Coolier - 新生・東方創想話

菫子幻想入譚

2019/05/26 12:29:28
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正直なところ私の家は外からは分からないが経済的には相当恵まれていた。
ただ家庭は崩壊,というより私だけが完全に除け者であった。
中学生の娘にさえ月5万の小遣いを与えながら,一晩二晩帰って来なくても気づかない程に関心が無く放置する程度には。
朝食も夕飯も作るが,食べても食べなくても気にしない。
母親としての務めを果たしていれば母は満足だった。いわば自己満足で母親を演じているのであった。
自分の事を何で作ったのだろうか? 見栄のためだろうか?
と物心ついた頃から常々思っていた。

所謂「超能力」とやらを自認する様になったのもこの頃だった。
心が耐えられなくなって幻覚を見ているのか,心の病を発症したのか?
そのどちらでも良い,もうどうだって構わないのだから。
だけど,幻覚でも何でも目の前にある「事実」に興味はあった。
スマホで動画を撮る。超能力を使用した前後の自身の写真を撮るなどなど,何度試してもそれは事実としか認められなかった。
流石に目の前に「幻覚」が見えたとしても,数日後にその「幻覚」と同じ物が動画として存在するのはあり得ない。
意味もわからず,只々笑いが止まらなかった。
幻覚であろうが無かろうが現実逃避が出来る以上嬉しい事には変わらなかった。
発狂してしまった結果で有っても良かった。辛い現実から逃れられるはずだから。
しかし非現実的な事が現実に起きた。
誰も持たない能力。いや持っていたとしても隠している能力を持つという。
私は特別な人間で有ることを鼻に掛けることはしないが,特別な力のおかげで一人でいる時は楽しくてしょうがなかった。

その中で自分の力の根源を知るためにオカルト雑誌に手を出したが,結局何も知見を得ることは出来なかった。
しかしオカルト雑誌に掲載させているオカルトグッズに興味を持ちハマったが,今思えばこれは寂しさを紛らわせるためだったのかも知れない。
最初は興味本位でスプーン曲げから始まった。
そして本棚から本を自在に手元に持ってこれるようになった。
空になったコップの中にペットボトルから飲料を注ぎ込み,手元に持ってくる。
自分が超能力者で有ることを自認してから時を経ず,ベッドで横になりながらも全てが完結してしまう便利でズボラなな生活を送れるようになった。
考えてみれば,両親が私について意味のわからない事でネチネチと,そして怒号を言い続けて居た時に「偶然」置き時計が倒れたり,酒瓶が倒れたり,椅子が倒れたりと。
おかげでその度二人共クールダウンする。
今思えば気づかなかったが,「そういうこと」であったと気づいた。


私は当然に自分が「女」で有ると自認していた,ただし顔には自信が無いが。
ところが私は自分の体が十分に女になるのにはかなり遅かった。
かなり小さな胸,幼児体型。
そんな中で,ある夏の日,相当遅れた「はじめての日」。
顔を赤らめつつも母親に報告すると。
「面倒なことになったね,あなたなら処理方法も理由も調べられるよね」と言いながら一万円を渡され「来月から小遣いを一万増やすから」と,冷たくあしらわれた。
父からは「菫子,お前は今日から一番最後に風呂に入れ」と言われた。

両親は喜びつつも私は顔を赤らめながらもお赤飯を家族で食べる,と言う淡い期待を持っていた。
しかし
帰ってきたのは,余りにも残酷な回答だった。
女として人生でたった一度の初めての日,それを蹂躙された。
両親が居ない時子供のように声を荒げて泣き叫んだ。咽び泣いた。
自殺を具体的に考え始めたのはこの時だったかも知れない。

泣きながら彷徨い歩いた,どうせ二・三日戻ってこなくても何も思わない。
何となく遠くに見えた里山に登りたくなった。本当に何となくだった。
あそこなら,いくら声を出して泣き叫んでも誰にも迷惑をかけないだろう。
人目もはばからず泣きたい
300m程ある山頂には電気も舗装された道もない無人の神社がある。
家に戻り自転車に乗り,山に向かった。頂上に続く道はなだらかで有ったが,途中から自転車では行けない道となった。

