謹慎処分を受けてから一年が経とうとしている。
結局偽物捕まらず、疑い晴らせず何も得ず……。
実に空虚でありました。人生空虚でありました。
「そんな情けない鈴仙のもとに、颯爽と降り立つ影ひとつ……」
颯爽とか自分で言っちゃうかね。まあ、このヒトなら言ってもおかしくないか。
純狐さん。色々な面で注意が必要な人物ではあるが、少なくとも敵ではない……今のところは。
「で、今日は何をしに来たんですか?」
「知れた事。アナタの濡れ衣を脱がしに来たのです」
「それを言うなら濡れ衣を晴らす……あれ? 衣を晴らすって何かおかしいな……」
「濡れ衣は着せられるものなのだから、脱がすのが道理というものでしょう。さあ、潔く服を脱ぐのです」
「でも、私の服は濡れていませんけど」
「やれやれ、比喩というものが理解できていないようですね。いいからさっさとパンツ見せろ!」
やっぱおかしいわこのヒト。まあ、いつも通りで逆に安心できると言えば嘘になるかも。
心の休まる暇がないからね。
「パンツは兎も角として、鈴仙を陥れた犯人を突き止めてあげましたのです」
「『あげましたのです』って初めて聞いた言葉ですよ。っていうか、犯人はドレミー・スイートではなかったのですか?」
「彼奴は手先に過ぎないという事です。もう一度事件を振り返ってごらんなさい」
えーっと、あれは確か……ちょうど一年前に、この道を通った夜……ではなくて。
私の偽物? が現れて、神社やら寺やら道場で暴れ回ったという事件だったっけ。
そんでもって、偽物的存在と行動を共にしていたと思しき存在が、ドレミー・スイートらしき存在だ。
「黒幕の名を明かす前に、犯行の動機を詳らかにしましょう。その方が盛り上がりますからね……」
「盛り上げる必要がどこにあるのですか。謎解きをエンターテインメントにしないでください」
「鈴仙を陥れたのは目的ではなく手段に過ぎなかった。彼奴の本当の狙いは、永遠亭そのものにあったのです!」
無視かよ。まあ、いちいち拾われても話が進まなくて困るのだけれど。
それともアレか。初めに言う事を決めておいた所為で、アドリブが利かなくなっているのかな? どうでもいいか。
「鈴仙の偽物を暴れさせる事によって、永遠亭の評判を下げ、幻想郷に居られなくしてしまう……それが犯人の書いた筋書きなのです!」
「筋書きを書くって言い方、なんか頭痛が痛いみたいでモヤモヤしません?」
「そんな思考は思いもよらぬ考えです。さぁて鈴仙、ここまで言えば犯人が誰だか分かりますね?」
さっぱりわからん。いや、真面目に考えていないワケではないよ?
ただその、心当たりが多すぎるというか。人間の里の支配権とか、技術競争とかで、誰にライバル視されてもおかしくない立場なのよね。
「えっと……じゃあ、天狗とかでどうでしょう?」
「じゃあ、とは何です。まさかとは思いますが、根拠も無しに口を開いたというのです?」
「一応あるにはありますよ。連中も近代兵器を作ってるような噂があるとか、そもそも今回の事件を広めて回ったのもアイツらだとか」
「まだまだ甘くて青いわね。最も重要な因子である『ドレミー・スイートの関与』について説明できなければ、何の意味も無いのです」
普通にダメ出しされてしまった。私的にはそこそこイイ線いったような気もしなくなくはない説だったかも。
それはそうとして、鍵を握るのはドレミーかぁ。夢の支配者たるヤツを動かせる人物なんて、それこそ限られて……まさか!?
「そう……犯人は月の民、稀神サグメ! お前だったのです!」
「お前って……ええっ!? サグメ様がここに!?」
「居るわけないでしょう……気分を盛り上げる為に言ってみただけです。テヘッ」
そういう茶目っ気は要らねーんですよ! バカ! バカ! 純狐!
