Coolier - 新生・東方創想話

あいつはいつも縛られない

2019/04/29 21:50:01
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 その日、封獣ぬえは不幸であった。
 何しろ目の前にいるのが、泣く子も黙る疫病神こと依神女苑と、泣く子も貧する貧乏神こと依神紫苑の姉妹である。こと紫苑の貧乏パワーは、例え大妖怪ぬえであっても抗いようがない。
 紫苑に関わった者は必ず不幸で終わらなければならない。そう言ったのは、どこのどいつか。ぬえ個人としては「知るかボケェ!」と叫んで、第四の壁の向こうの神主に剣山を投げつけてやりたいところだ。しかし物語というものは、常に観衆の期待する方向へ転がり続けなければならないものでもある。登場人物たる彼女らには、抗えないものもあるのだ。
「あんたたちがどう思おうとも、私は姉さんを花火大会に連れて行く。止めると言うのなら、押し通るまでよ」
 女苑は歯を剥き出し、握り拳を打ち合わせた。四本の指にはまった指輪はメリケンサックめいている。殴られれば、実際痛い。一方の紫苑は女苑の背後で手を泳がせて、妹の勢いを止めかねている様子であった。
「ならば我々は全力で抵抗するしかない。お前は天人様の英断を尊重するべきだ」
 女苑に対してそう言い返したのは、ぬえではない。彼女のすぐ隣には秦こころが立っていた。表情は相変わらずの鉄仮面だが、両手はファイティングポーズを作っている。女苑の威嚇に対して受けて立つ気満々といった体であった。私ではなく、我々である。ぬえがその中に含まれてしまっていることは、想像に難くなかった。
 いったい何がどうして、こうなってしまったのだろう。
 ぬえはぼんやりと、一時間ほど前のことを思い返していた。

 §

 数日前、博麗の巫女が命蓮寺にやって来た。花火大会の体で弾幕コンテストをやると聞いて、聖白蓮以下門弟たちは大いに盛り上がった。多くの人間が見物に訪れるなら、布教には絶好の機会である。皆が見栄えのいい弾幕を求めてスペルカードを選び始めた。
 ぬえはこの手のイベントになると、斜に構えて冷やかしに徹するのが常である。が、今回に限っては平安の大妖怪の血が騒いだ。闇夜に紛れて人間たちに正体不明の恐怖を見せつける。なんと自らにおあつらえ向きのイベントであろう。
 しかしぬえに慢心はなかった。何しろ花火大会にはあの豊聡耳神子、目立ちたがりの仙人も参加するに決まっているのだ。ちょっとやそっとの弾幕では注目も集まるまい。そこでぬえはとびきりの作戦を思いつき、大会の当日、人里に住む二ッ岩マミゾウのところを訪れたのだ。
「大会ルールには、複数人で放つ弾幕は反則とある。おぬしの思った通りにはいかんじゃろ」
「そうは言うけどね、マミゾウ。私たちが優勝することに、どれほどの価値があると思う?」
「言われてみれば、その通りじゃな。住職や仙人ならばさておき」
 と、マミゾウは煙管を吹かして笑った。平安期から付き合いがある悪友には、余分な言葉は必要なかった。とっておきのエキシビションで、弾幕花火に酔った観客に驚きと恐怖を与える。そんな作戦をマミゾウと打ち合わせると、ぬえは揚々と人里を後にしたのだった。
 そこまではよかった。道中、何やら言い争う風の依神姉妹とこころに出くわすまでは。
 瞬間、よからぬ胸騒ぎがした。何しろぬえのところまで聞こえて来る言葉の中に、弾幕が、とか、花火が、とかいったものが混じっている。これは厄介事に巻き込まれる前に、通り抜けてしまったほうがよさそうだとも思った。
 が、残念ながら読者はすでに冒頭の状況を知ってしまっている。
「あ、命蓮寺の黒いやつ! ちょうどよかった、こっち来て助太刀をしてほしい」
 めざとくこころが声をかけて来た。残念、もう巻き込まれていた。
「私は連邦のモビルスーツじゃありませーん。通りすがりの町人Aでーす」
「見過ごせば確実に花火大会が犠牲となるぞ。お前も出るんじゃないのか」
 ぬえの体がみっしりと固まる。よくよく見ればこころと言い争っている者たちの中に紫苑がいる。花火大会が犠牲ときた。歩くボンビー爆弾を捨て置くことはできまい。
 ふひぃと大きなため息を吐き出し、こころと肩を並べる。
「止めてくれるな鵺妖怪、私らは本気よ。あんたの寺には恩義がある。なんなら、あんたから白蓮とかに声をかけて避難しといたほうがいいわ」
「そいつはよほど骨が折れるね。いったい何があってこうなっちゃったの」

