ここはさとりの書斎。地霊殿の主は書類に目を通していた。窓から正門のほうへ視線を移すと、
最近ストライキが終わって業務を再開した夜雀メッセンジャーの宅配員が降り立ったのが見えたので、彼女は部屋を後にし、玄関へと向かった。
ただでさえインドア派なので、こういった機会に動いておかないと運動不足になる。自転車マニアでアウトドア派の妹、こいしとは対照的だった。
今日も朝早くから、妹は自転車で出かけてしまっていた。こいしが自転車で出かけるときには、玄関に無造作にスカートと下着が脱ぎ捨ててあるので、
もはやさとりはその2枚の布切れを見ても、「行って来ます」の置手紙として好意的に受け取るようになっていた。
Biggest Thanks!Amazing Art Drawn by 政長 様 twitter@naga_masanaga
叫び
読者諸君には、今さとりが目を通していた書類を覗いてみる権利があると思う。そこにはこのような文があった。
"威勢が良く、道に対して奇をてらわずに向き合い、実直に成果を出す兆しを見せる理想的な若者が、もし実績と資産を持っていなかった場合、
彼を潰すのは簡単だ。そうやって数え切れないほどの才能が、花開く前に死んでいったのだ。
それではあなた自身がその悲劇の二の舞にならないためにはどのようなテクニックが必要なのだろう。一つのベターなwayは、
もはや潰そうとしても潰せぬほどに巨大な実績と資産を蓄えてしまうまでは、目立たずに風除けの人に隠れていることだ。
そう、自転車ロードレースにおいて、アシストの選手が最後の最後の勝負どころまでチームのエースのすぐ前を走って懸命に引っ張り、
もはや他チームに彼らのエースに追いつくほどの余力が残っていないほどにエースが脚を溜め、相対的に巨大な資産となったときに、
ロケットが発射されるように、全ての自転車を置き去りにしていくようにだ。これこそロールモデルにするべきなのだ。"
「こんにちわ~!夜雀メッセンジャーでーす!紅鮭の切り身をお届けにあがりましたー!」
宅配員の朗らかな声が地霊殿の門扉の内側まで響く。
「ストが無事に明けてほっとしたわ~。私達の館なんて、新鮮な魚が手に入らなくて、乾物や塩漬けでしのいでいたわ。
身欠きにしんとか棒ダラとかね。」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私個人としては、1ヶ月ほど余計に休めて、その間いろいろ旅行に行ったりしてましたし、
いざ業務が再開したら賃上げされてるし、得しかしてないんです。何か悪いなって。」
「何言ってるの。当然の権利よ。」さとりは優しくほほえみかけた。その様子を地霊殿に勤めるメイドの一人が、掃除をしながら横目でチラと見る。
「あの配達員、さとり様が夜雀メッセンジャーの経営陣にストの早期解決の圧力をかけたの、知ってるのかしらね。」
配達員は仕事がひとつ片付いた安心感と開放感で、歌いながら地上へと飛び立っていった・・・。
ここはとある道路。
地面に落ちたレモンは、両端の突起をフリフリと上下に揺らしながらコロコロと道路のなかほどに転がった。やがて止まると、
トンボが一匹レモンに腰を落ち着けたが、すぐに何かに気がついたのか、また飛んでいってしまった。向こうから白のステーションワゴンが走ってきて、
レモンはグシャリと踏まれた。もし今、道路のすぐ上に顔をかざす人、例えば身長の低い子供などがあったなら、その人は爽やかなレモンの匂いを楽しむことができただろう。
かすかなほろ苦さもその香り成分の中に見つけながら・・・。
ちょうど時を同じくして、地霊殿ではさとりが夕食の下ごしらえをしていた。さとりは鮭の切り身に塩コショウをふると、オレンジ果汁とともにレモンをしぼってふりかけた。
このまま夕食時まで冷蔵庫で寝かせておき、グリルする。食卓に供する直前に、タイムとディル、ローズマリーとガーリックを加えたバターを塗れば、
さとり特製Citrus Salmonの完成だ。この料理はこいしはもとより、お燐が非常に喜ぶ。この猫ちゃんは鮭が乗っていた皿まで夢中で舐めるので、
いつもその姿をさとりは慈愛に満ちた表情で見つめるのだ。
このようにして、偶然にも同時刻に違う場所で、白いステーションワゴンと赤い鮭の切り身にレモンの果汁がまとわれた。だが、前者は役にはたたなさそうだ。
焼く前の風味付けなんて、車には必要ない。
レモンはタイヤに乗られた圧力で皮に亀裂が入り、すっかりぺちゃんこになって果汁がアスファルトに浸みた。
そこだけ灰色がすこし濃くなった。とんぼがヒラヒラと飛んできて、再び潰れたレモンの上に止まった。さっきのトンボとは別の個体だろう。
・・・また遠くから何か乗り物が近づいてくるようだ。幅わずか1インチ弱ほどの車輪が、さっそうと潰れたレモンの横を通り抜けていく。
今度はとんぼはそのままレモンに腰をおちつけたままでいた。
とんぼの数千ともいわれる膨大な数の複眼に、今しがた通り抜けて行った乗り物と主の姿が映る。
そのサドルの上には全く何も身につけていない尻が乗っていた。
こいしは、ハンドルを握る手をブラケット上からドロップバーに移した。ロードバイク初心者にとっては、一瞬手放し運転になるので緊張感の漂うこの動作も、
鍛え上げられた分厚い体幹を持つこいしにとってはお手の物だ。右手の人差し指をデュアルレバーにかけ、バイクの正中線側に倒すこと2回。
パリッ!パリッ!と小気味良い音をリアディレイラーは立てながら、スプロケットの歯数は15Tから14T、14Tから13Tへと遷った。
「フッ・・・!」短い吐息と共に、こいしは腹圧を一層上げた。そうぼう筋や肩関節回旋筋群も背骨に寄せる。
こいしの体を今真横から見たとき、頂点にあるのは頭ではなく腰だ。
みるみるうちにバイクの速度は上がっていくが、なおも腹圧の高さとハンドル引き込みの強さは休みを入れず、片時も緩めない。
