Coolier - 新生・東方創想話

依神直下型大ナマズ ~HAPPY HOLIDAY!~

2019/02/23 04:51:52
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依神直下型大ナマズ ~BAD MONDAY…~
・依神女苑(よりがみじょおん)
 疫病神。アニメは見ない。
・依神紫苑(  〃 しおん )
 貧乏神。アニメじゃない。

 ※
 古臭い扇風機が部屋の中を生ぬるくかき回していた。
 女苑は唇の端で器用にキャメルをくゆらせながら、せっせと気炎を吐きだしていた。
「あーもう! BD格→(覚醒)→横横横→覚醒技で削り切れたのに! イミワカンネエ、ぜってー見てからメイン撃ちやがったよなっ!?」
 最強最悪の双子の姉妹の、その素朴で清楚な方、依神女苑は腕を振り回してきぃぃいと叫んでいた。画面では丁度、彼女の機体が空しく爆発四散しているところだった。そのまま助かりました通信が何度も送られていた。
「こ、コンニャロ、マシンガン機体に升押し付けて延々疑似タイしておいて……? テメエが受け身全覚一回してる間に、ワンチャンまで持ってった私に……!?」
 夜もかなり更けてきていた。女苑は誰が見ているでもない室内で、華奢な肩を激しく怒らせた。普段は不遜に構えた表情が、今は怒りで赤く上気していた。いかにもな豪華で薄い夜着を、同じく細身の体躯に身に着けていたが、本人がどこか無頓着で、腕を振り回した時などに胸元やら脇やらあちこちに隙間が覗くものだから、その動的で溌溂とした見かけと相まって、全体の印象はどこかアンバランスだった。
「ふんッ」
 ひと際強く息を吐くと、吸っていた紙巻をすり潰すようにして火を消した。灰皿は人でも殴って殺せそうなぐらい透明で分厚かった。そのままあまり女物ではないようなデザインのグラスを鷲掴みにして、どちらかといえば値段ばかりが張るようなウィスキーを、味わいも何もない安酒みたいな気安さでどかどか注いだ。器も切子ガラスのお高いシロモノだったが、女苑は知ったこっちゃないとでもいうかのように、どんと音を立ててちゃぶ台に叩きつけた。
 で、
 まるでそれが合図だったみたいに、停電によってすべてが暗闇に包まれて、女苑はあっけにとられて思わずつぶやいた。
「……は?」
 次の瞬間、見えない巨人の手に捕まれて強烈にシェイクされたみたいに、女苑は宙に投げ出されて墜落した。
 暗転。激震。破壊。
「う、うわわっ……!」
 逃げよう、とか、
 身を守らなくちゃ、
 という、至極当然の考えは、その時の女苑の頭には欠片も浮かばなかった。
 ただ、寝耳に水でもぶっかけられたかのような、驚愕と困惑があるだけだった。
 動くどころか立ち上がることすらできずに、目の前にあるちゃぶ台にしがみついた。灰皿やグラスやつまみの乗った皿や二三冊の本や仰々しい天秤やらが端から滑り落ちていく。がしゃん。がしゃん。全てが落ちて壊れる音がした。時間が澱んでいるようだった。額縁の中の住人たちが、自分の描かれているキャンバスをびりびりに破かれたらこんな心持になるのだろうか? 耳元でちりちりと熱いものが大きくなっていく。内側から膨れ上がっていく焦燥。せめて目を離すものかとも思う、でもどこを見ればいいんだ、くそ。現実味のない迷いと、腹立ちがぐるぐると腹の中で飢餓感のようにごろごろ響いている。なにもかもが遠く、分厚い霞がかっていて、全てが現実味を失って色あせていた。不快感がぶんぶんと蝿のようにあたりを飛び回っている。ぎゅっと唇を結んでせめて口の中に蟲けらが入ってこないようにする。世界を砕いてしまおうかというエネルギーを女苑は手足を突っ張らかして全身で受け止めていた。遠くから悲鳴がしてすぐにそれも聞こえなくなった。
 依神女苑のその一日は、そんなふうに、かなりバッドなところから始まった。

