Coolier - 新生・東方創想話

彼女の生き方

2018/09/07 22:07:59
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「すみませーん!」
 その声に彼女が振り返ると、ちょうどそこに天狗が舞い下りてきた。
「ちょっとお話を聞きたいんですが。あ、とりあえず一枚お写真でも」
 彼女が応えるより先に天狗はカメラを構えシャッターを押した。しかしそれを合図にカメラは奇っ怪な音を立てる。
「……ごめんなさい」
 その言葉は反射的にカメラを向けられた彼女の口からこぼれ出た。天狗は軽快な口調で言葉を返す。
「いえいえ。いきなりカメラを向けた私も私でしたし、何より元からある程度は覚悟していましたから。流石にカメラがとは思いませんでしたが……」
 『覚悟していた』。天狗は気を使ってその言葉を選んだのだろうが、それは的確に彼女の胸をえぐった。
「……ごめんなさい。今日はちょっと気分が優れなくて」
「そうですか。ではまた次の機会にでも」
 天狗も自分のミスに気付いたらしくその場はすぐに身を引いた。
 去っていく天狗を見上げながら、彼女は重い溜息をついた。

     *

「何してるの?」
 ザアザアと、夏の暑さを忘れさせる滝音のほど近く。たまたま通りがかった彼女が顔見知りの河童を見つけ声を掛けたのとほぼ同時、河童の目の前でボフンと小さな爆発が起きた。
 舞い上がった黒煙のせいか激しくむせながら付けていたゴーグルを上にずらし、河童は首と上半身だけで振り返った。
「おー…ゲホッ……厄神様じゃないか」
 河童はけろりとした様子で応えるが、偶然とは思えないタイミングに厄神様と呼ばれた彼女は胸を痛めた。
「ごめんなさい。私が声を掛けたから」
「んー、まぁそうかもしれないね」
 河童は顎に手を添えるようなポーズを作る。汚れた手袋を実際に肌に当てている訳でもなし、素振りだけだとすぐ分かるがそれは冷静ならの話。気を落とした厄神様には判別出来ていなかった。それを見て河童は快活に笑う。
「いいのいいの! ボロが出るようなものを作ったのは私だし、何より最初から違和感はあったしね」
 それを聞いて厄神様が顔を上げた頃には既に彼女は作業に戻っていた。具体的に何をしているのか、どの部分を取っても厄神様には理解できないが、ただその鮮やかな手並みは彼女が見惚れるのに十分だった。
「出来た!」
 河童が急にわっ! と声を出したので厄神様は我に返る。声の出どころに目をやって見ると彼女の前には見たことの無い絡繰が完成している。
「……それは?」
 先のことを思い厄神様は訊ねるのを一瞬躊躇った。ただ好奇心には勝てず、何も起こらないでくれと願って声を捻り出した。
「これはね――」
 河童は説明を始める。届け先は一体いずこか、何にせよ厄神様の願いは届いたらしく、始まって少ししてもその絡繰に異変はなく彼女は胸をなで下ろした。最初の緊張のせいで河童の説明に耳を傾けたのは途中からになってしまったが。
 何とか情報を補間して理解したところ、それは風を送る道具だという。話を聞いて厄神様は、人里にあるという団扇を四つ五つ突き刺した道具を思い出した。よくよく見れば形もそれに似ている気がする。ただ明確に違う点もある。人里のそれは人が回すための取手が付いていたはずだが、目の前のそれには見当たらない。
「ふっふっふ、それがこの道具のキモなのさ!」
 河童は腰に手を当て得意げに胸を張った。
「人力で回すなら団扇や扇子と変わらないだろう? だけどこれは違う。なんと自動で風を送ってくれるのさ!!」
 商売人としての性が染み付いているのだろう。取っておきの商品を紹介でもするような口調で河童は語る。そしてその流れで彼女はそれの釦《ぼたん》に指を掛けた。
 ボフン! と。
 やっぱり私のせいだ。厄神様はその心を申し訳なさや罪悪感で満たした。
 いつもそう。彼女は人の厄を集めて流す。その都合上厄を纏い続ける彼女は不幸を呼び寄せた。それらの不幸が傷つけるのはいつも彼女ではなく周囲の存在だった。自分の用意した貧乏くじを引くことすら許されないのが、彼女には何よりの貧乏くじに思えた。
「ごめんなさ――ぃい!?」
 ごめんなさい。そう言おうと彼女が顔を上げると目前に河童の顔が在った。彼女の心臓の鼓動と同期して語尾も跳ね上がる。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「え、えーっと。それは……」
「難しいことじゃないからさ、いいよね!」
 彼女の答えも聞かず、河童は強引に手を引いた。厄神様は先の罪悪感もあって成されるがまま身を任すしかなかった。


