Coolier - 新生・東方創想話

現世と夢幻の隙間から<1>

2019/02/08 18:56:32
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 お喋りな口が閉じると夜が肌に触れるのを感じた。
 ここは人気のない山林の深みで、風が運ぶ濡れた土の匂いと冷気が談笑に夢中になっていたのだと私に気付かせる。
 随分と長い距離を歩いた気がする。端末の液晶を起動すると丑満時で、壁紙にしているお洒落なカフェの風景が夜目を焼いた。
「メリー」
「どうしたの?蓮子」
 顔を上げた私を、隣を歩く宇佐見蓮子が突然抱き寄せた。今となっては珍しいことではなく、私は特に驚きもせず身を委ねる。
「そこ、もうすぐ大きい羽虫が飛んでくるからね」
「ありがとう」
 液晶の光が誘ったのだろうか。背後――私が立っていた場所を不快な羽ばたきが通り過ぎていった。模範的な女子大生とは様々な意味で多少ずれている自覚はあるが、さすがに虫にまで耐性があるわけではない。無闇に発光物を出すのは控えることにする。
 電子端末を閉じた今、一面の夜で光を放っている存在は地上に一つ。
「そういえば目。それって誘蛾灯になったりしないのかな」
 蓮子の左の瞳は青白く発光している。原理は分からないが能力が起動している間は常に左目だけがそうなるのだ。
 よく見ると光の円と線が星座のように連なり瞳から溢れて消えていくのが分かる。隣から視覚的に機能しているのが分かるのでなんとなく便利ではあるのだが、目が雑虫の狙撃の的になりうるのなら不便どころの話ではない。
「うーん、結構使ってるけど気になったことはないかな。虫の走光性を煽るタイプの光じゃないかもだし、そもそも私達以外に見えてるのかも分からないもの」
「他人に見せることもないもんね。まあ、これ以上変なものを寄せ付けらたら大変だし」
「それはこないだの彼のこと?それとも瓶詰めにしてやった猫又の方?」
 なんだか可笑しくて笑ってしまった。まったくひどい女だ。
 あれこれくだらない話をしている間にも歩は進む。二年前に訪れた時とは違い、蓮子の能力で検証した最短のルートだ。獣道であるらしく雑草が道を開ける程度には均されていた。警戒するような動物はいないと蓮子は言う。時折迂回するような道を選ぶのはそれらを上手く避けているのだろう。
 見上げれば天球は明く、探知は上々であるらしかった。目的地は既にその範囲内にあり、蓮子は既にその場所を把握しているようだが口には出さない。私達の間にネタバレはご法度である。
「蜘蛛の巣。しゃがめば大丈夫」
 驚くべき精度である。私は素直に賛辞を贈った。その能力は月と星を参照するため天候や時刻によっては安定しないのが玉に瑕だが、前者はともかく後者については元々人目を憚る活動なのでさほど問題になることはない。
 月と星、そして自身の拡張意識から、それの及ぶ限りのあらゆる存在を知覚することができる能力。蓮子は持ち前の計算能力で知覚内の運動の軌道を予測し未来予知めいた芸当もしてみせる。道案内から危機回避まで、秘封倶楽部の活動にこの上なく適した能力といえるだろう。
 そう、私達の能力は人智の枠を超え始めていた。この世界に非ぬ存在との接触を繰り返すことで、そちら側の影響を帯びてしまったのだと思う。
 それはこの現世に二つだけの魔法で、ゆえに私達にとっての秘密なのだ。
「そこの茂みを越えたら到着よ。あまり物音を立てないように」
 私は頷く。蓮子は唇に添えた指で帽子を目深にかぶり直した。
 夜が再び肌に絡みつく。先ほどよりも気温が下がった気がする。これまで何度も遭遇してきた非現実事象に共通する前触れだ。
 深呼吸と共に恐怖を振り払い、私達は最後の茂みを越えた。
 




 その神木の樹肌には大きな穴があり、そこを覗くと自分の未来が見える――そんな噂だったと記憶している。
 噂というものは伝言ゲームで脚色されるのが常であり、時には何の根拠もなく完全に虚構であることも珍しくない。結局ここはそういう場所だった。
