Coolier - 新生・東方創想話

頭叩き合うもそれなりの縁

2019/04/13 00:23:10
最終更新
サイズ
25.28KB
ページ数
1
閲覧数
1538
評価数
5/9
POINT
670
Rate
13.90

分類タグ

「あの、どうですか? 何か、心当たりとか……」
「うーん、確かにこっちは私のようだし、こっちの人も見たことくらいはあるけど……。身に覚えはないわね」
 輝夜は鈴仙についさっき渡された写真についてそう所見を述べると、それを鈴仙に返す。人里への薬売りから帰ったそのままの身なりで輝夜の部屋を訪れた鈴仙が持ち込んだ、一枚の写真。そこに写っていたのは、他の誰でも無い輝夜自身と、他の誰かが共に弾幕を放つ姿だった。
「やっぱり、そうですよねぇ……」
「で、どうしたの? この写真」
「少し、長くなりますが……」
 そう前置きした鈴仙曰く、薬の販売中に某天狗に呼び止められてこの写真を見せられ、ここに写っているお姫様は本物かと尋ねられたらしい。更にその天狗曰く、これはある情報筋から入手した、いつの間にか撮影されていたという不思議かつ不気味な写真で、写っている人物達に尋ねてみても悉く知らぬ存ぜぬで、少しでも情報を求めているとのことだったらしい。
「……ということです。でも、姫様も無関係なようで良かったです。もしこの写真が事実なら大変でしたよ」
「あら、どうして?」
「だって、どう見てもこいつが姫様の頭を叩いているようにしか見えないんですよ! もしこれが事実なら、姫様がよくても師匠がこの天人を許しませんよ! あ、もちろん私も怒りますよ!」
 写真に写ったもう一人の少女を指差してとんとん叩きながら、語気を強める鈴仙。それを輝夜はまあまあと宥め、もう一度見せてくれる、と写真を再び受け取る。
「もし気になることがあるなら、そちらの写真は姫様に差し上げますよ。現像は何回でも出来るし、写真も何枚か用意しているから別に返さなくてもいいと言われていますので。では、私は師匠のところに行って来ますね。あ、このことは秘密ですよ!」
「ええ。行ってらっしゃい」
 そう言い残して鈴仙が部屋から出て行ったところで、改めて写真を見る。なるほど、確かにもう一人の少女――鈴仙は天人と言っていた、長く青い髪と黒い帽子を被った少女――が、自分の頭を叩いているように見えた。しかも、手にした剣を振りかぶって、だ。なかなか豪快じゃないかと、輝夜はくすくすと小さく笑う。
 鈴仙に言った通り、自分はこの少女を見たことがある。但し、それは宴会やお祭りのような不特定多数が大規模に集まる催しで同じ空間にいたというだけであり、直接関わったことも、話したことがあるかすら覚えていない。もしあったとしても、せいぜい二言三言が精々だろう。
 だけど、写真に写る自分達は協力し合い、もしくは自分達の技量を競い合うように共に弾幕ごっこに興じていた。これを撮影した人にはどう見えただろうか。二人組だったのか、一人と一人だったのか。
 この天人の少女にふつふつと興味が湧くのを、輝夜は感じていた。



 正午を幾らか過ぎた人里で天子は一人、里内に点在する共用の長椅子に座り、衣玖を待っていた。近頃、自分を取り巻く環境が変わる出来事が色々あったのだが、そのことは最近疎遠気味だった衣玖の耳にもしっかりと届いていた。そして、是非それらの話を聞きたいとのことであり、いわゆる近況報告のためだ。
 天子からすればそんなことは面倒でしかなかったが、衣玖には日頃から迷惑や心配をかけているのは分かっているので、無下に突っぱねることはしなかった。勿論、そんな風に思っているなんて本人には絶対に言わないけれど。
 しかし、だからと言って天子は待ち合わせの時刻よりも早く来て、相手が来るのを待つような性格ではない。わざわざ早く来たのにはある理由があった。
「……うん、清蘭屋の方もやっぱり美味いわね。でも、みたらしは鈴瑚屋の方が私好みかな……」
