Coolier - 新生・東方創想話

明暗憧憬

2018/10/09 02:06:17
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「今日はいい天気ね。星が、とてもよく見える」
 
 蓮子は、そう言って満天の星を眺めた。私としては、星空よりも目の前を見た方が良いと思うけれど。私たちは、秘封俱楽部のサークル活動として深夜の発光現象を調査しに来たというのに、彼女は星ばかり見て、地上に眼を向けやしないのだ。
 
「暗闇で光るモノは印象的よ。前なんて見なくたって、よく見えるわ」
「そんなこと言って、見損なっちゃってても知らないわよ?」
「メリーの方が私よりも眼が良いから、大丈夫よ」

 私の眼が良いのは事実だけれど、それとこれとは話が違う。結界の境目を覗けるこの眼は、恐らく視力で言えば良い方に入るのでしょうけれど……。それを言ってしまえば蓮子にだって、月を視れば場所が、星を視れば時間が分かる眼が……。うん、やっぱり星空を見ていてもらいましょう。
 
「そうね。ちゃんと星を視ていて欲しいわ。ここ凄く暗くて、何処だか分かったものじゃない。こんな真っ暗闇を見たことがある人間は、そんなにいないんじゃないかしら?」
「同感ね。取りあえず現在地は、ちゃんと把握してるから安心して」
 
 現在地が分かってるなんて本当かしら? だってここは、山中だというのに――
 
 
 私たちは京都の大学に通う大学生。私の名前は、マエリベリー・ハーン。呼びにくいからと、メリーという渾名で、宇佐見蓮子こと彼女に呼ばれている。私たち二人は、たった二人だけのオカルトサークル、秘封俱楽部のメンバー。最近は結界暴きを繰り返して、異界で深秘を暴いている。実のところ結界暴きは、危険だから法律で禁じられているんだけれどね。というわけで、私たちは蓮子の提案で、結界暴きには抵触しない山中散策の真っただ中よ。
 
「それにしてもこんな山道、もはや登る者も廃れて久しいでしょうね」
「そうね。元来登山は宗教的な修行でもあったけれど、私たちが生まれる少し前の時代には、観光と趣味に成り下がっていたそうよ」
「へぇ。私としてはこんな異界染みた恐ろしい場所に、趣味や観光で訪れた人間の方が凄いと思うわ」
「仕方がないわよ。山なんて、ただのプレートの移動によって発生した歪でしかないという現実が、明らかになっていたんだもの。そんなものを畏れ続ける方が、無理って話よ」
「違うわよ蓮子。私が想っているのは畏れじゃなくて、恐れの方よ」
「あら、メリーも立派な現代人だったのね。安心したわ」
 
 暗い山道は、しかし人間の手がふんだんに入っていた。整備されている山道は、人間にとって歩きやすいようにデザインされていた。しかし、灯りだけはその殆ど全てが切れてしまっている。人間が作ったものが闇に隠されたとき、こんなにも異質な感覚を呼び起こすとは、思いもしなかった。
 
「記憶に新しいわね。確か、政府が電気エネルギーの有効活用の為に、不要な街灯や照明への電力供給を停止したって話でしょう?」
「合理的だけれど……私は嫌いよ」
「流石メリー、好き嫌いで世界を分別するなんて素敵だわ」
「あら、人間の感覚をあまり侮らない方が良いと思うわよ?」

 今や、夜中に街はずれを照らす街灯もありはしない。合理を極めた人間の世界は、その進歩とは裏腹に、かつての自然の暗闇を取り戻しつつあった――
 
 
 やがて、こうした自然の暗闇によってなのかは定かではないが、迷信とされた怪光現象の観測が人々の間で相次いでいた。
 
「だいたいね、こうした怪光の理由は前時代の科学者たちによって解決された現象でしかないわ」
 
 蓮子は今回の怪光騒ぎを、珍しく迷信だと断定しているようだった。科学を学んだ蓮子にとっては、こうした無知故の騒ぎに憤りを感じるところもあるのかしら?
 
