いつもいつも同じ景色ばかりだ。
ここには変化というものがない。
ここの奴らはみんな欲がない。
楽しくない。面白くない。満たされない。
だから
「じゃあね」
「総領娘様、行ってらっしゃいませ」
付人に適当に手を振り、そして
足で豪快に地面に踏み込み、群青の空へと飛び立った。天界から幻想郷へのスカイダイビング。体はみるみる速度を上げていき、雲の層を超える頃には最高速に。それと同時に幻想の大地が見えてくる。
「いーよっと…」
このままでは地中貫通爆弾になってしまうので、空間から要石を引っ張り出し、それに乗る。
この幻想郷を俯瞰する。あんなデカイ要石よりよっぽど生き生きしている。あそこに帰らなければいけないのが本当に癪だ。
そんな時
「まぶ!…」
鋭い光が目を刺した。何かと思えば、大きな湖が太陽光を反射していた。
ちょっと面白そうなので行くことした。
「何もないわね」
なんか面白そうと思って来たものの、ただ大きいだけの湖だった。特に何もないので場所を変えようと思った矢先
「喰らえ!」
「つっ冷たい!!」
後ろから服の中に氷を入れ込まれた。氷が体を伝い、背中の隅々に冷たさを与えてくる。
「どうだ、まいったか!」
「なんなのよもう!」
氷はそのまま下に落ちたからいいものの、背中は中途半端に濡れてしまって、非常に気持ち悪い。
まぁ下着が濡れなかっただけ良しとしよう。というか
「誰よ、こんなことする奴!…あぁお前か」
「そう、あたいだ。また変なことする前にとっちめてやろうと思ったのさ。えっと名前、名前、名前…」
犯人はあのアホな氷妖精だった。名前はたしかチルノだったけ。まぁちょっといまイラついてるから名前はどうでもいいや。
「ねぇ?帽子にお尻ついた人、名前なんだっけ?」
「お尻じゃないわよ!これは桃よ!桃!
あとは名前は比那名居天子」
「おぉ! 天子っていうのか。よし天子、あたいと勝負しろ!」
「なんで私がお前みたいなザコと戦わないといけないのよ。前に戦った時、圧勝だったじゃない」
「あれは本気出してなかったの。だから今度こそ」
「ほう、いいね。その意気は買ってあげる。だけどもし負けたら復活するたびに殺しにいくけど良い?」
「えっ、えっとそれは困るかなぁー…」
これはいける。絶対に。
こんな冗談に引っかかるとは流石妖精。
「それが嫌だったら、私に楽しいことを教えなさい」
---------------------------------------
「ねぇほんとにここに楽しいことがあるの?」
「あたいにまかせとけ」
チルノは自身満々に親指をこちらに立ててくる。いま私達が歩いているのは湖を囲む森の中だ。本当にそんなものがあるのだろうか。
自分から言っといてなんだが、少し後悔している。
「よし、着いたぞ」
「は? ただの池じゃない」
着いた場所はハスの葉がちょくちょく浮かんでいる楕円状の少し大きな池だった。周りからはカエルの鳴き声が聞こえてくる。
「よし、カエルはいるな。見とけよー」
チルノは池近くのカエルに向かって、手を開き、腕を伸ばして
「凍っちゃえぇ!」
チルノの手の平から光弾が放たれた。光弾は瞬く間にカエルに命中し、カエルは正八面体の氷のオブジェと化した。
「えっ、これが楽しいこと?」
「そう、これぞ、カエルフリーズ」
腕を組んでどうだ!と主張している。私にはこれを楽しいと思う感性がない。
「全然楽しくも面白くもない」
「そんなぁ、こうでもか?こうでもか?」
カエルがどんどん凍らされていくが、全く心に響かない。
「うーん、楽しいだけどなーこれ」
「いやないない」
「もう一回やるから見とけよ。せーの」
「カエルをいじめるなぁぁぁぁぁぁ!!!」
「えぇ!?待って待って……」
それは急だった。甲高い声と共にいきなり池からゆうに三メートルは超える大ガマガエルが現れた。そしてカエルは飛び出た勢いでチルノを丸呑みにしてしまった。
まさかお前が娯楽になるとはだれも予想してなかったよ。
「全く。懲りない奴だなホント」
大ガマの上の金髪少女が喋っている。あのカエルの刺繍が入った服にあの容姿は、確か