「いい感じだわ。加速がうまくいっているときは、まるで自分は動いていないのに、景色だけがやけに早く後方に流れるような錯覚に陥るの。」
やがてこいしは、前を走る白いステーションワゴンに追いついた。車の後ろに貼り付くと、驚くほど楽に走れる。自転車が走行中に受ける抵抗は転がり抵抗と空気抵抗なのだが、
このうち速度とより相関して上昇するのは空気抵抗のほうだ。よって、自転車は自らと同じ速度で走る自動車や自転車の後ろに貼り付くことが戦略上非常に重要となる。
これは俗にドラフティング行為と呼ばれる。スイスイとあっという間に道路を進み、やがて交差点が見えてきた。
左の歩道には、2人の歩行者が信号待ちをしていた。一人は杖を付いた老紳士、そしてもう一人は背中から枝が生え、7色の宝石がぶら下がるという特徴的な外見をした少女だ。
「あっ、あの後姿・・・フランちゃんね!信号待ちしてるみたいだから止まらなきゃ・・・」
こいしは尻を思い切り後ろに突き出して、両手のレバーを握った。この姿勢をとることで、制動距離を飛躍的に短く出来るのだ。
何もサブタレイニアンローズとサブタレイニアンデイジーを見せびらかすためにやっているわけではない。彼女の奇行には隠れた合理性がある。
こいしは歩行者のために止まったのだが、白のステーションワゴンは、車道に掲げられた信号が青だからといって、
そのまま交差点に突入してしまった。
「アワワ・・・フランちゃぁ~ん、気をつけて!」
さて、横断歩道の信号が青になった・・・。だが、フランは信号が青になったからといって反射的に歩みを進めだすような間抜けではない。
まずは前方から右折車が来ないか確認する。ずっと前方まで車がいないのが確認できたので、これで対向右折車が横断歩道に突っ込んでくるリスクは
消えた。次に、後ろを振り返る。フランの絹糸のような金髪がフワリと顔の動きに遅れて翻り、ほのかに乳臭い香りが舞った。
「おっ、案の定来ましたか。アホな左折車が。」
信号が青なので脊髄反射的に「左折オーケー」と判断し、歩行者がいてもお構い無しに突っ込んでくる。何がオーケーだ。矢沢か。
最近はこのタイプのドライバーが本当に増えた。交差点で車道の信号が青なら、隣接する横断歩道も青信号になるので歩行者がいないか確かめ、
もし居たら少し待って、歩行者が渡るのを見守る。こんな簡単なことも出来ないらしい。
それではこういう人は、他に何が出来るのだろう?おそらく、何も出来ないのだろう。ただの人員水増し要員、今すぐ死んでも誰も困らない。
フランは、自分の前を通って左折する白いステーションワゴンを眺めながら、ちょっと運命をいじってみた。そりゃレミリアお姉さまのように高度なことは出来ないけれど、
ちょっとした運命のいたずらくらいは別けなく出来る。私は悪魔の妹。見くびってもらっちゃあ困るわ。
フランの隣に立つ老紳士の腰は曲がり、杖をついてはいるが、白髪の眉の下の眼にはまだ力があり、服装もパナマハットにヘリンボーンのジャケット・・・なかなかオシャレだ。
老人のなかには彼のように、体はもう思うように動かなくとも、心は若い頃と何も変わらずにいる人もいるのであなどれない。
老人は信号が青になったので、杖を自分の右足の45度前方に接地させ、一歩踏み出そうとしたが、横に立つフランが一歩も動こうとしないので、
怪訝そうに歩みを止めた。直後に白のステーションワゴンは急に左後方から現れ、老人の目前を駆け抜けていった。
着ていたジャケットの裾が、風圧でハラリとめくれ、ほどなくして元に戻った。
「(横に立つこの少女がいなければ、私は今頃轢かれていた・・・。)お嬢ちゃん、ありがとう。」
世の中まだまだ捨てたもんじゃないという晴れやかな気持ちが、老人のかすかに下がった目じりとフランをまっすぐに見つめる瞳の輝き、
そして何より「あ、り、が、と、う」と記すのが適切なように、はっきり伝わるように発声した謝辞。これらすべてに表れていた。
速度を緩めることもなく、左へと走り去っていく白のステーションワゴン。その上空には、クレーンに吊られた建材のH鋼がユラリと揺れると、
重さのつりあわない天秤のように、ちょっと困ったような挙動を見せてから、クレーンのフックに掛けられたワイヤーをスルリと抜けて落下した。
まるでクレー射撃競技で、横方向に射出されたクレーに直交する銃弾の弾道が見事に重なるかのように、H鋼はステーションワゴンの運転席を貫いたのであった。
爆発でもあったかのような音が辺りを支配する。老人は完全に腰を抜かしてしまった。
「フフッ。ど~れ。血が吹き出る水風船と化した骸を鑑賞しに行きますか。」
フランはゾクゾクした興奮に身を震わせながら、白い鉄くずに歩み寄る。だが、フランは後ろから駆けてきた少女に追い抜かれた。
勝手知ったる、見慣れた顔だった。
「うっわぁ~、事切れてるぅ~☆数秒前までは人間の男だったけど、これもうお便所だね!」
尿意をもよおしたら普通、下の着衣を降ろして準備しなければならない。余談だが竹林に住む藤原妹紅などは、この小便をするまでの準備が大変だとこぼしているくらいだ。
だがこいしの場合、その独特のファッションセンスの故に、全く何の予備動作もせずに即座に放尿できるのだ。
「さ、私のイドの解放、たぁ~んと味わいなさぁ~い!」
こいしは高らかに宣言すると、亡骸の半開きの口に恥丘をフィットさせ、己のダムに溜まったLemon Juiceを放流した。
亡骸はもはや入ってきた液体に対し、喉の開け閉めで反応することはない。食道にはただホースに流れる水が2股に分かれた道へと適当に配分されるだけだ。
無論この2股の道とは、肺への道と胃への道である。亡骸の体内にたっぷりと果汁のつまったレモンを作り上げると、
「じゃあこれ、もらっていくね!」と言い放ち、こいしは車外に出た。
