「こいしでも死ぬことは怖いのかしら」
ふと寂しそうな声音で、フランちゃんはそう尋ねました。
「別に、今では怖くはないわ。ただ遠くへ行くのが少し悲しいだけ」
「詩的ね」
「そうかしら」
惚けてみせるとフランちゃんはくすりと笑って、それからすこし遠い目をして再び口を開くのです。
「私は太陽が怖いの。でもそれは本質的には死ぬことへの恐怖と変わらない。なら死ぬことが怖くなくなれば、太陽も恐ろしくなくなるかしらと、そう思ったのよ」
話が見えずに、私は首を傾げます。そんな私を、フランちゃんはじっと見つめてきました。
「こいしは感情を持たないのよね。それなら、死ぬことへの恐怖だとかもないんじゃないかと思ったのだけど」
思った通りだったわ、なんて呟くフランちゃんに、私は苦笑いしながら違うって、と口を挟みます。
「私だって心は動くし、死ぬのが怖くないのは単に死んだことがあるからよ」
「……よく分からないわ」
呆れたようにフランちゃんは言って、それから興味を失くしたように黙って本を開きました。
一応これでも、そのままのことを言ったのですけどね。別にいいのですけれど。
「妖怪にとって、自己の変質とはそれ即ち死に等しい。知ってる?」
「当然よ」
「良かった」
莫迦にしているのかとこいしを睨めつけてみせたが、それでもこいしは軽い笑顔を崩さない。或いは外ではそれは常識ではないのかもしれないが、それは私には分からないことだ。
「あれは具体的にはね、それまでの記憶が自分のものと、どうにも感じられなくなるの。感性も能力も変わるのだから、当然なのはそうだけど」
遠くを見るようにしてこいしは言う。なかなかに珍しい表情だった。
「見てきたように言うのね」
「見てきたもの」
言われて、そういえばと思い出す。こいしの姉は、曰く心を読むという。私とお姉様は能力こそ違えど同じく吸血鬼であるけれど、読心妖怪の妹が心を読めないというのは、考えてみればおかしな話だ。
結局こいしは何なのだろう。いつだったかに感じていた得体の知れない不気味さが、再び襲ってきたようだった。
「こいしは、何者なの?」
「フランちゃんは、どう答えて欲しい?」
私の感情を見透かしたような返答と、それでも変わらぬ空虚な笑顔に、いよいよ私は恐ろしさを感じていた。
どうやら面倒になって追及をやめたらしいフランちゃんを見て、私はむうと唸りました。フランちゃんの期待通りに答えを出すというのは、これはなかなか難しいなあ、と。
もちろん、私の言葉が応え難い質問だったのは承知の上です。けれど、私は何者かという問題は、これはなかなかにややこしいわけでして。つまり、私には幾つもの本質があるものですから。
フランちゃんの傍に現れる私は、例えば少女の孤独を癒す存在、イマジナリーフレンド。
先の質問に応えた私は、例えばサトリであるのを止めた存在、不覚の怪。
幻想郷を徘徊する私は、例えば無意識を操る妖怪。
旧都で鬼さんと遊ぶ私は、例えばただの妹妖怪。
私という存在というのは、一言で表せるような、そんな単純なモノではないのです。
――或いはもしやフランちゃんは、貴方の友達と、そんな答えを待っていたのやも知れませんが。
それはもう、心を読めない私には、ちっとも分からないことなのでした。
「たとえばさ」
ふと、こいしが口を開いた。
「たとえばの話、フランちゃんがある日突然、そう、龍だとかになってしまったらさ。レミリアさんは、どんな反応を寄越すんだろうね」
私にはどうにも、こいしの意図は分からなかったが、けれど答は決まり切っていた。
「軽く一回喧嘩して、それで終わりよ。なんにも起こりやしないわ」
「そっか」
やけに穏やかな表情を見せられて、良く分からないと首を振った。
大して素敵な話ではないのだ。私にこの破壊の能力がある限り、私はここに閉じ込められたままだという、それだけの話。ついでに言えば、あいつはどうせ私に興味もないのだろうから。だから私が何になろうと、どうだっていいに違いない。
ただそれだけの、つまらない話だ。
「……そっか」
私はもう一度呟きました。
フランちゃんは、とても愛されているのです。なにか行事のあるたびに、どうにかフランちゃんも楽しませてあげようと、そう苦悩するレミリアさんを、よく見ますから。
きっとその愛はフランちゃんにも届いていて、だからあんなに迷いなく、種族が変われど愛は変わらずと、そう断言できるのでしょう。
翻って、己が身を振り返ってみて。
私に二度目の死を強要してくる、優しくも噛み合わない姉のことを顧みて。
「羨ましいなあ」
ぽつりと私の口の端から、そんな言葉が漏れました。
私と違って、何者にも縛られず生きるこいしは、きっと幸せなのだろうなと、そう思った。
私と違って、愛を受け入れられるフランちゃんには、幸せになって欲しいなと、そんなことを思いました。
ふと寂しそうな声音で、フランちゃんはそう尋ねました。
「別に、今では怖くはないわ。ただ遠くへ行くのが少し悲しいだけ」
「詩的ね」
「そうかしら」
惚けてみせるとフランちゃんはくすりと笑って、それからすこし遠い目をして再び口を開くのです。