「あんたはあの問題児の天人さまじゃないかい。やっほー」
「やっ、やっほー。あんた洩矢諏訪子だっけ?」
「そうだよー。土着神の洩矢諏訪子様だよー。ところで今日は何の用だい。まさかまた異変でも起こす気かい?」
のほほんとした雰囲気が殺気を纏った。どうやら本気みたいだ。
「そんなじゃないわよ。ただの観光よ。神様とやりあうほど暇じゃないわ。それにもし戦うとしても、私のほうが強いわよ?」
「そうかいそうかい。何もしなきゃそれで良いさ。私もそんな挑発に乗るほど暇じゃないんでね」
「言うわね。まぁいいわ。それよりこの幻想郷の面白いスポットを教えなさい。私のガイドさんは絶賛消化中なのでね」
「こいつは死んでもまた復活するよ。面白いスポットならうちの神社かね。
奇跡が見れるよ。人生相談もやってるから、
悩みとかあるなら一石二鳥よ。やるのは早苗ね」
「奇跡か、どんなものがあるわけ?」
「未来予知や幸福の付与、天変地異や特定の場所を爆破するなど、色々ね」
早苗、元人間。現人神。ちょうど良いや。
「それは面白そうね。そろそろ帰らないと行けないから、明日伺うわ」
「じゃあ待ってるよ。揺れない震源地さん」
そう言って彼女は森の闇に消えていった。
何が揺れない震源地だ。あんただって揺れないじゃないか。
「あぁぁぁチルノちゃーんーー!!!!」
だれかを心配する声がした。
あいつ、愛されてるんだ。
羨ましい。
------------------------------------------
「相変わらず不良天人だな。天人としての自覚はないのか」
「天人の面汚しが」
「天人の成り下がりが」
「天人くずれが」
「……」
天界に帰ればこの罵倒の嵐だ。私は正規の手順で天人になったわけじゃない。いわばおこぼれでなったようなものだ。あいつらはそれが気に触るのだろう。なんとプライドがお高いことで。
胸糞悪いが客観的に見れば、天界の生活、つまり天人としての生活はそれは極上のものだろう。仙桃による人間を超えたあらゆる害が存在しない強靭な肉体。苦しみの枷からは解き放たれ、死に怯えることもない。毎日宴会騒ぎ。常に欲が満たされる。極楽の極致である。でも、私にはこれらを嬉々として受け入れる神経は理解できない。だって所詮私は天人の成り損ないで、欲は底を知らないから。
あぁ、どうして天人になどになってしまったのだろう。あのまま人間のままで良かったのに。こんな寂しくて、悲しい世界なんて要らないのに。
---------------------------------------
「おぉ、来たね。天人様。さぁ中に入ってくれよ」
諏訪子に招かれ、神社の中に入った。彼女が襖を開けるとそこは二十畳ぐらいの祭壇部屋だった。そして祭壇の前には明るい緑色の髪をした巫女がいた。
「早苗、お前にお客さんだよ」
「諏訪子様、えっと誰ですかって…‥あっ!
天子さんじゃないですか。珍しいですね、貴方が来るなんて。今日は何のご用ですか?」
居たのは、人にして神の現人神、東風谷早苗だった。そういえば巫女してるって聞いたかも。
「面白いものがあるって聞いてきたんだけど。奇跡とか」
「はぁ〜、それだけですか。まぁ無くもないですけど」
「天界とか破壊できないの?」
「いやぁできないことはないですけれど」
「えっ、それ本気で言ってるの?」
「はい、ただその分呼吸もせずに詠唱を途方も無い時間ひたすらやらなきゃいけないので、死にます。つまり理論上の話ですね」
期待してしまった自分が馬鹿らしかった。
「なーんだ。詰まらない。じゃあどんな奇跡ならできるわけ?」
「そうですねぇ、幸福の奇跡とかどうですか? ちょっと運が上がりますよ」
「ちょっとって、どのくらい?」
「道端で犬のう○ちを踏まなくなります。運だけに」
どうやら渾身のボケをかましたらしく、ものすごく殴りたくなるぐらい綺麗な笑顔をしている。ヤるか。
「あのぉ〜笑って欲しいんですけど。殺気は要らないです」
「別に殺気なんか出してないわよ。こんなに笑顔じゃない?」
「ごめんなさい。冗談です。許してください」
