ある人は、彼女のことを、こんな風に感じ取った。
水彩で描いた、せせらぐ小川のような女だった。
透明な水の色には成り切れない、水色。淡い青。そういう色の印象の女。
水色という色は、この女性の本質的な部分と溶け合っているように思えた。だから彼女には、他のどんな色も似合わないだろう。淡い水色こそが、彼女の色だ。
だが、それを口に出せば殺される気がした。
何故なら、水色が似合うということは、無色透明の水の色が、彼女にとって遠いことを意味するのだから。
◇
白玉楼の客間に呼ばれたかと思うと、別部署担当の渡し守が茶を呑んで寛いでいた。どうして彼女なのかと言えば、顔見知りから話を通した方が良いという配慮らしい。そういうわけで妖夢は、地獄の偉い鬼からの依頼を、小野塚小町から聞かされることになった。
「人手が足りてないんですか?」
渡された資料は、顔写真と簡単なプロフィールが添えられたもので、すぐに目を通し終える。妖夢は真っ先に怪訝な顔をして、そう呟いた。
自分に仕事の依頼だなんて、そう疑いたくもなる。
「そこはまあ、私も詳しくは知らないんだが……」
と、小町は難しそうな顔。
彼女を困らせても仕方ないので、本職の渡し守相手に助け船を出すなどという不遜を。
「つまり、お迎えの死神ですよね」
「あー、んー、まあ、普段はそういうの、いないんだけど。で、普段はいないからには閑職で、決まった人員もいない。だから毎回毎回、臨時で嘱託する羽目になるんだよ」
呟きつつ、小町は傍らに置いた死神の鎌をそっと撫でた。
小町が言うには、本来、お迎えなんて、そんなあからさまに死神してる死神はいないのだ。大鎌は小町のサービス精神による小道具であって、肝心の仕事道具は鎌でなく櫂だ。死神と言えば、渡し守のことを指す。櫂を漕いで血豆を作るなら熱心だと褒められるだろうけれど、鎌をブンブン振り回してのことであれば、何を遊んでいるんだと怒られるに違いない。
一方で、“恐ろしい者”が寿命を偽る者を迎えに行くことがある。
つまりは、鎌で生者の首を刈り取る、いわゆるあからさまな死神と言っても良いかも知れない。直接的に命を回収する、想像上の死の御使い。もっともこの場合でも、まさか仕事道具に大鎌は用いないだろうが。
ともあれ、そのお迎えの死神の人手が足りていないようだった。
「今回のターゲットは、わりと悪名高い連中でね。前回前々回、それ以前のお迎えも余裕で切り抜けてるってわけ。だから──」
「だから?」
「だから今回こそ、ガチでいくってさ。一斉摘発。いよいよお偉いさんも本気だよ」
「ふーん。ほへー」
白玉楼の庭師と言えば、冥府の使いとして少しは知られているらしい。
「ま。これは私の独断だけどさ、気が乗らないならテキトーで良いよ。実際、私は顔見知りに殺害依頼みたいなものを持ちこむのは気が進まなかった」
「お役所勤めは大変ですねぇ」
完全に他人事の顔で、のほほんと妖夢。
「何だったら、今この場で断ってくれても構わないさ。何せ、」
「引き受けます」
「ん──?」
言葉を継ごうとして、小町は固まった。
妖夢はもう一度、答えを繰り返す。
「この依頼、引き受けますよ」
そうか、と。
重く口にした小町は、妖夢が今までに見たことが無いほど、真面目な顔付きをしていた。
「理由を、聞こうか」
「その前に、一つ」
小町を制止して、妖夢。
「つかぬことをお訊ねしますが、と前置きすべき質問なのでしょうね、きっと。つかぬことをお訊ねしますが、貴方は私の師匠に会ったこと、ありますか?」
その唐突に思える質問に、小町は考えた素振りを見せつつ、慎重に答える。
「先代の庭師なら、別に親しかったわけではないが、面識はある。昔は時代も時代だったから、お迎えの死神の仕事も少なくなかった。彼も、臨時で駆り出されたことが何度かあったはずだ」
「……ああ、いえ、そちらではなく。師匠と言うのは、もう一人の方です」
小町は、ぴたりと固まって。
察しが良い。妖夢にとっての師匠と言っただけで、誰のことだか理解したらしいのだから。
「何故だ。何故、その人のことを知っているんだ?」
「小さい頃に一度だけ、会ったことがあるんです」
「故人に会うのは良い。でも、成仏しちまった故人の故人に会えるわけ、ないだろ」
小町の顔は真面目さに加えて、少し怖いくらいの厳しさを帯びた。サボり魔のようでいて、職業倫理には忠実なのだ。
ただ、あるものはあるのだ。
もちろん、故人に出逢った、と言うのとは事情が違う。ただの夢で、ただの幻。その後、まるで何事も無かったかのように自室で目を覚ました時には、奇妙な夢を見たのか、何かの記憶違いなのだろうと納得してしまうような、僅かな一時だけの不思議で特別な経験。あの目元涼しげな僧形の若い男の正体に察しが付いたのさえ、長じてからのことだった。
本当は、師と仰ぐのは烏滸がましい。それでも妖夢はあの人から、物の見方、のようなものを教わるともなしに教わった。
小町が面食らっている理由は、妖夢にも分かる。その人は、白玉楼という場所の本来の意味において、別格の意味を持つからだ。なので今までずっと、特に祖父と幽々子の二人には秘密にしていたことだったけれど、今、あっさりと口を滑らせてしまった。
「白玉楼に逗留する彼になら、会ったことは、ある。でも、私には彼のことがよく分からなかったよ。少しも人となりの分からない相手に面識があると言えるほど、私は厚顔無恥ではない」
いや、しかし、と小町は続けようとして、その先を言い淀む。
いつでも明朗快活な彼女には珍しい様子に反して、薄く微笑んでいるのは妖夢の方だった。
「依頼を引き受ける理由、だって面白そうだから、これではダメですか?」
「……」
「あの人なら、そう答える気がするんです」
「そう、だな。そんな風に言っちゃうような、わりと困った人だった、ような気もするよ」
◇
引き受けた理由は、もう一つ。
書類の中に、気になっていた人物の名前があったのだ。
「才能って何なのか、考えたことはありまして?」
アクセルを踏み込みながら、霍青娥は世間話でもするような気軽さで、後部座席の妖夢へと問い掛けた。
依頼された仕事の、指定の場所へと向かう道中である。気になっていた人物に、道の途中で拾われるとは。
幻想郷を離れた、どこかの山奥。しかし山奥とは言え、数は少ないが電柱が立っているのも見えた。道路もアスファルトで舗装されている。田舎の景色にそぐわないスカイブルーのスポーツカーは、通行量の少ない道路を、水を得た魚のように得意げにスイスイと走っていく。なだらかなカーブが続く峠道は、ドライブには最適のようだ。
「あまり、ありませんね。そんなことを考える暇があるなら、とにかく修行です。そんな価値観で生きてきましたから」
助手席に座らなかったのは、そのまま妖夢と青娥との親密度の距離感でもあった。助手席に長刀を持ち込めない、という理由もある。
段々と民家の少なくなっていく窓の景色から視線を離し、悟られない程度に一瞬だけ、バックミラーに映る運転手の涼しげな表情を見やる。
「では、たった今、考えてくださいます?」
「……結局の所、よく分からない、それが答えでは? 才能があるかどうかなんて、いつ開花するのかなんて、最後まで頑張ってみないと分からない」
「身も蓋も無い答えですわね」
「現実が身も蓋も無いから、かも知れませんね」
「質問を変えましょう。魂魄妖夢、貴方には、剣の才能がありますか?」
「十全にある場合を十とした時、五くらいなら。半人前ですから、そのくらいかと」
冗談を言ったわけではないのだけれど、青娥はくすっと微笑を零した。
「まあ、そもそも才能とは何かという話は、とりあえず振ってみる話題として、無難さの度合いでは今日の天気とさほどの違いがありません。けれど、続けますね。仮に才能というものを、誰にも教わらずに初見に近い状態からそのものを為し遂げる能力とした場合、才能はあれば有利でしょうね。最初からサッカーが上手ければ、サッカーを好きにもなりましょう、練習にも身が入りましょう」
青娥の語り口は、車の乗り心地のように滑らかに。
「それとも、血の滲むような努力を重ねているような相手に、才能があるから上手いんだ、なんて言ってしまいますか? それって馬鹿にしていると思いません?
