本日は立春だ。
妖怪の山はまだ雪が大分残っており、とても立春とは思えないのだが本日はまごう事なき立春だ。
もちろんそれは秋姉妹も知っている。
彼女達にとって寒さ厳しい冬が終わるというのは一つの朗報であることは間違いなかった。
間違いなかったが――
「……春かー。はるはあけぼのー」
穣子はぼーっとした面持ちで床に大の字になって寝そべり天井を見上げている。
「穣子ったらそんな気の抜けたジャガイモみたいな顔してどうしたの」
「んー」
静葉の問いかけにも彼女は生返事で答えるばかりで全く締まりがない。
「もうすぐ春だというのにそんなんでどうするの」
「なんかやる気が起きないっていうかー。っていうか私たち秋の神様だもん。春は関係ないしー」
そう言って彼女ははーっと白い息を吐く。
外はまだ雪が残っているだけあってまだまだ寒いようだ。
「そうだ。焼き芋でも食べる?」
静葉の問いに彼女は寝そべったまま無言で首を横に振る。
「あら、なんてことなのかしら。イモの神様がイモを拒否するなんて明日は大雪かしら」
「だから私はイモ神じゃないってのっ!?」
思わず彼女は起き上がって抗議する。
「やっと起き上がったわね」
そう言って静葉はニヤリと笑みを浮かべる。
穣子は「しまった!」と言った表情を浮かべると姉をジト目で見やる。
「さあ、穣子。冬はもうおしまいよ。これから春が来るのよ。いつまでも寝てるわけにはいかないわ」
「むうー。そんなのわかってるわよ。でも別にまだ田植えの季節でもないしやることないし」
「だからって横になって天井板の木目を眺めてばかりいても仕方ないでしょ」
「じゃあ何かやる事あるの?」
穣子の問いに静葉はふっと笑みを浮かべて答える。
「ええ。ないわね」
「ないんかい!?」
穣子の突っ込みにも涼しい顔のままで彼女は続ける。
「ないけど。あるのよ。それは確かにあるのよ」
「どういうことよ。それ」
怪訝そうな表情で穣子が問うと静葉は首を横に振りながら告げる。
「穣子。私たちは何の神様?」
「え? そんなの秋の神様に決まってるでしょ」
「ええ。そうね。なら秋の神様である私たちがやるべきことは何かしら」
「やるべきことー……?」
思わず穣子は腕を組んで首をひねる。
その様子を静葉はニヤニヤと笑みを浮かべながら見ている。
「あ、わかった! わかったわ!」
少々の時間をおいて穣子はまるでクイズの回答者のように手を上げる。
すかさず静葉が指名する。
「はい。そこのイモ神さん」
「誰がイモ神よ! ええと。秋に備えて力を蓄える!!」
「具体的には?」
「秋の味覚をたくさん食べてパワー蓄えて寝る!!」
「ざんねーん。ふせいかーい」
「えー……」
「……あのね。冬眠前の熊じゃないのよ。それともあなたもしかして熊の神様だったの? イモと熊のハイブリッドなんてどこぞのマタラ神もびっくりだわ」
「だからちゃうわい!! 秋神だってば! 純正混じりっけなしぴゅあっぴゅあの秋の神様!」
穣子は床を手でバンバン叩いて抗議する。
その様子を呆れたように静葉は見やると告げる。
「いい? 穣子。まだ見ぬ今年の秋に思いを馳せるのよ。そうすることで秋が来る事へのモチベーションを保つの。ほら、秋神らしいでしょ」
そう言って静葉は目をつむるとまるで紅葉を摘まみ上げるような仕草をする。
今度は穣子が呆れた様子で彼女に言い放つ。
「そんなのただの妄想に耽ってる根暗女じゃない! どこが神様らしいのよ」
「穣子。これがもののあはれってものよ」
「私には姉さんの方が哀れに見えるけど」
「まったく。穣子ったら何もわかってないわね」
「わかってるわよ! ようは秋に備えてモチベーションを高めろって事でしょ? それなら栗とかキノコとか食べてパワー蓄えた方が手っ取り早いじゃない!」
「……風流の欠片もないわ」
静葉は首を横に振りながら思わずため息をつく。
「呆れたわ。穣子は本当に花より団子なのね」
「そこは紅葉よりもみじまんじゅうって言って欲しいわね!」
そう言って得意げに胸を張る穣子に静葉は冷ややかな目で告げる。
「……上手いこと言ったつもりでしょうけど全然上手くないわよ。そもそももみじまんじゅうは紅葉じゃなくて赤子の手のひらをヒントにして作られたと言うし」
「アレって本当なの……?」
「さあ。でも本当だとしたら迷惑な話よね。せっかくの紅葉が全部赤子の手に見えてしまうし」