「最初からそうしろ。ったく、なんか奇跡ってもんがバカらしく思えてきたわ。やめよ、やめ。ちょっと聞きたいことがあるから、それ聞いたら出てくわ。あとそこの神様は退去してくれると助かるわ。ちょっと込み入った話なの」
「あいあいさー。ちょうどあのバカがまたカエルいじめてるから、とっちめに行ってくるよ」
諏訪子は鬼神の如くオーラを放ち、出て行った。あいつ、今回は食われるだけはすまないな多分。
二人の空間になって、早苗が口を開いた。
「それで、聞きたいこととは?」
「あなた、元は人間?」
「そうですね。元人間でしたよ私。ここに来る前では現実世界で人間してました」
少し心が踊った。仲間が出来たんじゃないかって。
「親とかいたの?」
「いましたよ。今でもしっかり覚えています。本当に優しい両親でした。私がこの世界に諏訪子様と神奈子様と一緒に行くことを心よく受け入れてくれたんです。
「「それが早苗が決めたことなら」」と」
「後悔とか無いの?」
あって欲しかった。一瞬でも良いから、その輝く瞳が濁って欲しかった。
「それはあります。でもくよくよしてたら、押し出してくれた両親に申し訳ないので。
それに私にはお二人がいらっしゃるので全然平気です」
濁ることはなかった。鮮緑な瞳はより一層輝きを増した。少しでも心躍らせた自分が阿呆らしかった。全然仲間でもなんでもない。私には無い大事なものをこいつは持っている。
「そう、あの二人が親代りなわけか…。ありがとう。もう用は済んだわ」
はやくここから居なくなりたかった。この一秒一秒が鬱屈で堪らなかった。
「いえいえ。もし良かったらまた。今度はちゃんとした奇跡用意します」
「ちょっとだけ期待しとく」
早苗に手を振って神社を出る。たぶん今後彼女に会えるとしたら、その時、私は私じゃ無いと思うのだ。
「ちゃんと手を合わせさい。神様に豊穣を願うんだよ」
「うん、しっかりお願いする!」
ここから移動しようとした時だった。賽銭箱前に庶民の家族がいた。守矢神社に祈願しているところだった。
「しっかりお祈りしたよ!ねぇ、今日のはご飯はなーに?」
「そうだな、今日は…」
少女が両親を手を繋ぎ、たわいも無い会話をしながら帰って行った。
どうしてだろうか。あの光景を見ていると酷く胸が痛んだ。もう心がぐちゃぐちゃだった。
この後何か楽しいことをするという予定は消え失せ、ただ私は自分の家を目指していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自分のベッドにいた。顔を埋めて、泣いていた。悲しくて哀しくて、痛くて。もうダメになっちゃうそうだった。もうなってしまおうか。そうなったほうが楽になれる…
「…誰…」
ドアを叩く音がした。こんな私にだれか用だろうか。
「総領娘様?入ってよろしいですか」
誰かは声で分かった。私の付人、永江衣玖だ。たぶんこの天界では一番信頼出来る。
「入らないで」
「じゃあなおさら入ります」
衣玖が無理矢理部屋に入ってくる。彼女は心配そうに私を見つめていた。やめてほしい。そんな目をされると、全部ぶつけてしまいたくなる。全てを受け止めるような顔をしないで欲しい。
「何かありましたか?」
「何もないわよ」
涙を拭いて、普通を装う。
「じゃあどうしてすすり泣いていらっしゃるのですか?」
「泣いてなんかいないわよ。顔に描いてない限り、人のことなんて分からないわよ」
「その声色からして相当の事が予想されますが。総領娘様は我慢強いのですから、なおさらです」
「もう…なんなのよ、なんなのよ」
感情はもうはち切れそうだった。限界だった。そんな優しい声をされたら、このモヤモヤを打つけたくなってしまう。その優しさに甘えてしまいたかった。もうプライドなんて遠い彼方だった。
「ねぇ、衣玖、どうして私には愛が無いの?
天人は偉いのよね。どんな種族より崇高な存在なのよね。なのに…なんで其奴らが持ってて、私には無いのよ! 人間も妖怪も妖精も、現人神さえあるのに!! 」
堰を切ったように、気持ちが溢れてくる。
もう止まらない。
「可笑しいじゃない! なんで私が下界によく降りるか分かる?