あるいは、努力だけでは超えられない一線を超える、何がしかの資質なのかも知れません。上手いだけのピアノなら、練習次第で弾ける方も多いかと。途中で挫折する輩は、センスか根性のどちらかが無いのです」
そんなのものは、毎日の天気予報と同じくらい、どこかで聞いたことのある話なのだろう。
「才能というのも一要素に過ぎない、ということでしょうか」
「世に埋もれている才能を数知れないとするなら、そんな彼らが世に出て成功しようと思うなら、人の縁といった事情も絡んでくる。才能を磨くためにも輝かせるためにも、ふさわしい舞台は必要ですものね」
「あまり楽しい話題では、ありませんね」
霍青娥の口から語られる話とは思えなかった。
「そうかしら。私から見れば、貴方は才能がある側の人間です」
最初からそれが言いたかったのかも知れない。
「歌の上手い人を知っています」
ぽつりと、師の横顔を思い返しながら、そう呟いた。
「そう。きっと、私も名前を知っている有名人ね」
「その彼ですら、自分より才能のある人間は他にいる、本当の歌聖はその人だった、と言うんですよ。藤原定家って、ご存知ですよね」
当時まだ若かりし定家に『宮河歌合』の判詞を託すほど、妖夢が歌聖だと信じる歌聖は、若い世代の新しい才能の芽吹きに信を寄せていた。そして実際、定家のその後の活躍は目覚ましい。
「有名人ですね。小倉色紙、いわゆる百人一首の選者と言えば、古典に疎い方でも知っていましょう」
「だから、私なんかよりずっと凄い人が、もっともっと凄い人がいる、っていう話を聞くと、なんだか遠い場所の出来事のようで、才能なんて私には縁遠い話のような気がするんです」
「要するに、遠い場所の出来事だから、小市民には関係が無い」
「結局、身も蓋も無い所に帰ってきますね」
「ふふ、でも私が本当に言いたいことは、更に数段、身も蓋も無い上に、ロクでもないことなんですよ?」
「と、言うと?」
上手い興味の引き方に、ついつい聞き入ってしまう。
「才能はあくまで一要素、ここに更に加えて、人の縁、時の運、星の巡りといった、いわゆる運命的な要素、その他諸々ひっくるめた全てのことを、才能以上の意味を持った才能のことを、仙人の世界では『仙骨』と呼びます」
水のように冷たい声だった。
それこそ冷水を浴びせられたように、妖夢は少しだけ、怯む。
「煌びやかな才能に恵まれず、熱血スポ根精神だけで、ついには大成した野球少年がいるとしましょう。その男の子には、才能なんて下らないものでなく、仙骨、いえ、この場合は野球骨があったのです」
才能と仙骨の差異。例えば、野球の才能はただの才能として、野球骨は、納得のいくまで練習できるような環境といった要素も含むのだろう。保護者や周囲の支えの有無も野球骨だ。裏を返せば、才能だけで骨が無かったために潰れる才能も、世の中には多いということか。現実問題とかいうやつは、いつだって困窮する弱者の敵だ。
成る程、身も蓋も無い上に、ロクでもない。
道は渓流に沿って続いている。眼下の川の反対側からは、切り立った岩壁が覆い被さってくるようだ。いつの間にか、人の営みの気配も消えている。田舎の景色から、仙境寄りの場所へと移動しつつあるのだろう。
車は、霧に包まれて対岸の見えない鉄橋を渡った。
同時に、別の意味でも渡った、と妖夢は認識する。
三途の川、というわけでもないけれど、しくじれば帰って来られないという意味で、自分にとっての生死を分かつ川だった。
「仙骨が短いと、いくら頑張っても無駄なんですよ。才能が無いなら、まだしも励ましようもあります。だって才能なんて、とりあえずやってみないことには分からないんですから。でも仙骨は、見る人が見れば分かったりするんですよねぇ」
「……」
「貴方は、そこそこ長めの仙骨がありますよ。それだけあれば十分に解脱までいけます」
「それは、どうも」
「ちなみに博麗の巫女さんは、ものすごく長いです。と言うより、あれは仙骨が長い人間を探して連れてきているのでしょうね。先代の巫女さんも中々のものをお持ちでした」
確かに、ただ才能と言っては、途端につまらなさを感じるような素質が、あの巫女さんにはあった。それを仙骨と言ってしまっては、つまらなさが数段増すようにも思えるけれど。
「あの太子様は、どうなんです?」
「んー、あの方はまた、少し事情が違うと言いますか……言うなれば、そうですね、仙骨の長い短いと言うよりも、骨が強い、骨が固い、とでも言うような……」
「色々なんですね」
「私もあんな方は、滅多にお目には掛かりませんね。ええ、だから特別に尽くしているんです」
思いがけず、内心を覗かせるような一言を聞くことができた。
それだけでも、この話題で話した価値があるように、妖夢には思えた。だったらもう切り上げてでも構うまい。
「それで結局、この話はどこに着地するんです?」
折良く、目的地の影も霧の中に見えてきた。
「ああ、簡単なことですわ。そんなものは、どうだろうが知ったことか。私は私のやりたいようにやるだけだ、ってね」
豪快にハンドルを切って無駄にドリフト駐車を決める笑顔は、結構イカしていたんじゃないかと思われた。
「というわけで、到着です」
◇
車から降りてすぐに、支給された刀を手に取った。灼熱地獄の炎で鍛えたとかいう触れ込みは結構だけれど、ただでさえ長い楼観剣よりも更に長く、明らかに妖夢の体躯に合っていなかった。いや、そろそろお下がりでも借り物でもない刀が欲しいだなんて、わがままは言うまい。
腰に差せる長さではないので、そのまま手に持ったままにしておく。半ば鯉口を切った状態も維持する。
「覚悟は良い?」
「と、問われる立場なのは、貴方の方なんですけど。あの、わざわざどうも、送ってもらっちゃって」
「いえいえ、同じ場所へ向かう様子でしたから。それなら、一緒の方が楽しい時間を過ごせるでしょう?」
青娥は妖夢の事情を知っていて面白いと思っているのか、それともいつ明らかになるかと楽しみしているのか、ご機嫌な様子だった。
古い寺院のようだった。
水気を吸って腐っているのか、全体的な印象として、木材が黒ずんでいる。周囲は白い霧に閉ざされていて見通せず、孤島のようにぽつんと、白の中に黒が浮かび上がっている。
白と黒のみで構成されたモノクロの景色は、どこか水墨画の世界を思わせた。
そんな色無き世界に、水色がそよぐ。ふわりと舞い上がる仙女の羽衣は、優美な魚の尾のようにも見えた。
呼吸を整えて、妖夢も、青娥の後に続いた。
寺院の中はパーティー会場だった。
いや、変なことを言っているのではなく、古めかしい寺院の床に絨毯を敷いたり、天幕を垂らしたりして、豪華に見えるように、それでいて奢侈に傾かないバランス感覚で設えてあるのだ。壁面に並べ立てられた燭台は、一台ごとにその色が、レモン色やアイスグリーンと違っていて、室内を不思議な彩りに照らしている。
空薫物の煙が充満する部屋の内は、霧に包まれた仙境の中にあって、更なる別世界のようだ。正直、妖夢はちょっと噎せた。
「けむいです」
「です、わね」
青娥も鬱陶しそうに煙を払うと、懐からキセルの煙草を取り出して、片手で器用に擦った燐寸で火を付ける。そんなことをしては更に酷くなると思ったけれど、ふぅっと漂った煙が渦を巻いて青娥と妖夢の周囲に纏わり付くと、複雑に絡み合って混沌とした香りが一種類に限定されて、少し楽になったのだった。
魔窟。
寺院の中は魔窟だった、と言うべきだった。
広い部屋に、幾人もの仙女の姿。いいえ、訂正。幾人もの、邪仙の姿。それから、人体を加工して作った椅子やテーブル。人体で作った楽器の数々。テーブルの上には当たり前のように、まだ反応を残した新鮮な人間が活け造りにされていた。カットメロン、マンゴー、マスカット、人の顔、ザクロの実、フルーツの盛り合わせの中にも、まるで果物の一種のように生首が紛れている。
彼女達は遅れてやって来た青娥の姿を認めると、久し振りに再会した知人にそうするように、親しげに手を振った。まるで同窓会のような雰囲気だ。
「いつ以来かしらねー」
と、青娥。こちらもやっぱり同窓会みたいな雰囲気。
「え、なになに? そっちの子は弟子? それともお土産?」
邪仙の内の一人が、妖夢の姿を目ざとく見付ける。招かれざる十三人の客、などと気取って言うまでもなく、同窓会に紛れ込んだ赤の他人はいかにも場違いで、なんとも照れ臭い思いをする。ところで、お土産、というのはどういう意味だろう。
「どっちも違うわ。それより、もしかして私で最後?」
「そうね。みんな待ってたのよ」
「道が混んでて」
いや、ほぼ無人だったろ。
とりあえず、妖夢もパーティーを楽しむ邪仙の顔と人数を確認する。青娥を数えて十二人。これで全員、報告通りだ。
刀の手触りを確かめる。息を止める。一つ上の位相に置いた半身を意識する──
──抜いた刀はすぐに戻して、振るった凶器を隠すように背中の後ろで手を組んだ。
「まあまあ、良いからさ。そこの君も一緒に楽しもうよ」
快活に手招きする邪仙の首には、真一文字の赤い線が走っていた。
変わった形のバイオリンのような弦楽器は、たぶん二胡だろう。たぶん、と言うのは、妖夢には本当に二胡かどうか分からないからだ。
たしかニシキヘビの皮を用いた楽器だったと思うけれど、邪仙が奏でる二胡と同じ形の楽器は、人の皮が張られている。一目でそうと分かったのは、もちろん楽器が人の肌色をしているからで、使われたのはお腹の部分だったらしく、おへその凹凸がちょこんと残っており、それが楽器の味になっていた。
肌色の二胡を演奏する邪仙の首にも、真一文字の赤い線が走っている。
「残酷と思いますか?」
そっと、妖夢に耳打ちする青娥。
妖夢は思いの外、冷静な態度で、鉛でも呑み込んだような顔をしながらも、時折苦悶の声が混じる音色に耳を傾けていた。
二胡は抱きかかえるような姿勢で演奏するものだから、子供を抱いているようにも見える。いや、見えてたまるものか。
「思います。だけど、怖がって良いものじゃない」
「その通り。たしか、三味線は猫の皮をなめして作るそうですよ。かわいい猫ちゃんの皮の楽器と、あの二胡で、いいえ、そもそもヘビだって生き物なのに、何が違うと言うのでしょう。明らかなスプラッタ趣味に眉を顰めるのは、そのスプラッタ趣味と同程度に悪趣味です」
ふふ、と楽しそうに青娥は笑う。獲物をいたぶる猫の笑みとかいうやつだ。
首に手をやると、一瞬だけ手を止めて、羽衣をスカーフ代わりに首に巻き付けた。
「あら。あっちはアコーディオンみたいですわね。見に行きましょう。うわー、顔がそのまま。悪趣味っ!」
「あくしゅみっ。ってなんか、斬新なくしゃみっぽいよね」
アコーディオン奏者の邪仙はそう言って笑った。彼女の首にもまた真一文字の赤い線が走っていた。
「猿の脳をそのまま食べる珍味があるの、ご存知?」
テーブルの真ん中に生首。
珍味の話を持ち出したということは、あの生首は胴体と分かたれたわけではなくテーブルの下に埋まっていて、少し前まで生きていたのだろう。もっとも、頭蓋を切り開かれて中身を突っつかれたからには、いかに精悍な顔付きの男性と言えど、もう絶命しているだろうが。
「美味しいんですか?」
スプーンで灰色がちなピンク色を掬い取る邪仙に、妖夢は率直に問い掛けた。やはり彼女の首にも真一文字の赤い線が走っているけれど、嚥下するのに支障は無いようだ。飛頭蛮の食事の疑問を、ちらりと思い浮かべる妖夢だった。
「ぷるぷるぐずぐず食感よ」
「はぁ」
「でも、こういうのは珍味だから美味しいのかもね。カニ味噌をこぞって食べるのと一緒よ」
「カニ味噌って、脳味噌でしたっけ。たしか内臓……」
「細かいことは良いのよ」
これもまた残酷だけど、怖がって良いものじゃない。
「私はそれ、あんまり好きじゃない」
「そうだよね。脳は好みが分かれるよね。良かったー、苦手なの私だけじゃなくて」
また別の邪仙が二人、会話に加わってくる。彼女らの首にも、例によって赤い線。
「貴方も食べる? コレ。こっちは甘くておいしいよ」
その内の一人が勧めてきたものを見て、妖夢はやんわりと首を横に振った。
それはチョコレートだったが、何故か中から指が飛び出している。
「それねー、おねーさんが作ったんだよー」
と、ゆるくて気さくな雰囲気の邪仙。
「おねーさんはお菓子作りが趣味でね。最初はねー、ハズレってことで指を入れたのを用意して、普通の人達に食べさせて遊んでたんだけど、ほら、邪仙のみんなだとハズレにならないからねー、なんと全部に、色々なパーツを入れてみましたー」
さも高級店のチョコレート然とした顔ぶれでお洒落な紙箱に並んだ、1ダースから既に何個か減った固形物。中身が飛び出していたのは指チョコだけのようで、他の残りは、何が入っているのか分からなかった。
「食べてみる?」
ほわほわした温かい笑顔。
これで断れると言うなら、その断り方を教えて欲しい。
「ふっふーん、どこが当たるかなー? キミは人間の身体で好きな部位とかある?」
◇
「魔窟、ですね」
「ドン引きした?」
青娥が気を利かせて、少し外に出ての休憩の時間を入れてくれた。
「……頭が、おかしくなりそうです」
嘘だった。
本当は、奇妙なくらいに落ち着いていた。とても静かな気持ちで、妖夢は彼女達に共感していた。
と、思っていたのだけれど。霧に包まれた仙境の空気を吸い込むや、妖夢は、自分が今にも吐きそうだったことを自覚した。気付かない間に、かなり参っていたようだ。
ハンカチに包んだ歯は、いったいどうしよう。いっそ、チョコと一緒に呑み込んでしまえば困らなかったのに。
寺院の外に池があった。その畔に座り込んで、顔を覆った指の隙間から、水面に映った自分の顔を見つめる。
水の中から自分を見つめ返す瞳には、朧な赤色が滲んでいる。微細な狂気を含んだ瞳。後遺症、のようなもの。
「教えてください。何が、違うんですか?」
例えば、楽器。
猫の皮の三味線と、人の皮の二胡は、何が違う?
例えば、料理。
カニ味噌と人の脳は、何が違う?