 天子の膝上には、串の刺さった団子が何本か入った箱が一つ。以前から天子は地上の食の見聞を深めるべく色々と食べ歩きをしているのだが、その中でも最近お熱なのが清蘭屋と鈴瑚屋という、現在天子が腰掛けている長椅子の斜向かいに位置する、隣り合う二つの団子屋だった。
 そこは二人の兎がそれぞれ店を並べて構えており、一本でも多く隣よりも売ってやろうと互いに競い合う団子屋だ。しかし、これらの店の店主同士はどうやら友人でもあるらしく、店の準備や片付けの際には協力し合ってもいる。だがこうした形で分かれて売っているのはその方が互いに高め合えるからだろうと天子は踏んでおり、それを裏付けるように団子の具材や味付けも微妙に異なっていた。なので一概に優劣が付け難く、新しい味があろうとなかろうとよく食べ比べをしていた。
 そして今日は鈴瑚屋の方から何本か購入し、この味はこっちが好みだ、そういえばあの味は美味しかったな、なんて考えながら早めのおやつを頂いていた。
 これを食べ終わる頃には、きっと衣玖は来ているだろう。もしその前に来たなら、一本くらいなら分けてあげないこともない、とか思いつつも口は止めずに食べ続けていたのだが、串が残り二本となったところで、ある人物が現れた。
「こんにちは、お嬢様。隣、いいかしら」
「え? ……あっ、ああ、うん」
「ありがとう、失礼するわね」
 突然脇から掛けられた声に天子は歯切れ悪く返事をしつつ、端に体を寄せる。僅かに狼狽していたのは、一瞬衣玖が来たのかと思ったら知らない人物だったこともあるが、それ以上の理由があった。自分に声を掛けたその人物が、普通の人間ではないと直感で分かったからだ。それも、なかなかに大人物なようで、腰を下ろす動作からも優々とした気品を感じる。
 天子は隣に座るその人物を横目で何度か覗く。全く知らない顔では無かった。神社かどこかの宴会で見たような気がする。けれど、どこの誰かまでは思い出せない。
 思い出せそうで思い出せないというのはわだかまりが残るものだが、天子は心内でまあいいやと呟いて、それ以上の思考をあっさりと放棄した。多分、これ以上考えても出てこない。どうせ衣玖が来るまでの間だけだし、『久しぶり、覚えてる?』なんて言われたわけでもない。
 そして、残った二本の団子の片方、餡子の乗った草餅の串に手を伸ばして再び食し始める。この草餅はどちらの店も非常に美味しく、特に楽しみにしていた一本だった。しかし、そんな逸品なのに徐々に食べるペースは落ちて行き、串の最後の一個なんて一度口が止まってしまったほどだ。もうお腹いっぱい、なんてことはない。むしろ、今日は起床が遅かったせいで朝食と昼食を兼ねた少し早めのお昼だったので、ちょうどいいくらいのはずだった。
 では、何故手が止まってしまったのか。それは、隣に座る謎の人物がずっと自分を見ていたからだ。勘違いや、自分の向こうの景色を見ているとかじゃない。明らかに、自分をじーっと見ていた。
「……何? 私になんか用?」
 その熱過ぎる視線に耐えかねた天子は、口内の団子を片付けたところでとうとう尋ねる。
「貴方と友達になりに来たの」
「……はあ?」
 すると、そいつは、輝夜は笑顔でそう言った。偶然隣になったと思っていた人物から掛けられる、予想外すぎる言葉に天子の口からは気の抜けた返事しか出なかった。
「貴方と、友達に、なりに来たの、天人のお嬢様。ちゃんと調べたのよ、貴方がここに居るってことも」
 輝夜は同じ文句を繰り返しながら、天子、自分の順に指を差し、最後にぴんと指を立てる。
「居場所を調べた? ……私の?」
「ええ。私自慢の、お姫様ネットワークで」
「……何それ」
「ふふ、秘密。でも、このネットワークは凄いのよ。これに掛かれば、あそこの人達の今日の晩御飯だって知ることが出来るもの」
 困惑しきった天子に対して輝夜は口元を隠してにやりと笑い、向かいの八百屋付近で井戸端会議をしている奥様方を横目で見やる。妙に自信ありげな割に挙げる例が非常に地味で、天子は更に困惑した。
「……まあ、どうでもいいわ、そんなの。悪いけど、急に友達とか言われても、私は貴方のこと知らないんだけど」
