「遅いわ。また遅刻よ」
「あら? 約束の時間は、まだの筈だと思うのだけれど……」
二人の待ち合わせ場所だった公園は、茜色をした暮れかけの日に照らされ、人影さえなく閑散としていた。人っ子一人いない黄昏時の公園は、童たちが駆けずり回る白昼の空間からは程遠く、異様な異界感をさえ感じさせる。しかし蓮子は、約束の時間をすっかり忘れてしまっていたふうな様子で、心底不思議そうにきょとんとした表情を浮かべていた。蓮子の有様を見て、メリーは腹立たしげに目を細め、口を尖らせている。
「相対性精神学専攻の私の目の前で、ほんとに分かりやすくしくじるわねぇ?」
「これには深い訳が」
「なら今日は蓮子の遅刻癖と、約束を失念する心的活動を精神分析してみましょう」
葉の落ちた木々に囲まれた公園は、寂寥とした街はずれにあった。冬場故か、酷く静かで冷ややかだ。メリーは、強引に蓮子の手を引き、彼女と共に近場のベンチに腰掛けた。腰掛けたベンチの予想以上の冷たさにか、着席を有無を言わさず強制された蓮子は、軽く身をよじっていた。
「人が何かをしくじる時、そこには原因があるの。偶々に偶然しくじってしまった。或いは、失念してしまった。なんてのはあり得ないのよ」
「なら、メリーとの約束の時間をメモっておかなかったのが原因ね」
「そこには複数の心的な活動があるかもしれない。一つは、私との約束の時間を守らなければならないという心の働き。当然、あるわよね?」
「もちろんよ!」
ぴゅうと風が吹き、戦ぐもののない広場を過ぎ去っていく。蓮子は、不安げな有様で殺風景な公園の枯れ木を見ていた。メリーは蓮子に対して、負の感情が見て取れるような態度を見せてはいなかったが、しかし自然と、意識したくもないものを話の流れから意識させられたのだろう。
「もう一つは、約束の時間を守ろうとする心の働きを妨害する心の働き。これももちろんあるわよね?」
「もちろん……ないわよ」
「いいえ、あるのよ蓮子。貴女がそれを意識できていないだけなの。約束を守ろうとする意向。そして、それを妨害する意向。それらが立ち現れてはせめぎあい、葛藤を引き起こして結果を生み出す。そして問題は、約束の時間を守ろうとする意向を妨害するものが、何故立ち現れるのかということ」
「そんな意向は」
「抑圧よ」
「蓮子は、約束の時間を破り捨てたいという意向を抑圧したのでしょう。だからこの意向は、私との約束の度に仄暗い心の底からその頭をもたげる。そして時には、約束の遂行を目指す意向と不意に入れ替わるのかもしれない。理由は多く考えられるわ。私と会うのが苦痛なのか。私とオカルトスポットを巡るのが恐ろしいのか。或いは、独りが好きなのか。それは蓮子に聞かなきゃ分からないことね」
メリーは一息に話し終え、蓮子の言葉を待つ、彼女の手を握る力を強めて。蓮子は、深く俯いた。軽い嘆息を漏らし、それっきり沈痛そうに彼女は黙り込む。やがて、永遠とも思える逡巡の後に、彼女はゆっくりと口を開いた。
「白状するわ。私は、恐ろしいのよ。メリーとオカルトスポットを巡るのが恐ろしくて恐ろしくてたまらない」
「どうして?」
「メリーが、私には見えないモノを視ているからよ」
蓮子は、メリーの手を優しく振りほどいた。そうして彼女は、ベンチから立ち上がり、メリーを悲し気な瞳で見下ろした。
「観測できないモノは存在しない。なのにメリーは、誰にも観測できないモノを観測してしまう。それは奇妙な事よ。メリーにとっての現実が、私には幻想に他ならないのよ」
「それは当たり前なことよ。人間はみんな異なる現実を生きているのよ。絶対的な時間がかつて破棄されたように、絶対的な現実もまた破棄されている。人間は相対的現実を生きているのよ」
「私の頭を可笑しくするのがそんなに楽しいかしらメリー? どうして笑ってるのよ?」
