「ただいま」
そう言いながら入った地霊殿は静かだった。
それもそうだ。今は夜でみんな寝ているのだから。
私は気にしない。だからお姉ちゃんが寝ていようとも部屋に行くの。
話を聞いてくれなくても、もしかすると声が聞こえていなくても。
帰ってくるとお姉ちゃんの部屋に入って勝手に一人で話していることが日課のようなものだった。
「お姉ちゃん、今日はね──」
ガチャリとドアを開けるとお姉ちゃんはベッドに座ったままうつらうつらと船を漕いでいた。手には難しそうな資料を持ったまま。
「お姉ちゃんダメだよ、寝る時は寝なきゃ」
資料を奪い取ってベッドの隣にある机に放って。お姉ちゃんを無理矢理寝かせて。ゆらゆら揺れるロウソクは消して。
私も一緒に眠りたくなって。もぞもぞと隣に入って。
「ッ……こいし……」
「なあにお姉ちゃん」
寝言だと分かっていても返事をする。
「ごめん、なさい……」
つう、と閉じた瞳から零れている。お姉ちゃんの感情が、私への後悔が。
……気にしていないのに。それでも、そう言ってもお姉ちゃんは私に対して後悔し続けるのだろうか。
わしゃわしゃとお姉ちゃんのくせっ毛の髪を撫でて。
「おやすみなさい、お姉ちゃん。良い夢を、見てね」
そう囁いて、私は寝るのだ。
***
夢を見た。どこか懐かしいような夢。何も覚えていなくても感覚だけが残る夢。
ひたすらにお姉ちゃんに頭を撫でてもらったことだけを覚えている。
心地のいい夢だった。
反転。
古明地さとりは、誰にも救われない。
そんなことを言われた時を思い出した。そうだ閻魔様に言われたんだっけか。
わたしがわたしであることをやめた時点で古明地さとりは誰にも救われなくなった。そう諭されたのだっけか。
そんなことは無いはずなのに、わたしはどうしても何も言えなかった。その時の閻魔様はひたすらに悲しそうな顔だった、わたしは何も言えないまま逃げた。
お姉ちゃんが救われない、そんなはずは無いのだ。
ひたすらに駆けて、駆けて、駆けて。
気が付いたらお姉ちゃんの前にいた。お姉ちゃんは笑っていた。
「もう救われなくていいのです。私はこれでいいのですよ、こいし」
私以上に諦めたような、顔だった。
「お姉ちゃんは救われないといけないんだよ……」
「もう、救われています」
「どうして!?」
「あなたがそこにいてくれるだけでいいのです……これ以上言わせないでください」
わたしは感情を捨てた覚妖怪。感情を持ったお姉ちゃんが全て諦めたような、いや、諦めていたことは分からなかった。
分かるわけがなかったのだ……お前は、いいや私は■■だったから。
本当に、本当に……
そう言いながら入った地霊殿は静かだった。
それもそうだ。今は夜でみんな寝ているのだから。
私は気にしない。だからお姉ちゃんが寝ていようとも部屋に行くの。
話を聞いてくれなくても、もしかすると声が聞こえていなくても。
帰ってくるとお姉ちゃんの部屋に入って勝手に一人で話していることが日課のようなものだった。
「お姉ちゃん、今日はね──」
ガチャリとドアを開けるとお姉ちゃんはベッドに座ったままうつらうつらと船を漕いでいた。手には難しそうな資料を持ったまま。
「お姉ちゃんダメだよ、寝る時は寝なきゃ」
資料を奪い取ってベッドの隣にある机に放って。お姉ちゃんを無理矢理寝かせて。ゆらゆら揺れるロウソクは消して。
私も一緒に眠りたくなって。もぞもぞと隣に入って。
「ッ……こいし……」
「なあにお姉ちゃん」
寝言だと分かっていても返事をする。
「ごめん、なさい……」
つう、と閉じた瞳から零れている。お姉ちゃんの感情が、私への後悔が。
……気にしていないのに。それでも、そう言ってもお姉ちゃんは私に対して後悔し続けるのだろうか。
わしゃわしゃとお姉ちゃんのくせっ毛の髪を撫でて。
「おやすみなさい、お姉ちゃん。良い夢を、見てね」
そう囁いて、私は寝るのだ。
***
夢を見た。どこか懐かしいような夢。何も覚えていなくても感覚だけが残る夢。
ひたすらにお姉ちゃんに頭を撫でてもらったことだけを覚えている。
心地のいい夢だった。
反転。
古明地さとりは、誰にも救われない。
そんなことを言われた時を思い出した。そうだ閻魔様に言われたんだっけか。
わたしがわたしであることをやめた時点で古明地さとりは誰にも救われなくなった。そう諭されたのだっけか。
そんなことは無いはずなのに、わたしはどうしても何も言えなかった。その時の閻魔様はひたすらに悲しそうな顔だった、わたしは何も言えないまま逃げた。
お姉ちゃんが救われない、そんなはずは無いのだ。
ひたすらに駆けて、駆けて、駆けて。
気が付いたらお姉ちゃんの前にいた。お姉ちゃんは笑っていた。
「もう救われなくていいのです。私はこれでいいのですよ、こいし」
私以上に諦めたような、顔だった。
「お姉ちゃんは救われないといけないんだよ……」
「もう、救われています」
「どうして!?」
「あなたがそこにいてくれるだけでいいのです……これ以上言わせないでください」
わたしは感情を捨てた覚妖怪。感情を持ったお姉ちゃんが全て諦めたような、いや、諦めていたことは分からなかった。
分かるわけがなかったのだ……お前は、いいや私は■■だったから。
本当に、本当に……
最後の一言でこいしちゃんも救われたのかな…