 §

 弾幕コンテストのビラは比那名居天子、紫苑が心酔する天人のところにも届いていたらしい。そんなお祭り騒ぎを、あの好事家が放って置くはずもない。紫苑を伴って準備万端整えていたところに、永江衣玖、天界のメッセンジャーも務める龍宮の使いがやって来たという。
「どうか、紫苑様を大会に連れて行くのはお止めいただきたく」
「何だ、例によって空気を読めとでも言うつもりか? 多少参加者が不幸を被る程度のこと、大したことではあるまいに」
「多少ですむならわざわざ止めにも訪れません。会場となる玄武の沢は、今や異様な状況です。幻想郷の、ほぼ全ての人妖神々があそこに集まっていると言っても過言ではありません。それにどのような意味があるかは、総領娘様ならばご理解いただけるはず」
 これにはさすがの天子も、口ごもらずにはいられなかったようだ。それはすなわち、幻想郷全てが不幸に落ちることを示している。そうなればどんな災難が幻想郷に降りかかるかすらもわかったものではない。
「もし、それでも紫苑を大会に連れて行くと言ったらどうする」
「例え刺し違えてでも、全力で止めます」
 ここまで衣玖が強い言葉を使うこともまた、博麗の巫女が真面目に仕事をこなす程度の珍事だったらしい。天子は厳粛な顔をして紫苑に向き直った。
「すまない紫苑、今回ばかりは私の力も及ばんようだ。ちょっと下界の連中に文句言ってくる」
 天子はそう言い残して、衣玖とともに玄武の沢へと向かってしまったのだった。
 紫苑にとってこの程度のディスられは、呼吸をするかのごとき日常茶飯事である。貧乏神に生まれついた天命が悪いと呪いつつ、天子の帰りを待つことにした。
 だから、それで終わっていたのだ。たまたま輝針城へ遊びに来た女苑が、天子と入れ違いになりさえしなければ。女苑は紫苑から事情を聞き出すと、台風のごとく鼻息を荒らげた。
「やっぱり天人とてその程度だったってことよ。姉さん、本当に幻想郷を不幸にしてやろう!」
 女苑は妙にテンションが高かった。くだんの弾幕コンテスト、女苑は単体で参加しようとしたらしい。しかし金銀ばらまくだけなら、命蓮寺の連中がもっと派手なのを使う。それがなければステゴロくらいしか取り柄がない。そんなんで観客ウケするわけねーだろバーカバーカと、門前払いを食らってしまったという。要するに八つ当たりだ。
「やめとこうよ女苑、そんなことしたら今度こそ私たち殺されちゃうわ」
「いーじゃんよ、そんときゃ幻想郷滅んでっから大丈夫だって」
 かなり物騒なことをわめきながら紫苑を引っ張っていった。それを同じく玄武の沢に向かっていたこころが聞きつけ、現在に至るというわけである。