「あら、それは好都合。その方が色眼鏡で見られないもの」
「つまり、そういう人ってこと?」
「さあ、それも秘密」
 輝夜は自身の口元に指を当てて、にこっと笑う。並の人間なら一発で絆されてしまうようないい笑顔ながら嫌味やあざとさは感じない。恐らく、天性の素質なのだろう。しかし生憎、不信感に満ち満ちている今の天子には通用しなかった。
「……えーっと、で、何? 友達?」
「ええ、友達。それも、頭を叩けるくらい。……ああ、何も殴り合う関係って意味じゃないわ、そっちはもう席が埋まってるから」
 明らかに訝しげな視線を向ける天子に輝夜は平静に返すと、向こうで遊ぶ子供達を手で指し示す。その子達はお互いの体やら頭やらをばしばしと叩き合って馬鹿笑いして、ふざけ合う。勿論、あんなのは本気ではないし喧嘩しているわけでもない、むしろ仲がいいからこその行為だった。
「あんな風に、じゃれ合いとしての意味ね。決して悪いものではないと思うけど」
「……ああ、なるほど……」
 輝夜が言いたいことは天子も理解した。しかし、だからといって納得して了承するかは別だ。幼い子供同士ならともかく、ほぼ見ず知らずの人間からいきなり友人になろうだなんて言われて、不審に思わないやつはそうそういない。
「……じゃあ、あそこの団子でも奢ってよ。それなら、考えてあげないことも無いわ」
 だから、天子は食べ終わった団子の串で清蘭屋と鈴瑚屋の並びを指して吹っ掛けた。本気で友人になろうなんて言っているはずがない、どうせ冗談だ。それなら、使い走りに加え身銭を切れと言われればさっさと身を引いて退散するだろう。しかも今は、多くはないがどちらにも列が出来ていて待つ手間まで掛かるとくれば尚更だ。そう考えての、軽い発言だった。
「そうね。まずはお近づきにの印に、ってことで、いいかもしれないわね」
「え? ちょ、ちょっと!」
 だが、輝夜はそれを名案だと応諾すると、すぐさま立ち上がって淀みなく店の方へ歩いて行く。天子は輝夜を引き留めようと無意識に手を伸ばすが空を切り、輝夜は僅かに並ぶ人数の少ない清蘭屋――とは言っても三人ほど並んでいる――の列の最後に加わった。
 虚空を掴んだ右手を引き戻しつつ、天子は頬を引きつらせる。本気なのか、あの妙なやつは。
 もしや、さっき言った通り本当にお姫様で、お金なんて湯水のようにあったりするのか。それとも、実は内心では買わずにこっちに戻ってくる言い訳を考えていたり、止めに来るのを待っていたりするのか。まさか本当に、友達になるためにあんな売り言葉ごと買ってきてしまうのか。
 いや、だけど、しかし……。天子がそうこう考えているうちに列は捌けていき、とうとう輝夜の前にいた背の高い男性も買い終わり、輝夜の番が来た。
 さあ、どうするのか。天子は遠目ながらじっと注視していると、清蘭屋の店主は男性の影に隠れていた輝夜の姿を見た途端、動きがぴたりと固まってしまった。かと思えばあわあわと手をばたばたさせ、少し遅れて列の捌けた隣の鈴瑚屋の店主の方へ慌てて駆け寄っていく。すると、基本的に落ち着いた雰囲気の鈴瑚屋の店主も交えててんやわんやとし始め、二人の店主は一緒に輝夜のもとに向かい、しきりに頭を下げていた。方や輝夜は特に目立った動きをすることはなく、やがて振り返るとこちらへてくてくと戻って来た。その手に大袋を抱えて。
「ええと……三十本だって。はい、お近づきの……」
「いや、多すぎるから! それに、貴方お金払ってないでしょ!?」
「あら、見られてたのね。実はお金が少ししかなくて、二本だけって言ったら、お代はいいからどうぞって」
 長椅子の真ん中にどさりと置かれた大量の団子の入った袋を挟んで、輝夜は飄々と答え、天子はさっきよりも更に顔を引きつらせる。何なんだ、こいつは、と。
「さ、どうぞ」
「……もしかして、あの団子屋の弱みとかで脅したんじゃないでしょうね。ネットワークとかいうやつで」
「まさか。ちょっとあの子達と知り合いなだけよ」
