早朝。ささやかな日光とほどよい静寂に満たされた自室。そこで私はいつもの習慣である読書をしていた。目が覚めているかいないかの境界線。少し頭がぼんやりしている状態で本の世界に入ることが何よりの楽しみである。でもそんな空間に響き渡る誰かの足音。一歩、一歩と着実に近づいてくる。
ーこれはこいしかなー
猫のように軽快でなけれは、鳥のように乾いた音でもない。何かふわふわしていて、それでいて嬉々としているこの感じは多分我が妹だ。何か良いことでもあったのだろうか。
「お姉ちゃん!!」
こいしが私の名を叫ぶと共にドアをグリコススタイルで蹴っ飛ばして、部屋に入ってきた。
ーいや、喜び爆発しすぎだろー
こいしは目を輝かせて、聞いてきた。
「ねぇお姉ちゃんお姉ちゃん聞いて聞いて!」
「うん、ちゃんと聞いてるから何?」
「最近ね!ある人を想うとね、こうぎゅーって胸が締め付けられるの。もしかしてこれは恋かな?お姉ちゃん!」
「えぇ?」
予想外の質問に頭が真っ白になる。いや恋という単語が私には無縁すぎるのだ。恋愛小説はよく読むが、所詮それだけ。実際に感情として感じたことは一切無い。いわゆる年齢=独身だ。多分こいしは私に助言を求めているに違いない。仕方ない。ここでやらなきゃ、姉の威厳が保てない。とりあえず、恋愛小説のシーンによくある、自分の恋に気づくシーンを参考にしよう。
「えーと、こいし。色々確認するから答えてね。まずその男の人が好き?」
「お姉ちゃん。男じゃなくて女の子だよ」
「は?」
ーまさかの禁断の恋?!。いやいや、ここ幻想郷は女性率が非常に高い。禁断というほどでもないかもしれない。現に紅白巫女と白黒巫女は絶対に出来てるしアレ。まぁ恋の形も人それぞれ。私が応援しなくてはどうするんだー
「うん。そう。分かった。で、その子のこと好き?」
「うん大好き!」
「分かったわ。じゃあ次。その子と一緒にいることを想像してみて?何か感じる?」
こいしはうーんと手を組んで考え始める。やがて顔が蒸気するように赤くなっていく。
「えっとね、胸がぽかぽかってする。一緒にいることを考えるだけで嬉しくなる!」
こいしは照れながら、そういった。
ーあぁ、うん。完全にできてるわコレ。そっか。こいしもついに巣立っていくのか。お姉ちゃん嬉しいよ。全力で応援する!で、…えっとたしかこんな感じになったら次のシーンは何だっけ?えーと、あっ、キスだ。えっ、本当に?キスしちゃうの?!でもだいたいキスする流れだよねコレ?もう良いや。いっちゃえー
「こいし。よく聞きなさい。あなたのそれは百%恋よ」
「そっか。私、恋しちゃったのか。うん。恋しちゃった」
こいしは胸に手を当てて何度も確かめるように頷いていた。
「お姉ちゃん。この気持ちどうしたら良い?」
「こいし。告白しなさい。そして…キスよ」
「キ、キスってあのキス?!…うん分かったお姉ちゃん。私、行ってくる!」
「えぇ、行ってきなさい!」
こいしと熱いハイタッチをして、外へ送り出し、その背中が見えなくなるまで見送った。
「頑張りさい。こいし」
*
「フラン〜」
「急にどうしたのこいし」
「好きだよ」
「私も」
「じゃあキスしよーー!」
「えっ、ちょっと待て、いや。いやぁぁぁあぁ」
「ぐはぁぁ!」
「あっ、ごめんね。手加減したつもりだった」
*
あの後、また読書を再開したがなんだかこいしが気になって、それどころではなかった。これが巣立ちされた母鳥の気持ちなのかもしれない。でもそんな感傷に浸っていると聞き慣れた足音がまた聞こえてくる。
「おねーちゃん」
「こいし、お帰りって、どうしたのそれ」
帰ってきたこいしは、スカートや服がボロボロで、一部は下着さえ見えている始末。銀髪の髪は黒くススををかぶっていて、さながらシンデレラだ。シンデレラにしては展開が少し渋いが。
「その様子だと断られた?」
「好きはオーケーだったのに、キスはダメだった」
「あらあら。お姉ちゃんのミスね。ごめんね」
ーあれ?あの流れ結構王道なのにな。現実は小説より奇なりってことかなー
「いいよー。なんか満更でもなさそうだったし」
「よくもまぁその格好でそんなこと言えるわね」
「にへへ。褒めないでよ」
「褒めてません」
朗らかに笑うこいしをみて、やっぱりまだ近くにいて欲しいなんて思ってしまう。ダメなのは分かっているけど、そう思えるうちは良いのかもしれない。
ダメなんて思えるうちは、所詮その程度だから。
「そうだ。こいし。昨日作ったケーキ食べる?」
「うん、食べる食べる!」
「じゃあ、まず身体洗ってきなさい」
「はーい」
シンプルながらもしっかりまとまっていて良いですね。あとさとり様の独白がじわじわ来ます。面白かったです。
そして素直にアタックしに行くこいしちゃんも可愛い!
いつフランはキスしてくれるのかな?
こいしちゃんもさることながら初心なさとり様がよかったです
そっかーこいフラかー