しかしまぁ驚いたわ。まさかサグメ様が居……るとか居ないとかじゃなくて、事件の黒幕だったなんてねぇ。
「でも、何故サグメ様が永遠亭を……?」
「当然、彼奴の狙いは八意永琳を呼び戻す事にあるのです。幻想郷を追われてしまえば、後はもう月に帰るしか無いという事よ」
「そうかな……そうかも……でも、今更呼び戻す意味なんてあるのでしょうか?」
「今だからこそあるのです。私やヘカーティアを相手取るには、稀神サグメでは役不そ……役者……力不足!」
何故言い直した? とは聞かない。聞かなくても何となく分かっちゃうのよね。
しかしまあ、一応は筋の通った推理であると言わざるを得ない。
サグメ様ならドレミーだって動かせるだろうし、何よりやり方が月の民っぽい。具体的にどんなのだと聞かれたら、返答に困るのだが。
「さて、これにて謎は全て解けました。次にやるべき事が何であるか、説明の必要はありませんね?」
「輝夜様に事情を話して、謹慎を解いてもらうんですね」
「否。稀神サグメとドレミー・スイートに無慈悲なる死を賜って、鈴仙のカタキをとるのです!」
「やっぱりそうなるんですね。でも、私的にはそこまでしなくてもいいかなーって」
「彼奴等の首級を蓬莱山輝夜に差し出さねば、謹慎が解けることは無いでしょう。何事にも手順というものがあるのよ」
手順というか、手癖で命を奪いそうなヒトが何か言ってらっしゃる。
まずいなぁ。このままではあの二人が命を絶たれて絶命してしまう。命を落命。デスオブ死亡。
ここはやはり、お師匠様に御出馬頂く他無さそうだ。そうすりゃ結果がどうなろうと、私が責められる事はあるまいて。イッヒッヒ。
「――などと呑気に考えていた、まさにその時!」
「うん?」
何だ? 何者かが私の思考に介入、というか私そのものに影響、と思いきや純狐さんまで困惑の様子。
ここまで強引な真似ができる存在なんて、それこそ世界の支配者か何か……という思考も誘導の産物?
ともあれ、奴はその姿を現した。夢の世界の支配者にして、月の民の手先的存在(仮)。ドレミー・スイートその人だ。
「なんてことだ、ここは夢の世界だったのね」
「いやぁ、お二人が寝言ばかりブッこいてる所為もあってか、容易くコチラ側に引き込むことができましたよ」
「何のつもりか知らないが、飛んで火に入る悪の獏! 私を夢の世界に招待して楽しませて死ねええええぇ」
「カウンターパンチ」
「ごふっ」
純狐さん、敢無く迎撃されるの巻。
ドレキングの異名は伊達ではないという事か。今使ったのは中身の方の武装だけどね。
「あらかじめ言っておきますが、鈴仙の件に月の民は関わっていませんよ。あれらは全て私の独断でやった事さ」
「嘘よ! あのような悪逆非道の輩を庇い立てするとは、見上げた忠誠心である事ですね?」
「そもそも、アナタの披露した穴だらけの犯行計画が、あの八意永琳に通用するとは思えないんですよねえ」
「むむむ」
「何がむむむですか。中途半端な策を立てて、それが看破されてしまった日には……それこそ月の都はお死舞いデスよ」
「終わってしまえばよいのです! 鈴仙もそう思う事ですね?」
いや別に……というか、普通に終わって欲しくないです。一応故郷ですからね。
終わって欲しくないからこそ、純狐さんみたいな危ないヒトと付かず離れずの関係を保って……保とうと努力しているのだ。
「そうやって彼女にプレッシャーを掛けたりすると、また同じ事を繰り返す破目に陥りますよ」
「? どういう事です?」
「現の世界の鈴仙が溜め込んだ鬱憤が、夢の世界の鈴仙によって晴らされた……それが今回の事件の真相です」
夢の世界の……私!
つまりソイツは偽物などではなくて、正真正銘私自身に他ならない……というわけか!