 §

「だからって、私まで巻き添えにしなくてもいいでしょう」
「しかし本当に花火大会へ乱入されたら、大惨事になる」
 こころの言い分は、文句のつけどころのない正論である。無視して乱入するにまかせれば、参加者が少なからず被害を受けるだろう。その中には当然、ぬえ本人も含まれる。
「じゃあ手っ取り早くやろうか? もう大会も始まってるだろうしね。こちらは二人、そちらも二人。タッグなら文句あるまい」
「あんまり最凶最悪の私らをなめないほうがいいわ。一時は天下も取ってたんだから」
 売り言葉も買い言葉もない。女苑はノーガードスタイルで、ぬえとこころをにらみつけた。肩を押さえようとする紫苑を差し置いて。
「完全憑依もなしに、どう勝つつもりやら。万が一私らに勝てたとして、この先修羅の道よ? 天人や龍宮の使いでなくても、誰だって止めるに決まって」
 そこでぬえは、気がついた。そう、誰だって止める。例えば、紫苑の今の同居人でも。
「ねえ貧乏神、始める前に教えてよ。あんた確か、逆さ城で天人と一緒に居候してたよね? 城主には止められなかったの?」
「針ちゃんはねえ」
 紫苑は首を傾けて視線を泳がせた。
「私たちよりもずっと前に、城を出て行ってしまったわ。弾幕コンテストのビラを見て、何かこんな感じのふくれっ面して」
 ぶー、と紫苑がフグの真似っこをした。ぬえはその顔をしげしげと眺める。
「妙だね。弾幕花火大会めっちゃ楽しみー、って感じにはとても見えないわ。あいつは、何か企んでるんじゃないかしら」
「あんな三下チビに何ができるってのさ」
 ぬえは鋭い目を女苑のほうに向けた。女苑が思わずガードを上げるレベルの。
「お前もあの小人を侮らないほうがいい。ああ見えて、あんたたち二人よりも先に異変を起こしたやつよ。しかも、幻想郷のヒエラルキーをひっくり返すような」
 そこまで言ったところで、ぬえは何かを勘づいた。拳を作って自分の頭を小突く。
「ひっくり返すか。そうだまさにそいつだ。あいつは弾幕花火大会を乗っ取るつもりだわ」
「なんと、そんな大それたことを」
 こころが大飛出面をかぶって、両手を振り上げた。
「そういう計画をぶち上げれば、喜んで相乗りしそうなアウトローは幻想郷に山ほどいるわ。まんまとしてやられたなぁ。これじゃマミゾウとの作戦も台無しになっちゃうよ」
 女苑は拳を構えたまま、汗を滴り落とした。
「すると、何か? 私たちは乗り遅れた、と?」
「そういうこと。あんたたち、悪いことは言わない。乱入はやめときな。仮に大会の参加者を全員不幸にしたところで、全部小人の手柄になるよ」
「げえ」
 女苑は舌を出した。
「さすがにあのちんちくりんに美味しいとこ持ってかれるのは気に入らないなー。仕方ない、今回は諦める。諦めるけども、このままだと拳の収め先が見つからないのも事実なのよね」
「やれやれ、やっぱりそうなんのね」
 ぬえの手に三叉の槍が、手品じみて現れた。
「仕方ない、つき合ったげ」
 とっさに胸元へと槍を持ち上げる。女苑の拳が槍に叩きつけられ、甲高い金属音が鳴った。そのままつばぜり合いじみた格好で、ぬえと女苑がにらみ合う。
「あんまりなめプするんじゃねーぞ。現役異変ホルダーの意地を思い知らせてやるわ」
「ダーティー・ファイト以外に見せられるものがあるんならね?」
 二人が飛び離れ、距離をとった。

