わかさぎ姫
宴会の雰囲気はあまり得意ではない。
私の話し声はあまり大きい方ではなく、まわりの音が大きくて、何を言ったか聞きなおされたりして喋りづらいからだ。
それに、湖から出られない私は、あまり知り合いが多い方ではないという理由もある。生来私は人見知りの気があるため、知らない人が多い場所はどことなく落ち着かない気持ちになってしまう。
ただ、頭上で咲き誇る桜は綺麗だった。
湖のそばには桜の木はないので、それだけでも来た甲斐がある。
宴会は苦手でも、お花見は好きかな、と思う。もっとも、みんな桜なんて見てなくて、酒の肴どころか飲む口実に使われているだけだったが。
「姫、大丈夫? 気分悪いとか……」
「あー、ううん。桜が綺麗だなって眺めてたの」
不安そうに私の顔を覗き込んだ影狼ちゃんに、私は目を細めて微笑み返した。
私が何故苦手とする宴会に参加しているかというと、蛮奇ちゃんと影狼ちゃんのたまには来てみたらという誘いに、はいでもなくいいえでもなく曖昧な返事をしていたら、いつのまにか行く流れになってしまったからだ。
「……はぁ」
ため息をついてしまった。これではいけない。
何だか暗い気分になってしまっていた。つまらなさそうな顔をしていては、誘ってくれた二人に申し訳ない。
ずっと私と影狼ちゃんと蛮奇ちゃんで話していたので、話題が尽きた頃だった。(多分二人は私が一人にならないよう、緒にいてくれているのだろう。)
何か話題が無いかな、とあたりを見渡すと、一人の少女が目に付いた。
「あの子って……」
その少女は艶やかな紫色の上着を羽織っていた。金とオレンジの間くらいの髪は、二つの大きな縦ロールになっている。
小さな可愛いシルクハットにサングラス、きらびやかな宝石の指輪と、たくさんの装飾品で身を包んでいる。
ああいう風にお洒落をしてみたいが、派手すぎてきっと私には似合わないだろう。
そして、彼女が楽しそうに談笑する声は、雑音にあふれたこの宴会の中であってさえ、不思議とよく通った。
「女苑のこと?」
お酒に弱い蛮奇ちゃんが、髪に負けじと赤くなった顔でそう答えた。
「ああ、あの疫病神の子ね。ちょっと前に暴れて博麗の巫女にとっちめられたとか」
影狼ちゃんの言葉に、蛮奇ちゃんが頷く。
「新顔っちゃ新顔だし、姫が知らないのも無理ないかな。宴会に顔出すようになったのも最近だし」
「そうなんだ」
私は元々宴会にそんなに来ないので、あまりそこは関係ないのだが。
新顔で宴会も最近来るようになった、という割に、彼女には随分と知り合いが多いようだった。
基本的には命蓮寺の人達(一番偉い尼さんを除く)と一緒にお酒を飲んでいるようだが、他の色んな輪にも入っていっている。
「まあ私らのような大人しい妖怪にはあんまり縁のない子かな」
確かに彼女は私たちとは縁がなさそうだった。
派手で顔が広くて明るくて自立して生きている。私とはまさに正反対だ。ああいう風にお洒落してみたり、色んな人とお喋りしたり出来たらな、と少しだけ羨ましいような気持ちがした。
「男誑かしてお金稼いでたりとか、黒い噂が絶えない子ともって聞くし、姫はあんまり近づかない方が良いかもね」
「まあそんな悪いやつじゃないけどね」
「別にあの子が悪いとかじゃなくてさ、本人がどうあれ、危ないところには寄り付かないのが一番じゃない」
影狼ちゃんは心配性ね、と私が笑うと蛮奇ちゃんもつられて笑った。影狼ちゃんは不満そうに口をすぼめてお酒をすすった。
「まあでも、どのみち私とあの子が関わることはあまり無さそうだけれどね」
あの子のような活発な子が、私と縁が生じるようには思えなかった。
霊夢さんや魔理沙さんのような、何というかいつも話題の中心にいるような人たちとは、打ち出の小槌のような異変がない限り関わることはあまりない。
彼女もきっとそういった人種だ。私のような大人しい傍流の妖怪とは縁はないだろう。
気がつけば話題は完全憑依異変に変わっていた。少しすると、影狼ちゃんが尻尾をそわそわと振っているのに気づいた。
「影狼ちゃん、おトイレ行きたいの?」
「えっ何でわかったの」
彼女は自分の癖に気づいていないようだった。蛮奇ちゃんと目を合わせると、ニヤニヤ笑っていて、もう少し内緒にしておこう、ということらしかった。