ここへ来て、事件が根底から覆されてしまうとは思いもよらず……。
「夢の世界の鈴仙が暴走しないよう、少しずつ発散させてやる必要がありました。もちろん、私の監督下においてですが」
「解せませんね。何故お前は鈴仙……現の世界の鈴仙に内緒で、そのような真似をしたのです?」
「知ったら止めに入るでしょう? それに、知らなければ何も気にする必要はありませんからね」
「その所為で彼女は謹慎処分を受け、私の息子は非業の死を遂げたのです。この落とし前や如何に?」
「アナタのお子さんは関係ないでしょう……」
「まあ、そうでもあるが」
純狐さんはドサクサに紛れて何を? まあいいか。
ドレミーの動機が、敵対的な理由によるものではないと知っただけでも十分だ。
「つまり、悪いのは全て私だったという事ね」
「鈴仙……」
「あー、自分を責めてはいけませんよ。そんな風にストレスを溜め込んでも、夢の世界のアナタが暴れたがるだけですから」
「構わないわ」
「えっ?」
そう、構わないのだ。
永遠亭や私が、他の誰かに狙われている訳ではない。
これは全て、私ひとりで完結している問題なのだ。
「夢も現も私は私。私の行いには私自身が報いなければならないのよ」
「随分と潔い事を言うのねぇ。自棄を起こしているので無ければよいのだけれど」
「そのような見方は、鈴仙を良く知らない者がやる事です。さすが私の見込んだ戦士……ナイトである」
戦士にも騎士にもなるつもりはない。
私はただ、自分が正しいと思った事をやるだけだ。
「ありがとう、ドレミー・スイート。色々と助けてくれていたのね」
「お礼なんて結構ですよ。私が好きでやっている事ですから」
「それから、純狐さんもありがとうございました。アナタが来てくれなかったら、私は今でも敗北者のままだったでしょうね」
「安心するのはまだ早いわ。鈴仙にはまだ、大事な仕事が残っていることですね?」
純狐さんの言う通りだ。私にはまだ、やらねばならない事が待っている。
随分と時間が経ってしまったようで心苦しいが、こればかりは避けて通る事などできない。
そしてこれは、私ひとりで立ち向かわなければならない問題なのだ。
「全部私がやりました」
畳に額を擦り付ながら、私は臆することなく言い放った。
我が主、蓬莱山輝夜様はどのような眼で私を見ているのか、或いは見ていないのか。
それを確かめるつもりは無いし、その必要も無い。やるべき事は決まっているのだから。
「お寺で暴れたのも、道場で修行の邪魔をしたのも、神社の物を壊したのも、全て私がやった事です」
「そんなことしてません、と言ったのは誰?」
「私です」
「嘘を吐いたのですか?」
「そういう事になります」
「どうして?」
「無知ゆえに」
嘘はついていないし、何も知らないわけではない。
今はただ、本当の事を言っていないだけだ。
夢の世界の私だろうと、私である事に変わりはない。だからこれは、嘘ではない。
「もうあんな事はしないって、私の前で誓える?」
「誓えません。多分またやります。何度でも繰り返します」
「そんなにキッパリと言われてしまっては、アナタを許すことができないじゃないの」
――許しは請わない。
私たちの関係が続くにせよ、ここで終わるにせよ、なあなあで済ませる事はできない。
そんなのは、ただの甘えだ。私はずっと甘やかされながら生きてきた。そのツケを払う時が来た。それだけの事だ。
「残念だけど、謹慎処分では不足だったという事なのね。それならば……」
輝夜様がにじり寄ってくる。
私の顎が御指にのせられて、有無を言わさず面を上げられる。
かつて私を叱った時と同じ表情で、ご主人様は評決を下す。
「鈴仙は今後、四六時中私の監視下に置かせて貰うわ。少しでも目を離すと、何をしでかすか分かったものではないからね」
「……えっ?」
「言っておくけれど、拒否権なんて無いわよ。お風呂の時も寝る時も、ずっと一緒に過ごすの。いいわね?」
「えっと、その……」
どうしよう。いや、どうするかなんて考えるまでもないのだけれど。
