壱
「クソだな」
と彼女は言った。彼女はイライラしていた。大妖精が倒れた。自然が悲鳴を上げていた。新しい農法が開発された。土から人間の餌が夥しく吸い出されていた。妖精たちは咆哮し、飽きもせず暴れまわらなければならない運びとなった。大妖精はそれを鎮めて回っていた。だけれど彼女は力が強く、妖精の枠からはみ出しかけていて、そんな事とは関係なくまるで平静だった。
そしてそれを差し引いても、やはりイライラしていた。
「誰に向かって言ってんの、それ」
「知らない。イライラするんだよ」
「おい、寺小屋サボる気か?」
「お前は今何してんの。ここに居るってことはサボってるってことだろ」
「明日からの話だよ。何処行くんだ?」
「関係ないよ。寺小屋なんて、元々サボると大ちゃんが泣くから行ってただけだ。その大ちゃんが倒れてちゃ関係ないだろうが。大ちゃんの様子を見て、適当に励ましたら、魔理沙のとこに遊びに行く。最近あいつ、にとりのとこで面白い事してるんだよ」
「ふうん。別に私だってお前が寺小屋行こうが行くまいが関係ないよ。サボる気なのかどうか確認しただけだ」
紫様の政策で、藍様の命令だった。正直別にどうでもよかった。どうでもよかったので従った。どうでもよい時は従うに限る。従わないと、どうでもよいとはとても言えない気まずい状況になるのは目に見えていた。私は紫様の事も藍様の事も好きだった。どうでもよかったので、命令の内容以外の事はあまり憶えていなかった。寺小屋に通いなさい、だ。妖怪や妖精が寺小屋に通っても良い理由なんて微塵も興味ない。ただ私は上白沢先生に、素行の良くない生徒の様子を聞かれることがしばしばあったので、それに答える準備をしたに過ぎない。別に彼女がサボろうがサボるまいが、関係ないし本当にどうでも良かった。
「お前っていい子ちゃんなのかと思ってたけど、結構ワルなのか?」
「チルノがいい子とか悪い子なんて気にするタイプだとは思わなかったな。私はそんなの気にしたことない」
「お前は気にするタイプだと思ってた。じゃあ何を気にして動いてるの?」
「好きな人が傷付かないかどうか」
「それって、誰?」
「紫様とか藍様。あとは上白沢先生とかチルノとか。」
「ふうん」
彼女は少しばつが悪そうにした。彼女は自由だけど、少しばかりの思慮というものがあった。作品の登場人物が一貫したキャラクターを持っているのはそうする事が読者にとって伝わりやすく、かつ違和感を与えないからだけれど、あいにくこれは作品の登場人物の話ではなく、彼女は一般的な思考能力と感情の揺れ動きを持つ妖精に過ぎなかった。
「私と一緒だね」
「何が?」
「何を気にして動くか。でもごめんね、今は本当にイライラしてるんだ。だから橙とは話したくないな」
「わかったけど、その言い方は唯でさえイライラしてるのにうざい奴と喋りたくないって意味に聞こえるから他の人には使うなよ」
「そんな意味じゃないよ」
「わかったって言ってんだろ」
上白沢先生は、授業中に教室に入ってきた私を一瞥すると顎で席に付きなさいと促した。放課後にはやはり、今日寺小屋に来なかったチルノについて私に訪ねてきたので、用意しておいた答えをあてがった。上白沢先生はそうか、と言った。上白沢先生は凛々しいが、いつも何かを心配しているような顔をしている。善良な教職者等というものの態度としては適切と言えた。梅雨前で涼しい筈だけれど、それ以上にジメジメとした不快感があって、特に何もなくてもイライラした。私はチルノとは違って、イライラしていてもある程度平静に振る舞えると思う。それでも、上白沢先生やクラスの皆の事は好きだけれど、今日はさっさと家に帰って一人になりたいというのが正直なところだ。私もチルノと同じだ。イライラしている時に好きな人と居ても、イライラしている自分にもっとイライラするだけになるのは火を見るより明らかだ。そうだ、帰って、靴を脱いで。煮干しを二、三口の中に放り込んだら、寝床に入って風の音でも聞いていたい。そしてボケボケと寝たい。尻尾が2つしかない雑魚の小娘のアフターなんぞ、こんなところがいい具合だろう。日も差して居ないのでは何処に居ても居心地が悪い。それなら自宅が一番マシだ。
しかし、そういう日に限って家に帰ると藍様が待ってくれていたりして、つい一瞬顔が引き攣ったりするのだ。思い通りにいかない。そりゃハッキリ言って、家に帰ってきたらこの世で一番私が懐いているであろうその人が、火の着いてない囲炉裏の前で座って、煮干しを幾つか持って眠そうにしているのを見たら、どんな精神状態だろうが私は直ぐにお膝に飛びついて喉を鳴らすよ。今日だって例外じゃない。藍様は私に、顔いっぱい愛おしそうな輝きを放って、私の頭をなでてくれるに決まっているのだった。さっき言ったことは全部ウソだ。イライラしてて、イライラしてる時特有の泥沼思考にハマっただけだ。こんな事があれば全てどうでもよくなるに決まっている。そうだ。どうでもよかった。この世で最も尊い事は「どうでもいい」という状態の事だ。私はそれを知っていて、故に私はこの世で最も幸せな猫だった。この世で最も幸せな猫、この世に何千匹か居るだろうと思いながら、藍様のお膝の上で煮干しを二、三口の中に放り込んでもらって、寝た。
「クソだな」