ひたすら歩いた,二時間以上,或いは三時間近くは歩いた。
真夏だと言うのに冷蔵庫を開けた様な冷たい空気が肌に当たる。
山道を必死に歩いている為,体温が上がっているからこの程度で済んでいるのであろう,立ち止まったら歯の根も合わない。
頂上に着くと,古いものの一応最低限の管理はされているのであろう,社殿があった。
仰々しさも有るが,何か懐かしさもこみ上げてきた。
一時間ほど外から見続けていたが,寒さで体が震える。
寝たら凍死するのは間違いないが,今更降りる体力も無い,明日の昼頃帰ることとした。
社殿に入ることは出来ないのかと,思慮するも鍵が掛かっておらず,暖を取ることは出来た。超能力は使わないでも良かった。
何故か多くの視線を感じるが,まだ中学生の幼い私は「神様が見ているのだろう」と思い,社殿に敬意を払い四方にも頭を下げた。


いつもの耐えられないような日常が続いた。
その後いよいよ高校受験をどうするか?という問題が出てきた。
地元の進学校よりも少々離れた上位の進学校である東深見高校も十分に余裕であるので受験を担任から提案された。
人間関係も断ち切りたかった上に通学時間が増えることで家に居る時間を少なくしたかった私は,その提案を受け入れた
入試問題も難なく解けたことから,何も焦らなかった。そして合格発表を見に行くと望みは現実となっていた。
しかし喜びは湧いてこない。なんとなく釈然としない,どこか白けた感情が支配した。

しかし,名門の東深見高校に進学することとなり,外面を異常に気にする両親もこればかりは喜んでくれると思ったが,結局無意味だった。
受験には何も口を出さなかったのに,私が東深見の合格通知や諸々の書類が入った袋を喜んで見ていると,それを取り上げ袋を破いて窓から放り投げた。
「確かに『東深見』は進学校だけど,ここでは誰も知らないの。近所の進学校に行ったほうが外面は良かったのに。菫子,恥ずかしいから東深見の制服着て外を歩くのは止めなさい」
泣きながら合格書類を拾い集めた後,ベッドで泣くだけ泣きはらした。
正直生きていることだのみも疲れた。

当然入学式に両親は来ない。
しかし学費・通学費とは当然別に,高校生ということで小遣いは月十万になった。


両親・特に母親は変な部分で干渉することがあった。
もしかしたら鬱憤晴らしかもしれない。父親と喧嘩した後にこういう事が多いのだ。
私がパンダが好きなことを分かっていながら,「子供っぽい」という理由のみでぬいぐるみやグッズを勝手に処分した。
あれほど好きだったパンダ…。
誰だか顔も名前も思い出せない私を可愛がってくれた人から貰ったと思われる色褪せたパンダのぬいぐるみだけは徹底的に隠したので無事だった。


あの里山が懐かしいと思ったのも,パンダのぬいぐるみを手に入れたのも。
漸く思い出した。
小学生の時だった。
理由も分からないまま母親から叩かれた私は自転車に乗って,只々家から遠く逃げ出した。
あの里山の麓の寺で泣いていると,もう顔も声も覚えていないが,
「髪の長い,黒い革のツナギを着てレトロなデザインのネイキッド型のバイクに乗ったお姉さん」が慰めてくれた。
そして「気晴らしに行こう」とバイクの後ろに乗せてくれ,例の神社に連れて行ってくれた。
山の上から見る街は,普段の嫌な街と違って見えた。
社殿の中に例のぬいぐるみが有り,可愛さの余り幼い私はそれを何のこと無く自分のものにしてしまった。
「お姉さん」も笑顔で見ていてくれた。
夕方が近くなり,バイクで山を降りた。登るときと違って緊張はなく,景色を楽しめた。
しばらく会話をした後,帰宅する私を見えなくなるまで見送ってくれた。
かつて思い出せないほど心が暖かくなった。




高校に入った頃だろうか,夢を見るようになった。
漠然としたものであったが,古臭い街。最初はあの「ボロ神社」から眺めた様な風景だった。
それはすりガラスを通した様な景色であるが段々具体化していった。