怖がってはいけないと思った。ドン引きなんて間違いだと思った。アレを、当然のことだと受け入れるべきだと思った。
下り立ちて
浦田に拾う海人の子は
つみより罪を習うなりけり
──ねぇ、取れたよ。
子供は無垢な笑顔で、浜辺で取った貝を掲げて見せる。手柄を自慢するように、褒めて褒めてと、せがむように。そうして、老境の旅人は、その歌を詠んだ。何とも言えない言葉にならない気持ちさえ、ひとたび歌の形を取れば、彼の内からいとも簡単に滾々と湧き出すのだった。汲めども汲めども尽きることのない、豊かな水のように。
でも。貝という小さな命を摘み取った子供に、言葉としては、どんな風に声を掛けてやれば良かったんだろう。
また別の日、海を渡る商人は、罪を甲斐にて渡っていく。その当然の営みを、責めることなど出来やしない。
「落ち着きなさい」
何処か遠くの方で、声がした。
羽根のように舞う、綺麗で、掴み所の無い声。
「感受性が強過ぎです。ただ単に、場の空気に当てられて、そんな気になっているだけですよ。霊体の体は無防備なのですから、気を付けなさい」
知らない。そんな気になっているだけ、なんて軽々しく扱わないで欲しい。
このまま考えに耽って沈んで、水に映る顔と口付けを交わして、そのままズブズブと顔を沈めていって、ついには溺死してしまえば良いと思った。没入感の果てに、何がしかの真理が掴めるかも知れないのだ。邪魔をしないで欲しい、いいや、この場合の邪魔とは、本来の意味での『邪魔』なのやも知れなかった。
「例えば、可愛い小動物の姿を模したお菓子。カワイイカワイイと囃し立てて、かわいそうだから食べられないと言う女の子がいます。でもきっとその子だって、加工された動物の肉を食べていないわけじゃない。晩ごはんがハンバーグなら大喜びすることでしょう。だけど、こんな話をして、それは何かおかしくない? と責めたいわけではないのです」
いや、声の言う通りだ。
退廃的な饗宴を楽しむ邪仙と、ごく普通にパーティーを楽しむ人間とで、何が違う?
新鮮な魚を刺身にすることと、新鮮な人間を活け造りにすることは、何が違うって言うの?
同じだとも。当然の営みを責めることが出来ないのなら、全部、認めてしまえば良い。
「どうか、私の意図を誤解しないでくださいまし。そんなつまらない話で、人の欺瞞を指摘したいわけでもない。ぱっと見の残虐性に目を奪われて、本当に大切なことを見失ってはいけませんよ?」
そんなことは主題ではないのです、と。
「妖夢!」
突然の声に、妖夢は我に返る。
水面と見つめ合った自分の瞳は、意識を失う前と変わらず朧な赤色に揺れていたけれど、呼吸が再開したような安堵があった。
「……あ、れ?」
「そういう間の抜けた所は、むしろ貴方の美点なのかしらね」
池の畔に蹲っていた。傍らで、青娥が呆れたという目付きで腰に手を当てて佇んでいる。
灰色に近い色をした、寂しい池だった。魚の影は見えず、数種類の水草が浮かんでいるばかり。水の色とは不思議なもので、本当の水は水色をしていない。本来は無色透明で、空のように、その時々で色を変える。奈落の淵のようだった水面も、今は寂しい池と変わるように。
「でも」
言い募る、妖夢。だって話はまだ終わっていない。
「何が違うんですか? どこが違うんですか? 答えられるものなら、答えてくださいよ」
「違いますね。やっていることに、悪意があるかどうか、悪趣味かどうか。些細なようで、明確な違いです。人の営む日常的な殺戮と、邪仙の為す悪逆とでは、どう考えても質が違うでしょうに」
成る程、それは膝を叩いて納得したくなるくらいの、明瞭な答えだった。
貝を拾う海人の子のそれが罪だとしても、それは小さな小さな罪だ。普通、悪趣味で残酷な行為と同列には扱わない。少し考えれば分かることだった。
それの何が違うの? 嫌な笑顔で答えを迫られたのなら、いや違うでしょ、と一言で言い返してやれば良いのだ。
「……でも、本当に?」
だけど、妖夢は首を傾げた。
「命って、大切ですよね」
そんな当然のことを確認せずにはいられなかった。
そうして、妙に据わった目をして抑揚の無い声で吐き出す。
みんな、そう言ってますよね。でも本当にそう思っているんですか?
命って美しいですよね。でもそういう話題になる時って、大抵、限りある命だから美しい、みたいな話になりますよね。命には終わりがあるから、人は懸命に生きるんだって、言いますよね。必ず訪れる死に立ち向かい、出会いと別れを繰り返して生きていく、人という命はそれで良い。だから、永遠の命なんて要らない、そんなのつまらない。限りある命だからこそ、尊いんだ。結局、そういう風に賛美する。
私達はそうやって、倫理も道徳も裏切っているじゃないですか。命は短い方が良いって。桜は散る方が良いって。
「だから、もう一度、質問しても良いですか? 人と邪仙で、何が違う?」
「違いますね」
しかし青娥は、はっきりと答えた。
「邪仙を、舐めるな。私達は根っから腐り果てた遊び人です。この道楽を、人の無自覚なそれと一緒されてたまるものですか。命を使い潰すことを、より深く愉しんでいるのは、私達の方です」
それはきっぱりと断じて叱責するような物言いで、霍青娥という淡色の仙女には、似付かわしくない口調だった。彼女らしくない。
らしくない不本意な言葉は、つまり嘘だろう。
悪行の自慢だって、彼女らしくない。今のは、敢えてわざわざ言ったのだ。妖夢のために。
「優しいんですね」
そう呟く妖夢の顔色は、憔悴しながらも控え目な笑顔が戻っていた。
思いがけない所で触れた優しさが嬉しかった。つい、微笑みが戻ってしまうくらいに。
「……?」
唐突なことを言われて、青娥は瞬きを繰り返した。
「気を使って言ってくれているんですよね」
「貴方がどうでもいいことで悩んでいるのが、つまらなかっただけです。紅旗征戎我が事にあらず、でしたか。正義とか倫理とか道徳とか、私には関係の無い話です」
「そういうことにしておきます」
でも、少し思い付いたこともある。
「普段は平気な顔で酷いことをしているのに、ただの気まぐれで、人に優しくできる。普通の人間も、そういうことをよくします。では、貴方と、普通の人間は、何が違うんでしょうね?」
「そのロクでもなさの度合いが、段違いなんですってば」
呆れた風に、青娥は言う。
確かに、その通りだ。そういうことにしておこう。
「分かりました。私は別に、積極的に人間に絶望したいわけじゃないですからね」
人の悪い所を見付けるのは簡単だ。少しの切っ掛けで、いくらでも絶望できる。そうやって絶望する人も大勢いる。そこそこ普通に生きている人間さえ、ふらっと寄り道をするみたいに簡単に失望を覚える。きっと、まだ望みを失っていない人も、とりあえず保留にしているに過ぎないんだろう。
「では、そろそろ戻りましょう。人と邪仙が同じだと言うのなら、もう少し、邪仙の悪趣味を目の当たりにすれば良いんです」
◇
加工された人間の死体が面白可笑しく飾られている。
眉を顰めるのも罵倒するのも、胃の中身を撒き散らすのも自由だと、青娥は言った。精々好きに反応して、楽しめば良いと。
罵倒して良心が満たされるなら、好きにすれば良い。
吐き戻して自分の健全性を確かめられるのなら、好きにすれば良い。
何にせよ、それはそれで、良い見世物になる。
「ほら、可愛い女の子って何をしても可愛いじゃない?」
「まあ私は可愛いですからね」
「自分で言ってても可愛いですよ」
「いや、そこはツッコミを入れてくださいよ」
などと、言いつつ。
「さっきあんな話をしたばかりなのに、ありきたりなことは言いませんよ」
「それもそうですわね」
「でも、不思議ですね。慣れちゃったんでしょうか。ドン引きはドン引きですけど、衝撃は、それ程でもないですね」
ちょっとした家具・インテリア販売店の様相。
テーブルがあり、椅子がある。テーブルは男性が四つん這いになった男性を組み合わせた大きめのダイニングテーブルから、足を一本使った一本足のお洒落なガーデンテーブルまでの取り合わせ。ジャック・オー・ランタンのような、頭部の中身を刳り貫いた間接照明は、ほんのり温かい光を発している。眼窩に電球を差し込んだライトは、たぶんジョークグッズだ。他に、長身の男性の身体に、他の人間の四肢を植え付けたハンガーラック。人の皮のカーペット。小物類も充実していて、白いマグカップには、切り落とされた手首という先客が、持ち手部分を掴んでいた。
家具職人の邪仙の趣味なのか、見目麗しい容姿の男性が多い。それと、この会場で使われているテーブルの類いも、彼女の作品なのだろう。
「どう? 買ってく?」
椅子に、もとい男の人の顔に座った邪仙が、片目を瞑りながら陽気に声を掛けてきた。彼女の首にも赤い線があって、でも、少しも気にしていない様子だった。
ところでその椅子、最初に見た時を覚えているのだけど、たしかちょうど座る位置に、どーんと顔面があったはずで、なんだか別の意味で趣味が悪いような気がする。
「売り物なんですか?」
「うん。売るよー。私は作って満足しちゃう方だからね。こういう集まりって、私にとってはフリマみたいなものなんだ」
「ちなみに、材料って」
「男の人。賑やかな街を歩いてれば、いくらでも釣れる。馬鹿だよね、だからついつい、可愛がってあげたくなっちゃうんだ」
妖夢は、並んだ品物を順に見つめる。まるで、人間を使ってどれだけ冒涜的なことが出来るか試しているみたいだ。
なにげなく、トルソー型の小さな箪笥の引き出しを開けた。中身は、売り物なら当たり前なのだけれど、空っぽ。よもや臓物が入っているわけではなく、これなら普通に家具として使えるのだろう。実用性と悪趣味を兼ね備えた作品は、ただ悪趣味なだけでもないようだ。
「気に入った物があるなら、安くしておくよ?」
「ごめんなさい。私の趣味じゃないみたいです」
「そっかそっか。じゃあ仕方ない」
「ここは、どういう趣向の場所なんですか?」
その一角は、一見する限り露悪的な要素が見受けられなかった。いや、これで露悪的でないというのはだいぶ感覚が鈍っているような気がするのだけど、衣服を着たままの人間が、特に外傷も奇抜な加工もないままに、直立の姿勢で並べられている。これではマネキンと変わらない。
「展示物、かな。これ全部、私のコレクション」
伏し目がちの邪仙だった。睫毛が長くて憂える表情に色気があり、首の赤い線を愛おしげに指先で擦っている。
コレクションだと言う直立姿勢の死体は、おおよその所が壮年の男性で、皆、豪華な服装をしていた。国も時代もまちまちながら、それでいて、一つの共通項がある。
「王様?」
「正解。よく分かったね」
控え目な女性という印象だったけれど、妖夢に向けた微笑には、蕾の綻ぶような気心の赦しがあった。
「キミキミ、そこのキミ。こっちにも来るにょろ」
変な邪仙もいた。
「これも見て欲しいにょろ」
変な邪仙の首にも赤い線は走っていて、そんな彼女は、両手で大事にそうに小さな壺を抱いていた。
「何が入っているんですか?」
「秘密にょろ」
「……いや、じゃあなんで見て欲しいとか言うんですか」
変な邪仙はにょろにょろ笑いながら、他のテーブルの方に行ってしまった。
「家族だから、紹介したかったんだ」
不意に届いた真面目な声を、最初、今の彼女のものだと思えなかった。
妖夢は驚きつつ、少し安堵して呟く。変なようで、人の感性を残した邪仙もいるのだ。手に持っていたのは、遺品、あるいは遺骨だろうか。
「家族思いの方、だったんですね」
「でもあの中身、にょろにょろになってますからね? 親族係累に至るまで全員、にょろにょろに変えたとかいう噂ですよ」
「…………」
「おいっす」
「ごきげんよう」