寂しいの、お父様もお母様も愛してくれないの。もう私なんて眼中に無いの。
人間だった頃は愛してくれたの! 構ってくれたの! たわいもないことで笑いあってたの!天人になってから、そんな簡単な幸せさえ消えちゃった。天人が全てを持っていたの!
何か楽しいことをすれば紛れると思った。だから下界で自分のしたいことをした。でもね…消えないの。この胸に空いた穴が塞がってくれないの…。日々が経つほど、下界に降りるたび、誰かに愛されたり、親に愛されてる奴を見るたびに、大きなっていくの!!」
衣玖はただ真剣に私は見つめている。
なんで何も言ってくれないの
「…っ…ねぇなんで黙ってるのよねぇ!
どうしてか答えて…えっ」
衣玖が私に抱きついた。彼女の羽衣が私を優しく包み込んだ。とても温かった。懐かしくて懐かしくて、心地が良かった。
「…何してんのよ…離しなさいよ。こんなことしてなんて、だれも頼んでない…っ…」
「総領娘様、先程言いましたよね。顔に描いてない限り人のことは分からないと。ちゃんと顔に描いてますよ。こうして欲しいって」
温かくて温かくて、ただ温かった。温もりが体中に染み込んでくる。じわじわと全身を駆け巡って、安心をくれる。
「私が天子様のことを愛し続けます。こんな私で良かったら、一生お側にいます。ダメですか?」
「…っ…そんなのぉ、良いに決まってるじゃなぁい…っ…わぁぁぁぁぁぁぁぁ」
嬉しかった。嬉しくて、嗚咽が溢れた。泣いて良いと思った。衣玖がこの叫びを受け止めてくれるから。私の全てを受け止めてくれるから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあね衣玖! 行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、天子様」
私の大事な付人に手を振って、
今日も今日とて幻想郷に舞い降りる。ここに来るたび、天界に対しての嫌悪が募ったが、もうそんなことは無い。
だって、あそこは私が帰るべき大事な場所だから。
ここには変化というものがない。
ここの奴らはみんな欲がない。
楽しくない。面白くない。満たされない。
だから
「じゃあね」
「総領娘様、行ってらっしゃいませ」
付人に適当に手を振り、そして
足で豪快に地面に踏み込み、群青の空へと飛び立った。天界から幻想郷へのスカイダイビング。体はみるみる速度を上げていき、雲の層を超える頃には最高速に。それと同時に幻想の大地が見えてくる。
「いーよっと…」
このままでは地中貫通爆弾になってしまうので、空間から要石を引っ張り出し、それに乗る。
この幻想郷を俯瞰する。あんなデカイ要石よりよっぽど生き生きしている。あそこに帰らなければいけないのが本当に癪だ。
そんな時
「まぶ!…」
鋭い光が目を刺した。何かと思えば、大きな湖が太陽光を反射していた。
ちょっと面白そうなので行くことした。
「何もないわね」
なんか面白そうと思って来たものの、ただ大きいだけの湖だった。特に何もないので場所を変えようと思った矢先
「喰らえ!」
「つっ冷たい!!」
後ろから服の中に氷を入れ込まれた。氷が体を伝い、背中の隅々に冷たさを与えてくる。
「どうだ、まいったか!」
「なんなのよもう!」
氷はそのまま下に落ちたからいいものの、背中は中途半端に濡れてしまって、非常に気持ち悪い。
まぁ下着が濡れなかっただけ良しとしよう。というか
「誰よ、こんなことする奴!…あぁお前か」
「そう、あたいだ。また変なことする前にとっちめてやろうと思ったのさ。えっと名前、名前、名前…」
犯人はあのアホな氷妖精だった。名前はたしかチルノだったけ。まぁちょっといまイラついてるから名前はどうでもいいや。
「ねぇ?帽子にお尻ついた人、名前なんだっけ?」
「お尻じゃないわよ!これは桃よ!桃!
