世界は廻る。何はなくとも。廻っている。
私がそれに気がついたのはいつだったのか。
不死になってから何もしなくても、何をしていようとも世界は廻っていた。
生きていようが、死んでいようが。
私にとって何も無い世界が廻っていた。
初めての復讐心を知った。
初めての術を使った。
初めて、妖怪を殺した。
初めての人に会った。
初めての恋を知った。
初めての……愛を知った。
それでも世界は廻っていた。
~*~*~
「こんなものでいいか」
私は竹林の竹を炭にしていた。これが一定の人に売れるのだからなんというか、嬉しい。
炭入れの袋に炭を入れていく。里に二件、欲しいと言っていた所があったような。その分を用意していく。一応少し多めに作っておくが。
……今日はたしか慧音が家に来る日だったか。里に行く前に一回家に戻るとするか。
炭袋を担いで私は歩いていく。家に帰ったら一回着替えないとか。流石に炭で黒くなったまま里に行く訳にも行かないし。
さっさと歩いて家に着いた。ガラガラと戸を開けた。
「ああ、おかえり妹紅」
案の定、慧音はいた。勝手知ったる家になっているみたいなのでお茶まで用意していたらしい。まあ、私が生きていくための必要最低限の物すら揃えていないから慧音が持ってきたものが多いので、ほぼ台所は慧音が使っているようなもんだ。
「ああ、ただいま慧音」
ガタガタと炭袋を置き私は服を脱いだ。炭っぽくてちょっと嫌だったから。
「こら、家に帰ってきてすぐ脱ぐんじゃない! サラシしてると言っても風邪ひくぞ!」
慧音の小言が飛んでくる。私は風邪引かないよ。むしろ死ねないよ。言わないけどさ。
「炭がついたからこのまま里に行けないからさ。着替えるのなら良いでしょ?」
「むぅ……それならいいが……と言うか、里に行くのか? 炭売りにか?」
少しムッとされた。慧音の小言は今に始まったことじゃない。それよりも炭売りの方に興味を持たれた。私は着替えながら答える。
「うん。居酒屋のおっちゃんと料理店の女将さんからの注文。今日が休みだって言ってたはずだから行こうと思ってさ」
バサっ、と長袖シャツを着る。直ぐに汚れてはしまうけれど綺麗なのは心地がいい。
「あー、あの二件か。そう言えば言っておいてくれって言われていたな。少なくなってきたから売って欲しいって」
やっぱりそうだったか。里に詳しい慧音が言うなら本当なのだろう。
着替え終わった私は慧音が出したお茶を飲み干して言う。
「さーて、久しぶりのお仕事しますか!」
「毎日してくれると嬉しいんだがな」
慧音には苦笑いされた。
***
里に入る。慧音がいるおかげでいつもより早く入れる。里の守護者凄い。
「ほら、売りに行くんだろう? 今、女将さんは用事があるとか言っていたから居酒屋の教え子の所に行くといい」
本当に慧音は里のことを知り尽くしている。稗田の所にも匹敵するぐらいなんじゃないのか?