「これは、どういう……?」
「あーあー、動いちゃだめだよ。手元が狂うだろ」
「ご、ごめんなさい」
 河童に窘められ、厄神様は反射的に身を竦めた。
 現在河童は地面にあぐらをかき、前屈みになって道具を組み上げている。そしてその背中の上、肩に手を当て背負われる形で厄神様はその作業を覗いていた。
 厄を振りまく彼女にとって体験したことのない距離感に鼓動が早まるのを感じる。それが密着する相手に伝わっているかもしれないと思うと一層恥ずかしかった。
 ボフン! と。もう何度目か、河童の目前で爆発が起きる。その度に厄神様な目を伏せるが、当の河童は特に意に介した様子もなく、作業を再開する。
「……どうして。どうして貴方は……不幸に動じないでいられるの」
 爆発の度増す罪悪感と、同時に湧き上がる疑問を抱え続けるのにも限界がきて、ついに彼女は問いを投げた。それに河童は作業の手を止めずに答える。
「失敗は成功の母っていうだろ?」
「……だけど」
 だけど、私の起こす不幸による失敗は貴方のせいじゃない。成功への糧にはなり得ないだろう、と。そう続けようとしたところに河童が言葉を被せた。
「最初の二回で思ったんだけどさ、厄神様の起こす不幸ってのは理不尽じゃないんだ」
 思いもよらぬ話に厄神様は息を呑む。
「蒔かぬ種は生えぬ、というか。これまでの爆発にも原因はあるんだよ。この動力にこの素材は合わないとか、この駆動とは噛み合わせが悪いとか」
 ま、流石に爆発するのは厄神様のせいだと思うけどね。河童は苦笑する。
「こういうのは本来もっと長い期間をかけて判明させていくものなんだけどさ、厄神様の力を持ってすればすぐにわかる。そのおかげで……できた!」
 河童が手で示す先、風を起こす道具とやらが形を成している。先程までと何が変わったのか、厄神様には判別つかない。それ故に河童が釦《ぼたん》に手を伸ばしているのを見て目を細めた。それにより一層凄惨な未来がまぶたの裏に浮かび唇を噛み締めた。
 しかし一向に爆発音は聞こえない。
「ほら、見てみてよ」
 河童にそう言われてようやく彼女は目を開いた。するとその絡繰はくるくると自らの羽根を回していた。異常は見受けられない。否、異常は起こった。何回転かした後、パツンと音がして羽根が外れ落ちた。だがそれだけだった。河童は取れた羽根を拾い上げると簡単に直してしまう。
「原因さえ取り除けば爆発はしない。不幸が襲っても取り返せないものじゃない」
 そうしてその絡繰は再び回り始める。
「悪くないだろう?」
 河童は見上げるような格好のままにやりと笑う。その顔を見て厄神様は息を飲んだ。ごそごそと服の中を漁りながら彼女へと駆け寄る。
「動かないで」
 取り出した手拭いを隣の川で濡らし、それを彼女の顔へと当てる。突然のことに河童はひゅい! と小さく漏らした。
 厄神様の呼び寄せる不幸は彼女自身を苛まないこと、ずっと河童の後ろにいたことから気づかなかったが、連発した爆発で撒き散らされた破片により河童の顔は生傷だらけだった。
「優しいね、厄神様は」
「そんなことないわ……こんな酷いマッチポンプ」
 彼女の布を持つ手に力がこもる。
「痛い痛い!」
「あっ、ごめんなさい!」
 厄神様は申し訳なさそうに手を引いた。その行為が妙に堂に入っていて河童は口を尖らせた。
「そんなに気に病まなくてもいいと思うんだけどねぇ……」
「え?」
「いいや何でも」
 河童は振り払うように立ち上がり、作った絡繰を拾い上げた。
「それじゃ私は行くよ。今日はありがとうね」
 それだけ告げて立ち去ろうとする河童の背中を見て、厄神様はどうしてか危機感のようなものを覚えた。これを逃してしまっていけないような。手から零れ落ちていく水のような。
「……あの――――っ!」
 差し迫る危機感に背を押され彼女は声を上げた。それに河童は立ち止まり振り返るが、厄神様は言葉を詰まらせる。咄嗟に声を上げただけで、何を言うのか、言いたいのかなんててんで定まっていなかった。
 だから結局そのままを口にした。
「どうしたら……どうしたらあなたのようになれるの!?」
 言い終わってすぐ恥ずかしさが彼女を襲った。一体何を言っているのか。これを聞いてどんな顔をされるのか。知りたくない気持ちもあったが、彼女は恐る恐る顔を上げた。
 彼女は――河童は笑っていた。嬉しそうに。そして言う。
「あの道具が飛ぶように売れたら、私は幸せだよ!」
 それだけ言うと河童は体を翻し森の中へと消えていった。
 彼女が何が言いたかったのか、厄神様は全く理解できていなかった。しかしどうしてか彼女に不安のようなものは微塵もなかった。
 根拠は何もない。だがそれでいいと、不思議とそう思えた。
 