 ※
 女苑はすっかり生き埋めになったと思ったけれど、少しずつ目が闇に慣れてきて、自分がまだぴんぴんしているのを知った。とりあえずのところは危険も去ったと考えて、女苑は苛立たしげに舌打ちをした。
 手探りでちゃぶ台からケータイを取り上げると、それをひとまずの光源として、隅にある長持ちを蹴り開けた。手早く身支度を整える。お気に入りのサングラスはどうもごたごたでお釈迦になったようで、忌々し気にまた舌打ちを一つする。
 さらにまた「チッ」と不快さを露わにしたのは、隣室から漏れ聞こえてきた弱弱しい声の所為だった。聞く者の神経を逆撫でするような声。猫かな? 女苑はそうすっとぼけたが、それが聞こえたのか聞こえてないのか、ますます声は憐れみを誘うように媚びてきた。
 それは、自分の弱さに胡坐をかいてひたすら施しを待っている声だ。
 隣室の襖は内側から膨らんでいた。丁度、風船に息を思い切り吹き込んだ時みたいだ。女苑は軽く指でつついて、そのみっちり具合に深々とため息をついた。
「姉さん? ねえ、まだ生きてんの?」
 返事はなかった。だが、女苑には、内側でこれで一安心とばかりに安堵する貧乏神の気配が感じられた。助けが来たのだから、後は返事をするのも億劫だということだろう。姉の性根は身に染みて理解しているから、一々むかっ腹を立てたりはしなかった。
 女苑はできる限り端に身を寄せて、つま先だけを伸ばして慎重に襖の隅を蹴り飛ばした。
 途端、様々なガラクタが黒い波濤になって廊下になだれ込んで来た。貧乏神である姉がため込んだ、とにかく役に立たぬことだけはピカイチの代物だ。このねぐらに落ち着いてからまだ日は浅いはずなのだが、それでも汚れた新聞に読めない絵本、胡散臭い地図、虫の湧いた布切れや服に、ぴかぴか光るだけの鉄くずたち、足の一二本もがれた小机、よくわからない骨、禿げた筆を束にしたもの、美味しそうなお菓子の空箱、錆びてぼろぼろのナイフ、不穏にごつごつした物の詰まった革袋、刀の鞘だけ、透明な石やつるつるに磨かれた石、穴の開いた靴下、壊れた地球儀、中に何も入ってない望遠鏡やレンズの外れた虫眼鏡、遠い国の古びたコイン、その他、その他……。それはまるで、小さな子供のポケットの中をひっくり返したようだった。
 女苑は耳と鼻をふさいで埃が落ち着くのを待ち、それから部屋の中へ踏み込んだ。
 明かりを頭の上にかざして中を眺めると、隅の方で、運よくガラクタ同士の隙間に入り込んだ姉、紫苑の姿があった。ガラクタの影になってよく見えないが、頭の方に分厚い将棋盤が落ちている。あれがあたっていたならタダでは済まなかっただろう。
 女苑がもぞもぞと動く尻を蹴っ飛ばすと、しばらくしてのろのろと紫苑が起き上がった。
「元気そうね姉さん。あ、将棋盤、あたってたんだ」
「……女苑、なんか、ぬるぬるする」
「ほら……ハンカチ貸してあげるから、鼻ぐらい拭いたら?」
 女苑がぐいぐいと布を押し付けると、どこか痛いところにあたったのか紫苑は二度ほど呻いた。
 何事につけノロマでどんくさい紫苑は顔中をまだらに染めたため、女苑はもう一度姉の顔を拭ってやらなければならなかった。