二人組の邪仙が声を掛けてきた。固く手を繋いで、仲が良さそうな様子だ。彼女達の首にも真一文字の赤い線。妖夢も少し、思う所があった。
「お二人は……」
言葉に詰まって、俯いてしまう。
「いや、私達は、特に見せるものが無いんだわ」
「邪仙と言っても、みんながみんな、手先が器用なわけではないのよね」
二人は肩を寄せ合って、家具売り場の方へ歩いていった。
「えー、ではでは皆さん。宴もたけなわでございますがー。盛り上がってますかーっ? いえーい!」
ちょうど一周した頃、檀上から声が上がった。
最初に出迎えてくれた快活な邪仙が、グラス片手にお決まりの音頭を取る。相変わらず同窓会みたいな雰囲気だった。
彼女の背後にあるべきは寺院の構造からすると本尊なのだけれど、仏像などあるべくもない。
「もう頃合いですね」
「え、でも」
宴もたけなわとは言っていたが、むしろ全然これから盛り上がるといったように見える。それなのに、青娥は有無を言わさずに妖夢の袖を引いて、場を乱さないよう、ひっそりと静かに出口に向かってしまう。
「良いんですか?」
「後はもう、彼女達だけの時間です」
◇
「本当に良かったんですか? もう帰っちゃって」
帰りも車で送ってくれると言うから、その好意に甘えて、助手席に座った。それはそのまま、妖夢と青娥の距離感だった。
「ええ、私があの場に残っても仕方ないですから」
首筋に手をやりながら、青娥は言う。
巻き付けたスカーフは、いつの間にか、白い包帯に変じている。包帯には、赤い血が滲んでいた。血は止まっていないようで、滲みの中心部は赤黒く、今にも血が染み出してきそうだった。切断には至らなかったとは言え、浅い傷ではないのだ。
「……」
妖夢は、どう答えたものか迷って、
「防ぎ切ったのは、貴方だけでしたね」
と、消え入りそうに小さな声で囁いた。
「私、お迎えの死神で……」
どうして、妖夢の方が、まるで罪を告白するように震えているのだろう。
喉を通して石を吐き出すみたいだった。額をガラスの窓にぶつけて、体重を預けた。項垂れてしまいたかった。
きゅっとスカートの裾を握り締めて、唇を噛んで、肩を震わせた。
「それ以上は言わずとも構いません。それより、私にトドメを刺さなくて良いの?」
「……それは、ですね、死神って言うのは運命で殺すものだから、初太刀を外すようであれば、追撃はしなくて良い、と。これでも一応、職業倫理は守りますので」
だから、十一人、初太刀で首を刈り取った。
仕留め損なったのは、青娥の首だけだ。
「ふふふ、今回ばかりは流石に死ぬかも、と驚きを味わいました。この前会った時は、まだまだ私の方が上と思っていたのに、その剣、ここまで極まっていましたか。実力で避けた、などとは言いません。運が良かっただけです。非才の身ではありますが、あの場を乗り切るだけの気骨はあったようです」
「知っていたのなら、どうして、私を招いたんです?」
「何かおかしいですか? 別に私が案内しなかったとしても、貴方はあの場に辿り着いたでしょうに」
「そういう問題ではなくて。それに、他の邪仙の方々だって……」
「ええ、承知していましたよ。自分の首が刎ねられたことには気付かなかったとしても、他の邪仙の首に走った赤い線を見れば、何が起こったのか察しは付きます。物騒な品を持っている子もいることですし。そういう意味では、むしろ気付かないわけないですからね」
「それなのに……」
「ええ、それなのに、彼女達は、貴方に対して好意的だった」
そこが、妖夢には分からなかった。
あの和気藹々とした同窓会の雰囲気。あの場の邪仙の誰もが、残虐な宴を愉しみながら、同時に、妖夢に対して気さくな笑顔を向けてきた。自分を殺した相手なのに。
「どうして、なんですか?」
悲愴な顔をして、重ねて問い掛ける。
妖夢の行為が正しいことは、地獄の決定によるお墨付きで、誰からも責められたものではない。だけど、そんな正義に縋り付きたいわけではなかった。本当の所、自分のしたことは何なのか、それが知りたかった。
「まさか、同情しています? いや、こう言ってはアレですけど、当然の報いですって」
「同情も、後悔も、してないです。でも」
「でも?」
何もかもを吐き出してしまいたかった。こんなことを青娥に言っても、もうどうしようもないのに。口をついて出た懺悔じみた言葉は、止まってはくれないのだった。
「私には、才能なんか無いんです」
非才の身を自称する青娥の前で言うなんて無神経だったかも知れないと、言った後で気付いた。
「あの人が見ている景色と同じものが見たくて、でも全然分からなくて。なのに誰にも質問できなくて、剣ばかり振っていました。私はどうしようもなく未熟者なんです」
少しは、まともな剣を使えるようになったとは思う。でも、なりたい自分には近付いているどころか遠ざかっているような気もするし、なりたい自分とは何だったのかさえ曖昧になる。自分は、何を目指して頑張っていたのだろう。その風景は夢の名残のように消えてしまっていた。
「この依頼は、だって面白そうだから、という理由で引き受けたんですよ?」
あの人ならそうすると思った。勘違いだったかも知れない。
でも勘違いでもなかったかも知れない。答えの出ない問い掛けが、答えそのものを幽玄の彼方に追いやっていく。その真実を掴みたいのに、霧を夢中で斬り払ったところで、光明は決して差し込まなかった。
「私なんかに殺されて、貴方達は本当にそれで良かったんですか?」
「いいえ、妖夢。私なんか、ではありませんよ。貴方なら、そう思ったから、彼女達は受け入れたんです。どうして、と問いましたね。答えましょう」
車はゆるやかに路肩に停車した。
青娥は、とても澄んだ眼差しで、妖夢の顔を見つめている。達観しながらも優しさを含んだ、ほのかな苦みと共にあるような淡い微笑だった。
「──貴方のことが、好きだからですよ」
思いがけない答えに、妖夢は固まった。
好き?
「だって邪仙ですもの。楽しければ、それで良し。美しければ、それで良し」
清々した、という顔で微笑んで、青娥は妖夢の頬に触れるか触れないかの距離にまで、その白い指を伸ばした。
指先が涙を掬い取り、妖夢は初めて、自分が泣いていることに気付いた。青娥が奇特な人間味を発揮して同類のために哀悼の涙を流すのなら分からなくもないのに、どうして妖夢の方が泣いているんだろう。
「こんなに可愛い子に殺されるんです。文句なんて、あるものですか」
「えっ……と?」
「仕事を終えたなら立ち去っても良いのに、見る必要の無いものまで目にして。負う必要の無いことで気に病んで。付き合わなくて良いものにまで付き合って。まったく、いじらしい子ですね。そんな所も、たまらなかったのですよ」
「……違い、ます。それはただ、私が勝手に」
妖夢の掠れた声を制して、なおも青娥は愉快そうに続ける。
「それに、彼女達の死に様も悪くない。悪党だからって無様を晒すのは、女の子としてどうかと思いますものねぇ」
「はい、綺麗に斬りましたから。そうすると、少しの間だけ繋がったままになるんです」
「彼女達は彼女達らしく振る舞い続けますよ。最期の一瞬までね」
飄々とした顔で生き残っておいて、自分がそうできないのが、少し悔しい、そんな言い方でもあった。
「……そう、ですか」
想像を絶するような答えだったのに、何故だか腑に落ちる部分もある。
共感できてしまう部分があった。美しければ、それで良し、と。
「同じですね」
妖夢と、邪仙で、何が違う?
もう、そんなことは訊ねなかった。同じだと、確実に分かるから。
「……私も、邪仙なんですね」
認めて言ってしまうと、後戻りできないような感覚に襲われた。
確実に、善良な人間の側ではなかった。普通の罪人と、度し難い罪人と、その微妙な違いの、後者の側にいる。邪仙の命を奪った剣技の冴えは、海人の子のそれとは、流石に比べるべくもあるまい。
同情も後悔もしていない。だけど、苦しいし、悲しい。何か一つ違っていてくれと思わずにいられない。犠牲者の無惨な姿にだって心が痛まなかったわけじゃない。邪仙の一人一人の顔も覚えている。そんな苦しみも悲しみさえも、結局の所──
──結局の所、成長の糧でしかない。
若い蛹はきっと、この苦労を乗り越えていくことでしょう。いつか羽化登仙する、その日まで、色々なことを経験しながら、喰い物にしていく。
この依頼を引き受けて良かった。色々あったけど楽しかった。こんな経験さえもいつか、大切な思い出になる。これが外道の発想でなく、何なのか。今日の出来事をそう思っている限り、妖夢も同じ穴の貉だった。
「邪仙は、嫌い?」
「いえ」
良いか悪いかと言えば、もちろん悪いと妖夢も思う。人として論外だ。
だけど善悪と好き嫌いは別の問題。正義も倫理も道徳も、そのものが魅力的であるかどうかとは、何の関係も無かった。いいえ、むしろ逆。この世のしがらみに囚われて、本当は綺麗なものを、そうと思えないなんて、それはきっと、おかしい。
水彩で描いた、せせらぐ小川のような女だった。
透明な水の色には成り切れない、水色。淡い青。そういう色の印象の女。
水色という色は、この女性の本質的な部分と溶け合っているように思えた。だから彼女には、他のどんな色も似合わないだろう。淡い水色こそが、彼女の色だ。
妖夢は、その水色を綺麗だと感じた。
だから、そう。霍青娥は外道だけど、とっても素敵なお姉さんだ。
「師匠みたいになりたいです。貴方みたいにもなりたいです」
訥々と、途中、言葉に詰まりながらも、妖夢は自分の気持ちを口にする。
ひどいものからも目を逸らさないでいたいです。
気まぐれでも良いから優しいことが言える人になりたいです。
自分を殺しに来た相手でも笑って迎え入れられる人になりたいです。
誰かに好きだと言ってもらえるのなら、その言葉の贈り物の似合う自分になりたいです。
そして、笑顔の素敵な女性になりたいです。
「そうしたら私も、自分のことが、少しだけ好きになれそうなんです」
そこまで言うと、急に恥ずかしくなって、妖夢は俯いた。でも、もう一言だけは、続けるのだ。膝の上に置いた手をもじもじと動かして、上目遣いに青娥を見つめた。
「私も、貴方みたいに綺麗な女性になれますか?」
「なれますよ、貴方ならね。だって見る人が見れば分かるんです。この青娥娘々が保証します。貴方はとびっきりの美少女になりますとも──もちろん、今でも最高に可愛いですけどね」
妖夢の知る中でも指折りの美少女が、優しく励ましてくれる。
不思議な話だと思う。妖夢は、彼女の首を半分ほど斬っているのに、彼女の仲間を十一人殺しているのに。
どうして、その相手から、勇気をもらえるんだろう。
慣性を感じさせないくらい滑らかに車は走り出す。仙女の羽衣で翔んでいるようだ、と言うのは褒め過ぎだろうか。山々の景色が後ろに流れていき、あの廃寺院も、遠ざかっていく。
込み上げる切なさを胸に仕舞うように、妖夢はそっと胸に手を当てた。
水彩で描いた、せせらぐ小川のような女だった。
透明な水の色には成り切れない、水色。淡い青。そういう色の印象の女。
水色という色は、この女性の本質的な部分と溶け合っているように思えた。だから彼女には、他のどんな色も似合わないだろう。淡い水色こそが、彼女の色だ。
だが、それを口に出せば殺される気がした。
何故なら、水色が似合うということは、無色透明の水の色が、彼女にとって遠いことを意味するのだから。
◇
白玉楼の客間に呼ばれたかと思うと、別部署担当の渡し守が茶を呑んで寛いでいた。どうして彼女なのかと言えば、顔見知りから話を通した方が良いという配慮らしい。そういうわけで妖夢は、地獄の偉い鬼からの依頼を、小野塚小町から聞かされることになった。
「人手が足りてないんですか?」