 輝夜はくすくすと笑うと、早速串を一本手に取って食べ始める。一方、天子は同じようには手を伸ばせない。
 今からでも、団子屋に返しに行った方がいいのではないのだろうか。しかし、団子屋に返しに行くにも、これだけの量をタダで譲られる以上あちらにもこうする事情があるはずで、簡単に受け取ろうとはしないだろう。それに、まさかこうなるとは思っていなかったとはいえ、この事態の元凶は自分でもある。ならば、やはり食べきるのが礼儀だろうか。
 そんなことを天子が心内で唸りつつ考え込んでいると、輝夜は食べ掛けの団子を持ったまますっと立ち上がる。
「ごめんなさい、ちょっと急用を思い出したから私は帰るわね。考えておいてね、友達の話」
 そして、そう言い残すと一度も歩みを止めることもなくそのまま路地裏の方へ立ち去ってしまった。
「……ええ?」
 一体何だったんだ、あいつは。
 残された団子を見つめたまま、しばし呆気にとられる天子だったが、あいつの手掛かりを求めて素早く思考を巡らせる。
 こういう時の急用なんてのは大抵口実で、何か不都合が出来たからだ。そして、わざわざ大通りを避けたということは、会うと不味い奴や嫌いな奴でもいたのかもしれない。そう踏んだ天子は辺りをきょろきょろと見回すが、若い夫婦、団子屋、職人の男衆、薬売り、遊んでいる子供達、八百屋のおじさんとおばさん、後は道を往く男女がばらばらと二三人、くらいしか見当たらなかった。
 結局碌な手掛かりもなくただただ困惑していると、そこにようやく衣玖がふわりと空から現れた。
「遅れて申し訳ありません。約束の時間よりも早いとは珍しいですね。どなたかと居たようでしたが、ご友人でしたか?」
「……いや、うーん……。何て言うか……」
 さっきまで輝夜の座っていたところに腰を下ろした衣玖に、天子はこれまでの経緯を話した。

「ほうほう、その方がこの団子を」
「なんか見たことあるし、神社の宴会とかにもたまーに居た気がするんだけど、名前が出てこないのよね」
 天子が残していた一本足す置いていかれた二十九本の団子を衣玖と食べながら、天子は腕組みをして「んー」と唸る。同時に、やはり草餅は僅差で清蘭屋の方が好きかもしれないと思った。
「ふむ……。私自慢のお姫様ネットワーク、と言っていたんですよね?」
「でまかせかも知れないし、あいつ謹製かどうかは分からないけどね」
「もしそれが本当で、そのままの意味であるなら、もう誰かは分かりますよ」
「そうなの?」
「その方自身もそのネットワークの名前どおり『姫』という単語に関係がある方で、団子屋さんの方々から丁重の扱われる方。そして、あの団子屋さんの方々は元は月に居た兎らしいですね。今でこそ地上に居ますけれど」
 月に居た兎達から手厚すぎるほどの進上物と、姫というキーワード。それらに合致し、自分が思い出せない人物、つまり人目に出ることが少ないと思われる人物とくれば。なるほど、のどに刺さった小骨が取れた気分だった。
「……ああ、あそこのお姫様か」
「お役に立てたようで何よりです。一応言っておきますが、殴り込みなんて止めて下さいね」
「しないわよ、そんなこと。特に何かされた訳じゃ無いし、それほど暇じゃないわ」
 二本目の草餅の串に手を伸ばす。正にしろ負にしろ、それほど関心がある訳では無い。それこそ、誰か分かればそれでいい。小骨程度なのだ。
 そして、それはどうせあっちも同じで、日々を退屈に過ごすお姫様のちょっとした思い付きのことだったんだろう。
 天子はそう思っていた。



「貴方、永遠亭のお姫様でしょ」
「あら、知ってたの? 昨日は知らないって言っていたのに」
 しかし、次の日も輝夜は現れた。約束もしていないのに当たり前のように現れ、当たり前のように隣に座った。
 場所も時間も同じとはいえ、昨日と同じ人物と会えるとは限らない。天子の気分が少しでも変われば別の店に行っていたかも知れないし、時間もずれていただろう。そもそも、連日同じ時刻に同じ店に通う方が珍しい。だが、輝夜はピタリとそれを的中させたということだ。
