「いつからここにいるの?」
「知らない」
人の心理を暴く者、覚(さとり)は地霊殿に住んでいた。古明地さとり、嫌われ者の妖怪である。彼女達には第三の目と呼ばれる、人の心の中を覗く忌み嫌われた眼球があり、その目を通すと、人が心や頭の中で何を考えているのかが手に取る様にわかるのだという。つまり、覚の前では嘘をつく事や、隠し事が出来ないのだ。だが、この覚の能力の本当に恐ろしい所は、コミュニケーションとは全く違う部分にある。彼女達の第三の目は、映る者の本性さえ曝してしまう危険があるのだ。本人の中に無自覚に存在する狂気や、隠された心理、無意識の悪意、意思とはまったく異なる潜在的な憎悪さえ知られてしまう。子供の無邪気さに潜む残酷さ、母親の慈愛に隠れた殺意、愛情の裏に孕んだ恐怖、覚は全てを見ているのだ。
ところで、古明地さとりには、こいしという妹がいた。
こいしも覚だが、彼女は自身の心を閉ざし、人の心を覗けなくなった、奇妙な妖怪であった。
間欠泉の異変で幻想郷の巫女、博麗霊夢が地底の館、地霊殿を訪れた時の話だ。霊夢がそのこいしを見かけた時、彼女はテーブルに座り、無数のキャンディを並べ、包みを開き、その中身を大きな皿の上に置く、という謎の行動をとっていた。包みを開けてはキャンディを皿に並べていく。
「何をしているの?」
「知らない」
「キャンディを並べて楽しい?」
「楽しくない」
「いつからここにいるの?」
「知らない」
「キャンディ、好きなの?」
「私、これ食べた事無い」
簡単な質問をいくつか投げかける。それだけで霊夢は、この娘に『自覚』という物が無い事を悟ったのである。人も妖怪も、想像を絶する恐怖や絶望を体験した際に、自らの精神、意識を崩壊させて生命を保とうとする防衛本能がある。こいしの自我の欠如はまさしくそれであり、故にこれ以上の問答には何の意味もない事を悟ると、霊夢はため息を吐いてその場から去ろうとした。
「やっぱり、貴女もあの娘を理解する事が出来ないんですね」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはこいしの姉、古明地さとりが気だるげな目をして立っていた。
「ええ、理解なんか出来ないわよ。こんなトンチンカンな事ばっかり喋っている娘なんて……」
「まだ気付きませんか? 貴女は最初から、こいしと喋ってなどいませんでしたよ?」
霊夢ははっとして辺りを見渡す。こいしに話しかけているつもりだったのに、霊夢はいつの間にかテーブルに座り、たくさんのキャンディの包みを開きながら、中の飴玉を皿に並べていたのだ。霊夢は手にキャンディを掴んだまま、ぎょっとして立ち上がる。
「何をしているんですか?」
「知らないわよ!」
「楽しいですか?」
「楽しくないわ!」
「いつからここにいたんですか?」
霊夢はここに来るまでの経緯を思い出そうとする。しかし驚いた事に、何処からが意識で、何処からが無意識なのか、本人もがわからなくなってしまったのだ。
「し、知らない……」
「ここに来たのは、貴女一人だけですか?」
「い、いいえ……うう、あれ? でも……私は……あれ?」
「キャンディは、お好きですか?」
「私は、これを、食べた事……」
ある筈だ。しかし、はたしてそれは本当の記憶だろうか? 霊夢は自信が持てなくなっていた。
「知らない」
人の心理を暴く者、覚(さとり)は地霊殿に住んでいた。古明地さとり、嫌われ者の妖怪である。彼女達には第三の目と呼ばれる、人の心の中を覗く忌み嫌われた眼球があり、その目を通すと、人が心や頭の中で何を考えているのかが手に取る様にわかるのだという。つまり、覚の前では嘘をつく事や、隠し事が出来ないのだ。だが、この覚の能力の本当に恐ろしい所は、コミュニケーションとは全く違う部分にある。彼女達の第三の目は、映る者の本性さえ曝してしまう危険があるのだ。本人の中に無自覚に存在する狂気や、隠された心理、無意識の悪意、意思とはまったく異なる潜在的な憎悪さえ知られてしまう。子供の無邪気さに潜む残酷さ、母親の慈愛に隠れた殺意、愛情の裏に孕んだ恐怖、覚は全てを見ているのだ。
ところで、古明地さとりには、こいしという妹がいた。
こいしも覚だが、彼女は自身の心を閉ざし、人の心を覗けなくなった、奇妙な妖怪であった。
間欠泉の異変で幻想郷の巫女、博麗霊夢が地底の館、地霊殿を訪れた時の話だ。霊夢がそのこいしを見かけた時、彼女はテーブルに座り、無数のキャンディを並べ、包みを開き、その中身を大きな皿の上に置く、という謎の行動をとっていた。包みを開けてはキャンディを皿に並べていく。
「何をしているの?」
「知らない」
「キャンディを並べて楽しい?」
「楽しくない」
「いつからここにいるの?」
「知らない」
「キャンディ、好きなの?」
「私、これ食べた事無い」
簡単な質問をいくつか投げかける。それだけで霊夢は、この娘に『自覚』という物が無い事を悟ったのである。人も妖怪も、想像を絶する恐怖や絶望を体験した際に、自らの精神、意識を崩壊させて生命を保とうとする防衛本能がある。こいしの自我の欠如はまさしくそれであり、故にこれ以上の問答には何の意味もない事を悟ると、霊夢はため息を吐いてその場から去ろうとした。
「やっぱり、貴女もあの娘を理解する事が出来ないんですね」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはこいしの姉、古明地さとりが気だるげな目をして立っていた。
「ええ、理解なんか出来ないわよ。こんなトンチンカンな事ばっかり喋っている娘なんて……」
「まだ気付きませんか? 貴女は最初から、こいしと喋ってなどいませんでしたよ?」
霊夢ははっとして辺りを見渡す。こいしに話しかけているつもりだったのに、霊夢はいつの間にかテーブルに座り、たくさんのキャンディの包みを開きながら、中の飴玉を皿に並べていたのだ。霊夢は手にキャンディを掴んだまま、ぎょっとして立ち上がる。
「何をしているんですか?」
「知らないわよ!」
「楽しいですか?」
「楽しくないわ!」
「いつからここにいたんですか?」
霊夢はここに来るまでの経緯を思い出そうとする。しかし驚いた事に、何処からが意識で、何処からが無意識なのか、本人もがわからなくなってしまったのだ。
「し、知らない……」
「ここに来たのは、貴女一人だけですか?」
「い、いいえ……うう、あれ? でも……私は……あれ?」
「キャンディは、お好きですか?」
「私は、これを、食べた事……」
ある筈だ。しかし、はたしてそれは本当の記憶だろうか? 霊夢は自信が持てなくなっていた。
好きです
とても良かったです。
綺麗に不気味に決まっていてよかったです
飴玉ひとつでここまでできるものなのですね