「分かったありがとう、それじゃ行ってくる」
「いってらっしゃい。私は寺子屋に戻ってるからな」
「はいはーい」
そう言って別れた。
いつもの居酒屋のおっちゃんの所に入る。
「おじゃまします」
「お、炭屋さんじゃないか。慧音先生から聞いてきたのか?」
おっちゃんは仕込みをしていたらしい。
「ええ、聞いてきたのと頃合いかと思いまして。いつもの量でいいんですかね?」
「おお、助かる。いつもの値段でいいんだな?」
いつも持っていくのは竹炭六貫でそして値段は三十銭。一貫が五銭になる。少し安すぎるのかもしれないが……私がこれでいいので大丈夫だろう。それでお得意さんは二銭の値引きで、値段は二十八銭となる。
「そら、炭六貫。確認してくれな」
背負ってきた炭を土間に置く。おっちゃんは炭の出来を確認しているらしい。
「おお、やっぱり炭はあんたの所がいいな! ありがとな、ほらこれ」
お金が渡される。一つ、二つ……ちゃんと二十八銭ある。前に慧音にもらったがま口にお金を入れた。
「まいどありがと。これからも贔屓に」
「おう! 贔屓にさせてもらうぜ! ありがとな炭屋さん!」
私は手を振って居酒屋から出ていった。
次は料理店の女将さん。
「おじゃまします」
ガラガラと入る。……人がいないのかな? 休みとか言っていたが。女将さんはいないみたいだ。
「さーて、どうするか……」
椅子に座って待つことにした。やることも無い。どうするかな。
「ただいまー! ってあれ?炭屋さん?」
女将さんの子どもが帰ってきた。男の子だぞ。
「おう、ガキんちょ。久しぶりだな」
「僕はガキじゃないもーん! 慧音先生の所にちゃんと通ってるもーん!」
しっかりと胸を張るガキんちょ。今日は慧音休みじゃなかったっけ。
「今日は寺子屋休みだろ? 何してたんだ?」
「え? 友達と遊んでたけど。ちょっと疲れたから帰ってきたんだ」
友達、かあ……懐かしいものだ。そこまでいなかったが。
「女将さんっていつ帰ってくるか分かるか?」
「んーお母さんが帰ってる時間? わかんないや……あっ!」
ガキんちょはいきなり走って料理場の所に行った。何やってんだあいつは。
「ほら、水! 炭屋さんにお世話になってるから!」
ああ、取ってきてくれたのか。しかも自分の分もあるとは抜かりない。
「ありがとな」
そう言って受け取った。ガキんちょはニコニコ笑っていた。
「ねーねー炭屋さんって慧音先生と何かあるの?」
「ゴフォ!?」
飲もうとした水が少し飛んだ。こいつ……なんて質問しやがる。
「なんだいきなり?」
「だってさ、慧音先生良くお友達の話する時に炭屋さんの話してるから」
慧音ぇぇえ!!! お前が話してるのか!?
「それに炭屋さんのこと話してる時の慧音先生なんか嬉しそうなんだもん」
子どもにも喜びが伝わっているのかぁぁあ!!! 嬉しいことだがぁ!!!
「慧音とは友達だぞ」
……付き合っている、だなんて言えるか!
「ふーん。ならいいけど」
よし、逃げ切れた。ガッテム私。やり切ったぞ。これが女の子ならやばかったな。
「そろそろ女将さん帰ってこないかな……」
ガラガラと戸が開いた。
「炭屋さんお待たせしてごめんなさいね」
急いでいたかのように女将さんが入ってきた。
「あれ、来るとは言った覚えは無いんですけど……」
「買い物途中に慧音先生に会ってね。来てくれていること伝えてくれたのよ。炭も本当に無くなっていたから」
「焦らなくても良かったですよ? まあ、分かりました何貫必要ですかね?」
女将さんは調理場に買い物袋を置きながら考えているらしい。
「お母さんおかえりー」
「ただいま。炭屋さんに粗相をしてないわね?」
「してないよ!」
言い合いも可愛いものだ。
「炭屋さん、いつもは六貫なのですけど今回八貫欲しくて……ありますか?」
「ああそれなら大丈夫です。多めに作って来てるので八貫ありますよ」
「良かった。いつもありがとうございます」
頭を下げられる。私はそこまでのことをしていないのに下げられても……
「いいんですよ。炭降ろすんで少し待ってくだいね」
地面に置いていた炭を出し始める。
「ねーねー炭屋さん、なんで炭作ってんの?」
ガキんちょのいきなりの質問。