「ここでは無いどこかへ行きたい。」という言葉は使い尽くされた物だが,そこに自分には存在しない「望郷の念」と言う物があった。

夏休みになり,家に居づらいのは勿論の事,精神的に耐えられなくなり,遂に自殺を考えた。
自分の存在が無くなることに恐怖は有る,でも何故か死んでしまえは夢に出てくる場所へと行けるのではないかと「都合のいい妄想」に駆られていた。

鞄の中に「産まれてこなければ良かった」という字句も入った罵詈雑言で満たされた遺書,薄汚れたパンダのぬいぐるみ,フェイスタオルを一枚,大型刃のカッターナイフを一つ,東深見高校の冬服を入れた。
嫌であったが唯一の逃げ場でもあった自室とベッドに涙を流しながら深々と頭を下げ家を後にし「ボロ神社」へ向かった。

麓は暑く,山を登る体温の上昇から汗が止まらなかったが一時間もしない内に汗が冷え寒さすら感じるようになった。
山頂につくと冷風が強く吹き,ともかく寒かった。
何故かこの「ボロ神社」に以前訪れたいた時より「死ぬならこの場所で」と漠然と考えていた。
そして人に余り迷惑を掛けない方法で死ぬ事を最低限の礼儀とした。
自分の顔に自信が無いとはいえ,首を吊るのは余りに汚い。
飛び降りも同様だ。
服毒自殺も良いが,苦しまず確実に死ねる毒を入手するのは容易ではない。
そこで考えたのは「自らの首を切り失血死すること」だ。

そして社殿の正面を背にして街を見下ろすと,実家ではなく遠くに自分の愛する東深見高校が見えた。
愛する物を見ながら死んでいくのは嬉しいことかもしれない。
死んだ後の死体は腐って発見されることは無いだろう。
ここには休日にオフロードバイクのライダーたちがよく訪れる。
彼らはいつも頂上の「ボロ神社」前に着くと,縁側に座ってペットボトルに入ったジュースを飲みながら景色を見ながら休憩を取る。
そこに女子高生が血まみれで死んでいたら,直ぐに通報してくれるであろう。
今日は金曜日,明日は土曜日だ。早ければ12時間以内に発見されるだろう


偶然にも本日は満月の日,月が天頂に登りきった時を時間とすることとした。大きな物事を起こすにはキッカケが必要だ。
服をどうしようか悩んでいた,東深見高校は自分が愛する高校だ。
その制服を着ながら逝くか,汚さず手元に置いておくか悩んだ。
自分の死後,両親は新しい服に着替えさせてくれる心掛けなどということは絶対無い。
決して制服を棺に入れてくれ無い,ましてや制服に着替えさせて火葬して貰うことなどと無いと分かりきっていたので,宇佐見菫子では無く東深見高校の女子高生として死ぬべく着替えることとした。

23時,深夜0時まで,あと少し。
はたと気づいたが,東経136度線より東側にあるここは,23時台に月は天頂に達するはずだった。
大急ぎで計算して,正確な天頂時刻が分かった。
ともかく,何か理由を着けなければいつまでも,始まらないのであった。

いよいよ,時間を迎えた。
宇佐美菫子と称する私では無く,東深見高校の制服を纏った女子高生は最初の痛みに耐えるためタオルを思いっきり噛み締め時計を眺めていた。
いよいよ時間が来たと同時に,自らの左側の首に刃を力の限り下ろした。

激痛が走り思わず手を傷口に当ててしまった。
離した手には,鮮血で染まっていた。
もう一回,もう一回,合計三回切りつけるが激痛のみが走るだけだった。
時代劇のように血は吹き出すわけではなく,せいぜい肩の辺りまでしか飛ばず,注射器三本から同時に出る程度の量しか出ていない。

人間の血液量は概ね体重の1/13,その内1/3を失えば失血死することは調べてきた。
最初は死への恐怖も有ったが,今では痛みから逃れるためにのみ死を望んでいた。
この間に出血は弱くなり,弱々しい吹き出しすらも無く,ただ傷口からダラダラと流れるだけであった。
おそらく血管の位置を誤ったのであろう,例え位置が正しくても動脈には至らなかった。
最早もう一回切りつけるという勇気は無かった。死にたくてしょうがないが,死ぬことよりも痛みの恐怖が先行した。
そして未だに無事な左腕をカッターで思いっきり何度も叩きつけた。
手首を傷つけた際に腱を切断して左手の自由が失われた。
痛みの余り噛み締めていたタオルを離し,金切り声を上げた。
しかしそれでも,蛇口を絞りツーっと水が流れている程度しか出血量は無く。それも僅か数分でポタポタと垂れるだけになってしまった。
左手の自由も効かなくなったと言う事は,力を掛ける為,最早手を添えて切るという事も出来なくなることであった。