「私は太陽が怖いの。でもそれは本質的には死ぬことへの恐怖と変わらない。なら死ぬことが怖くなくなれば、太陽も恐ろしくなくなるかしらと、そう思ったのよ」
話が見えずに、私は首を傾げます。そんな私を、フランちゃんはじっと見つめてきました。
「こいしは感情を持たないのよね。それなら、死ぬことへの恐怖だとかもないんじゃないかと思ったのだけど」
思った通りだったわ、なんて呟くフランちゃんに、私は苦笑いしながら違うって、と口を挟みます。
「私だって心は動くし、死ぬのが怖くないのは単に死んだことがあるからよ」
「……よく分からないわ」
呆れたようにフランちゃんは言って、それから興味を失くしたように黙って本を開きました。
一応これでも、そのままのことを言ったのですけどね。別にいいのですけれど。
「妖怪にとって、自己の変質とはそれ即ち死に等しい。知ってる?」
「当然よ」
「良かった」
莫迦にしているのかとこいしを睨めつけてみせたが、それでもこいしは軽い笑顔を崩さない。或いは外ではそれは常識ではないのかもしれないが、それは私には分からないことだ。
「あれは具体的にはね、それまでの記憶が自分のものと、どうにも感じられなくなるの。感性も能力も変わるのだから、当然なのはそうだけど」
遠くを見るようにしてこいしは言う。なかなかに珍しい表情だった。
「見てきたように言うのね」
「見てきたもの」
言われて、そういえばと思い出す。こいしの姉は、曰く心を読むという。私とお姉様は能力こそ違えど同じく吸血鬼であるけれど、読心妖怪の妹が心を読めないというのは、考えてみればおかしな話だ。
結局こいしは何なのだろう。いつだったかに感じていた得体の知れない不気味さが、再び襲ってきたようだった。
「こいしは、何者なの?」
「フランちゃんは、どう答えて欲しい?」
私の感情を見透かしたような返答と、それでも変わらぬ空虚な笑顔に、いよいよ私は恐ろしさを感じていた。
どうやら面倒になって追及をやめたらしいフランちゃんを見て、私はむうと唸りました。フランちゃんの期待通りに答えを出すというのは、これはなかなか難しいなあ、と。
もちろん、私の言葉が応え難い質問だったのは承知の上です。けれど、私は何者かという問題は、これはなかなかにややこしいわけでして。つまり、私には幾つもの本質があるものですから。
フランちゃんの傍に現れる私は、例えば少女の孤独を癒す存在、イマジナリーフレンド。
先の質問に応えた私は、例えばサトリであるのを止めた存在、不覚の怪。
幻想郷を徘徊する私は、例えば無意識を操る妖怪。
旧都で鬼さんと遊ぶ私は、例えばただの妹妖怪。
私という存在というのは、一言で表せるような、そんな単純なモノではないのです。
――或いはもしやフランちゃんは、貴方の友達と、そんな答えを待っていたのやも知れませんが。
それはもう、心を読めない私には、ちっとも分からないことなのでした。
「たとえばさ」
ふと、こいしが口を開いた。
「たとえばの話、フランちゃんがある日突然、そう、龍だとかになってしまったらさ。レミリアさんは、どんな反応を寄越すんだろうね」
私にはどうにも、こいしの意図は分からなかったが、けれど答は決まり切っていた。
「軽く一回喧嘩して、それで終わりよ。なんにも起こりやしないわ」
「そっか」
やけに穏やかな表情を見せられて、良く分からないと首を振った。
大して素敵な話ではないのだ。私にこの破壊の能力がある限り、私はここに閉じ込められたままだという、それだけの話。ついでに言えば、あいつはどうせ私に興味もないのだろうから。だから私が何になろうと、どうだっていいに違いない。
ただそれだけの、つまらない話だ。
「……そっか」
私はもう一度呟きました。
フランちゃんは、とても愛されているのです。なにか行事のあるたびに、どうにかフランちゃんも楽しませてあげようと、そう苦悩するレミリアさんを、よく見ますから。
きっとその愛はフランちゃんにも届いていて、だからあんなに迷いなく、種族が変われど愛は変わらずと、そう断言できるのでしょう。
翻って、己が身を振り返ってみて。
私に二度目の死を強要してくる、優しくも噛み合わない姉のことを顧みて。
「羨ましいなあ」
ぽつりと私の口の端から、そんな言葉が漏れました。
私と違って、何者にも縛られず生きるこいしは、きっと幸せなのだろうなと、そう思った。
私と違って、愛を受け入れられるフランちゃんには、幸せになって欲しいなと、そんなことを思いました。
でも、私と違って、変われる二人は、幸せになってほしいなと、そんなことを思いました。
でも、こいしはフランがちゃんと自分を見て話してくれるのを待てそうな子みたいですから、平行線ではなく、いずれ二人が成長することで、解消できる希望が持てるすれ違いですね。この先の関係の変化が楽しみです。
不覚の妖怪こいしちゃんってかっこいいですね
お互いにあこがれる二人ですが、それはつまり相手のことも自分に現在与えられているものも理解しちゃいないということにも感じられました