渡された資料は、顔写真と簡単なプロフィールが添えられたもので、すぐに目を通し終える。妖夢は真っ先に怪訝な顔をして、そう呟いた。
自分に仕事の依頼だなんて、そう疑いたくもなる。
「そこはまあ、私も詳しくは知らないんだが……」
と、小町は難しそうな顔。
彼女を困らせても仕方ないので、本職の渡し守相手に助け船を出すなどという不遜を。
「つまり、お迎えの死神ですよね」
「あー、んー、まあ、普段はそういうの、いないんだけど。で、普段はいないからには閑職で、決まった人員もいない。だから毎回毎回、臨時で嘱託する羽目になるんだよ」
呟きつつ、小町は傍らに置いた死神の鎌をそっと撫でた。
小町が言うには、本来、お迎えなんて、そんなあからさまに死神してる死神はいないのだ。大鎌は小町のサービス精神による小道具であって、肝心の仕事道具は鎌でなく櫂だ。死神と言えば、渡し守のことを指す。櫂を漕いで血豆を作るなら熱心だと褒められるだろうけれど、鎌をブンブン振り回してのことであれば、何を遊んでいるんだと怒られるに違いない。
一方で、“恐ろしい者”が寿命を偽る者を迎えに行くことがある。
つまりは、鎌で生者の首を刈り取る、いわゆるあからさまな死神と言っても良いかも知れない。直接的に命を回収する、想像上の死の御使い。もっともこの場合でも、まさか仕事道具に大鎌は用いないだろうが。
ともあれ、そのお迎えの死神の人手が足りていないようだった。
「今回のターゲットは、わりと悪名高い連中でね。前回前々回、それ以前のお迎えも余裕で切り抜けてるってわけ。だから──」
「だから?」
「だから今回こそ、ガチでいくってさ。一斉摘発。いよいよお偉いさんも本気だよ」
「ふーん。ほへー」
白玉楼の庭師と言えば、冥府の使いとして少しは知られているらしい。
「ま。これは私の独断だけどさ、気が乗らないならテキトーで良いよ。実際、私は顔見知りに殺害依頼みたいなものを持ちこむのは気が進まなかった」
「お役所勤めは大変ですねぇ」
完全に他人事の顔で、のほほんと妖夢。
「何だったら、今この場で断ってくれても構わないさ。何せ、」
「引き受けます」
「ん──?」
言葉を継ごうとして、小町は固まった。
妖夢はもう一度、答えを繰り返す。
「この依頼、引き受けますよ」
そうか、と。
重く口にした小町は、妖夢が今までに見たことが無いほど、真面目な顔付きをしていた。
「理由を、聞こうか」
「その前に、一つ」
小町を制止して、妖夢。
「つかぬことをお訊ねしますが、と前置きすべき質問なのでしょうね、きっと。つかぬことをお訊ねしますが、貴方は私の師匠に会ったこと、ありますか?」
その唐突に思える質問に、小町は考えた素振りを見せつつ、慎重に答える。
「先代の庭師なら、別に親しかったわけではないが、面識はある。昔は時代も時代だったから、お迎えの死神の仕事も少なくなかった。彼も、臨時で駆り出されたことが何度かあったはずだ」
「……ああ、いえ、そちらではなく。師匠と言うのは、もう一人の方です」
小町は、ぴたりと固まって。
察しが良い。妖夢にとっての師匠と言っただけで、誰のことだか理解したらしいのだから。
「何故だ。何故、その人のことを知っているんだ?」
「小さい頃に一度だけ、会ったことがあるんです」
「故人に会うのは良い。でも、成仏しちまった故人の故人に会えるわけ、ないだろ」
小町の顔は真面目さに加えて、少し怖いくらいの厳しさを帯びた。サボり魔のようでいて、職業倫理には忠実なのだ。
ただ、あるものはあるのだ。
もちろん、故人に出逢った、と言うのとは事情が違う。ただの夢で、ただの幻。その後、まるで何事も無かったかのように自室で目を覚ました時には、奇妙な夢を見たのか、何かの記憶違いなのだろうと納得してしまうような、僅かな一時だけの不思議で特別な経験。あの目元涼しげな僧形の若い男の正体に察しが付いたのさえ、長じてからのことだった。
本当は、師と仰ぐのは烏滸がましい。それでも妖夢はあの人から、物の見方、のようなものを教わるともなしに教わった。
小町が面食らっている理由は、妖夢にも分かる。その人は、白玉楼という場所の本来の意味において、別格の意味を持つからだ。なので今までずっと、特に祖父と幽々子の二人には秘密にしていたことだったけれど、今、あっさりと口を滑らせてしまった。
「白玉楼に逗留する彼になら、会ったことは、ある。でも、私には彼のことがよく分からなかったよ。少しも人となりの分からない相手に面識があると言えるほど、私は厚顔無恥ではない」
いや、しかし、と小町は続けようとして、その先を言い淀む。
いつでも明朗快活な彼女には珍しい様子に反して、薄く微笑んでいるのは妖夢の方だった。
「依頼を引き受ける理由、だって面白そうだから、これではダメですか?」
「……」
「あの人なら、そう答える気がするんです」
「そう、だな。そんな風に言っちゃうような、わりと困った人だった、ような気もするよ」
◇
引き受けた理由は、もう一つ。
書類の中に、気になっていた人物の名前があったのだ。
「才能って何なのか、考えたことはありまして?」
アクセルを踏み込みながら、霍青娥は世間話でもするような気軽さで、後部座席の妖夢へと問い掛けた。
依頼された仕事の、指定の場所へと向かう道中である。気になっていた人物に、道の途中で拾われるとは。
幻想郷を離れた、どこかの山奥。しかし山奥とは言え、数は少ないが電柱が立っているのも見えた。道路もアスファルトで舗装されている。田舎の景色にそぐわないスカイブルーのスポーツカーは、通行量の少ない道路を、水を得た魚のように得意げにスイスイと走っていく。なだらかなカーブが続く峠道は、ドライブには最適のようだ。
「あまり、ありませんね。そんなことを考える暇があるなら、とにかく修行です。そんな価値観で生きてきましたから」
助手席に座らなかったのは、そのまま妖夢と青娥との親密度の距離感でもあった。助手席に長刀を持ち込めない、という理由もある。
段々と民家の少なくなっていく窓の景色から視線を離し、悟られない程度に一瞬だけ、バックミラーに映る運転手の涼しげな表情を見やる。
「では、たった今、考えてくださいます?」
「……結局の所、よく分からない、それが答えでは? 才能があるかどうかなんて、いつ開花するのかなんて、最後まで頑張ってみないと分からない」
「身も蓋も無い答えですわね」
「現実が身も蓋も無いから、かも知れませんね」
「質問を変えましょう。魂魄妖夢、貴方には、剣の才能がありますか?」
「十全にある場合を十とした時、五くらいなら。半人前ですから、そのくらいかと」
冗談を言ったわけではないのだけれど、青娥はくすっと微笑を零した。
「まあ、そもそも才能とは何かという話は、とりあえず振ってみる話題として、無難さの度合いでは今日の天気とさほどの違いがありません。けれど、続けますね。仮に才能というものを、誰にも教わらずに初見に近い状態からそのものを為し遂げる能力とした場合、才能はあれば有利でしょうね。最初からサッカーが上手ければ、サッカーを好きにもなりましょう、練習にも身が入りましょう」
青娥の語り口は、車の乗り心地のように滑らかに。
「それとも、血の滲むような努力を重ねているような相手に、才能があるから上手いんだ、なんて言ってしまいますか? それって馬鹿にしていると思いません?
あるいは、努力だけでは超えられない一線を超える、何がしかの資質なのかも知れません。上手いだけのピアノなら、練習次第で弾ける方も多いかと。途中で挫折する輩は、センスか根性のどちらかが無いのです」
そんなのものは、毎日の天気予報と同じくらい、どこかで聞いたことのある話なのだろう。
「才能というのも一要素に過ぎない、ということでしょうか」
「世に埋もれている才能を数知れないとするなら、そんな彼らが世に出て成功しようと思うなら、人の縁といった事情も絡んでくる。才能を磨くためにも輝かせるためにも、ふさわしい舞台は必要ですものね」
「あまり楽しい話題では、ありませんね」
霍青娥の口から語られる話とは思えなかった。
「そうかしら。私から見れば、貴方は才能がある側の人間です」
最初からそれが言いたかったのかも知れない。
「歌の上手い人を知っています」
ぽつりと、師の横顔を思い返しながら、そう呟いた。
「そう。きっと、私も名前を知っている有名人ね」
「その彼ですら、自分より才能のある人間は他にいる、本当の歌聖はその人だった、と言うんですよ。藤原定家って、ご存知ですよね」
当時まだ若かりし定家に『宮河歌合』の判詞を託すほど、妖夢が歌聖だと信じる歌聖は、若い世代の新しい才能の芽吹きに信を寄せていた。そして実際、定家のその後の活躍は目覚ましい。
「有名人ですね。小倉色紙、いわゆる百人一首の選者と言えば、古典に疎い方でも知っていましょう」
「だから、私なんかよりずっと凄い人が、もっともっと凄い人がいる、っていう話を聞くと、なんだか遠い場所の出来事のようで、才能なんて私には縁遠い話のような気がするんです」
「要するに、遠い場所の出来事だから、小市民には関係が無い」
「結局、身も蓋も無い所に帰ってきますね」
「ふふ、でも私が本当に言いたいことは、更に数段、身も蓋も無い上に、ロクでもないことなんですよ?」
「と、言うと?」
上手い興味の引き方に、ついつい聞き入ってしまう。
「才能はあくまで一要素、ここに更に加えて、人の縁、時の運、星の巡りといった、いわゆる運命的な要素、その他諸々ひっくるめた全てのことを、才能以上の意味を持った才能のことを、仙人の世界では『仙骨』と呼びます」
水のように冷たい声だった。
それこそ冷水を浴びせられたように、妖夢は少しだけ、怯む。
「煌びやかな才能に恵まれず、熱血スポ根精神だけで、ついには大成した野球少年がいるとしましょう。その男の子には、才能なんて下らないものでなく、仙骨、いえ、この場合は野球骨があったのです」
才能と仙骨の差異。例えば、野球の才能はただの才能として、野球骨は、納得のいくまで練習できるような環境といった要素も含むのだろう。保護者や周囲の支えの有無も野球骨だ。裏を返せば、才能だけで骨が無かったために潰れる才能も、世の中には多いということか。現実問題とかいうやつは、いつだって困窮する弱者の敵だ。
成る程、身も蓋も無い上に、ロクでもない。
道は渓流に沿って続いている。眼下の川の反対側からは、切り立った岩壁が覆い被さってくるようだ。いつの間にか、人の営みの気配も消えている。田舎の景色から、仙境寄りの場所へと移動しつつあるのだろう。
車は、霧に包まれて対岸の見えない鉄橋を渡った。
同時に、別の意味でも渡った、と妖夢は認識する。
三途の川、というわけでもないけれど、しくじれば帰って来られないという意味で、自分にとっての生死を分かつ川だった。
「仙骨が短いと、いくら頑張っても無駄なんですよ。才能が無いなら、まだしも励ましようもあります。だって才能なんて、とりあえずやってみないことには分からないんですから。でも仙骨は、見る人が見れば分かったりするんですよねぇ」
「……」
「貴方は、そこそこ長めの仙骨がありますよ。それだけあれば十分に解脱までいけます」
「それは、どうも」
「ちなみに博麗の巫女さんは、ものすごく長いです。と言うより、あれは仙骨が長い人間を探して連れてきているのでしょうね。先代の巫女さんも中々のものをお持ちでした」
確かに、ただ才能と言っては、途端につまらなさを感じるような素質が、あの巫女さんにはあった。それを仙骨と言ってしまっては、つまらなさが数段増すようにも思えるけれど。
「あの太子様は、どうなんです?」
「んー、あの方はまた、少し事情が違うと言いますか……言うなれば、そうですね、仙骨の長い短いと言うよりも、骨が強い、骨が固い、とでも言うような……」
