Coolier - 新生・東方創想話

デート

2019/02/21 15:35:07
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 ●デート



ざっく ざっく
 気が向く、とでも言えばいいのか。それとも魔が差したと言うのか。別に何かあったわけでもないのに、ふと、普段やらないような類のことをしてみたくなる時が人にはある。この時の妹紅もきっとそんな気分だった。そんな気分で、妹紅は土を掘っていた。

ざっく ざっく
 妹紅は穴を掘る。立ち上ってくる土の匂いは咽るほどで、ときおり思い出したように吹く梅雨明けの湿った風が待ち遠しい。
場所は霧の湖に程近い。森の木々から離れた、少し開けた場所で、妹紅は穴を掘る。
汗と泥に塗れながら不思議と不快感は無かった。ざくり、と一つ掘るごとに饐えた匂いがした。



 普段タケノコを掘る時に使う踏鍬(ふみくわ シャベルの類)一本で掘り始めたのだが、穴が腰より深くなると外に土を放るのが難しくなった。それで、妹紅のやる気は急速に失われつつあった。こんなもんでいいだろうとも思う。

 穴から出ると鍬を放り出して、そこらに座った。別に疲れたという訳ではないが、自分で肩をもんで大げさに息をついた。なんとか一仕事終わった実感を持とうとしてみたのだが、どうも何も湧いてはこないようだった。
 遠くの岸のあたりで何羽か妖精が舞っている。日差しを受けてきらきら光る湖水がまぶしい。夏だなぁ、とぼんやり口に出してみた。こういう台詞を吐くとき人は大概何も考えていない。妹紅は、何か感慨が欲しかった。それも切実に。
こんな面倒を自ら進んでやっているのだ、何かこう、達成感というか、人知れず善事を為した満足感と言うか、そういうのがあってもいいだろうと、そんな事を思っている。

――ま、まだ全部終わったわけじゃないしな。
そう思いなおして立ち上がったその時、


「ねぇ」

と、声がした。

「ねぇ」

 それで盛大なため息を一つついて、物憂げに妹紅はそちらに顔を向けた。
ぼんやりソレを見て、さっさと燃やした方が良かったかなと思った。

「ねぇってば」
「……なんだ、化けちまったか」
「オバケじゃないよ。前のまんまだし」

 ソレは今朝がた早くに竹林のそばで見つけたもので、面倒臭ェと思いつつ妹紅はここまで引き摺ってきたのだ。
今更ながらなんでこんな面倒臭い事をしているのか、妹紅は自分でよくわからない。ただ、今朝ソレを見つけたときは"そういう"気分だったのだ。そういうとはつまり――墓でも掘ってやるかと、そういう気分だった。
ちょうどタケノコでも掘ろうかと踏鍬を持っていたのも、そんな気分にさせた要因かもしれない。

 墓の適地というのは意外にない。木のそば森のそばというのは木の根でとても掘りにくいのだ。竹林の中など掘れるものではない。道端でいいかと幾度か思ったが、せっかくだから少し眺めのいい場所にしようと、それで妹紅は霧の湖の傍までソレを引きずってきたのだった。

その死体が口をきいている。

 年の頃は十三四といったところで、服装から見るに外来人だろう。男の子の死体が仰向けになったまま顔だけこちらに向けている。
「死んだのはちゃんと理解ってるみたいだな」
「そりゃ、隣で墓穴ほられたらね」
「肝の太いガキだな」
「初めはよくわからなかったけど、お腹こんなだし、痛くないし」
襲ったのは妖怪だろう。ソレには腹部と呼べる場所がもうほとんど残っていなかった。首から上しか動かせないのか、四肢は妹紅が引き摺ってきたときのまま、脈絡なく投げ出されている。
「幽霊とかならともかく、死体がそのまま喋りだすとはね」
「まるでゾンビだね」
「ぞんび? なんだそりゃ」
「生きてる死体。リビングデッド」
「ほぉ、外にはそーいうのがいるのか」
外の人間だから外の化け物になったのか、まぁ分からなくもないが面倒だなと思った。このまま埋めることもできない。
「外って?」
「んー、説明が難しいな。お前さんは別の世界に迷い込んで化けものに喰われたんだよ」
「なにそれ。映画みたい」
運がなかったな。そう言おうとして口をつぐんだ。
「でも、これじゃお話にならないね。主人公がいきなり死んだんじゃ」
「あっさりしてるな、お前」
里にたどり着いた幸運な外来人を何人か知っている。皆初めは状況が飲み込めずに呆然とし、迷い悩むものだ。コイツはその上、喰われてしまったというのに。