 私の目で見ても境界の気配はなく、険しい山道を登った割にとひどく落胆したものだ。
「こんなに立派になって」
「感慨深いわね。前に来たときは何も無かったのに」
 寂れた鳥居をくぐると淀んだ空気と共に無数の視線が私達に降り注ぐ。
 神木を取り囲むそれらは人間を縦に引き伸ばしたような歪な形状の影で、顔は無く代わりに額に発光する文様とその中央に虚ろな眼球が一つ浮かんでいる。この世のものでないことは明らかだ。
 その場所はすっかり様変わりしていた。噂の樹穴を中心に大きく現実が罅割れ、前回の訪問時には無かった赤黒い境界が口を開いている。ここまで成長した境界は現実への顕現をある程度達成しており、特に心得のない一般人でも肉眼で視認することが可能だろう。境界は非現実事象を吐き出すと共に現実を徐々に食んでいるらしく、靄掛かった縁取りが蠢いているように見える。
「メリー、横へ!」
 蓮子の警告に条件反射で体が動く。私が立っていた場所を拳程の大きさの石が通り過ぎた。重大ではないが十分な威力の投擲だ。
 退かない私達が只者でないことを察したのか、影が一斉に立ち上がった。闇と融和して正確な数は分からないが、発光する文様から十数体と推測した。蓮子はより正確な数を把握しているだろう。彼らは額の眼球で周囲をぐるりと見渡し、地面に落ちている得物を拾い上げる。
「小さいものなら物理干渉できるみたい。連中の武器になるようなものは石か枝くらいしかないけど気をつけて!」
「了解!」
 私は目を閉じて瞑想に入る。精神の奥底にある回路へ意識で接触し起動するイメージ。慣れた所作だ。
 常識という認識に埋もれた器官へ神秘を満たす。
 細胞が覚醒し、神経が熱を帯びる。
「さあ、始めましょう。今宵の秘封倶楽部を!」
 開いた右の瞳が赤い光を闇夜に撒いた。 
 一斉に投擲が浴びせられる。暗闇も相まって私にはそれを視認する術は無いが蓮子は違う。
「正面三歩百十!」
 私の腕を引いて投擲の軌道から逃がしながら蓮子が言う。正面へ三歩の距離、地上百十メートルの――そこだ!
 指定された地点に閃光が奔る。直後蓮子の予測通りその地点を通過する投擲物は音もなく二つに裂け、本来の軌道を失った。
「正面八歩百五十!」
「左へ一歩、正面十歩百七十!」
「正面五歩百四十、さらにそのまま二歩八十!」
 全ての位置と動きを見る蓮子の指示する空間へ、私は意識を投げ掛けていく。
 悪意ある投擲は蓮子の予測による回避、あるいは私の能力の干渉によっていずれも私達へ届かず、やがて両手が空いた一体の顔無き姿に動揺を見た。私はそれへと両掌を翳す。
「正面十歩、二百!」
 文様と眼球が浮かぶ頭部が横一文字に切断され、指定の影が斃れた。
「お見事!」
「楽勝ね!」
 かつて「境界が見える能力」だったそれは蓮子のそれと同様に不可思議に侵され、より現実離れした能力へと進化していた。「境界を創る能力」へと。
 しかしながら、現在のところ神木に現れたような現象を流出させるほどの巨大な面を作るには至っていない。生成できるのはほんの数秒で消滅してしまう線に過ぎず、極めて発展途上の能力であると自覚している。
 しかし今の私達にはそれで十分だった。
 空間に出現する現実でも幻想でもない一筋の不可侵領域。概念の存在できない零と一の狭間。すなわち――
「正面十歩、百八十!」
 物質非物質問わず存在を否定する、絶対切断の斬撃。
『――――!』
 危機を察したのか一際大きな個体が咆哮する。発声器はそもそも無い、あるいはまだこちら側に顕現していないのか、音はなかったが確かな空気の震えが一帯を揺らした。心なしか太くなった両腕で神木の根元に横たわる岩を引き抜こうとしているらしい。十分に殺傷力のある大きさだ。
 元々危険と隣り合わせの活動をしていたせいか、私の生命が脅かされることに対しての感覚は一般のそれと比べて鈍い。しかし昨今このような異界の生物による真っ直ぐな殺意に対してすら冷静であるのは、我ながらどうかしていると思う。決して死が怖くないわけではないはずなのだが。
(人間としての感覚……か)