「それが出来ることだからさ」
「……ふーん」
何故か間の空いた返事だった。
「少しボケていそうなガキんちょには問題を出してやろう」
「えっ! 嫌だよ!」
勉強が好きではないことを知っているのでこうやって遊んでやるのもいい。
「問答無用。さて問題だ。ここに一貫、五銭の竹炭がある」
私は一貫の袋を指さす。
「女将さんはこの竹炭を八貫買いたいと言った。合計は何銭になる?」
八貫分地面におけた。ガキんちょは悩んでいる。
「ほら、苦手な算術だろ? 嫌だろうけどやってみたらいい」
「炭屋さん難しいよー!」
分からなくなったガキんちょは抗議している。
「ほらほら、ゆっくり考えな。一貫が五銭。それが八貫あるんだ。答えは和にするのも良いし、積にしたっていいんだ。答えが出れば同じなんだから今はゆっくり考えろ」
「うーん……うーん……」
流石に分からないか。書く紙も無いのでこう言う。
「ちょっと女将さん、息子さん借りますね」
「ええ、どうぞ良いですよ」
許可を貰った私は言う。
「そらガキんちょ、店の外に出るぞ。そこで地面に書きながらでも考えればいいから」
悩みながらガキんちょは頷いた。
「それで、ここに一貫の炭があるとする」
私は小さな枝を拾って地面に袋を描いて『炭』と書く。
「これは分かるか?」
「う、うん。一貫が五銭なんだよね」
「そうだ。分かってるじゃないか」
そうして炭の袋八つと書いた。
「それで八貫の炭があるんだ。一貫、五銭なら何銭だ? 地面に書きながら考えたらいい」
私は枝を渡す。ガキんちょは書き始めて考えていた。
私はそれを見ている。慧音の生徒はなんだかんだで頑張るやつが多い。こいつも店を継ごうと頑張っていることは知ってはいる。こいつが大人になった未来を見てみたくて……関わっているのかもしれない。
「分かった! 四十銭だ!」
少し私は意識を遠くに向けすぎていたらしい。ガキんちょの声で現実に戻ってきた。
「四十銭か。どうやって考えた?」
「和にしたよ。僕にはまだ積は難しくて……」
少しだけしょんぼりしているガキんちょ。
「大丈夫だ、答えは四十銭で合ってるぞ。分かりやすい方で考えたらいいんだから大丈夫」
私はくしゃりとガキんちょの頭を撫でた。
「炭屋さんありがとー!」
ガキんちょは喜んでいた。
ガラガラと飲食店の中から女将さんが出てきた。
「あらあら、良かったじゃない。炭屋さん払いますね」
炭は中に置いていたのでお金だけ女将さんは持ってきたのか。
「炭、確認なさいました?」
「ええ、とても良いものですね。はい、どうぞ」
渡されて私は確認する。一つ、二つ……あれ? 少し多いぞ?
「女将さん、四十銭じゃなくて三十八銭ですよ?」
いつもの二銭値引き分まで払っているではないか。
「ええ、それは息子に勉強させてくれたからの気持ちです」
「私は二銭返したいんですが……無理そうですね」
ふふと女将さんは笑っていた。
「それならお言葉に甘えまして、いただきます」
「そうしてくださいな」
私は四十銭を受け取り、がま口に入れた。
「ガキんちょ! 寺子屋ちゃんと頑張れよ!」
「分かってるよ! 慧音先生怖いもん! 頑張るよ!」
そう言い合って私は女将さんに礼をして料理店から離れて行った。
私は寺子屋に向かった。売ったので帰ることを伝えに行く。
「おじゃまします、慧音いるか?」
「妹紅か! 奥の部屋にいるよ!」
少し声を張り上げている慧音。炭とか置いて入らせてもらおう。
「おじゃまするよ」
「おかえり妹紅。どうだった?」
何か書いていたのか、筆を置いて慧音はこちらを向いて話す。
「売れたよ。料理店のガキんちょに算術問題出してやったらちゃんと正解したよ」
ふふふと慧音は笑った。
「妹紅がちゃんとしてるなんてなあ」
「慧音それ酷くない?」
まあ。実際私はそこまで良い人間でもないのだ。
「悪い悪い。それで今日は妹紅どうするんだ?」
「売れたから帰る。家で休む」
「そうか……また行っていいか?」
「いいよ。戸は開いてるだろうし別にいつでも」
「だから戸は閉めろと言ってるだろう」
そんな小言を言われつつ私は帰って行った。
~*~*~
こうやって里と交流していても、私がいなくても廻る世界なのだろう。