「あっさりかな? だってもう死んでるしさ」
ソレは恥ずかしそうに笑っていた。

――ああ、死んでるからか。
 そう思った。生きてるからこそ悩むのかと。生きてるからこそ迷う。死んでしまえばあっさりしたものだ。あくせく飯の種を稼ぐ必要もないし、熱いだの寒いだのと言ったこともなかろう。この先の行く末などどうでもよいし、過ぎてしまった来し方などもっとどうでもいいことだろう。
――もう死んでいるから。

 唐突に何かが、喉の奥から溢れ出てくるような気がして、慌てて口元を手で覆った。
溢れてきたのは、羨望と、嫉妬と、憧れと、厭わしさと、それから――
そうした粘ついた昏いものが一纏まりになって突然に腹の底からせり上がってきたのだった。
――墓でも掘ってやるかと、何となく憐れんでやっていたのに。
――不幸だ不運だと言っては未練も残ろうと、気を回してやったのに。

 まるで恩を仇で返されたような、そんな感情が妹紅の中を充満していた。難癖いちゃもんの類なのはわかっている。それでも、どうしようもなかった。
 コイツは自分がどうやっても得られないものを、その手にしているのだ。死なんて惨めなものだ、いくらそう思おうと無駄だった。妹紅は隣に横たわった死体から、生の苦悩から解放された、煌くような死の在りようを見ていていた。

妹紅はもう、堪らなかった。

「……未練とか、ないのかよ?」
口元を覆った指の隙間から、震える自分の唇から、呪詛が漏れた。
「あれがしたかったとか、これがしたかったとか。そーいうの、あるだろ。……もう何もできないんだぞ、お前」

なのに、それを聞いてソレは声を殺して笑った。
「無いのかよ? なんにもこれぽっちも未練なしかよ」
「あるよ」
そう言ったくせに顔は明るい。ソレはまだ笑っていた。
「セックスしたかったな」
「せっ……お前なぁ」
いや勿論、生殖というのは生物の大事だし、交合まぐわいと言うのが生々しいなら愛を交わしたかったと言い換えたっていい。決して下等な望みだとは思わないが、しかし……
まぁ、この年頃なら仕方ないか。

「お姉さんしてくれない?」
「お前、自分の腹見てから物言えよ」
馬鹿らしくなった。
妹紅は傍に膝を折って座りなおすと、自分の腿にソレの頭をのせてやった。
「膝枕?」
「……これで満足しろ」

 ソレは少しの間妹紅を見上げた後、湖の方に目をやって、一言「……うん」と小さく言った
軽く頬を撫でてやると弾力を失った肉の感触が指に残った。
吹き上がる新緑、陽を受けて輝く湖面、そのうえを滑るように飛ぶくちばしの長い鳥、時折水面から撥ねる魚とその波紋。ソレの頬を撫でながら、妹紅はそうしたものをただぼんやり眺めていた。随分と長い間。

 ふと、「お姉さんはあるの?」そう聞こえた。視線を落とすとソレの唇はまだかすかに動いていたが、もうそれ以上は聞こえなかった。聞こえなくてもわかってる。
――死ぬまでにやりたいこと。
妹紅はただ言葉にならないあいまいな音を漏らしただけだった。