「ううー、何よ二人とも」
影狼ちゃんはぶつくさ言いながらお花を摘みにいった。
私が口元を押さえて笑うと、自分の袖に違和感がある。何か入れっぱなしになっていたようだ。私はそれを取り出してみた。
「あ、これか」
それは私がこの前拾った石だった。私の髪と同じ水色の石。
蛮奇ちゃんが里の貸本屋から借りてきてくれた図鑑によれば、蛍石というらしかった。
「姫、それって」
蛮奇ちゃんがそう言い切らないくらいで、幽霊ような動きで、彼女の肩に手が載せられた。
「ひうっ」
「蛮奇さぁん……」
手と声の主は人里の貸本屋の看板娘こと小鈴ちゃんだった。
顔が紅潮し目が焦点を結んでいない。どうやら大分泥酔しているようだ。
「なっ……小鈴!?」
「わたひのお酒が飲めないのか!なんて……」
ひっひっひ、と彼女は自分の発言に笑う。
「ちょっ……」
「一緒に飲みましょうよ〜」
ズルズルと蛮奇ちゃんは彼女に引きずられていった。引きずった先には慧音先生や稗田ところのお嬢さんがいた。そういえば、蛮奇ちゃんは人里の人たちとも繋がりがあるのだった。
「あら……」
私はそうひとりごちた。
気がつけば私一人になってしまっていた。
とりあえず気まずさを誤魔化すためにお猪口に口をつけた。辛い。私はそんなお酒が得意な方ではなかった。
まわりがガヤガヤする中、私の周りだけは静かだった。余計に周りの声が良く聞こえる
「帰ろうかな……」
ポツリとそう独り言を零してみたが、そういうわけにもいかない。戻ってきた影狼ちゃんが帰ってきたら誰もいなかった、となってしまう。
楽しそうに騒ぐ周りを見て、他の輪に混ざるという選択肢が最初から自分の中に無かったと気づき、少し嫌な気分になった。
まあ誰かが私を見ているわけではないし、一人になっているのを恥ずかしがらなくても良いのだが、やはり何故か恥ずかしさというか気まずさのようなものがある。
「はぁ……」
私は手元の石に目を落とした。
蛍石は、宝石と呼ぶにはあまりに安価で入手しやすい。実際私も蛍石を拾ったのはこれが初めてではない。
ただ、この蛍石が今までで一番私の髪の色に近かった。蛍石は黄色から紫や灰色と様々な色を持つが、この蛍石は私の髪の色と同じ緑に近い青色だった。
じっと私はその蛍石を眺めてみたが、私の髪の色よりもっと綺麗で、今の気分では何だか恨めしい気分になってしまった。
ため息をつきながら、俯いてその宝石を眺めていると、頭上から声がした。
「それ、蛍石?」
顔を上げてぎょっとした。
そこにはさっき話題になった依神女苑が、上着のポケットに手を突っ込んで立っていたからだ。
私は不意を突かれてしまい、ええとかまあとか曖昧に頷くことしかできないでいると、彼女はしゃがみこんで話しかけてきた。
「拾ったの?」
「う、うん。私、石集めが好きで……」
「へー、蛍石は綺麗な割に手に入りやすくて良いよね」
石集めが趣味だなんて言ったら、高価そうな宝石で身を飾る彼女に嗤われるかと思ったが、そんなことはなかった。
「なんて言うか、意外……」
「ん? 何が?」
安心してしまったのか、心の中の声がそのまま出てしまう。
「あっいや、依神さんはお店で買うような宝石とかじゃない、拾った石とかそういうのには興味ないと思ってて……」
慌てて取りなすと、彼女はくっく、と喉を鳴らして笑った。
私が不思議そうな顔をしていたのだろう。「苗字で呼ばれることあまりないから変な感じで」と笑って説明してくれた。
「女苑で良いわ。姉がいるから紛らわしいし」
「あ、私はわかさぎ姫って言って……」
知ってる、と彼女。彼女が私のような木っ端妖怪の名前を知っているとは意外だった。
「最近はご無沙汰だけどさ、私もよく石集めしてたのよ。綺麗なものが好きなのは昔から変わんなくてさ」
「そうなんだ……」
全くイメージになかった。
お店で宝石を買ったりするところは想像がつくが、彼女が石を探している様子は全く想像がつかない。
「じっとしてるのが苦手でね、よく河原でぶらぶらしながら綺麗な石探してたのよ。わかさぎ姫はどこで探してくるの?」
「私はうん、川底に光るものがあったらって感じ」
「そりゃ真似できないわ。人魚の特権ね」
彼女はそう言って目を細めた。
