Coolier - 新生・東方創想話

境界の鐘

2018/10/17 22:25:50
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「さ~て、東京観光もたけなわですねメリーさん!」

 蓮子が、観光ガイドの真似っこをしながら私に語りかけていた。私はといえば、少しばかり辟易しながらも、この田舎都市をそれなりに満喫していた。マエリベリー・ハーンこと私と、宇佐見蓮子こと彼女は、京都と東京を繋ぐ卯酉東海道を経て東京観光の真っただ中。本来なら秘封俱楽部のサークル活動の予定は無かったのだけれど……。

「折角の東京なんだし、オカルトスポット巡りしない? きっと、結界研究の進んだ京都よりも、乱雑に放置された結界の切れ端が沢山見つかるはずよ」

 結局、いつも通りのサークル活動。まあ、嫌いな訳ではないけれどね。たとえそれが、夜風吹く田舎都市の寂れた外れを彷徨うことであっても。


 さて、私たちが目指しているのは、蓮子曰く鐘ヶ淵の巨鐘伝説。彼女が、大学帰りの図書館で見つけ出したという古書物に記された古錆びた伝説。それは、旧時代でさえ既にオカルトになり果て、今現在はもはや知る者さえいない情報らしい。実際、蓮子が自慢げに語る裏の情報網とやらでやり取りされる類いの代物らしいわ。

「よく食いついてきたわよ。この情報には価値があったのよ。質的な情報の価値がね。文字通り、この古書物を見つけ出した私しか知りえない情報。身の上話みたいに個人に結び付いたユニークな情報ではなく、ただただ知られざるモノ。正しくocculta、隠されたモノと呼ぶに相応しい」

 蓮子は誇らしげに振舞っているけれど、私に言わせればそれは、かつて伝説を蒐集した者の誇るべきものだと思うけれど。まあ、蓮子に言っても理屈を捏ねて煙に巻いてしまうでしょうし、口には出さないことにしましょう。それにしても、ここ東京には粗雑な結界が多すぎる。少し、怖い。どうしてこんなにも異常な数の結界が存在しているのだろう。何処に視線を向けても結界が眼に入って、眼のやりどころにとっても困る。

「ん~? メリーは、東京に結界が多い理由が知りたいの? そんなの簡単なことよ」

 私の疑問に、蓮子は婉曲に答えてくれた。

「まずは質問から始めるわね。メリーは、妖怪が何処で産まれると思う?」

 唐突な質問に、私は固まってしまった。質問の意図が分からない上に、その質問に答えるだけの知識も無かった。

「答えは、境界。妖怪は境界から産まれるのよ。でも、ここでさらにある疑問が産まれる。境界とは果たして、どこから発生するのかということ」
「妖怪を産む境界を産むモノがナニカという事かしら?」
「名答、そして境界は……人間から産まれる――」


 妖怪は、怪異は、深山幽谷の秘境で産まれたりはしない。何故なら、そこには人間が居ないからだ。怪異は境界で産まれる。辻・橋・坂、怪異の発生する場所には大抵境界色豊かな性質を見て取れる。けれど境界は、人間が定めた共同の幻想でしかない。故に、人間が居なければ世界に境界は無く、また怪異も無い――。
 辻も橋も坂も、あらゆる境界には人の往来が存在する。強力な境界であればあるほど、人の往来は増していく。そして、そうした場所でこそ怪異が産まれる。蓮子はおおよそ、そういう風なことを私に話してくれた。

「メリーは、夕占って知ってる? 夕暮れ時に、なるべく人通りの多い辻に出向いて、往来の人々の言葉を自分の悩みや考えに当てはめるの」
「でもそれじゃあ、自分の悩みや考えに無関係な言葉しか聞こえてこないじゃない」
「それでいいのよ。占いとは裏を見るという意味。自分の心のウラをミル為には、自分に背を向ける部外者たちの言葉こそ相応しい。じゃないと、取り繕われてしまうから。そしてここまで話せば、メリーにはもう分かるでしょう?」
「なるべく人通りの多い、とはつまり強力な境界を探せということね。何かとナニカを仕切り遮る境界は、元来隔絶ではなく往来にこそ力があった――」
「その通り、境界は断じて壁ではないのよ」
「つまり妖怪は……人間の往来で……産まれる。あら、まるで都市伝説みたいね」
「妖怪も怪異も、古錆びた都市伝説なのだからね」


 夜風が強く吹いてきていた。私は首元のマフラーを締めなおす。蓮子の話から推察するに、この東京に結界が多い理由は、人間が多かったからという訳なのでしょう。そして結界が乱雑に放置されている訳は、人間が少なくなったから……。
 私は夢想した。かつて栄華と往来を極めた大都市を、この寂れた夜の通りから。


「さあ、メリー。貴女になら視えるはずよ」
「……なにこれ、凄い」

 蓮子が指さす先には、一際異彩を放つ結界が存在した。私たちの目指す目的地は、隅田川と荒川・綾瀬川の三つの川が交差する川の辻――即ち伝説の巨鐘が沈む境界……。

「メリー! 私にないその瞳で、暴いて頂戴!」

 蓮子が指さす川底には、結界の周期的な揺らぎと、向こう側からその頭を覗かせる巨鐘があった。伝説によれば、とある寺にあった鐘が、その運送の途中で川底に沈んでしまったのだという。けれど、私から言わせてもらえれば、ただ川底に沈んだようには視えないわ。
 川の流れが三つも交差するこの地点に、偶然にも鐘が沈んだとでも言うのかしら? それも、結界まで揺らぐようなこの座標に? 偶然にも寺から運び出した鐘が? あまりにも出来過ぎている。私には分かった。これは徴だ。
 
「これまでもいくつかこういう結界は視た事があるの」
「視た事があるって、どういう意味かしらメリー?」
「人為的な徴よ。きっと私みたいに結界が視えたかつての誰かが向こう側へ行き、帰ってきた後に残した徴、或いは記念碑」

 つまり、私たちのサークル活動においては最上級のアタリ。私は、川沿いの手すりに背を預けて、ゆっくりと深呼吸をした。興奮で高鳴る胸を押さえて、努めて冷静を装う。そして――私は、蓮子の手を引いた。


 川沿いの手すりに背を預けていた私は、蓮子を抱き寄せて落下感を味わう。不思議な事に、私たち二人が水没することは無かった。薄れていく意識の中で最後に感じたのは、荘厳な鐘の音だった。まるで、来訪者を歓迎するかのような。
鐘そのものに与えられた意味を考えましょう。
勝っちゃん
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コメント



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2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.100サク_ウマ削除
素敵でした