あとは名前は比那名居天子」
「おぉ! 天子っていうのか。よし天子、あたいと勝負しろ!」
「なんで私がお前みたいなザコと戦わないといけないのよ。前に戦った時、圧勝だったじゃない」
「あれは本気出してなかったの。だから今度こそ」
「ほう、いいね。その意気は買ってあげる。だけどもし負けたら復活するたびに殺しにいくけど良い?」
「えっ、えっとそれは困るかなぁー…」
これはいける。絶対に。
こんな冗談に引っかかるとは流石妖精。
「それが嫌だったら、私に楽しいことを教えなさい」
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「ねぇほんとにここに楽しいことがあるの?」
「あたいにまかせとけ」
チルノは自身満々に親指をこちらに立ててくる。いま私達が歩いているのは湖を囲む森の中だ。本当にそんなものがあるのだろうか。
自分から言っといてなんだが、少し後悔している。
「よし、着いたぞ」
「は? ただの池じゃない」
着いた場所はハスの葉がちょくちょく浮かんでいる楕円状の少し大きな池だった。周りからはカエルの鳴き声が聞こえてくる。
「よし、カエルはいるな。見とけよー」
チルノは池近くのカエルに向かって、手を開き、腕を伸ばして
「凍っちゃえぇ!」
チルノの手の平から光弾が放たれた。光弾は瞬く間にカエルに命中し、カエルは正八面体の氷のオブジェと化した。
「えっ、これが楽しいこと?」
「そう、これぞ、カエルフリーズ」
腕を組んでどうだ!と主張している。私にはこれを楽しいと思う感性がない。
「全然楽しくも面白くもない」
「そんなぁ、こうでもか?こうでもか?」
カエルがどんどん凍らされていくが、全く心に響かない。
「うーん、楽しいだけどなーこれ」
「いやないない」
「もう一回やるから見とけよ。せーの」
「カエルをいじめるなぁぁぁぁぁぁ!!!」
「えぇ!?待って待って……」
それは急だった。甲高い声と共にいきなり池からゆうに三メートルは超える大ガマガエルが現れた。そしてカエルは飛び出た勢いでチルノを丸呑みにしてしまった。
まさかお前が娯楽になるとはだれも予想してなかったよ。
「全く。懲りない奴だなホント」
大ガマの上の金髪少女が喋っている。あのカエルの刺繍が入った服にあの容姿は、確か
「あんたはあの問題児の天人さまじゃないかい。やっほー」
「やっ、やっほー。あんた洩矢諏訪子だっけ?」
「そうだよー。土着神の洩矢諏訪子様だよー。ところで今日は何の用だい。まさかまた異変でも起こす気かい?」
のほほんとした雰囲気が殺気を纏った。どうやら本気みたいだ。
「そんなじゃないわよ。ただの観光よ。神様とやりあうほど暇じゃないわ。それにもし戦うとしても、私のほうが強いわよ?」
「そうかいそうかい。何もしなきゃそれで良いさ。私もそんな挑発に乗るほど暇じゃないんでね」
「言うわね。まぁいいわ。それよりこの幻想郷の面白いスポットを教えなさい。私のガイドさんは絶賛消化中なのでね」
「こいつは死んでもまた復活するよ。面白いスポットならうちの神社かね。
奇跡が見れるよ。人生相談もやってるから、
悩みとかあるなら一石二鳥よ。やるのは早苗ね」
「奇跡か、どんなものがあるわけ?」
「未来予知や幸福の付与、天変地異や特定の場所を爆破するなど、色々ね」
早苗、元人間。現人神。ちょうど良いや。
「それは面白そうね。そろそろ帰らないと行けないから、明日伺うわ」
「じゃあ待ってるよ。揺れない震源地さん」
そう言って彼女は森の闇に消えていった。
何が揺れない震源地だ。あんただって揺れないじゃないか。
「あぁぁぁチルノちゃーんーー!!!!」
だれかを心配する声がした。
あいつ、愛されてるんだ。
羨ましい。
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「相変わらず不良天人だな。天人としての自覚はないのか」
「天人の面汚しが」
「天人の成り下がりが」
「天人くずれが」
「……」
天界に帰ればこの罵倒の嵐だ。私は正規の手順で天人になったわけじゃない。いわばおこぼれでなったようなものだ。あいつらはそれが気に触るのだろう。なんとプライドがお高いことで。
胸糞悪いが客観的に見れば、天界の生活、つまり天人としての生活はそれは極上のものだろう。仙桃による人間を超えたあらゆる害が存在しない強靭な肉体。苦しみの枷からは解き放たれ、死に怯えることもない。毎日宴会騒ぎ。常に欲が満たされる。極楽の極致である。でも、私にはこれらを嬉々として受け入れる神経は理解できない。だって所詮私は天人の成り損ないで、欲は底を知らないから。
あぁ、どうして天人になどになってしまったのだろう。あのまま人間のままで良かったのに。こんな寂しくて、悲しい世界なんて要らないのに。
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「おぉ、来たね。天人様。さぁ中に入ってくれよ」
諏訪子に招かれ、神社の中に入った。彼女が襖を開けるとそこは二十畳ぐらいの祭壇部屋だった。そして祭壇の前には明るい緑色の髪をした巫女がいた。
「早苗、お前にお客さんだよ」
「諏訪子様、えっと誰ですかって…‥あっ!
