陸
「いいね」
と彼女は言った。彼女は釣りが得意ではない故に私の後ろでその様子を見ているだけだった。大妖精の調子はどうかと尋ねたらまあまあ悪くないようだと答えた。聞けば件の発光体は彼女が一枚噛んでいたのだという。魔法使いと河童が幻想郷を救ったらしいという噂で何処も彼処ももちきりだったが、その二人が十全なパフォーマンスを発揮できたのは零割五分程度天才である自分の功績だと得意げだった。得意げなのに発言の内訳が妙に謙虚だった。私は噂を聞いた時、あれは天才というよりかは人災というべき趣が強かったと考えた。幻想郷は壊滅的な打撃を受けた。対処が遅すぎだったと言う事で。あの魔法使いが持つその謎の人徳によってもっと広範に渡って力を求め募れば、現状よりかなりマシな状況で事態が収束したことは想像に難くないと。雲の後ろに隠れていた妖精の群れが何もせず去っていったのも、ただ幸運だったに過ぎないと。しかし同じ様な事を一部の人間達が騒ぎ出すと途端に私の考えはころりと変わり、その絶望で口の結び開き程度の自由も無かったくせに、たまたま拾ったゴミみたいな命で吹き上がってるんじゃねーよ馬鹿がという怒りに支配された。その時は思わず、ああ、自分はただの逆張り野郎なんだなと言うことを自覚した。終末に立ち会う切符と引き換えにしても数多の勢力が殆ど保守的な立場を貫いていたのは、八雲が意向を明らかにしなかったことに大きな影響があると私は睨んでいる。秘密主義で胡散臭い我々が今回の件でより一層嫌われたのは間違いないだろう。私ですら呆れている。つまり、私の所属的にこの件でぶつくさ言う権利はない。魔法使いはきっと自我と欲望に対して正直だっただけだ。誰にも幻想郷を救う義務なんかない。幻想郷を守りたいと考えているのは紫様だけだ。それにしたって只の願望で、義務ではないはずだった。それでもあの糞婆はどんな所もミステリアスで素敵だと私は思うが、それが単なる身内びいきなのか私の式に組み込まれた区画の一つなのかはわからないなと自分を皮肉るくらいしか気持ちのやりようがなかった。つまり、私は自分が虎の威を借る狐にすらならせてもらえない塵芥で所詮紫様に信頼されておらず、愛されていないのだと思った。頻繁に顔を見せては藍様と同じように私を気にするあの人を、疑ってかかる自分に対して自己嫌悪を抱いているし、同じくらい自分が足手纏いと思われている事について確信を深めているという意味だ。
釣果を見て目を輝かせているチルノが私を見つけたのは恐らく偶然だった。久しぶりだというのにつれない態度だと、ルーミアだったら言いそうだと思った。チルノは主体性を消して、相手の特性に合わせようとするところがある。そうなっている事をそうなっているなりに楽しもうとするやつだ。何に対しても、誰に対しても。だから私を見てもいちいちその様子について尋ねたりはしない。かってにこちらの状況や性質を判断する。その実には興味がないからだ。どうせどうであろうと否定的にはならない。出来事に対して怒ったり喜んだりはするが、自分があるわけではなく世界があるだけ、という感性だ。しばしば隔絶された印象を周りに持たれるが、そういう処は妖精らしさがあると私は思っている。そしてそれは私にとって都合も居心地も良いのだった。
「なあ、チルノも食べるだろ」
「え、食べる食べる。ありがとう」
「あのさ」
「うん」
「私と会ったって、あいつらには喋らないでくれない?」
「え?いいけど。でも聞かれたら喋るよ」
「うん。それでいいから」
ミスティアなんかは、私とチルノはそんなに相性が良くないと思っている節がある。実際のところは私は要件しか話したくないタイプで、チルノはそれに合わせようとするタイプなだけだ。チルノと相性の悪いやつなんているわけないだろ。あいつは妖怪のくせに外的な社交性に依存しすぎていて、そうでない奴らの気持ちが理解できない。この会話を聞いただけでもきっと、チルノは橙に対しては少し冷たいんだね、とか思うのだろう。
「行動の芯がないよね」
「余計なお世話」
「だってさぁ、自分でも何の意味があるんだって思ってるんでしょう。その・・・意地って言うの?子供が拗ねてるみたいでカッコよくはないんじゃない?」