「色々なんですね」
「私もあんな方は、滅多にお目には掛かりませんね。ええ、だから特別に尽くしているんです」
思いがけず、内心を覗かせるような一言を聞くことができた。
それだけでも、この話題で話した価値があるように、妖夢には思えた。だったらもう切り上げてでも構うまい。
「それで結局、この話はどこに着地するんです?」
折良く、目的地の影も霧の中に見えてきた。
「ああ、簡単なことですわ。そんなものは、どうだろうが知ったことか。私は私のやりたいようにやるだけだ、ってね」
豪快にハンドルを切って無駄にドリフト駐車を決める笑顔は、結構イカしていたんじゃないかと思われた。
「というわけで、到着です」
◇
車から降りてすぐに、支給された刀を手に取った。灼熱地獄の炎で鍛えたとかいう触れ込みは結構だけれど、ただでさえ長い楼観剣よりも更に長く、明らかに妖夢の体躯に合っていなかった。いや、そろそろお下がりでも借り物でもない刀が欲しいだなんて、わがままは言うまい。
腰に差せる長さではないので、そのまま手に持ったままにしておく。半ば鯉口を切った状態も維持する。
「覚悟は良い?」
「と、問われる立場なのは、貴方の方なんですけど。あの、わざわざどうも、送ってもらっちゃって」
「いえいえ、同じ場所へ向かう様子でしたから。それなら、一緒の方が楽しい時間を過ごせるでしょう?」
青娥は妖夢の事情を知っていて面白いと思っているのか、それともいつ明らかになるかと楽しみしているのか、ご機嫌な様子だった。
古い寺院のようだった。
水気を吸って腐っているのか、全体的な印象として、木材が黒ずんでいる。周囲は白い霧に閉ざされていて見通せず、孤島のようにぽつんと、白の中に黒が浮かび上がっている。
白と黒のみで構成されたモノクロの景色は、どこか水墨画の世界を思わせた。
そんな色無き世界に、水色がそよぐ。ふわりと舞い上がる仙女の羽衣は、優美な魚の尾のようにも見えた。
呼吸を整えて、妖夢も、青娥の後に続いた。
寺院の中はパーティー会場だった。
いや、変なことを言っているのではなく、古めかしい寺院の床に絨毯を敷いたり、天幕を垂らしたりして、豪華に見えるように、それでいて奢侈に傾かないバランス感覚で設えてあるのだ。壁面に並べ立てられた燭台は、一台ごとにその色が、レモン色やアイスグリーンと違っていて、室内を不思議な彩りに照らしている。
空薫物の煙が充満する部屋の内は、霧に包まれた仙境の中にあって、更なる別世界のようだ。正直、妖夢はちょっと噎せた。
「けむいです」
「です、わね」
青娥も鬱陶しそうに煙を払うと、懐からキセルの煙草を取り出して、片手で器用に擦った燐寸で火を付ける。そんなことをしては更に酷くなると思ったけれど、ふぅっと漂った煙が渦を巻いて青娥と妖夢の周囲に纏わり付くと、複雑に絡み合って混沌とした香りが一種類に限定されて、少し楽になったのだった。
魔窟。
寺院の中は魔窟だった、と言うべきだった。
広い部屋に、幾人もの仙女の姿。いいえ、訂正。幾人もの、邪仙の姿。それから、人体を加工して作った椅子やテーブル。人体で作った楽器の数々。テーブルの上には当たり前のように、まだ反応を残した新鮮な人間が活け造りにされていた。カットメロン、マンゴー、マスカット、人の顔、ザクロの実、フルーツの盛り合わせの中にも、まるで果物の一種のように生首が紛れている。
彼女達は遅れてやって来た青娥の姿を認めると、久し振りに再会した知人にそうするように、親しげに手を振った。まるで同窓会のような雰囲気だ。
「いつ以来かしらねー」
と、青娥。こちらもやっぱり同窓会みたいな雰囲気。
「え、なになに? そっちの子は弟子? それともお土産?」
邪仙の内の一人が、妖夢の姿を目ざとく見付ける。招かれざる十三人の客、などと気取って言うまでもなく、同窓会に紛れ込んだ赤の他人はいかにも場違いで、なんとも照れ臭い思いをする。ところで、お土産、というのはどういう意味だろう。
「どっちも違うわ。それより、もしかして私で最後?」
「そうね。みんな待ってたのよ」
「道が混んでて」
いや、ほぼ無人だったろ。
とりあえず、妖夢もパーティーを楽しむ邪仙の顔と人数を確認する。青娥を数えて十二人。これで全員、報告通りだ。
刀の手触りを確かめる。息を止める。一つ上の位相に置いた半身を意識する──
──抜いた刀はすぐに戻して、振るった凶器を隠すように背中の後ろで手を組んだ。
「まあまあ、良いからさ。そこの君も一緒に楽しもうよ」
快活に手招きする邪仙の首には、真一文字の赤い線が走っていた。
変わった形のバイオリンのような弦楽器は、たぶん二胡だろう。たぶん、と言うのは、妖夢には本当に二胡かどうか分からないからだ。
たしかニシキヘビの皮を用いた楽器だったと思うけれど、邪仙が奏でる二胡と同じ形の楽器は、人の皮が張られている。一目でそうと分かったのは、もちろん楽器が人の肌色をしているからで、使われたのはお腹の部分だったらしく、おへその凹凸がちょこんと残っており、それが楽器の味になっていた。
肌色の二胡を演奏する邪仙の首にも、真一文字の赤い線が走っている。
「残酷と思いますか?」
そっと、妖夢に耳打ちする青娥。
妖夢は思いの外、冷静な態度で、鉛でも呑み込んだような顔をしながらも、時折苦悶の声が混じる音色に耳を傾けていた。
二胡は抱きかかえるような姿勢で演奏するものだから、子供を抱いているようにも見える。いや、見えてたまるものか。
「思います。だけど、怖がって良いものじゃない」
「その通り。たしか、三味線は猫の皮をなめして作るそうですよ。かわいい猫ちゃんの皮の楽器と、あの二胡で、いいえ、そもそもヘビだって生き物なのに、何が違うと言うのでしょう。明らかなスプラッタ趣味に眉を顰めるのは、そのスプラッタ趣味と同程度に悪趣味です」
ふふ、と楽しそうに青娥は笑う。獲物をいたぶる猫の笑みとかいうやつだ。
首に手をやると、一瞬だけ手を止めて、羽衣をスカーフ代わりに首に巻き付けた。
「あら。あっちはアコーディオンみたいですわね。見に行きましょう。うわー、顔がそのまま。悪趣味っ!」
「あくしゅみっ。ってなんか、斬新なくしゃみっぽいよね」
アコーディオン奏者の邪仙はそう言って笑った。彼女の首にもまた真一文字の赤い線が走っていた。
「猿の脳をそのまま食べる珍味があるの、ご存知?」
テーブルの真ん中に生首。
珍味の話を持ち出したということは、あの生首は胴体と分かたれたわけではなくテーブルの下に埋まっていて、少し前まで生きていたのだろう。もっとも、頭蓋を切り開かれて中身を突っつかれたからには、いかに精悍な顔付きの男性と言えど、もう絶命しているだろうが。
「美味しいんですか?」
スプーンで灰色がちなピンク色を掬い取る邪仙に、妖夢は率直に問い掛けた。やはり彼女の首にも真一文字の赤い線が走っているけれど、嚥下するのに支障は無いようだ。飛頭蛮の食事の疑問を、ちらりと思い浮かべる妖夢だった。
「ぷるぷるぐずぐず食感よ」
「はぁ」
「でも、こういうのは珍味だから美味しいのかもね。カニ味噌をこぞって食べるのと一緒よ」
「カニ味噌って、脳味噌でしたっけ。たしか内臓……」
「細かいことは良いのよ」
これもまた残酷だけど、怖がって良いものじゃない。
「私はそれ、あんまり好きじゃない」
「そうだよね。脳は好みが分かれるよね。良かったー、苦手なの私だけじゃなくて」
また別の邪仙が二人、会話に加わってくる。彼女らの首にも、例によって赤い線。
「貴方も食べる? コレ。こっちは甘くておいしいよ」
その内の一人が勧めてきたものを見て、妖夢はやんわりと首を横に振った。
それはチョコレートだったが、何故か中から指が飛び出している。
「それねー、おねーさんが作ったんだよー」
と、ゆるくて気さくな雰囲気の邪仙。
「おねーさんはお菓子作りが趣味でね。最初はねー、ハズレってことで指を入れたのを用意して、普通の人達に食べさせて遊んでたんだけど、ほら、邪仙のみんなだとハズレにならないからねー、なんと全部に、色々なパーツを入れてみましたー」
さも高級店のチョコレート然とした顔ぶれでお洒落な紙箱に並んだ、1ダースから既に何個か減った固形物。中身が飛び出していたのは指チョコだけのようで、他の残りは、何が入っているのか分からなかった。
「食べてみる?」
ほわほわした温かい笑顔。
これで断れると言うなら、その断り方を教えて欲しい。
「ふっふーん、どこが当たるかなー? キミは人間の身体で好きな部位とかある?」
◇
「魔窟、ですね」
「ドン引きした?」
青娥が気を利かせて、少し外に出ての休憩の時間を入れてくれた。
「……頭が、おかしくなりそうです」
嘘だった。
本当は、奇妙なくらいに落ち着いていた。とても静かな気持ちで、妖夢は彼女達に共感していた。
と、思っていたのだけれど。霧に包まれた仙境の空気を吸い込むや、妖夢は、自分が今にも吐きそうだったことを自覚した。気付かない間に、かなり参っていたようだ。
ハンカチに包んだ歯は、いったいどうしよう。いっそ、チョコと一緒に呑み込んでしまえば困らなかったのに。
寺院の外に池があった。その畔に座り込んで、顔を覆った指の隙間から、水面に映った自分の顔を見つめる。
水の中から自分を見つめ返す瞳には、朧な赤色が滲んでいる。微細な狂気を含んだ瞳。後遺症、のようなもの。
「教えてください。何が、違うんですか?」
例えば、楽器。
猫の皮の三味線と、人の皮の二胡は、何が違う?
例えば、料理。
カニ味噌と人の脳は、何が違う?
怖がってはいけないと思った。ドン引きなんて間違いだと思った。アレを、当然のことだと受け入れるべきだと思った。
下り立ちて
浦田に拾う海人の子は
つみより罪を習うなりけり
──ねぇ、取れたよ。
子供は無垢な笑顔で、浜辺で取った貝を掲げて見せる。手柄を自慢するように、褒めて褒めてと、せがむように。そうして、老境の旅人は、その歌を詠んだ。何とも言えない言葉にならない気持ちさえ、ひとたび歌の形を取れば、彼の内からいとも簡単に滾々と湧き出すのだった。汲めども汲めども尽きることのない、豊かな水のように。
でも。貝という小さな命を摘み取った子供に、言葉としては、どんな風に声を掛けてやれば良かったんだろう。
また別の日、海を渡る商人は、罪を甲斐にて渡っていく。その当然の営みを、責めることなど出来やしない。
「落ち着きなさい」
何処か遠くの方で、声がした。
羽根のように舞う、綺麗で、掴み所の無い声。
「感受性が強過ぎです。ただ単に、場の空気に当てられて、そんな気になっているだけですよ。霊体の体は無防備なのですから、気を付けなさい」
知らない。そんな気になっているだけ、なんて軽々しく扱わないで欲しい。
このまま考えに耽って沈んで、水に映る顔と口付けを交わして、そのままズブズブと顔を沈めていって、ついには溺死してしまえば良いと思った。没入感の果てに、何がしかの真理が掴めるかも知れないのだ。邪魔をしないで欲しい、いいや、この場合の邪魔とは、本来の意味での『邪魔』なのやも知れなかった。
「例えば、可愛い小動物の姿を模したお菓子。カワイイカワイイと囃し立てて、かわいそうだから食べられないと言う女の子がいます。でもきっとその子だって、加工された動物の肉を食べていないわけじゃない。晩ごはんがハンバーグなら大喜びすることでしょう。だけど、こんな話をして、それは何かおかしくない? と責めたいわけではないのです」
いや、声の言う通りだ。
退廃的な饗宴を楽しむ邪仙と、ごく普通にパーティーを楽しむ人間とで、何が違う?
新鮮な魚を刺身にすることと、新鮮な人間を活け造りにすることは、何が違うって言うの?