「知り合いに訊いたの。変なやつがいたんだけどって」
「あら、貴方も立派なネットワークを持ってるのね」
 輝夜は感心した声で言うと、今回はちゃんとお金を払って買ってきた清蘭屋の団子を食べる。因みに、その際に昨日の分の代金も払ったとのことだ。
「で、昨日のお団子、どうしたの? 食べられた?」
「まさか。教えてくれたお礼としてそいつに全部あげたわ。まあ、私もいくつか食べたけど」
「あらあら、押し付けるなんて悪い人」
「どの口が言うのよ」
 楽しげに話す輝夜に天子は返しながら、先程輝夜に貰った団子の最後の一個に齧りつく。結局この日は夕暮れ前まで、二人でこの長椅子を占拠することになってしまった。

 更に次の日、同じ時間同じ場所。輝夜は既に腰掛けて待ち構えていた。そして、天子の姿に気付くとにこりと笑い、手招きをする。
 招かれるまま天子は輝夜の隣にどかりと腰を下ろす。既に用意されていたみたらし団子は出来立てらしく、まだ蜜が仄かに暖かかった。
 天子はこれで確信した。このお姫様の本気度はそれなりに高い。そして、お姫様ネットワークとやらの精度はなかなか侮れない。
 天子は輝夜からみたらし団子を受け取ると、前傾に体を倒し、肘に右手をついて頬杖をつきつつそれを頂く。やはり、出来立ては何よりも食感が素晴らしい。
「そもそも、逆じゃない?」
「逆?」
 そして、そんな団子を半分まで食べた頃、前方に視線を投げたまま天子はぽつりと漏らす。それに輝夜が小首を傾げると、天子は改めてそちらに顔を向けて再び口を開いた。
「普通、まず知り合って、それから仲良くなったから友人でしょ? 貴方のやり方だと友人から始まって、それから仲良くなるってことじゃない」
「駄目?」 
「いや、駄目とかじゃないけど……。難しいでしょ、色々。相手の人となりも殆ど知らないのに」
「まあ、そうね。今もそれを実感してるわ。でも、難題の方が私は好きな性質だから」
 口元を長い袖で隠して輝夜は笑う。竹林のお姫様は、この状況を本当に楽しんでいるようだった。
「それに、全く知らないわけじゃないわ。私は貴方のことをちゃんと調べたもの。例えば……」
「言わなくていいわ。どうせ、碌でもないことは、自分で、分かってる、か、ら」
 天子は言いながら最後の一個を食べると、串を口に咥えたまま空いた手をひらひらと振る。自分のことを面白がるやつはいても、良く言うやつなんてそうそういないことは理解していた。だからと言って、生き方を変えるつもりもさらさらないけれど。
「我ながら、よく会ってみようと思ったわね」
「会ってみないとわからないじゃない。で、実際に会って分かったことは、聞いていたほど意地悪な人じゃないってこと」
「へえ、どのあたりが?」
 咥えた串を歯で上下させながら天子が尋ねると、輝夜は口元に手を当てて思案し始める。
「そうねえ……。なんだかんだでちゃんと話をしてくれるところ、とか」
「それ、褒めてるのかしら」
「ええ、素敵なことよ」
 柔和な笑みを浮かべ、静かに言う輝夜。そういえば、確かにこいつは妙だ妙だと思いつつも話してしまうのよねと、天子も静かに苦笑いした。



 それからも連日、天子の前にお姫様は現れた。時には自前だと言う七色の団子を持って来たりもした。食べ物の色としては鮮やかを超えて毒々しいの領域だったが、意外に食べられる味をしていた。
 輝夜は天子より先に居たり少し遅れて来たり、長く居る日もあればすぐに帰ってしまったりとまちまちだったが、初日から一日も空けずに六日連続に到達していた。
 そして、一週間の節目と言える七日目。天子はいつもよりも早く長椅子の真ん中に陣取っていた。もしここに座りたい人がいたのなら悪いが、今日ばかりは譲れない。
 七日目の今日、、天子は既に団子を用意していた。輝夜と団子屋の前で出会った日の出来事から、あの時の流れを引っ張って毎回何かしらおやつを食べる、というのがもはや二人の不文律となっていたが、実際は初日からずっと奢られるか輝夜が持参してくるかが続いていた。