「女苑ちゃんのコレクションとかまだ残ってるの?」
私がそう聞くと、彼女は頷いた。
「金目のものじゃないほど手元に残りがちだし……」
彼女のぼやきの意味はよくわからなかった。
「じゃあわかさぎ姫もコレクション結構あんの?」
「うん。拾った流木なんかと一緒に飾ったりして……」
良いねそれ!そういうのはしてなかった、と彼女は笑った。
その後二、三言葉を交わした後、女苑ちゃんは唐突に立ち上がった。
「あんたのツレが戻ってきたみたいよ。邪魔しちゃ悪いから戻るわ」
踵を返す彼女に、私は動揺した。
せっかくもっと仲良くなれそうなのに、このままでは、これっきりの関係になってしまうような気がしたからだ。
「あ、あの!」
「ん?」
背中に向けて声をかけると、彼女が振り返った。
「私、大体湖にいるから、来てくれれば集めた石を、えーと……」
言ってる途中で、少し強引じゃないかという気になってきた。初対面なのに今度来てくれというのは少々不躾ではないだろうか。
「絶対見に行く!」
彼女はを左手をポケットに突っ込んで、右手の親指を立てて答えてくれた。
私も「待ってる!」と返した。
私から離れた彼女は、面霊気と話し込み始めた。やっぱり女苑ちゃんは知り合いが多い。
「姫、大丈夫?」
戻ってきた影狼ちゃんが不安そうな顔で言う。私はその意味を察していたが、ちょっと意地悪く「何のこと?」と返した。
「いや、あの子、カツアゲするとか聞くし……」
思ったより悪評があって驚いた。まあ完全憑依異変の内容を聞く限り、それくらいはしててもおかしくなさそうだが。
「そうなんだ……でも少なくとも、私は良い人だと思ったけどね」
たとえ噂通り素行が悪かったとしても、少なくとも根は悪い子ではないと思う。
影狼ちゃんは息をついて言った。
「まあ、姫がそう言うならそうなんでしょうね。案外人を見る目あるし」
「案外は余計じゃないかなぁ」
私がそう不満を言うと、影狼ちゃんはまあまあと笑った。まったくもう、失礼なんだから。
右手に握った蛍石の感触を確かめて、私は重要なことを忘れていたのを思い出した。
「ねえ影狼ちゃん」
「うん?」
「今日は、誘ってくれてありがとね」
影狼ちゃんは少し驚いたような顔をした後、満面の笑みで「そりゃ良かった」と言った。
依神女苑
頭上には桜が満開に花開いている。
確かに美しいのだが、今の私は地面に落ちて汚くなった花びらに目が行ってしまう。こういうのは一度気になり始めると、もうそちらにしか目がいかない。
そんなことを考えてぼーっとしていたら、一輪にどやされた。
「ちょっと女苑! さっきから全然杯が乾いてないじゃない!」
「こりゃ失礼したわね」
私が手元のお猪口を空にして不遜な笑みを返すと、おおーとちょっとした歓声が上がる。
一輪は気を良くしたらしく、流石私の一番弟子ね!と勝手なことを言って酒を注いでくれた。だいぶ酔っ払ってるが、この飲兵衛からすれば、まだまだ準備運動の段階だ。
潰される前に避難するかな、とあたりを見渡すと、ある少女が目に入った。
艶やかなターコイズブルーの髪に、魚の半身、物腰はどこか上品というか育ちの良さのようなものを感じる。
私の視線に気づいたのか、こころが声をかけてきた。
「どうしたんだ? あの人魚が気になるのか?」
「気になるっていうか、あんな綺麗な子いたんだなって……やっぱ人魚って可愛いのね。お姫様って感じ」
子供の頃憧れていた、童話の中のお姫様がそのまま本の外に出てきたようだった。男に貢がせて金品巻き上げてる自分を鑑みると、憧れからは大分遠くに来ている。
「名前もわかさぎ姫ってくらいだしね」
ナズーリンはそう言いながら、徳利を傾けた。
「へー」
わかさぎと姫とは、中々面白い響きの名前だ。
いつも狼女やろくろ首と一緒にいるね。宴会に来てるのは珍しいんじゃないかな。そうナズーリンが説明してくれた。
途中で船長が首を突っ込んでくる。
「大人しい子だからねー。女苑が近づいたらチンピラが来たって怖がっちゃうかも」
「誰がチンピラよ」
軽く小突くと、船長はひっひっひと笑った。彼女も大分酔っ払っているようだった。