同じだとも。当然の営みを責めることが出来ないのなら、全部、認めてしまえば良い。
「どうか、私の意図を誤解しないでくださいまし。そんなつまらない話で、人の欺瞞を指摘したいわけでもない。ぱっと見の残虐性に目を奪われて、本当に大切なことを見失ってはいけませんよ?」
そんなことは主題ではないのです、と。
「妖夢!」
突然の声に、妖夢は我に返る。
水面と見つめ合った自分の瞳は、意識を失う前と変わらず朧な赤色に揺れていたけれど、呼吸が再開したような安堵があった。
「……あ、れ?」
「そういう間の抜けた所は、むしろ貴方の美点なのかしらね」
池の畔に蹲っていた。傍らで、青娥が呆れたという目付きで腰に手を当てて佇んでいる。
灰色に近い色をした、寂しい池だった。魚の影は見えず、数種類の水草が浮かんでいるばかり。水の色とは不思議なもので、本当の水は水色をしていない。本来は無色透明で、空のように、その時々で色を変える。奈落の淵のようだった水面も、今は寂しい池と変わるように。
「でも」
言い募る、妖夢。だって話はまだ終わっていない。
「何が違うんですか? どこが違うんですか? 答えられるものなら、答えてくださいよ」
「違いますね。やっていることに、悪意があるかどうか、悪趣味かどうか。些細なようで、明確な違いです。人の営む日常的な殺戮と、邪仙の為す悪逆とでは、どう考えても質が違うでしょうに」
成る程、それは膝を叩いて納得したくなるくらいの、明瞭な答えだった。
貝を拾う海人の子のそれが罪だとしても、それは小さな小さな罪だ。普通、悪趣味で残酷な行為と同列には扱わない。少し考えれば分かることだった。
それの何が違うの? 嫌な笑顔で答えを迫られたのなら、いや違うでしょ、と一言で言い返してやれば良いのだ。
「……でも、本当に?」
だけど、妖夢は首を傾げた。
「命って、大切ですよね」
そんな当然のことを確認せずにはいられなかった。
そうして、妙に据わった目をして抑揚の無い声で吐き出す。
みんな、そう言ってますよね。でも本当にそう思っているんですか?
命って美しいですよね。でもそういう話題になる時って、大抵、限りある命だから美しい、みたいな話になりますよね。命には終わりがあるから、人は懸命に生きるんだって、言いますよね。必ず訪れる死に立ち向かい、出会いと別れを繰り返して生きていく、人という命はそれで良い。だから、永遠の命なんて要らない、そんなのつまらない。限りある命だからこそ、尊いんだ。結局、そういう風に賛美する。
私達はそうやって、倫理も道徳も裏切っているじゃないですか。命は短い方が良いって。桜は散る方が良いって。
「だから、もう一度、質問しても良いですか? 人と邪仙で、何が違う?」
「違いますね」
しかし青娥は、はっきりと答えた。
「邪仙を、舐めるな。私達は根っから腐り果てた遊び人です。この道楽を、人の無自覚なそれと一緒されてたまるものですか。命を使い潰すことを、より深く愉しんでいるのは、私達の方です」
それはきっぱりと断じて叱責するような物言いで、霍青娥という淡色の仙女には、似付かわしくない口調だった。彼女らしくない。
らしくない不本意な言葉は、つまり嘘だろう。
悪行の自慢だって、彼女らしくない。今のは、敢えてわざわざ言ったのだ。妖夢のために。
「優しいんですね」
そう呟く妖夢の顔色は、憔悴しながらも控え目な笑顔が戻っていた。
思いがけない所で触れた優しさが嬉しかった。つい、微笑みが戻ってしまうくらいに。
「……?」
唐突なことを言われて、青娥は瞬きを繰り返した。
「気を使って言ってくれているんですよね」
「貴方がどうでもいいことで悩んでいるのが、つまらなかっただけです。紅旗征戎我が事にあらず、でしたか。正義とか倫理とか道徳とか、私には関係の無い話です」
「そういうことにしておきます」
でも、少し思い付いたこともある。
「普段は平気な顔で酷いことをしているのに、ただの気まぐれで、人に優しくできる。普通の人間も、そういうことをよくします。では、貴方と、普通の人間は、何が違うんでしょうね?」
「そのロクでもなさの度合いが、段違いなんですってば」
呆れた風に、青娥は言う。
確かに、その通りだ。そういうことにしておこう。
「分かりました。私は別に、積極的に人間に絶望したいわけじゃないですからね」
人の悪い所を見付けるのは簡単だ。少しの切っ掛けで、いくらでも絶望できる。そうやって絶望する人も大勢いる。そこそこ普通に生きている人間さえ、ふらっと寄り道をするみたいに簡単に失望を覚える。きっと、まだ望みを失っていない人も、とりあえず保留にしているに過ぎないんだろう。
「では、そろそろ戻りましょう。人と邪仙が同じだと言うのなら、もう少し、邪仙の悪趣味を目の当たりにすれば良いんです」
◇
加工された人間の死体が面白可笑しく飾られている。
眉を顰めるのも罵倒するのも、胃の中身を撒き散らすのも自由だと、青娥は言った。精々好きに反応して、楽しめば良いと。
罵倒して良心が満たされるなら、好きにすれば良い。
吐き戻して自分の健全性を確かめられるのなら、好きにすれば良い。
何にせよ、それはそれで、良い見世物になる。
「ほら、可愛い女の子って何をしても可愛いじゃない?」
「まあ私は可愛いですからね」
「自分で言ってても可愛いですよ」
「いや、そこはツッコミを入れてくださいよ」
などと、言いつつ。
「さっきあんな話をしたばかりなのに、ありきたりなことは言いませんよ」
「それもそうですわね」
「でも、不思議ですね。慣れちゃったんでしょうか。ドン引きはドン引きですけど、衝撃は、それ程でもないですね」
ちょっとした家具・インテリア販売店の様相。
テーブルがあり、椅子がある。テーブルは男性が四つん這いになった男性を組み合わせた大きめのダイニングテーブルから、足を一本使った一本足のお洒落なガーデンテーブルまでの取り合わせ。ジャック・オー・ランタンのような、頭部の中身を刳り貫いた間接照明は、ほんのり温かい光を発している。眼窩に電球を差し込んだライトは、たぶんジョークグッズだ。他に、長身の男性の身体に、他の人間の四肢を植え付けたハンガーラック。人の皮のカーペット。小物類も充実していて、白いマグカップには、切り落とされた手首という先客が、持ち手部分を掴んでいた。
家具職人の邪仙の趣味なのか、見目麗しい容姿の男性が多い。それと、この会場で使われているテーブルの類いも、彼女の作品なのだろう。
「どう? 買ってく?」
椅子に、もとい男の人の顔に座った邪仙が、片目を瞑りながら陽気に声を掛けてきた。彼女の首にも赤い線があって、でも、少しも気にしていない様子だった。
ところでその椅子、最初に見た時を覚えているのだけど、たしかちょうど座る位置に、どーんと顔面があったはずで、なんだか別の意味で趣味が悪いような気がする。
「売り物なんですか?」
「うん。売るよー。私は作って満足しちゃう方だからね。こういう集まりって、私にとってはフリマみたいなものなんだ」
「ちなみに、材料って」
「男の人。賑やかな街を歩いてれば、いくらでも釣れる。馬鹿だよね、だからついつい、可愛がってあげたくなっちゃうんだ」
妖夢は、並んだ品物を順に見つめる。まるで、人間を使ってどれだけ冒涜的なことが出来るか試しているみたいだ。
なにげなく、トルソー型の小さな箪笥の引き出しを開けた。中身は、売り物なら当たり前なのだけれど、空っぽ。よもや臓物が入っているわけではなく、これなら普通に家具として使えるのだろう。実用性と悪趣味を兼ね備えた作品は、ただ悪趣味なだけでもないようだ。
「気に入った物があるなら、安くしておくよ?」
「ごめんなさい。私の趣味じゃないみたいです」
「そっかそっか。じゃあ仕方ない」
「ここは、どういう趣向の場所なんですか?」
その一角は、一見する限り露悪的な要素が見受けられなかった。いや、これで露悪的でないというのはだいぶ感覚が鈍っているような気がするのだけど、衣服を着たままの人間が、特に外傷も奇抜な加工もないままに、直立の姿勢で並べられている。これではマネキンと変わらない。
「展示物、かな。これ全部、私のコレクション」
伏し目がちの邪仙だった。睫毛が長くて憂える表情に色気があり、首の赤い線を愛おしげに指先で擦っている。
コレクションだと言う直立姿勢の死体は、おおよその所が壮年の男性で、皆、豪華な服装をしていた。国も時代もまちまちながら、それでいて、一つの共通項がある。
「王様?」
「正解。よく分かったね」
控え目な女性という印象だったけれど、妖夢に向けた微笑には、蕾の綻ぶような気心の赦しがあった。
「キミキミ、そこのキミ。こっちにも来るにょろ」
変な邪仙もいた。
「これも見て欲しいにょろ」
変な邪仙の首にも赤い線は走っていて、そんな彼女は、両手で大事にそうに小さな壺を抱いていた。
「何が入っているんですか?」
「秘密にょろ」
「……いや、じゃあなんで見て欲しいとか言うんですか」
変な邪仙はにょろにょろ笑いながら、他のテーブルの方に行ってしまった。
「家族だから、紹介したかったんだ」
不意に届いた真面目な声を、最初、今の彼女のものだと思えなかった。
妖夢は驚きつつ、少し安堵して呟く。変なようで、人の感性を残した邪仙もいるのだ。手に持っていたのは、遺品、あるいは遺骨だろうか。
「家族思いの方、だったんですね」
「でもあの中身、にょろにょろになってますからね? 親族係累に至るまで全員、にょろにょろに変えたとかいう噂ですよ」
「…………」
「おいっす」
「ごきげんよう」
二人組の邪仙が声を掛けてきた。固く手を繋いで、仲が良さそうな様子だ。彼女達の首にも真一文字の赤い線。妖夢も少し、思う所があった。
「お二人は……」
言葉に詰まって、俯いてしまう。
「いや、私達は、特に見せるものが無いんだわ」
「邪仙と言っても、みんながみんな、手先が器用なわけではないのよね」
二人は肩を寄せ合って、家具売り場の方へ歩いていった。
「えー、ではでは皆さん。宴もたけなわでございますがー。盛り上がってますかーっ? いえーい!」
ちょうど一周した頃、檀上から声が上がった。
最初に出迎えてくれた快活な邪仙が、グラス片手にお決まりの音頭を取る。相変わらず同窓会みたいな雰囲気だった。
彼女の背後にあるべきは寺院の構造からすると本尊なのだけれど、仏像などあるべくもない。
「もう頃合いですね」
「え、でも」
宴もたけなわとは言っていたが、むしろ全然これから盛り上がるといったように見える。それなのに、青娥は有無を言わさずに妖夢の袖を引いて、場を乱さないよう、ひっそりと静かに出口に向かってしまう。
「良いんですか?」
「後はもう、彼女達だけの時間です」
◇
「本当に良かったんですか? もう帰っちゃって」
帰りも車で送ってくれると言うから、その好意に甘えて、助手席に座った。それはそのまま、妖夢と青娥の距離感だった。
「ええ、私があの場に残っても仕方ないですから」
首筋に手をやりながら、青娥は言う。
巻き付けたスカーフは、いつの間にか、白い包帯に変じている。包帯には、赤い血が滲んでいた。血は止まっていないようで、滲みの中心部は赤黒く、今にも血が染み出してきそうだった。切断には至らなかったとは言え、浅い傷ではないのだ。
「……」
妖夢は、どう答えたものか迷って、
「防ぎ切ったのは、貴方だけでしたね」
と、消え入りそうに小さな声で囁いた。
「私、お迎えの死神で……」
どうして、妖夢の方が、まるで罪を告白するように震えているのだろう。
喉を通して石を吐き出すみたいだった。額をガラスの窓にぶつけて、体重を預けた。項垂れてしまいたかった。
きゅっとスカートの裾を握り締めて、唇を噛んで、肩を震わせた。
