参
保留されたヤツメウナギ達は氷精の活躍によって腐敗から逃れている。ミスティア・ローレライは店を閉めて久しい。矮小と言って差し支えない屋台が昨今の雨に耐えられるかは微妙だが、命ほど大事なものではないという周りの説得によって諦めたようだった。他ならない常連、炭屋、氷精、屋台を作るにあたって世話になった連中にそう言われてしまえば情の深い彼女は引き下がるだろう。とはいえ、一度は納得すれど割り切れないだろうなと炭屋は私に忠告したし、言われなくとも同じことを思っていた。なるべく誰かと一緒に居させてそちらに気を向けようと、誰が言い出すでもなく自然に、そういうことなった。人の世話を焼かせておけばどうにもならないことを考えずに済む。
あと2、3回散歩に出るくらいの機会は与えられているだろう、と藍様は言っていた。水の量と比例する様にゴミみたいな気分だと思っていたが、雲に亀裂が入って空が面白く、滲んだ草むらが何となく楽しい今ですら微塵も晴れやかになることはなかった。夜雀は退屈と不安の入り混じったような表情をしていて上の空だった。香霖堂は八雲の領域であり、水害から隔絶されているため退屈しているなら今は丁度いい。デートでもある。自分から連れ出しておいてなんだが買い物はそんなに好きな方ではなく、彼女の気が紛れればと思っただけだ。しかしこれでは詮のない。最近では紅魔が無力な連中を領内のバリアに匿うべく動いていると聞く。領内に屋台を避難させて貰えないか依頼してみてはどうかと彼女に伝えたら明るい顔をしたので、二人で紅魔に行くことにした。
「そりゃまあ、勿論構わないがね」
即答だった。いきなり当主のところまで通された。仮にも八雲の使い走りを伴ってこれでは逆に舐められている気もする。いや、紅魔としても面子があり、私のような木っ端相手にいちいち目くじらは立てていられないということもあるだろう。それにミスティアの屋台は紅魔の連中も世話になっていることだった。ともあれ、良かった。ミスティアはお礼を言って、早速屋台を領内まで移動させに行くと部屋を出ていった。私もそれに付いていこうとすると当主に引き止められ、彼女にはメイド長を付けるから君は私と世間話でもしようと言われた。私に何を聞いた所で八雲の考えなど埃ほども出てこないというのに困ったな。別の部屋に通され、更に魔女も連れてくるという。場違いにも程がある。魔法で拷問にでもかけられるのだろうか。もしそうだったとしても、敵陣の真ん中に居る私に逃げる術は無いので大人しくするしかない。これでは借りてきた猫だ。三角形に席につき、なんと紅茶を入れるのは当主だった。十分に冷ましてから口にするが、他者のテリトリーで口に運んだ物の味など判るわけがない。
「そんなに緊張しないでほしいな。別に今日の晩御飯にしてやろうと言うわけじゃない」
「いや無理でしょ。レミィって自分の出してる威圧感に対して不頓着過ぎるのよね。それに逆の立場になって考えてみなさいよ。小心者の八雲の下っ端が紅魔の奴らに囲まれたら拷問にでもかけられるのかと思うのが自然でしょうに」
「あー、いえ、大丈夫です。しかし、寺でもないのに酔狂な事をやっていますね」
「ほんと。おかげでこっちは魔力を使いっぱなしでいい迷惑よ。嫌になっちゃう」
「何言ってるんだか。パチェの方から千人くらいだったら行けるわよなんて吹き上がりだしたんだよ。私は一切、何も言っちゃいないんだぜ?」
「そういう事は言わなくていいから」
アットホームとでも言うべき何かがそこら中に転がっていた。それから3分もしないうちにミスティアがメイド長と一緒に帰ってきた。いくらなんでも早すぎるだろうと思ったら、メイド長が空間をなんやかんやして運んだのだという。ここの連中はめちゃくちゃだ。そこからはミスティアが加わり4人でのお茶会になったが、彼女は私と違って物怖じしない。いくら屋台で見た顔だと言っても少しは勝手が違うだろうに。途中、やはりというか、当主はそれとなく私に、八雲は今回の件に対して何も対策を取っていないのかと聞いてきた。それは苦言を呈しているとも言えた。もてなしてもらって申し訳ないが、私は本当に何も聞かされていない。何かしているのかもしれないし、何もしていないのかもしれない。魔女は八雲の秘密主義に呆れていた。ミスティアは別にあなたのせいじゃないと私を慰めた。雨の件以外で変わった話と言うことで、魔法使いと河童が貴重な媒体やら外の世界の強力なアイテムやらを買い集めて何かの研究に勤しんでいるらしいという話をしたら、当主はうちでも大量の日長石や蒼い文字列の第四章を買っていったと話した。結局情報提供という観点で私は微塵も役に立てなかったようだった。
ミスティアは紅魔に残り、領内に避難した人達のために屋台をやる事にしたらしい。まあ元気になって良かった。他の連中と違って彼女は変に闇が深くなくてやりやすい。水の量と比例する様にゴミみたいな気分だと思っていたが、雲に亀裂が入って空が面白く、滲んだ草むらが何となく楽しい今では多少気も晴れる。正直、マヨヒガも微妙だから危なくなったら藍様の家に逃げないとなあと言ったら、当主はせっかくだからうちに来ればいいだろと笑った。