胡散臭げなメリーが、口元に手を当てて嗤っていた。童が人を心底小馬鹿にするふうな無邪気な笑い声が、彼女の口から漏れてくる。むすっとした蓮子は、嗤うメリーを不機嫌そうに睨みつけた。しかし、蓮子の刺々しい視線を意にも介していないような様子でメリーは、淡泊に言う。
「蓮子。現実と幻想の境界なんてものは、扇子一柄より薄っぺらなものなのよ」
「そんなことは断じてないわ。私の現実と幻想には強固な境界がある。決して混同したりはしない。現実には実体がある。観測可能性がある。証明可能性がある」
「ではそういうことにしましょう。でも、蓮子の幻想は貴女の心にどんな影を落とすかしら。きっと現実と全く変わらぬ影を落とすでしょうね」
「どういう意味?」
「現実も幻想も、人間の心には同じような影響を与え得るという事よ」
「ふん……それは心に限った話でしょう。幻想が私の体に触れられるようになってから話しましょう」
メリーは、腕をまくって傷跡を露わにする。はっとした蓮子は、一見して閉口した。
「幻想は、私に触れたわよ蓮子。貴女の目の前でね」
メリーは、何処か遠くを見るように視線を彷徨わせながら、両手で両耳を覆う。そうして彼女は、不可思議な幻聴についての話を語った。
「最近ね、変な声が聞こえるのよ。何をするべきか、何をしないべきか、論評するかのように口煩く指摘しながら、私の目に映すべきものを教えてくれるの。熱に浮かされているのは自分でもよく分かるわ。でもこれは、すばらしいことなのよ」
「……メリー」
「蓮子には聞こえないの? 私たちを呼んでいる……声がする――」
メリーの黄金色に輝く瞳が、困惑していた蓮子をじっと見つめた。蓮子は、メリーの瞳から直ぐに視線を外そうとした。しかし、メリーもまた立ち上がり、後ずさる蓮子の頬に手を添える。メリーは、蓮子と額を合わせ、彼女の瞳をじっと覗き込んだ。
「視えるでしょう、蓮子。もはや貴女は私の瞳を視るだけで視える。私の目に映るモノをまた貴女にも映したとき、私の現実は貴女の幻想を現実へと流し込む」
蓮子は、メリーの瞳に映る何かを視た。それは、メリーの瞳の中では蓮子の右斜め後ろに映っていた。
「現実、且つ、幻想。そんなものは、ありふれているものなのよ。境目・境界、それらは仕切り遮る壁ではなく、交わり混濁する領域なのだから。境界が存在するという事実そのものが、両者が均質でのっぺりとした同一化の途上であるという証左なのよ。世界は一つになる。昼と夜も、紫と赤も、現実と幻想も、何もかも一つになっていく」
それは、東洋の意匠の装飾が施された西洋風のドレスという奇怪極まる服装に、ムゲンを現す捩じれたリボンのあしらわれた帽子を被った、異様な少女だった。その少女は、片手では雅な扇子を開いて口元を隠しながら、もう片手では杖のように傘を地面に突き立てている。
蓮子は、ぎこちなく振り向いた。果たして彼女の瞳には、現実離れした少女が見紛うこともなく映った。しかし、蓮子が瞬きをした刹那、少女は忽然と姿を消した。狐につままれるような心持で、蓮子はメリーに視線を戻す。
「素敵……夕暮れの星空って綺麗ね」
しかし、メリーはもう蓮子を見てはいなかった。夕暮れの空を抱きしめるふうに両手を広げて、くるくると廻りながら、彼女はずっと空を見上げていた。宵の明星もいまだ浮かばぬ、茜色の空の向う側に浮かぶ星々を、彼女はありありと幻視する。
蓮子は、もうどうしようもないといった様子で大きく溜息を吐いた。しかし、無邪気な童のように目を輝かせているメリーを見るうちに、彼女の表情には自然と笑みが浮かぶ。
「うーん……アストロラーベでも持ってくればよかったかなぁ」
「それなら、香霖堂辺りに転がっているかもしれないわね」
