幻想郷に秋がやってきた。当然秋姉妹の家にも秋はやってきた。
「秋よ♪ 秋よ♪ 我が世の春がやってきた♪」
秋穣子は朝から機嫌良さそうに歌いながら焼き芋を拵えている。
せいろで軽く蒸したさつまいもを次々と石を敷き詰めた特製の釜に放り込むと、熱されたさつまいもから放たれる独特の甘い香りが辺りに広がる。
「そんなに焼き芋作ってどうするの?」
山の木々の見回りから帰ってきた姉の静葉が香りに釣られてやってきた。
「決まってるじゃない。これで秋を満喫するのよ」
「満喫ってどうやって?」
「このあまーい香りに決まってるじゃない。焼き芋と言えばこの香りよ。このいい匂いに一日中囲まれていればそれはもうこの上なき幸せを実感できるのよ」
「まるでジャンキーみたいね」
「人を中毒者みたいに言わないでよ!?」
「実際そんなもんでしょ」
静葉は不服そうな穣子を後目に大量の焼き芋を見つめている。
「ところで穣子。この焼き芋どうするつもり?」
「え?」
「せっかくこんなに作ったのにまさか捨てる気じゃないわよね?」
「え、商品にならない型くずれモノだから匂いだけ堪能して畑に埋めようと思ってたけど」
「なんてもったいないことをするのよ。イモがかわいそうだと思わないの?」
「えーだってー……」
思わず口を尖らせる穣子に静葉は告げる。
「だってもおいももないわ。あなたそれでもお芋の神様なの?」
「豊穣の神よ!? 勝手にイモ神にするな!」
「あんま変わらない気がするけど」
静葉の言葉に再び不服そうな表情をしていた穣子だったがふと何かを思いついたように手をぽんっと叩く。
「んー。ま、でも姉さんの言うことも一理はあるわね。せっかく作った焼き芋だしこのまま捨てるのはもったいないわね」
◆
「……というわけでこうしてみたわ」
そう言って穣子が、じゃじゃーんと効果音が付きそうな動作で両手を広げてテーブルの上の焼き芋を静葉に見せる。それを見た彼女は思わず尋ねた。
「なにこれ」
「焼き芋よ」
「焼き芋なのこれ」
「そうよ」
「焼き芋って手足付いてたかしら……」
彼女の言う通り、その焼き芋は針金のような手足がついていてテーブルの上に正座するようなポーズでちょこんと座っていた。
「有効活用しようと思って」
「だからって手足なんかつけてどうするのよ」
「せっかくだからマスコットにするの! 名前はそうね……焼きイモさん! ね? かわいいっ!」
静葉は思わず頭を押さえる。
「ねえ、穣子。あなたもしかして……バカ?」
「失礼ね! もったいないから何かしろって言ったの姉さんでしょ!」
穣子は焼き芋にも負けないくらい顔を膨らませる。
「だからって焼き芋をマスコットにするって発想おかしいわよ」
「姉さんにはわからないのよ! この子の凄さを!」
「凄いの? これ」
「凄いわよー! 見てなさい!」
穣子が人差し指をたててサインを送ると焼き芋さんはすっと立ち上がって静葉に向かって一礼をする。
「さあ、あなたたち踊りなさい!!」
いつの間にかにとり特製レコードプレイヤーの前にいた穣子がポルカのような曲を流し始めると、机の上の焼きイモさんは軽やかなステップで踊り出した。
「ほら! ほら姉さん。見てよ見てよ! この華麗なるステップ! この子はただの焼き芋じゃないわよ!?」
「……ええそうね。手足が付いてる時点で既にただの焼き芋じゃないわ」
穣子の盛り上がりとは反対に静葉は呆れかえったような眼差しで踊る焼き芋と、盛り上がってる妹を見つめていた。
◆
「そんなこんなで夜が来ちゃったわね」
いつの間にか暗くなっていた外を見ながら静葉がつぶやく。
「そうね。楽しい一日だったわ!」
穣子は満面の笑みで応える。その肩には焼き芋さんが乗っかっていた。
「貴重な秋の日を無駄にしたような気がするわ」
「そんなこと無いわよ! とても有意義な一日だったわ。ね? あんたもそう思うでしょ? 焼きイモさん」
穣子が尋ねると焼き芋さんは同意するようにこくりと頷く。
その様子を見た静葉は相手にしてられないと思ったのかとうとう立ち上がってその場を去ろうとする。
「あ、姉さん。どこいくの?」