「いや・・・チルノだって私にそんなこというけど、実際興味ないでしょ」
「ないけど、橙のしたいことと違うんじゃないの?誰かに探し出してもらってさあ、こうやって言ってほしかったんでしょ?もうおうち帰ろうよって」
右腕と顔の右半分だけで済んだ。私はこれを直さない事にして、しかも行方をくらませていた。チルノの言葉を聞いて、私はまるで木の根っこを齧ってるみたいな忌々しそうな顔で魚を食べていた。波のように段階的にいやな気持ちが襲ってきた。でも不思議な事に、自己嫌悪が溜まる瓶を拳で割られてぶちまけられたような清涼感が少しずつ頭の後ろからやってきているような気がした。そうだ。私は拗ねていた。ふてくされていたんだ。怪我をした事にじゃない。ただ、皆の日常が侵されていつも通りでなくなっていくことに。それをまるで、仲間外れにされたかのような疎外感に転嫁して、とにかく怒ることで発散しようとしていた。
「今だってあいつだったらどうだろうとか、あいつはどうしてるかとか考えてたんでしょ?構って欲しかっただけのくせにさぁ。じしょーこーいって言うんだよ、そういうのは」
「うるせえな・・・でも」
なんとなく上を見上げると、木に遮られた空がちゃんと青かった。空が大人しくなって随分日数経っているというのに、それを認識したのがまるで初めてのようだった。チルノの方を見やると、こういうのは私の役目じゃないのにな、とでも言いたげな、不本意そうな顔をしていたので思わずはにかんで笑ってしまった。誰もが皆前へ進もうともがいている中で、ずっと自分には価値がないんだと思っていた。存在している価値もなければ、存在を誇示できる力もない思っていた。それは正しかったけど、本質ではなかった。価値なんてない。ただ、明日も藍様が幸せそうな顔をしているのが見たいと思うだけ。
「でも、ちょっとそうかも」
私がそう言い終わった瞬間、場面が切り替わったような感覚を覚えたと思うと周囲が真っ暗になっていた。ただ、なあーんだ、そうだったの。じゃあ駄目よそんな怪我。御免なさいね今迄気付け無くて、という声がしたら、元の場所に戻っていて、チルノが私をみて驚いていた。
「あっ」
広がった視界に右腕が見えていた。
漆
畜生、と八つ当たりに岩を蹴ってのたうつ少年を宥めていた。殆ど滅びたのと遜色ないような里に天涯孤独となって放り出されては色々あるだろうし、あっただろうし、擦れもするだろう。いつも、何をしても、いい結果に繋がらないと言って嘆いていた。自分のせいでいつも、と言って嘆いていた。私には何も言えないよ、と私は言った。寺小屋に連れて行って、ここで面倒見てよと押し付けた。三割方私のせいで孤児院にシフトしつつある事実について苦笑いしつつも、上白沢先生はその善性によって、行為自体はむしろ推奨していた。魚が欲しい子供が居れば魚を与えるのではなく、口喧しく釣り方を教えるそのやり方によってか、寺小屋は貧しくても困窮する様子は見られなかった。
死んだ人を見つけては手を合わせ、運んで葬り続ける役目に従事している女性と団子を食べていた。今はどんな事でも忙しくしていないと、糸が切れて死にたくなってしまうだろうとぼやいていた。空の青さに気付ける内は大丈夫だろう、と私は言った。話し相手になってくれてありがとうと言って去っていく彼女の姿は恐らく大抵の人からは頼もしく映っている。
自分が失われた事に気付かないで過ごしていた中年の髭が私とルーミアと話していてその事実に気付き、狼狽していた。画家と言っていた。暫くすると落ち着いた様子で、気付いたのが君達の前でなかったら私は正気を失っていたかもしれないと感謝を述べた。私達はただ居たいように居ただけだ、と私は言った。人間は見たいように物を見るというのは本当なのだなと思った。この上半分が剥げた、残骸とでも言うべきアトリエに気付かず絵を描いていたというのだから。ルーミアが、私を怖がらなくても済むし、仲良くなれそうな状態で出会えて良かったじゃないといたずらっぽく微笑んだのに、髭が生きてても君には惚れていただろうと返したので私はこの二人を置きざりに一人で立ち去るべきだと思った。
