないところだったな、と彼女は思った。運はあるようだ。早苗は神社裏手の戸を開けた。
「あら、早苗じゃない?」
ひょこっと霊夢が低い位置から顔を出した。早苗はうながされる前にもう玄関から入って、霊夢がくつろいでいた居間に上がり込んだ。霊夢は何か言おうとした様子だったが、めんどくさくなったのか、やめた。
「……お茶でも出そうか」
「いや霊夢さん、それより聞いてください」
立ち上がりかけた霊夢を押し止めるように言い、早苗は座卓の向かい側に座って手を乗せた。霊夢が何を答えるでもないうちに、早苗は話を続けた。
「私、今日はぬいぐるみを探してたんです。昔持ってたぬいぐるみで、昔っていうのは外の世界にいた時のことなんですけど、まあ何年か前までは持ってましたよ。長いこと家にあったんで、もともといつからあったか憶えてないぐらいなんですけどね。もしかしたらなんかの景品だったのかもしれませんし、誰かにもらったのかも」
「じゃあ、お気に入りだったってわけ?」
「いいえ、いいえ決してそんなことはありません!」
「……よくわからないわ」
とはいえ早苗がよくわからないことを言うのは割といつものことだったので、霊夢は聞き流し半分で座布団の毛玉をいじったりしていた。
「持ってたのはただ単に捨てる理由もなかっただけというか、あえて捨てるという気すら思い浮かばないほどにどうでもよかったんですよ、はっきりいうと。それで幻想郷入りする時には一緒に来ることもなかったんですね」
「私はその幻想郷に入るっていうのしたことがないからよくわからないけど、選んで持ってこれるものなの」
「ええ、それは……当時は私もよくわからなかったし、その辺の仕組みは考えると頭がおかしくなりそうなので聞かないでください」
「あ、そう」
こほん、と早苗は発音し、一方的な話を続けた。
「だけども、私はあの変なぬいぐるみを持ってこなかったことは全然後悔してないんです。何度も言うようですけど心底どうでもよかったですから」
というと早苗は一度深く息を吸って吐いた。雨の音が静かに鳴っている。
「ただ、私は、悔しいんです。どっちかというと。だって、あんなゲテモノ、持ってるのは私ぐらいのものだって思っていたんです。それなのに、あいつ、まだ幻想入りしてないんですよ! あんなものが、あんなくだらないパクリでしかないものが! かわいくもなんともないのに!」
一気に言うと、早苗は急になぜか感情が激しく昂ぶって、泣き始めた。なおも言葉を続ける。
「私だって幻想入りしたのに。だっていうのに、あんなのはまだ人に忘れられてないなんて! まだ誰かが好きでいるとでもいうの? どうして……どうしてなんでしょう」
霊夢はそうした彼女の話をじっと黙って聞いていた。聞いてはいたが、本音のところ、早苗が何を言ってるのかよくわからなくて、まったくめんどくさい子だなぁとは内心思った。
雨がやまなかったので早苗は結局そのまま博麗神社に泊まった。翌朝は晴れて諏訪子が迎えに来た。帰る時はもう笑顔だった。
面白かったです
でもお話は面白かったです。特に早苗さんが周りにはよく分からん理由で泣き出しちゃうところは、奔放かつ繊細という私の早苗さんのイメージとぴったり合っていて、とても好きです。
おっしゃる通り確かに改めて見ると、
いらんところで、やたら「と」を使ってますね……推敲が弱かった……。
これは直していいのかな……こっそり後日誰も気が付かない頃に……。
改めて皆様評価とコメントありがとうございます。
毎日幻想郷の方向に拝んでます。
序盤の書き方がすごくうまくてワクワクしました
これサザエボンでしょ
守矢神社・霖之助・アリス・霊夢の各場面がより緻密であればもっと良かったです。だってパチモン気になりますもの。
もうほんと感想も嬉しいし想像してくださったりご指摘もまさしくって感じでほんとに……
全部嬉しく拝読させてもらってます。また努力しますー。
会話の何となく伝わっているような、いないようなそこらへんの感じが絶妙にリアルで面白かったです
なんというか早苗の心情が直接じゃなくて人形を通してだったり、他の人の思いを通してだったりとかじんわりと何となく伝わってくる感じがとても魅力的だと思いました
この発送はなかなかできません