天子さんじゃないですか。珍しいですね、貴方が来るなんて。今日は何のご用ですか?」
居たのは、人にして神の現人神、東風谷早苗だった。そういえば巫女してるって聞いたかも。
「面白いものがあるって聞いてきたんだけど。奇跡とか」
「はぁ〜、それだけですか。まぁ無くもないですけど」
「天界とか破壊できないの?」
「いやぁできないことはないですけれど」
「えっ、それ本気で言ってるの?」
「はい、ただその分呼吸もせずに詠唱を途方も無い時間ひたすらやらなきゃいけないので、死にます。つまり理論上の話ですね」
期待してしまった自分が馬鹿らしかった。
「なーんだ。詰まらない。じゃあどんな奇跡ならできるわけ?」
「そうですねぇ、幸福の奇跡とかどうですか? ちょっと運が上がりますよ」
「ちょっとって、どのくらい?」
「道端で犬のう○ちを踏まなくなります。運だけに」
どうやら渾身のボケをかましたらしく、ものすごく殴りたくなるぐらい綺麗な笑顔をしている。ヤるか。
「あのぉ〜笑って欲しいんですけど。殺気は要らないです」
「別に殺気なんか出してないわよ。こんなに笑顔じゃない?」
「ごめんなさい。冗談です。許してください」
「最初からそうしろ。ったく、なんか奇跡ってもんがバカらしく思えてきたわ。やめよ、やめ。ちょっと聞きたいことがあるから、それ聞いたら出てくわ。あとそこの神様は退去してくれると助かるわ。ちょっと込み入った話なの」
「あいあいさー。ちょうどあのバカがまたカエルいじめてるから、とっちめに行ってくるよ」
諏訪子は鬼神の如くオーラを放ち、出て行った。あいつ、今回は食われるだけはすまないな多分。
二人の空間になって、早苗が口を開いた。
「それで、聞きたいこととは?」
「あなた、元は人間?」
「そうですね。元人間でしたよ私。ここに来る前では現実世界で人間してました」
少し心が踊った。仲間が出来たんじゃないかって。
「親とかいたの?」
「いましたよ。今でもしっかり覚えています。本当に優しい両親でした。私がこの世界に諏訪子様と神奈子様と一緒に行くことを心よく受け入れてくれたんです。
「「それが早苗が決めたことなら」」と」
「後悔とか無いの?」
あって欲しかった。一瞬でも良いから、その輝く瞳が濁って欲しかった。
「それはあります。でもくよくよしてたら、押し出してくれた両親に申し訳ないので。
それに私にはお二人がいらっしゃるので全然平気です」
濁ることはなかった。鮮緑な瞳はより一層輝きを増した。少しでも心躍らせた自分が阿呆らしかった。全然仲間でもなんでもない。私には無い大事なものをこいつは持っている。
「そう、あの二人が親代りなわけか…。ありがとう。もう用は済んだわ」
はやくここから居なくなりたかった。この一秒一秒が鬱屈で堪らなかった。
「いえいえ。もし良かったらまた。今度はちゃんとした奇跡用意します」
「ちょっとだけ期待しとく」
早苗に手を振って神社を出る。たぶん今後彼女に会えるとしたら、その時、私は私じゃ無いと思うのだ。
「ちゃんと手を合わせさい。神様に豊穣を願うんだよ」
「うん、しっかりお願いする!」
ここから移動しようとした時だった。賽銭箱前に庶民の家族がいた。守矢神社に祈願しているところだった。
「しっかりお祈りしたよ!ねぇ、今日のはご飯はなーに?」
「そうだな、今日は…」
少女が両親を手を繋ぎ、たわいも無い会話をしながら帰って行った。
どうしてだろうか。あの光景を見ていると酷く胸が痛んだ。もう心がぐちゃぐちゃだった。
この後何か楽しいことをするという予定は消え失せ、ただ私は自分の家を目指していた。
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自分のベッドにいた。顔を埋めて、泣いていた。悲しくて哀しくて、痛くて。もうダメになっちゃうそうだった。もうなってしまおうか。そうなったほうが楽になれる…
「…誰…」
ドアを叩く音がした。こんな私にだれか用だろうか。
「総領娘様?入ってよろしいですか」