「月でも見てくるわ」
そう言い残すと静葉は山の方へ姿を消してしまった。
◆
次の日の朝、静葉が山から帰ってくると、なにやら家が賑やかな事に気づく。
何事かと急いで家に入るとそこでは、たくさんの足の生えた焼きいもと、それらと戯れる穣子の姿があった。
「あ、姉さん。おかえりなさい。見て見て! 焼きイモさん増やしてみたわ」
「ええ、そうね。見ればわかるわ……」
姉の醒めた視線を知ってか知らでか穣子は手足の生えた焼きイモたちを一列に整列させる。どうやら全員で十人(?)いるようだ。
「それ、そんなに増やしてどうするのよ」
静葉の問いに穣子は得意げに答えた。
「特に意味はないわ!」
しばしの沈黙の後、静葉はふうとため息を付く。
「……とりあえず埋めましょうか」
「え、ちょっと待ってよ!?」
「こんな薄気味悪いものはこの世から消さないと」
そう言って静葉は壁に立てかけてあったスコップに手をのばす。すかさず穣子が止めに入る。
「待ってよ! 埋めるのもったいないから何とかしなさいって言ったの姉さんじゃないのよ!?」
「だからってまさかこんな奇妙な生き物作り出すとは思ってもいなかったもの。あなたを信用した私がバカだったわ」
「なによ! なら、姉さんが考えてた方法教えれば良かったじゃないのよ!」
と、二人がぎゃーぎゃーと言い争いをしているそのときだ。不意に焼きイモの一人が穣子の肩をたたく。
それに気づいた穣子が振り向くと、別の焼きイモが文字の書かれたボードを掲げている。穣子はその文字を読んだ。
「えーと……『ふたりとも けんかは やめてください』……って、あんたら文字書けるの!?」
穣子の問いに焼きイモたちは一斉に頷く。そして更に別のボードを掲げる。
『あらそっていても なにも かいけつしません それより わたしたちの ゆうこうかつようほうを かんがえてください』
文字を読んだ静葉は思わず頷いた。
「……確かにその通りかもしれないわ。今はこのおイモさんたちをなんとかしないとね。まさかおイモに諭される日が来るなんて思いもしなかったわ」
「うーん。それじゃ生みの親である私が責任持って活用法考えましょうか」
◆
神無月 吉日 霧雨魔理沙記す
秋めく妖怪の山。そこは絶好のキノコ狩りスポットだ。
私、霧雨魔理沙はキノコを狩るためにこの秋爛漫の山に一人赴いている。
今、私の目の前には大中小、老若男女色とりどりのキノコが姿を現している。
これらのキノコは全て私に採取されるために存在する。それがこのキノコたちの存在意義であり、そして私はこのキノコたちを採取する義務がある。いや、これはもはや使命なのだ。
おっと、こうしている場合ではない。早速採取に取りかかろうじゃないか。
まずはその目の前で煌々と輝いている(ように見える)タマゴタケだ。この独特の赤いキノコは割と使い勝手がいいうえにとてもおいしい。
それこそ煮てよし、焼いてよし、痛めつけてよしの万能食菌なのだ。
しかし足が速いので取ったらすぐに食べるに限る。
ではさっそく頂くとするか。
と、私がキノコに手を伸ばしたそのときだ。目の前からキノコが消えた。
一体どういうことかと辺りを見回すと信じられない光景が目の前に広がっていた。
なんと手足のついた複数の焼き芋が周りに生えているキノコを次々と採っていたのだ。
いや、私も何を言ってるか分からないのだが、実際そうだったからそうとしか言えない。
昨日夕食に食べたワライタケが見せる幻覚かと思ったが幻覚にしては妙に生々しい。
夢かと思って頬を叩いたがしっかり痛い。まごう事なき現実だ。
そうこうしているうちにキノコを取り終えた焼き芋は忽然とその場から姿を消してしまっていた。
実に無念だ。それこそ涙が出そうだった。
至極のごちそうが目の前で消えてしまったのだから。 だが、考え方によっては貴重なものを見れた私は幸いともいえる。
そうだ。これはきっと吉兆なのだ。そうに違いない。
早速里の宝くじでも買ってみるとしようか。霊夢に飯でもたかりに行こうとしようか。
きっとうまくいくはずだ! 今なら何もかもうまくいくはずだ!