「それ以上は言わずとも構いません。それより、私にトドメを刺さなくて良いの?」
「……それは、ですね、死神って言うのは運命で殺すものだから、初太刀を外すようであれば、追撃はしなくて良い、と。これでも一応、職業倫理は守りますので」
だから、十一人、初太刀で首を刈り取った。
仕留め損なったのは、青娥の首だけだ。
「ふふふ、今回ばかりは流石に死ぬかも、と驚きを味わいました。この前会った時は、まだまだ私の方が上と思っていたのに、その剣、ここまで極まっていましたか。実力で避けた、などとは言いません。運が良かっただけです。非才の身ではありますが、あの場を乗り切るだけの気骨はあったようです」
「知っていたのなら、どうして、私を招いたんです?」
「何かおかしいですか? 別に私が案内しなかったとしても、貴方はあの場に辿り着いたでしょうに」
「そういう問題ではなくて。それに、他の邪仙の方々だって……」
「ええ、承知していましたよ。自分の首が刎ねられたことには気付かなかったとしても、他の邪仙の首に走った赤い線を見れば、何が起こったのか察しは付きます。物騒な品を持っている子もいることですし。そういう意味では、むしろ気付かないわけないですからね」
「それなのに……」
「ええ、それなのに、彼女達は、貴方に対して好意的だった」
そこが、妖夢には分からなかった。
あの和気藹々とした同窓会の雰囲気。あの場の邪仙の誰もが、残虐な宴を愉しみながら、同時に、妖夢に対して気さくな笑顔を向けてきた。自分を殺した相手なのに。
「どうして、なんですか?」
悲愴な顔をして、重ねて問い掛ける。
妖夢の行為が正しいことは、地獄の決定によるお墨付きで、誰からも責められたものではない。だけど、そんな正義に縋り付きたいわけではなかった。本当の所、自分のしたことは何なのか、それが知りたかった。
「まさか、同情しています? いや、こう言ってはアレですけど、当然の報いですって」
「同情も、後悔も、してないです。でも」
「でも?」
何もかもを吐き出してしまいたかった。こんなことを青娥に言っても、もうどうしようもないのに。口をついて出た懺悔じみた言葉は、止まってはくれないのだった。
「私には、才能なんか無いんです」
非才の身を自称する青娥の前で言うなんて無神経だったかも知れないと、言った後で気付いた。
「あの人が見ている景色と同じものが見たくて、でも全然分からなくて。なのに誰にも質問できなくて、剣ばかり振っていました。私はどうしようもなく未熟者なんです」
少しは、まともな剣を使えるようになったとは思う。でも、なりたい自分には近付いているどころか遠ざかっているような気もするし、なりたい自分とは何だったのかさえ曖昧になる。自分は、何を目指して頑張っていたのだろう。その風景は夢の名残のように消えてしまっていた。
「この依頼は、だって面白そうだから、という理由で引き受けたんですよ?」
あの人ならそうすると思った。勘違いだったかも知れない。
でも勘違いでもなかったかも知れない。答えの出ない問い掛けが、答えそのものを幽玄の彼方に追いやっていく。その真実を掴みたいのに、霧を夢中で斬り払ったところで、光明は決して差し込まなかった。
「私なんかに殺されて、貴方達は本当にそれで良かったんですか?」
「いいえ、妖夢。私なんか、ではありませんよ。貴方なら、そう思ったから、彼女達は受け入れたんです。どうして、と問いましたね。答えましょう」
車はゆるやかに路肩に停車した。
青娥は、とても澄んだ眼差しで、妖夢の顔を見つめている。達観しながらも優しさを含んだ、ほのかな苦みと共にあるような淡い微笑だった。
「──貴方のことが、好きだからですよ」
思いがけない答えに、妖夢は固まった。
好き?
「だって邪仙ですもの。楽しければ、それで良し。美しければ、それで良し」
清々した、という顔で微笑んで、青娥は妖夢の頬に触れるか触れないかの距離にまで、その白い指を伸ばした。
指先が涙を掬い取り、妖夢は初めて、自分が泣いていることに気付いた。青娥が奇特な人間味を発揮して同類のために哀悼の涙を流すのなら分からなくもないのに、どうして妖夢の方が泣いているんだろう。
「こんなに可愛い子に殺されるんです。文句なんて、あるものですか」
「えっ……と?」
「仕事を終えたなら立ち去っても良いのに、見る必要の無いものまで目にして。負う必要の無いことで気に病んで。付き合わなくて良いものにまで付き合って。まったく、いじらしい子ですね。そんな所も、たまらなかったのですよ」
「……違い、ます。それはただ、私が勝手に」
妖夢の掠れた声を制して、なおも青娥は愉快そうに続ける。
「それに、彼女達の死に様も悪くない。悪党だからって無様を晒すのは、女の子としてどうかと思いますものねぇ」
「はい、綺麗に斬りましたから。そうすると、少しの間だけ繋がったままになるんです」
「彼女達は彼女達らしく振る舞い続けますよ。最期の一瞬までね」
飄々とした顔で生き残っておいて、自分がそうできないのが、少し悔しい、そんな言い方でもあった。
「……そう、ですか」
想像を絶するような答えだったのに、何故だか腑に落ちる部分もある。
共感できてしまう部分があった。美しければ、それで良し、と。
「同じですね」
妖夢と、邪仙で、何が違う?
もう、そんなことは訊ねなかった。同じだと、確実に分かるから。
「……私も、邪仙なんですね」
認めて言ってしまうと、後戻りできないような感覚に襲われた。
確実に、善良な人間の側ではなかった。普通の罪人と、度し難い罪人と、その微妙な違いの、後者の側にいる。邪仙の命を奪った剣技の冴えは、海人の子のそれとは、流石に比べるべくもあるまい。
同情も後悔もしていない。だけど、苦しいし、悲しい。何か一つ違っていてくれと思わずにいられない。犠牲者の無惨な姿にだって心が痛まなかったわけじゃない。邪仙の一人一人の顔も覚えている。そんな苦しみも悲しみさえも、結局の所──
──結局の所、成長の糧でしかない。
若い蛹はきっと、この苦労を乗り越えていくことでしょう。いつか羽化登仙する、その日まで、色々なことを経験しながら、喰い物にしていく。
この依頼を引き受けて良かった。色々あったけど楽しかった。こんな経験さえもいつか、大切な思い出になる。これが外道の発想でなく、何なのか。今日の出来事をそう思っている限り、妖夢も同じ穴の貉だった。
「邪仙は、嫌い?」
「いえ」
良いか悪いかと言えば、もちろん悪いと妖夢も思う。人として論外だ。
だけど善悪と好き嫌いは別の問題。正義も倫理も道徳も、そのものが魅力的であるかどうかとは、何の関係も無かった。いいえ、むしろ逆。この世のしがらみに囚われて、本当は綺麗なものを、そうと思えないなんて、それはきっと、おかしい。
水彩で描いた、せせらぐ小川のような女だった。
透明な水の色には成り切れない、水色。淡い青。そういう色の印象の女。
水色という色は、この女性の本質的な部分と溶け合っているように思えた。だから彼女には、他のどんな色も似合わないだろう。淡い水色こそが、彼女の色だ。
妖夢は、その水色を綺麗だと感じた。
だから、そう。霍青娥は外道だけど、とっても素敵なお姉さんだ。
「師匠みたいになりたいです。貴方みたいにもなりたいです」
訥々と、途中、言葉に詰まりながらも、妖夢は自分の気持ちを口にする。
ひどいものからも目を逸らさないでいたいです。
気まぐれでも良いから優しいことが言える人になりたいです。
自分を殺しに来た相手でも笑って迎え入れられる人になりたいです。
誰かに好きだと言ってもらえるのなら、その言葉の贈り物の似合う自分になりたいです。
そして、笑顔の素敵な女性になりたいです。
「そうしたら私も、自分のことが、少しだけ好きになれそうなんです」
そこまで言うと、急に恥ずかしくなって、妖夢は俯いた。でも、もう一言だけは、続けるのだ。膝の上に置いた手をもじもじと動かして、上目遣いに青娥を見つめた。
「私も、貴方みたいに綺麗な女性になれますか?」
「なれますよ、貴方ならね。だって見る人が見れば分かるんです。この青娥娘々が保証します。貴方はとびっきりの美少女になりますとも──もちろん、今でも最高に可愛いですけどね」
妖夢の知る中でも指折りの美少女が、優しく励ましてくれる。
不思議な話だと思う。妖夢は、彼女の首を半分ほど斬っているのに、彼女の仲間を十一人殺しているのに。
どうして、その相手から、勇気をもらえるんだろう。
慣性を感じさせないくらい滑らかに車は走り出す。仙女の羽衣で翔んでいるようだ、と言うのは褒め過ぎだろうか。山々の景色が後ろに流れていき、あの廃寺院も、遠ざかっていく。
込み上げる切なさを胸に仕舞うように、妖夢はそっと胸に手を当てた。
見事な作品でした。
妖夢ちゃんが一体どこまで駆け上がっていくのか楽しみにしてる!
楽しかったです。
あと、妖夢ちゃん、これ博麗超えまで行くんですかねぇ。
こういう邪仙のような手当いは得てして芸術だのなんだの気取りますが
やはりリョナ趣味の最大の魅力は恐怖による威圧でしょう
人間の歴史をみるに残酷な文化で敵を威圧し内を畏怖させるのが心の深層に必ずあります
つまりこの話は妖夢対それを恐怖に陥れてようとするおそるべし邪仙との鍔迫り合いということです
そりゃ今から倒さなきゃならない相手が12人いて相手のホームで残酷なリョナ趣味見せられたら普通は恐怖しますよ
ええ私もやられたら活け造りにされるの!?めちゃくちゃ痛そう!怖い!もう戦う気失せた!ってなりますよ 或いはこいつら人の命をおもちゃにしやがってめちゃくちゃムカつくな!ムカつき過ぎてまともな戦いの思考がもう出来んわ!ってなるんじゃないかなと思います
だから妖夢の反応は本心からというのも勿論ありますがやはり恐怖や怒りに囚われないための防衛機能的なところが多々あるでしょう
ひたすら仲間内でなんか自慢し合い励まし合いながらリョナる今は亡きイスラ○国みたいなサイコパス性と
そんなとんでもない相手達複数を目の前にし人間ころすのも豚屠殺するのも同じみたいなとんでもないことを真剣に言われてもたったひとりにもかかわらず呆れず怒らず恐怖せず敬意を抱きつつ必殺の一撃を躊躇せず全員に見舞う妖夢のサイコパス性とじゃやはり互換とは言い難いでしょう
この妖夢は残虐なサイコパスにならずにサイコパス勝負で勝ってしまい
逆に邪仙達はサイコパスにもかかわらず自らの渾身の作品と邪悪さを許せない!でもなく気持ち悪い!でもなく怖い許して!でもなくただただなんか素晴らしい!と称賛という名の切り捨てゴメンをされてしまったということ
切られた邪仙の中には妖夢に感服したものや好き勝手したから満足したものもや決闘に殉じたものもいると思いますが多分恐怖のあまり命乞いの声が出なかったもの 命だけでどうか勘弁してください!って気分のものもいたんじゃないかと思います
実際のところ最後の青娥と妖夢の心境としたら
純粋な相手への敬意などの人間性に富んでいたと思いますがお互いがお互い許容量超えるか超えないかギリギリの恐怖心が覆っていたかもしれません 恐怖心を乗り越えるための人間性か誤魔化すための人間性か恐怖心が昇華した上の人間性か本人らもわからないというか
お湯さんの作品をみるに人間性において残酷さの他に恐怖心をとても重視してる感じがします
そしてそれはお湯さんが作品内で描かれるケガレと畏れの神道に通じている気がするのは僕だけでじゃない気がします
長くなってしまいすみませんでしたが毎度素晴らしく面白い作品ありがとうございます
目を背けたくても読み進めてしまう、そんな魅力を感じました。素敵な作品でした。