こころが「チンピラ!」と面白がって囃し立てるので首根っこを掴んだら無表情のままに「ぐええ」悲鳴をあげた。なんだか最近、こころにはなつかれたというか、舐められてきたように思う。
「チンピラって言えば、星さんが妙に気に入られたことあったわよね」
一輪が意地悪そうに笑うと、本人は頭をかいて気まずそうにした。
「あれはまあ……チンピラというか盗賊団でしたけど」
その話をきっかけとし、命蓮寺の面々は昔話に花を咲かせた。
最初は相槌を打っていたのだが、段々とぎごちなくなっていく。こころなんかは神妙な顔をしているように見えるのに。聞き入っているのだろうか。
思い出話に私が居続けるのも無粋かもしれない、と思い他所の高い酒飲んでるところにたかってくると告げて腰を上げてその場を離れた。
いや、無粋だからというのは言い訳だ。
単に疎外感に耐えきれなくなっただけだ。
命蓮寺の面々とは大分打ち解けたように思う。しかし、私はあくまで外様だ。彼らの千年を超えた絆に、私が割って入る余地はない。
そう考えると、あのお姫様が羨ましくなってきた。彼女はいつも三人で過ごしていて、きっと互いを一番の親友だと思っているのだろう。
私はそこまでの関わり合いは持っていない。強いて挙げるなら姉さんだろうが、最近は天人様にお熱のようだ。
高望みだとは分かっている。私はごうつくばりだ。
疫病神である自分を受け入れてくれる人が、こんなにも沢山いたというだけで十分なのに、その先を欲しがってしまっているのだ。
「今日はダメね……」
酒が完全に悪い方向に働いている。魔理沙まわりに加わるか、布都を引っ掛けて遊ぼうかと思っていたが、気分が萎えてしまった。
今日はもう帰ろう。
そう思って帰り道の方を見渡すと、件のお姫様が目に付いた。先ほどと違い三人ではなく一人だった。そして手に何か光るものを持っている。
フローライトだ。蛍石とも言う。
それは彼女の髪の色と同じような、透き通った青色をしていた。
「……」
このまま帰っても不貞寝するだけだ。
脇を固める二人のナイトもいないし、話しかけるには絶好の機会だ。
それ、フローライト?と話しかけようとして言いとどまった。幻想郷でなら、フローライトより蛍石の名前の方が、通りが良いのではないだろうか。
意を決して私は話しかけた。
「それ、蛍石?」
私が話しかけると、彼女は面を上げて固まっていた。
自分が両手をポケットに入れているのに気づく。しまった。これで威圧しているように思われてしまうかもしれない。先ほどチンピラ呼ばわりされたことが頭をかすめる。
私はポケットから手を出し、彼女と視線を合わせるため、しゃがみこんだ。
「拾ったの?」
「う、うん。私、石集めが好きで……」
「へー、蛍石は綺麗な割に手に入りやすくて良いよね」
なるべく柔らかく話しかけたつもりだったが、怖がらせてしまっているだろうか。ガラと育ちの悪さが滲み出てしまっているかもしれない。
相手はお姫様なわけだし、敏感にそういう気配を感じてしまうかもしれない。
少し不安になっていると、彼女がポツリとこぼした。
「なんて言うか、意外……」
「ん? 何が?」
「あっいや、依神さんはお店で買うような宝石とかじゃない、拾った石とかそういうのには興味ないと思ってて……」
私は思わず笑ってしまった。
その発言で彼女が私を怖がっているわけでないとわかって胸をなでおろしたことと、かなり久々に名字で呼ばれたのが何だかおかしくなったせいだ。
彼女が不思議そうな顔をしているので「苗字で呼ばれることあまりないから変な感じで」と説明した。
「女苑で良いわ。姉がいるから紛らわしいし」
「あ、私はわかさぎ姫って言って……」
「知ってる」
まあさっき聞いたばかりなんだけども。
「最近はご無沙汰だけどさ、私もよく石集めしてたのよ。綺麗なものが好きなのは昔から変わんなくてさ」
さっき石に興味がなさそう、と言われたのがちょっとショックだったのでそう言った。
金品を巻き上げる術を覚えていなかった小さい時は、買うわけにもいかないので拾って集めるしかなかった。お金で買えるようになっても、習慣が抜けず暇を持て余すと、石集めをすることがよくあった。最近はあまり暇しないのでご無沙汰なのだが。
「そうなんだ……」
「じっとしてるのが苦手でね、よく河原でぶらぶらしながら綺麗な石探してたのよ。わかさぎ姫はどこで探してくるの?」
