「……夢を見たの」
この夢の世界でこう言うのはおかしいのだけれど。
「ほう。夢ですか。サグメさんが見た夢とは一体何でしょうか?」
ほら、あなたはそうやって話をしたがる。私がしたいのかもしれないけれど。
「……そうね。簡単に言えば神話にまつわる夢だったわ」
夢の世界のドレミーの家でこんなことを言うことになるとは。夢の世界だからこそ言ったのかもしれない。
「ほうほう。それで?」
「イカロス、って言えば分かるかしら」
愚かしくも、ろうの翼を手に入れ、太陽神に挑んだ男の話。
「ほう。イカロス。あの醜い男の話ですか。それと何が関係するのです?」
ほら、やっぱりあなたは聞き上手ね。
「そうね……私がイカロスで、あなたがアポロン。そんな夢だったわ」
「それじゃあダイダロスは誰でした?」
そんな野暮なことを聞くのね。
「ダイダロスは……アマノワカヒコ、だったわ」
ドレミーがため息をついている。
「それまた皮肉なことで……」
アマノワカヒコは私の……いいえ、ここで言うことではないわね。
「それでどうなりました?」
ドレミーはふよふよと夢魂に乗りながら私の周りを漂う。
「そのあとは神話の通りよ。ダイダロスからろうの翼を受け取り、イカロスがアポロンに挑み、墜落して死ぬの。それだけだったわ」
「ふーん、そうですか。でも、サグメさんの顔にはそれだけとは受け取れないんですけどね」
「あなた、私の夢を覗いていたの?」
「いいえ、私は覗いていませんよ。サグメさんがその夢を見た日は他の悪夢の処理が忙しかったのでそんな暇も無いくらいでしたから」
あーん、と夢魂を食べながらドレミーは言う。
「今日は久しぶりの休日ですよ。サグメさんも来てくれたんですから、話せる相手がいるのはいいことですからね」
少しだけ恥ずかしいと思った。
「それとその夢の中で何かおかしいと思えることはありましたか?」
……夢の中で……?
「思い出しで再現してくれていいんですからどうぞ存分に思い出してくださいな」
そう言われて私は思い出していった。
~*~*~
そうね。最初は夜、だったわ。
ダイダロスと一緒にいて、ダイダロスがラビリンスを作り終わった所から、だった。
そこから一気に飛んで、ダイダロスがろうの翼を完成させたの。私は、イカロスはそれを欲しがって、譲ってもらって。そうして空を飛び始めたの。
空を飛ぶことはなんで気持ちが良いんだろうか、太陽と海に近づくなと言われてもこの快感では近づきたくなってしまうだろうなと思いながら。
太陽に近づけないから夜に飛べばいいじゃないとなり、夜にイカロスは飛んでいた。
太陽の無い夜は海にさえ近づかなければ自由に空を飛べた。星たちを眺めながら飛び回っていたの。
そうしてイカロスは忘れていたの。朝が来る時間を。
朝焼けが出てきているのにもかかわらずそれでも飛び続けたイカロス。そして、アッと気が付いたらアポロンが目の前にいて、イカロスの、ろうの翼は溶け落ちて。
そうしてアポロンを見ながらイカロスは朝焼けを見ながら海に落ちて死んでしまったわ。
海の中で死ぬ時に赤いメッシュの入った黒髪と角が生えた女の子が見えたような気もしたのだけれど。
……この夢はここで終わり。私は現実でハッと飛び起きて終わったわ。
~*~*~
「ふむ……内容はほぼそのままのようですね。少し夜に飛ぶということと朝焼けで落ちるということが違いますけど。夢は望みや暗示を示すときがありますからね。その類ではないでしょうか」
私にとっては本当に意味不明な夢だったのだけれど。
「よく分からなかったわ」
「そりゃあそうでしょうよ。夢なんて不安定なものです。私にも分かりえぬことを分かられたら夢の支配者が泣きますって」
いつもの様に茶化す言葉を言うドレミー。
「まあ……読み取れるとしたら自由になりたいんですか? それとも誰かを追いかけていたいんですか? 最後の海の所は私には分かりませんけれど」
いつもの唐突な話が始まっている。
「……分からないわ。だからあなたに話したのに」
「サグメさんが話すということはそうでしょうね。それでもあなたはこの夢に何かを思っている。ならば夢の支配者として私はそれを解くことに意味があるのですよ」
外交モードの少し固めの口調になっている。
「ほら、あなたはなにを思っていたのです?」
……分からない。私はなぜ、イカロスを見たのか。
「ほら、あなたはイカロスです。私がアポロンです。この関係性は?」
……アポロンに挑んだ愚か者のイカロス。
「なぜ、あなたは、イカロスはアポロンに挑んだのか?」
……自分が出来ると自惚れていたから。
「いいえ、サグメさんの場合はそうではないですね。あなたはあまり自惚れたりはしないでしょう?」
……確かにそうね。それならばなぜ私はイカロスを……
「ほらもう少し考えてください。答えは出かかっているかもしれませんよ」
……そもそもなぜドレミーがアポロンだったの……?