「……どちら様でしょうか」
蓮子の隣に我が物顔で腰かけていた少女は、ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて答える。
「ただの貴女たちのファンですわ」
「ああ、そう……」
おっとりとした毒気のない返事を聞き、蓮子は追求を諦めた。
「ねぇ、香霖堂ってどっかのお店? もうアストロラーベなんてよっぽどの骨董品店でしかお目にかかれないわよ……ってもう居ないし」
「蓮子、何をぶつぶつ独り言を話してるの?」
「いや、変な女の子と話しててさ。もう居なくなっちゃったんだけど」
「ふーん。彼女は気分屋なのよ」
「そういう問題なのかなぁ」
蓮子は、メリーの所為で奇妙なことになってしまった自分の目を周囲に向けた。すると、公園の至る所に遍在している結界の境目が、はっきりと彼女の目に映る。メリーはと言えば、携帯端末の時計と夕焼け空を交互に何度も見返していた。
「……メリー」
「なーに?」
「私の目を盗んだわね」
「違うわ。掛け合わせたのよ。言ったでしょう? 境界は、全てを二つに別けるモノ。つまり、その存在そのものが、別けられる以前の大きな一つの存在証明になる。だからこそ思うのよ。もしかして私とメリーは、かつては一人の人間だったりしたんじゃないかなって」
「幻想的な考え方ねぇ」
「何はともあれ、これでもう私とオカルトスポットを巡るのは怖くないでしょう? 何せ私と同じ現実を観測できるのだから。これで相対性精神学の見地から見ても、蓮子の遅刻癖が解決されるのは間違いないわ!」
「解決手法が大仰に過ぎると思うのだけれど……」
それからというもの、蓮子はメリーとの約束そのものを忘れ、一人で結界を暴くようになり始めた。背筋に冷たいモノが走ったのを感じたメリーは、結局、目を二つに再び別けたのだとか。
「あら? 約束の時間は、まだの筈だと思うのだけれど……」
二人の待ち合わせ場所だった公園は、茜色をした暮れかけの日に照らされ、人影さえなく閑散としていた。人っ子一人いない黄昏時の公園は、童たちが駆けずり回る白昼の空間からは程遠く、異様な異界感をさえ感じさせる。しかし蓮子は、約束の時間をすっかり忘れてしまっていたふうな様子で、心底不思議そうにきょとんとした表情を浮かべていた。蓮子の有様を見て、メリーは腹立たしげに目を細め、口を尖らせている。
「相対性精神学専攻の私の目の前で、ほんとに分かりやすくしくじるわねぇ?」
「これには深い訳が」
「なら今日は蓮子の遅刻癖と、約束を失念する心的活動を精神分析してみましょう」
葉の落ちた木々に囲まれた公園は、寂寥とした街はずれにあった。冬場故か、酷く静かで冷ややかだ。メリーは、強引に蓮子の手を引き、彼女と共に近場のベンチに腰掛けた。腰掛けたベンチの予想以上の冷たさにか、着席を有無を言わさず強制された蓮子は、軽く身をよじっていた。
「人が何かをしくじる時、そこには原因があるの。偶々に偶然しくじってしまった。或いは、失念してしまった。なんてのはあり得ないのよ」
「なら、メリーとの約束の時間をメモっておかなかったのが原因ね」
「そこには複数の心的な活動があるかもしれない。一つは、私との約束の時間を守らなければならないという心の働き。当然、あるわよね?」
「もちろんよ!」
ぴゅうと風が吹き、戦ぐもののない広場を過ぎ去っていく。蓮子は、不安げな有様で殺風景な公園の枯れ木を見ていた。メリーは蓮子に対して、負の感情が見て取れるような態度を見せてはいなかったが、しかし自然と、意識したくもないものを話の流れから意識させられたのだろう。
「もう一つは、約束の時間を守ろうとする心の働きを妨害する心の働き。これももちろんあるわよね?」
「もちろん……ないわよ」