幸運を手に入れた私にはきっとめくるめく実り多き未来が待っているはずなのだから!!
◆
「……というわけでとりあえずキノコ採ってきてもらったわ」
穣子の脇には籠いっぱいのキノコを自慢げに見せびらかす焼きイモさん達の姿があった。
「ね? 役に立つでしょこの子達。明日は木の実とか果物集めてきてもらいましょうよ!」
穣子は上機嫌な様子で、にこにこと笑みを見せる。その様子を見ている静葉はどこか腑に落ちないような表情で腕組みをしている。
「何よ。ねーさん。何か気にくわないワケ?」
「そうねえ。悪くはないんだけど……何か地味じゃない? もう少し何か別なこと出来ないかしら?」
「別なことねー。んじゃ芸でも仕込んでみる? サル回しならぬイモ回しって感じで」
「あ、それいいわね」
◆
と言う経緯で二人は世にも珍しい焼きイモの大道芸ショーを里で開いてみることにした。
はじめは音楽に合わせて踊るだけだったが、焼きイモたちは飲み込みが早く、日を増すごとに芸が増えていった。
今では複雑な組み体操や筆談コントなんかもこなせるほどになっている。
里の人たちからの評判も上々で子連れや若いカップルも見に来るなどすっかり人気者になっていた。
更にそれに便乗して屋台なども店を出すようになり、もはや一大興行となっていた。
そして日は過ぎて、冬も近づいたある日のこと。
今日の興行も終わり後片付けをしている穣子に静葉が不意に問いかける。
「ときに穣子。明後日が何の日か知ってる?」
「明後日?」
穣子はきょとんとした様子で頬に指を当てる。ちなみに二人とも変装しているため正体は誰にも気づかれてはいない。
「立冬よ。明後日は立冬」
「あ、そっか。もう冬なのね。秋もおしまいなのね」
と、彼女はあっけらかんと答えてからふと頭をかしげる。
そして姉の問いの意味を知ると「あー!!!」っと大声を上げた。
冬が来る。すなわち二人の力が弱まると言うことだ。 力が弱まるということはこの焼きイモさん達が姿を保てなくなるのだ。
「この興行も明日が最後になるわね」
「そんなー……」
「仕方ないわ。何事にも終わりはやってくるものよ。お楽しみの時間だって必ず終わりはやってくるものだもの」
「うー……。そりゃそうだけどわかってるけど……」
姉の言葉にも納得できない様子の穣子は後片付けの手伝いをしている焼きイモさん達を見つめた。
◆
翌日、最後の興行は大成功の後に終わった。
強いて言えば屋台を出していた者達から惜しまれる声が上がったくらいだ。
二人が最後の後片付けをしていると、一人の少女が駆け寄ってくる。
彼女は後片付けをしている焼きイモさん達をじっと見ている。それに気づいた静葉は彼女に声をかけた。
「どうしたの。もう興行は終わりよ?」
「ああ、すまない邪魔してしまって。それはわかってるんだがどうしてもこの子達にお礼を言いたくてな」
その少女――霧雨魔理沙はそう言いながらちょこちょこと動き回っている焼きイモさん達を眺め続ける。
「お礼?」
静葉が怪訝そうに尋ねると彼女は話を始める。
彼女は前から一緒に出掛けたかった人がいたらしく、なかなか口実を作れずにいた。
しかもその人は度がつくほどの出不精でよほど興味あることじゃなければ出掛けることもしないのだというのだ。
しかし今回のこの焼きイモさんのショーを見に行こうと誘った結果、物珍しさにつられてその人を連れ出すことに成功したのだという。
「なるほど。で、そのお礼というわけなのね」
「ああ。よかったら受け取ってくれ」
彼女は静葉に紙袋を渡す。中身はきのこのようだ。
どうやら今夜は鍋になりそうだ。