「ほら、疑問が別にあった。ならそれを解きましょうか」
……ドレミーがアポロンである理由……
「サグメさんはなにを思っていたのです?」
……えっと……
「ん? なぜそこで言い淀むのです?」
……あ、えっと……少し、ドレミーに憧れていたから、かしら。
「はあ。私に憧れる要素がおありで?」
……私はそう思っただけよ。だからあなたがアポロンだったのかしら。
「お、おほん。それは良いとしてそれ以外は何かありますか?」
……ないわね。あなたのことを追いかけたかったのかしら。
「恥ずかしいこと言いますねえ……」
……そろそろ朝が来るわ……
「おや、もうそんな時間ですか」
……ドレミーと話せるのはいつになるのかしら。もう少しだけ寝ていたいわね。
「……だからサグメさんハッキリ言わないでください」
……良いじゃない。私はここでしか自由に話せないわけだし。言いたいことを言っても。
「だからもう……サグメさん……はあ」
……ああ、目が覚めるわ。ドレミー、夢のこと分かったわよ。
「それなら良かったですけど」
……朝焼けと一緒あなたと落ちたかったのかもしれないわ。そう、私が感じるだけだけれど。
「ホンットにあなたは……」
……それではまたお会いしましょう? ドレミー・スイート?
「ええ、分かりましたよ稀神サグメ」
私の意識は現実に戻っていった。
~*~*~
夢の世界にて。
「あーあ、なんであの人はああやって直球で言うのかなあ。流石に恥ずかしいと思うんだけれども。やめて欲しいけれどあの人だしなあ。仕方ない。でもまあ……次はなにか言えるようにしときましょうかね」
ふよふよと浮いた夢魂に乗りながら一人で呟いていた。
この夢の世界でこう言うのはおかしいのだけれど。
「ほう。夢ですか。サグメさんが見た夢とは一体何でしょうか?」
ほら、あなたはそうやって話をしたがる。私がしたいのかもしれないけれど。
「……そうね。簡単に言えば神話にまつわる夢だったわ」
夢の世界のドレミーの家でこんなことを言うことになるとは。夢の世界だからこそ言ったのかもしれない。
「ほうほう。それで?」
「イカロス、って言えば分かるかしら」
愚かしくも、ろうの翼を手に入れ、太陽神に挑んだ男の話。
「ほう。イカロス。あの醜い男の話ですか。それと何が関係するのです?」
ほら、やっぱりあなたは聞き上手ね。
「そうね……私がイカロスで、あなたがアポロン。そんな夢だったわ」
「それじゃあダイダロスは誰でした?」
そんな野暮なことを聞くのね。
「ダイダロスは……アマノワカヒコ、だったわ」
ドレミーがため息をついている。
「それまた皮肉なことで……」
アマノワカヒコは私の……いいえ、ここで言うことではないわね。
「それでどうなりました?」
ドレミーはふよふよと夢魂に乗りながら私の周りを漂う。
「そのあとは神話の通りよ。ダイダロスからろうの翼を受け取り、イカロスがアポロンに挑み、墜落して死ぬの。それだけだったわ」
「ふーん、そうですか。でも、サグメさんの顔にはそれだけとは受け取れないんですけどね」
「あなた、私の夢を覗いていたの?」
「いいえ、私は覗いていませんよ。サグメさんがその夢を見た日は他の悪夢の処理が忙しかったのでそんな暇も無いくらいでしたから」
あーん、と夢魂を食べながらドレミーは言う。
「今日は久しぶりの休日ですよ。サグメさんも来てくれたんですから、話せる相手がいるのはいいことですからね」
少しだけ恥ずかしいと思った。
「それとその夢の中で何かおかしいと思えることはありましたか?」
……夢の中で……?