「いいえ、あるのよ蓮子。貴女がそれを意識できていないだけなの。約束を守ろうとする意向。そして、それを妨害する意向。それらが立ち現れてはせめぎあい、葛藤を引き起こして結果を生み出す。そして問題は、約束の時間を守ろうとする意向を妨害するものが、何故立ち現れるのかということ」
「そんな意向は」
「抑圧よ」
「蓮子は、約束の時間を破り捨てたいという意向を抑圧したのでしょう。だからこの意向は、私との約束の度に仄暗い心の底からその頭をもたげる。そして時には、約束の遂行を目指す意向と不意に入れ替わるのかもしれない。理由は多く考えられるわ。私と会うのが苦痛なのか。私とオカルトスポットを巡るのが恐ろしいのか。或いは、独りが好きなのか。それは蓮子に聞かなきゃ分からないことね」
メリーは一息に話し終え、蓮子の言葉を待つ、彼女の手を握る力を強めて。蓮子は、深く俯いた。軽い嘆息を漏らし、それっきり沈痛そうに彼女は黙り込む。やがて、永遠とも思える逡巡の後に、彼女はゆっくりと口を開いた。
「白状するわ。私は、恐ろしいのよ。メリーとオカルトスポットを巡るのが恐ろしくて恐ろしくてたまらない」
「どうして?」
「メリーが、私には見えないモノを視ているからよ」
蓮子は、メリーの手を優しく振りほどいた。そうして彼女は、ベンチから立ち上がり、メリーを悲し気な瞳で見下ろした。
「観測できないモノは存在しない。なのにメリーは、誰にも観測できないモノを観測してしまう。それは奇妙な事よ。メリーにとっての現実が、私には幻想に他ならないのよ」
「それは当たり前なことよ。人間はみんな異なる現実を生きているのよ。絶対的な時間がかつて破棄されたように、絶対的な現実もまた破棄されている。人間は相対的現実を生きているのよ」
「私の頭を可笑しくするのがそんなに楽しいかしらメリー? どうして笑ってるのよ?」
胡散臭げなメリーが、口元に手を当てて嗤っていた。童が人を心底小馬鹿にするふうな無邪気な笑い声が、彼女の口から漏れてくる。むすっとした蓮子は、嗤うメリーを不機嫌そうに睨みつけた。しかし、蓮子の刺々しい視線を意にも介していないような様子でメリーは、淡泊に言う。
「蓮子。現実と幻想の境界なんてものは、扇子一柄より薄っぺらなものなのよ」
「そんなことは断じてないわ。私の現実と幻想には強固な境界がある。決して混同したりはしない。現実には実体がある。観測可能性がある。証明可能性がある」
「ではそういうことにしましょう。でも、蓮子の幻想は貴女の心にどんな影を落とすかしら。きっと現実と全く変わらぬ影を落とすでしょうね」
「どういう意味?」
「現実も幻想も、人間の心には同じような影響を与え得るという事よ」
「ふん……それは心に限った話でしょう。幻想が私の体に触れられるようになってから話しましょう」
メリーは、腕をまくって傷跡を露わにする。はっとした蓮子は、一見して閉口した。
「幻想は、私に触れたわよ蓮子。貴女の目の前でね」
メリーは、何処か遠くを見るように視線を彷徨わせながら、両手で両耳を覆う。そうして彼女は、不可思議な幻聴についての話を語った。
「最近ね、変な声が聞こえるのよ。何をするべきか、何をしないべきか、論評するかのように口煩く指摘しながら、私の目に映すべきものを教えてくれるの。熱に浮かされているのは自分でもよく分かるわ。でもこれは、すばらしいことなのよ」
「……メリー」
「蓮子には聞こえないの? 私たちを呼んでいる……声がする――」
メリーの黄金色に輝く瞳が、困惑していた蓮子をじっと見つめた。蓮子は、メリーの瞳から直ぐに視線を外そうとした。しかし、メリーもまた立ち上がり、後ずさる蓮子の頬に手を添える。メリーは、蓮子と額を合わせ、彼女の瞳をじっと覗き込んだ。