 ずっしりとした感触が圧し掛かっていて、女苑はまるで賭場の敗者のように肩を落としていた。
 山間から陽が滑るように差し込んで人里を照らした。彼女の背後で、紫苑が犬か猫のように鼻を鳴らした。
 貧乏神なんて、ケダモノよりもよっぽど手間だ。
 食って寝て、たまさか尻尾でも振るならまだいくらか可愛げもあるものを、紫苑は図々しくも「女苑、お腹空いたね」といったのだ。
「しかし参った、参った。米と塩と味噌しかないわ。備蓄が」
「……なら、大丈夫じゃない?」
「姉さんならね。私はそうじゃないの」
 最強最悪の双子の姉妹、依神女苑と依神紫苑は人里を見下ろしながら言った。
 女苑は姉に念押しするように、もう一度同じことを繰り返した。
「姉さんは飲まず食わずでも構わないかもしれないけど、私は違うからね」
「はあ。……お水なんかも、どうする?」
「そりゃモチロン、姉さんが汲んで来るのよ」
 紫苑はまったく憮然とした表情をした。
 そのまま何かを言いかけたが、ふと言葉を切って、耳を澄ますような仕草をした。それを見て女苑も身構えた。夜明け前の最も暗い人里の、足元に潜む奥深くの何者かが、鈍く振動をしている。
「あああわわ、これ、じょじ女苑!」
「だだ黙ってなっててて、姉さん、舌をををかかか噛む……ッ痛!」
 揺り返しはすぐに治まった。女苑たちは手を離した。小さな揺れなら三十分に一度は起きていたから、いい加減二人は慣れた。
 ただし、人里では決して呑気ばかりしてもいられないようだった。それでも最初は、びくびくとした顔の子供が新聞を配達する余裕さえあった。女苑はそれを見て「マジかよ?」という表情で笑った。紫苑は「おはよーございます」と声をかけたが、胡散臭そうな一瞥をされただけだった。
 人里がまだ呑気してたのはその辺りまでだった。今は少しばかり慌ただしかった。

 やがて時間が経つにつれて、あちらこちらから人影が現れ始めた。その場を右往左往として、あてもなくふらふらとして。幾人かで集まったり、また離れたりしていた。その間にも何度も揺れは繰り返して、その度にそれらは散り散りになった。幾万もの声があり、幾億もの祈りがあった。
 それらを二人はだらだらと見下ろしていた。
「でも、なんで普通に配達してたんだろうね?」
「そりゃ……秩序に縛られているからよ。
 何もなかった時には、ただ単にサボっただけのルール違反って事実だけが残るからね」
「ふーん」
「あとは情かな。そもそも、そんな大事でなかった、大したことなかったんだってね。認めたくないんだァな」
「そーかなあ」
「姉さんも感謝しなくっちゃね?」
「なんで感謝?」
「ここの共同体が、結構形になってるってことをよ。私も姉さんも、基本的には、ある程度成立した社会にたかる寄生虫みたいなモンなんだから」
 女苑は恐ろしくだらしない格好でそう言った。
 見下ろす。

「不思議なもんね」
 女苑がぽつりといった。
 ……なにが? 後ろで紫苑が小さく相槌を打った。
「私は人の欲望が手に取るようにわかる。美味しいものを食べたいとか、綺麗な人と付き合いたいとかね。欲望は人が生きるためのエネルギー。
 でも、こういう時、そういうのはまるで嘘だったみたいに引っぺがされて、大体はただ“生きていたい”というところに帰結するの。不思議よね」
 見下ろす視線は酷くまっすぐで、そこには情も打算も感動も哀愁もなにもなかった。
 ただ、透明な水槽に閉じ込められた生き物を、どうしてこんなふうになるんだろう? と、純粋に単純に、疑問を感じる好奇心だけがあった。

「……女苑、怖い顔してる」
「あ? 全然、してないけど」
 紫苑が横からひょいと覗き込んできて、心配そうにそう言った。むにむにと頬を抓んだりして明るい表情に戻そうとする。やめろ馬鹿姉。もがもがと女苑が言った。
「……違うなあ。なんか、悲しい顔してる」
「してないってェの」
 それこそ、何が悲しくて。
 女苑は弄られた頬を赤くしながら姉から視線を外した。
 見下ろす。
「本音言うと、心底どーでもいい。せせこましくってサ。ああやって毎日毎日」

「女苑、調子悪いんだ」
 紫苑が見透かしたように言った。
 心底、ムカツク。こういう時――人が弱ってる時にだけ、姉ぶりやがって。
「んなーこたあ、ない」
 つっけんどんに唇を尖らせた。
「でも、困った顔してるよ。落ち込んだ顔してる」
「してない」
「してるって」
「ばからし」
 ふぅうとため息。
「あーあ、やめやめ。これだから姉さんは野暮なのよね。イチイチ、妹の顔色伺いなんざしなくたっていいんだっての。おお、やだやだ」
「女苑」
 ぎゅむと頬を挟まれた。そのままぐいっと顔を向けられる。目と鼻の先に双子の紫苑がいる。気づかわしげにぱちぱちまばたき。
 双子とは対外的に称しているけれど、やっぱり全然似てないな、と女苑は思った。
 鏡に映したような、とは、とてもとても。
 むしろ。
 鏡に映ったさかさまなのだ。私たちは。
 そう思った。