ここはこういう世界だ。いや……どんな世界でも何も無くとも廻っているか。
何もかも忘れ去られた幻想の地すら世界は廻るのだから。
永遠だろうがなんだろうがいつまでも、どこまでも、廻り続けるんだろう。
でも。何も無い世界でも少しだけ私を知って欲しいと言う欲望があるのだ。
私はそれを押しつけた。そうやって廻るように。
慧音には悪いことしたな。
この幻想の地が廻らなくなることがあったとして。
そうなればどうなることやら検討もつかない。
廻れや廻れ、世界よ廻れ。何はなくとも、廻り続けるといい……
私がそれに気がついたのはいつだったのか。
不死になってから何もしなくても、何をしていようとも世界は廻っていた。
生きていようが、死んでいようが。
私にとって何も無い世界が廻っていた。
初めての復讐心を知った。
初めての術を使った。
初めて、妖怪を殺した。
初めての人に会った。
初めての恋を知った。
初めての……愛を知った。
それでも世界は廻っていた。
~*~*~
「こんなものでいいか」
私は竹林の竹を炭にしていた。これが一定の人に売れるのだからなんというか、嬉しい。
炭入れの袋に炭を入れていく。里に二件、欲しいと言っていた所があったような。その分を用意していく。一応少し多めに作っておくが。
……今日はたしか慧音が家に来る日だったか。里に行く前に一回家に戻るとするか。
炭袋を担いで私は歩いていく。家に帰ったら一回着替えないとか。流石に炭で黒くなったまま里に行く訳にも行かないし。
さっさと歩いて家に着いた。ガラガラと戸を開けた。
「ああ、おかえり妹紅」
案の定、慧音はいた。勝手知ったる家になっているみたいなのでお茶まで用意していたらしい。まあ、私が生きていくための必要最低限の物すら揃えていないから慧音が持ってきたものが多いので、ほぼ台所は慧音が使っているようなもんだ。
「ああ、ただいま慧音」
ガタガタと炭袋を置き私は服を脱いだ。炭っぽくてちょっと嫌だったから。
「こら、家に帰ってきてすぐ脱ぐんじゃない! サラシしてると言っても風邪ひくぞ!」
慧音の小言が飛んでくる。私は風邪引かないよ。むしろ死ねないよ。言わないけどさ。
「炭がついたからこのまま里に行けないからさ。着替えるのなら良いでしょ?」
「むぅ……それならいいが……と言うか、里に行くのか? 炭売りにか?」
少しムッとされた。慧音の小言は今に始まったことじゃない。それよりも炭売りの方に興味を持たれた。私は着替えながら答える。
「うん。居酒屋のおっちゃんと料理店の女将さんからの注文。今日が休みだって言ってたはずだから行こうと思ってさ」
バサっ、と長袖シャツを着る。直ぐに汚れてはしまうけれど綺麗なのは心地がいい。
「あー、あの二件か。そう言えば言っておいてくれって言われていたな。少なくなってきたから売って欲しいって」
やっぱりそうだったか。里に詳しい慧音が言うなら本当なのだろう。
着替え終わった私は慧音が出したお茶を飲み干して言う。
「さーて、久しぶりのお仕事しますか!」
「毎日してくれると嬉しいんだがな」
慧音には苦笑いされた。
***
里に入る。慧音がいるおかげでいつもより早く入れる。里の守護者凄い。
「ほら、売りに行くんだろう? 今、女将さんは用事があるとか言っていたから居酒屋の教え子の所に行くといい」
本当に慧音は里のことを知り尽くしている。稗田の所にも匹敵するぐらいなんじゃないのか?
「分かったありがとう、それじゃ行ってくる」
「いってらっしゃい。私は寺子屋に戻ってるからな」
「はいはーい」
そう言って別れた。
いつもの居酒屋のおっちゃんの所に入る。
「おじゃまします」
「お、炭屋さんじゃないか。慧音先生から聞いてきたのか?」
おっちゃんは仕込みをしていたらしい。
「ええ、聞いてきたのと頃合いかと思いまして。いつもの量でいいんですかね?」
「おお、助かる。いつもの値段でいいんだな?」
いつも持っていくのは竹炭六貫でそして値段は三十銭。一貫が五銭になる。少し安すぎるのかもしれないが……私がこれでいいので大丈夫だろう。それでお得意さんは二銭の値引きで、値段は二十八銭となる。
「そら、炭六貫。確認してくれな」