     *

 作り上げた道具による商売が上手くいったと、河童がそこそこの金を持って厄神様の前に現れたのがそれから数日後のことだった。
 合流した二人は河童が連れていく形で居酒屋に入る。


「別にさ、嫌なことがあった時は落ち込んでもいいと思うんだ。耐えたら無駄に傷を負うことも多いだろうしね」
 食欲をそそる湯気の向こう、河童は乗り上げるように手を伸ばし焼き鳥の串を一本つまみ上げる。
「だけどその時の行動のせいで商機を逃すってんならわかりやすく損してるだろ? それは何より許せないって私らは生きてるだけなのさ」
「……私はそんな風に割り切れる気が――感情を、殺しきれる気がしないわ」
 彼女はわざとより強い否定へと言い換えた。自分とは隔絶された感覚だと断言するように。対して河童は串を咥えたまま快活に笑う。
「殺し切るなんてそんなそんな。むしろ私らは『カンジョウ』に従って生きてるよ。損得勘定っていうね」
 これまでの話と余りに落差のある答えに虚を突かれ厄神様はぽかんと口を開いたまま固まった。それを見て河童はにやりと笑う。
「ボケーッとしてないで、早く食べないと私が全部食べちゃうよ」
「えっ、あっ、ちょっ」
 河童は再度体を伸ばすと、今度は焼き鳥を四本鷲掴みにした。その戻り際、彼女の腕が当たって湯呑が倒れかける。
「おっと」
 河童がそう零したのと同時。宙へ放たれたお茶がまるで意思でも持つかのように湯呑を受け止め、机に戻した後湯呑の中へと戻った。
 湯呑を倒したのが河童だったから良かったものの、そうでなければちょっとした惨事。きっとこれも私のせいだ。厄神様がそう考えた矢先河童はポンと手を叩いた。
「そうだ! 机にくっ付けて倒れなくする湯呑置き、なんていいんじゃないかい?」
 溌剌にそう訊ねた河童の目は爛々としていて、どこまでも商魂たくましい彼女に厄神様は思わず頬を緩ませた。それを見て河童も楽しげに笑う。
 二人が店を出たのは随分と夜が更けてからのことだった。

     *

「すみませーん」
 聞き覚えのあるその声に振り返りつつ見上げてみると、やはり例の天狗が下りて来るところだった。
「今日こそはお話を伺おうかと思いまして――」
 ボフン。天狗が口を開き語りだした言葉、それを遮るようにして小さな爆発が巻き起こった。二人が音の出所に目をやると案の定天狗のカメラがカタカタと揺れている。
「まだ撮ってませんよ!?」
 いくら何でも理不尽だと叫びをあげる天狗に対し厄神様は薄く口元をゆがめた。
「私の起こす不幸には原因があるそうよ。日ごろから雑な扱いでもしてるんじゃないの」
「えっ……、いえ、そんな筈は」
 何とか言葉を繋いだものの、予想だにしない反応に天狗の目は見開き続けている。それが可笑しくて彼女は小さく笑ったあと言葉を続ける。
「壊れにくい良いカメラを売っているところを知っているから紹介するわよ」
「……それはまたどうして」
「単純なことよ。顔の広い貴方に恩を売っておいて損はないでしょう?」
 その言葉に天狗は怪訝な表情を浮かべ頭を掻いた。
「失礼かもしれませんが……何か変なものでも食べました?」
 天狗の声に厄神様は振り返り、飛び切り楽しそうな、嬉しそうな声音で告げた。
「どうかしらね」

パソコンが壊れたので書きました。

Twitter︰@Tenko0765
天虎
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コメント



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1.100サク_ウマ削除
良かったです
2.80奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
4.100南条削除
おもしろかったです
雛がまき散らす厄すら製品開発に利用するにとりの前向きさが科学者っぽくてよかったです
その姿に影響された雛もまた強く生きてほしいと思いました