「なによ、さっきから何度も。くっさ。お金ならないわよ。みーんな今全部埋まっちまってるんだからさ。がらくたも何もかもいっしょくたに。流石に姉さんだってそのぐらいはわかるでしょ」
「でも……ひどい顔してるから」
「そりゃ姉さんよ。ちゃんと顔洗った?」
 ていうか。なにこれ? 慰めてくれてんの? 女苑は真顔で噴出した。
「貧乏神は言葉まで貧相ねぇ」
「う、うう。なによ、そんなふうに言わなくったって」

 だらだらと話し込んでいる間にも、金兎玉兎の話の如く、貧乏暇なし、時間は流れていく。だんだんと日が高く昇ってきた。
 めっちゃ眩しい。
 女苑が手を前にかざしてそう文句を言った。
「こんなもの、いい休日みたいなもんだから。悪い事も良い事も、全部ひっくるめて、一つにね」
 誰かの不運は、この私の幸福なの。禍福は糾える縄の如しって言うでしょ。その縄を手繰るのが、この可愛い可愛い女苑ちゃんなワケ。
 善悪なんて、一つのコインの裏表だ。ヘイジャップ、いったいいつになったら電子会計に切り替わるんだい? ところがどっこい、そんなもの、ひとたび社会の基盤が揺らされれば、便所の紙にもなりゃしないのだ。
「近頃働きすぎだったかもな~って、思ったりもするわけよ。そこにこれ。いや~、これは私に休めって天が言ってんだわ。つまり」
「つまり?」
「つまり、グッド」
 んで、だから明日はきっと、いい日になるってコト。
 今はとりあえず……めっちゃ炭酸の効いた冷えッ冷えのジュースが飲みたいわね。
 女苑は突き抜けるような眩しい太陽の下で、にっかりと笑っていった。
「……あんまり冷たいもの取りすぎると、体に悪いよ」紫苑がやんわりという。
「ハ? ていうか、それがいいわけ。今無性に悪いことしたい。どーにも、しちゃいけないことって、中毒性があんのよねぇ。
 別に健康のために生きてるわけじゃなし。
 ていうか、姉さんが体に悪いとかなんとかいうの、一周回って笑えるね」
 女苑はけらけらと声高に笑った。

「明日はきっと、いい日になるわ」
 女苑が人里を見下ろしたままぽつりと断言した。
 ……うん。そうだね。紫苑もそれに相槌を打つ。
「悪いコト、あったんだもの。そうでなくっちゃ、おかしい。それが道理ってものよ。陽はいずれ沈む。でもまた昇る。
 そうでないなんてこと、ない」
「うん」
 紫苑もそれに相槌を打つ。

「だから、そうして。そのうちに。きっと。
 ほんとーの幸せってヤツ、めっけてやるんだァ。疫病神の、このあたしがね。噛り付いてやる。業腹よねぇ、きっと。わくわくしてくるわ」
「うん」
「きらきらしてるんだろうなぁ。そりゃあもう、眩しいぐらいに。姉さんみたいな貧乏人なんかがおいそれと見たら、目がつぶれちゃうかもしれない」
「うん」
「しょうがないから、手に入れたら、姉さんにもちょっとだけ分けてあげるわ。感謝してね」
「うん。
 でも、そうしたら、なくなっちゃうかもよ?」
「本当の幸せなら、そのぐらい大丈夫でしょ」
また揺れてわちきびっくりした。
何でもいいから女苑ちゃんに投票しろ。
ピュゼロ
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コメント



0.110簡易評価
1.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.100サク_ウマ削除
気持ちよくなるような雰囲気のとても良い作品でした
4.80ヘンプ削除
二人の掛け合いが良かったです。
6.100南条削除
面白かったです
なんにも考えていないようでそうでもない紫苑がよかったです
そんな紫苑をよくわかっている女苑もいいキャラしていました
8.80電柱.削除
文章のクセが(良い意味で)強く感じましたけど、依神姉妹の掛け合いが面白かったです。