誰かは声で分かった。私の付人、永江衣玖だ。たぶんこの天界では一番信頼出来る。
「入らないで」
「じゃあなおさら入ります」
衣玖が無理矢理部屋に入ってくる。彼女は心配そうに私を見つめていた。やめてほしい。そんな目をされると、全部ぶつけてしまいたくなる。全てを受け止めるような顔をしないで欲しい。
「何かありましたか?」
「何もないわよ」
涙を拭いて、普通を装う。
「じゃあどうしてすすり泣いていらっしゃるのですか?」
「泣いてなんかいないわよ。顔に描いてない限り、人のことなんて分からないわよ」
「その声色からして相当の事が予想されますが。総領娘様は我慢強いのですから、なおさらです」
「もう…なんなのよ、なんなのよ」
感情はもうはち切れそうだった。限界だった。そんな優しい声をされたら、このモヤモヤを打つけたくなってしまう。その優しさに甘えてしまいたかった。もうプライドなんて遠い彼方だった。
「ねぇ、衣玖、どうして私には愛が無いの?
天人は偉いのよね。どんな種族より崇高な存在なのよね。なのに…なんで其奴らが持ってて、私には無いのよ! 人間も妖怪も妖精も、現人神さえあるのに!! 」
堰を切ったように、気持ちが溢れてくる。
もう止まらない。
「可笑しいじゃない! なんで私が下界によく降りるか分かる?
寂しいの、お父様もお母様も愛してくれないの。もう私なんて眼中に無いの。
人間だった頃は愛してくれたの! 構ってくれたの! たわいもないことで笑いあってたの!天人になってから、そんな簡単な幸せさえ消えちゃった。天人が全てを持っていたの!
何か楽しいことをすれば紛れると思った。だから下界で自分のしたいことをした。でもね…消えないの。この胸に空いた穴が塞がってくれないの…。日々が経つほど、下界に降りるたび、誰かに愛されたり、親に愛されてる奴を見るたびに、大きなっていくの!!」
衣玖はただ真剣に私は見つめている。
なんで何も言ってくれないの
「…っ…ねぇなんで黙ってるのよねぇ!
どうしてか答えて…えっ」
衣玖が私に抱きついた。彼女の羽衣が私を優しく包み込んだ。とても温かった。懐かしくて懐かしくて、心地が良かった。
「…何してんのよ…離しなさいよ。こんなことしてなんて、だれも頼んでない…っ…」
「総領娘様、先程言いましたよね。顔に描いてない限り人のことは分からないと。ちゃんと顔に描いてますよ。こうして欲しいって」
温かくて温かくて、ただ温かった。温もりが体中に染み込んでくる。じわじわと全身を駆け巡って、安心をくれる。
「私が天子様のことを愛し続けます。こんな私で良かったら、一生お側にいます。ダメですか?」
「…っ…そんなのぉ、良いに決まってるじゃなぁい…っ…わぁぁぁぁぁぁぁぁ」
嬉しかった。嬉しくて、嗚咽が溢れた。泣いて良いと思った。衣玖がこの叫びを受け止めてくれるから。私の全てを受け止めてくれるから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあね衣玖! 行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、天子様」
私の大事な付人に手を振って、
今日も今日とて幻想郷に舞い降りる。ここに来るたび、天界に対しての嫌悪が募ったが、もうそんなことは無い。
だって、あそこは私が帰るべき大事な場所だから。
天子の心理描写がとても良かったです。
愛してあげてね衣玖さん
全体的な雰囲気もほんとによくて、暖かい気持ちになれました。
心情描写が逐一丁寧で引き込まれました。
総領娘様から天子様に呼び名変わるの、尊くて好き
早苗って人間でもあり現人神でもあるのでは?
認識の違いかもしれませんので違ったらすみません
人間であり現人神も、元人間であり、現人神もどちらでも大丈夫だと思います。
豪放磊落なイメージの天子でしたが、彼女も彼女なりの苦しみを抱えていると思うと身につまされる思いがありました
何かひねりがあればさらにおもしろくなると思います
羨ましい。
欲しいけど届かない感情が端的に表されていて好きです。