静葉がお礼を言ってその紙袋を受け取ると魔理沙は少し複雑そうな表情で尋ねる。
「なあ。今日で興行終わりなんだが。その子達ってどうなっちゃうんだ?」
「多分消えちゃうんじゃないかしら」
「そうなのか……」
彼女は少し残念そうに焼きイモさんをみつめる。
それを見て静葉が告げた。
「元々はただの焼きイモだったものがこうやって人を喜ばせる存在となった。それだけでも十分でしょ」
静葉の言葉に魔理沙はふっと笑みを浮かべた。
「なるほど。秋の奇跡って奴か」
「そう。あなたにとっても私たちにとってもね。いい思い出出来たでしょう?」
「……まあな」
魔理沙は少しはにかむような表情をしてふと空を見上げる。
日はすっかり山に隠れ、冬を彷彿させる夜風が吹き始めていた。
◆
「……っていうのが今年の秋だったわね」
静葉はそう言って鏡餅の上に蜜柑をのせる。
「さ、穣子もそろそろ起きたら?」
静葉は布団に潜って寝込んでいる穣子を見やる。
彼女は冬になると秋の力が不足して体調を崩してしまって寝込みがちになってしまうのだ。
「ほら、穣子。おそば食べましょ」
「……そば?」
怪訝そうに尋ねた穣子に静葉は告げる。
「今日は大晦日よ? 年越しそばでしょ」
「あ、そっか」
穣子はむくりと起き上がって静葉が持ってきたそばをすする。
彼女が鏡餅の方を見ると、その脇には冷たくなった焼きイモが十個ほど飾られてあった。
「秋よ♪ 秋よ♪ 我が世の春がやってきた♪」
秋穣子は朝から機嫌良さそうに歌いながら焼き芋を拵えている。
せいろで軽く蒸したさつまいもを次々と石を敷き詰めた特製の釜に放り込むと、熱されたさつまいもから放たれる独特の甘い香りが辺りに広がる。
「そんなに焼き芋作ってどうするの?」
山の木々の見回りから帰ってきた姉の静葉が香りに釣られてやってきた。
「決まってるじゃない。これで秋を満喫するのよ」
「満喫ってどうやって?」
「このあまーい香りに決まってるじゃない。焼き芋と言えばこの香りよ。このいい匂いに一日中囲まれていればそれはもうこの上なき幸せを実感できるのよ」
「まるでジャンキーみたいね」
「人を中毒者みたいに言わないでよ!?」
「実際そんなもんでしょ」
静葉は不服そうな穣子を後目に大量の焼き芋を見つめている。
「ところで穣子。この焼き芋どうするつもり?」
「え?」
「せっかくこんなに作ったのにまさか捨てる気じゃないわよね?」
「え、商品にならない型くずれモノだから匂いだけ堪能して畑に埋めようと思ってたけど」
「なんてもったいないことをするのよ。イモがかわいそうだと思わないの?」
「えーだってー……」
思わず口を尖らせる穣子に静葉は告げる。
「だってもおいももないわ。あなたそれでもお芋の神様なの?」
「豊穣の神よ!? 勝手にイモ神にするな!」
「あんま変わらない気がするけど」
静葉の言葉に再び不服そうな表情をしていた穣子だったがふと何かを思いついたように手をぽんっと叩く。
「んー。ま、でも姉さんの言うことも一理はあるわね。せっかく作った焼き芋だしこのまま捨てるのはもったいないわね」
◆
「……というわけでこうしてみたわ」
そう言って穣子が、じゃじゃーんと効果音が付きそうな動作で両手を広げてテーブルの上の焼き芋を静葉に見せる。それを見た彼女は思わず尋ねた。
「なにこれ」
「焼き芋よ」
「焼き芋なのこれ」
「そうよ」
「焼き芋って手足付いてたかしら……」
彼女の言う通り、その焼き芋は針金のような手足がついていてテーブルの上に正座するようなポーズでちょこんと座っていた。
「有効活用しようと思って」
「だからって手足なんかつけてどうするのよ」
