Coolier - 新生・東方創想話

お前なんてこれを読んで死ねばいい 弐

2019/01/25 22:26:54
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 自然の奔流の先に私達が見たのは雨だった。触覚をだらりと下げて多量の蟲を引き連れて、私の家に匿ってくれという。猫の家に虫を匿えとは愉快な話で、こいつは頭がパーなのだと思ったけれど、外で茶色い水に押し流されて確実に死ぬか、猫に喰われまいと小さい部屋で逃げ延びる覚悟を決めるかならば後者を選ぶ事もあるのだろうと思った。だが、人の形をした私とお前の基準に照らし合わせると沢山の蟲を家に上げるのは単純に不衛生と言えるし気が進まない。掃除全部やってくれるなら良いぞと言えば、彼女の連れる蟲までもが埃を口の中に運んで手伝った。砂と石が混ざった小汚い髪の毛を濯いで拭いてやれば、いつもの綺麗な緑髪だった。自分のみてくれがマシになったと見るや蟲たちを優しく拭いている彼女の姿は、対象が百足である事を除けば絵画の女神の如き慈しみに溢れたものだった。捕食関係とはいえ、家事を手伝ってくれてそれなりに清潔であろうと努力もする友達の友達を無碍に扱う気も無く、干してあった魚を3つ焼いた。家に上げてやった事に恩を感じているのならウチに湧くのはやめろと言い聞かせろと思った。

「自然の流れだから喰われるのも溺れるのも仕方ないよ。でも、目に届いちゃったくらいは助けないとやってられなくて。私にはこの子達の悲鳴が聞こえるから」

 1から100までがこんな感じで、世界中何処を探しても蠢く程居る蟲どもの悲鳴を一身に浴び続けているリグル・ナイトバグの心はとっくにボロ雑巾のようだった。私なら私以外の猫がどうなろうが知ったこっちゃないけれど、お優しいのかなんなのか、よくわからない。妖怪としての「たち」なのかもしれないし、彼女の「たち」なのかもしれない。そして、そんな彼女も寺小屋に通っている。子供は虫を引き千切って遊ぶ生き物だ。そんな奴らと彼女が仲良く出来るのかと問えば、意外と間に生じる軋轢は僅かなものだった。軋轢は常に彼女の中にだけ存在していた。蟲の命は軽いものであると、蟲の彼女は本能的に理解しているが、人間の様に賢い頭で夥しい数の断末魔に耐えられるのかと言えば答えはノーで、全てが破綻するスレスレの処を毎日生きている様な女だった。紫様の思惑はよくわからないけれど、その思惑が少なくとも「人間と妖怪の融和」には無い事は私にも断言できた。

「あのさ」

「なあに?」

「リグルはさ、なんで寺小屋に行ってるの」

「どういう意味?」

「子供は虫を殺すだろ?」

「ああー」

「なんで?」

「それは違うよ、橙」

「なにが」

「虫は何処に居ても世界に殺されてるんだ。何に殺されるかの違いでしかない。私に出来ることは何だと思う?」

「・・・さあ」

「何も起きてないと思うこと。寺小屋に通うのは、友達が居て楽しいからだよ。それ以外にある?」

 そう言って見せた笑顔は奇妙なことに、とても無邪気で本心から出たものだと理解できた。彼女は蟲を操る。蟲を助ける。彼女は蟲を使い潰す。蟲を見殺しにしながら笑っている。彼女の世界と心は大きな矛盾を抱えており、それに苦しみ、それに苦しむことすらも同義だった。彼女は狂う以外の選択肢を許されていなかった。

 雨はあっさりと止んだ。焼いた魚を歯でむしって食べた。リグルは優しく笑って、橙の焼いた魚は美味しいね、ほら、蟲達も美味しいって言ってるよ、と言った。きっと今も外から沢山の怨嗟の声が聞こえているのだろう。藍様の言う所ではあと数週間と持たずに幻想郷は豪雨で滅ぶらしい。そして博麗の巫女は動かない。妖精が暴れてるじゃないか、何故なのかと聞いたら、妖精が暴れてるのは只の結果であって、これは只の自然現象の範疇だからだという。例えば、まあありえないが、博麗の巫女がこれが異変だと言ってティタニアを探し出してぶっ飛ばした処で問題が解決したわけではない。人間の自業自得。新しい農法如きが何だと言うのだろう?土地を乱暴に使われて怒るなんてまるで人間みたいだ。下らない。それに、博麗の巫女が動かなかったからどうなるわけでもない。この小さな世界には、一体で草一本に至るまで殺し尽くせるような奴らが蟲のように蠢いていた。蟲のように。センチメンタリズムで、幻想郷がゴミみたいにパッと滅んで断末魔の渦中に置かれたら、少しでもリグルの気持ちが分かるかも知れないと思った。
 
「橙」

「なんだよ」

「橙は人間の感性に被れ過ぎなんだよ」

「うるっせえなあ、見透かしたようなこと言いやがって、そんなことお前に言われたくないんだよ!」

「ああーごめん、怒らないで」

「寝ろ!もう!」
参→ https://coolier.net/sosowa/ssw_l/222/1550747085
くろはすみ
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コメント



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1.100サク_ウマ削除
泥沼のような心象というか、怒りとやるせなさというか、そういうものがつよく伝わってきて、不気味な良さがありますね
3.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が面白く良かったです
4.20名前が無い程度の能力削除
幻想郷が滅びそうって時に、こんなタイミングで寺子屋通うのって聴くかな?
それから急に人間の感性の話になった?
7.100ヘンプ削除
凄いです。なんとも言えない橙の思いと、蟲の話でとても良かったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしかった
10.100モブ削除
子どもは虫を殺すことに良心の呵責を覚えないように、世界の破滅を迎えるときは案外こんなものなのかもしれませんね。面白かったです
11.100電柱.削除
カッコいい文章のまとめ方で良かったです。良い意味でキャラが冷淡でテンポ良く読めました。3もお待ちしてます。
12.100南条削除
とても面白かったです
破滅に向かう世界のなかでも自らのスタンスを崩さないような橙たちがよかったです
13.60名前が無い程度の能力削除
くろはすみさんの作品は独特の雰囲気を持ってますね!好きです!
17.90小野秋隆削除
読みやすいし、おもしろかったです。
18.100仲村アペンド削除
全話読み終わってからの感想になります2回目。リグルについての不可思議さが橙の感情として読み取れるのがとても上手だと思いました。