「もぉ~、はしたないんだから!人の獲物を横取りしないのっ!」
フランはプクーッと頬を膨らませながら、両拳の背を腰の横に付けて怒ったポーズをした。でもそれはポーズだけであって、
親友とバッタリ会った嬉しさに、今にも破顔しそうだ。
「ほらほら見てみてフランちゃぁ~ん♪ウミガメの産卵~♪」
満面の笑みで振り返りながら、こいしはフランに尻を向ける。こいしのサブタレイニアンデイジーからは、白い球体がひり出てきて、
デイジーがキュッ!と締まるのと同時に、加速しながら転げ落ちた。最初は白一色だと思っていたが、ところどころ赤みがかったピンク色の糸が絡みつき、
黒曜石のように美しい小さな円が、球体のなかほどに位置してアクセントになっていた。そう、こいしがウミガメの卵に見立てたそれは、
ステーションワゴンのドライバーの眼球だったのである。
こいしは抜き取ったガソリンを天井の潰れたステーションワゴンに振りかけ、4つのタイヤの空気を抜いた。
「むむっ!タイヤに空気が入ったままでは、火をつけたときに膨張し、タイヤが破裂する。それをこの娘、知っているな。
奇行ばかりの変態と思わせておいて、なかなかこやつ、馬鹿ではない。」と、フランは感心しきりだ。
「フランちゃん、それなあに~?」車に火をつけ終えたこいしが、フランに駆け寄る。
こいしはフランが蒲鉾板ほどの金属板を手にとって眺めているのに興味を示した。
「あぁこれ?あなたが今お便所にした人間が、死ぬ直前までいじってたものよ。まったく、スマホながら運転までしてたなんて、地獄行き決定ね。」
画面には、水色の背景に緑色の吹き出しが列をなして並んでいる。こいしがそのうちの一つをふざけて読む。
「え~となになに?"いっくん、お仕事お疲れ様。紙おむつが切れたから、買って帰って来てね"ふ~ん、この人間いっくんって呼ばれてたの。」
「今は逝っくんになっちゃったけどね。」
フランはそう言うと、寄り目をして舌をベロッと出した。
「あっはっはっはっはっは!!!あっはっはっはっはっは!!!」
両手を繋ぎながら、二人はメリーゴーラウンドのようにクルクルと回った。目の前には愛する親友の幸せそうな顔。
そして背景には1秒に一回、黒い煙をもうもうと立てて燃え上がる赤い炎。回るたびにその煙と炎は二人の目の前に現れては消え、また現れては消えた。
二人はもう楽しさを我慢できない。今日はこれまでフランは散歩、こいしはサイクリングでそれぞれ一人の時間を楽しんでいたのだが、
誰にも気兼ねなく一人の時間を楽しむことで、孤独を求める欲望は解消されていくと同時に、今度は友達と腹から笑って楽しい時間を過ごしたいという欲求は募っていく。
今二人は、孤独のストレスも人間関係のストレスもない、人生の絶頂に居た。
「ねぇねぇフランちゃん?フランちゃんにとって今日の出来事は、フランちゃんが横断歩道で左折車に轢かれそうになったから意趣返しにやったことで、
プラスマイナスの収支はゼロじゃない?それなのに私と来たら、ステーションワゴンにドラフティング行為して楽に自転車を進めただけでもプラスなのに、
今こうやって"ウミガメの産卵"と"イドの解放"が出来たから、もう~大黒字みたいなもんなのよぉ!私、フランちゃんと一緒に居るといつも思うの。
私ばっかり要領よく得をしているなぁって。」
「なぁ~に言ってるのよ。水臭いわよ。もっとも、何故かオシッコの臭いはちょっとするけど・・・。」
「ウフフ。だからお礼をするわ。ちょっと目を瞑っててね。」
「はいはい。何かしら。」
フランは微笑を浮かべつつ、言われたとおりにした。この制御不能の閉じた恋の瞳の言いなりになるのは、実はあまり嫌いじゃない。
チュッ!
フランの紅潮した白い頬に、こいしの柔らかなマシュマロのような唇が衝突した。フランはちょっと驚いたように目をパチッと開けて、
長いまつげを上下に分かれさせると、こいしはちょっと澄ましたような顔で、燃え盛る炎に視線を戻しているのであった。
Citrus Salmonを頬張りながら、今日フランと一緒にどのようにして遊んだかを矢継ぎ早に説明してくるこいしを見て、さとりは満足した。
(これこそが、子供にしかできないことなのよ。)
こうしたフランやこいしのような容姿に見合わぬ多大な力を持った小妖怪の戯れによって、幻想郷も現世も秩序を保っている。
今回の白いステーションワゴンが鋼材に潰された事故は、世界を行き来する交通量の調整といえる。
事故が起こらなければ際限なく自動車の台数と消費エネルギー、さらには輸送の高速化によって財やサービスが消費されるサイクルは高まり続け、
世界がいくつあっても足りなくなる。フランやこいしの残酷な、幼児の嗜虐性に満ちた遊びが、畑の野菜を間引き、林の枝を打って日光が差すように、
世界に精妙なバランスを生み出す。
玉座に座るものにはもはや児戯の当事者になることは憚られる。レミリアとさとりは、明日からもドラフティングの風除けに喜んでなるだろう。
風除けに使われている側が損をしているとは限らない。
笑い声が絶えない地霊殿の夕餉。しかしもちろん、世の中の全ての家庭がこのような時間を享受するというわけではない。
例えばとある民家では、若い女性が薄暗い部屋で一人、誰に聞かせるでもなく蚊の鳴くような声で、次のような言葉をつぶやいていた。
「あぁ、あんな巨大な鉄の塊に押しつぶされるなんて、いっくん、苦しかったでしょう・・・。」
愛する夫の在りし日の笑顔をたたえた黒い額縁を見ると涙が出てくる。
「この世には神も仏もないの?いっくんの車が通過するよりほんの少し早く、それかほんの少し遅く、鉄が落ちてきていたら、
今日もあの頃と何も変わらない幸せな生活を送れていたのに・・・。」
「あるいは、いっくんの車のほうに、神様は警告をしてくれても良かったじゃない!道路に石が落ちていて速度を緩めるとか!