「せっかくだからマスコットにするの! 名前はそうね……焼きイモさん! ね? かわいいっ!」
静葉は思わず頭を押さえる。
「ねえ、穣子。あなたもしかして……バカ?」
「失礼ね! もったいないから何かしろって言ったの姉さんでしょ!」
穣子は焼き芋にも負けないくらい顔を膨らませる。
「だからって焼き芋をマスコットにするって発想おかしいわよ」
「姉さんにはわからないのよ! この子の凄さを!」
「凄いの? これ」
「凄いわよー! 見てなさい!」
穣子が人差し指をたててサインを送ると焼き芋さんはすっと立ち上がって静葉に向かって一礼をする。
「さあ、あなたたち踊りなさい!!」
いつの間にかにとり特製レコードプレイヤーの前にいた穣子がポルカのような曲を流し始めると、机の上の焼きイモさんは軽やかなステップで踊り出した。
「ほら! ほら姉さん。見てよ見てよ! この華麗なるステップ! この子はただの焼き芋じゃないわよ!?」
「……ええそうね。手足が付いてる時点で既にただの焼き芋じゃないわ」
穣子の盛り上がりとは反対に静葉は呆れかえったような眼差しで踊る焼き芋と、盛り上がってる妹を見つめていた。
◆
「そんなこんなで夜が来ちゃったわね」
いつの間にか暗くなっていた外を見ながら静葉がつぶやく。
「そうね。楽しい一日だったわ!」
穣子は満面の笑みで応える。その肩には焼き芋さんが乗っかっていた。
「貴重な秋の日を無駄にしたような気がするわ」
「そんなこと無いわよ! とても有意義な一日だったわ。ね? あんたもそう思うでしょ? 焼きイモさん」
穣子が尋ねると焼き芋さんは同意するようにこくりと頷く。
その様子を見た静葉は相手にしてられないと思ったのかとうとう立ち上がってその場を去ろうとする。
「あ、姉さん。どこいくの?」
「月でも見てくるわ」
そう言い残すと静葉は山の方へ姿を消してしまった。
◆
次の日の朝、静葉が山から帰ってくると、なにやら家が賑やかな事に気づく。
何事かと急いで家に入るとそこでは、たくさんの足の生えた焼きいもと、それらと戯れる穣子の姿があった。
「あ、姉さん。おかえりなさい。見て見て! 焼きイモさん増やしてみたわ」
「ええ、そうね。見ればわかるわ……」
姉の醒めた視線を知ってか知らでか穣子は手足の生えた焼きイモたちを一列に整列させる。どうやら全員で十人(?)いるようだ。
「それ、そんなに増やしてどうするのよ」
静葉の問いに穣子は得意げに答えた。
「特に意味はないわ!」
しばしの沈黙の後、静葉はふうとため息を付く。
「……とりあえず埋めましょうか」
「え、ちょっと待ってよ!?」
「こんな薄気味悪いものはこの世から消さないと」
そう言って静葉は壁に立てかけてあったスコップに手をのばす。すかさず穣子が止めに入る。
「待ってよ! 埋めるのもったいないから何とかしなさいって言ったの姉さんじゃないのよ!?」
「だからってまさかこんな奇妙な生き物作り出すとは思ってもいなかったもの。あなたを信用した私がバカだったわ」
「なによ! なら、姉さんが考えてた方法教えれば良かったじゃないのよ!」
と、二人がぎゃーぎゃーと言い争いをしているそのときだ。不意に焼きイモの一人が穣子の肩をたたく。
それに気づいた穣子が振り向くと、別の焼きイモが文字の書かれたボードを掲げている。穣子はその文字を読んだ。
「えーと……『ふたりとも けんかは やめてください』……って、あんたら文字書けるの!?」
穣子の問いに焼きイモたちは一斉に頷く。そして更に別のボードを掲げる。
『あらそっていても なにも かいけつしません それより わたしたちの ゆうこうかつようほうを かんがえてください』