「これは科学への侮辱よ。迷信を打破するためにその蒐集と研究を進めた無数の科学者たちの努力をあざ笑っているわ。私は許さない」
「そんなに怒らなくても良いじゃない。人間、知らないことは知らないものなのよ」
 
 蓮子曰く、こうした怪光現象は野火の反映であるらしい。日中に燃えていた野火が消えた状態となっていても、茅株の根だったり木の葉だったりに少し残っていて、夕風に煽られてボヤとなったものが怪光だったり、狐火だったりとして錯覚されたらしい。
 
「まあ、狐火とか蓑火だとか、その全てが迷信だと断言はしないけれど、今回の騒ぎは誰かが面白半分ででっち上げたに違いないわ。幼稚過ぎるもの。私が鬼の首を取ってこの騒動を終わらせてあげる」
「ねえ蓮子、やる気があるのは大いに結構だけれど、残念ながら迷信でも幼稚な戯言でもなかったようよ」
「――もしかして、視えちゃった?」
「ええ、それはもうバッチリと。蓮子にも見えるはずよ」
 
 
 星へ向けていた視線を、私と同じように合わせた蓮子。彼女は、自然の真っ暗闇の中で怪しく輝く、怪光をその眼に映した。彼女は一分程無言でじっとその灯りを眺め、近くの樹木に寄りかかって、深々と帽子を被りなおした。
 
「蛍光灯の光さえなかった昔は、きっと暗闇の中の光そのものが、怪しい存在だったのでしょうね……。少し、納得したわ」
 
 蓮子は、以前までの腹立たし気な様子をすっかり潜めていた。きっと彼女は、無知だったのは自分自身だと気づいたのかもしれない。もはや現代の私たちではイメージさえできない、自然の暗闇のただ中に浮かぶ光。それは、その原因が残り火であろうと何であろうと、見る者に神秘を感じさせる。
 人間は世界を光で満たすことで、闇だけでなく光の神秘も幻想の彼方に追いやってしまっていたのだろう。蓮子は、今ならゾロアスター教の信者とも話が通じるだろう、と自嘲気味に嘯いてみせた。
 
「さあ、蓮子。あの灯りを暴きに行くわよ」
「いや、帰りましょうメリー。私が言うのもおかしいかもしれないけれど……」
 
 
「迷信には暴かない方が素敵なものもあるのだと分かったから」
 
 
 
 
 蓮子は遂にその光を暴くことはなかった。世間での怪光騒ぎも、人の噂は四十五日とでもいうほどに早々と忘れ去られていった。というのも、人々が自然の暗闇に恐れをなしたからである。政府は民意によって、非合理な電力消費を余儀なくされた。
 或いは、彼らも気付いたのかもしれない。人間が狂ったように世界を光で満たした理由を。木を隠すのは森の中とは全く言い得て妙である。
 
「あーあ。全く非合理な話ね。誰も使わない街灯や通りの灯りを消しただけでこんなにも苦情が巻き起こるなんて。あの政策はとっても合理的だったのに」
「誰も彼もが蓮子みたいに理屈の世界で生きている訳じゃないのよ」
 
 しかし、私だけは知っている。あの怪光のもとに視えた結界の揺らぎを――
 
 かつて人は、自然の暗闇を恐れ、またそこに浮かぶ灯りをこそ畏れていたのでしょう。私は、光を畏れた故に光で世界を満たすモノを空想した。けれど、それを素敵と呼んだ蓮子こそが、私の眼には眩く素敵に映った。
 
「ねえ、蓮子。もしも私があの怪光に結界の揺らぎを視たっていったら信じる?」
「ちょっと、どういう意味? もしかして――」


「うふふ、秘密。教えてあーげない」
 正誤よりも良し悪しを想えるのは素敵なことね。
勝っちゃん
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コメント



0.190簡易評価
3.無評価名前が無い程度の能力削除
素敵なものは素敵なままで。
遠い未来でもそうなら良いなぁなんて。
文のテンポと話の流れの切り良さが好きです。長文書いてもいいのよ?w
4.100モブ削除
ただ一言、面白かったです。
5.100南条削除
とても面白かったです
不思議を怪異と決めつけないで柔軟に考える蓮子が特によかったです
それでもなお当然のように存在する怪異も恐ろしげでした
6.90乙子削除
よかったです。
結局”それ”がなんだったのか、我々が暴くのもきっと野暮なんでしょうね。