リグルがいつも連れている、特に目をかけている虫五匹の内の一体、モンキチョウの遺体が見つかったということで、供養に立ち会った。必死で探して、右の羽横半分だけが見つかったらしい。苦労したなあと言いながら、加工を手伝った。私も知り合いだった。物探しや偵察が得意なやつだった。最終的にモンキチョウは栞になった。しかも私にくれるという。これは供養なのかと聞くと、ピンで刺されて飾られるなんて虫にしては綺麗な死に様だと思ってたんだよねと笑った。
開かれた屋台からヤツメウナギの匂いと喧騒がやってくることに、意外にも否定的な声が少ない事に驚いていた。居ないわけでは無かったらしい。紅魔に自分だけ助かりに行った小妖怪がとか、この惨状を見てもまだこんな馬鹿騒ぎをして金を取るのかとか言った連中は、大体炭屋が黙らせた。ミスティアはミスティアで、どんな時でも金は回さねばなりませんし、どんな時でも人は死に、物は壊れるのですよと語気が強かった。そもそも人里外れている。そんな所まで文句を言いにくるというのはまあ、なんともさもしい話だ。否定的な意見があるだろうという考えに至る事自体が後ろめたく感じられる程度には。こいつらのすることはいつも眩しすぎて、日陰者は大変だ。
今年は厄災と言って良い大飢饉を予感していたので、自分の畑がこんな惨状になっても寧ろ土が元気になったような気がする等と強がりを叩いた農夫の肩を笑いながらぶっ叩いた。こういう時はまあ、まずはじゃがいもから始めるのが定石だよなと私が言うと、じゃあそうするかと即座に風見の処へ芋の種を発注しに行った。逞しいことだ。ボロ屑になった家すらも焼き払って畑に撒いてしまったのだから。あそこまで豪放磊落なら何処に行っても大丈夫と思う半面、彼の家族の誰か一人でも死んでいたらああは居られなかっただろうとも思う。そして、ああは居られなかった奴らがちょっと見回せば沢山居るなとも思った。
何もしなかった八雲の切れっ端が偉そうに表道を歩いてるんじゃねえと、数人の人間に囲まれて棒で叩かれた。何処からかチルノがやってきてそいつらを追い払ったので、あんまり大きな怪我をせずにすんだ。あいつら賢者の関係者に手を出して後でどうなるかとか考えないのかな、と恐ろしそうな顔でチルノが言ったので、きっと考えられる後も無くなってしまった連中なのだろうと答えた。
事態は何一つ解決していなかった。他者どころか、摂理からも奪われるばかりの下らない世界を謳歌していた。私は結構面白おかしく暮らしていた。家に帰ると、火の着いてない囲炉裏の前で座って、煮干しを幾つか持って眠そうにしている藍様が居た。私が入ってきたのに気付いてこちらを見やると、傷だらけ痣だらけの状態を心配した。大丈夫だから膝枕して下さいと言って、撫でられながらごろごろしていたら包帯を巻かれるなどした。紫様がいつの間にか居て、私の家なのに三人揃うというおかしな状況になった。紫様はにこにこ笑っていた。藍様はちょっと前に言っていたな。紫様は「妖怪過ぎて」わからなくなっちゃってるから、家族ごっことかが好きなんだと。なんと救いのない結論なんだろうと思った。別にどうでもよかった。私は今拗ねていなかった。チルノのあの言葉で変わったわけじゃない。誰も言葉なんかじゃ変わらない。ただ変わる準備が出来た時、言葉で変わったように錯覚するだけだ。この下らない心の中の独白全てはその象徴だ。誰も変わらない。何も変わらない。そして今度こそこのゴミのような葛藤を、最後に謝辞を述べる事で締めくくりとしたい。
どうかこれの届いた貴方が死にますように。
どうかこれの届いた貴方が死にますように。(おわり)
「いいね」