「ストップ!」
「枝いっぱいに真っ赤な赤子の手のひらが鈴なりになってて、それが風でぼとりぼとりと地面に落ちて、気づいたら地面が赤子の手だらけになって……」
「だからストップ! ストップ! 怖いって!? 想像しちゃったわよ! 背筋ゾクゾク来たわよ!? なんで寒い季節にホラーなの!?」
「ほら、これでもう穣子は紅葉を正常な目で見れないわね。今年の秋は紅葉を見るたびに赤子の手のひらを想起させられるのよ。せいぜい苦しみなさい」
そう言って静葉はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「まぁ……別にいいけどさ。私紅葉興味ないしー」
そう言うと再び穣子は床に寝そべる。
「あらあら。また振り出しに戻ってしまったわね」
「さあ、ほーらほら。私を起こしてみなよ? 起こせるものならさー」
穣子が悪戯そうな顔で静葉の方をちらりと見る。
その様子を見た静葉はふうとため息をつく。
「もうすぐ春だというのにそんなんでどうするの」
「なんかやる気が起きないっていうかー。っていうか私たち秋の神様だもん。春は関係ないしー」
「そうだ。焼き芋でも食べる?」
「……ちょっと待って」
「あらだめよ穣子。そこは無言で首を横に振らないと。そう言うシナリオでしょ?」
「シナリオって何よ!? そーじゃなくて本当にはじめからやり直すの!?」
「そりゃそうよ。振り出しに戻ったんだから。双六だって振り出しに戻ったらやり直しでしょ」
さも当然といった様子で静葉が言い放つ。
思わず穣子はため息をつく。
やはりその息は白い。
「……ま、よーするにさ」
穣子は天井板の木目を見つめながらぼそりと呟く。
「私たち……暇って事よね」
それに対し静葉はふっと笑みを浮かべて答える。
「ええ。その通りよ」
本日は立春だ。
妖怪の山はまだ雪が大分残っており、とても立春とは思えないのだが本日はまごう事なき立春だ。
もちろんそれは秋姉妹も知っている。
しかし
だからといって急に暖かくなるわけでもない。
もうちょっとだけ彼女たちの退屈な日々は続くのである。
妖怪の山はまだ雪が大分残っており、とても立春とは思えないのだが本日はまごう事なき立春だ。
もちろんそれは秋姉妹も知っている。
彼女達にとって寒さ厳しい冬が終わるというのは一つの朗報であることは間違いなかった。
間違いなかったが――
「……春かー。はるはあけぼのー」
穣子はぼーっとした面持ちで床に大の字になって寝そべり天井を見上げている。
「穣子ったらそんな気の抜けたジャガイモみたいな顔してどうしたの」
「んー」
静葉の問いかけにも彼女は生返事で答えるばかりで全く締まりがない。
「もうすぐ春だというのにそんなんでどうするの」
「なんかやる気が起きないっていうかー。っていうか私たち秋の神様だもん。春は関係ないしー」
そう言って彼女ははーっと白い息を吐く。
外はまだ雪が残っているだけあってまだまだ寒いようだ。
「そうだ。焼き芋でも食べる?」
静葉の問いに彼女は寝そべったまま無言で首を横に振る。
「あら、なんてことなのかしら。イモの神様がイモを拒否するなんて明日は大雪かしら」
「だから私はイモ神じゃないってのっ!?」
思わず彼女は起き上がって抗議する。
「やっと起き上がったわね」
そう言って静葉はニヤリと笑みを浮かべる。
穣子は「しまった!」と言った表情を浮かべると姉をジト目で見やる。
「さあ、穣子。冬はもうおしまいよ。これから春が来るのよ。いつまでも寝てるわけにはいかないわ」
「むうー。そんなのわかってるわよ。でも別にまだ田植えの季節でもないしやることないし」
「だからって横になって天井板の木目を眺めてばかりいても仕方ないでしょ」
「じゃあ何かやる事あるの?」
穣子の問いに静葉はふっと笑みを浮かべて答える。
「ええ。ないわね」
「ないんかい!?」
穣子の突っ込みにも涼しい顔のままで彼女は続ける。
「ないけど。あるのよ。それは確かにあるのよ」
「どういうことよ。それ」
怪訝そうな表情で穣子が問うと静葉は首を横に振りながら告げる。
「穣子。私たちは何の神様?」
「え? そんなの秋の神様に決まってるでしょ」
「ええ。そうね。なら秋の神様である私たちがやるべきことは何かしら」
「やるべきことー……?」