あまり自分の話ばかりだと彼女も退屈かな、と思って話題のボールを彼女へパスした。
「私はうん、川底に光るものがあったらって感じ」
「そりゃ真似できないわ。人魚の特権ね」
湖の底で石を集める彼女は絵になりそうだった。流石は姫だ。何をしてても絵になる。
「女苑ちゃんのコレクションとかまだ残ってるの?」
残っている。
疫病神である私は、財貨を留め置くことができない。財貨は手に入れても手に入れてもそばから勝手に離れていく。
だが、集めて得た石はその範疇外なのだ。
気に入ったアクセなんかももう少し手元に残ってくれるとありがたいのだが。
「金目のものじゃないほど手元に残りがちだし……」
私がそうぼやくと、彼女は首をかしげた。
わざわざ説明することでもないので話題をそらした。
「じゃあわかさぎ姫もコレクション結構あんの?」
「うん。拾った流木なんかと一緒に飾ったりして……」
「良いねそれ! 私はそういうのはしてなかったなぁ」
ただ集めるだけじゃなくて、飾り方を考えるのも楽しそうだ。今度やってみよう。
その後話を続けていると、遠目に狼女の子がこちらに向かってくるのが見えた。不安と警戒が顔に現れている。
そりゃそうだ。自分の友達が悪評高い疫病神と二人きりで話してたら誰だってそうなるだろう。
「あんたのツレが戻ってきたみたいよ。邪魔しちゃ悪いから戻るわ」
私はそう言って立ち上がって踵を返した。
今度あんたの石を見に言ってもいいかな、と言おうとも思ったがやめておいた。
彼女と話して何だか癒されたというか、普段できない話ができて楽しかったが、彼女の方もそうとは限らない。
欲張りすぎは良くないだろう。絵本から出てきたようなお姫様と、チンピラの自分じゃ似つかわしくない。縁があればまた話せばいい。
「あ、あの!」
背中から声がして、私は振り返った。
「私、大体湖にいるから、来てくれれば集めた石を、えーと……」
そう言い澱む彼女を見て、ようやく自分が単にビビっていただけだと気づいた。仲良くなろうと踏み込むのが、恐ろしくなっていただけなのだ。
挙句、誰かを誘うのが苦手そうな彼女にここまで言わせてしまった。
プロポーズしようとしていた男が、女の子の方に先に言われてしまったらこんな気持ちだろうか。
「絶対見に行く!」
私は左手をポケットに突っ込んで、右手の親指を立ててそう言った。
何だこのジェスチャーは。嬉しさが勢い余って変に格好つけたポーズになってしまった。
恥ずかしかったが、わかさぎ姫は両手を胸の前で合わせて、満面の笑みで「待ってる!」と返してくれた。あそこまて嬉しそうに言われると、こっちまで嬉しくなってしまう。
大分気分が良くなった。
もう一杯くらい引っ掛けてこようか、そう思った時だった。後ろから袖を引っ張られた。後ろを振り返ると、秦こころがそこにはいた。
「どした?」
「昔話が退屈だったので逃げてきた」
「聞き入ってたのかと思ってたわ……」
「今みたく不機嫌な表情をしてただろ!」
表情筋を全く動かさずに彼女はそう言った。
「あんた自分の無表情っぷりわかって言ってるでしょ」
アイアンクロー気味に頭をなでると、やめろーと満更でもない感じで抵抗される。
この無表情っぷりでは、大分酔っ払っていた一輪たちも彼女の退屈に気づかなかったとしても仕方ないだろう。
退屈していたのなら、それとなく連れ出してあげれば良かったか。
「む、女苑は何だか機嫌が良さそうだな。良いことでもあった?」
「そーお?」
こころが「私は表情についてたくさん勉強しているんだ」と自慢げに胸をそらす。
はいはい、とそれを流すと一陣の風が吹いた。
桜の花びらが宙に舞い踊る。
「……綺麗ね」
その桜吹雪を見上げて、私は自分の顔がほころぶのを感じた。
正反対なようで、根は似た者同士だと感じさせてくれる微笑ましいお話でした。
趣味が合うと初対面でも打ち解けやすいですよね。
女苑パートで誤字が2つほど。
「怖らがせてしまっているだろうか」→怖がらせて
「何だかおかしくかったせいだ」→おかしくなった
続きを読んでみたい
ほっこりするお話でした。この二人をもっと見てたい。
この二人で冒険にでも行ってみてほしいです