と彼女は言った。彼女は釣りが得意ではない故に私の後ろでその様子を見ているだけだった。大妖精の調子はどうかと尋ねたらまあまあ悪くないようだと答えた。聞けば件の発光体は彼女が一枚噛んでいたのだという。魔法使いと河童が幻想郷を救ったらしいという噂で何処も彼処ももちきりだったが、その二人が十全なパフォーマンスを発揮できたのは零割五分程度天才である自分の功績だと得意げだった。得意げなのに発言の内訳が妙に謙虚だった。私は噂を聞いた時、あれは天才というよりかは人災というべき趣が強かったと考えた。幻想郷は壊滅的な打撃を受けた。対処が遅すぎだったと言う事で。あの魔法使いが持つその謎の人徳によってもっと広範に渡って力を求め募れば、現状よりかなりマシな状況で事態が収束したことは想像に難くないと。雲の後ろに隠れていた妖精の群れが何もせず去っていったのも、ただ幸運だったに過ぎないと。しかし同じ様な事を一部の人間達が騒ぎ出すと途端に私の考えはころりと変わり、その絶望で口の結び開き程度の自由も無かったくせに、たまたま拾ったゴミみたいな命で吹き上がってるんじゃねーよ馬鹿がという怒りに支配された。その時は思わず、ああ、自分はただの逆張り野郎なんだなと言うことを自覚した。終末に立ち会う切符と引き換えにしても数多の勢力が殆ど保守的な立場を貫いていたのは、八雲が意向を明らかにしなかったことに大きな影響があると私は睨んでいる。秘密主義で胡散臭い我々が今回の件でより一層嫌われたのは間違いないだろう。私ですら呆れている。つまり、私の所属的にこの件でぶつくさ言う権利はない。魔法使いはきっと自我と欲望に対して正直だっただけだ。誰にも幻想郷を救う義務なんかない。幻想郷を守りたいと考えているのは紫様だけだ。それにしたって只の願望で、義務ではないはずだった。それでもあの糞婆はどんな所もミステリアスで素敵だと私は思うが、それが単なる身内びいきなのか私の式に組み込まれた区画の一つなのかはわからないなと自分を皮肉るくらいしか気持ちのやりようがなかった。つまり、私は自分が虎の威を借る狐にすらならせてもらえない塵芥で所詮紫様に信頼されておらず、愛されていないのだと思った。頻繁に顔を見せては藍様と同じように私を気にするあの人を、疑ってかかる自分に対して自己嫌悪を抱いているし、同じくらい自分が足手纏いと思われている事について確信を深めているという意味だ。
釣果を見て目を輝かせているチルノが私を見つけたのは恐らく偶然だった。久しぶりだというのにつれない態度だと、ルーミアだったら言いそうだと思った。チルノは主体性を消して、相手の特性に合わせようとするところがある。そうなっている事をそうなっているなりに楽しもうとするやつだ。何に対しても、誰に対しても。だから私を見てもいちいちその様子について尋ねたりはしない。かってにこちらの状況や性質を判断する。その実には興味がないからだ。どうせどうであろうと否定的にはならない。出来事に対して怒ったり喜んだりはするが、自分があるわけではなく世界があるだけ、という感性だ。しばしば隔絶された印象を周りに持たれるが、そういう処は妖精らしさがあると私は思っている。そしてそれは私にとって都合も居心地も良いのだった。
「なあ、チルノも食べるだろ」
「え、食べる食べる。ありがとう」
「あのさ」
「うん」
「私と会ったって、あいつらには喋らないでくれない?」
「え?いいけど。でも聞かれたら喋るよ」
「うん。それでいいから」
ミスティアなんかは、私とチルノはそんなに相性が良くないと思っている節がある。実際のところは私は要件しか話したくないタイプで、チルノはそれに合わせようとするタイプなだけだ。チルノと相性の悪いやつなんているわけないだろ。あいつは妖怪のくせに外的な社交性に依存しすぎていて、そうでない奴らの気持ちが理解できない。この会話を聞いただけでもきっと、チルノは橙に対しては少し冷たいんだね、とか思うのだろう。
「行動の芯がないよね」
「余計なお世話」
「だってさぁ、自分でも何の意味があるんだって思ってるんでしょう。その・・・意地って言うの?子供が拗ねてるみたいでカッコよくはないんじゃない?」
「いや・・・チルノだって私にそんなこというけど、実際興味ないでしょ」
「ないけど、橙のしたいことと違うんじゃないの?誰かに探し出してもらってさあ、こうやって言ってほしかったんでしょ?もうおうち帰ろうよって」