道を渡る人がいて、車を停めなきゃならなかったとか!なんでよりによってこの日は、何事もなく道が流れていたのよ!」
独り言の声量が思わず大きくなる。半開きにされていた部屋の扉から、赤ん坊がハイハイしながら入ってきた。
先ほどまで昼寝していたが、起きて母を捜して活発に動き回り出したらしい。彼女の立場は哀れな未亡人から母親へと変わった。
「この子を育て上げるのが私の勤め。辛いときにはいっくん、力を貸してね。あなたは今でも私の光。」
私、ラビィ・ソーは念願かなって、再び永琳先生のお仕事ぶりを取材させていただく僥倖にありつけた。
「どうせ仏さんが運ばれてくるまで、かしこまって待っていても、気を緩めて待っていても、いざ仕事が始まったら、
やることは変わらない。変わるという人がいるのなら、その人は自分の出来ること以上に仕事の出来を良く見せたいという虚飾から来るものよ。
だからあなたもゆっくりするといいわ・・・。」
残業2500時間超の多忙な彼女が言うと、凄みがある。彼女は鉢植えのアンスリウムの、いきり立った筒状の部分を人差し指と親指で弄びながら、
検案されるために運ばれてくる遺体を待っていた。アンスリウムは世界中でポピュラーな花のひとつだが、中学生男子からは不本意なあだ名で呼ばれてしまうのがちょっと気の毒な花だ。
その原因は、永琳先生が今触っておられる部分にある。これは肉穂花序(にくすいかじょ)といい、この筒の表面を覆うつぶつぶの一つ一つが、アンスリウムの花なのである。
そして一見花に見えている、真紅の部分は実は葉なのだ。
永琳先生の嘗め回すような指使いで愛撫されているアンスリウムを見ると、正直、私の肉穂花序と替わってほしかった。
「これから永琳ドクターが死体検案を行うのを目の当たりにすると、なんだか米津玄師のLemonでも、BGMにかけたくなりますネ。」
と、私は思わず口が滑ってしまった。永琳は表情ひとつ変えず、視線もアンスリウムから離さないまま、ポツリとつぶやいた。
「レモンだ?貴様この野郎。」
永琳女史曰く、「まず、医師が患者の診療をしている期間中に死亡した場合だが、これは遺族の承諾を得て後、死体解剖保存法7条にもとづき、病理解剖が行われる。
この遺族への承諾と遺体の回収は若い医師がやることになっているの。私も随分行ったものよ。」
ラビィ・ソー「私も駆け出しの記者の頃は、先輩の取材のアポを取り付ける役回りをやらされました。とはいっても、ほとんどは事務的にことが運ぶので、ただの雑用のようなものですけど。」
永「遺族への承諾を伺いにいくときに、遺族の反応は大別すると2種類ね。家族の死が世の中の役に立つのなら、とすんなり承諾してくれる場合。そして・・・」
ラ「遺族が悲しんでいるときに、そのような商売じみた話題を出すなんて不謹慎だと怒られる?」
永「Exactry.」
ラ「辛くないですか?」
永「早く承諾をとりつけなければ解剖の精度は下がるので、承諾を急ぐ仕事上の誠実さ、愛する家族との別れに間髪をいれず決断を迫る不誠実さ。
その2つの板ばさみだからかしら?遺族からは悪人と呼ばれ、同僚からはいい仕事だと呼ばれればいいだけだわ。
これはね、善行をしたために人から恨まれるという事実を経験するための修業でもあるのよ。だから若いものにやらせるの。」
ラ「こうやって数多くの修羅場を潜ってきた永琳先生だからこそ、計り知れない色気がにじみ出るというわけなんですね。」
永「ガキが・・・舐めてると潰すぞ。で、今回は事故現場で発見された異常死体なので、これから私が行う検死で犯罪死の疑いありと判断されれば司法解剖、
非犯罪死となれば行政解剖か承諾解剖、あるいは解剖は行われないわ。犯罪死の場合はほぼ強制的に解剖が行われることになるわね。」
ラ「その場合もご遺族に説明すると揉めますか?何せ、強制的な解剖ですから。」
永「事件の解決や犯人の残虐性の証明として量刑に加算されることがあると説明すると、
多くの場合『一刻も早く解剖に取り掛かってください。』と急かされるわ。復讐心というのは後に残された人の体に力を宿し、
果断に富んだ活力を漲らせるということなのね。」
ほどなくして遺体が運ばれてきた。皮膚は豚の丸焼きか北京ダックのようにあめ色に焼け爛れ、頭蓋骨は柑橘類が上から押しつぶされたかのように、
亀裂が入って割れている。そして眼窩の片方が不自然にえぐられ、片方の目が無い。
私は、(事故で目がピンポイントにえぐられるなんてことあるか?これはきっと司法解剖に・・・ウッ!)