 なので今回は、自分が提供する番だと天子は心に決めていたのだ。勿論、相手に悪いから、なんてことではなく、施されるだけの立場は嫌だというプライドの問題だ。以前の輝夜のように出来立てを提供出来ないのは悔しいと言えば悔しいが、あんまりギリギリを攻めると輝夜が先に買ってしまうので仕方ない。
 しかし、この日に限って輝夜は来なかった。自分が着いた際に、今回は先回りされなかったと安堵したものの、いつもの時刻になっても、それを大きくはみ出ても姿を見せなかった。天子が早めに着いた分を差し引いても、明らかに遅い。もしこれが時間を決めた待ち合わせならば、相手の安否が不安になるほどに。
 だが、天子は輝夜を心配なんてしない。当たり前だ。これは時間を決めた待ち合わせなんてきっちりとしたものじゃない。来ない理由なんて、『飽きてしまった』ないし『友達になるのを諦めた』から。たったこれだけで説明がつく。
 天子は腕を組んだ体勢のまま俯かせていた顔をがばっと上げる。癪前としなかった。せっかく身銭を切ったのに、せっかくいつもよりも少しだけ早起きをしたというのに、こんな落ちは許せない。
 絶対に、この団子をあいつに食べさせる。天子がそう決心した時には、既に天子の手は団子の入った紙袋をしっかりと掴み、足は大地を蹴っていた。結局、六日前の衣玖の心配は的中してしまったが、天子は気付いていなかった。

「……看板、見えなかった?」
「見たわよ。悪いわね、たまの休みだろうに」
「それなら話が早いわ。書いてある通り、急患以外はお休みなので申し訳ありませんが……」
「そのことなら心配いらないわ。体の丈夫さには自信があるから」
 入り口に立てられた『本日休診』の看板にも構わず輝夜の根城である永遠亭に乗り込んだ天子の応対をしているのは、廊下の奥から小走りで駆けて来た鈴仙だった。そして、その声も表情も、面倒がやって来たなという空気を隠していない。とはいえ、輝夜に話したとおり天子も自分が他人にどう思われているかは理解しているので、そんな小さなことは気にも留めなかった。
「なら、そのままお帰り下さい」
 だが、鈴仙がそう言って手を外へ向け、自分は廊下の方へ踵を返そうとした際には、流石に待ったを掛けた。
「待ちなさい。私が用が有るのは、ここのお姫様よ」
 すると、鈴仙の足がぴたっと止まり、天子の方を向き直す。天子の予想通り、この一言は効果覿面だった。
「……もしかして、写真のこと?」
「写真? そんなのは知らないけれど……。とにかく、安心しなさい。ちょっと話があるだけ」
「不審人物の安心しろなんて信じられると思う?」
 訝しげに天子を睨む赤い瞳の色が、僅かに強くなったように見える。だが、天子は怯まない。
「どうしても私を案内したくないならそれでもいいわ。私が来たとお姫様に伝えてくれれば。きっと、あっちから私のところに来るだろうから。さて、私が行くのと、お姫様に来させるの、どっちがいい?」
 言いながら自分を指し、廊下の奥を指し、最後にわざとらしくにこりと笑う。しばしの沈黙が流れた後、鈴仙はため息交じりに「ついて来て」と言うと、改めて廊下の方へ歩きだした。

 永遠亭の内部は天子の想像以上に広かった。これは単身で強引に乗り込んだら確実に迷っていただろうななんて考えながら、一歩前を歩く鈴仙に案内されるまま天子は歩く。
 お姫様のもとに行くまでは互いに無言、なんてことはなく、一応は顔見知りであることと、一旦は客として受け入れたからか、鈴仙も普通に会話してくれていた。手に持った紙袋のことも聞かれたが、それは曖昧にぼかしておいた。
「それにしても、最近姫様が出かけてたのって、あんたと会ってたのね」
「やっぱり知らなかったのね。まあ、隠してたみたいだし、秘密だったんでしょ」
「そりゃそうよ。師匠が知ったら絶対監視を付けるか、行かせないだろうし。何が起こるか分かんないもん。いや、でも、本当は師匠はとっくに知ってたりするのかなあ」