ただその、私がここに来るまでに決めてきた覚悟というか、心構えみたいなものを、どう処理していいか分からない。
そんな私でも、ただ一つだけ分かるというか、確信できるような事がある。それは……。
「……よろしくお願いいたします」
まだまだ私は、甘やかされながら生きていくのだろう、という事だ。
結局偽物捕まらず、疑い晴らせず何も得ず……。
実に空虚でありました。人生空虚でありました。
「そんな情けない鈴仙のもとに、颯爽と降り立つ影ひとつ……」
颯爽とか自分で言っちゃうかね。まあ、このヒトなら言ってもおかしくないか。
純狐さん。色々な面で注意が必要な人物ではあるが、少なくとも敵ではない……今のところは。
「で、今日は何をしに来たんですか?」
「知れた事。アナタの濡れ衣を脱がしに来たのです」
「それを言うなら濡れ衣を晴らす……あれ? 衣を晴らすって何かおかしいな……」
「濡れ衣は着せられるものなのだから、脱がすのが道理というものでしょう。さあ、潔く服を脱ぐのです」
「でも、私の服は濡れていませんけど」
「やれやれ、比喩というものが理解できていないようですね。いいからさっさとパンツ見せろ!」
やっぱおかしいわこのヒト。まあ、いつも通りで逆に安心できると言えば嘘になるかも。
心の休まる暇がないからね。
「パンツは兎も角として、鈴仙を陥れた犯人を突き止めてあげましたのです」
「『あげましたのです』って初めて聞いた言葉ですよ。っていうか、犯人はドレミー・スイートではなかったのですか?」
「彼奴は手先に過ぎないという事です。もう一度事件を振り返ってごらんなさい」
えーっと、あれは確か……ちょうど一年前に、この道を通った夜……ではなくて。
私の偽物? が現れて、神社やら寺やら道場で暴れ回ったという事件だったっけ。
そんでもって、偽物的存在と行動を共にしていたと思しき存在が、ドレミー・スイートらしき存在だ。
「黒幕の名を明かす前に、犯行の動機を詳らかにしましょう。その方が盛り上がりますからね……」
「盛り上げる必要がどこにあるのですか。謎解きをエンターテインメントにしないでください」
「鈴仙を陥れたのは目的ではなく手段に過ぎなかった。彼奴の本当の狙いは、永遠亭そのものにあったのです!」
無視かよ。まあ、いちいち拾われても話が進まなくて困るのだけれど。
それともアレか。初めに言う事を決めておいた所為で、アドリブが利かなくなっているのかな? どうでもいいか。
「鈴仙の偽物を暴れさせる事によって、永遠亭の評判を下げ、幻想郷に居られなくしてしまう……それが犯人の書いた筋書きなのです!」
「筋書きを書くって言い方、なんか頭痛が痛いみたいでモヤモヤしません?」
「そんな思考は思いもよらぬ考えです。さぁて鈴仙、ここまで言えば犯人が誰だか分かりますね?」
さっぱりわからん。いや、真面目に考えていないワケではないよ?
ただその、心当たりが多すぎるというか。人間の里の支配権とか、技術競争とかで、誰にライバル視されてもおかしくない立場なのよね。
「えっと……じゃあ、天狗とかでどうでしょう?」
「じゃあ、とは何です。まさかとは思いますが、根拠も無しに口を開いたというのです?」
「一応あるにはありますよ。連中も近代兵器を作ってるような噂があるとか、そもそも今回の事件を広めて回ったのもアイツらだとか」
「まだまだ甘くて青いわね。最も重要な因子である『ドレミー・スイートの関与』について説明できなければ、何の意味も無いのです」
普通にダメ出しされてしまった。私的にはそこそこイイ線いったような気もしなくなくはない説だったかも。
それはそうとして、鍵を握るのはドレミーかぁ。夢の支配者たるヤツを動かせる人物なんて、それこそ限られて……まさか!?
「そう……犯人は月の民、稀神サグメ! お前だったのです!」
「お前って……ええっ!? サグメ様がここに!?」
「居るわけないでしょう……気分を盛り上げる為に言ってみただけです。テヘッ」
そういう茶目っ気は要らねーんですよ! バカ! バカ! 純狐!