そこまで考えをめぐらせたところで、吐き気がこみ上げてきて、一旦トイレへ行かせてもらうことにした。永琳女史は構わずに仕事を続けた。
最近ストライキが終わって業務を再開した夜雀メッセンジャーの宅配員が降り立ったのが見えたので、彼女は部屋を後にし、玄関へと向かった。
ただでさえインドア派なので、こういった機会に動いておかないと運動不足になる。自転車マニアでアウトドア派の妹、こいしとは対照的だった。
今日も朝早くから、妹は自転車で出かけてしまっていた。こいしが自転車で出かけるときには、玄関に無造作にスカートと下着が脱ぎ捨ててあるので、
もはやさとりはその2枚の布切れを見ても、「行って来ます」の置手紙として好意的に受け取るようになっていた。
Biggest Thanks!Amazing Art Drawn by 政長 様 twitter@naga_masanaga
叫び
読者諸君には、今さとりが目を通していた書類を覗いてみる権利があると思う。そこにはこのような文があった。
"威勢が良く、道に対して奇をてらわずに向き合い、実直に成果を出す兆しを見せる理想的な若者が、もし実績と資産を持っていなかった場合、
彼を潰すのは簡単だ。そうやって数え切れないほどの才能が、花開く前に死んでいったのだ。
それではあなた自身がその悲劇の二の舞にならないためにはどのようなテクニックが必要なのだろう。一つのベターなwayは、
もはや潰そうとしても潰せぬほどに巨大な実績と資産を蓄えてしまうまでは、目立たずに風除けの人に隠れていることだ。
そう、自転車ロードレースにおいて、アシストの選手が最後の最後の勝負どころまでチームのエースのすぐ前を走って懸命に引っ張り、
もはや他チームに彼らのエースに追いつくほどの余力が残っていないほどにエースが脚を溜め、相対的に巨大な資産となったときに、
ロケットが発射されるように、全ての自転車を置き去りにしていくようにだ。これこそロールモデルにするべきなのだ。"
「こんにちわ~!夜雀メッセンジャーでーす!紅鮭の切り身をお届けにあがりましたー!」
宅配員の朗らかな声が地霊殿の門扉の内側まで響く。
「ストが無事に明けてほっとしたわ~。私達の館なんて、新鮮な魚が手に入らなくて、乾物や塩漬けでしのいでいたわ。
身欠きにしんとか棒ダラとかね。」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私個人としては、1ヶ月ほど余計に休めて、その間いろいろ旅行に行ったりしてましたし、
いざ業務が再開したら賃上げされてるし、得しかしてないんです。何か悪いなって。」
「何言ってるの。当然の権利よ。」さとりは優しくほほえみかけた。その様子を地霊殿に勤めるメイドの一人が、掃除をしながら横目でチラと見る。
「あの配達員、さとり様が夜雀メッセンジャーの経営陣にストの早期解決の圧力をかけたの、知ってるのかしらね。」
配達員は仕事がひとつ片付いた安心感と開放感で、歌いながら地上へと飛び立っていった・・・。
ここはとある道路。
地面に落ちたレモンは、両端の突起をフリフリと上下に揺らしながらコロコロと道路のなかほどに転がった。やがて止まると、
トンボが一匹レモンに腰を落ち着けたが、すぐに何かに気がついたのか、また飛んでいってしまった。向こうから白のステーションワゴンが走ってきて、
レモンはグシャリと踏まれた。もし今、道路のすぐ上に顔をかざす人、例えば身長の低い子供などがあったなら、その人は爽やかなレモンの匂いを楽しむことができただろう。
かすかなほろ苦さもその香り成分の中に見つけながら・・・。
ちょうど時を同じくして、地霊殿ではさとりが夕食の下ごしらえをしていた。さとりは鮭の切り身に塩コショウをふると、オレンジ果汁とともにレモンをしぼってふりかけた。
このまま夕食時まで冷蔵庫で寝かせておき、グリルする。食卓に供する直前に、タイムとディル、ローズマリーとガーリックを加えたバターを塗れば、
さとり特製Citrus Salmonの完成だ。この料理はこいしはもとより、お燐が非常に喜ぶ。この猫ちゃんは鮭が乗っていた皿まで夢中で舐めるので、
いつもその姿をさとりは慈愛に満ちた表情で見つめるのだ。
このようにして、偶然にも同時刻に違う場所で、白いステーションワゴンと赤い鮭の切り身にレモンの果汁がまとわれた。だが、前者は役にはたたなさそうだ。
焼く前の風味付けなんて、車には必要ない。
レモンはタイヤに乗られた圧力で皮に亀裂が入り、すっかりぺちゃんこになって果汁がアスファルトに浸みた。
そこだけ灰色がすこし濃くなった。とんぼがヒラヒラと飛んできて、再び潰れたレモンの上に止まった。さっきのトンボとは別の個体だろう。
・・・また遠くから何か乗り物が近づいてくるようだ。幅わずか1インチ弱ほどの車輪が、さっそうと潰れたレモンの横を通り抜けていく。
今度はとんぼはそのままレモンに腰をおちつけたままでいた。
とんぼの数千ともいわれる膨大な数の複眼に、今しがた通り抜けて行った乗り物と主の姿が映る。
そのサドルの上には全く何も身につけていない尻が乗っていた。
こいしは、ハンドルを握る手をブラケット上からドロップバーに移した。ロードバイク初心者にとっては、一瞬手放し運転になるので緊張感の漂うこの動作も、
鍛え上げられた分厚い体幹を持つこいしにとってはお手の物だ。右手の人差し指をデュアルレバーにかけ、バイクの正中線側に倒すこと2回。
パリッ!パリッ!と小気味良い音をリアディレイラーは立てながら、スプロケットの歯数は15Tから14T、14Tから13Tへと遷った。
「フッ・・・!」短い吐息と共に、こいしは腹圧を一層上げた。そうぼう筋や肩関節回旋筋群も背骨に寄せる。
こいしの体を今真横から見たとき、頂点にあるのは頭ではなく腰だ。
みるみるうちにバイクの速度は上がっていくが、なおも腹圧の高さとハンドル引き込みの強さは休みを入れず、片時も緩めない。
「いい感じだわ。加速がうまくいっているときは、まるで自分は動いていないのに、景色だけがやけに早く後方に流れるような錯覚に陥るの。」
やがてこいしは、前を走る白いステーションワゴンに追いついた。車の後ろに貼り付くと、驚くほど楽に走れる。自転車が走行中に受ける抵抗は転がり抵抗と空気抵抗なのだが、