 恐らく自分に向けられた『何が起こるか分からない』なのだろうが、本当は自分達二人ともに言っているのかも知れないと、天子は輝夜に出会った初日のことを思い出して少しだけ頬を引きつらせて愛想笑いした。
「そんなのは私も知らないわ。で、どこに居るの、あのお姫様は」
「縁側よ。そこに波長が二つ、集中してるの。今永遠亭に居るのは私達二人と、姫様と、姫様の小間使いにてゐが置いてった、人の姿を取れる兎の子しかいないから」
「妙に物音がしないと思ったら、そういうことね」
「師匠は人里へ重病人や外に出られない怪我の人の回診、てゐは他の兎を連れて野草や筍やら、食べられるものを竹林に採りに行ってていないのよ。ま、人語を話せない兎は置いてってるけど。姫は……盆栽でも弄ってるんじゃない? 最後に私は、最近扱った薬に関することの課題を片付け中」
 半歩前を行く鈴仙は指折り数えながら一人ずつ名前と各々の事情を挙げていき、最後まで言うと憔悴したようにだらんと手を投げ出した。
「課題、多いの?」
「多くはないんだけど、師匠からの課題っていつも悩んじゃうのよね、上手く出来てるのかなあって。師匠にがっかりされるのはやっぱり嫌だし、ちょっといいところ見せたいじゃない」
「あら、大変ね。でも、何が出来て、何が出来ないのか、それを知ることが大事なのよ。貴方も、あの薬師自身もね。貴方が師匠の期待に応えようと張り切るのはいいことだけど、出来ないことまで無理するのはお勧めしないわよ」
「……急に天人みたいなことを……。でも、言われてみると、最近どうにも私が張り切ると上手くいかないことが多くて……。この間も……」
 今や隣を歩く鈴仙は驚くほど饒舌で、案内されている間、ほぼずっと何かしら話していた。最初こそつれない態度だったものの、内心本人も師匠からの課題とやらに疲れ、何かしら休憩を入れたかったのかもしれないなと思いつつ、天子は鈴仙の言葉に相槌を打っていた。
 そして、そんな風に鈴仙と話しながら何回目かの曲がり角を進んだ頃、廊下の突き当たりから外が見える通路に出た。
「ええと、この先の角の向こうね。少しここで待ってて。ここまで連れて来てなんだけど、今通しても大丈夫か聞いて来るから」
「部屋に一人こもって何かしてるならともかく、縁側に二人で居るなら大丈夫でしょ。さっさと行くわよ」
「あ、ちょっと……」
 足を止めた鈴仙をそのまま追い越して曲がり角を曲がり、周りが竹林ながら日の差している縁側に出る。そこで天子は、思わず足を止めてしまった。
 そこに輝夜は確かにいた。鈴仙とは違う、白いふわふわの耳がある幼げな黒髪の兎の子に膝枕をして、優しい目つきで見下ろしながらその頭を優しく撫でていた。たった数歩の距離を詰めることを躊躇うほど、この空間を侵してはならないように思えてしまった。
 天子が二歩目以降を踏み出せずに立ち尽くしていると、自分に向けられる視線に気付いたのか輝夜は天子の方に振り向いて少しだけ驚いた表情を見せると、口元に指を当てて、しーっとジェスチャーしてから微笑みつつ手招きした。恐らく、膝の上の兎の子は眠っているのだろう。
 はあ、と天子は溜め息をつく。友達になりましょうとか言った本人が何すっぽかしてるのよ、わざわざ来てやったんだから感謝しなさい、難題が好きな癖に諦めは早いのね、団子とともにぶつけてやろうと思っていた文句の数々が、途端にどうでもよくなった。お姫様らしい淑やかな姿と悠然とした空気に、天子は完全に絆されてしまった。
 天子はなるべく足音を立てないように歩み寄ると、そっと輝夜の隣に腰掛けて、紙袋を輝夜とは反対方向の脇に置いた。
「こんにちは、お嬢様、どこか体でも悪くした?」
「違うわよ」
 ひそめた声で言う輝夜に倣い、天子も静かに返答する。
「なら、私に会いに来てくれたの?」
 天子は黙ったまま、縁側から投げ出していた脚を組む。そして、膝に肘をつくと頬杖をかく。言葉は無い。何よりも、静かな返事だった。
「ごめんなさいね、本当は今日も行くつもりだったのだけど、文字通り足止めされちゃってね」
 輝夜が兎の子の髪をさらりと撫でると、兎の子の口元が緩むと共に、小さく声が漏れる。何と言っているかは聞き取れなかったが、嫌がっている訳では無いのは分かる。