思わず穣子は腕を組んで首をひねる。
その様子を静葉はニヤニヤと笑みを浮かべながら見ている。
「あ、わかった! わかったわ!」
少々の時間をおいて穣子はまるでクイズの回答者のように手を上げる。
すかさず静葉が指名する。
「はい。そこのイモ神さん」
「誰がイモ神よ! ええと。秋に備えて力を蓄える!!」
「具体的には?」
「秋の味覚をたくさん食べてパワー蓄えて寝る!!」
「ざんねーん。ふせいかーい」
「えー……」
「……あのね。冬眠前の熊じゃないのよ。それともあなたもしかして熊の神様だったの? イモと熊のハイブリッドなんてどこぞのマタラ神もびっくりだわ」
「だからちゃうわい!! 秋神だってば! 純正混じりっけなしぴゅあっぴゅあの秋の神様!」
穣子は床を手でバンバン叩いて抗議する。
その様子を呆れたように静葉は見やると告げる。
「いい? 穣子。まだ見ぬ今年の秋に思いを馳せるのよ。そうすることで秋が来る事へのモチベーションを保つの。ほら、秋神らしいでしょ」
そう言って静葉は目をつむるとまるで紅葉を摘まみ上げるような仕草をする。
今度は穣子が呆れた様子で彼女に言い放つ。
「そんなのただの妄想に耽ってる根暗女じゃない! どこが神様らしいのよ」
「穣子。これがもののあはれってものよ」
「私には姉さんの方が哀れに見えるけど」
「まったく。穣子ったら何もわかってないわね」
「わかってるわよ! ようは秋に備えてモチベーションを高めろって事でしょ? それなら栗とかキノコとか食べてパワー蓄えた方が手っ取り早いじゃない!」
「……風流の欠片もないわ」
静葉は首を横に振りながら思わずため息をつく。
「呆れたわ。穣子は本当に花より団子なのね」
「そこは紅葉よりもみじまんじゅうって言って欲しいわね!」
そう言って得意げに胸を張る穣子に静葉は冷ややかな目で告げる。
「……上手いこと言ったつもりでしょうけど全然上手くないわよ。そもそももみじまんじゅうは紅葉じゃなくて赤子の手のひらをヒントにして作られたと言うし」
「アレって本当なの……?」
「さあ。でも本当だとしたら迷惑な話よね。せっかくの紅葉が全部赤子の手に見えてしまうし」
「ストップ!」
「枝いっぱいに真っ赤な赤子の手のひらが鈴なりになってて、それが風でぼとりぼとりと地面に落ちて、気づいたら地面が赤子の手だらけになって……」
「だからストップ! ストップ! 怖いって!? 想像しちゃったわよ! 背筋ゾクゾク来たわよ!? なんで寒い季節にホラーなの!?」
「ほら、これでもう穣子は紅葉を正常な目で見れないわね。今年の秋は紅葉を見るたびに赤子の手のひらを想起させられるのよ。せいぜい苦しみなさい」
そう言って静葉はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「まぁ……別にいいけどさ。私紅葉興味ないしー」
そう言うと再び穣子は床に寝そべる。
「あらあら。また振り出しに戻ってしまったわね」
「さあ、ほーらほら。私を起こしてみなよ? 起こせるものならさー」
穣子が悪戯そうな顔で静葉の方をちらりと見る。
その様子を見た静葉はふうとため息をつく。
「もうすぐ春だというのにそんなんでどうするの」
「なんかやる気が起きないっていうかー。っていうか私たち秋の神様だもん。春は関係ないしー」
「そうだ。焼き芋でも食べる?」
「……ちょっと待って」
「あらだめよ穣子。そこは無言で首を横に振らないと。そう言うシナリオでしょ?」
「シナリオって何よ!? そーじゃなくて本当にはじめからやり直すの!?」
「そりゃそうよ。振り出しに戻ったんだから。双六だって振り出しに戻ったらやり直しでしょ」
さも当然といった様子で静葉が言い放つ。
思わず穣子はため息をつく。
やはりその息は白い。
「……ま、よーするにさ」
穣子は天井板の木目を見つめながらぼそりと呟く。
「私たち……暇って事よね」
それに対し静葉はふっと笑みを浮かべて答える。
「ええ。その通りよ」
本日は立春だ。
妖怪の山はまだ雪が大分残っており、とても立春とは思えないのだが本日はまごう事なき立春だ。
もちろんそれは秋姉妹も知っている。
しかし
だからといって急に暖かくなるわけでもない。
もうちょっとだけ彼女たちの退屈な日々は続くのである。
面白かったです