「思い出しで再現してくれていいんですからどうぞ存分に思い出してくださいな」
そう言われて私は思い出していった。
~*~*~
そうね。最初は夜、だったわ。
ダイダロスと一緒にいて、ダイダロスがラビリンスを作り終わった所から、だった。
そこから一気に飛んで、ダイダロスがろうの翼を完成させたの。私は、イカロスはそれを欲しがって、譲ってもらって。そうして空を飛び始めたの。
空を飛ぶことはなんで気持ちが良いんだろうか、太陽と海に近づくなと言われてもこの快感では近づきたくなってしまうだろうなと思いながら。
太陽に近づけないから夜に飛べばいいじゃないとなり、夜にイカロスは飛んでいた。
太陽の無い夜は海にさえ近づかなければ自由に空を飛べた。星たちを眺めながら飛び回っていたの。
そうしてイカロスは忘れていたの。朝が来る時間を。
朝焼けが出てきているのにもかかわらずそれでも飛び続けたイカロス。そして、アッと気が付いたらアポロンが目の前にいて、イカロスの、ろうの翼は溶け落ちて。
そうしてアポロンを見ながらイカロスは朝焼けを見ながら海に落ちて死んでしまったわ。
海の中で死ぬ時に赤いメッシュの入った黒髪と角が生えた女の子が見えたような気もしたのだけれど。
……この夢はここで終わり。私は現実でハッと飛び起きて終わったわ。
~*~*~
「ふむ……内容はほぼそのままのようですね。少し夜に飛ぶということと朝焼けで落ちるということが違いますけど。夢は望みや暗示を示すときがありますからね。その類ではないでしょうか」
私にとっては本当に意味不明な夢だったのだけれど。
「よく分からなかったわ」
「そりゃあそうでしょうよ。夢なんて不安定なものです。私にも分かりえぬことを分かられたら夢の支配者が泣きますって」
いつもの様に茶化す言葉を言うドレミー。
「まあ……読み取れるとしたら自由になりたいんですか? それとも誰かを追いかけていたいんですか? 最後の海の所は私には分かりませんけれど」
いつもの唐突な話が始まっている。
「……分からないわ。だからあなたに話したのに」
「サグメさんが話すということはそうでしょうね。それでもあなたはこの夢に何かを思っている。ならば夢の支配者として私はそれを解くことに意味があるのですよ」
外交モードの少し固めの口調になっている。
「ほら、あなたはなにを思っていたのです?」
……分からない。私はなぜ、イカロスを見たのか。
「ほら、あなたはイカロスです。私がアポロンです。この関係性は?」
……アポロンに挑んだ愚か者のイカロス。
「なぜ、あなたは、イカロスはアポロンに挑んだのか?」
……自分が出来ると自惚れていたから。
「いいえ、サグメさんの場合はそうではないですね。あなたはあまり自惚れたりはしないでしょう?」
……確かにそうね。それならばなぜ私はイカロスを……
「ほらもう少し考えてください。答えは出かかっているかもしれませんよ」
……そもそもなぜドレミーがアポロンだったの……?
「ほら、疑問が別にあった。ならそれを解きましょうか」
……ドレミーがアポロンである理由……
「サグメさんはなにを思っていたのです?」
……えっと……
「ん? なぜそこで言い淀むのです?」
……あ、えっと……少し、ドレミーに憧れていたから、かしら。
「はあ。私に憧れる要素がおありで?」
……私はそう思っただけよ。だからあなたがアポロンだったのかしら。
「お、おほん。それは良いとしてそれ以外は何かありますか?」
……ないわね。あなたのことを追いかけたかったのかしら。
「恥ずかしいこと言いますねえ……」
……そろそろ朝が来るわ……
「おや、もうそんな時間ですか」
……ドレミーと話せるのはいつになるのかしら。もう少しだけ寝ていたいわね。
「……だからサグメさんハッキリ言わないでください」
……良いじゃない。私はここでしか自由に話せないわけだし。言いたいことを言っても。
「だからもう……サグメさん……はあ」
……ああ、目が覚めるわ。ドレミー、夢のこと分かったわよ。
「それなら良かったですけど」
……朝焼けと一緒あなたと落ちたかったのかもしれないわ。そう、私が感じるだけだけれど。
「ホンットにあなたは……」
……それではまたお会いしましょう? ドレミー・スイート?
「ええ、分かりましたよ稀神サグメ」
私の意識は現実に戻っていった。
~*~*~
夢の世界にて。
「あーあ、なんであの人はああやって直球で言うのかなあ。流石に恥ずかしいと思うんだけれども。やめて欲しいけれどあの人だしなあ。仕方ない。でもまあ……次はなにか言えるようにしときましょうかね」
ふよふよと浮いた夢魂に乗りながら一人で呟いていた。
たいそうな話になるかと思いきや結局会いたかっただけだったというところがよかったです