しかしまぁ驚いたわ。まさかサグメ様が居……るとか居ないとかじゃなくて、事件の黒幕だったなんてねぇ。
「でも、何故サグメ様が永遠亭を……?」
「当然、彼奴の狙いは八意永琳を呼び戻す事にあるのです。幻想郷を追われてしまえば、後はもう月に帰るしか無いという事よ」
「そうかな……そうかも……でも、今更呼び戻す意味なんてあるのでしょうか?」
「今だからこそあるのです。私やヘカーティアを相手取るには、稀神サグメでは役不そ……役者……力不足!」
何故言い直した? とは聞かない。聞かなくても何となく分かっちゃうのよね。
しかしまあ、一応は筋の通った推理であると言わざるを得ない。
サグメ様ならドレミーだって動かせるだろうし、何よりやり方が月の民っぽい。具体的にどんなのだと聞かれたら、返答に困るのだが。
「さて、これにて謎は全て解けました。次にやるべき事が何であるか、説明の必要はありませんね?」
「輝夜様に事情を話して、謹慎を解いてもらうんですね」
「否。稀神サグメとドレミー・スイートに無慈悲なる死を賜って、鈴仙のカタキをとるのです!」
「やっぱりそうなるんですね。でも、私的にはそこまでしなくてもいいかなーって」
「彼奴等の首級を蓬莱山輝夜に差し出さねば、謹慎が解けることは無いでしょう。何事にも手順というものがあるのよ」
手順というか、手癖で命を奪いそうなヒトが何か言ってらっしゃる。
まずいなぁ。このままではあの二人が命を絶たれて絶命してしまう。命を落命。デスオブ死亡。
ここはやはり、お師匠様に御出馬頂く他無さそうだ。そうすりゃ結果がどうなろうと、私が責められる事はあるまいて。イッヒッヒ。
「――などと呑気に考えていた、まさにその時!」
「うん?」
何だ? 何者かが私の思考に介入、というか私そのものに影響、と思いきや純狐さんまで困惑の様子。
ここまで強引な真似ができる存在なんて、それこそ世界の支配者か何か……という思考も誘導の産物?
ともあれ、奴はその姿を現した。夢の世界の支配者にして、月の民の手先的存在(仮)。ドレミー・スイートその人だ。
「なんてことだ、ここは夢の世界だったのね」
「いやぁ、お二人が寝言ばかりブッこいてる所為もあってか、容易くコチラ側に引き込むことができましたよ」
「何のつもりか知らないが、飛んで火に入る悪の獏! 私を夢の世界に招待して楽しませて死ねええええぇ」
「カウンターパンチ」
「ごふっ」
純狐さん、敢無く迎撃されるの巻。
ドレキングの異名は伊達ではないという事か。今使ったのは中身の方の武装だけどね。
「あらかじめ言っておきますが、鈴仙の件に月の民は関わっていませんよ。あれらは全て私の独断でやった事さ」
「嘘よ! あのような悪逆非道の輩を庇い立てするとは、見上げた忠誠心である事ですね?」
「そもそも、アナタの披露した穴だらけの犯行計画が、あの八意永琳に通用するとは思えないんですよねえ」
「むむむ」
「何がむむむですか。中途半端な策を立てて、それが看破されてしまった日には……それこそ月の都はお死舞いデスよ」
「終わってしまえばよいのです! 鈴仙もそう思う事ですね?」
いや別に……というか、普通に終わって欲しくないです。一応故郷ですからね。
終わって欲しくないからこそ、純狐さんみたいな危ないヒトと付かず離れずの関係を保って……保とうと努力しているのだ。
「そうやって彼女にプレッシャーを掛けたりすると、また同じ事を繰り返す破目に陥りますよ」
「? どういう事です?」
「現の世界の鈴仙が溜め込んだ鬱憤が、夢の世界の鈴仙によって晴らされた……それが今回の事件の真相です」
夢の世界の……私!
つまりソイツは偽物などではなくて、正真正銘私自身に他ならない……というわけか!