このうち速度とより相関して上昇するのは空気抵抗のほうだ。よって、自転車は自らと同じ速度で走る自動車や自転車の後ろに貼り付くことが戦略上非常に重要となる。
これは俗にドラフティング行為と呼ばれる。スイスイとあっという間に道路を進み、やがて交差点が見えてきた。
左の歩道には、2人の歩行者が信号待ちをしていた。一人は杖を付いた老紳士、そしてもう一人は背中から枝が生え、7色の宝石がぶら下がるという特徴的な外見をした少女だ。
「あっ、あの後姿・・・フランちゃんね!信号待ちしてるみたいだから止まらなきゃ・・・」
こいしは尻を思い切り後ろに突き出して、両手のレバーを握った。この姿勢をとることで、制動距離を飛躍的に短く出来るのだ。
何もサブタレイニアンローズとサブタレイニアンデイジーを見せびらかすためにやっているわけではない。彼女の奇行には隠れた合理性がある。
こいしは歩行者のために止まったのだが、白のステーションワゴンは、車道に掲げられた信号が青だからといって、
そのまま交差点に突入してしまった。
「アワワ・・・フランちゃぁ~ん、気をつけて!」
さて、横断歩道の信号が青になった・・・。だが、フランは信号が青になったからといって反射的に歩みを進めだすような間抜けではない。
まずは前方から右折車が来ないか確認する。ずっと前方まで車がいないのが確認できたので、これで対向右折車が横断歩道に突っ込んでくるリスクは
消えた。次に、後ろを振り返る。フランの絹糸のような金髪がフワリと顔の動きに遅れて翻り、ほのかに乳臭い香りが舞った。
「おっ、案の定来ましたか。アホな左折車が。」
信号が青なので脊髄反射的に「左折オーケー」と判断し、歩行者がいてもお構い無しに突っ込んでくる。何がオーケーだ。矢沢か。
最近はこのタイプのドライバーが本当に増えた。交差点で車道の信号が青なら、隣接する横断歩道も青信号になるので歩行者がいないか確かめ、
もし居たら少し待って、歩行者が渡るのを見守る。こんな簡単なことも出来ないらしい。
それではこういう人は、他に何が出来るのだろう?おそらく、何も出来ないのだろう。ただの人員水増し要員、今すぐ死んでも誰も困らない。
フランは、自分の前を通って左折する白いステーションワゴンを眺めながら、ちょっと運命をいじってみた。そりゃレミリアお姉さまのように高度なことは出来ないけれど、
ちょっとした運命のいたずらくらいは別けなく出来る。私は悪魔の妹。見くびってもらっちゃあ困るわ。
フランの隣に立つ老紳士の腰は曲がり、杖をついてはいるが、白髪の眉の下の眼にはまだ力があり、服装もパナマハットにヘリンボーンのジャケット・・・なかなかオシャレだ。
老人のなかには彼のように、体はもう思うように動かなくとも、心は若い頃と何も変わらずにいる人もいるのであなどれない。
老人は信号が青になったので、杖を自分の右足の45度前方に接地させ、一歩踏み出そうとしたが、横に立つフランが一歩も動こうとしないので、
怪訝そうに歩みを止めた。直後に白のステーションワゴンは急に左後方から現れ、老人の目前を駆け抜けていった。
着ていたジャケットの裾が、風圧でハラリとめくれ、ほどなくして元に戻った。
「(横に立つこの少女がいなければ、私は今頃轢かれていた・・・。)お嬢ちゃん、ありがとう。」
世の中まだまだ捨てたもんじゃないという晴れやかな気持ちが、老人のかすかに下がった目じりとフランをまっすぐに見つめる瞳の輝き、
そして何より「あ、り、が、と、う」と記すのが適切なように、はっきり伝わるように発声した謝辞。これらすべてに表れていた。
速度を緩めることもなく、左へと走り去っていく白のステーションワゴン。その上空には、クレーンに吊られた建材のH鋼がユラリと揺れると、
重さのつりあわない天秤のように、ちょっと困ったような挙動を見せてから、クレーンのフックに掛けられたワイヤーをスルリと抜けて落下した。
まるでクレー射撃競技で、横方向に射出されたクレーに直交する銃弾の弾道が見事に重なるかのように、H鋼はステーションワゴンの運転席を貫いたのであった。
爆発でもあったかのような音が辺りを支配する。老人は完全に腰を抜かしてしまった。
「フフッ。ど~れ。血が吹き出る水風船と化した骸を鑑賞しに行きますか。」
フランはゾクゾクした興奮に身を震わせながら、白い鉄くずに歩み寄る。だが、フランは後ろから駆けてきた少女に追い抜かれた。
勝手知ったる、見慣れた顔だった。
「うっわぁ~、事切れてるぅ~☆数秒前までは人間の男だったけど、これもうお便所だね!」
尿意をもよおしたら普通、下の着衣を降ろして準備しなければならない。余談だが竹林に住む藤原妹紅などは、この小便をするまでの準備が大変だとこぼしているくらいだ。
だがこいしの場合、その独特のファッションセンスの故に、全く何の予備動作もせずに即座に放尿できるのだ。
「さ、私のイドの解放、たぁ~んと味わいなさぁ~い!」
こいしは高らかに宣言すると、亡骸の半開きの口に恥丘をフィットさせ、己のダムに溜まったLemon Juiceを放流した。
亡骸はもはや入ってきた液体に対し、喉の開け閉めで反応することはない。食道にはただホースに流れる水が2股に分かれた道へと適当に配分されるだけだ。
無論この2股の道とは、肺への道と胃への道である。亡骸の体内にたっぷりと果汁のつまったレモンを作り上げると、
「じゃあこれ、もらっていくね!」と言い放ち、こいしは車外に出た。
「もぉ~、はしたないんだから!人の獲物を横取りしないのっ!」
フランはプクーッと頬を膨らませながら、両拳の背を腰の横に付けて怒ったポーズをした。でもそれはポーズだけであって、
親友とバッタリ会った嬉しさに、今にも破顔しそうだ。
「ほらほら見てみてフランちゃぁ~ん♪ウミガメの産卵~♪」
満面の笑みで振り返りながら、こいしはフランに尻を向ける。こいしのサブタレイニアンデイジーからは、白い球体がひり出てきて、
デイジーがキュッ!と締まるのと同時に、加速しながら転げ落ちた。最初は白一色だと思っていたが、ところどころ赤みがかったピンク色の糸が絡みつき、
黒曜石のように美しい小さな円が、球体のなかほどに位置してアクセントになっていた。そう、こいしがウミガメの卵に見立てたそれは、
ステーションワゴンのドライバーの眼球だったのである。
こいしは抜き取ったガソリンを天井の潰れたステーションワゴンに振りかけ、4つのタイヤの空気を抜いた。