 空間に超常の刃を撒きながら、そんなことを考えたりするのだ。
「左へ五歩進んで――」
 蓮子の指示通り移動すると、岩を持ち上げ単眼の視線をこちらへ向けるそれが前方にいた。両掌を向け、私も構える。
「正面十二歩、二百三十!」
 岩を投げ飛ばそうと仰け反った体はそのまま地面へ落ちた。幾度も繰り返した連携は指示から発動までが反射的速度の域に達しており、投石程度の初速は十分に上回る。
 投擲以外の手段は持たないようだ。幾つかの個体は直接こちらへ向かってきたが数歩のうちに頭部を刎ねる。やがて敵数に比例して投擲の手数も減り、そこからは瞬く間に私達が圧倒した。もはや避けるものもない最後の一体は蓮子に指示されるまでもなく目視で排除し、制圧完了。
 会敵から数分の出来事だった。味気ない話だが、もはやこの程度の怪異であれば力押しでなんとかなってしまう。
「これで全部かしら」
「お疲れ様。全部で十六体。結構流出が進んでいたわね」
「残るは本体だけね」
 私達は無防備になった神木へ近付き、異界の扉へ向き合う。
 現実の破れ目は混ざらない絵の具をかき混ぜ続けるように淀んだ色彩が流動しており、吸い込まれそうな魔性を湛えている。
 この先は別の世界に通じており、放置すると徐々に先程の影のような非現実の存在をこちらの世界へ染み出させていく。
 本来現実というヴェールに封印された世界の秘密――秘封。かつて私達、秘封倶楽部はその秘密を暴くことを趣旨としていた。
「始めるわよ」
 神木に浮かび上がった境界へ両掌をかざす。湿り気を帯びた奇妙な熱が私に触れ、あざとくも好奇心を煽った。誰にでも視え、自ら主張し姿を曝け出す秘密にどれほどの価値があるだろう。
 私は能力を起動し、冷めた心でかつて求めたものの成れの果て、目の前の退屈な物語に線を引く。
 その一触れで裂け目は爆ぜ、世界の法則により発生した現実がその隙間を繕った。同時に地面に飛散していた影の残滓も消滅し、非現実は一掃された。
 そう、ここは何の根拠もなく噂が一人歩きしただけの取るに足らない場所なのだ。
「修復完了っと」
 私は一息吐き出し、異能の回路の電源を落とす。右目の光が消え、私もまた現実にあるべき存在へと戻った。
 私の能力は蓮子と比べると燃費が悪く、長時間の使用は体に障る。下山という難敵に備えて体力は温存しておくべきだろう。
 秘封は「ある法則」の元、各地で活性化している。
 あちら側の存在は、こちら側に知られるべきではない――中間地点に足を踏み入れた私達二人を除いて。
 秘に封を。今、秘封倶楽部は「かつて訪れた場所を再訪し、境界を破壊すること」を目的としていた。
 それが世界と私達の秘密を守るための償いなのだ。
「さて、行こうか。夜が明けたら山から出るとき人目につくわ」
「あ、ちょっと待って」
 私は好奇心から境界の起点になっていた神木の穴を覗き込んだ。
 いつかの虚構は依然何の不思議も無く、底の見えない暗闇だけが冷たい空洞に広がっていた。
初の投稿になります。
拙い部分もあるかと思いますがご容赦いただけると幸いです。
一話完結ではありますが続けていきたいと思っています。よろしくお願いします。
うつしの
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コメント



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2.90奇声を発する程度の能力削除
面白くて良かったです
3.90サク_ウマ削除
なかなか良いと思います。今後の展望が楽しみです。
5.80ヘンプ削除
二人の能力の解釈や、戦闘も描写がよかったです。
続きが気になりました。
6.90小野秋隆削除
進化した二人の能力の描写が迫力あって、楽しめました。
7.100南条削除
おもしろかったです
秘封倶楽部社会人編みたいな趣でよかったです
別に社会人とは書いてないですが
進化した二人の能力と戦闘シーンに迫力がありました
続きも楽しみです
8.80モブ削除
勢いがある、と感じました。御馳走様でした