「この子、膝枕してあげたらすぐに寝ちゃって……。まさか、こんなにぐっすり寝ちゃうとは思わなくて」
「構わないわよ。……ほら」
 天子は団子の入った紙袋の口を持って、輝夜にずいと突き出した。
「あら、頂いていいの?」
「駄目なら持ってこないわ」
 輝夜は袋を受け取ると口元を隠して、ふふ、と笑い、「そうね」と小さく呟いた。すると、それを合図にしたように兎の子の目蓋がゆっくりと開き、のっそりと体を起こした。
「……ふあ、姫様、私、寝ちゃってましたか……?」
「ええ、とてもよく」
「……んー、それは申し訳ありませんですー……」
 まだ重たげな目蓋を擦りながらふにゃふにゃとした声で返答していた兎の子だったが、天子の存在に気付くと目を真ん丸に見開いてあっと声を上げ、慌てて座り直して姿勢を正す。
「お、お客さんがいたんですねっ、失礼しましたっ。あ、あの、ようこそおいでくださいました」
「あら、ちゃんと挨拶の出来るいい子ね」
 頬に残る、眠っていた痕の紅を更に赤く染めながらぺこりと一礼した兎の子の頭を天子は撫でてやる。それは輝夜よりは荒かっただろうけど、兎の子はそれを受け入れ、えへへと嬉しそうな声を漏らす。
「姫様、こちらの方は?」
「この方はね、私の知り合いの……」
 そこまで言った輝夜の頭を、天子はこつんと軽く手刀をした。
「友達、でいいわ」
 そして、そう言うと組んでいた脚を組み直し、かぶりっ放しだった帽子を傍らに置いた。
「ええ、ええ、そうね。こちらの方は、私のお友達よ。紹介は後でするから、鈴仙、お茶を淹れて貰えるかしら、ここにいる四人分。貴方も一緒に休憩しましょう?」
「……は、はいっ」
 輝夜は ずっと廊下の影から二人を覗き、天子の一挙手一投足に警戒していた鈴仙の方を振り返ってそう伝えると、次は兎の子に団子の入った紙袋を手渡した。
「貴方は鈴仙のお手伝いと、このお団子とお客さん用の茶菓子をいくつかお皿に入れて来てくれる?」
「はいっ!」
 兎の子は元気に返事をするとぱたぱたと駆けて行き、鈴仙とともにこの場を跡にする。そして、二人の足音が聞こえなくなった頃、輝夜は天子の方へ向き直る。
「よろしくね、天子さん」
「よろしく、輝夜」
 輝夜は楽しそうにくふふと笑い、天子はそれにやれやれと言った様子で笑う。そして「さっきのお返し」と、輝夜は天子の額をぺちんと叩いた。



「そういえば、お姫様ネットワークってなんなの?」
「あれはね、名前のとおり、姫な人が入れるネットワークなの」
「姫な人って……。数えるほどしかいないでしょ」
「あら、結構入ってる人多いのよ。名前は秘密だけど、天狗や人魚や、そのお友達も。やっぱり多い方がいざという時役に立つもの。今回とかね。そうだ、天子さんも入る?」
「基準ゆるゆるじゃない……」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
奈伎良柳
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.190簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
のんびりした雰囲気がとても良かったです
2.100終身名誉東方愚民削除
雰囲気がとても暖かくてほのぼのしました
面白い掛け合いと組み合わせが新鮮で心に残りました。姫様にペコペコする玉兎コンビが想像できて面白かったです
そして姫様ネットワークとは…うごご…
3.100サク_ウマ削除
ゆるりとした空気感で良いなと感じました。
姫ネットワーク……わかさぎ姫は分かるけどまさか「姫」海棠まで入るとは……
6.90ひとなつ削除
結局最初の写真はどうやって撮られたのか分かりませんでしたね。そこの部分が知りたいです。二人が最初から友達だというのがいいと思いました。
7.90名前が無い程度の能力削除
キャラがどれもそれらしくてよかったです