納涼花火大会が終わり、永琳と輝夜が永遠亭に帰宅したのは夜半過ぎであった。
居間につくや輝夜は腰を下ろし、すぐにごろりと仰向けになる。
「まさかあんなことになるとはね」
表向きは花火大会、裏では弾幕コンテストとして開催されたイベントが最終的には小人と天邪鬼の乱入により表裏一体となり混乱と興奮をもたらす結果となった事か。あるいは大会終了後に自分たちも弾幕を披露した事か。それとも八雲紫に頼まれ、サグメへ事態収拾に協力するように親書を書いた事か。
なんにせよ輝夜の声は楽しげだったので、曖昧に「そうね」と永琳は答える。
虫の音とかすかに竹の葉が揺れる音、お互いの息づかいだけの空間にいると先ほどまでの大音量と極彩色が嘘のように思える。輝夜は急に体を起こすと、荷物を探り小瓶を取り出した。
「ねえ、これ呑んでみましょうか。寝酒代わりに」
大会の参加賞として配られたお酒だった。
どうせ安い酒だろうが、寝酒を呑んでリセットするという思いつきが大事なのだろう。湯飲みを持ってくる事にした。
永琳は輝夜から瓶を受け取り、湯飲みへと酒を注ぐ。先に注いだ湯飲みをかすかに手の中で揺らした後、輝夜に渡し、自分の湯飲みにも注ぐ。
「じゃあお疲れさまでした」
「はい、お疲れさまでした」
軽く湯飲みをあわせる。輝夜が湯飲みを口へと運ぶ。永琳はそれを見つめていた。
永琳の視線に気づき小首を傾げながら口をつけた輝夜の目が見開かれる。
「っん?」
驚きの表情のまま、酒を少し口の中で遊ばせた後、ゆっくりと飲み込み、
「あら、まあ」
と笑った。
「毒か何か入っていた?」
永琳も彼女の反応を見た後、彼女に続く。地上では作り得ない純粋さと奥深さ。流れる香気、澄み方。間違いない、月の超古酒だ。
博麗神社にこんなものがあるわけがない。犯人は分かり切っている。あのスキマ妖怪だ。すり替えておいたのだろう。
「お礼のつもりかしら?」
「脅しのつもりかもしれないわよ」
それとも繰り返しの冗談なのかもしれない。あの妖怪は、賢者のような顔をしてつまらない冗談が好きなのだ。
「残しておいてあげましょうか」
「お優しい事。それとも優曇華も驚かせたい?」
「騙されっぱなしも癪だからね。でももう少し何か呑みたいわね」
「焼酎があったと思うけど?」
こんな夜に酒虫を働かせるのもしのびないし、あのお酒の後ではなにを呑んだって似たようなものだろう。
「なんでもいいわ」
手早く用意し、乾杯し口に含んだ瞬間、二人で笑っていた。
「なんでもよくはなかったわね」
「言ったのは貴女ですからね。つきあってはあげますからちゃんと飲み干してください」
「はいはい」
洗練されているわけでも荒々しいわけでもなく、腰のないふにゃりとした味わいの、値札だけを見て買ってきたような焼酎だ。
「でも永琳があんな事言い出すなんて思わなかった」
弾幕を見上げていた輝夜が少し物足りなさそうに見えた。だから参加を提案したのだが。永琳がその事を指摘すると、輝夜は口をとがらせる。
「なんであれ言い出したのは永琳、これは事実よ。それに窘められたらやめてました」
「素直ないい子ね」
「じゃあ自分がやりたかったのを私に押しつけた嘘つきな悪い子?」
輝夜が永琳を指さして、笑う。
そう、ね。
「あてられたのかもしれないわね、場の空気に」
「変わったのかしらね?」
「どうかしら?」
相変わらず焼酎の味は安い。
永琳は輝夜の言葉と一緒に飲み干しながら、紫から頼まれたときの事を思い出す。
恐らくはサグメは他言はしないから大丈夫だろうが、いささか走り書きだった親書を認める時、不用意に月と関わりを持つ事の意味を考えなかったわけではない。幻想郷の実力者たちも揃っていたのだから、放っておいても何事もなく騒ぎは収まっただろう。
ただ、会場の群衆の中に、見知った、診察した事のある顔をいくつか見かけた。
いろんな事を考えながら筆を走らせた。
「そういう事なのかもしれないわね。変わったかどうかは分からないけど」
「どっち? まあどっちでもいいのかしら」
輝夜の困惑に永琳は苦笑する。
自分が変わったのかどうなのか、永琳は特に考えようとは思わない。
ただ、増えたのだ。
思うものが増えた。
だから今までしなかったことをしたりするし、迷いながらでも何かをしたりするのだろう。多分その逆も。
でも、ただ一つだけ変わらない事がある。
あくびをしながら輝夜が立ち上がる。いつの間にか二人とも湯飲みは空になっていた。
「さ、寝ましょう」
「ん。ねえ永琳。私は自分が変わったと思ってるけど、一つだけ変わらない事があるの? なんだと思う? 私ね、貴方の事が――」
嘘つきで悪い子な永琳は答えなかった。
多分、お互いが同じ事を思っているなんて。