「視えるでしょう、蓮子。もはや貴女は私の瞳を視るだけで視える。私の目に映るモノをまた貴女にも映したとき、私の現実は貴女の幻想を現実へと流し込む」
蓮子は、メリーの瞳に映る何かを視た。それは、メリーの瞳の中では蓮子の右斜め後ろに映っていた。
「現実、且つ、幻想。そんなものは、ありふれているものなのよ。境目・境界、それらは仕切り遮る壁ではなく、交わり混濁する領域なのだから。境界が存在するという事実そのものが、両者が均質でのっぺりとした同一化の途上であるという証左なのよ。世界は一つになる。昼と夜も、紫と赤も、現実と幻想も、何もかも一つになっていく」
それは、東洋の意匠の装飾が施された西洋風のドレスという奇怪極まる服装に、ムゲンを現す捩じれたリボンのあしらわれた帽子を被った、異様な少女だった。その少女は、片手では雅な扇子を開いて口元を隠しながら、もう片手では杖のように傘を地面に突き立てている。
蓮子は、ぎこちなく振り向いた。果たして彼女の瞳には、現実離れした少女が見紛うこともなく映った。しかし、蓮子が瞬きをした刹那、少女は忽然と姿を消した。狐につままれるような心持で、蓮子はメリーに視線を戻す。
「素敵……夕暮れの星空って綺麗ね」
しかし、メリーはもう蓮子を見てはいなかった。夕暮れの空を抱きしめるふうに両手を広げて、くるくると廻りながら、彼女はずっと空を見上げていた。宵の明星もいまだ浮かばぬ、茜色の空の向う側に浮かぶ星々を、彼女はありありと幻視する。
蓮子は、もうどうしようもないといった様子で大きく溜息を吐いた。しかし、無邪気な童のように目を輝かせているメリーを見るうちに、彼女の表情には自然と笑みが浮かぶ。
「うーん……アストロラーベでも持ってくればよかったかなぁ」
「それなら、香霖堂辺りに転がっているかもしれないわね」
「……どちら様でしょうか」
蓮子の隣に我が物顔で腰かけていた少女は、ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて答える。
「ただの貴女たちのファンですわ」
「ああ、そう……」
おっとりとした毒気のない返事を聞き、蓮子は追求を諦めた。
「ねぇ、香霖堂ってどっかのお店? もうアストロラーベなんてよっぽどの骨董品店でしかお目にかかれないわよ……ってもう居ないし」
「蓮子、何をぶつぶつ独り言を話してるの?」
「いや、変な女の子と話しててさ。もう居なくなっちゃったんだけど」
「ふーん。彼女は気分屋なのよ」
「そういう問題なのかなぁ」
蓮子は、メリーの所為で奇妙なことになってしまった自分の目を周囲に向けた。すると、公園の至る所に遍在している結界の境目が、はっきりと彼女の目に映る。メリーはと言えば、携帯端末の時計と夕焼け空を交互に何度も見返していた。
「……メリー」
「なーに?」
「私の目を盗んだわね」
「違うわ。掛け合わせたのよ。言ったでしょう? 境界は、全てを二つに別けるモノ。つまり、その存在そのものが、別けられる以前の大きな一つの存在証明になる。だからこそ思うのよ。もしかして私とメリーは、かつては一人の人間だったりしたんじゃないかなって」
「幻想的な考え方ねぇ」
「何はともあれ、これでもう私とオカルトスポットを巡るのは怖くないでしょう? 何せ私と同じ現実を観測できるのだから。これで相対性精神学の見地から見ても、蓮子の遅刻癖が解決されるのは間違いないわ!」
「解決手法が大仰に過ぎると思うのだけれど……」
それからというもの、蓮子はメリーとの約束そのものを忘れ、一人で結界を暴くようになり始めた。背筋に冷たいモノが走ったのを感じたメリーは、結局、目を二つに再び別けたのだとか。
幻想はどこにあるのかは分かるようで分からないのが良かったです。