Coolier - 新生・東方創想話

井戸の怪

2018/11/13 22:14:54
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 日本のホラーの代名詞に井戸を挙げても問題ないだろう。四谷怪談の皿屋敷の幽霊「お岩」は井戸から現れるし(ただしこれには多くの”演出”バリエーションがあり、印象深い演出の一つに過ぎない)、映画「リング」でも幽霊「貞子」は井戸から現れる。古くから水のあるところには例が集まるといわれるし、かつては井戸に転落する事故もあったろう。水道の行き届いた現在では井戸はまさに廃墟を象徴するオブジェクトだ。
 「奇数女(キスメ)」という妖怪をご存じだろうか。妖怪というよりは都市伝説に近い存在ではあるが、私が確認したもっとも古い伝聞情報(注:この話を誰かから聞いた、という情報。目撃情報の耳バージョン)は熊本県での1975年8月ごろのものである。
 
 あるところに兄妹がいた。年は5つ離れていた。兄は妹ができると聞いてはじめこそ喜んでいたもののいざ生まれると一家の中心は妹になってしまって面白くなかった。立ち上がるようになり口をきくようになり憎らしさは一層増していった。特に気に入らないにはおやつだ。いままでは独り占めしていたものを「なかよくはんぶんこ」しなくてはならなくなった。これが数のはっきりしないものならいいのだが、ドーナツやいちごなど数えて分けられるものになるとお兄ちゃんの方は何が何でも自分のほうが多くないと気が済まない。だから奇数のときはいい。お兄ちゃんがひとつ多くもらえるからだ。偶数だと妹も自分と同じ数になるのでやはり気に入らず、妹のぶんを取ったり数をごまかしたりするのだ。
 ある日おやつにせんべいが出た。醤油で焼いて砂糖をまぶしたあまーいおせんべい。兄妹ともだ大好物だった。この日、せんべいは奇数枚あった。そこでいつもどおりお兄ちゃんが一枚多く取った。お兄ちゃんは満足した。ところが翌日、この日はおやつが特に用意されていなかったのだが妹がせんべいをかじって「おいしーい」と笑うのを見てお兄ちゃんは激怒した。妹は大好物を一度に食べてしまうのが惜しくて一枚を取っておいたのである。しかし激怒する兄に妹はそれを説明することができず、お兄ちゃんに一方的に怒鳴られるばかりである。甲斐甲斐しくごめんなさい、許して、とさめざめ泣く妹をお兄ちゃんはお仕置きすることにした。最近になって井戸から水をくむお手伝いをするようになったお兄ちゃんは妹を井戸の桶に入れて井戸の中へ下ろし、まっくらで狭いところで怖がらせることを思いついた。「許してほしければ――」妹は従った。
 井戸の中はとても冷えていた。秋の夕方の出来事だった。いいと言うまで一言も話さずに要られたら許すという言いつけを妹は守った。家族たちは当然妹をあちこち探しまわった。人さらいの事件が続いていた時分だったので、家の周りばかりを探していた。警察にも電話し、どんどん大ごとになる様を見てお兄ちゃんはバレたらまずい、とだんまりだった。翌朝になっても妹を井戸から出してやることができず、とうとう翌日の晩になって発見された。井戸の中の冷えで衰弱し、このとき罹った肺炎が元で妹は死んだ。

 兄に最後まで「もういいよ」と言ってもらえなかった妹は死んでもなお井戸の中でその言葉を待っている。その井戸に夕方に近づくと中に引きずり込まれて同じ目に合うという。それを避けるには偶数個のお供え物を投げ込んで「もういいよ」と井戸の中に向かって叫ぶのだ。奇数ではいけない、というところから奇数女と呼ばれているのだろう。
 1963年、兄が妹を井戸に突き飛ばして死なせる事故が起こっている。この事件が起きたのは大分県で、事件に尾ひれがついて伝わったとも考えられる。この事件のあった井戸は現在では潰されている。供養のための塚が建てられ、木桶に花が生けられている。私はこの塚に三年間にわたり四度訪問したがそのたびに新しい花が生けられていた。同じ花が二輪だった。何か所以があってのことなのだろうか。
二次創作ゲーム「3rd eye」制作中です。
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いってつ
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
とても面白かったです
2.100サク_ウマ削除
非常に興味深い解釈でした。面白かったです。
4.100南条削除
おもしろかったです
素直に伝記的というか都市伝説的で、話がすんなり頭に入ってきました