「むむっ!タイヤに空気が入ったままでは、火をつけたときに膨張し、タイヤが破裂する。それをこの娘、知っているな。
奇行ばかりの変態と思わせておいて、なかなかこやつ、馬鹿ではない。」と、フランは感心しきりだ。
「フランちゃん、それなあに~?」車に火をつけ終えたこいしが、フランに駆け寄る。
こいしはフランが蒲鉾板ほどの金属板を手にとって眺めているのに興味を示した。
「あぁこれ?あなたが今お便所にした人間が、死ぬ直前までいじってたものよ。まったく、スマホながら運転までしてたなんて、地獄行き決定ね。」
画面には、水色の背景に緑色の吹き出しが列をなして並んでいる。こいしがそのうちの一つをふざけて読む。
「え~となになに?"いっくん、お仕事お疲れ様。紙おむつが切れたから、買って帰って来てね"ふ~ん、この人間いっくんって呼ばれてたの。」
「今は逝っくんになっちゃったけどね。」
フランはそう言うと、寄り目をして舌をベロッと出した。
「あっはっはっはっはっは!!!あっはっはっはっはっは!!!」
両手を繋ぎながら、二人はメリーゴーラウンドのようにクルクルと回った。目の前には愛する親友の幸せそうな顔。
そして背景には1秒に一回、黒い煙をもうもうと立てて燃え上がる赤い炎。回るたびにその煙と炎は二人の目の前に現れては消え、また現れては消えた。
二人はもう楽しさを我慢できない。今日はこれまでフランは散歩、こいしはサイクリングでそれぞれ一人の時間を楽しんでいたのだが、
誰にも気兼ねなく一人の時間を楽しむことで、孤独を求める欲望は解消されていくと同時に、今度は友達と腹から笑って楽しい時間を過ごしたいという欲求は募っていく。
今二人は、孤独のストレスも人間関係のストレスもない、人生の絶頂に居た。
「ねぇねぇフランちゃん?フランちゃんにとって今日の出来事は、フランちゃんが横断歩道で左折車に轢かれそうになったから意趣返しにやったことで、
プラスマイナスの収支はゼロじゃない?それなのに私と来たら、ステーションワゴンにドラフティング行為して楽に自転車を進めただけでもプラスなのに、
今こうやって"ウミガメの産卵"と"イドの解放"が出来たから、もう~大黒字みたいなもんなのよぉ!私、フランちゃんと一緒に居るといつも思うの。
私ばっかり要領よく得をしているなぁって。」
「なぁ~に言ってるのよ。水臭いわよ。もっとも、何故かオシッコの臭いはちょっとするけど・・・。」
「ウフフ。だからお礼をするわ。ちょっと目を瞑っててね。」
「はいはい。何かしら。」
フランは微笑を浮かべつつ、言われたとおりにした。この制御不能の閉じた恋の瞳の言いなりになるのは、実はあまり嫌いじゃない。
チュッ!
フランの紅潮した白い頬に、こいしの柔らかなマシュマロのような唇が衝突した。フランはちょっと驚いたように目をパチッと開けて、
長いまつげを上下に分かれさせると、こいしはちょっと澄ましたような顔で、燃え盛る炎に視線を戻しているのであった。
Citrus Salmonを頬張りながら、今日フランと一緒にどのようにして遊んだかを矢継ぎ早に説明してくるこいしを見て、さとりは満足した。
(これこそが、子供にしかできないことなのよ。)
こうしたフランやこいしのような容姿に見合わぬ多大な力を持った小妖怪の戯れによって、幻想郷も現世も秩序を保っている。
今回の白いステーションワゴンが鋼材に潰された事故は、世界を行き来する交通量の調整といえる。
事故が起こらなければ際限なく自動車の台数と消費エネルギー、さらには輸送の高速化によって財やサービスが消費されるサイクルは高まり続け、
世界がいくつあっても足りなくなる。フランやこいしの残酷な、幼児の嗜虐性に満ちた遊びが、畑の野菜を間引き、林の枝を打って日光が差すように、
世界に精妙なバランスを生み出す。
玉座に座るものにはもはや児戯の当事者になることは憚られる。レミリアとさとりは、明日からもドラフティングの風除けに喜んでなるだろう。
風除けに使われている側が損をしているとは限らない。
笑い声が絶えない地霊殿の夕餉。しかしもちろん、世の中の全ての家庭がこのような時間を享受するというわけではない。
例えばとある民家では、若い女性が薄暗い部屋で一人、誰に聞かせるでもなく蚊の鳴くような声で、次のような言葉をつぶやいていた。
「あぁ、あんな巨大な鉄の塊に押しつぶされるなんて、いっくん、苦しかったでしょう・・・。」
愛する夫の在りし日の笑顔をたたえた黒い額縁を見ると涙が出てくる。
「この世には神も仏もないの?いっくんの車が通過するよりほんの少し早く、それかほんの少し遅く、鉄が落ちてきていたら、
今日もあの頃と何も変わらない幸せな生活を送れていたのに・・・。」
「あるいは、いっくんの車のほうに、神様は警告をしてくれても良かったじゃない!道路に石が落ちていて速度を緩めるとか!
道を渡る人がいて、車を停めなきゃならなかったとか!なんでよりによってこの日は、何事もなく道が流れていたのよ!」
独り言の声量が思わず大きくなる。半開きにされていた部屋の扉から、赤ん坊がハイハイしながら入ってきた。
先ほどまで昼寝していたが、起きて母を捜して活発に動き回り出したらしい。彼女の立場は哀れな未亡人から母親へと変わった。
「この子を育て上げるのが私の勤め。辛いときにはいっくん、力を貸してね。あなたは今でも私の光。」
私、ラビィ・ソーは念願かなって、再び永琳先生のお仕事ぶりを取材させていただく僥倖にありつけた。
「どうせ仏さんが運ばれてくるまで、かしこまって待っていても、気を緩めて待っていても、いざ仕事が始まったら、
やることは変わらない。変わるという人がいるのなら、その人は自分の出来ること以上に仕事の出来を良く見せたいという虚飾から来るものよ。
だからあなたもゆっくりするといいわ・・・。」
残業2500時間超の多忙な彼女が言うと、凄みがある。彼女は鉢植えのアンスリウムの、いきり立った筒状の部分を人差し指と親指で弄びながら、
検案されるために運ばれてくる遺体を待っていた。アンスリウムは世界中でポピュラーな花のひとつだが、中学生男子からは不本意なあだ名で呼ばれてしまうのがちょっと気の毒な花だ。
その原因は、永琳先生が今触っておられる部分にある。これは肉穂花序(にくすいかじょ)といい、この筒の表面を覆うつぶつぶの一つ一つが、アンスリウムの花なのである。