痛みの余りのたうち回った女子高生は東深見高校の制服を血まみれとなった。

ちなみに超能力を使わなかったのは,見えない場所に対して攻撃するには確実では無いと思ったからである。
事実超能力を使い,再び首を切りつけるも表面上を傷つけるのみでそれ以上では無かった。
失血死にはまだ足りないものの,結構な出血量であった。このため気持ちが悪く意識も遠のいた。
激痛と相成ってまともな思考・行動が取れなくなっていた。
失血と冷風に依って異常な寒さが体を襲い,這いながら社殿の中に逃げ込んだ。

自殺に失敗し,傷だらけになりつつも,同じ方法での自殺は恐怖であった。
ともかく痛いのは嫌だった,この辺りは超能力者とは言え,普通の女子高生と変わらなかった。

社殿の中でもたれ掛かっていると,いつもの夢を見ていた。
意識を失う寸前のせん妄であろうか?
この夢は死ぬ前に見る夢ならどれだけ良かったろうと思えた。
だからかも知れない,今回はやたらと具体的で鮮明であった。


暫くすると首筋が暖かい,傷に由来する暖かさでは無かった。
どこからか来た誰かが触れているのである。
死ぬ前に感じた異常感覚だとも思った。

「こっちの世界に完全に来れると思ったけど残念ね」
「でもあなたなら,条件が整えば来れるはず」「いざ幽冥境を異に」と誰かが言ったのがハッキリと聞こえた。

意識を失ったのだか,眠ってしまったのだか分からないが,再び意識を取り戻したのは昼頃だった。
自殺に失敗した後悔と,自分の現在の無残な状況を考えると夜までここに居て,社殿の前で首を吊ろうと思っていた。
惨めな姿を確認するために,社殿に有る鏡で自らの姿を映してみると,何てことはない。
自殺前の東深見高校の制服を着た女子高生の姿であった。どこも血で汚れておらず傷もかった。
しかし,カッターは乾いて茶色く変色した血に染まっている。

呆気に取られながら帰宅した。両親は一晩帰らなかった娘のことなど心配もする素振りも見せなかった。

その晩以降,私は昼夜関わらず眠りにつくと夢を見た。
いつも見る夢が現実の様に見えるどころか,そこを歩いている。
そして,「超能力」が極めて強くなっていた
デパート屋上の遊園地に有った様なパンダのオモチャを自在に乗りこなせた。

「幻想郷」というところに夢の世界だけであるが私が仲間入りしたのである。
新しい自分の居場所。もしかしたら本当の居場所を見つけた。
菫子が幻想郷に入ったのは虐待されてた事がキッカケという凡庸な発想でしたがどうしても書きたかったのです
あおくろ
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コメント



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4.100終身名誉東方愚民削除
暗い感じの描写がとてもリアルでやりきれなさや絶望感がひしひしと伝わってくるようで引き込まれました 自分の居場所を探そうと懸命にもがく様子が悲しいけど健気でもあって見守りたくなるような雰囲気でした
5.90奇声を発する程度の能力削除
暗い雰囲気が伝わってきて面白かったです
7.100ヘンプ削除
最後は死んでいたのかな。現実から逃げたい、ここでは無いどこかに行きたいということはよくあるのかもしれないですね。
良かったです。
8.100イド削除
心理描写が綺麗で好きです
9.100南条削除
素晴らしく面白かったです
董子が虐待されていたという発想自体を見たこともなかったのに、脳にするっと入ってきました
超能力が発言した経緯や、親に対する董子なりの努力とその結果、そして自殺に至るまでの絶望
そして生と死の境目をさまよった後に幻想郷への切符を手に入れるという、見えない因果関係を想像させるストーリーがとてもよかったです
10.100やまじゅん削除
とても面白かったです。
現実で逃げ場を求めて足掻き、得た東深見高校を愛している事が伝わってきました。
そして緻密な自殺描写がとても良いです。