右腕と顔の右半分だけで済んだ。私はこれを直さない事にして、しかも行方をくらませていた。チルノの言葉を聞いて、私はまるで木の根っこを齧ってるみたいな忌々しそうな顔で魚を食べていた。波のように段階的にいやな気持ちが襲ってきた。でも不思議な事に、自己嫌悪が溜まる瓶を拳で割られてぶちまけられたような清涼感が少しずつ頭の後ろからやってきているような気がした。そうだ。私は拗ねていた。ふてくされていたんだ。怪我をした事にじゃない。ただ、皆の日常が侵されていつも通りでなくなっていくことに。それをまるで、仲間外れにされたかのような疎外感に転嫁して、とにかく怒ることで発散しようとしていた。
「今だってあいつだったらどうだろうとか、あいつはどうしてるかとか考えてたんでしょ?構って欲しかっただけのくせにさぁ。じしょーこーいって言うんだよ、そういうのは」
「うるせえな・・・でも」
なんとなく上を見上げると、木に遮られた空がちゃんと青かった。空が大人しくなって随分日数経っているというのに、それを認識したのがまるで初めてのようだった。チルノの方を見やると、こういうのは私の役目じゃないのにな、とでも言いたげな、不本意そうな顔をしていたので思わずはにかんで笑ってしまった。誰もが皆前へ進もうともがいている中で、ずっと自分には価値がないんだと思っていた。存在している価値もなければ、存在を誇示できる力もない思っていた。それは正しかったけど、本質ではなかった。価値なんてない。ただ、明日も藍様が幸せそうな顔をしているのが見たいと思うだけ。
「でも、ちょっとそうかも」
私がそう言い終わった瞬間、場面が切り替わったような感覚を覚えたと思うと周囲が真っ暗になっていた。ただ、なあーんだ、そうだったの。じゃあ駄目よそんな怪我。御免なさいね今迄気付け無くて、という声がしたら、元の場所に戻っていて、チルノが私をみて驚いていた。
「あっ」
広がった視界に右腕が見えていた。
漆
畜生、と八つ当たりに岩を蹴ってのたうつ少年を宥めていた。殆ど滅びたのと遜色ないような里に天涯孤独となって放り出されては色々あるだろうし、あっただろうし、擦れもするだろう。いつも、何をしても、いい結果に繋がらないと言って嘆いていた。自分のせいでいつも、と言って嘆いていた。私には何も言えないよ、と私は言った。寺小屋に連れて行って、ここで面倒見てよと押し付けた。三割方私のせいで孤児院にシフトしつつある事実について苦笑いしつつも、上白沢先生はその善性によって、行為自体はむしろ推奨していた。魚が欲しい子供が居れば魚を与えるのではなく、口喧しく釣り方を教えるそのやり方によってか、寺小屋は貧しくても困窮する様子は見られなかった。
死んだ人を見つけては手を合わせ、運んで葬り続ける役目に従事している女性と団子を食べていた。今はどんな事でも忙しくしていないと、糸が切れて死にたくなってしまうだろうとぼやいていた。空の青さに気付ける内は大丈夫だろう、と私は言った。話し相手になってくれてありがとうと言って去っていく彼女の姿は恐らく大抵の人からは頼もしく映っている。
自分が失われた事に気付かないで過ごしていた中年の髭が私とルーミアと話していてその事実に気付き、狼狽していた。画家と言っていた。暫くすると落ち着いた様子で、気付いたのが君達の前でなかったら私は正気を失っていたかもしれないと感謝を述べた。私達はただ居たいように居ただけだ、と私は言った。人間は見たいように物を見るというのは本当なのだなと思った。この上半分が剥げた、残骸とでも言うべきアトリエに気付かず絵を描いていたというのだから。ルーミアが、私を怖がらなくても済むし、仲良くなれそうな状態で出会えて良かったじゃないといたずらっぽく微笑んだのに、髭が生きてても君には惚れていただろうと返したので私はこの二人を置きざりに一人で立ち去るべきだと思った。
リグルがいつも連れている、特に目をかけている虫五匹の内の一体、モンキチョウの遺体が見つかったということで、供養に立ち会った。必死で探して、右の羽横半分だけが見つかったらしい。苦労したなあと言いながら、加工を手伝った。私も知り合いだった。物探しや偵察が得意なやつだった。最終的にモンキチョウは栞になった。しかも私にくれるという。これは供養なのかと聞くと、ピンで刺されて飾られるなんて虫にしては綺麗な死に様だと思ってたんだよねと笑った。
