いわゆる雨模様と言うヤツだった。
それは蓬莱山輝夜が朝、縁側に腰掛けてから、日が傾くまで、ずっとそうだった。
「今日はお早いですね」
鈴仙が声を掛けた。輝夜は答えなかった。
「風邪を召しますよ」
八意永琳が声を掛けた。輝夜は答えなかった。
「お姫様、何かお探しかい」
因幡てゐが声を掛けた。輝夜は首を振った。
「お白湯でもお持ちしましょうか」
鈴仙が声を掛けた。輝夜は頷いたが、それは今や隣で温度を失っていた。
「いくら不死とはいえ、お体に障っては困ります」
永琳が促した。輝夜は激しく拒否した。その拒みようといったら子どものようで、まるで楽しみにしているオモチャを取り上げられたかのようなダダのこねかただった。
こうなっては手をつけられないことを知っているので、永琳はそれきり尋ねてこなくなった。
「今日はいやに、お空にご執心だねぇ」
因幡てゐが浅ましくも、水たまりを踏みながら輝夜の許へ歩み寄った。
輝夜は追い返そうとしなかった。全くの野良ウサギに、足許へ跪くことを許した。平時であればあり得ないことだ。
「雨がお好きかい」
輝夜は答えなかった。
「それとも青空がお嫌いかい」
輝夜は答えなかった。
「それとも……」
にまり、と続けようとしたてゐを、その時初めて輝夜は見下した。
水に濡れた刃のように鋭い眼光を帯びた、剣呑な目つきだった。その切っ先はてゐの喉元に突きつけられていて、哀れに震えるウサギが放り出そうとした言葉が、その間合いの内にあることを冷たく示していた。
てゐはそれっきり震え上がってしまって、逃げるように竹林へと舞い戻った。
「姫様、お布団敷いておきましたからね」
鈴仙が声を掛けた。輝夜は頷いた。
そうやって一日が過ぎた。落陽の明りも無く、淡々と世界は明度を失って、やがて真っ暗闇となった。
輝夜は空を見上げていた。見上げ続けていた。その瞳に、雨粒とは違う水滴が生じた。
漆黒の帳が降り、星も無く真っ暗闇。そんな空を見上げる輝夜の瞳からは、大粒の涙が雨粒と遜色のないほど流れている。
すすり泣き。この日初めて口を開いた輝夜の、安堵の溜息は――
「今日は、月が見えない」
それは蓬莱山輝夜が朝、縁側に腰掛けてから、日が傾くまで、ずっとそうだった。
「今日はお早いですね」
鈴仙が声を掛けた。輝夜は答えなかった。
「風邪を召しますよ」
八意永琳が声を掛けた。輝夜は答えなかった。
「お姫様、何かお探しかい」
因幡てゐが声を掛けた。輝夜は首を振った。
「お白湯でもお持ちしましょうか」
鈴仙が声を掛けた。輝夜は頷いたが、それは今や隣で温度を失っていた。
「いくら不死とはいえ、お体に障っては困ります」
永琳が促した。輝夜は激しく拒否した。その拒みようといったら子どものようで、まるで楽しみにしているオモチャを取り上げられたかのようなダダのこねかただった。
こうなっては手をつけられないことを知っているので、永琳はそれきり尋ねてこなくなった。
「今日はいやに、お空にご執心だねぇ」
因幡てゐが浅ましくも、水たまりを踏みながら輝夜の許へ歩み寄った。
輝夜は追い返そうとしなかった。全くの野良ウサギに、足許へ跪くことを許した。平時であればあり得ないことだ。
「雨がお好きかい」
輝夜は答えなかった。
「それとも青空がお嫌いかい」
輝夜は答えなかった。
「それとも……」
にまり、と続けようとしたてゐを、その時初めて輝夜は見下した。
水に濡れた刃のように鋭い眼光を帯びた、剣呑な目つきだった。その切っ先はてゐの喉元に突きつけられていて、哀れに震えるウサギが放り出そうとした言葉が、その間合いの内にあることを冷たく示していた。
てゐはそれっきり震え上がってしまって、逃げるように竹林へと舞い戻った。
「姫様、お布団敷いておきましたからね」
鈴仙が声を掛けた。輝夜は頷いた。
そうやって一日が過ぎた。落陽の明りも無く、淡々と世界は明度を失って、やがて真っ暗闇となった。
輝夜は空を見上げていた。見上げ続けていた。その瞳に、雨粒とは違う水滴が生じた。
漆黒の帳が降り、星も無く真っ暗闇。そんな空を見上げる輝夜の瞳からは、大粒の涙が雨粒と遜色のないほど流れている。
すすり泣き。この日初めて口を開いた輝夜の、安堵の溜息は――
「今日は、月が見えない」
月から見られないことが泣くほどのことなのかと思うとこっちまでつらくなる思いでした
さすがの面白さでした
素晴らしいです
郷愁だなぁ…