背負ってきた炭を土間に置く。おっちゃんは炭の出来を確認しているらしい。
「おお、やっぱり炭はあんたの所がいいな! ありがとな、ほらこれ」
お金が渡される。一つ、二つ……ちゃんと二十八銭ある。前に慧音にもらったがま口にお金を入れた。
「まいどありがと。これからも贔屓に」
「おう! 贔屓にさせてもらうぜ! ありがとな炭屋さん!」
私は手を振って居酒屋から出ていった。
次は料理店の女将さん。
「おじゃまします」
ガラガラと入る。……人がいないのかな? 休みとか言っていたが。女将さんはいないみたいだ。
「さーて、どうするか……」
椅子に座って待つことにした。やることも無い。どうするかな。
「ただいまー! ってあれ?炭屋さん?」
女将さんの子どもが帰ってきた。男の子だぞ。
「おう、ガキんちょ。久しぶりだな」
「僕はガキじゃないもーん! 慧音先生の所にちゃんと通ってるもーん!」
しっかりと胸を張るガキんちょ。今日は慧音休みじゃなかったっけ。
「今日は寺子屋休みだろ? 何してたんだ?」
「え? 友達と遊んでたけど。ちょっと疲れたから帰ってきたんだ」
友達、かあ……懐かしいものだ。そこまでいなかったが。
「女将さんっていつ帰ってくるか分かるか?」
「んーお母さんが帰ってる時間? わかんないや……あっ!」
ガキんちょはいきなり走って料理場の所に行った。何やってんだあいつは。
「ほら、水! 炭屋さんにお世話になってるから!」
ああ、取ってきてくれたのか。しかも自分の分もあるとは抜かりない。
「ありがとな」
そう言って受け取った。ガキんちょはニコニコ笑っていた。
「ねーねー炭屋さんって慧音先生と何かあるの?」
「ゴフォ!?」
飲もうとした水が少し飛んだ。こいつ……なんて質問しやがる。
「なんだいきなり?」
「だってさ、慧音先生良くお友達の話する時に炭屋さんの話してるから」
慧音ぇぇえ!!! お前が話してるのか!?
「それに炭屋さんのこと話してる時の慧音先生なんか嬉しそうなんだもん」
子どもにも喜びが伝わっているのかぁぁあ!!! 嬉しいことだがぁ!!!
「慧音とは友達だぞ」
……付き合っている、だなんて言えるか!
「ふーん。ならいいけど」
よし、逃げ切れた。ガッテム私。やり切ったぞ。これが女の子ならやばかったな。
「そろそろ女将さん帰ってこないかな……」
ガラガラと戸が開いた。
「炭屋さんお待たせしてごめんなさいね」
急いでいたかのように女将さんが入ってきた。
「あれ、来るとは言った覚えは無いんですけど……」
「買い物途中に慧音先生に会ってね。来てくれていること伝えてくれたのよ。炭も本当に無くなっていたから」
「焦らなくても良かったですよ? まあ、分かりました何貫必要ですかね?」
女将さんは調理場に買い物袋を置きながら考えているらしい。
「お母さんおかえりー」
「ただいま。炭屋さんに粗相をしてないわね?」
「してないよ!」
言い合いも可愛いものだ。
「炭屋さん、いつもは六貫なのですけど今回八貫欲しくて……ありますか?」
「ああそれなら大丈夫です。多めに作って来てるので八貫ありますよ」
「良かった。いつもありがとうございます」
頭を下げられる。私はそこまでのことをしていないのに下げられても……
「いいんですよ。炭降ろすんで少し待ってくだいね」
地面に置いていた炭を出し始める。
「ねーねー炭屋さん、なんで炭作ってんの?」
ガキんちょのいきなりの質問。
「それが出来ることだからさ」
「……ふーん」
何故か間の空いた返事だった。
「少しボケていそうなガキんちょには問題を出してやろう」
「えっ! 嫌だよ!」
勉強が好きではないことを知っているのでこうやって遊んでやるのもいい。
「問答無用。さて問題だ。ここに一貫、五銭の竹炭がある」
私は一貫の袋を指さす。
「女将さんはこの竹炭を八貫買いたいと言った。合計は何銭になる?」
八貫分地面におけた。ガキんちょは悩んでいる。
「ほら、苦手な算術だろ? 嫌だろうけどやってみたらいい」
「炭屋さん難しいよー!」
分からなくなったガキんちょは抗議している。