と彼女は言った。彼女はイライラしていた。大妖精が倒れた。自然が悲鳴を上げていた。新しい農法が開発された。土から人間の餌が夥しく吸い出されていた。妖精たちは咆哮し、飽きもせず暴れまわらなければならない運びとなった。大妖精はそれを鎮めて回っていた。だけれど彼女は力が強く、妖精の枠からはみ出しかけていて、そんな事とは関係なくまるで平静だった。
そしてそれを差し引いても、やはりイライラしていた。
「誰に向かって言ってんの、それ」
「知らない。イライラするんだよ」
「おい、寺小屋サボる気か?」
「お前は今何してんの。ここに居るってことはサボってるってことだろ」
「明日からの話だよ。何処行くんだ?」
「関係ないよ。寺小屋なんて、元々サボると大ちゃんが泣くから行ってただけだ。その大ちゃんが倒れてちゃ関係ないだろうが。大ちゃんの様子を見て、適当に励ましたら、魔理沙のとこに遊びに行く。最近あいつ、にとりのとこで面白い事してるんだよ」
「ふうん。別に私だってお前が寺小屋行こうが行くまいが関係ないよ。サボる気なのかどうか確認しただけだ」
紫様の政策で、藍様の命令だった。正直別にどうでもよかった。どうでもよかったので従った。どうでもよい時は従うに限る。従わないと、どうでもよいとはとても言えない気まずい状況になるのは目に見えていた。私は紫様の事も藍様の事も好きだった。どうでもよかったので、命令の内容以外の事はあまり憶えていなかった。寺小屋に通いなさい、だ。妖怪や妖精が寺小屋に通っても良い理由なんて微塵も興味ない。ただ私は上白沢先生に、素行の良くない生徒の様子を聞かれることがしばしばあったので、それに答える準備をしたに過ぎない。別に彼女がサボろうがサボるまいが、関係ないし本当にどうでも良かった。
「お前っていい子ちゃんなのかと思ってたけど、結構ワルなのか?」
「チルノがいい子とか悪い子なんて気にするタイプだとは思わなかったな。私はそんなの気にしたことない」
「お前は気にするタイプだと思ってた。じゃあ何を気にして動いてるの?」
「好きな人が傷付かないかどうか」
「それって、誰?」
「紫様とか藍様。あとは上白沢先生とかチルノとか。」
「ふうん」
彼女は少しばつが悪そうにした。彼女は自由だけど、少しばかりの思慮というものがあった。作品の登場人物が一貫したキャラクターを持っているのはそうする事が読者にとって伝わりやすく、かつ違和感を与えないからだけれど、あいにくこれは作品の登場人物の話ではなく、彼女は一般的な思考能力と感情の揺れ動きを持つ妖精に過ぎなかった。
「私と一緒だね」
「何が?」
「何を気にして動くか。でもごめんね、今は本当にイライラしてるんだ。だから橙とは話したくないな」
「わかったけど、その言い方は唯でさえイライラしてるのにうざい奴と喋りたくないって意味に聞こえるから他の人には使うなよ」
「そんな意味じゃないよ」
「わかったって言ってんだろ」
上白沢先生は、授業中に教室に入ってきた私を一瞥すると顎で席に付きなさいと促した。放課後にはやはり、今日寺小屋に来なかったチルノについて私に訪ねてきたので、用意しておいた答えをあてがった。上白沢先生はそうか、と言った。上白沢先生は凛々しいが、いつも何かを心配しているような顔をしている。善良な教職者等というものの態度としては適切と言えた。梅雨前で涼しい筈だけれど、それ以上にジメジメとした不快感があって、特に何もなくてもイライラした。私はチルノとは違って、イライラしていてもある程度平静に振る舞えると思う。それでも、上白沢先生やクラスの皆の事は好きだけれど、今日はさっさと家に帰って一人になりたいというのが正直なところだ。私もチルノと同じだ。イライラしている時に好きな人と居ても、イライラしている自分にもっとイライラするだけになるのは火を見るより明らかだ。そうだ、帰って、靴を脱いで。煮干しを二、三口の中に放り込んだら、寝床に入って風の音でも聞いていたい。そしてボケボケと寝たい。尻尾が2つしかない雑魚の小娘のアフターなんぞ、こんなところがいい具合だろう。日も差して居ないのでは何処に居ても居心地が悪い。それなら自宅が一番マシだ。
しかし、そういう日に限って家に帰ると藍様が待ってくれていたりして、つい一瞬顔が引き攣ったりするのだ。思い通りにいかない。そりゃハッキリ言って、家に帰ってきたらこの世で一番私が懐いているであろうその人が、火の着いてない囲炉裏の前で座って、煮干しを幾つか持って眠そうにしているのを見たら、どんな精神状態だろうが私は直ぐにお膝に飛びついて喉を鳴らすよ。今日だって例外じゃない。藍様は私に、顔いっぱい愛おしそうな輝きを放って、私の頭をなでてくれるに決まっているのだった。さっき言ったことは全部ウソだ。イライラしてて、イライラしてる時特有の泥沼思考にハマっただけだ。こんな事があれば全てどうでもよくなるに決まっている。そうだ。どうでもよかった。この世で最も尊い事は「どうでもいい」という状態の事だ。私はそれを知っていて、故に私はこの世で最も幸せな猫だった。この世で最も幸せな猫、この世に何千匹か居るだろうと思いながら、藍様のお膝の上で煮干しを二、三口の中に放り込んでもらって、寝た。
冒頭の描写は一体なんなのか、チルノが「私」なのは理由があるのか。
続きが気になります。