開かれた屋台からヤツメウナギの匂いと喧騒がやってくることに、意外にも否定的な声が少ない事に驚いていた。居ないわけでは無かったらしい。紅魔に自分だけ助かりに行った小妖怪がとか、この惨状を見てもまだこんな馬鹿騒ぎをして金を取るのかとか言った連中は、大体炭屋が黙らせた。ミスティアはミスティアで、どんな時でも金は回さねばなりませんし、どんな時でも人は死に、物は壊れるのですよと語気が強かった。そもそも人里外れている。そんな所まで文句を言いにくるというのはまあ、なんともさもしい話だ。否定的な意見があるだろうという考えに至る事自体が後ろめたく感じられる程度には。こいつらのすることはいつも眩しすぎて、日陰者は大変だ。
今年は厄災と言って良い大飢饉を予感していたので、自分の畑がこんな惨状になっても寧ろ土が元気になったような気がする等と強がりを叩いた農夫の肩を笑いながらぶっ叩いた。こういう時はまあ、まずはじゃがいもから始めるのが定石だよなと私が言うと、じゃあそうするかと即座に風見の処へ芋の種を発注しに行った。逞しいことだ。ボロ屑になった家すらも焼き払って畑に撒いてしまったのだから。あそこまで豪放磊落なら何処に行っても大丈夫と思う半面、彼の家族の誰か一人でも死んでいたらああは居られなかっただろうとも思う。そして、ああは居られなかった奴らがちょっと見回せば沢山居るなとも思った。
何もしなかった八雲の切れっ端が偉そうに表道を歩いてるんじゃねえと、数人の人間に囲まれて棒で叩かれた。何処からかチルノがやってきてそいつらを追い払ったので、あんまり大きな怪我をせずにすんだ。あいつら賢者の関係者に手を出して後でどうなるかとか考えないのかな、と恐ろしそうな顔でチルノが言ったので、きっと考えられる後も無くなってしまった連中なのだろうと答えた。
事態は何一つ解決していなかった。他者どころか、摂理からも奪われるばかりの下らない世界を謳歌していた。私は結構面白おかしく暮らしていた。家に帰ると、火の着いてない囲炉裏の前で座って、煮干しを幾つか持って眠そうにしている藍様が居た。私が入ってきたのに気付いてこちらを見やると、傷だらけ痣だらけの状態を心配した。大丈夫だから膝枕して下さいと言って、撫でられながらごろごろしていたら包帯を巻かれるなどした。紫様がいつの間にか居て、私の家なのに三人揃うというおかしな状況になった。紫様はにこにこ笑っていた。藍様はちょっと前に言っていたな。紫様は「妖怪過ぎて」わからなくなっちゃってるから、家族ごっことかが好きなんだと。なんと救いのない結論なんだろうと思った。別にどうでもよかった。私は今拗ねていなかった。チルノのあの言葉で変わったわけじゃない。誰も言葉なんかじゃ変わらない。ただ変わる準備が出来た時、言葉で変わったように錯覚するだけだ。この下らない心の中の独白全てはその象徴だ。誰も変わらない。何も変わらない。そして今度こそこのゴミのような葛藤を、最後に謝辞を述べる事で締めくくりとしたい。
どうかこれの届いた貴方が死にますように。
どうかこれの届いた貴方が死にますように。(おわり)
登場人物が多いのに、言動がそれぞれ特徴があってキャラがたってたのでとても見やすかったです。
空気感とか雰囲気よきです
改行とかも使うとよりよくなると思います
お見事でした。面白かったです。あと妙なところで唐突に割り込んでくる紫様が妙にらしくて良い
だけど、この最終話を読んで、題名の意味がほんの少しだけ温かな物に変わったと思うのは何でだろう?ちょっと捻くれた橙の独白も良かったし、何より作者様なりの答えのような物が作品を通して伝わってくるのが良かったです。残酷だとしても、これも一つの幻想なのだと納得出来る、そんな作品でした。次回作も期待しています。本当にお疲れ様でした。
クソッタレで何もしていない橙が良かったです。
巨大な何かの切り取られた断片のような、すさまじい世界を垣間見たような気がしました。
いい橙でした。
完走おめでとうございます!
ここまで追い詰められなければならなかったのだろうか。いや、読み終えた今ならわかる。どうしてもここまで追い詰められなければならなかったのだ。しかし何もここまで。
凄いものを読ませていただきました。