保留されたヤツメウナギ達は氷精の活躍によって腐敗から逃れている。ミスティア・ローレライは店を閉めて久しい。矮小と言って差し支えない屋台が昨今の雨に耐えられるかは微妙だが、命ほど大事なものではないという周りの説得によって諦めたようだった。他ならない常連、炭屋、氷精、屋台を作るにあたって世話になった連中にそう言われてしまえば情の深い彼女は引き下がるだろう。とはいえ、一度は納得すれど割り切れないだろうなと炭屋は私に忠告したし、言われなくとも同じことを思っていた。なるべく誰かと一緒に居させてそちらに気を向けようと、誰が言い出すでもなく自然に、そういうことなった。人の世話を焼かせておけばどうにもならないことを考えずに済む。
あと2、3回散歩に出るくらいの機会は与えられているだろう、と藍様は言っていた。水の量と比例する様にゴミみたいな気分だと思っていたが、雲に亀裂が入って空が面白く、滲んだ草むらが何となく楽しい今ですら微塵も晴れやかになることはなかった。夜雀は退屈と不安の入り混じったような表情をしていて上の空だった。香霖堂は八雲の領域であり、水害から隔絶されているため退屈しているなら今は丁度いい。デートでもある。自分から連れ出しておいてなんだが買い物はそんなに好きな方ではなく、彼女の気が紛れればと思っただけだ。しかしこれでは詮のない。最近では紅魔が無力な連中を領内のバリアに匿うべく動いていると聞く。領内に屋台を避難させて貰えないか依頼してみてはどうかと彼女に伝えたら明るい顔をしたので、二人で紅魔に行くことにした。
「そりゃまあ、勿論構わないがね」
即答だった。いきなり当主のところまで通された。仮にも八雲の使い走りを伴ってこれでは逆に舐められている気もする。いや、紅魔としても面子があり、私のような木っ端相手にいちいち目くじらは立てていられないということもあるだろう。それにミスティアの屋台は紅魔の連中も世話になっていることだった。ともあれ、良かった。ミスティアはお礼を言って、早速屋台を領内まで移動させに行くと部屋を出ていった。私もそれに付いていこうとすると当主に引き止められ、彼女にはメイド長を付けるから君は私と世間話でもしようと言われた。私に何を聞いた所で八雲の考えなど埃ほども出てこないというのに困ったな。別の部屋に通され、更に魔女も連れてくるという。場違いにも程がある。魔法で拷問にでもかけられるのだろうか。もしそうだったとしても、敵陣の真ん中に居る私に逃げる術は無いので大人しくするしかない。これでは借りてきた猫だ。三角形に席につき、なんと紅茶を入れるのは当主だった。十分に冷ましてから口にするが、他者のテリトリーで口に運んだ物の味など判るわけがない。
「そんなに緊張しないでほしいな。別に今日の晩御飯にしてやろうと言うわけじゃない」
「いや無理でしょ。レミィって自分の出してる威圧感に対して不頓着過ぎるのよね。それに逆の立場になって考えてみなさいよ。小心者の八雲の下っ端が紅魔の奴らに囲まれたら拷問にでもかけられるのかと思うのが自然でしょうに」
「あー、いえ、大丈夫です。しかし、寺でもないのに酔狂な事をやっていますね」
「ほんと。おかげでこっちは魔力を使いっぱなしでいい迷惑よ。嫌になっちゃう」
「何言ってるんだか。パチェの方から千人くらいだったら行けるわよなんて吹き上がりだしたんだよ。私は一切、何も言っちゃいないんだぜ?」
「そういう事は言わなくていいから」
アットホームとでも言うべき何かがそこら中に転がっていた。それから3分もしないうちにミスティアがメイド長と一緒に帰ってきた。いくらなんでも早すぎるだろうと思ったら、メイド長が空間をなんやかんやして運んだのだという。ここの連中はめちゃくちゃだ。そこからはミスティアが加わり4人でのお茶会になったが、彼女は私と違って物怖じしない。いくら屋台で見た顔だと言っても少しは勝手が違うだろうに。途中、やはりというか、当主はそれとなく私に、八雲は今回の件に対して何も対策を取っていないのかと聞いてきた。それは苦言を呈しているとも言えた。もてなしてもらって申し訳ないが、私は本当に何も聞かされていない。何かしているのかもしれないし、何もしていないのかもしれない。魔女は八雲の秘密主義に呆れていた。ミスティアは別にあなたのせいじゃないと私を慰めた。雨の件以外で変わった話と言うことで、魔法使いと河童が貴重な媒体やら外の世界の強力なアイテムやらを買い集めて何かの研究に勤しんでいるらしいという話をしたら、当主はうちでも大量の日長石や蒼い文字列の第四章を買っていったと話した。結局情報提供という観点で私は微塵も役に立てなかったようだった。
ミスティアは紅魔に残り、領内に避難した人達のために屋台をやる事にしたらしい。まあ元気になって良かった。他の連中と違って彼女は変に闇が深くなくてやりやすい。水の量と比例する様にゴミみたいな気分だと思っていたが、雲に亀裂が入って空が面白く、滲んだ草むらが何となく楽しい今では多少気も晴れる。正直、マヨヒガも微妙だから危なくなったら藍様の家に逃げないとなあと言ったら、当主はせっかくだからうちに来ればいいだろと笑った。
ひたすらに考えているところが読みやすいと思いました。
状況や物語とは別に純然と存在する力量差や言葉遣いに世界観の深みを感じました
こんな状況でも明るいミスティアがよかったです
続きも楽しみにしています