「ほらほら、ゆっくり考えな。一貫が五銭。それが八貫あるんだ。答えは和にするのも良いし、積にしたっていいんだ。答えが出れば同じなんだから今はゆっくり考えろ」
「うーん……うーん……」
流石に分からないか。書く紙も無いのでこう言う。
「ちょっと女将さん、息子さん借りますね」
「ええ、どうぞ良いですよ」
許可を貰った私は言う。
「そらガキんちょ、店の外に出るぞ。そこで地面に書きながらでも考えればいいから」
悩みながらガキんちょは頷いた。
「それで、ここに一貫の炭があるとする」
私は小さな枝を拾って地面に袋を描いて『炭』と書く。
「これは分かるか?」
「う、うん。一貫が五銭なんだよね」
「そうだ。分かってるじゃないか」
そうして炭の袋八つと書いた。
「それで八貫の炭があるんだ。一貫、五銭なら何銭だ? 地面に書きながら考えたらいい」
私は枝を渡す。ガキんちょは書き始めて考えていた。
私はそれを見ている。慧音の生徒はなんだかんだで頑張るやつが多い。こいつも店を継ごうと頑張っていることは知ってはいる。こいつが大人になった未来を見てみたくて……関わっているのかもしれない。
「分かった! 四十銭だ!」
少し私は意識を遠くに向けすぎていたらしい。ガキんちょの声で現実に戻ってきた。
「四十銭か。どうやって考えた?」
「和にしたよ。僕にはまだ積は難しくて……」
少しだけしょんぼりしているガキんちょ。
「大丈夫だ、答えは四十銭で合ってるぞ。分かりやすい方で考えたらいいんだから大丈夫」
私はくしゃりとガキんちょの頭を撫でた。
「炭屋さんありがとー!」
ガキんちょは喜んでいた。
ガラガラと飲食店の中から女将さんが出てきた。
「あらあら、良かったじゃない。炭屋さん払いますね」
炭は中に置いていたのでお金だけ女将さんは持ってきたのか。
「炭、確認なさいました?」
「ええ、とても良いものですね。はい、どうぞ」
渡されて私は確認する。一つ、二つ……あれ? 少し多いぞ?
「女将さん、四十銭じゃなくて三十八銭ですよ?」
いつもの二銭値引き分まで払っているではないか。
「ええ、それは息子に勉強させてくれたからの気持ちです」
「私は二銭返したいんですが……無理そうですね」
ふふと女将さんは笑っていた。
「それならお言葉に甘えまして、いただきます」
「そうしてくださいな」
私は四十銭を受け取り、がま口に入れた。
「ガキんちょ! 寺子屋ちゃんと頑張れよ!」
「分かってるよ! 慧音先生怖いもん! 頑張るよ!」
そう言い合って私は女将さんに礼をして料理店から離れて行った。
私は寺子屋に向かった。売ったので帰ることを伝えに行く。
「おじゃまします、慧音いるか?」
「妹紅か! 奥の部屋にいるよ!」
少し声を張り上げている慧音。炭とか置いて入らせてもらおう。
「おじゃまするよ」
「おかえり妹紅。どうだった?」
何か書いていたのか、筆を置いて慧音はこちらを向いて話す。
「売れたよ。料理店のガキんちょに算術問題出してやったらちゃんと正解したよ」
ふふふと慧音は笑った。
「妹紅がちゃんとしてるなんてなあ」
「慧音それ酷くない?」
まあ。実際私はそこまで良い人間でもないのだ。
「悪い悪い。それで今日は妹紅どうするんだ?」
「売れたから帰る。家で休む」
「そうか……また行っていいか?」
「いいよ。戸は開いてるだろうし別にいつでも」
「だから戸は閉めろと言ってるだろう」
そんな小言を言われつつ私は帰って行った。
~*~*~
こうやって里と交流していても、私がいなくても廻る世界なのだろう。
ここはこういう世界だ。いや……どんな世界でも何も無くとも廻っているか。
何もかも忘れ去られた幻想の地すら世界は廻るのだから。
永遠だろうがなんだろうがいつまでも、どこまでも、廻り続けるんだろう。
でも。何も無い世界でも少しだけ私を知って欲しいと言う欲望があるのだ。
私はそれを押しつけた。そうやって廻るように。
慧音には悪いことしたな。
この幻想の地が廻らなくなることがあったとして。
そうなればどうなることやら検討もつかない。
廻れや廻れ、世界よ廻れ。何はなくとも、廻り続けるといい……
自分がなにもしなくても世界は廻るっていう、哲学じみたテーマに対する本文が卑近な日常風景っていうのもとてもセンスを感じる