ここへ来て、事件が根底から覆されてしまうとは思いもよらず……。
「夢の世界の鈴仙が暴走しないよう、少しずつ発散させてやる必要がありました。もちろん、私の監督下においてですが」
「解せませんね。何故お前は鈴仙……現の世界の鈴仙に内緒で、そのような真似をしたのです?」
「知ったら止めに入るでしょう? それに、知らなければ何も気にする必要はありませんからね」
「その所為で彼女は謹慎処分を受け、私の息子は非業の死を遂げたのです。この落とし前や如何に?」
「アナタのお子さんは関係ないでしょう……」
「まあ、そうでもあるが」
純狐さんはドサクサに紛れて何を? まあいいか。
ドレミーの動機が、敵対的な理由によるものではないと知っただけでも十分だ。
「つまり、悪いのは全て私だったという事ね」
「鈴仙……」
「あー、自分を責めてはいけませんよ。そんな風にストレスを溜め込んでも、夢の世界のアナタが暴れたがるだけですから」
「構わないわ」
「えっ?」
そう、構わないのだ。
永遠亭や私が、他の誰かに狙われている訳ではない。
これは全て、私ひとりで完結している問題なのだ。
「夢も現も私は私。私の行いには私自身が報いなければならないのよ」
「随分と潔い事を言うのねぇ。自棄を起こしているので無ければよいのだけれど」
「そのような見方は、鈴仙を良く知らない者がやる事です。さすが私の見込んだ戦士……ナイトである」
戦士にも騎士にもなるつもりはない。
私はただ、自分が正しいと思った事をやるだけだ。
「ありがとう、ドレミー・スイート。色々と助けてくれていたのね」
「お礼なんて結構ですよ。私が好きでやっている事ですから」
「それから、純狐さんもありがとうございました。アナタが来てくれなかったら、私は今でも敗北者のままだったでしょうね」
「安心するのはまだ早いわ。鈴仙にはまだ、大事な仕事が残っていることですね?」
純狐さんの言う通りだ。私にはまだ、やらねばならない事が待っている。
随分と時間が経ってしまったようで心苦しいが、こればかりは避けて通る事などできない。
そしてこれは、私ひとりで立ち向かわなければならない問題なのだ。
「全部私がやりました」
畳に額を擦り付ながら、私は臆することなく言い放った。
我が主、蓬莱山輝夜様はどのような眼で私を見ているのか、或いは見ていないのか。
それを確かめるつもりは無いし、その必要も無い。やるべき事は決まっているのだから。
「お寺で暴れたのも、道場で修行の邪魔をしたのも、神社の物を壊したのも、全て私がやった事です」
「そんなことしてません、と言ったのは誰?」
「私です」
「嘘を吐いたのですか?」
「そういう事になります」
「どうして?」
「無知ゆえに」
嘘はついていないし、何も知らないわけではない。
今はただ、本当の事を言っていないだけだ。
夢の世界の私だろうと、私である事に変わりはない。だからこれは、嘘ではない。
「もうあんな事はしないって、私の前で誓える?」
「誓えません。多分またやります。何度でも繰り返します」
「そんなにキッパリと言われてしまっては、アナタを許すことができないじゃないの」
――許しは請わない。
私たちの関係が続くにせよ、ここで終わるにせよ、なあなあで済ませる事はできない。
そんなのは、ただの甘えだ。私はずっと甘やかされながら生きてきた。そのツケを払う時が来た。それだけの事だ。
「残念だけど、謹慎処分では不足だったという事なのね。それならば……」
輝夜様がにじり寄ってくる。
私の顎が御指にのせられて、有無を言わさず面を上げられる。
かつて私を叱った時と同じ表情で、ご主人様は評決を下す。
「鈴仙は今後、四六時中私の監視下に置かせて貰うわ。少しでも目を離すと、何をしでかすか分かったものではないからね」
「……えっ?」
「言っておくけれど、拒否権なんて無いわよ。お風呂の時も寝る時も、ずっと一緒に過ごすの。いいわね?」
「えっと、その……」
どうしよう。いや、どうするかなんて考えるまでもないのだけれど。
ただその、私がここに来るまでに決めてきた覚悟というか、心構えみたいなものを、どう処理していいか分からない。
そんな私でも、ただ一つだけ分かるというか、確信できるような事がある。それは……。
「……よろしくお願いいたします」
まだまだ私は、甘やかされながら生きていくのだろう、という事だ。
夢の自分も自分のうちだと前面肯定するとは歯切れのいい鈴仙でした