陽が傾いた。
「なんだ。逝っちまったか」
死斑の浮いた頬をぺちぺちと張ってみるが、反応はない。生ける屍はようやくただの死体になったようだった。紅く焼け始めた空を見て妹紅はしばらく呆としていた。
「言わなかったけどさ、お前だいぶ匂うぞ」
膝に乗った頭をどかして、立ち上がった。長いこと座っていて、しびれた節々を伸ばしながら独り言ちた。

 一人で死体を穴に収めるのは意外に難しかった。コイツなら多少乱暴にしても文句無いだろうと、強引に引っ張りこんだ。
墓穴の底の死体は、ひどい有様だった。そこらじゅう傷だらけで、腹のあたりはごっそり無くなって下の方のあばらがむき出しになっている。
いかなる死も一様に惨めだ、そう言ったのは誰だったか。
ふざけた話だ。惨めなのは残された方だというのに。逝く方はきれいさっぱり、此岸の執着なぞ死んでなお保てるようなものではないのだろう。
撥ねるように穴から出ると、湖には靄がかかっていた。

 投げ出した鍬を拾って、土を掬った。ちらと、また穴の底を覗き込んだ。
――色情霊になんぞに化けるなよ?
底のほうはもう陰ってよく見えなかった。
掘った時と違って土を被せるのは随分楽だった。何か目立つ標でも置いてやろうとそこらを探したが、当たり前の石ころくらいしか見つからなかった。放る様に石を置くと「どっこいせっ」とわざと声に出して踏み鍬を担いで、妹紅は歩きだした。


 しばらく森を歩いて道まで来ると、泥と乾いた血で汚れた妹紅は少しの間立ち止まった後、くるりと向きを変えた。
人里への道だった。肩に担いだ踏み鍬がなんとなく鬱陶しくて、何度も投げ出しそうになった。里の灯が見え始めると、歩みが自然と速くなった。
気が向く、という言うのか。別に何か用があるという訳でもないのに、無性にそうしたくなる時が人にはある。この時の妹紅もきっとそんな気分だった。

そんな気分で妹紅は人里への道を歩いた。


(了)


お久しぶりです

inuatama
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コメント



0.250簡易評価
2.100サク_ウマ削除
不思議な味わいの良い作品でした
3.90奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気でした
5.100大豆まめ削除
生きているから悩む、死ねば多くの悩みから解放される、っていうのはきっと真理なのでしょうね。
詳しくはないですが、仏教の四苦八苦やらの生きるがゆえの苦しみから抜け出して悟りに至る、という発想に近しいものを感じます。
長い間生きているのに(あるいは、から)苦しみ悩む妹紅と、若い身空で死んだのに(あるいは、から)未練や後悔がない(ように見える)ソレの対比の構図がとても綺麗ですごく好きです。夏の情景も鮮やかで引き込まれました。
6.100ふつん削除
素晴らしい作品でした。
ふとした拍子に垣間見えた、不死の人間が持つ仄暗い感情の描写が良かったです。
やりたいことを答えられなかった彼女が、その後思い立って人里へ向かうという結末も暖かくなりました。
7.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
8.100モブ削除
個人的にこの感性が幻想郷ぽさなんでしょうか。面白かったです
9.80電柱.削除
一風変わったワンシーンって感じで良いですね
10.100南条削除
面白かったです
気まぐれに良いことしようと思ったらなんか反撃を食らったような妹紅がよかったです
11.70名前が無い程度の能力削除
良いと思います
12.80名前が無い程度の能力削除
短いながらも匂いたつほどに濃密な一幕。
面白かったです。
15.90名前が無い程度の能力削除
悲願を果たせない妹紅の前で、軽やかに死んだ死体。
この世の呪縛から解き放たれた死体に、妹紅が向けた嫉妬の感情が鮮やかで魅せられました。
17.100名前が無い程度の能力削除
数ヶ月ぶりにそそわ覗いたら凄い懐かしい...あなたの書く幻想郷の雰囲気大好きです