文字を読んだ静葉は思わず頷いた。
「……確かにその通りかもしれないわ。今はこのおイモさんたちをなんとかしないとね。まさかおイモに諭される日が来るなんて思いもしなかったわ」
「うーん。それじゃ生みの親である私が責任持って活用法考えましょうか」
◆
神無月 吉日 霧雨魔理沙記す
秋めく妖怪の山。そこは絶好のキノコ狩りスポットだ。
私、霧雨魔理沙はキノコを狩るためにこの秋爛漫の山に一人赴いている。
今、私の目の前には大中小、老若男女色とりどりのキノコが姿を現している。
これらのキノコは全て私に採取されるために存在する。それがこのキノコたちの存在意義であり、そして私はこのキノコたちを採取する義務がある。いや、これはもはや使命なのだ。
おっと、こうしている場合ではない。早速採取に取りかかろうじゃないか。
まずはその目の前で煌々と輝いている(ように見える)タマゴタケだ。この独特の赤いキノコは割と使い勝手がいいうえにとてもおいしい。
それこそ煮てよし、焼いてよし、痛めつけてよしの万能食菌なのだ。
しかし足が速いので取ったらすぐに食べるに限る。
ではさっそく頂くとするか。
と、私がキノコに手を伸ばしたそのときだ。目の前からキノコが消えた。
一体どういうことかと辺りを見回すと信じられない光景が目の前に広がっていた。
なんと手足のついた複数の焼き芋が周りに生えているキノコを次々と採っていたのだ。
いや、私も何を言ってるか分からないのだが、実際そうだったからそうとしか言えない。
昨日夕食に食べたワライタケが見せる幻覚かと思ったが幻覚にしては妙に生々しい。
夢かと思って頬を叩いたがしっかり痛い。まごう事なき現実だ。
そうこうしているうちにキノコを取り終えた焼き芋は忽然とその場から姿を消してしまっていた。
実に無念だ。それこそ涙が出そうだった。
至極のごちそうが目の前で消えてしまったのだから。 だが、考え方によっては貴重なものを見れた私は幸いともいえる。
そうだ。これはきっと吉兆なのだ。そうに違いない。
早速里の宝くじでも買ってみるとしようか。霊夢に飯でもたかりに行こうとしようか。
きっとうまくいくはずだ! 今なら何もかもうまくいくはずだ!
幸運を手に入れた私にはきっとめくるめく実り多き未来が待っているはずなのだから!!
◆
「……というわけでとりあえずキノコ採ってきてもらったわ」
穣子の脇には籠いっぱいのキノコを自慢げに見せびらかす焼きイモさん達の姿があった。
「ね? 役に立つでしょこの子達。明日は木の実とか果物集めてきてもらいましょうよ!」
穣子は上機嫌な様子で、にこにこと笑みを見せる。その様子を見ている静葉はどこか腑に落ちないような表情で腕組みをしている。
「何よ。ねーさん。何か気にくわないワケ?」
「そうねえ。悪くはないんだけど……何か地味じゃない? もう少し何か別なこと出来ないかしら?」
「別なことねー。んじゃ芸でも仕込んでみる? サル回しならぬイモ回しって感じで」
「あ、それいいわね」
◆
と言う経緯で二人は世にも珍しい焼きイモの大道芸ショーを里で開いてみることにした。
はじめは音楽に合わせて踊るだけだったが、焼きイモたちは飲み込みが早く、日を増すごとに芸が増えていった。
今では複雑な組み体操や筆談コントなんかもこなせるほどになっている。
里の人たちからの評判も上々で子連れや若いカップルも見に来るなどすっかり人気者になっていた。
更にそれに便乗して屋台なども店を出すようになり、もはや一大興行となっていた。
そして日は過ぎて、冬も近づいたある日のこと。
今日の興行も終わり後片付けをしている穣子に静葉が不意に問いかける。