居間につくや輝夜は腰を下ろし、すぐにごろりと仰向けになる。
「まさかあんなことになるとはね」
表向きは花火大会、裏では弾幕コンテストとして開催されたイベントが最終的には小人と天邪鬼の乱入により表裏一体となり混乱と興奮をもたらす結果となった事か。あるいは大会終了後に自分たちも弾幕を披露した事か。それとも八雲紫に頼まれ、サグメへ事態収拾に協力するように親書を書いた事か。
なんにせよ輝夜の声は楽しげだったので、曖昧に「そうね」と永琳は答える。
虫の音とかすかに竹の葉が揺れる音、お互いの息づかいだけの空間にいると先ほどまでの大音量と極彩色が嘘のように思える。輝夜は急に体を起こすと、荷物を探り小瓶を取り出した。
「ねえ、これ呑んでみましょうか。寝酒代わりに」
大会の参加賞として配られたお酒だった。
どうせ安い酒だろうが、寝酒を呑んでリセットするという思いつきが大事なのだろう。湯飲みを持ってくる事にした。
永琳は輝夜から瓶を受け取り、湯飲みへと酒を注ぐ。先に注いだ湯飲みをかすかに手の中で揺らした後、輝夜に渡し、自分の湯飲みにも注ぐ。
「じゃあお疲れさまでした」
「はい、お疲れさまでした」
軽く湯飲みをあわせる。輝夜が湯飲みを口へと運ぶ。永琳はそれを見つめていた。
永琳の視線に気づき小首を傾げながら口をつけた輝夜の目が見開かれる。
「っん?」
驚きの表情のまま、酒を少し口の中で遊ばせた後、ゆっくりと飲み込み、
「あら、まあ」
と笑った。
「毒か何か入っていた?」
永琳も彼女の反応を見た後、彼女に続く。地上では作り得ない純粋さと奥深さ。流れる香気、澄み方。間違いない、月の超古酒だ。
博麗神社にこんなものがあるわけがない。犯人は分かり切っている。あのスキマ妖怪だ。すり替えておいたのだろう。
「お礼のつもりかしら?」
「脅しのつもりかもしれないわよ」
それとも繰り返しの冗談なのかもしれない。あの妖怪は、賢者のような顔をしてつまらない冗談が好きなのだ。
「残しておいてあげましょうか」
「お優しい事。それとも優曇華も驚かせたい?」
「騙されっぱなしも癪だからね。でももう少し何か呑みたいわね」
「焼酎があったと思うけど?」
こんな夜に酒虫を働かせるのもしのびないし、あのお酒の後ではなにを呑んだって似たようなものだろう。
「なんでもいいわ」
手早く用意し、乾杯し口に含んだ瞬間、二人で笑っていた。
「なんでもよくはなかったわね」
「言ったのは貴女ですからね。つきあってはあげますからちゃんと飲み干してください」
「はいはい」
洗練されているわけでも荒々しいわけでもなく、腰のないふにゃりとした味わいの、値札だけを見て買ってきたような焼酎だ。
「でも永琳があんな事言い出すなんて思わなかった」
弾幕を見上げていた輝夜が少し物足りなさそうに見えた。だから参加を提案したのだが。永琳がその事を指摘すると、輝夜は口をとがらせる。
「なんであれ言い出したのは永琳、これは事実よ。それに窘められたらやめてました」
「素直ないい子ね」
「じゃあ自分がやりたかったのを私に押しつけた嘘つきな悪い子?」
輝夜が永琳を指さして、笑う。
そう、ね。
「あてられたのかもしれないわね、場の空気に」
「変わったのかしらね?」
「どうかしら?」
相変わらず焼酎の味は安い。
永琳は輝夜の言葉と一緒に飲み干しながら、紫から頼まれたときの事を思い出す。
恐らくはサグメは他言はしないから大丈夫だろうが、いささか走り書きだった親書を認める時、不用意に月と関わりを持つ事の意味を考えなかったわけではない。幻想郷の実力者たちも揃っていたのだから、放っておいても何事もなく騒ぎは収まっただろう。
ただ、会場の群衆の中に、見知った、診察した事のある顔をいくつか見かけた。
いろんな事を考えながら筆を走らせた。
「そういう事なのかもしれないわね。変わったかどうかは分からないけど」
「どっち? まあどっちでもいいのかしら」
輝夜の困惑に永琳は苦笑する。
自分が変わったのかどうなのか、永琳は特に考えようとは思わない。
ただ、増えたのだ。
思うものが増えた。
だから今までしなかったことをしたりするし、迷いながらでも何かをしたりするのだろう。多分その逆も。
でも、ただ一つだけ変わらない事がある。
あくびをしながら輝夜が立ち上がる。いつの間にか二人とも湯飲みは空になっていた。
「さ、寝ましょう」
「ん。ねえ永琳。私は自分が変わったと思ってるけど、一つだけ変わらない事があるの? なんだと思う? 私ね、貴方の事が――」
嘘つきで悪い子な永琳は答えなかった。
多分、お互いが同じ事を思っているなんて。
しんみりとした良い作品でした。
いやそれにしても早すぎませんかね。
丸め込まれていて好きです。
よかったです。