そして一見花に見えている、真紅の部分は実は葉なのだ。
永琳先生の嘗め回すような指使いで愛撫されているアンスリウムを見ると、正直、私の肉穂花序と替わってほしかった。
「これから永琳ドクターが死体検案を行うのを目の当たりにすると、なんだか米津玄師のLemonでも、BGMにかけたくなりますネ。」
と、私は思わず口が滑ってしまった。永琳は表情ひとつ変えず、視線もアンスリウムから離さないまま、ポツリとつぶやいた。
「レモンだ?貴様この野郎。」
永琳女史曰く、「まず、医師が患者の診療をしている期間中に死亡した場合だが、これは遺族の承諾を得て後、死体解剖保存法7条にもとづき、病理解剖が行われる。
この遺族への承諾と遺体の回収は若い医師がやることになっているの。私も随分行ったものよ。」
ラビィ・ソー「私も駆け出しの記者の頃は、先輩の取材のアポを取り付ける役回りをやらされました。とはいっても、ほとんどは事務的にことが運ぶので、ただの雑用のようなものですけど。」
永「遺族への承諾を伺いにいくときに、遺族の反応は大別すると2種類ね。家族の死が世の中の役に立つのなら、とすんなり承諾してくれる場合。そして・・・」
ラ「遺族が悲しんでいるときに、そのような商売じみた話題を出すなんて不謹慎だと怒られる?」
永「Exactry.」
ラ「辛くないですか?」
永「早く承諾をとりつけなければ解剖の精度は下がるので、承諾を急ぐ仕事上の誠実さ、愛する家族との別れに間髪をいれず決断を迫る不誠実さ。
その2つの板ばさみだからかしら?遺族からは悪人と呼ばれ、同僚からはいい仕事だと呼ばれればいいだけだわ。
これはね、善行をしたために人から恨まれるという事実を経験するための修業でもあるのよ。だから若いものにやらせるの。」
ラ「こうやって数多くの修羅場を潜ってきた永琳先生だからこそ、計り知れない色気がにじみ出るというわけなんですね。」
永「ガキが・・・舐めてると潰すぞ。で、今回は事故現場で発見された異常死体なので、これから私が行う検死で犯罪死の疑いありと判断されれば司法解剖、
非犯罪死となれば行政解剖か承諾解剖、あるいは解剖は行われないわ。犯罪死の場合はほぼ強制的に解剖が行われることになるわね。」
ラ「その場合もご遺族に説明すると揉めますか?何せ、強制的な解剖ですから。」
永「事件の解決や犯人の残虐性の証明として量刑に加算されることがあると説明すると、
多くの場合『一刻も早く解剖に取り掛かってください。』と急かされるわ。復讐心というのは後に残された人の体に力を宿し、
果断に富んだ活力を漲らせるということなのね。」
ほどなくして遺体が運ばれてきた。皮膚は豚の丸焼きか北京ダックのようにあめ色に焼け爛れ、頭蓋骨は柑橘類が上から押しつぶされたかのように、
亀裂が入って割れている。そして眼窩の片方が不自然にえぐられ、片方の目が無い。
私は、(事故で目がピンポイントにえぐられるなんてことあるか?これはきっと司法解剖に・・・ウッ!)
そこまで考えをめぐらせたところで、吐き気がこみ上げてきて、一旦トイレへ行かせてもらうことにした。永琳女史は構わずに仕事を続けた。
夢ならばどれほど良かったでしょう・・・
>>2
私のことなどどうか忘れてください・・・
受け止めきれないものと出会うたび・・・
その全てを愛してたあなたと共に・・・
そこだけ気になった
このネタについては
えいちてぃてぃぴいえす://delaidback.com/lemon-kitajimasaburou/
で説明されている通りなんですが、あなたの解釈もとても面白いので、
そちらを採用してもいいと思います。興味深い感想をありがとうございます^-^
あとはとにかく物語として成立させられれば、とは思うが
水臭いとオシッコの臭いをかけたのとかは、予期せずに書きながら浮かんできました^-^
やっぱ手を動かしてると良い事ありますね
統一性がないと混乱するのってADHDの典型症状らしいですよ。
現代社会ではいろいろ苦労するだろうけど、がんばって生きてね
これは老婆心からの忠告であって決して馬鹿にしているわけでもなく、匿名だから君も恥をかかないので、良い機会だから教えておくよ。
「中途半端はいけない」という強迫観念が、オタクと社会との剥離を生んでいるんだ。リア充のやっていることを見て、リア充のやっていること全部を完璧になんてできやしないという恐怖、それによって、いい歳をして女の子を誘ってデートすることもできない、自分で服を選べないので児童擁護施設の子供のような服装になる。体を動かす遊びの輪にも入れずいつまでもぎこちない動きしかできない。そんな手遅れのオタクを生み出すことになっているんだ。最初から女の子をスマートにエスコートすることなんてできないし、服選びもおしゃれな店にはじめて入るのは勇気が要る。サッカーやバスケを始めても最初のうちはチームに迷惑をかけてばかりだろう。でもね、今彼女を持ち、ピシッとしたオシャレをし、引き締まった体でスポーツを楽しんでいるリア充は、誰もが「中途半端ではいけない」なんて思わず、ド素人のまま勇気を持って飛び込んでいった人たちなんだ。だから君も、やるからには中途半端じゃいけないなんて気持ちは今日限りで捨てて、自分の人生の可能性をもっと信じて欲しい。そう、手遅れのオタクになる前にね。
私だ^-^
文章だけは統一すべきかと
最初は分かる範囲でお楽しみいただければ十分だと思います。
分かればわかるほど面白く、本を読んできた人ほど面白くというのを心がけていますので。
人当たりの優しい態度を取って相手に高度なことを望まなければ、とりあえず表面上は相手から好かれると思いますが、それは長い目で見ると相手を侮辱しているし自分の人生も浪費してます。子供向け、初心者向けの商売してる教育者の空ろな目、あなたも知っているでしょう。私はああはなりたくない
フランのパートですが、乱暴な運転をする車によってフランが轢かれそうになり、仕返しにフランが車を壊した、というあらすじは掴めました?その程度分かればとりあえず大丈夫です。
そそわはあくまで作品の内容について語り合うべきだと思う。「何を言っているのかではなくて誰が言ったのかが大切」みたいな幼稚な態度は控えようよ
たとえば中国や韓国に対して肯定的な記事を見かけたときに、左翼の工作記事なんだと頭ごなしに信じきる人と同じ危うさを感じますね。