「ときに穣子。明後日が何の日か知ってる?」
「明後日?」
穣子はきょとんとした様子で頬に指を当てる。ちなみに二人とも変装しているため正体は誰にも気づかれてはいない。
「立冬よ。明後日は立冬」
「あ、そっか。もう冬なのね。秋もおしまいなのね」
と、彼女はあっけらかんと答えてからふと頭をかしげる。
そして姉の問いの意味を知ると「あー!!!」っと大声を上げた。
冬が来る。すなわち二人の力が弱まると言うことだ。 力が弱まるということはこの焼きイモさん達が姿を保てなくなるのだ。
「この興行も明日が最後になるわね」
「そんなー……」
「仕方ないわ。何事にも終わりはやってくるものよ。お楽しみの時間だって必ず終わりはやってくるものだもの」
「うー……。そりゃそうだけどわかってるけど……」
姉の言葉にも納得できない様子の穣子は後片付けの手伝いをしている焼きイモさん達を見つめた。
◆
翌日、最後の興行は大成功の後に終わった。
強いて言えば屋台を出していた者達から惜しまれる声が上がったくらいだ。
二人が最後の後片付けをしていると、一人の少女が駆け寄ってくる。
彼女は後片付けをしている焼きイモさん達をじっと見ている。それに気づいた静葉は彼女に声をかけた。
「どうしたの。もう興行は終わりよ?」
「ああ、すまない邪魔してしまって。それはわかってるんだがどうしてもこの子達にお礼を言いたくてな」
その少女――霧雨魔理沙はそう言いながらちょこちょこと動き回っている焼きイモさん達を眺め続ける。
「お礼?」
静葉が怪訝そうに尋ねると彼女は話を始める。
彼女は前から一緒に出掛けたかった人がいたらしく、なかなか口実を作れずにいた。
しかもその人は度がつくほどの出不精でよほど興味あることじゃなければ出掛けることもしないのだというのだ。
しかし今回のこの焼きイモさんのショーを見に行こうと誘った結果、物珍しさにつられてその人を連れ出すことに成功したのだという。
「なるほど。で、そのお礼というわけなのね」
「ああ。よかったら受け取ってくれ」
彼女は静葉に紙袋を渡す。中身はきのこのようだ。
どうやら今夜は鍋になりそうだ。
静葉がお礼を言ってその紙袋を受け取ると魔理沙は少し複雑そうな表情で尋ねる。
「なあ。今日で興行終わりなんだが。その子達ってどうなっちゃうんだ?」
「多分消えちゃうんじゃないかしら」
「そうなのか……」
彼女は少し残念そうに焼きイモさんをみつめる。
それを見て静葉が告げた。
「元々はただの焼きイモだったものがこうやって人を喜ばせる存在となった。それだけでも十分でしょ」
静葉の言葉に魔理沙はふっと笑みを浮かべた。
「なるほど。秋の奇跡って奴か」
「そう。あなたにとっても私たちにとってもね。いい思い出出来たでしょう?」
「……まあな」
魔理沙は少しはにかむような表情をしてふと空を見上げる。
日はすっかり山に隠れ、冬を彷彿させる夜風が吹き始めていた。
◆
「……っていうのが今年の秋だったわね」
静葉はそう言って鏡餅の上に蜜柑をのせる。
「さ、穣子もそろそろ起きたら?」
静葉は布団に潜って寝込んでいる穣子を見やる。
彼女は冬になると秋の力が不足して体調を崩してしまって寝込みがちになってしまうのだ。
「ほら、穣子。おそば食べましょ」
「……そば?」
怪訝そうに尋ねた穣子に静葉は告げる。
「今日は大晦日よ? 年越しそばでしょ」
「あ、そっか」
穣子はむくりと起き上がって静葉が持ってきたそばをすする。
彼女が鏡餅の方を見ると、その脇には冷たくなった焼きイモが十個ほど飾られてあった。
結局大事にとってあって笑いました