 §

 荒ぶる姉妹が矛先を収めるまでの間に、太陽は地平線の彼方へ沈みきっていた。
 アダムスキー型使い魔の上で、ぬえは自分の頬をさする。女苑に思い切りぶん殴られた跡は、多分数日は残りそうだ。
「このぶんだと我々が弾幕を披露する機会はないかもしれないな」
「先に行っててもよかったのよ? 頭に血が昇ってたの、約一名だけだったし」
「そうも行くまい。元は私が止めた相手だ。しかし」
 ぬえの隣に座るこころの表情は険しくない。険しくはないが、頭には狐面をかぶっていた。
「悪い胸騒ぎがする。恐怖、混乱、狂気。悪い感情が一箇所に集まってまるで台風のようだ」
「大方予想通りの事態になってるってことかしら」
 玄武の沢の辺りに、赤く禍々しい光が灯る。あまりに熱くまぶしく、ぬえたちの目を焼いた。
「何よ、弾幕にしちゃずいぶん大規模」
 ぬえは手をかざした。強い光の中に、大きな烏の影が見えた。
「地底妖怪か。まさかあんなのにまで声をかけたのかしら」
 UFOは玄武の沢へと近づいていく。弾幕花火大会の現状も明らかになってきた。
 大会は、終了時間を過ぎてもなお続いている。あまりにも長過ぎるアンコールだ。しかも、曲目が全く穏やかではない。血の気の多い地底の妖怪たちが、虐殺を楽しむかのように観客席へ向けて弾幕を投げつけている。それを妖怪退治人たちが必死に食い止める格好だ。
 しかも空中に控える残りのメンバーときたら。頭がやたら重そうな地獄の女神。狂気に目を輝かせた神霊。白蓮や神子までこの狂った祭りに再度参加する気満々で下界を見下ろしている。
 これを全て、あの少名針妙丸が呼んで来られるはずがあろうか。ぬえが下方に目をやれば、歓喜に湧く審査員席の様子が見えた。その中に一際目立つ長身の、紫の前掛け、橙の前掛けを身に着けた二人の妖怪がいた。ぬえは一度目をむき、天を見上げる。
「あっはっはっはっは!」
 弾幕の音がかき消えるほどに、ぬえは笑った。只者ではない連中なのは、瞬時に理解できた。よりによって妖怪賢者が、針妙丸の企みに便乗するとは。予想を遥かに上回る事態に、ぬえはもはや笑う以外の選択肢を失っていたのである。
「私はこの大会に参加できそうにないな。やるべきことができてしまった」
 こころがUFOの上に立ち上がり、両手に一対の扇子を広げる。
「このままでは狂気に飲まれた観客が、暴動を起こしかねない。私は幻想郷の感情を司る者。彼らを守らねばなるまい」
「ああ、そうしたほうがいいね」
「お互い、最善を尽くそう。武運長久を祈る」
 こころはUFOから飛び降りた。独り残ったぬえは会場を見回す。
「武運も何も。もはややることは敗戦処理なんだけどなぁ」
 ぬえは自嘲する。やはり紫苑なんかと関わるから、こんなことになってしまうのだと。
 針妙丸の企みに便乗した形になるのは、はなはだ不快。しかし、マミゾウとの約束は果たさねばなるまい。せっかく準備したスペルカードを、使わずに終わるのももったいない。
「私は正体不明。どっちつかずの立場でいたほうが、都合がいいこともあるものよ」
 誰に対して放った言葉か。それを最後に、ぬえの姿はUFOの上から消えた。

 §

「遅れちゃったー。予定終了時間過ぎているけど、まだ花火大会やってて良かったー」
 聞き覚えのある声。マミゾウは上空を見上げる。奇怪な赤青の翼が星の狭間に舞っている。
 マミゾウは宙を泳ぐ蛇の群れを眺めて、小さく笑った。
「やれやれ、待ちくたびれたわい。どこで油を売っておったのやら。あやつのことじゃから、こうなっとるのも計算のうちなのかもしれんがのう」

(あいつはいつも縛られない 完)
即興性重点。うーん、アクションが足りない_(:3」∠)_
グリウサのアレでまたヘタレキャラが趨勢になるんだろうなと思いつつも僕は懲りない諦めない。いいか賢者二人が化け物呼ばわりしているという事実を重く受け止めるんだ。わかったら返事しろ。エビフライ投げつけんぞこの野郎。

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コメント



0.140簡易評価
1.100サク_ウマ削除
いや筆早いですって
うんざりした様子のぬえがいい味出してて良いですね
面白かったです
2.90奇声を発する程度の能力削除
ぬえが良い感じで面白かったです
5.100ヘンプ削除
ぬえさんやっぱ凄いですね……
面白かったです!
6.100モブ削除
メリケンは実際痛い。思い出しました(小笠原)
きっと女苑のカラテはすさまじいのでしょう。面白かったです
7.90小野秋隆削除
グリウサのサイドストーリーだ……面白かったです。
8.100南条削除
面白かったです
まさにサイドストーリーといった感じでした
10.無評価Jonathon削除
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